IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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時間は「始まる前に」と「最強少女」の間です。
では、どうぞ。


他人様の話
束の転生話


「まぁ、半ば強引に救うんだけどな」

 

 それが摩訶不思議体験の合図だった。ぐにゃりと視界が歪んで思考も纏まらなくなった。訳が分からないと思うこともできないほどに脳内が当てもなくフワフワ。

 そうして気がついたら私は篠ノ之束としてやり直していた。

 身体が縮んでいるのに気がついて、最後に見た時よりも皺の少ない両親だと思う男女を眺めると、頭の中で幾つかの仮定が浮かび上がってきた。

 どうしてこのような状況にあるのか、何故若い両親(仮)が目の前にいるのか、どうすれば過去に似た空間を再現できるか。頭の中で案が浮かんでは否定して消えていく。

 一番納得がいく説明は、特殊な薬で私が現実的な夢を見ていることだ。身体を動かすことができるのも、痛覚があるのも脳を薬でそう誤認させているだけ。

 でも、私はそんな薬の存在は耳にしたことはない。していたとしてもこうも精巧な幻覚を意図的に見せつけることができるのかという疑問もある。ひとまず薬で幻覚を見ているという案はほりゅー。

 まずはこの世界を体験することで情報を整理していこう。

 世界の情報を得るのにもっとも便利なツールと言えばパソコン。マウスをぐりぐり、キーをかちかちしていけば信憑性はともかく多くの情報を好きなだけ閲覧することができる。これほど便利なものはないね。

 さぁ、さっそくパソコンを起動して世界を知ろう。

 立ち上がって和風仕立ての家をパソコン求めて歩き回る。居間にはない。男の書斎はまずどこか分からない。それっぽいところはあったがそこにもパソコンの姿は見えない。脱衣所とトイレは論外なので見ない。あったら常識を疑う。

 三十分ほど家の中を歩いて探してみたが、おかしいことにこの家にはパソコンが存在しないみたいだ。冷蔵庫やテレビ、エアコンなどの電化製品はあるのにパソコンがないなんて、この家はどうかしている。私の家にはパソコンなんて当たり前のようにあったっていうのにさ。

 パソコンがないなら仕方がない。ちょっと手間だけど新聞にでも目を通そう。新聞って情報量少ないくせに文字だけは無駄にあるから読みたくないんだよね。まぁ、背に腹は代えられないから読むけど。

 まさか新聞がないなんてことはないよね、なんて最悪な予想が一瞬頭の中をよぎったけど、幸いなことに新聞はきちんとある。

 新聞に書いてある情報を一通り頭の中に叩き込んだ。思ったことは一つ、薬で幻覚を見ているという仮定は消滅した。新聞に書かれている記事のどれもがちゃんとした日本語だったからだ。幻覚にしては事細かに文字が書かれていて、その内容も荒唐無稽なものは何もない。これは薬じゃないね。

 薬じゃないなら何なんだろう。変な装置を頭につけられてこれまた幻覚を見せられている?

 いや、無理かな。あの時の私の状態じゃあそんなことできないし、しようと思う奴もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは全部自分で蒔いた種だ。束、お前はやり過ぎだ。友人として、せめて友人としてできることはこんなことくらいだ

 ちーちゃんはそんな自分勝手な理由で私に納得を飲み込ませた。納得もしてなきゃそもそも理解もしていなかったのに、ちーちゃんは乱暴に話を打ち切って去っていった。

 私は力なく仰向けに倒れた。

 ……何が友人だよ

 そう言われ、そう言ったのを思い出したのは小学三年になってちーちゃんと再会した時にだった。

 私は廊下側の一番後ろの席、ちーちゃんは窓側の一番前の席にいた。教室で最も遠い席に身を置いた私たちの関係を分かりやすく表している。

 私は前世(結局他に案が浮かばなかったのでもう前世ということにした)でちーちゃんに裏切られ死んだ。好き勝手やった私が悪かったかもしれないが、それでも裏切ったちーちゃんの方が悪いと思う。

