辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

1 / 19
この話は、辻堂さんのバージンロードでの全ルートエンド後のヒロインの記憶がゲーム開始時に逆行した設定になっています。
とはいえ元の世界に戻るための手段を探すとか、主人公を奪い合って失恋するとかそんな真面目な話でもなく、
ただそれぞれ専用ルートを通ったヒロイン達が暴れるだけの日常ギャグ的な内容となります。


1話:タイムリープ!

誰でも一度は考えた事はないだろうか?

 

夜、就寝時間となり部屋を暗くしベッドに横になる。

その時に目を閉じて何かすることもある。

 

その時に、もし死んだらどうなるんだろう

宇宙の果てってどんなものなんだろう

自分の数年後はどうなっているんだろう

 

漠然とした不安、人類ではわかるわけのない疑問

目先のことでも想像できない未来。

 

それらを考え始めていつまでも寝付くことができなくなった事はないか。

 

そうだ。

自分もそうだった。

恋人である長谷大の部屋に泊まり、照れくさいけれどいつものように体を交じわせ

行為が終わった後、先に寝た長谷大の姿を見つめ、幸せな将来をイメージしていつまでも起きていて

気がついたら寝付いていた。

 

そして目が覚めれば何時ものように愛おしい男性が自分のとなりで寝ているはずだった。

ハズだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『辻堂さん達のカーニバルロード』

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・何でセンパイの家に辻堂センパイが来るんすか」

「それはアタシが聞きたい事なんだがな。

 何で江之死魔の幹部のお前が堂々とアポなしでここにいる」

 

自分と辻堂センパイは夕方、センパイの自宅前で遭遇した。

どうやら先に来ていたらしく、センパイの家は住居人が不在

諦めて帰ろうとしたタイミングだったらしい。

 

しかしおかしい。

自分と辻堂センパイは互いに会話が噛み合っていない気がする。

何故あずを江之死魔幹部と呼んだのか、自分が追放されたのは知っているはずなのに。

 

いや、そもそも自分も自分自身が言っている言葉が正しいことなのか定かではない。

 

何せ自分は先日センパイのベッドで寝たはず。

なのに次に目を覚ました時には住み慣れた自分のアパートにいた。

何が何だかわからない。

 

「何でって、自分はセンパイと付き合ってるんですから当然っしょ」

 

ピクリと片眉をあげる辻堂センパイ。

露骨に機嫌が悪くなった様子、何故だ。

 

「私を挑発するにはいい台詞だ。

 ここまでイラつかせる言葉はそう無いな」

「え、何で辻堂センパイが切れるんすか!?」

 

マジギレ一歩手前の辻堂センパイ。

拙い、何か余計な事を言ったか。

 

いや、そんなはずはない。

 

「大はアタシの男だ。

 まさか今更になってちょっかい出してくる奴がいるとはな・・・・・・その勇気は買ってやるよ」

 

拳を鳴らし始めた。

 

理解した。会話が噛み合っていない。

互いが互いに現状を理解していない。

 

「ストップストップ! 何かおかしくないすか自分ら!?」

「あぁ? 何がだよ」

「だって辻堂センパイってあずが江之死魔追放された日に自分とセンパイが付き合うの認めてくれたじゃねーっすか!

 何か話がおかしいですって!」

 

朝から何かがおかしい。

周りの自分を見る目がおかしいのだ。

 

普通に今までどおりピアスもせず、薄化粧で学園へ向かい

できる限り真面目に授業を受け、放課後はヤンキーから足を洗ってから復帰した部活に参加しようとした。

だが、そこでコーチに一体何事かと質問攻めをくらった。

 

思えばここで理解すべきだった。

 

見れば辻堂センパイも思い当たる節があるのだろう。

何やら考えるように顎に指を添えていた。

 

「・・・・・・おい、乾だっけか」

「あ、はい。なんでしょう」

「今日って何月何日だ?」

 

何を言っているのか。

 

「十月二十日です。昨日はセンパイとデートした日だったんでよく覚えてるんすよ」

 

もう夏も過ぎて涼しくなってきた。

日も落ちるのが早くなってきて本格的に秋を感じ始める時期だ。

ただなんだろう、それにしては何故か今日はやたら暑かった気がする。

 

「そうか。お前、今日携帯一度でも見たか?」

「いえ、そういや沖縄に携帯忘れてからというものあんまり携帯見る習慣が薄れたような」

「じゃあ見てみろ。今日の日付をな」

 

