「要らないの?」
真紅の装甲をペタペタと触りながら天才にして天災な女は、妹の突き放すような言葉を聞いても傷ついた様子もなく笑う。人の好意を素直に受け取ろうとしない妹の態度に苦笑しているのではなく、単純に楽しいから笑っている。
周囲を取り囲んでいる人間たちは誰も箒の言葉を批難することはない。送り主は世界的に有名なテロリストで、ISの存在を認めさせるためだけに各国の軍事基地を強襲した化け物だ。たとえ周囲と同じように人間の言葉を扱っていても、その思考回路が人間のそれと同じだとは限らない。
「求めていないものをもらって喜ぶ趣味はない」
箒は木刀の切っ先を束の鼻先につくかつかないかのギリギリの位置まで突き出して牽制している。振るえは全くない。強い意志を持って武器を向けている。
対して、木刀という分かりやすい暴力を向けられている束も怯えの色はない。クスクスと場違いな笑みを浮かべている。
「えへへ。どんなに強気な態度取ったってねぇ、箒ちゃん。結局は私の手を取らざるを得ないんだよー。今のうちに受け取った方が悔しがらなくてすむかもね」
意味ありげにウインクする束。箒の木刀を持つ手に一瞬力が入るのが見えた。イラッとしたみたいだ。相手の平常心を欠こうとしているのか、はたまた何も考えず能天気に見せつけたのか。
「実はね箒ちゃん、ちーちゃん。もう一つプレゼントがあるんだ」
もう一つプレゼント?
私の名前を呼んだということは私にも関係のあるプレゼントだろうか。もしも、そのプレゼントがし……いや、変な想像は止めておこう。
とにかくそのプレゼントとやらが何であるか見てみよう。
「そのプレゼントはねぇ、もう暫くしたらこっちに来るよ」
束はにんまりと笑って海を見た。どうやらプレゼントは直接手渡しではなく、誰かが持ってくる物のようだ。束が海を見たことに意味があるとしたら、それは海もしくは地平線の向こうからやってくるのかもしれない。
双眼鏡を所持していたクラリッサが海の向こう側を注意深く見て首を横に振る。双眼鏡で見える範囲にはいないようだ。
プレゼントとは何だ?
そう思った私は美生に視線を向ける。
「束さん。貴女の言うプレゼントとは何でしょうか?」
美生が私の代わりに質問する。束がどこまで正直に答えてくれるかは分からないので、その口から出る言葉は信用に欠けるだろう。無駄な質問になる可能性が極めて高い。
だけど私の疑り深い予想に反して、束はあっさりと答えてくれた。
「ISだよ」
さらりと答えた束に、クラリッサとラウラは疑いの目を向け、シャルロットは「やけにあっさりと教えてくれるんだね」と苦笑いを浮かべた。シャルロットが口にしたことを、同じように思ったのは私だけではないだろう。セシリアも鈴も拍子抜けしたようだった。
そんな中で珍しく弟が顎に手を当てて何かを考えていた。
「IS? 千冬姉のか?」
よく分からないが、それでもと口にした弟の言葉には確信の欠片もなかった。私も自分のISではないかと思ったのだが、そうすると束が私の名前と一緒に箒を呼んだことが引っかかる。私にISを渡すつもりなら箒の名前は呼ばないだろう。それとも私にISを受け取らせることで、箒もISを受け取らなければならない状態にしようとしているのか。
いや、そんな穴だらけなことはしないだろう。
今のところ分かっているのは、束の二つ目のプレゼントとやらがISであり、それは海の方向から来るということだ。
ふむ……ISが海からやってくるか。
ISがやってくる。
プレゼントがこっちに来る。
ISがこっちに来る。
……自分から?
自分からやってくるIS?
束は「どんなに強気な態度取ったってねぇ、箒ちゃん。結局は私の手を取らざるを得ないんだよ」と言っていた。それと関係あるのか。
手を取らざるを得ない。束のISを受け取らなければならない。束のISを使用しなければならない状態になるということだとしたら二つ目のプレゼントとは……?