 考えてみればちーちゃんは親友だなんだと言っておきながら、行動の端々に一線引いた部分があった。私が何かやると、もしくはやろうとすると頭ごなしに怒鳴りつけて止めてくるし、場合によっては口より先に手が出る時もある。こっちの意思を大いに阻害する動きをしていた。今考えるとあれは親友の行動じゃないな。

 うん、決めた。ちーちゃんとは仲良くやらない。無視しよ。

 私が好き勝手にやるためには親友と嘘吐く奴なんていらない。

 そう心に決めると、授業をガン無視して日々を過ごした。なんか歳食っただけの大人が「それはいけません」とか「授業はちゃんとうけましょうね」なんて言ってくるけど、私からしたらもう学ぶ必要のない知識なので、わざわざ周りに合わせて勉強しているふりをすることはない。奴らは勝手に勉強してればいいじゃん。私も勝手に好きなことするし。

 社会というのは好き勝手やろうとピョンと飛び出すと打って常識の枠内に戻そうとしてくる。画一的で

あるように調整しようとしてくるんだよね。

 出る杭は打たれる。教師からも周りの餓鬼からも打たれる。

 でも、中身のない給料ばかり気にしている教師の空っぽな台詞を聞いても、でたらめで支離滅裂な餓鬼の感情を向けてこられても全く堪えない。反論は面倒だし理解できないだろうから無視してあげた。束さんは優しいんだよ。

 さて、そんな優しい束さんに新たな刺客が送り込まれてきた。教師の持つ孤立した子供を救おうとして行うよく分からない行動。それも指示を出すだけで自分は何もしないという最低な行動。

 教室の中でお人よしそうな奴を捕まえてあの子とも仲良くしてあげてね、なんて善意を押し付けてくる例のアレだ。前世でも受けた例のアレ。

 送り込まれた刺客は教師の無礼な行いの被害者でもあるけど私は容赦はしない。寛容な態度で接する意味なんてないから。

 笑顔で話しかけてくるソイツを無視する。

 必死に話題を振ってくるけど無視する。

 さらに話しかけるのでいくら善人な束さんもいい加減限界なので言ってあげた。

 

「五月蠅いから黙ってよ」

 

 顔も合わせない。どうして顔見て喋んなきゃならないのさ。

 ソイツは私がようやく口を開いたことに喜んだかと思えば、黙ってと言われて顔を真っ赤にして挑発と取れる発言を始めた。

 どれも所詮小学生レベルの次元での挑発。

 鼻で笑ってやると、ソイツは泣き出していなくなった。

 ようやく静かになった、かと思えば後日ソイツがまた私の席にやってきた。余計なものを連れて。

 織斑千冬。前世で私を裏切った人物だ。私はお前の唯一の親友だろう、なんて甘い台詞を言ったかと思えば、いっくんがピンチになると平気で私を切り捨てる悪女。最後はなんともまぁ、せめて私が引導を渡してやるなんて言ってさ、闇討ちしてきたんだよ。あれは一番親友にやっちゃいけないね。

 とにかくそんなことがあったから、今回はちーちゃんに関わろうとしなかったのに、ソイツがちーちゃんを連れてきちゃった。

 今世のちーちゃんはどうしてかやたら無口だ。喋っているのを見たことがない。教室にいる間も、そうでない時も喋らないし、教師に当てられても頑なに口を開こうとはしない。周りからはゴリラ女と呼ばれているが、それでカッとなって暴れまわることもない。狼狽えることもなく日常を過ごしている。

 見れば見るほど前世のちーちゃんと違う。前世のは良く怒ってたし、変な正義を振りかざしていたし、冷静そうな見せていちいち喧嘩していたし。

 目の前のちーちゃんはやけに大人びている。周りの餓鬼を一歩二歩と離れた場所から見ているみたいだ。

 私がちーちゃんを見ると、ちーちゃんも私を見てきた。見てきただけでそのほかにリアクションはない。

 ソイツがちーちゃんの隣に立って小馬鹿にしたように何かを言ってきた。

 

「お前は天才なのに千冬が何を言っているのか分からないだろ。僕は全部分かるんだぞ」

 