言われたとおりにする。

 

ポケットにしまいこんだ携帯を取り出し、開く。

 

―――――6月18日

そう写っていた。

一瞬自分の携帯の故障かと目を疑う。

だが、その考えを読んでいたらしい辻堂センパイはこちらに自身の携帯の待ち受けを見せた。

やはり同じ日時を示している。

 

・・・・・・猫の待ち受けか、かわいいっすね。

 

「ど、どういう事っすかこれ」

「さてな。アタシも朝からワケがわかんねーんだよ。

 だから大に相談しようと思ったんだが、何故か大は今日学校にも来てないしこの家にもいない」

 

成程。

理解した。

 

あはは、そうか。

自分はつまり4ヶ月前に遡ったわけだ。

成程成程。納得納得。

 

「納得できるか!」

「うるせぇな、大声出すな。近所迷惑だろうが」

 

クールな喧嘩狼はあず程動揺していない様子。

流石の貫禄だが

 

「どういう事っすか。あずには何が何だかワケわかんねーんだけど」

「さてな、アタシもお前と同じく10月終わりから6月に巻き戻されて何が何だかって感じで戸惑ってんだよ。

 お前にわかるか、ダチと思ってた奴にまた怯えた目を向けられた時のショックがさ」

 

それに似たことは今日部活の時に嫌というほど味わった。

 

っていうかそんな事は今はどうでもいい。

何なんだ、これは一体どういうことなんだ。

 

自分の戸惑いの目を向けられた辻堂センパイは僅かに困ったような目をした後、

軽くため息を吐いた。

そして確認するようにこちらに声をかけてくる。

 

「お前。さっき言ってたけどさ、十月の時に大と付き合ってたのか?」

「あ、はい。辻堂センパイも認めてくれたじゃん」

「・・・・・・成程な」

 

自分の返答でなにか理解したらしい。

辻堂センパイは落ち着いた様子で大きくため息を吐いた。

 

こういう時に冷静な人がいると心強い。

 

「アタシは十月に大とバージンロードを歩いた」

「はいぃ!?」

 

え、何それ聞いてないんですけど。

浮気?

それはない、あずは毎日毎日学校時間外は四六時中センパイと一緒にいた。

部活が終わる時間になれば毎日センパイは迎えに来てくれていた。

 

だから疑う以前にそんな時間自体がセンパイにあるはずもなかった。

だが辻堂センパイが自分たちを破局させるために嘘をついているとも思えない。

この人は硬派な人だ、そんな小賢しいマネはしないだろう。

 

じゃあ一体どういう事なのか。

 

「一体なにが起きて6月に巻き戻ったのか知らないけど、どうやらアタシとお前は別の未来の記憶があるのかもな」

「あ、あはは。そんな馬鹿な事が・・・・・・非現実的っすよ」

「じゃあ現実的に考えればアタシかお前が夢を見てるって線か?

 頬つねってみろよ」

 

辻堂センパイは既に何度もつねったらしい、よく見れば右頬が真っ赤になっていた。

 

自分は言われたとおり頬に手を伸ばしてみる。

痛いのは嫌だが、夢なら大丈夫だろう。

楽天的に考え、力いっぱいつねる。

 

「―――――いっっっったーーーー!」

「おめでとう、お前は現実を突きつけられました」

 

夢じゃない。

っていうか尋常じゃなくいてぇ。

 

痛む頬をさすりながら落ち着いている辻堂センパイに目を向ける。

 

「あんまりアタシを頼るな。こっちも何が何だかわかってねぇよ。

 だから大を頼りに来たんだけどな・・・・・・」

 

そのセンパイがいないと。

 

「じゃあここで待ちましょうよ。自分もセンパイの顔を毎日見ないと落ち着きませんし」

「奇遇だな、アタシもだ」

 

軽く笑い合う。

本来ここは互いにセンパイに好意がある点を意識し、牽制しあう所だろう。

だが現状が余りに現実離れしすぎてそんな気は起きなかった。

それは辻堂センパイも同じようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――というのが俺と彼との関係だ。

 明らかに恋奈、マキ。お前達の経緯と俺の知る経緯は異なっている」

 

