IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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最強教師

 IS学園と呼ばれる高等学校が存在する。

 インフィニット・ストラトス。現代に現れた高性能パワードスーツの名前で、曰く最強の兵器らしい。十年前に突如として世界に現れ、瞬く間にその性能と名前を知らしめた存在。

 そう理解しようと思わない私は『凄い物』としか認識していないが、ともかく世界に衝撃を与えた物であり、生産することもできないほど高度な技術が使われていて、世界に四百六十七機しか存在していない貴重なものでもある。因みにその貴重な一を私は所有していた。もう返還して手元には残っていないが。

 さて、雑な説明だったがこれでIS学園という教育機関がどんなものか分かっただろう。つまりそういうことだ。

 

「本当に雑な説明ですね」

 

 別に構わないだろう、美生。お前は既にIS学園についての知識を持っているのだから。

 

「そうですね。説明しようと思えば、千冬よりも上手に説明することができると思いますよ」

 

 私の隣のデスクに座っている美生がきひひと笑う。一人で急に笑い出した美生を見て周囲が若干ながら引いている。いい加減に慣れればいいのに。

 コイツもコイツで周囲からの視線を気にしない。奇人変人に見られているということを理解しているのだろうか。

 

「十分に理解していますよ。だからって何か変えているわけではありませんけどね」

 

 それはまたずいぶんと肝の座った奴だ。

 

「それは千冬もですよね。出会ってから今の今まで何の変化を見せていませんよ」

 

 お互いに変わりませんね、と嬉しそうな顔をする美生。また若干周囲が引いたのだが、彼は全く気にしていない。そんな美生に付き合う私も周囲を気にすることはない。出る杭は打たれるというのだが、職場の環境のおかげか、陰湿なイジメなどはない。

 ああ、改めて思うのだが。いつの間にか私はニートを脱却して、人に物を教えるという人生のあり方を左右するような大きな仕事についてしまったのだな。それもIS学園という名前の場所。うん、こんな人生を歩むなんて考えたことがなかったから、とても驚いた。初めて職場に足を踏み入れた時に、年配の教師から「さすが世界最強。余裕ですね」と言われたけど。まぁ、実際に驚きはしたが緊張はなかった。

 もう一つ驚きを挙げるとすれば、私がIS学園に就職する際に美生も一緒にIS学園に雇われたことだ。私が寡黙で一言も発しない人物で、そんな私の無言の言葉を唯一理解できる美生が必要と考えられたようだ。つまり、このIS学園の上層部は寡黙で教師としては不向きな私をどうしても取り込みたかったということだ。理由は分からない。ただ単に世界最強の称号『ブリュンヒルデ』を持っているからかもしれない、ネームバリューという奴だ。経営って大変なんだろうな。

 

「変化と言えば」

 

 美生が私のデスクの上に、無造作に置かれた教材を整理しながら話しかけてきた。整理するという考えがないことはないが、何かと美生に任せてしまいたくなるのだから仕方がない。それに、美生も嫌な顔一つせずに自主的にやってくれるのだから、なお仕方がないと言うしかない。

 

「IS生誕十周年記念か何なのか知りませんけれど、どういうことなんでしょうね?」

 

 どういうことと問われても、私には何も分からないと答えるしかない。

 

「男である一夏くんがISを起動させたなんて変ですよね」

 

 美生は心底不思議そうな顔をして、今年入ってくる新入生名簿を眺めていた。

 インフィニット・ストラトス。通称ISは最強兵器という側面を持ちながら、同時に欠陥兵器とも呼ばれている。

 何故欠陥と呼ばれるのか。それは世界に多くの人間がいるというのに、使うことのできる人間が限られることが原因である。もちろん、現存するISの数が少なく、生産することができないので、使用者の定員が決まっているということもある。

