IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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決戦教師

 束の指定した夏休みがやってきた。危険人物がやってくることを知る教師および専用機持ちたちは口々に早いですねと言っていたが、私はそこまで早いと感じなかった。いつもと変わらない体感だった。

 夏休みということもあり誰もいなくなってガラリとした一年一組の教室。その教卓の上に座って私は束が来るのを待っていた。行儀が悪いのだが、これからIS学園がボロボロになるかもしれないので関係のない話だ。

 一年一組の教室で束を待っているのは、待ち合わせ場所を特に決めていなかった弊害だ。場所を決めていないからどこで待てばいいのか全く分からない。困った話だ。なのでとりあえず一年一組の教室にすることにした。理由は特にない。

 夏休みだからと言って学校には多少の生徒たちが部活だ補習だでいてもいいのだが、今日は指名手配犯が来ると言うことで一部の生徒を除いて全校生徒が実家に戻った。残ったのは一から三年までの専用機持ちたちだ。強制ではなく自由参加なのだが、以外にも欠員が出ることなく全員が参加を表明してくれた。

 専用機持ちたちは教師たちとチームを組んで校舎内のあちこちで待機している。どこから敵が来るか分からないからだ。

 本来なら世界各国のISがここに集まる手筈になっていたらしいが一週間前に取りやめになった。世界に対して束は手を打っていたのだ。各国に犯行予告を送っていたようで、すべての国が襲撃を警戒して、束を捕えるチャンスに動くに動けなくなってしまったのだ。これはIS学園側にとっても痛手であり少ない戦力で立ち向かわなくてはならなくなったので、教師たちは戦々恐々としている。

 私は一人で待ち続けるだけだ。隣に美生はいない。

 あの日、私が赤い不審者の幻覚を見た後、美生は「お願いしたいことが」と告げてきた。彼のお願いは単純でいてよく分からないお願いだった。

 

「千冬から預かった発声器官を返しますから、ワタシの力を返してください」

 

 よく分からないお願いだろう。確かに昔そんなことを言ったが、何故今のタイミングでそんなことを言ってくるのか。どうしてそんな決意に満ちた瞳で言ったのか分からない。

 そして、今日の早朝にいなくなった。あのお願いと何か関係あるのだろうか。

 美生が私に何も告げずにいなくなったのは第二回モンド・グロッソで攫われた時以来だ。もしかしたら何かあったのではと考えたが、同時にクラリッサ、ラウラ、箒が一緒にいなくなったことで誘拐の危険性はなくなった。四人そろってどこへ行ったのかは置手紙も伝言もないので誰も知らない。

 ただ、夏休みになるまでの間、これでもかと訓練していた三人が今日という日に突然いなくなるのには疑問が浮かんでくる。みすみす束を捕えるチャンスを逃してどこに行くのか?

 分かったことと言えばIS学園の戦力が三人分減ってしまったということか。それもその内二人は軍属なので戦力としては大分大きな痛手だ。

 IS学園がどう考えようと知らないが、私としては三人の不在なんてどうでもいい。束がゲームを持ちかけてきたのは私で。私はそれを受けてここにいる。二人の戦いだ。外野が叫ぼうが私たちの勝負であることには変わりない。圧倒的に条件が不利ではあるが一対一だ。

 おそらく、束の学園内に邪魔者の一人や二人いることくらい承知していることだろうから、無人機ISで注意を引きつけようとするはずだ。専用機持ちたちはきっと無人機ISの対応に追われてこちらには来れない。

 生徒のいない教室と廊下は不自然なほど静かで、足音なんてすぐに気づけてしまうほどだ。この教室に近づいてくる一人の足音なんて特別よく分かる。

 締め切った教室は夏の暑さに蝕まれていたが、前方の扉がガラガラと音を立てて開いたことで外の空気が流れ込んできた。入り込んできた空気も生温かくて教室内の状況が改善されることはなかった。

 

「うわぁー。蒸し暑いな。せっかく私が来るんだから冷房つけて出迎えることくらいしておけよねぇ」

 

 扉を開けたのは待ち人である篠ノ之束だ。手で自身を仰ぎながら教室へと入ってくる。

 

「ねぇ、なんでちーちゃんはこんなくそ暑いのに汗もかかずに平気な顔しているのさ。あれ? みーくんがいないね。じゃあちーちゃんとは会話が成立しないじゃないか。もう、ちゃんと仕事しなきゃ駄目じゃない。もーくん、もしかしてびびって逃げ出しちゃったのかな? だとしたら酷いよね。親友の最後を看取ろうっていう優しさがないんだから。まぁ、無様な負け姿を見てあげないのも一つの優しさかな? まぁ、私にしてみればどっちでもいいけどね。私の秘密を知っている奴、もしくは疑っている奴は全員消えてもらいたいなー、なんて思ってるからね」

 