夜間、定期的にある江之死魔の集会に不参加した俺は、その後恋奈から緊急招集を受けた。

江之死魔からの招集ならば断っている所だったが、恋奈個人のものならば話は別だ。

どうやら恋奈は俺がサボった事で自身と同じ境遇に俺もなっているのではと思ったらしい。

 

「そう、腰越も今リョウが言った経緯に心当たりある?」

「あるわけねーだろ。何でダイがリョウと付き合ってんだよ、ありえねーっつぅの」

「・・・・・・不機嫌に否定されても実際に俺と彼は付き合っていたから仕方ないだろう」

 

その場にはマキと恋奈だけがいた。

 

そもそも招集された場所が江之死魔本拠地ではなく恋奈のホテルだったのだが。

俺が着いた頃には既に二人は話し合いが終わっていたようだ。

ついでに取っ組み合いもしたらしく髪と服がボロボロだ。

 

「つまり私や腰越、リョウは各々別の未来からまた六月に引きずり戻されたと。

 これが結論で間違いないのかしら」

「理解も納得もできないが、恐らくそれで間違いないだろう」

「・・・・・・ふざけんなってのよ畜生」

 

ひどく困った顔で恋奈はこめかみを抑える。

仕方あるまい、江之死魔はまたやり直し、しかもヒロ君との交友関係もどうなるのかわからないのであれば悩みもする。

 

「マキや恋奈は今日ヒロ君に会ったのか?」

「会ってないわ。携帯にも繋がらない」

 

しきりに携帯を確認している恋奈。

ヒロ君が恋しくて仕方ないのだろうか、冷静さが無い。

対してマキはというと

 

「私は会ったぜ、今日の朝にな」

「なっ! そ、その時大は何か言ってなかった!?」

 

食いつく。

俺も気になる為、口を挟まずマキの次の言葉を待った。

 

どうやらマキは今日目が覚めたら何故か最後に寝た場所とは違う所

海の家で寝ていたらしい。

その後、ヒロ君と会ったことになるようだが。

 

「あ~、何か真っ青な顔で頭を抱えて海辺にいたぜ」

 

真っ青な顔、頭を抱えて。

ヒロ君体調が悪いのだろうか。心配だ。

 

「声はかけなかったの?」

「かけたよ。

 かけたんだけど、私を見るなり謝りながら逃げやがった」

「何をしたんだお前・・・・・・」

 

聞くにマキはマキでヒロ君と付き合っていたらしいが。

まさか付き合っている人の記憶があるのなら逃げるわけもないだろう。

 

つまり、そこから考えれば今この時間にいるヒロ君はマキに怯えるような未来の記憶を引き継いだか

もしくはヒロ君は俺達のように未来の記憶がなく、それまでの過程でマキに酷いことをされたかだ。

 

「知らねーよ! こっちだってダイに逃げられてマジで凹んでんだよ!」

「うわ、腰越がここまで泣きそうな顔になってるの始めてみた」

 

本気で落ち込んでいる様子。

 

「追いはしなかったのか」

「追う気力すら一瞬でぶっ壊れるほどショックだったんだよ」

「あ~、まぁ同情はしてあげるわ。ほら、このケーキ食べる?」

「食べる食べる! あ、でも私の好みは菓子より肉なんだよな。

 ダイと比べて私の事を全然わかってねぇな恋奈は、あ~やっぱダイは良いなぁ。あと恋奈は駄目だなぁ」

「だったら食うんじゃねぇ!」

 

恋人に逃げられた事に同情した恋奈がマキを慰めるも相変わらずな様子。

 

流石三大天というべきか、取り乱したりはしていない。

この調子ならば辻堂もタイムリープしていたとしても冷静だろう。

実際に辻堂がタイムリープしているのかは知らんが。

 

さて、それじゃあこれからどうするか。

全く理解できないまま俺を含め何人か過去に戻ってしまったようだが

どうやって戻れるのやら。

 

まさかこのままじゃないのか、そう考えるとゾっとする。

だが戻れるアテもない。

 

「マキ、極楽院の方で元の時間に戻れるかとかそういう都合の良い技は無いのか?」

「あるよ」

「あるんかい!」

 

あるんだな。

じゃあ一安心だ。

 

「でもやる気しねー。ダイに怯えられた挙句逃げられたしもう何もする気しねぇや」

 

珍しく陰鬱とした様子のマキ。

参ったな、気分屋のこいつを焚きつけるのは面倒だ。

 