「織斑先生!」
思考を中断させるような焦りの声が聞こえてくる。砂浜に足を取られながら真耶が必死に走ってくる。近づいてくる彼女を、束がようやく来たかと言わんばかりに底の見えない深い笑みを浮かべて見守っていた。
私の目の前までやって来た時には、真耶は肩で息をして何か話そうにも息を整えることに邪魔されて言葉が出てきはしない。それでも頑張って口を動かして何かを伝えようとしていた。
「はぁ……はぁ……う、ん。織斑先生、緊急…態です。所属……不明のIS…がこっ、こちらに向かってきます」
荒い呼吸の合間を縫って紡がれた言葉に、全員が直ちに束の方を向いた。奴はなぜか誇らしげな顔で胸を逸らしていた。
全てを言い終えた真耶は私にもたれかかるように力尽きた。
全てを目撃した弟が発狂した。
「作戦を説明しよう」
そう宣言して作戦会議が始まった。問題は誰一人作戦会議だと思っていないことと、作戦会議の舵取りをしているのが今回の事件を起こしたと思われる束だということだ。
本当ならこの場にいるほぼ全員が束の身柄を拘束して逃げられないようにしたいと思っている。事実、クラリッサを中心とした教師陣の中なかでも身体能力の高い者が、何食わぬ顔で旅館に入ってきた束を捕まえようとした。
しかし、束は考えているようで私たちに一つ忠告してきた。
曰く、この旅館内に爆弾を仕掛けていると。その爆弾は束の意思一つで起爆することができ、旅館を木端微塵に吹き飛ばせるだけの威力があると。
咄嗟に出た嘘かもしれない。だが、慈悲の欠片もない事実かもしれない。
嘘か本当かは判断できない。
もしも本当であればこちらは文字通り手出しできない状態になる。専用機持ちたちはISのシールドがあるので助かるだろうが、それ以外の生徒も旅館内にいるので束一人捕える為に一学年のほとんどを犠牲にすることはできない。
「向かってきてるのは無人機IS。今日のためにわざわざ作ったんだよ」
わざわざ作るな持ってくるな。すぐに停止させろ。
そういったところで聞く相手ではないだろうから心の奥底に閉じ込めておく。
「さて、ここまでで何かあるかな? 出血大サービスで何でも答えてあげるよ!」
ここまでとは言うがな、お前が作ったISが向かってくる以外の情報がないぞ。
「はい」
「お、いっくん」
「何でISを作って、こんなことしているんですか?」
「質問がないようなら話進めちゃうよ」
弟の質問を無視した。弟は束に無視されたことで何かを思ったようだ。思案顔でゆっくりと挙げた手を下した。
「敵ISの目的はこの旅館を破壊すること。そう命令しておいたからそれは確かだよ」
けらけらと笑って目的を暴露する。
「さて目的地にたどり着いたら殺戮始めちゃうからなぁ。じゃあこっちから打って出よう。出撃メンバーは三人まで。強制出撃は箒ちゃんといっくん。敗北条件は出撃メンバーの全滅もしくは敵が目的地に到着することね」
まるでゲームでもしているかのようなふざけたことをのたまう束に、嫌悪の表情を浮かべる彼女以外の人間たち。クラリッサなんて今すぐにでも飛び出して束を攻撃しそうだ。射殺さんばかりの視線と逆手に持ったナイフを見た教師たちが必死にクラリッサの身体を押さえつけていた。
束はそんな憎悪に突き動かされて周囲に押さえつけられているクラリッサを、野良犬か何を見るような目をしていた。
クラリッサを全く脅威とは思っていないのか、束はわざとらしい動作で彼女に背を向けると、箒へと近づいて行った。
箒が警戒を見せるが関係なく、束は彼女の両肩に手を置いて微笑みを浮かべた。
「さぁこれで、箒ちゃんは私のISを受け取らなくちゃいけなくなったねぇ」
でもね、と続く。
「別に受け取らなくても良いよ。箒ちゃんはちっぽけで惨めなプライドを優先するために、他の大勢の人間を犠牲にするだけ。そう、それだけなんだからね。私の妹だってことの証明だね」
束は「どうする?」と言って箒の前に右手を差し出して見せた。
こんなもの、箒がよっぽど捻くれた人物出ない限り答えは一つしかない。それももっとも屈辱的な答え一択しかないのだ。
「……篠ノ之束。私に貴女のISをください」