辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

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11話:不言実行でキープワンズワンド

7月に入り夏も始まり、日が暮れるのが遅くなった。

 

外を歩けば軽く汗ばみ、日本の夏特有の不快感ある暑さを感じる時期だ。

だが今は二十一時、昼の暑さは既に冷め切っており、薄着だと僅かに冷える程度の温度。

 

季節が春から夏へと完全に移ったことを自覚しながら俺は、目の前に立つ腰越マキという女性を見る。

 

「本気なの?」

「当たり前だろ、冗談でお前と殴り合いの喧嘩なんてできねーよ」

 

全く人気がない江ノ島の砂浜の一角。

そこで俺とマキさんは対峙していた。

 

マキさんは姉ちゃんに買ってもらったらしいシャツとホットパンツ。

制服を着ていたとき同様に動きやすい服装で俺をここまで連れてきた。

 

「ここでなら余程派手にやらない限りギャラリーも湧くことねぇ。

 ダイ。いや、ショウだったな。

 覚悟決めろ、今からお前は私とマジの喧嘩をするんだよ」

「・・・・・・理由を聞かせてくれないかな」

「言わなきゃわかんねぇか?」

 

いや、何となくわかっている。

 

マキさんは中途半端な覚悟を酷く嫌う。

恐らく俺が同じように中途半端な心持ちで不良と喧嘩をしていないか、その覚悟を知ろうとしているのだろう。

だが、それにしたってこれはおかしい。

 

「マキさん、何で不良をやめた君が喧嘩を」

「あぁ、そこに引っかかってるわけね。

 ははっ、確かに私は不良を抜けたから喧嘩しちゃ拙いよな」

 

何がおかしいのか、ケラケラと笑う。

 

「お前も不良じゃないんだろ?

 だったら今からする喧嘩はただの彼氏と彼女の喧嘩。

 つまり痴話喧嘩だ、そんなの不良じゃなくても普通にしてる事だろ」

 

詭弁だ。

そう言おうとしたが、それも無意味だろう。

これからする喧嘩はマキさんがもう決めたことだ、今更俺がどうこう言った所で意味がない。

 

「ダイ、お前は今まで何人のヤンキーを殴り倒したか覚えてるか?」

「・・・・・・四十四人」

「へぇ、ちゃんとカウントしてんのな」

「理由はどうあれ俺が暴力を加えたんだ、人数も顔も・・・・・・覚えようとしなくても覚えてしまうんだ」

 

喧嘩するたびに思う。

こんな事の何が面白いのか。

 

理由があったとしてもやっている事は暴力。

勿論相手から襲いかかってきている前提はある、でもだからといって開き直ることはできない。

やはり人を殴るのはいい気がしないのだ。

 

「私は一々覚えてねぇよ。

 気に食わないから片手間にぶっ飛ばしてんだ、数えてたらキリがない」

 

マキさんと俺とでは喧嘩に対する価値観が決定的に違う。

 

この人は自分の我が圧倒的に強く、誰かに服従したり拘束される事を極端に嫌う。

対して俺は服従はともかく自分の時間を削られる程度ならば特に嫌ではない。

人に尽くす事だって素晴らしい事だと思うし、好きな人には世話だって焼きたい。

 

「お前さ、結構場数踏んだみたいだけど喧嘩を楽しんでるか?」

「自分が強くなって成長している事を確かめられるのは楽しい。

 でも、喧嘩自体を楽しいとは思っていないよ」

「お前らしいよ。

 そんな所を私は好きになったし、今も大好きだ」

 

突然の愛の言葉に驚く。

だが、単純に喜んでいい空気ではない。

 

何せマキさんは愛の言葉を囁きながら先ほどよりも殺意をむき出しにしたからだ。

どうやら今の俺の答えは不合格だったらしい。

 

「でもな、そんな博愛精神で不良同士の喧嘩に割り込んでんじゃねぇよ。

 マジで喧嘩をしている奴を馬鹿にしてんのか」

 

言い返す言葉もない。

 

そうだ。

結局不良どうしの喧嘩はシンプルなものなんだ。

気に食わないから殴り倒す、名を上げたいから強い奴に喧嘩をふっかける。

そんなものだ。

 

だが前提として自分が相手より強いことを証明するという意味もある。

相手より自分が弱いと思って喧嘩をふっかける人なんて殆どいないだろう。

 

だというのに、俺はその競り合いを台無しにするように決着を妨害している。

ただの自分勝手な理由で喧嘩の決着に水をさし続けている。

これはマキさんにとって最も嫌うことだ。

 

「言い訳はしない。

 だけど、俺も俺でやらなきゃならない事があるんだ」

 

例えなんと言われようともそれだけは達成しないといけない。

じゃないと今までの事が全て無意味となる。

 

「そうかよ」

 

マキさんはもういいと言わんばかりに顔色を変えた。

 

先程までのおどけた表情じゃない。

完全に敵を見る目で俺を睨む。

 

この目を向けられるのは初めてじゃない。

以前、愛さんの楽しみにしていた三会を守るため江之死魔とマキさんに立ち向かったとき

その時にも向けられた記憶がある。

 

けれどあの時はマキさんは俺を殴ることなく引いてくれた。

でもそれは今回はないだろう。

 

「最後の警告だ。

 ショウ、もう二度と喧嘩をするな」

 

マキさんの要求はつまるところそれだったのか。

だったら俺の言葉は決まっている。

 

「断る」

 

梓ちゃんも我那覇さんも巻き込んで、

今まで殴り倒してきた人達への負い目もある。

そして俺には目的がある。

 

途中で投げ出すわけには行かない。

 

「残念だ。私としてはお前を殴ったりなんかしたくないんだけどな。

 でも、殴って分からせるしかなさそうだ」

 

マキさんが構えた。

 