「ど、どうすればその技使ってくれるのよ」

「ダイが私にいつもみたいにメシ作ってくれて、あと一緒に寝てくれたりすりゃ気が晴れるかもな」

「ざけんなや! 大は私のだろうがボケコラ!」

「あぁ!? ダイは私んだタココラ!」

「はぁ・・・・・・まぁ戻れる手段があるだけマシと思うか」

 

ともかく今はヒロ君に会わねば。

彼も私たちと同じ境遇ならば不安だろうし、安心させてあげないと。

 

「じゃあ今日は解散で良いな。

 過去にもどるなんて滅多にない事だ、マキがその気になるまではこの瞬間を楽しませてもらおう」

「あ、リョウ」

「何だ」

 

立ち上がった俺を呼び止めてくる恋奈。

何だろうかと振り向く。

そこにはつかみ合いというよりはマキにマウントポジションとられて今にも殴られそうな恋奈の姿があった。

 

仲のいい事で。

 

「手が空いてたらでいいから、他にも私達と同じ境遇の奴がいないか探しておいてくれない?

 流石に腰越が帰っちゃったらそいつらは戻れなくなっちゃいそうだし」

「・・・・・・了解した」

 

お優しいことで、と言いそうになったがそれは余計な一言だろう。

口には出さず頷くだけにしておいた。

 

再び恋奈の部屋から出ようと、扉に歩み、ノブを握る。

 

「あだだだだだ! ちょっとは手加減しろや腰越ぇ!」

「うるせぇ! 千切らんばかりにギリギリと人の胸つまんでるテメェに言われたくねぇ!」

 

凄い打撃音とけたたましい暴言の数々。

俺はそれを無視して退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まじっすか、戻れるんすか。ラッキー」

「ああ。もっとも、最終的にはマキ次第だがな」

「腰越を頼るのはシャクだけど、まぁ解決策が都合よく早速見つかって良かった」

 

夜、家路についていると長谷家の前には乾と辻堂の姿が。

一発で俺達と同類とわかったためさっさと合流した。

 

そのまま家の前で説明をすると二人共心底安心した様子。

 

「っていうか、総災天センパイもセンパイと付き合ってたんすか。

 という事はそのマスクの下もセンパイは知ってるんですか?」

「まぁな。まさか素顔素性を隠して付き合えるわけもないだろう」

 

俺が彼と交際していることが驚きだったらしい。

乾が興味津々に聞いてきた。

しまったな、どうやら辻堂も乾も俺の素性を詮索している。

 

「・・・・・・アタシ以外の奴と付き合っている世界もあるってことは

 お前らの世界じゃアタシと大は別れたって事だよな」

 

怒っているというよりは少し落ち込んでいる様子の辻堂。

その珍しい姿に僅かにおせっかい精神が燻ってしまった。

 

「あくまでもそれは各々の未来での事だ。

 お前の未来では彼もお前だけを愛しているだろうし、お前が落ち込む理由はないと思うが」

 

俺の世界ではヒロ君は俺だけを愛してくれている。

他の奴らも同じはずだ。だったら気にするだけ無駄なこと。

 

辻堂は俺の言葉に僅かに笑顔を取り戻す。

 

「そっか、確かにそうだ。

 ワリィな、まさかアタシが総災天に慰められるなんて」

「・・・・・・」

 

今度は妙にふてくされた顔になる乾。

 

「恋奈様の未来って、自分がカツアゲ組織を江之死魔内に作っていたんすよね」

「ああ、俺はそう聞いたが」

「そっすか・・・・・・」

 

何やら本気で落ち込み始めた乾。

 

さて、こいつのヒロ君との馴れ初めに関係していることなのだろうか。

俺には判断がつかない。

ただ、どうやら今のこいつがそのカツアゲをしている様には見えない。

 

ピアスも一切していないし、何というか不良から足を洗っているような雰囲気だ。

 

「多分センパイに関わるのが遅すぎたんだね、その自分は・・・・・・」

 

その言葉で大体理解できた。

成程、こいつはこいつで俺のようにヒロ君に何かしてもらったらしい。

 

「さて、もういいだろう。俺は帰るが、お前らはどうする」

「アタシはもう少しいるよ」

「うぅ、自分もセンパイ見ないと落ち着かないんでもうちょっと残っときます」

「そうか」

 

確認だけして俺はその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、自分と総災天センパイは恋奈ちゃんのホテルに呼び出しを受けた。

