「どうして……こんなことを」
姉である楯無を守るように抱きしめながら、更識簪は暴行犯を睨み付けた。彼女は楯無とあまり仲が良くないと聞いていたが、この姿を見るとそうではないらしい。いや、心底嫌っていなければ当然の反応か。
敵意に満ちた視線を受ける束はニコニコと笑っている。まるで自分が悪いことをしたとは思っていないかのようだ。思ってなどいないだろうな。
篠ノ之束は並のテロリストが尻尾を巻いて逃げ出してしまうほどの凶悪な犯罪者だ。彼女の犯行は一つ一つの罪の重さをいちいち足すのも馬鹿らしくなるほどに多く、そして酷い。
始まりはアメリカだった。場所は分からないが米国内でも大規模な基地が予告もなく襲撃され、多くの人間が殺され、基地を内側から爆破されるということが起こった。
一般に公開されている情報はここまでだが、この仕業が束のものであることは彼女が基地の壁に血文字でデカデカと『篠ノ之束登場』と書かれていたことが報道されたので、犯人は明らかだった。
束の目的は分からないが、多くの国で同じような軍事基地の襲撃があり多くの犠牲者を出したと各国で報道されていた。
ISの存在を世界に認めさせるため……というにはあまりに過ぎたやり方だ。かと言って快楽でやるにしても常識どころか非常識すらも飛び越している。
他に崇高な目的があるのではないかと思いたいが、私は目の前の人間のことなど全く知らないので憶測もまともにできはしない。
「どうして? そうだね、一つ言えることは私には全く罪はないってことかなー。だってだってね、そいつから急に襲って来たんだよ。正当防衛だから私には罪なしさ。全面的にその通り魔が悪いんだよー」
仮に正当防衛だとしてもやりすぎだ。これは誰がどう見ても過剰防衛だろう。簪もふざけた態度で言い訳をする束に怒りで顔を真っ赤にしている。それでも手を出さないのはまだ理性が上手く働いているからだろう。
周囲にいた教師たちが簪に近づき楯無を受け取った。重傷患者だ、すぐにでも旅館に連れて行って治療しなければならない。他の教師たちもようやく意識を取り戻して、急いで生徒たちを旅館へと向かわせた。今ここで何かあると被害が大きい。教師として教え子を守る義務があるのだ。
生徒たちも本能的に危険だと思ったのか、急いで旅館の方へと向かって行った。残った人間は真耶を除く一組の教師勢と二組四組を含む専用機持ち達と箒だけだった。
「久しぶりだねー、箒ちゃん。元気にしてたかな?」
「黙れ」
「やーん。ツンデレデレだぁ。せっかく危険を冒してまで会いに来たのに、いつから箒ちゃんは冷たい子になっちゃったんだ。あの頃はお姉ちゃんお姉ちゃんなんて言って後ろをヒョコヒョコついてきてくれていたのに」
「そんな事実はない」
「もう、照れちゃって。可愛いなー、箒ちゃん」
あれほど怖い顔をしている箒のどこが可愛い顔だ。
きっとこの束は自分以外はきちんと見えていないのだろう。箒の表情、醸し出す雰囲気など分かっていないようで、平気で背中を向けて私へと向き直った。
「ちーちゃん。会いたかったよ。何年ぶりかな? 十年は経ってるから十年ぶりかなぁ」
私も会いたいとは思っていた。はじめまして。
「十年もあれば人間なんてどうにでも変わるけど、ちーちゃんは変わらないね。昔から何を言いたいのかさっぱり分からないよ。いかに天才な私でも、シャイで何も喋らない無口なちーちゃんの言葉は分からないんだよ」
私が喋らないから何を言いたいか分からない? なるほど確かにほぼ全ての人間が私と言葉を使って意志疎通することができないから、この束がそんなことを言うのも分かる。……コイツはボロボロだな。
束の言葉に私が反応しないでいると、遠くの方で「俺は千冬姉の味方だからな」なんて呟きが聞こえてきた。お前は私以外の人間の見方をしろ。
私は美生の方を向く。真面目な顔をした彼は静かに頷くと、私のすぐそばまでやってきた。
「あれ? みーくんもいたんだ。影が薄すぎて見えなかったよ。相変わらずちーちゃんの金魚のフンだね」
「そうですね。ワタシはいつまでも千冬にベッタリですよ。羨ましいでしょう?」
「全然羨ましくないかな。自分で何もできないのと同義だから、私としてはそんなポジションゴミ箱にポイだ」