 意味が分からない。言っている意味が分かる? 何それ冗談? 他人の考えなんて分かるわけないだろう。分かっていたら裏切られることなんてないんだ。

 ちょっと苛々した。おかしいと思いながらも、私は口を開いて買い言葉を吐き出した。

 

「そんなの私にだって分かるよ」

 

 どうしてそんなことを言ったのか分からない。でも、この買い言葉は結果的に良い方向に進んでいった。少なくとも私はそう思う。ソイツが……黒白銀美生がやってきたことは、私にかけがえのない本当の親友を与えてくれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちーちゃんの考えていることを理解するのに半年かかった。

 こう……なんていうか理論では説明できない感覚的なもので理解することができるようになった。ちーちゃんの僅かな仕草や癖から読み取れたんじゃない。本当に第六感が働いたのではないかというくらいに直感で理解することができる。

 理解ができるようになったころには私はちーちゃんを千冬と呼ぶようになった。始めはお前とか君とか言っていたが、このちーちゃんは前世のちーちゃんとは全く関係のない別人であることが心底理解できたので、前世と同じ名前で呼ぶのが躊躇われた。だから、千冬と呼ぶことにした。着飾らない呼び方はまっすぐに向き合えている気にさせてくれた。

 美生とは千冬よりも少し早く仲良くなった。彼は結構なお人よしなようで千冬の考えを読み取れるように色々とアドヴァイスをしてくれた。ほとんどが感覚的なもので理解ができなかったが、それでも助かったと思う。

 半年かけて仲良くなった私たちははっきり言ってやりたい放題だった。

 私は基本的に授業には不参加だったし、千冬はノートも取らない受け答えもしない、美生はきちんとノートを取って当てられたらきちんと答えていたが、私たちと一緒に行動するようになって段々と非行の道に走るようになった。まぁ、非行なんて言ってもそこまで酷いものじゃない。ちょっと教師の言うことを聞かなくなった程度だ。神経も図太くなったのか、物事に段々と動じなくもなっていった。

 美生が世間一般の定義で言う駄目人間化するのを私は止めようとはしなかった。だって私にとってそれは別に駄目なことじゃないから。むしろ、いいことだ。普通の考えの人間は結局私の目の前から去って行っちゃうんだし、美生のことは千冬とおんなじくらい好きだから消えてもらうと困っちゃうんだ。

 千冬もまた私たちに感化されて規律を無視するようになっていく美生を止めようとはしなかった。千冬が心の奥底で何を考えているのかまでは分からないが、きっと千冬もそれが悪いことでないと思っているのかも。

 前世のちーちゃんは所詮規律の中に生きる真っ当(それでもおかしな部分はあったけど)人間だったから、私の目の前に線を引いて決してそこから先へは進入してこなかった。それに比べてみると千冬は何の躊躇いもなくこっちに来てくれた。いや、私の方が向かって行ったのかな? それを千冬は拒絶しなかっただけか。

 

 

 

 

 

 友達は仲良くなると互いの家を行き来するものなのだ。自分のテリトリーへ招待し、また相手のテリトリーに招かれることで相手に対して心を許していることを告げているのかもしれない。あんまりよく分からないけど。

 私と千冬と美生は大親友だ。いっつも三人で行動していっつも三人でつまらない学校生活を耐え抜いている。仲良くなると何となく家に招きたくなるし、招かれたいと思うものだ。

 私と美生で千冬の家に泊まりに行った時、言葉に表せないようなものがあった。本当にどう表現すればいいか分からないけど、劇的な喜びはなかったと断言はできる。何て言うか安心感?