 

「梓、リョウ。今日は集会あるから参加しなさいよ」

「嫌っす」

「・・・・・・俺は引退したはずだがな、まぁ今は違うか。承知した」

 

結局センパイは先日帰ってこなかった。

流石に不良やめた身なので深夜まで待ち伏せもできない。

自分は諦めて先に帰ることにした。

 

その後日、不良やめたことをコーチや学園長などに頭を下げながら伝え、部活に参加させてもらうことにした。

元の世界に戻れるのなら無駄な行為なのだが、

それでも『今の自分』が不良をやめて部活を再開する約束をセンパイと交わしたのだ。

過去に飛んだからといってそれを反故にするのは忍びない。

 

何より、もし今この世界のセンパイがあずとの世界の記憶を持ってたら誇らしく自慢できる。

きっと褒めてくれるだろう、甘やかしてくれるだろう。

 

「梓、なにそのだらしない顔」

「おっと失敬」

 

両頬を両手で抑える。

いけないいけない。センパイが絡むとすぐにこうなってしまう。

 

そう言えば過去に飛んだせいで携帯に入れてたセンパイの声が消えてるんだよな。

あ~、早く戻りたい。

 

「で、何で集会参加を拒否するのかしら」

「え、だって自分不良やめましたし」

「まじか」

「まじっす」

 

昨日総災天センパイには教えていたが、恋奈ちゃんは知らない様子。

どうやら恋奈ちゃんの世界での自分は、散々恋奈ちゃんを裏切った挙句、最後には恋奈ちゃんにぼこられて奴隷になっているらしい。

よかった。本当にセンパイに会えてよかった。

どう考えても自分の世界の状況の方が百倍良い。

 

そもそもセンパイが自分以外と付き合っている時点で一億倍有り得ないのだけれど。

 

「ぐ、未来に戻るまで形式だけでも江之死魔に来る事は・・・・・・?」

「無理っす。もう今日学園に不良抜けたこと報告しました。

 これから毎日部活通いになってます」

「ほう、見違える程健全だな。彼に染められたという感じか」

 

総災天センパイは本当にクールだった。

 

恋奈ちゃんや辻堂センパイは自分がセンパイとのノロケトークを聞かせるとキレるのだが、

総災天センパイはちゃんと区別しているらしく、冷静だ。

 

「そうなんすよ~。もう長谷センパイのせいで自分こんなに優等生になっちゃって」

「学力は相変わらず悪そうだけどね」

「ほっといてください恋奈ちゃん」

「な、恋奈ちゃ・・・・・・」

 

固まる恋奈ちゃん。

 

どうやらこの呼び方で自分の決意と経緯を察したらしい。

恋奈様は僅かに考える素振りを見せた後、大きくため息をついた。

 

「わかったわ。私とリョウが話を合わせとく」

「どもっす」

 

納得してくれた様子。

ただ、そうなると自分の業務は全て総災天センパイに行くことになりそうだ。

若干申し訳ないものを感じつつ詫びる目を向ける。

 

それに気づいてくれたらしい。

総災天センパイと目があった。

 

「気にするな。どうせそう遠くないうちに俺達は元々の所に戻る。

 それまでの辛抱だ。お前はお前のしたいことをすると良い」

 

格好いい。

いやマジで総災天センパイ格好いい。理想の同僚というか上司。

 

「因みに今日の腰越センパイはどうでした?」

「ダメね。大の姿が見つかんなくて滅茶苦茶イラついてる」

 

センパイといちゃつけなくてイラついているのは恋奈ちゃんも同じな気がする。

だってさっきからせわしなく携帯見つめてるし。

 

「だったらさっさと元に戻って思う存分いちゃつけばいいのに」

「逃げた大を問いただすまで気がすまないんだと。

 あぁもう、梓。せめて大が腰越に襲われそうになったら手を貸しなさいよね!」

「そりゃあセンパイ守る為なら喧嘩もやむなしっすけど」

 

自分の世界では既に恋奈ちゃんと自分はタッグでも皆殺しセンパイに負けたんだよな。

っていうか皆殺しセンパイが自分の好きな男に暴力を振るうとも思えないけれど。

 

「というよりマキは辻堂に負けて不良を抜けたらしいしな。

 まさかヒロ君を襲う事もないだろう。無論別の意味で襲うことはあるかもしれないが」

「まじっすか、皆殺しセンパイが不良抜けるとか想像つかねー」

 