 矢継ぎ早に喋る束。どれも不愉快な内容だ。

 私は教卓から飛び降りると、手近にあった弟の机の足を掴んで持ち上げた。小手調べの一撃ということで、片手を振るって机を束に投げつけた。

 私の投げた机は放物線を描くことなく真っ直ぐに束へと向かって行った。

 束は迫ってくる机に動じることはなかった。反応できてないことによって動じていないわけではない。それは直後に机を両手で弾き飛ばしたことで分かる。弾き飛ばされた机は教室の真ん中に墜落して着地地点にあった多くの机を巻き込んで不時着した。

 

「危ないなぁ、ちーちゃん」

 

 私と束の距離は二メートルほどしかないというのに、奴は私の投げた机を苦も無く弾き飛ばした。小手調べ程度の力加減はしたが、これは意外だ。普通の人間には不可能だから、超オーバースペックというのもあながち嘘ではないようだ。

 

「ふふふ。今の振る舞いは許してあげるよー。私は広い心の持ち主なんだからね」

 

 だから今すぐいたぶり殺してあげるよ。そう言って束は手招きしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言っとくけど、助けを期待しているのなら無駄だよ。世界中で人気の束さんにはファンが多いからねぇ。世界各国のISを抱えている軍事施設に無人機ISをいっぱい送り込んでおいたよ。ちーちゃんをフルぼっこにするのを邪魔されないように学園内にも無人機ISを投入したから、今頃はみんな馬鹿みたいに必死になって戦ってるんじゃないかな」

 

 IS学園の敷地内にある第一アリーナ。夏休みはISの世界で食べていこうと考える情熱に燃え滾った生徒たちが汗水流して訓練していて狭苦しいことこの上ない場所。今日に限っては全校生徒のほとんどが帰郷しているので、そのような将来性の一端を見せてくれる生徒たちの姿はどこにもない。

 観客席の方も空席しかなくがらりとしている。いつもならアリーナでの訓練で疲れた生徒が見稽古を兼ねた休憩をしているというのに、本日はそんな時間を無駄にしないような素晴らしい人間は一人もいない。

 熱もなければ人もいない閑散としたアリーナの中央を試合の場所として束は選んだ。私には選択の権利もなく手招きされるがままに連れてこられた。

 ここがアリーナであるからして、試合はISを使用して行われる。

 束のISは自身が心血注いで造り上げた最初で最後のIS。『機械仕掛けの神』と名付けられた世界最強の天才のための世界最強のISだと言う。装甲色は黒。見た目は全体的にシャープで装甲に無駄な出っ張りがない。束の身体にフィットしていてISというよりはボディースーツだ。背後にスラスターが浮かんでいるので辛うじてISだと理解できるものだった。

 それに対して、私は鎧武者のような装甲をしたIS『打鉄』を装着していた。打鉄は第二世代型ISの中で量産型に当てはめられる凡庸なISだ。性能は並程度で武装もこれと言って特徴がない。見た目は日本の鎧武者をモチーフにしていて、それが外国では受けているそうだ。

 IS学園に入学した生徒たちが最初に乗ることになる素人の練習用ISとして使われるくらいのものでしかない雑魚でしかないが、専用機を持たない私に使えるISはこれしかないので引っ張り出してきた。別に専用機じゃなくても構わないからいいけど。

 機械仕掛けの神がどれほどのISかを見た目で判断することはできないが、打鉄の三倍ほどの力はあるのではないかと考えている。これではいくら使い手の力量が優れていても勝てない試合だ。

 しかし、私は自分の準備のなさを悔やむことはしない。最初から専用機など用意する気はなかった。学園の奴で構わないと考えていたのだ。

 

「打鉄。当時の日本がない知恵とお粗末な技術をかき集めて作ったガラクタ。そんなスクラップ候補でちーちゃんは戦うって言うのかい?」

 

 馬鹿にしたような声。たぶん束が相手じゃなくても同じように嗤ってくるだろう。もしくは舐めているのかと憤慨する。

 私は馬鹿にされたいと思っているわけでもなく、また相手を舐めてかかっているのでもない。私にとって専用機も量産機もそこまで変わらない。武器のレパートリーとスラスターの出力が違う程度だろう。ISは装着するのは私だ。私の元々の力にISの補助が入るだけのことだから、専用機をあつらえてくる必要はない。本当の蔵人というものは武器を選ばずとも勝利を手にするものだ。

 自信は十分にあるが、この試合に勝てるかどうかと問われれば私は勝てないと断言できる。勝利を得ることは可能だと考えてはいるが、この試合に勝てるなんて思っていない。なにせ、こちらは人質を取られている身だ。勝つことは親友の死を意味する。負けても親友は死ぬかもしれないがな。

 だから、今から行われる試合で私がすべきことは……あるかも分からない奇跡を頼って耐え続けることだけだ。


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