 まぁ、ISの数もそうだが、この最強兵器は女性にしか扱えないというよく分からない欠陥が存在するのだ。理由は不明。開発者がどのような意図で欠陥を残したのか、もしくは残さざるを得なかったのか。開発者であるシノノノ・タバネが失踪しているので何も分からない。

 そんな何もかもがフワフワと掴み切れていない中で、更によく分からない事態が起こった。

 私の弟である織斑一夏がISを起動させたのだ。

 経緯については面倒なので聞いていない。ただ、受験会場を間違えたのが原因だとか。最近は受験会場を間違えると、世界で一人しかいないような有名な存在になれるらしい。不思議な話だ。

 今のところ世間では、あの人間離れした世界最強の弟だから起動することができる、と冗談なのか本気なのか分からない説が飛び交っている。

 ちなみに、あの人間離れした世界最強の友人である黒白銀美生は全く起動できなかった。

 

「きひひ。これにて姉弟揃って有名人ですね」

 

 じゃあ、せっかくだから美生も有名人になってみろ。そうすればつり合いが取れる。

 

「つり合いが取れなくてもワタシは大丈夫ですけど」

 

 何ともまあ上昇志向のない男だ。

 

「上昇志向のない女には言われたくありませんよ」

 

 私のデスクを片付け終えた美生が、今度はコーヒーを入れてきてくれた。パシリにしているのではないから勘違いしないように。

 

「なーにが、じょーしょーしこーのない女ですか。織斑せんせーはぁ、ぶりゅんひるでなんですよ。世界最強にまでなったんですよぉ。じょーしょーしこーのある女性のだいひょーじゃないですか。何をいってるんですかー、黒白銀さぁん」

 

 コーヒーの香りを堪能している背後からむわっとアルコール臭が漂ってきた。コーヒーの香りが台無しである。

 この教員室にはあってはならないアルコール臭を漂わせている人物の方を振り向くと、そこには顔を赤らめた童顔に大きめな眼鏡をかけた女性がほにゃりと笑顔を浮かべていた。酒で酔っぱらっていることを除けばきちんとした教師である。ちなみに私と美生の後輩だ。

 

「ご苦労様です山田先生。教師生活は慣れてきましたか」

「はーい。織斑先生と黒白銀先生のおかげで何とかやっていけそうです。……はい」

 

 緊張の欠片もないほんわかした表情で話す真耶。段々と酔いが醒めてきたのか赤かった顔色が引っ込んでいく。

 昼間から堂々と飲酒をしている目の前の後輩は山田真耶と言う。上から読んでも下から読んでもヤマダマヤです。入ってきた当初、緊張でカチコチになりながらそう自己紹介していたのをよく覚えている。教員室にいたほぼ全員が冷たい視線を向けていたのも良く覚えている。ああ、滑ってしまいましたね、と美生が呟いていたのも良く覚えている。ともかく、真耶のたった一つのミスによって、暖かく迎えてくれるような雰囲気は消滅したのだった。

 真耶がどういう人物かと言うと、緊張し過ぎる人間だ。ちょっとしたことにでも緊張してしまい、本来持つ力を発揮できない。難しい人間だ。

 まぁ、そんな真耶は自分の性格をきちんと把握して、それに対して対策を持っていた。あまり褒められる対策ではないが、対策の一つであることは間違いない。

 その対策はとてもシンプルなものである。酒を飲むというとってもシンプルで、本当に褒められるものじゃない対策だった。

 幸いなことに真耶は酒で悪酔いすることも、酔っぱらって前後不覚になることもない。なので勤務時間中の飲酒を認められている。

 本人曰く、緊張から解放される程度の酔いだそうだ。酔っていることは認めているらしい。

 ISの装着者としての実力は上位に食い込む(飲酒時)ほどのもので、もしかしたら上層部はそこだけで判断して引っ張ってきた可能性がある。

 喋ろうとしない教師の私が言うのも何だが、酔っ払いを教員に採用するなと言いたい。


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