 ちーちゃんと友達だった頃は互いの家に泊まるなんてことはなかった。千冬の家に泊まったのが初めてだったから親友だって確認できて安心したのかもしれないね。

 家に泊まった時、千冬の両親は出かけているのか不在だった。無責任な親だと思う反面、邪魔な存在が居なくてラッキーだったとも思う。

 千冬曰く、日頃から思うがままに過ごしているから家に居ないのは当たり前らしい。千冬の表情から特に寂しいといった感情はないみたい。

 千冬の家に泊まってから一週間後。今度は美生の家に泊まることになった。

 意外なことに美生の両親は寛容な性格らしく、アポなしで私たちが泊まることを了承してくれた。美生が学校で注意されていることも大した問題だと思っていないらしく、元凶である私と千冬に何か言うこともなくあっさりと笑顔で受け入れてくれた。

 美生の部屋で三人一緒に過ごした時も、千冬の家に泊まりに行った時と同じ安心感があった。

 就寝時は部屋の主である美生を真ん中にして川の字で寝た。私は三人の中心的立ち位置にいるのは誰だろう、と少しだけ考えてみた。考えてみて私たちは対等だから優劣はないって答えを導き出したので寝ることにした。せっかくなので美生に抱き着いて眠った。

 千冬の家、美生の家と二人の家に泊まると、今度は私の家に泊まろうという流れになった。この時、正直私はこの二人を両親に会わせたくないと思った。

 けど、二人が家に招待してくれたのだから私も家に招待するのは当然の流れだから止められないし、家に来てくれること自体は嬉しいので止めない。両親は無視しよう。

 私の家は道場も兼ねているのでけっこう大きい。篠ノ之流剣術を扱う剣道家が私の家らしいんだけど興味がないからそこのところは詳しくは知らない。

 まぁ、父親は篠ノ之流剣術が凄いのだと妄信的で、それを広めようと躍起になっている面倒な男で、母親はそんな夫の考えを全て肯定して献身的にサポートするだけの意思なしの女だった。

 奴らはどうしようもないほどの篠ノ之流剣術に傾倒していて、それを私に押し付けてくるほどだった。剣に興味のない私はそれを全て無視した。あの女が「貴女は父親の心が分からないの?」て言ってきたから、じゃあそっちは子供の心を理解しているのかと言いたくなった。言うのも面倒だから言わなかったけどさ。私は無駄なことに労力を裂きたくない主義なんだ。

 きっともうすぐ箒ちゃんが生まれるから、そっちを思う存分に篠ノ之流剣術を広めるための先兵にすればいい。

 両親は剣術のことにしか興味がないから私が親友を連れてこようが意に介さない。かと思ったが、千冬を見るなり「君には剣の才能がある。どうだ、明日からこの道場に通って武士にならないかね?」なんてあほらしいことを言い始めた。どうやら千冬は前世のちーちゃんと同じように剣の才能があるらしいが、千冬は両親の必死な勧誘を無視して部屋はどこかと聞いてきてくれた。ここで興味があります、なんて言って千冬が剣道なんてやりはじめたら私は泣いていたかもしれないね、嘘だけど。

 まぁ、千冬が剣道を始めるなんて言ったら泣かないにしても嫌な気持ちにはなったと思う。一緒にいる時間が減るし、こんな奴らの目的に使われているのも見てられないし、なにより前世のちーちゃんを彷彿させるから。

 

 

 

 

 

 

 妹が生まれた。名前は前世と同じで箒になった。両親は男の子じゃないことに残念そうだった。武芸は男子の方が良いなんて、古めかしい考え方の持ち主だと思う。いまだにパソコンもないし、いつまでも停滞した生活を送ってないでほしい。

 ちいちゃな箒ちゃんは以外と可愛かった。前世の箒ちゃんは成長するにつれ性格は可愛くなくなったからな

ぁ。実の姉である私に「貴女は姉ではない」とか「あの人」とか言っちゃうし。そのくせISが欲しいときだけ妹面して注文してくる。今考えてみると我が妹ながら最低な人物だったね。この妹は一体どう成長するのかな?