本当に俺がマキさんと喧嘩をするのか。

まるで実感がない。

 

けれどマキさんはそんな事はなく、明確な敵意と殺意を俺にぶつけてきている。

 

・・・・・・勝てる気がしない。

彼女の気当たりからして今まで対峙した不良達と圧倒的にレベルが違う。

あのこちらを睨む目を直視するだけで気を失いそうになるほどだ。

 

「・・・・・・」

「お、やっとその気になったか」

 

覚悟を決めねばなるまい。

 

まさかマキさんが俺を殺しにかかるとは思わない。

でも、まさか無条件降伏を受け入れてくれるはずもない。

足掻けるところまで足掻いてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐはっ、く・・・・・・ぐぅ」

 

始まってからどれだけたったのだろうか。

月の位置は全く覚えていないし今から覚える余裕もない。

だが、俺の体内時計では既に何時間も経過しているように感じて仕方がない。

 

それ程濃密すぎる時間だった。

 

「久しぶりの殴り合い、やっぱ喧嘩って楽しいな。

 つってもちゃんとした喧嘩が成り立つのなんて辻堂くらいしかいないけど」

 

軽口を叩き、すぐ傍で俺が立ち上がるのを待つマキさん。

対して俺は殴り抜かれた鳩尾の痛みにしゃがみこんでいる。

 

「どうした、早く立てよ。

 それとももう諦めたのか?」

 

喧嘩を始めてから、暗黙のルールが俺たちにはできていた。

 

それは簡単にわかる決着の付け方。

俺が立ち上がらなくなることだ。

 

マキさんは俺を殴ってわからせるといった。

つまりマキさんが俺を気絶させたり吹き飛ばすような決着のつけ方をするつもりはないという事だ。

だから当然俺は何度も気絶する一歩手前の威力の打撃を受け、何度も倒れる。

 

決着のつけ方はそういう事だ。

この喧嘩が終わるには俺が折れなければならない。

殴られ、痛みに心が屈服し、倒れたまま立ち上がらなくなるその時まで続くという事なのだ。

 

「冗談、でしょ!」

 

痛む体を無理やり奮い立たせ、足に力をいれて立ち上がる。

 

だがいかんせんダメージが酷い。

立ち上がっても身体が直後にふらついてまた倒れそうになる。

 

「強情だな。そういうところも好きだぜ」

 

俺がまだ反抗する事を確認した後、再び構える。

 

俺はそれを確認し、全身の筋肉を締め上げる。

 

これが俺の使える二つしかない技の内の一つ。

我那覇流古空手奥義の一つ、『金剛』だ。

 

筋肉と関節を極限まで固め全身を鉄とする奥義。

俺にとってこの技が喧嘩における頼り。

 

「またそれかよ、芸がそれしかねぇのか!」

「ぐあっ!」

 

胸に拳がめり込む。

 

尋常ではない衝撃だ。

今までこれほどまでのインパクトなど体験したこともない。

恐らく鉄球を投げつけられたらこれと同じようなダメージになるのではないか。

 

「っつぅ、殴ってるこっちもイテェ」

 

手をさすりながらマキさんは下がる。

 

俺の身体は極限まで硬度を増し、文字通り鉄のように硬いのだ。

勿論それでも我那覇さんほどの練度もない。

マキさんに与える拳の痛みは中途半端なものだし、俺自身の防御力もやはり我那覇さんに劣る。

 

「げほっ――――がはぁッ!」

 

再び崩れ落ちる。

 

今までの喧嘩では自慢じゃないが一度も膝をついたことがない。

それどころか後ろに下がったこともない。

だというのにマキさんの手加減しまくっている拳には一度も耐えられない。

最初の一撃から喰らうたびにこうやって倒れこんでいる。

 

胸に残る鈍痛に意識を掻き回され、気色の悪い脂汗が吹き出る。

だというのに絶妙な手加減がされていて気絶できない。

 

だが、まだだ。

まだ何もできていない。

最初からこの瞬間まで俺は一度も反撃ができていないのだ。

 

「ぐぅッ、この!」

 

既に俺の喧嘩での自尊心など木っ端微塵にされている。

倒れない事が全てだった俺のやり方など欠片も通用しない。

 

けれど、だからといってこのまま殴られ続けるなど。

 

「おっと。へへっ、初めての反撃だけ随分お粗末だな」

 

痛みを完全に意識の外に追いやり、半ば死ぬ気で立ち上がり手を伸ばす。

しかしその伸ばした手を容易く叩かれた。

 

元々この手に意味はない。

少しでも反撃をしなければと無意識に伸ばしたような手だ。

 

今更、好きな相手だから殴れないなんて腰抜けのような、

もしくは聖人君子のような事は言わないし考えない。

この瞬間までしこたま殴り倒されたのだ、ならば相応の仕返しを考えないほど俺は不抜けていない。

 

「はぁっ・・・・・・はぁっ」

 

立ち上がれたのはいい。

しかし勝利の糸口など一向に見つからない。

 

どうすればマキさんを納得させられるのか。

どうすればこの喧嘩で俺が勝てるのか。

そのビジョンが全く見えないのだ。

 

「どうした、今のでお仕舞いかよ」

 

マキさんは無防備なまま俺の目の前に立ち、俺の苦痛に歪む顔の自身の顔を目一杯近づけた。

少しでも首を前に進めれば鼻がぶつかりそうな距離感だ。

 

「このままキスでもしてやろうか?」

「今は、遠慮しておくよっ!」

「おわ、そりゃ残念だ。

 したいって言えばマジでしてやったのによ」

 

死ぬ気で拳を振り抜くもスウェーバックであっさりと躱される。

 

実力が違いすぎる。

 

「お前、自分から殴りかかったこと何て殆どないだろ?

