IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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美生の今話

「さてと、久しぶりにそろそろキミの答えを聞かせてもらいましょうかしら」

 

 そういってほほ笑むのは小学生のある日に出会った真っ赤な女性でした。今もひっそりと記憶に残っていた姿と何ら違いがありません。あの日から十年単位で時が過ぎ去っているというのに皺の一つ見つからないその顔は綺麗ですが、どこか気味の悪さを感じさせます。時間の流れを感じさせないとはこうも不気味なことだとは。

 

「人間ですか?」

 

 あまりに人間らしくないので思わず聞いてしまいました。聞いてから少し不味いことを口走ったと思いました。ですが、言ってしまったことは仕方がありません。覆水盆に返らずとも言いますし。

 彼女は一応ね、と笑いました。一応って見た目だけって意味でしょうか?

 彼女は目の前に座って、ワタシの頬に手を当てて目を覗き込んできました。

 

「私が人間かどうかってことは今は気にしないの。気にしたところでどうもやりようがないんだから。それよりも大事な話をしましょうかしら」

「日本語おかしくないですか?」

「それも気にしないの。話の腰を折ってしまうからね。円滑な人間関係はあえて見逃してあげることで成り立つんだから。と言っても犯罪は見逃しちゃ駄目」

「脱線してますけど」

「大丈夫。今から戻るから。でね、前に君に質問したの覚えているよね」

 

 アレははっきり覚えています。子供心に公園内に不審者が居るので通報しなきゃと思いましたから。

 

「キミの願いを一つだけ私が実現させてあげられるとしたら、何を望みますか?」

 

 あの時見たのは太陽のように明るくて力強くて、それでいて暖かい笑顔だった。

 

「キミが今一番にかなえたい夢や願いは何かな?」

 

 小さな子供い将来の夢を聞くかのような問いかけだった。

 

「君の答えを聞かせてもらいましょうかしら」

 

 あの時のワタシはこの赤色の女性が本当に何でも叶えてくれると信じていました。お金持ちになりたいと言えばそうさせてくれるし、世界征服をしたいと馬鹿みたいなことを言っても、苦も無く実現させてくれると思っていました。

 そして大人になった今でも、彼女の言葉にはなんでも実現できてしまうような不思議な力に満ちていると思いました。どうしてそう思うのかは分かりません。彼女の変わらない姿がそう思わせているのかもしれません。

 ワタシは昔の自分がどう答えたのかを思い出しながら言いました。

 

「とても魅力的な提案です。でも断らせていただきます」

 

 願いを叶えてもらえる。とても素晴らしいことです。しかし、ワタシにはそのようなものは必要ありません。要らないものを無理して貰う必要なんてないんです。

 

「あれれぇ? また拒否しちゃうんですか。ふぅん、欲のない人ですね」

「欲はありますけど、他人にどうこうしてもらいたいとは思いません」

「それは立派ね。でもさ、今回は素直に願っちゃった方がいいですよ」

「どうしてでしょう?」

「過去の君、今の君。そのどちらもある問題を抱えている時に私が目の前に現れた。偶然じゃありませんよ。ちゃーんと作為的に出てきてるんです」

「なるほどそうなんですか。だとしても答えは変わりません」

「頑固さんですね。でもでもでもでもでも、今回ばかりは泣きつくに限りますよ。何故なら君は、お友達が人質に取られて困っているのですから。そして、その人質がいるせいでもう一人のお友達が危ないんですから」

 

 女性は変わらず暖かさを与えてくれる笑顔でした。でも口にした内容はストーカー染みています。

 

「まぁ、君が願いを言わない理由も知っているんですけどね」

 

 願いを言わない理由。それを知っているなんて、どうせハッタリでしょう。何かしら当てはまることを言えばそれで知っていると思わせることができますからね。

 言うだけ無駄。そう思いつつ彼女の次の言葉を待ってみます。

 

「君の世界には、君を含めて三人の人間しか存在していないから」

 

 確信めいた言い方。そして、それは確信であり、私の本心でありました。

 

「君は心の底では篠ノ之束と織斑千冬の二人と、それ以外の全ての間に線を引いているんですよね。君は三人のことは三人だけでなんとかしたいと考えていているから、どんなに親しくしていても一番大事なところでは他の人を寄せ付けない。だからこうして、私の差し伸べた手を払い除けちゃうんですよね」

 

 全てを知られていました。

 とても嫌な気持ちになりました。

 知らない第三者に自分の中身言い当てられるということが、ここまで不快な気持ちにさせてくれるとは思いませんでした。

 

「そうやって自分達だけ特別扱いですかぁ?」

 

 こんな時でもあの暖かい笑顔のまま。不快感は消え去り、代わりやってきたのは未知の存在に対する恐怖でした。

 今すぐに窓を突き破ってでも、この場から逃げ出したいと思い足に力を込めました。そこで足が動かないことに気がつきました。いいや、もっと言えば首から下を全く動かすことができなくなっていました。

 

「びっくりしましたか? 安心してください。この世界の時間も止まっているので、いつまでも叶えてほしい願いについて考えることができますよ」

「それはとても配慮されていますね。ということでワタシは良く悩んだ結果、叶えるべき願いがないのでお帰りください」

「もう、強がっちゃって。そうやって強がっていられるのも今日が最後だよ」

「強がってはいませんけど」

「あれれぇ? ああ、気がついてないだけか。気がついてなければ強がるも何もないですからね」

「気がついてないって何がですか?」

 