だったら本当に大丈夫だろう。

うん、何だろうか。

同じ不良抜けた者同士、話が合うかもしれない。

 

余り皆殺しセンパイ好きじゃないけど今度少し話してみようかな。

 

「っていうか、リョウが今みたいな下ネタいうの始めて見たわね」

「ッ!? き、聞き流せ」

「ふふ、総災天センパイも何だかんだでセンパイに染められてますね」

「・・・・・・まぁ、な」

 

恥ずかしそうに、乙女な感じで頷く。

 

こんな総災天センパイ始めて見た。

一体どうすればこの鉄面皮を崩せたのか、流石センパイだ。

 

いい気しないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、お前はヤンキーやめたのか」

「まぁな。つってもお前側の私はバリバリ続けてんだろ、

 だったら関係ねぇだろ」

「関係はなくても気にはするさ。乾の奴も抜けたし、総災天やお前も抜けた。

 こうも大と関わって不良抜けるやつが多いとな・・・・・・」

 

抜け出せない。いや、抜けようとしない自分が小さく思えてくる。

 

「くっだらねぇ事で悩んでんなよ。

 ヤンキーってのは自分のしたいことをしてるだけだ」

 

どうやらアタシは落ち込んでいたらしい。

それを感じたのか、腰越はらしくなくアタシに語り始めた。

 

「その結果私はお前に負けて不良を抜ける選択肢を選んだ。

 あの素早いのだって好き勝手したせいで江之死魔を追放されて結果的にヤンキーを抜けたんだろ?

 リョウだってそれと似たようなもんだろうし」

 

わかっている。

理解しているのだが、それでもどこかで思ってしまう。

綺麗さっぱりヤンキーをやめたこいつや乾、総災天が凄いと。

 

「私からすりゃ、

 どいつの未来でも硬派気取っておきながら不条理をぶつけられるヤンキーを続けてられるお前を認めてるんだぜ」

「・・・・・・そ、そうか」

 

こいつにそういう事を言われると妙に照れる。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

互いに何かいう事もなくなり、僅かに気まずい空気になる。

 

しまったな、互いにらしくなさすぎた。

アタシとした事がこいつの前でらしくなくネガティブになったし

コイツはコイツでらしくなく、そんなアタシを気にかけた。

 

嫌な空気ではないが、それでもいい空気ではない。

 

「なぁ、腰越」

「何だよ」

 

さてそろそろ言うべきか。

 

「何でお前ここにいんの?」

 

何でコイツは昼休みの稲村学園屋上にいるのか。

いい加減指摘したかった。

 

「いや、ダイいないかなって」

「いねーよ。今日も休み」

 

どうしたのやら。

今日も病欠していた。

 

流石に心配だ。

取り敢えず放課後にアタシは昨日同様長谷家に向かおう。

例え大の記憶は六月から先のものが無かったとしても、現時点で本来のアタシ達は仲良かったし問題ないはずだ。

 

「そっか、そんじゃここに用はねーや。邪魔したな」

「おう、あんまりこの学園に来んなよ。

 大の姉ちゃんにバレたらうるさいからな」

「んなことイヤって程わかってるっつーの」

 

ゲンナリした顔で言う腰越。

何でそんなに知った風なのかが気になるが、そこまで干渉する理由もないか。

 

「あ、この卵焼きもらい」

 

不意打ちのようにアタシの弁当の中身を奪う腰越。

だが特に怒る気はなし。

元々これは大と一緒に食べる予定のものだったのだ。

その食べる人間がいないため正直持て余していた。

 

美味しく食ってくれる奴がいるのならくれてやる。

 

「うわ! 味濃すぎだろこれ!

 ダイの作るのと比べたら駄目すぎるぞ!」

「今食った卵焼き返せ」

「やなこった」

 

まるで忍者のように屋上から飛び降りる腰越。

そのまま何事もなかったかのように校庭に着地し、走り去っていく。

 

「ったく」

 

アイツの気が向くまでの辛抱だ。

それまで六月の空気を楽しむことにしよう。

 

 

 

 

 

 

そうして、アタシ達の奇妙な学園生活は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきとなります。

一通り辻堂さんのバージンロードを終えたのでSSを書かせて頂きました。
それ程長く続く内容でもありませんが、読んでいただけると光栄です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。