 そのへったくそなフォームを見りゃ一目瞭然だ」

 

ヤケクソに拳を振り回すもまるで当たらない。

拳は空を切り、無駄に貴重なスタミナを消費してしまう。

 

「そら、お返しだ」

「げはっ!」

 

空ぶった拳に合わせてカウンターが俺の胸に直撃する。

だが常に反撃を警戒していたため何とか金剛が間に合った。

 

もっとも、不自然な姿勢での金剛など気休め程度の効果しかない。

 

強烈な痛みと勢いに押され数メートル後方に吹っ飛んだ。

 

「はぁ、はぁっ。ぐぅ!」

 

痛い。

痛い痛い痛い痛い。

涙が滲むほど痛い。

口の中の血の味が気持ち悪い。

 

どうして俺はこんな目に遭っているんだ。

勿論悪い事をした自覚はある。

何せ人を何度も殴り倒したのだ。だったらいつか相応の報いを受けて然るべきだ。

 

ならばこんな目に遭って当然なのか。

 

一人で自己完結する。

 

「違う。違う!」

 

確かにいつかこんな目に遭って当然だと思う。

だけど、だから反省しなければならないのか。

自分の目的を諦めなければならないのか。

 

そんなのは違う筈だ。

 

奥歯が砕けそうなほど歯を噛み締める。

震える足を拳で殴って奮い立たせる。

 

「・・・・・・今のは結構手応えあったんだけどな」

 

まだ立ち上がる俺を僅かに驚いたように見るマキさん。

 

ただ依然としてこの喧嘩の勝ち筋が見えない。

どうすればいいのか。

 

答えがあるのかもわからない。

半ばヤケクソで、不安を振り払うかのように再びマキさんに肉薄する。

 

「玉砕戦法か?」

 

拳を握るも彼女は俺の攻撃を待つ。

 

しめたと俺はマキさんの目前まで到達。

その後一気に全身の筋肉と関節を硬直させ、自分にとって最大レベル金剛を練る。

同時に、金剛を維持したまま手を伸ばした。

 

俺は梓ちゃんのように器用ではない。

故に移動しながら金剛を練ることなど出来ない。

ただ金剛を維持したまま動くことならば何とかできた。

デメリットとして亀のように遅くなるのが最大の欠点ではあるが。

 

ともかく俺は届くことを願い、手をマキさんの肩へと伸ばす。

 

「へぇ、これって・・・・・・いいぜ、受けてやるよ」

 

一切身動きを取らない。

マキさんは完全に俺の行動を最後まで見届ける意志を見せた。

 

俺はそれを見て、嫌な予感を感じながらも尚手を伸ばし、肩を掴んだ。

 

「シュー・・・・・・」

 

右手でマキさんの左肩を掴み、一気に彼女の体をこちらに引く。

それと同じタイミングで俺は右手で彼女の肩を引きながらも自身の左肩を前にし、タックルの構えを取る。

 

イメージするのは水。

重要視するのは加速と遠心力。

 

右手で相手の肩を引き、左肩を相手に向けるそのモーションをこれを全力で行い、円状に加速を付ける。

更に筋肉を爆発させるイメージをしながら一歩前に全速力で踏み込む。

相撲のぶちかましに近い超短距離のスタートダッシュ。

 

全ての動きに僅かなズレがあるとまともに成功しないこのタックル。

円状の加速や踏み込みが遅すぎたら流水がしくじったことになりまともなダメージもない。

踏み込みに意識しすぎたら金剛が解けてしまい、鉄のように固くした体をぶつけられない。

 

加速と硬直のバランスを維持したまま動けるのは俺の手の届く範囲。

しかも相手の肩を掴まないことには絶対に成功しないこの欠陥技。

だが、今成功した。

 

「ハァッ!」

 

全ての余力を後先考えず振り絞る。

恐らくこれが直撃したところでマキさんに大したダメージはない。

しかし一矢報いることはできるはず。

 

俺の左肩は吸い込まれるようにマキさんの腹に直撃する。

その瞬間

 

「その技はもう知ってんだよ」

 

マキさんの左肩が俺の左肩に直撃した。

 

「――――なっ!?」

 

全く同じ、鏡合わせのようなフォームでマキさんが俺に同じ技をぶつけてきた。

 

そういう事か。

俺が左肩を引いた。

それを抵抗せず受け入れ、体を引かれる方向に円状に回転させ流水をコピーした。

そして既に何度も見たであろう金剛すら模倣し、以前見たであろう俺の技を完全に再現したのか。

 

いや、完全に再現など生ぬるい。

 

「づぁ!」

 

吹き飛ばされたのは俺だった。

 

どうやら踏み込みの速度、遠心力の強さ。

金剛の練度全てが俺など比較にならないほど上だった。

 

全てを上回られた俺だけが一方的に打ち負けたというわけか。

 

想定外の反撃に意識が追いつかず、吹き飛ばされた後受身すら取れずにまともに地面に滑り落ちる。

全身に砂の摩擦による痛みが走り、肩にも激痛を感じる。

 

もはや立ち上がれる気すらしない。

鉄の硬度のまま高速でぶつかったのはいい。

だが相手は鋼の硬度で超高速でぶつかってきたのだ。

 

余りの衝撃に全身の関節と筋肉に亀裂が走ったかのような痛みがある。

 

「ぐぅ、つぅ・・・・・・っ」

 

涙が溢れるほど痛い。

これで気絶できればどれほどいいか。

 

「ダイ、もういいだろ。

 最初からお前に喧嘩なんて無理だったんだ」

 

マキさんは俺に勝ったというのにまるで嬉しくなさそうだった。

その顔は失望でも退屈でもなく、辛さに耐えるような。

 

何が、何がもういいのだ。

まだなにも俺の気持ちをマキさんに伝えられていない。

 

「ぐ・・・・・・」

 

腕に力を入れて上半身をあげようとする。

だが力が入らない。

腕どころではない、全ての筋肉が動かない。

 