 もったいぶった話し方をする彼女に、ワタシは苛立ちの含んだ問いかけをしました。

 

「それはね、君が篠ノ之束と織斑千冬と同じ位置にはいないってことですよ。もちろん、互いに通じ合ってるとか親友だとかじゃありませんよ。存在そのものが違うと言いましょうか」

「存在そのもの?」

「そう。ここだけの話、篠ノ之束も織斑千冬も普通なら君と友達となることなんてありえないんですよ。だけどさ、奇跡っていうのが起こったんですよ。黄色の奇跡と青色の奇跡によってこの世界に存在する。それに比べて君はなんでもない。ただの人間ちゃん。それを同列に扱うなんてことはできないよ」

 

 千冬と束の二人だけが特別? 

 奇跡によって存在する?

 ワタシは二人と同じ場所には居れない?

 

「でもね、君は幸運。何故なら、青色と黄色に匹敵する赤色と出会ったからね。願いを叶えれば、奇跡をその身に浴びれば、同じ立ち位置へと昇ることができちゃうんですよ。そうすれば一緒だ」

 

 でも……それでもワタシは。

 

「馬鹿だね。そこで意固地になる必要はないんだよ。だってそうでしょう、願いを叶えれば君は二人と同じ存在になれる、そして二人の友達を救うことができる。悪いことなんて一つもないよ」

 

 悪いことなんて一つもない。確かにその通りだ。ワタシは二人と同じじゃないんだ。その他大勢の一人に過ぎなくて、二人だけは特別な存在。一緒だと思っていたけれど、実はワタシの独りよがりでしかなったんです。

 彼女の言う通りに願いを叶えれば二人と同じです。同じ存在になれます。三人だけの世界に戻る……いいえ、三人だけの世界にすることができます。

 でも、二人以外の誰かの手を借りるなんて……できることなら断りたいものです。しかし、ワタシが我を通したいがために拒否すれば、束を救うことも千冬を助けることもできません。

 自分らしさと二人だけの友人を天秤にかけてしまえば、どちらに傾くかなんて考えるまでもありません。いいえ、先ほどまではそれでもと考えていました。

 ただ、彼女にあんなことを言われた後では天秤が片方に傾いてくれました。そこには利己的なものが大きく乗っかっていますが、この際関係ありません。

 

「前言を撤回します」

 

 深呼吸を一回。言葉に力を込めます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、おかしなことを言ってみますね」

 

 学校終わりに立ち寄った公園で日本人離れした褐色の肌をした女性に出会った。

 真っ赤な短い髪と綺麗な宝石のように赤い眼。太陽みたいに暖かい笑顔。

 

「例えば、キミの願いを一つだけ私が実現させてあげられるとしたら、何を望みますか?」

 

 赤い修道服を着ているけど、もしかして宗教の勧誘か何かなのかな?

 

「別に変な勧誘じゃないですよ。そういうことを取っ払って、単純に考えてみましょうか」

 

 単純に考える?

 

「そう、単純だ。キミが今一番にかなえたい夢や願いは何かなってこと」

 

 今かなえたい願い? うーん。ある事にはあるけど、あれは……どうしようかな?

 軽快なステップを踏んで近づいてきた真っ赤な女性。

 

「さてと、そろそろキミの答えを聞かせてもらいましょうかしら」

 

 過去のワタシではなく、現在のワタシが答えましょう。

 ……ワタシの答え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にかあの真っ赤な女性は姿を消していました。まるで夢を見ていたかのようにフワフワと現実味のない瞬間でした。最初からあんなものはなくて、考えに行き詰ったワタシの脳みそが見せた幻覚だったと思った方がまだ説得がありそうです。

 でも、願いを叶えてもらった事実があるので、あの瞬間は確実に存在したんです。

 とりあえずお茶でも飲んで気を落ち着かせようと思った時。

 バタンと乱暴に入口の扉が開き、どことなく険しい表情をした千冬が現れました。千冬はぐるりと部屋の中を見渡していました。

 

「千冬、何を慌てているんですか?」

 

 もしかして、あの偽物束が何かを送ってきたのでしょうか?

 ワタシの心配の問いかけに、千冬は何でもないと、腰を下ろしてワタシの飲んでいたお茶に口をつけました。

 赤い女性に願いを叶えてもらいました。その願いを使ってワタシは千冬と束の為に行動を起こそうと思っていました。そこで、千冬に預けていたものを返してもらい、代わりに千冬から預かっていたものを返すことにします。偽束のやってくる日にワタシは千冬とは一緒にいられませんから。

 それに千冬が全力でやるには混じりっ気は要りません。

 また、ワタシは千冬の助けになるために、自分だけの力で事に当たる必要があるから。

 千冬の方に手を置いてその顔を真剣に見つめました。

 

「千冬。お願いしたいことがあるのですが」

 

 そしてワタシは決心と共に言葉を吐き出しました。

 

「千冬から預かった発声器官を返しますから、ワタシの力を返してください」

 


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