 箒ちゃんはすくすくと成長していった。赤ちゃんの成長って結構早いんだね、知らなかったよ。はいはいができるようになると目を離した隙にいなくなる。

 赤ちゃんの思考回路はよく分からないが、はいはいができるようになるとやたらと私のところへとやってくるようになった。なんて言うか両親の方へはあまり近づかない。

 最初は気まぐれかな、なんて思ったけど、成長してたどたどしくも喋れるようになると気のせいではなく私の方へとやってきた。もしかしたら本能であっちの方が危険だと認識したのかもしれない。賢い妹だ。

 箒ちゃんが近寄ってくるのならと、私は箒ちゃんに構うことにした。両親はこっちが拒否する態度を見せてるのにいまだに剣道を押し付けてくる。五月蠅く「お前には篠ノ之流剣術を受け継ぐ義務がある」なんて言ってくるものだから、私はしつこい奴らから逃れるために箒ちゃんに優しくしてスケープゴートに仕立て上げようと思った。前世の箒ちゃんが私を言いよう扱ったように、私も箒ちゃんを自分の都合の良いように使うことにしたのだ。

 私たちが中学2年になると、箒ちゃんは剣道を習い始めた。まだ小さいのにも関わらず奴らは自分たちの身勝手な夢を娘に託す姿は最悪だと思った。

 分からないなりに必死に子供用の竹刀を振るう箒ちゃんを私は凄いね、頑張ってるね、なんて心にもないことを言って応援した。ここで止めてもらうとまた奴らの矛先が私に向いてしまうから。

 千冬のところは既にいっくんが生まれていて、また両親は二人を残して失踪した後だった。千冬は両親の失踪にはまるで興味がないようで幼いいっくんを適当に面倒を見ていた。そのせいでちょっとだけ三人のじかんが減っちゃった。まぁ、最近は千冬の家で美生と一緒に過ごすようになったから別に良いけど。

 物心がついたいっくんは両親の消失によって生まれた寂しさを埋めるように千冬にべったりとしていた。千冬はそれを鬱陶しいと思わないようでけっこう好きにさせていることが多かった。ただ、就寝時にはいっくんをベッドに寝かせると、いつものように三人で川の字になって寝るからいっくんを全ての時において存在を許しているわけじゃないみたいだね。ちーちゃんはどうしようもないシスコンでべったりで見ていると気持ち悪いって思うほどだったのに、千冬にはそういう部分がない。

 いっくんには悪いけどね、千冬も美生も渡さないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学生活なんてもうない。私たちはもうすぐ高校生になる。

 高校は同じところに行くことにした。離れ離れになる選択肢なんて全然ないんだよ。私たちはいつもいつまでも三人だから。

 高校は地元の高校にすることにした。電車で何十分も揺られなきゃならない場所なんて却下。登下校に時間なんて取られたくない。

 同じ高校に行くに当たって問題が一つだけあった。進学先の高校がちょっとだけレベルが高いということだ。有名高ほどではないけどそれでも周りから比べれば高い。

 私は高校入試程度で躓くような学力じゃないから心配はない。千冬も意外や意外で学力の問題はない。けれども美生が問題だった。

 美生は私たちの中では一番悪くて中学のテストの成績は悲惨なものだった。全教科の平均は五十点未満。目指す高校はそこに二十点以上は足さなきゃいけない。

 私たちは美生の成績が低いことにはそこまでびっくりしなかった。私たちはほとんどの時を一緒に過ごしているから当然美生が勉強していないことを知っていたんだ。遊んでばっかりだったからね、ほとんど勉強の時間なんてないし、私も千冬も勉強を促すようなことを言ってないし、美生も勉強しなきゃと急くようなことはしてない。これじゃあ成績が下がっちゃうね。

 なので、私たちは急いで美生の成績を上げるべく勉強を教えることにした。教えてたのは千冬だったけどね。私はほら、どうして美生がこんな問題で躓いているのかが分からないので教えようがないのだ。頭の中でここでどうやったら間違うのと思ってしまうんだ。私には中学の問題なんて簡単過ぎるんだよ。

 千冬の努力のおかげで何とか美生の成績は上昇した。一月に行われる高校入試には間に合った。これで合格できなきゃちょっとだけ登下校の時間が伸びちゃうので頑張ってほしいな。