どうする。

これで詰みなのか。

 

諦めてはいない。

挫けてもいない。

だがその意思に反して体が既に動かない。

 

動かない足を殴ろうにも腕が動かない、ならば腹の力で体を起こそうにも腹筋も痺れて動かない。

完全に体力切れだった。

 

せめてまだ反抗の意志を示そうとマキさんを睨む。

 

「・・・・・・お前にそんな目で見られたのは三会をぶっ潰そうとした時以来だな」

 

俺の目を見つめながら、思い出すように言う。

 

「けどあの時とは違う。

 私はお前が今後喧嘩をしないと誓うまで引く気はないぜ」

 

なぜマキさんが俺の喧嘩を認めないのか。

 

その理由は何となく予想はついている。

それを突いてマキさんを説得しようとも思う。

しかし、状況がそれを許さない。

 

こんな不甲斐ないザマでは何を言ってもこの場を凌ぐための苦し紛れにしかならない。

そんな言葉でマキさんを説得できるとも思えない。

 

状況は最悪だ。

どうする事もできない。

 

もはやこれまでか、そう思ってしまう。

だが、不意にこの人気のない場所の近くから誰かの足音が聞こえた。

 

「ちっ、折角私とダイが気を利かせてやったのに」

 

俺は全く動けないため誰が来たのか姿を見ることができない。

ただ、マキさんの言葉で理解できた。

 

梓ちゃんと我那覇さんだ。

 

足音は凄まじい速度で近づいてきて、瞬く間にうつ伏せで倒れこむ俺の真横まで来た。

 

「はぁ、はぁっ。センパイ、何で一人で腰越センパイ相手にしてんすか!」

「む、既に身動き取れないほど痛めつけられていたか。

 センパイ、どうやら我々は間に合わなかったようです」

 

相当に走り回ったらしい。

二人共かなり汗をかき、息も切らせている。

 

それも仕方ない。

何せ今日喧嘩することは梓ちゃんも知っていたのだが、場所は嘘を教えていたのだ。

 

「この喧嘩はお前らとじゃなくてダイと私の問題なんだ。

 外野はすっこんでな」

「っ、うっせぇんだよ!」

 

俺の不甲斐ない姿を見て梓ちゃんは激怒する。

 

「テメェ、人の彼氏をこれだけ怪我させやがって・・・・・・ッ!」

 

一切聞く耳持たず、完全に暴走した彼女は一切のためらいも逡巡もなく即座にマキさんに襲いかかる。

 

殆ど瞬間移動のように距離を詰め、一撃で相手の関節をへし折ろうとその手を伸ばす。

 

「っと、あぶねぇ!」

「ぅあ!」

「ぬ、センパイ!」

 

その手がひと目で危険だと察知したのだろう。

マキさんは殆ど反射のように拳をその手首に叩きつける。

 

痛みに堪らず一瞬手を止めるが、

 

「この!」

 

踏み込んだ加速と体の回転を完璧に活かした、流水による回し蹴りを放つ。

蹴りの勢いと音は尋常ではなく、少し離れたこちらにまでバットのスイングのような風切り音が聞こえた。

 

「いい加減にしろや」

 

突然、マキさんの纏う空気が変わる。

 

流水による回し蹴りを冷めた目で睨みながら、マキさんは避けるモーションを見せない。

それどころか彼女はむしろ当たりに行くかのように前に進む。

 

一体何をする気なのか。

 

俺には想像つかないが攻撃を繰り出す梓ちゃんは気づいたのか、顔を青くする。

 

「人の喧嘩に―――――」

 

踏み出したマキさんは右手で迫り来る足を掴む。

だが蹴りの速度を抑えようとはせず、むしろ蹴りの速度を利用して体を回転させるようにねじる。

 

ここで俺も理解した、

 

「水さしてんじゃねぇぞ!」

「くっ!」

 

マキさんの流水による左フックが梓ちゃんの横腹を狙う。

 

俺の時と違い一切の手加減を感じられない。

拳の姿すら全く捉えられない。

あれを受けたら間違いなく一撃で昏倒する。

 

梓ちゃんもそれを理解するも、蹴りの姿勢のまま引っ張られたため身動きが取れない。

 

「危ないッ!」

 

その事を同じく察知した我那覇さんが際どいタイミングで間に入る。

そして殆ど同時に彼女の腹部に拳がめり込んだ。

 

「ぬうぅぅぅぅぅ!」

「うわっ! ナハ!?」

 

途轍もない威力なのだろう、金剛を練っているであろう我那覇さんが梓ちゃんごと吹っ飛ぶ。

 

あの体格の我那覇さんを五m近く吹き飛ばし、マキさんは追い打ちはせず二人を睨んだ。

 

「お前ら二人との喧嘩も中々楽しめそうだが、生憎と私から喧嘩をふっかけるつもりはない。

 ダイとの喧嘩を邪魔せずそこで寝てろ」 

 

明確な決着をつけることなく、二人を見逃す。

彼女はそう言った。

 

「テメェの都合なんか知った事じゃねぇんだよ!」

 

梓ちゃんは再び構えを取り、睨みつける。

 

「お前さ、何でダイがお前に嘘ついてここに来ないようにしたのかわかってんのか?」

 

一瞬、梓ちゃんが眉を寄せる。

だが怒りでモヤのかかった頭では考えがまとまらないのだろう、

答えはせず、沈黙のままだ。

 

「ダイは優しいからな。お前らは弱っちぃから私に絶対に勝てないと思った。

 だから呼ばなかったんだ」

「・・・・・・っ」

 

そう言い方をされるとは。

 

いや、間違えてはいない。

そうだ、俺は梓ちゃん達に怪我をして欲しくなかった。

普通の喧嘩相手ならばまだしも相手はマキさんだ。

確実に勝ち目は薄いし、絶対に無傷ではすまない。

 

