IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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最強担任

 新学期が始まった。

 入学式が体育館で行われ、校長のありきたりな挨拶と生徒会長の歓迎の言葉が入学生に向けられた。

 入学式が終われば、生徒達は自分達の教室へと向かい、私達教師は教員室へと向かった。

 残念なことに、私は一年一組の担任教師に任命されてしまった。去年もそうだったけど、どうして私に新入生の相手をさせようとするのだろうか。

 ちなみに一年一組の副担任は美生と真耶だ。私の感覚だけで言えば、真耶を押し付けられたと言っても良い。まぁ、私も教師としては問題のある方だから、押し付けられたというよりは問題児を一カ所に集めたと言った方が良いかもしれない。そう考えると……美生も問題児?

 うん……問題児かもしれない。

 何故なら、既に教室に向かわなければならないというのに、それを咎めることなく一緒にコーヒーを飲んでいるからだ。

 

「今頃、山田先生は新入生相手に四苦八苦しているでしょうね」

 

 のんびりとコーヒーを味わう美生は、確かに問題児と呼ばれても問題ないような男だ。

 

「そういえば、一夏くんは一組でしたね」

 

 そうだったな。我が弟は何故だか知らないが私の受け持ちの生徒になってしまった。作為的なものを感じてしまうような采配だ。きっと私の弟だから一癖ある奴だろうと思われてるんだろうな。

 

「女子しかいないこの学園だとモテるでしょうね。きひひ、一夏くんも大変です」

 

 大変だとは露程も思っていないな。

 

「思ってませんよ。そこまで興味ありませんからね」

 

 同感だ。私は私、弟は弟だ。非道に走らなければ自由に生きてくれて構わない。放任主義だから、そこまで構い倒したいとかそういうのもないしな。

 コーヒーを一気に飲み干して立ち上がる。いい加減に教室へと向かうべきだと、ようやく思ったからこその行動だ。

 美生も私が立ち上がるのを見てコーヒーを胃の中流し込んで立ち上がった。

 

「新入生名簿を眺めていたら、懐かしい名前を見つけました」

 

 人気ない廊下を歩いていると隣を歩いている美生が思い出したかのように話し始めた。

 

「篠ノ之箒。ワタシにとっても千冬にとっても数少ない友達の一人、篠ノ之束の妹さんですよ。ここに入学したみたいなんですよ」

 

 ああ、あの剣道娘がレベルの高いIS学園に入学したのか。よくも入学できたものだと思う。私の知っている限りでは箒は運動面は優れていたが、勉強面においてはあまり優れているとは言い難かった。まぁ、昔のことだから幾らでも変わるので、あてにはできない情報だな。

 逆に束の方は勉強面で優れている奴だったのを覚えている。運動面は分からない。アレは体育の授業はサボってばかりだったからな。

 そういえば、束とはどうやって知り合ったんだ?

 

「束とは小学三年生に知り合ったんですよ」

 

 ……ああ。そういえばそうだった。確か、美生が教師に頼まれたのが始まりだったな。

 

「そうですよ。教師……あの時は何先生だったでしょうか? 教師にほぼ強制されて、誰とも仲良くせずにいた束を気にかけることになったんですよね。最初は大変でしたよ。何を言っても反応してくれませんでしたからね。ようやく返事を返してくれたと思ったら、五月蠅いから黙ってよ、なんて言ってくるんですから」

 

 それでよく分からない挑発を繰り返したんだっけ? 勉強とか運動とかそれ以外とか。

 

「そうですよ。全部言い返されてしまいましたけど。泣きながら千冬の席まで逃げ帰ってきたのは良い思い出

ですよ」

 

 それのどこが良い思い出なのか議論する必要がありそうだが、確かにそうだったな。それで困った彼は私を道連れにしたんだったな。

 

「そうですね。お前は天才なのに千冬が何を言っているのか分からないだろ。僕は全部分かるんだぞ。なんて言ったら、束もようやくムキになって、それから仲良くなったんですよ」

 

 そうだったな。いつも三人でいたな。

 