 高校入試の結果はすぐに出た。三人とも合格していたので、いつも通り千冬の家に集まって美生の合格祝いをした。

 面倒くさい時期を終えた私は暫くした後に訪れる高校生活を、三人で過ごす高校生活を想ってスキップしながら帰路についた。今日は非常に不本意だが自宅に帰らなければならなかった。美生が風邪をひいて自宅療養になったからだ。

 そうなると集まりも何もないので、私は箒に会いたくなった。

 箒は前世の箒ちゃんと同じで私のことを好いてくれた。ちょっとだけ箒ちゃんと違うのは、箒は両親にそれほど心を開いてはいないということくらいか。

 まぁ、そうだろうね。奴らは箒が頑張って剣道に打ち込んでも褒めてくれることはなかったから。いっつも未熟だとか修錬を怠るなとかしか言わない。

 それに対して私は箒のことを褒めちぎる。箒に剣道を止めてもらうと困るので。まぁ、最近は箒のことが可愛く思えるようになっていたので打算もあることにはあるが、確かに心の底から褒めていた。何で可愛いと思ったのか分からない。……分からなくても良いかな。

 とにかく今は急いで家に帰って、いっぱい箒と戯れて一緒の布団で寝る。今日はそれでおしまい。それで明日、もしくは明後日からまた三人集まって過ごす日々。

 曲がり角をくるっと曲がる。もうすぐで家だ。

 

「ずいぶんと幸せそうな顔してんじゃんよぉ」

 

 背後から声が聞こえてきた。いつかどこかで聞いた声だ。

 早く帰って箒と過ごしたい想いを抑えて振り返ると、とても珍妙な姿をした少女がいた。

 日本人らしい黄色の肌だから日本人っぽいけど、髪は輝かしい金髪で瞳は黄色、来ている服は雨でもないのに黄色いレインコート。足もまた黄色いブーツを履いていた。

 

「くふくふふふぅ。幸せそうでなによりだぜ。でもぉ、アタシが望んだのはそんな波のない幸せ模様じゃないぞ。オマエを転生させてやったのは、楽しい展開が見たかったからだ」

 

 思い出した。前世の私が最後に出会った頭のおかしい女だ。春はまだ先なのに変質者が現れたので、私は警戒する。

 コイツの言い方からして私は転生というのをしてこの世界にいるらしい。

 

「腑抜けてんじゃぁねぇよ。オマエは前世で培ったISの技術を使ったやりたい放題してくれりゃあいいんだってーの。まったくもって無駄な十五年だ」

 

 目の前の黄色は一人で五月蠅くしている。耳障りだから黙ってほしいし、話が愚痴だけならもう帰っても良いよね。

 

「だぁから……入れ替えだぜ」

 

 入れ替え?

 

「本来の配役に戻す。そっちの方がオマエよりも楽しい展開になるかもしんねぇしな!」

 

 黄色が言い終わると同時に後ろに人の気配を感じた。急いで振り返ると目の前に手のひらが現れた。ぐらりと視界が揺れる。鼻頭が熱くなり、何かが流れる。手のひらが顔面を力一杯押したことで頭が仰け反ってしまったと気がついた時には既に遅かった。

 足が払われ支えを失った体。私の顔面に押し付けられた手のひらにまた力が籠められ、後頭部を地面にたたきつけられた。

 一瞬視界がブラックアウトした。飛んだの瞬間的ですぐに意識が戻ってくると誰かが仰向けになった私に馬乗りなって見下ろしていた。

 

「はじめましてぇ。本物の篠ノ之束だよ、偽物の篠ノ之束ちゃん」

 

 私とそっくりな顔をした女がそこにいた。篠ノ之束と名乗った女はピョンと飛び上がって私の腹部を思い切り殴りつけてきた。

 私は耐え切れずに気絶してしまった。

 

「さよならだなぁ、束ちゃんよぉ。用済みだぁ」

 

 意識が薄れていく中でそんな嘲笑う声が聞こえていたのを覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして私は十年間、束に監禁されたまま辛うじて生きてきた。

 ただ千冬と。

 ただ美生と。

 ただ、三人一緒に過ごすことを希望として。

 

 

 

 


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