だから助けを求めるつもりはなかった。

 

「でも、でもセンパイがこんな目に遭わされて黙ってられっかよ!」

「その気持ちはわからないでもないぜ。

 確かに、私もダイが私以外にボコられたらソイツをタダで済ませるつもりはない」

 

なんという我侭な人だろうか。

 

けど、この場このタイミングでそんな事を言えるその余裕と性格はやはり憎めない。

これだけボコボコにされても微塵も嫌いになれない。

 

梓ちゃんはまだ戦う意志を見せ、構えを解かない。

多分、またマキさんに殴りかかり再び先ほどの焼き増しになるだろう。

 

「もういいんだ、梓ちゃん」

 

もういい。

今ので俺はわかったことがある。

 

「センパイ、でも」

「いいから。梓ちゃんのおかげでわかったことがあるんだ」

 

充分に時間を稼いでくれた。

おかげで立ち上がる程度の体力は回復した。

 

震える膝を叱咤し、無理やり立ち上がる。

 

「梓ちゃん。これは俺とマキさんの喧嘩なんだ」

 

梓ちゃんに庇われてわかった事は二つある。

一つは喧嘩に水をさされる事の情けなさ。

 

負けて、どうしようもなくなった時に現れた助け。

それは俺にとってこの上ない救いの神に見えた。

だけど、その嬉しさと同じくらい情けなさが俺の胸に響いた。

 

実力で完全に敗北し、自尊心など木っ端微塵にされた時に現れる救いのヒーロー。

なるほど、この上なく自分が小さく見える。

自分は喧嘩に負けた挙句、救いのヒーローの引き立て役。

こんな惨めなことはない。

 

「マキさん。確かに喧嘩に水を差されるのはいい気がしないね」

「お前が今まで何度もしてきた事だ」

「あはは、それを言われるとつらいな。

 でも、それでも俺はこれからも水を差し続ける」

 

そうしないと目的が達成できない。

 

「・・・・・・まだやる気かよ」

 

二つ目のわかった事は、今までのやり方では絶対に勝てないという事だ。

 

マキさんは既に流水も金剛も梓ちゃんや我那覇さん並みの練度になっている。

俺みたいなどちらも中途半端に、それこそ限定された距離感でしか使えない半端物とは違う。

見ただけで完全にマスターしていた。

 

そんな人に同じ技で競り合うには無謀すぎる。

 

だったら、俺らしく。

誰かの真似をするわけでもない、俺だけのやり方で行こう。

 

「当然でしょ。

 何せ俺は最初から今この時まで一度も諦めてないんだから」

 

まずは構える。

 

と言ってもフォームなんて練習していない。

今まで構えなんて三戦立ちしかしていないんだ。

 

だから即席で違和感のない自然な構えを模索する。

 

「・・・・・・こうかな」

 

そうして見つけたフォームは正眼の構えで木刀を握る形。

無論木刀など手にしていない。

だが、それが一番しっくりくる。

 

「なんだそのポーズ」

 

傍から見てて変極まりない構えなのだろう。

呆れたように梓ちゃんたちも俺をみる。

 

「まぁいいや。それじゃあいくぜ」

「――――くっ」

 

ぶれるマキさんの姿。

その瞬間、俺は自分のリーチを意識する。

 

俺のリーチは自分を中心とした腕と足の届く球状の範囲。

つまり球体の真ん中に自分がいると思えばいい。

そこまでなら手足が届くし、対応できる。

 

注目すべきは相手の攻撃だけではなく、自分のその範囲だ。

範囲に入ったものを無意識のうちに反応し、叩き落とす。

そうしなければマキさんの攻撃に対応できない。

 

意識した自分を中心においた球体の中にマキさんの拳が入り込むのを肌で感じる。

感じたのと同時に俺は半身でそれを躱す。

 

「・・・・・・躱せた」

「へぇ。リョウのマネも出来んのか」

 

今のは上手くいった実感がある。

 

勿論マキさんが俺を気絶させないために目一杯手加減してこそようやく反応できたってのもある。

だけど、これでようやくまともにマキさんと語り合える土俵に立てた。

 

「まぐれじゃなさそうだけど、取り敢えず続けてみるか」

「く、容赦ないね!」

 

自分のリーチは理解できた。

次は肌で感じるという事だ。

 

肌で感じる。それは単純なことだ。

相手の目、仕掛けてくる前の相手の手足のモーション、そして場の空気。

それらを無意識に感じ取り、無意識に反応する事。

 

剣道やボクシングなどでは本当の天才を除けば、見てからの対処ばかりしていたらそれこそ勝ち目がない。

ある程度の経験則や自分や相手の立ち回りで相手の攻撃を予測し、攻撃される前から回避する。

 

俺もそれを意識する。

 

まず、見つめるものはマキさんの拳だけではない。

マキさんの身体のどこかではなく、マキさんの全体を視界に収める。

 

例えるなら人差し指を立てて、指先を見つめるのではなく手の全体を見るのだ。

そのせいでピントはぼやけたものになるが、むしろある程度ぼやけたほうが身体の反応はいい。

 

「そらっ、寝ちまいな!」

 

右のストレートが俺の腹に迫る。

それを無意識に反応し、一歩後ろに下がる。

当然のように空振るその右手。

 

だがそれを見てから更に前に踏み込んでくるマキさん。

 

コンビネーションのように回し蹴りが迫る。

 

フェイント気味の攻撃だが、そもそも手だけを見ていないため、それに惑わされることもない。

今度は一歩前に踏み込み体重の乗る前に太ももの地点に手を添え受け止める。

 

チャンスだ。

俺は隙をついてその足を掴み、流水と金剛による体当たりを仕掛けようとした。

だが

 