「正確に言えば、三人でしかいられなかったと言うべきですね。千冬は無口で友達いなかったですし、束は全員を下に見て相手にしていませんでしたし、ワタシは二人と仲良くなったことで友達いなくなりましたし」

 

 何が楽しいのか、きひひと笑う美生。話している内容と崩れてしまいそうな儚い笑顔が妙に合っていて、急に泣き出すのではないかと私以外の人間は誤解しそうだ。

 昔話に花を咲かせていると、既に一年一組の教室の前にたどり着いていた。扉の向こう側で女子生徒の声が聞こえてくる。どうやら自己紹介をしているようだ。

 女子生徒の自己紹介が終わるとパラパラと迫力に欠ける拍手が鳴り、真耶が大きな声で次の人間に自己紹介を進めていた。声音からして、既に真耶は酔っぱらっているようだ。

 

「山田先生……お酒飲んだんですね」

 

 新入生を前にして極度に緊張したんだろ。予想の範囲内だ。

 

「そうですね。予想の範囲内の出来事です」

 

 新入生からしたら予想外の出来事だろうけどな。目の前で教師が缶ビールのプルタブを開けて飲み始めるのだから。まぁ、いずれ慣れるだろう。

 ……話声が聞こえなくなった。

 何かあったのかと、扉を開けて教室に足を踏み入れてみれば、最前列真ん中の席で立っている弟が目に入ってきた。弟の方も私の姿を見つけた。

 

「千冬姉!」

 

 学校の中だと言うのに公私混合してくる弟。何をそんなに嬉しそうな顔をしているのか、私には全く分からない。美生に目で問いかけてみるが、どうやら彼もその理由は分からないらしい。

 

「環境が環境ですからね。身内に出会えて嬉しいじゃないでしょうか?」

 

 美生は分からないなりに答えを出した。学校で身内に会って嬉しいって、小学校の低学年じゃあるまいし大人の行動をしたらどうだ弟。

 

「織斑せんせー。コーヒーブレイクはもう良いんですかー?」

 

 教師でありながら平気で酒気帯び労働をしている真耶が、何一つ隠すことなく言ってきた。まぁ、別に隠すことじゃないから構わないか。

 

「はい。ご苦労様です山田先生。ここからはワタシ達が引き受けますので」

 

 酔って気分が高揚している真耶に、教卓の上に置かれたビールの空き缶を手渡す美生。素直に空き缶を受け取った真耶は教室の隅に移動してニコニコとしている。

 私は教壇の上に立って教室を見渡す。どこをどう見ても真面目な雰囲気を醸し出す奴がいない、弟を含めて。

 まぁ、例外がいないでもない。最前列の窓側の席に姿勢を正してこちらを見つめてくる篠ノ之箒がいる。昔見た時よりも成長しているようだ。

 もう一人真面目な奴がいる。中央より少し後ろ側の眼帯している奴も真剣な表情をしている。

 さて、とりあえず観察終了して先に進めよう。

 

「一年一組担任の織斑千冬……だそうです」

 

 静まり返った教室に美生の声が響く。私の紹介が終わると、あちらこちらでひそひそと話す声が聞こえてくる。

 

「噂は本当だったんだ。織斑千冬は一言も発さない」

「酒飲みと言い、無口と言い、大丈夫なの?」

「あの寡黙なところが良い」

「何で美生兄が千冬姉の説明をしてるんだよ」

「さすが、先生です。尊敬します」

 

 聞こえないように言っているかもしれないが、生憎私は耳が良いのでバレバレだ。まぁ、だからどうしたという話ではあるが。

 

「ワタシはそちらの山田先生と同じく、一年一組の副担任を務めさせていただく黒白銀美生と申します」

 

 美生は良い笑顔を見せてお辞儀をする。だけど、あの笑顔だ。良い意味で捉えられる事はなく、何人かが可哀想、また何人かがそんなに嫌なんだと呟いている。本当に損な笑顔を持っている奴だ。

 私はとりあえず美生に声を出さずに伝えた。

 授業を始めよう、と。


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