束はけらけらと美生を嘲笑った。美生もまたきひひと束を馬鹿にするように笑った。初めてそんな美生を見た。新鮮である。
私が初めて見る美生の表情。つまりはそんな表情を見せたくなるような相手というわけだ、束は。
「篠ノ之束ですね」
今まで沈黙を保っていた教師勢の一人、クラリッサがゆっくりと警戒を見せながら近づいてきた。ドイツも束の突然の襲撃を受けて酷い損害を受けたのだから、軽々しく接近できるほど能天気ではないということか。
「誰だよお前。気安く声なんてかけてくるなよ。まぁ、心のひろーい束さんは多少の無礼くらいオールオッケーで許しちゃうけどさ」
「それは結構。ですが、我々は貴女を許すことはできませんよ」
「あーあ。やだよね、そうやって昔のことをズルズル引きずっちゃってさぁ。しつこいと嫌われるよ」
「貴方が公の場で罪を償っているというのなら私は何も言いませんが、そうでないというのに昔のことで済まして終わるなんてできませんよ」
「そうだよ。悪いことしたら相応のお仕置きを受けなくちゃね。天才だろうが凡人だろうが平等なんだよ」
「ですが、貴女が幾ら大金を積み上げてみせたところで誰も罰を軽くしようとは思わないでしょうけど」
シャルロットとセシリアがクラリッサの両隣に並び立って援護射撃を行う。二人共笑顔を浮かべてはいるが束を警戒しているようだ。
「金髪どもが何を白々しい理想なんて語っちゃってるの? これまで世の中平等であったことなんてないし、これからも永遠に訪れることはないよ。人間なんてより相手より上を上を目指して、互いの足を引っ張り合う醜い生き物なんだから。それが分かってないなんてどうしようもないなぁ」
聞いている分には束の方が正しいと思う。あくまで発言者のしでかしたことを考えなければの話ではあるが。言っていることは本当に正しい。人間は他人よりも上を目指す生き物なのだから。
しかし、いくら正しいことを言おうがここにいる全ての人間にとって束は憎き敵である。敵意や殺意、嫌悪などが和らぐことはない。
「さぁーってと、こんな頭の悪い奴相手にするのは時間の無駄だからねぇ。ちーちゃんに箒ちゃん。本題に入ろうか」
本題?
私の疑問はそのまま全員の疑問だった。全員の警戒心がグンっと上がる。
「まずは箒ちゃんにプレゼントを持ってきました。メリークリスマァァァスッ!」
束が両手を天高く掲げる。すると少し離れた砂の地面が盛り上がる。砂がサラサラと流れ落ちると、その下から正方形のコンテナのような物が現れた。コンテナはつぼみが開くかのようにぱかりと四方に開いて、その中身を見せつけてきた。
「じゃっじゃぁぁぁぁん」
開いたコンテナの上にはISが鎮座していた。真っ赤な装甲が特徴的だ。
「箒ちゃんが私に泣きついてくれないから、勝手に作って持って来ちゃったぁ。早めに召し上がれ」
危険人物が持ってきたのはどうやら箒専用のISらしい。状況からして怪しいと疑って欲しいと言っているようなものだ。爆弾でも積んでいるじゃないかと疑ってかかりたくなる。
箒はISをちらりと一瞥すると再び束を睨み付けた。
「こんなものは欲していない」
箒は束の鼻先に木刀を向けて言い切った。
学園最強と世界最凶の会話
「臨海学校の現地にとうちゃーく。早速ちーちゃんと箒ちゃんに会いに行こうかな?」
「少し待ってくれますか、篠ノ之束さん」
「おや、人が感動の再会を心待ちにしているのに、無粋な真似をする輩は誰だい?」
「IS学園生徒会会長更識楯無」
「ふぅん。……で?」
「色々取っ払って用件を言わせてもらうけど貴女を拘束するわ。そして然るべき場所に連れていきます」
「……消えてくれないかな。どこのゴミ屑か分からないような青臭い餓鬼の、くだらない妄言に付き合ってあげられるほど束さんは優しくないんだ」
「青臭い餓鬼かどうか、身を以て知りなさい」
「馬鹿だねぇ。私の力どころか自分の実力も理解できていないくせに、部屋の角で小さくして黙ってろ」
「黙らないわよ。これ以上貴女を野放しにはできないか……八ッ!?」
「黙ってろって言ったじゃんか。頭悪いな」
「かっ!? ハ……ァ」
「ISを展開しても私の前では無駄だよ。うーん。昨今の生徒会長って頭悪いのかな? 叩けば少しはマシになったりしてね。よーし、実践してみようか!」