「おっと!」

「ぐお!?」

 

完全に止めたはずの足なのに、止めた状態からバカみたいな力がかかって体を崩された。

有り得ないだろう。

本当に人間の力じゃないぞこの人。

 

「ははっ、いいぜ。

 ダイ、お前かなりいい線いってんじゃん」

 

楽しくなってきたのか、笑い始める。

だがこちらは笑う余裕などない。

 

「マキさん。少し話をしたい」

「聞いてやるよ、ほかならぬダイの頼みだ。

 ただし手は止めないけどな」

 

再び飛びかかってくる。

 

覚悟を決めた俺はやり合いながら話をすることに決めた。

 

「マキさんは何で俺が喧嘩することを止めるの?」

「それはお前に喧嘩なんて向いてないからだ」

 

蹴りや突きをおっかなびっくりしながらも躱し、威力を殺しながら受け止める。

 

「でもマキさんは俺が喧嘩することを否定なんて実はしていないよね」

「そうだな。喧嘩だろうがなんだろうが、ダイのしたいようにしたらいいと思ってる。

 お前がやりたい事を邪魔なんてしようとは思わねぇよ」

 

矛盾している。

俺が喧嘩をすることを止める気なんて無いと言っておきながらこの現状。

 

けれど、一つだけ。

マキさんがその矛盾した事をする理由に心当たりがあった。

 

「辻堂さんの意志を守ってくれてるんだね」

「・・・・・・」

 

返答がない。

だが反応でわかる、どうやら図星のようだ。

 

元々、マキさんが愛さんの意志を破り喧嘩するのならば、その理由はやはり愛さんの意志を守るためだろう。

そこに矛盾はなく、明確な理由がある。

 

「喋ってる余裕あるんならもっとスピード上げるぜ」

「うわっと!」

 

更に連打の速度が上がる。

だがそのギアにも限界があるはずだ。

 

この喧嘩は俺を倒すのではなく、心をくじく事にある。

故にマキさんは絶対に俺を気絶させることはない。

だがギアを上げすぎるともし俺が回避し損ねた際に一撃で俺が昏倒するだろう。

 

つまり、マキさんのギアもこの喧嘩の暗黙の了解により必ず頭打ちがある。

そしてその頭打ちのレベルでも俺が反応できるレベルならば問題はない。

 

一度二度のジャブやストレートをギリギリで避けつつ話を続ける。

 

「マキさんは俺が喧嘩することを認めてくれているのに、何故か俺が喧嘩することをやめろという。

 確かに一見矛盾しているように見えるけど、でも前者はマキさんの気持ちで後者が誰かの意志を汲んでの言葉だとしたら

 それは何の不思議でもない」

 

勿論マキさんはかなりの自分本位の人間だ。

その性格上だれかの気持ちを優先して自分の意見を押さえ込むなんてほぼない。

けれど、それが愛さんとならば

マキさんとの未来で決着をつけた・・・・・・ここにいる愛さんとは別の辻堂さんならば別だ。

 

「愛さん・・・・・・いや、辻堂さんは俺が不良と関わり危険に巻き込まれる事を心から心配してくれた。

 だからマキさんと決着を付け、マキさんが不良を続けて俺と別れるか、不良を抜けて俺と共に付き合い続けるか

 それを選択をさせたんだ」

「ごちゃごちゃと・・・・・・っ」

 

徐々に速さと鋭さを増す拳。

 

次第にこっちも余裕がなくなる。

元々マキさんの拳など残像程度しか見えていない。

今まで躱せているのは殆ど直感と今までの喧嘩での経験則だ。

 

一撃で勝負をつけようとしない以上狙う場所は首より下になる。

そしてこちらは一切の反撃を諦めて回避のみに専念している。

ならば何とか凌ぐくらいはできる。

 

「結果としてマキさんは俺を選んでくれた。

 そして俺に危険が及ばないようにと願ってくれた辻堂さんの意志を汲んでくれたんだ」

「別に、ダイと一緒にいたかっただけだ!」

 

その言葉に嬉しさを感じる。

だが、話はそこじゃない。

 

「その辻堂さんの意志を今通している。

 だから俺が不良との抗争に首を突っ込んでいることを止めようとしている。

 違わない筈だ」

 

不意に、攻撃が止まる。

 

突然の停止に俺はより警戒を高めるが、相手は顔をおろしたまま表情をこちらに見せてくれない。

 

「・・・・・・そうだ、その通りだ。

 ダイ、お前の言うとおりだよ。私は辻堂との約束を守るために今お前と喧嘩してる」

 

拳を握り締め、何かに耐えるように呟く。

 

「わかんだろ。辻堂はお前が喧嘩する事なんて望んじゃいねぇ。

 だからアイツに負けた私はお前を止める」

 

敗者のスジを通している。そういう事か。

 

さすがマキさんだ。

彼女は殴られる覚悟のない奴が喧嘩に割り込むなといった。

マキさんは常に自分の行為のリスクを理解し、受け止める覚悟をしている。

 

そして今、我侭を通そうとした末、辻堂さんに敗れた事を理解し、自分の考えよりも勝者の考えを優先している。

 

責任。

それを通しているのだろう。

 

「止まらないよ。俺はやりたい事がある。

 その考えは誰に言われてもやめない」

「強情ものが」

「マキさんに言われたくないな」

 

この喧嘩で俺の勝ち筋は無い。

どうあがいても俺がマキさんを倒すなどという下克上は有り得ない。

 

それこそ直線でスポーツカーと自転車がレースをするようなものだ。

土台から勝負になっていない。

ならば自転車が負けないようにするにはどうすれば良いか。

 

簡単なことだ。

事故なりなんなり起こして無効試合にしてしてしまえばいい。

 

「俺は俺の我侭を押し通させてもらうよ」

「上等だ、だったら私はしこたまお前を殴って考えを変えさせてやるぜ」

 

もういい加減集中力も摩耗しきっている。

多分あと十回も回避できない。

一撃でも喰らえば終わりだ、金剛を練っていようが関係ない、一撃で立ち上がれなくなる。

 

かといって俺がマキさんを倒す手段はない。

金剛と流水を合わせたタックルが直撃した所でマキさんに大したダメージも与えられないだろう。

 

じゃあ仕方がない。

いっちょ覚悟を決めますか。

 

「・・・・・・よし」

 

覚悟を決めた。

しくじれば俺はやばい事になる。

だがリスクは覚悟の上だ、むしろリスクが高いほどマキさんに俺の覚悟を示すことができる。

 

「行くよ!」

 

一気にダッシュ。

 

既に最初ほどのスピードなど影も形もないスローなダッシュ。

砂浜を駆けマキさんの懐に潜り込もうとする。

 

「何をするのかと思えば、ヤケクソにしか見えねぇぞ」

 

俺の突撃に合わせてリバーブローを繰り出してきた。

これも予想通り。

 

最初から読んでいた攻撃だ、素早く対応できる。

いや、むしろ読んでいたというよりこれを待望していた。

 

俺はマキさんのその拳に向かって――――――

 

「んなっ! バカっ!」

 

頭に直撃するように頭を低くした。

 

これが目的だ。

この拳が頭部に直撃すれば一撃で俺は気絶する。

それどころか後遺症が残るレベルに違いない。

 

だから敢えて殴られるように仕向けた。

 

「くっ!」

 

焦ったように手を止めるマキさん。

 

俺の身を案じての事だろう。

マキさんの優しさに感謝する。

そして、その優しさを利用した自分の汚さにヘドが出る。

 

しかし、汚い手を使ってでもこの喧嘩に負ける訳はいかない。

 

「よし!」

 

無理のある姿勢で拳を止めたマキさんは隙だらけだ。

全く抵抗のないまま懐に潜り込めた。

 

このまま肩に素早く手をかける。

 

「その技は私に通用しねぇってまだ分かんねぇのか」

 

手をかけたマキさんの肩が異様に硬さを増す。

金剛を練ったか。

狙い通り。

 

「やってみなきゃ分からない!」

 

一気にマキさんの左肩を右手で引く。

そして一歩の踏み込みでトップスピードを再現し、腰と肩の関節をフルに活かし

左肩を全力で前につきだし遠心力と加速を練る。

 

この時の速度は既に最初の時と比べ雲泥の差。

今この時の加速と遠心力はかつて無いほどだった。

 

けれどマキさんはそれにすら合わせてきた。

 

間もなく、互いの肩が―――――衝突した。

 

結果など言うまでもない。

吹き飛ばされたのは俺だ。

 

「え、バカかお前!」

 

当てた手応えで俺がしたことに気づいたらしい。

マキさんは本気で慌てたように構えを解いて未だに宙に浮く俺に駆け寄ろうとする。

 

「んなっ!?

 ちょ、センパイ!」

「馬鹿な、金剛を練らずに流水による体当たりを狙うなど・・・・・・

 いや、そういう事か」

 

そういう事だ。

 

俺は我那覇さんの言うとおり、金剛を一切使わず流水のみで体当たりをした。

だから速度だって最初よりも速いし、遠心力だって増せた。

ただ、こんなのが当たったところでかなり速いだけどただの体当たり。

金剛を練った体当たりと比べればダメージなんて殆どない。

 

それでいいのだ。

元よりこの差し合いに俺がダメージを与える気などサラサラないのだから。

 

マキさんの手で、俺を一撃で気絶させてもらう。

それがこの喧嘩での俺の勝ち筋。

金剛もかけずしてあのタックルに耐えられるはずもない。

 

言いたいことだけ言って、喧嘩の決着なんてかなぐり捨てた。

まさしく試合には負けて勝負には勝ったって奴だ。

 

先ほどのダンプカーに突撃でもされたのかと思うほどの衝撃で意識が猛烈に遠のく。

これは、頭から地面に着地するかもなぁ。

そう思いゾッとしたものを感じながら瞳を閉じた。

もう受身を取るどころか意識を保つことすらできそうにない。

 

そう思っていると、何やら誰かに抱きとめられた感触がした。

 

「ったく、わかったよ。ダイ、お前の勝ちだ」

 

どうやらマキさんが吹っ飛んだ俺に追いついたらしい。

 

さすがマキさんだ。

今回のように手加減を目一杯してくれなければ俺なんて反応すらできないだろう。

そんなマキさんとまともにやりあえる梓ちゃんや愛さんの凄さを再確認しながら意識を手放した。

 

この喧嘩は、我侭を貫き通した俺の勝ちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さざなみの音が耳に響く。

 

砂浜に波が何度も、延々と周期的に押し寄せる。

その度にざざぁと耳にさわやかな音色が聞こえ、夏を感じさせた。

 

「梓ちゃん達は?」

「先に帰らせた。結構渋ってたけど脅したら諦めたよ」

「この不良め」

「もう不良じゃねぇよ」

 

朝の時と同じく、頭にはマキさんの太ももの感触。

どうやらマキさんは砂浜で俺を膝枕していてくれたらしい。

 

「夜になっても結構暑いね。

 なんか身体のいたる所が熱っぽい感じがする」

「バカ、それは私が殴ったからだ」

「そういやそうでした」

 

多分、明日になればまた内出血跡が増えるだろうな。

だけど、まぁいいや。

マキさんに付けられた傷や痕ならば別に構わない。

 

「喧嘩、やめないのか?」

「やめません」

「そうかよ」

 

薄目を開けて空に浮かぶ月を見る。

 

朝に雨が降っていただけあって今では綺麗に月が見える。

雨のあとの少し冷えた空気と、透明度の高い夜空が何だか気持ちいい。

 

「理由を聞かせろ」

「ヤダ。絶対に笑うから」

 

なんだろうな。

 

さんざん殴られたのに、俺の目的を叩き潰そうとしてきたのにマキさんの事がもっと好きになった。

辻堂さんとの約束を重く見ていてくれた事が何よりも嬉しかった。

 

もし元の時間に戻ったらマキさんのしてくれた事を辻堂さんに語ろう。

きっとマキさんは怒るだろうけど、いい話のネタになりそうだ。

そして俺は謝ろう。

辻堂さんの気持ちをしって、それでも危険を犯したことを謝ろう。

 

「笑わねぇよ。

 散々痛い目みてもブレない目標なんだ、胸を張って言ってみろよ」

 

参ったな。

これは言わないとマキさんがへそを曲げるパターンだ。

どうやら言ったほうがよさそうだ。

 

「・・・・・・マキさんの次になりたんだ」

「私の次?」

 

ほかの誰でもない、マキさんの次になりたい。

 

「水戸さんと色々話し合ったけど、多分今年の湘南は大荒れする。

 既に水戸さんが動かなくても八州連盟が出来つつあるんだ」

 

どの未来にも比較できない程、連盟が出来上がるのが早いらしい。

 

「そんな中、三大天が崩れた今が一番危険だと俺は思った。

 愛さんは大丈夫だけど、恋奈が危険だ」

「ああ、アイツがいくら上手く立ち回っても集団の性質上衝突は免れないだろうな」

 

八州連盟と江之死魔が正面衝突する事は恋奈が上手く避けるだろう。

彼女はそれだけの組織運用能力がある。

だけど、それも簡単ではないし、リスクもある。

 

喧嘩を避けるということは当然求心力を下げる行為になりやすい。

大多数の人間のいる組織ならばそれこそ少なくない人数が江之死魔を離れるに違いない。

 

そうなればどういう事になるか。

 

恐らく八州連盟は江之死魔を吸収しようと動くだろう。

直接対決しようがしまいが、江之死魔が潰されるか弱体化し吸収されるか。

その二択を迫られる。

そして強さを増した八州連盟が愛さんを襲う。

 

これが湘南内で三つ巴の状態ならばまた別なのだ。

 

江之死魔が弱体化したのなら愛さんかマキさんが手を下そうとし、

生き残ったほうを、手を下した方ではないどちらかが漁夫の利を狙う。

だから泥沼なのだ。

そしてそれが良い関係だった。

 

しかし、三つ巴が崩れた今は違う。

どちらかが弱体化すれば即座に決着がつく。

つまり、八州連盟が江之死魔を吸収するか、弱体化した江之死魔を下した愛さんに対して漁夫の利をするか。

何にせよ恋奈にとってつらい形で江之死魔が消える事には変わりない。

 

「俺は、愛さんと恋奈の決着は互いに万全な状態で付いて欲しい」

 

三大天は俺にとって眩しい関係だった。

 

互いが互いを認め合っている。

仲が悪い三人にも関わらず、その能力を互いに評価しているのだ。

それは凄く格好いいもので。

 

「だから俺が三大天の空席に座る。

 第二のマキさんになるんだ」

 

他県の不良が湘南の不良に危害を加えれば片っ端から相手して、

神出鬼没で得体の知れない存在。

そんな荒唐無稽な存在を俺は目指す。

 

誰にも三大天の決着を邪魔させたくない。

江之死魔と愛さんとの決着を邪魔させない。

 

俺にとって大切な二人、その二人の大切な決着を汚されたくないのだ。

 

「・・・・・・そうかよ」

 

本当に笑わなかったマキさん。

 

真剣に受け止めてくれたのだろう。

 

「けどさ、今のお前じゃ辻堂にはタイマンで勝てるわけもないし。

 チームの質はともかく総合力で江之死魔に張り合えるハズもないだろ」

 

その通りである。

暴走王国は俺と梓ちゃんと我那覇さんの三人だ。

 

いくらあの二人がいても江之死魔とまともにぶつかりあえば分が悪い。

 

かといって一人の質をといっても梓ちゃんといえど愛さんに勝てるわけでもない。

梓ちゃんはマキさんや愛さんに準ずる実力があるけれど、愛さんやマキさん達との間に厚い壁がある。

 

酷く中途半端な立ち位置。

毒にも薬にもならない存在。

それが今の暴走王国。

 

「ありゃ、反論なしかよ。マジで伸び悩んでいるっぽいな」

「まぁね」

 

このままでは三大天に入れそうにもない。

本気で限界を感じていた。

 

「じゃあさ、私から提案がある」

「そのセリフ、朝に聞いて今俺がズタボロになってるんですけど」

「お前が頑固なのが悪い」

 

まぁ、そうなんですけどね。

 

それは置いておいて、提案とはなんなのか。

俺は一応聞いておきたいと思い、黙ることにした。

 

マキさんも俺が促している事に気付いたらしく、軽く咳払いをした。

そしてひと呼吸おいて口を開く。

 

「私をお前のチームにいれろ。

 誰ともつるむ気なんてなかったけど、ダイなら別だ」

 

少し照れたような、らしくない事を提案したマキさんは恥ずかしさをごまかすように俺の頭を撫でた。

 

 

 

 

――――その日から、暴走王国には元三大天。

腰越マキの姿が見られるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきになります。

今回の話を読まれて大半の方がお気づきになられるかもしれませんが、
この辻堂さん達のカーニバルロード、普通にシリアス入ってますね。

最初の建前としてシリアスは一切なしと言ってしまっていましたが、それを反故する事になってしまい誠に申し訳ありません。
4話あたりで既にプロットが決まり、こうなることは分かっていたのですが、それを伝える旨を怠った事をお詫びさせてください。
申し訳ありませんでした。

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