IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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準備教師

「千冬ちゃーん」

 

 放課後になったばかりの慌ただしい教室の中で、人目を全然気にしない底抜けに明るく大きな声が聞こえてきた。周りはいつものことなので誰も振り向くことはない。

 

「一緒に帰ろーよー」

 

 私が声の方向を見るより早く、私の机の上に学校指定の地味な制服を着た人間が転がり込んでくる。うまいもので勢いをつけて飛び込んできたというのに、人が乗っかるには狭い面積の机の上に見事着地してきた。そして、そのまま机の上でゴロゴロし始めた。本当に器用な人間だ。

 

「駅前のクレープ屋に寄ろうよ。店前で買う雰囲気出しておいて買わずに冷かして帰ろうよ」

 

 心無いことをしようとする奴だ。駅は帰り道と真逆だぞ。そもそも駅前にクレープ屋はあるのか。

 仲良くなってからというもの、彼女が真面目な顔で真面目なこと言っているのを見たことも聞いたこともない。いつも何がおかしいのかケラケラ笑っていて、真面目なんて言葉知らないんじゃないのかと思ってしまう。

 篠ノ之束。私の二人しかいない友人の一人。心を許せる友かどうかはともかくとして親友だ。もう一人の親友である美生のおかげで巡り合えた縁。おそらく同性の友達は今後も束一人しかいないだろう。

 出会った当初の束は他人の興味のない人間だ。誰とも仲良くしようとせず、興味本位で話しかけてきた人物は誰彼かまわず取り合わない、目上の人間の言葉なんて耳にいれようともしないと、自分の世界だけで完結しているような人物だ。

 社会性を持ち合わせず常に個人でいようとしていた束だが、それも私と美生に出会ったことで少しは世界が広がったのではないだろうか。

 最初は美生を軽くあしらって相手にしなかったが、いつの間にか束は私たちは友人になっていた。それからはいつも三人一緒に行動していた。何をするにも一緒、共同作業の時も集まってやっていたし、二人一組でやるときも無視して三人一組でやってきたほどだ。気づけばクラス替えをしても私たちは常に一緒のクラスだった。教師も面倒だからひとまとめにしようと考えたのだろう。こちらからしてみればありがたい話だ。

 中学生になっても私達の関係は変わらなかった。

 そう……変わらない。

 たとえ、篠ノ之束の同姓同名の人間が世界に対してテロ行為を行ってしまったとしてもだ。

 

 

 

 

 

「千冬姉! 一緒に出かけようぜ」

 

 日曜日だというのに自宅にも帰らず寮の管理人室でゴロゴロしていると、弟が素晴らしく良い笑顔で訪ねてきた。明らかに外に出る格好をしているし、片手に財布を持って買い物に行くアピールもしている。

 どうして今日に訪ねて来て出かけようと誘うのか。何か特別なことでもあったか?

 

「出かけようぜ!」

 

 考えても特にこれといったものは出てこない。今はちょっと美生が飲み物を買いに出かけているので弟に問いかけることもできない。筆談をすればいいのだが、見える範囲に紙とペンがないので断念する。

 

「出かけようぜ!」

 

 私なんか誘わないで新しくできた友達と一緒に楽しく外出すればいいだろう。箒と鈴がいるだろ。そっちを誘え。

 私がいつまでも首を縦にも横にも振らないものだから、弟は少しずつ不安な顔をする。さっきまでの馬鹿みたいに明るい笑顔はどこかへ行ってしまったようだ。

 

「で、出かけようぜ!」

「どこにですか?」

「げぇ、関羽!?」

 

 もはや危機感を持った誘いをする弟は突然背後から美生に声をかけられて、ビックリしたのか意味の分からないことを言った。本当に意味が分からない。流行っているのか、そう思って美生を見るが彼にも分からないようで「何ですそれ?」と真顔で弟に聞いていた。弟は視線を逸らして「ごめん」と呟く。深い意味はないらしい。

 

「で、どこに出かけるのですか?」

 

 美生は学園の外にあるコンビニで買ってきた飲み物を、管理人室の冷蔵庫に入れながら聞く。五百のペットボトルがレジ袋から何本も出てくる。おかしいな、私のリクエストは何でもいいから炭酸系を一本だったはずだ。残り全部を美生が飲むのか?

 

「きひひ。何が飲みたくなっても良いようにですよ」

 

 なるほど。備えあれば患いなしだな。じゃあ今度何か飲みたくなった時は遠慮なくもらうぞ。

 

「どうぞ。ワタシは千冬が飲んでいいように買ってきましたから、遠慮の必要はありません。ね、一夏くん。今日も楽しく過ごしてください。では、さよなら」

「さよならするな!」

 

 美生が流れるような動作で管理人室の扉を閉めようとするので、弟は慌てて扉に足をかけて止めた。

 

「千冬姉! 俺と一緒に出かけようぜ!」

 

 弟が涙目になっている。どうやら扉の角に足をぶつけたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「うん。千冬には黒が似合いますね」

「白も捨てがたいけど、このデザインなら黒だね」

 

 色違いで同じデザインの水着を見比べながら美生とシャルロットが議論を交わしている。私は自分のことなのに一歩下がってその話を聞いているだけだ。

 別にどれでもいい。どうせ着ないんだから。

 

「ですよね。学校の授業以外で泳ぐなんてありませんでしたからね。近所に海がある訳でもなかったですし」

「えぇ!? 美生先生も千冬先生も海に行ったことないの!」

 

 あるけど。

 

「ありますよ。ただ水着で海には入ったことはありませんね」

「もったいないなぁ。海に行くんだから枷を外してはしゃぎまくろうよ」

 

 仮にも教師なんだから枷を外すな。生徒と同じになって遊んだら管理責任を問われる。

 じゃあ黒の方にしよう、と当人を放っておいて水着を決める二人。シャルロットは自分のことのように嬉しそうだ。何故だ?

 

「使う使わないはともかくとして、水着も買ったことだしね。お日様がてっぺんに昇ったからご飯にしようよ」

 

 シャルロットが財布を天高く振り上げる。つられて上を見上げてみても天井の照明が見えるだけで、自己主張の激しいことで有名な太陽の姿はない。きっとシャルロットだけに見える自己主張で輝いた幽霊がいるのだろう。

 管理人室を出たのが九時半で、この大型ショッピングモール『レゾナンス』に着いたのが十時……くらいだ。で、時計を見てみれば現在ちょうど十二時。シャルロットの言う通り昼時だ。

 何食べる?

 

「うーん。ワタシは何でも構いませんよ。デュノアさんは何か食べたい物ありますか?」

「おーい。ちょっと待て!」

 

 ばっと視界に入り込んでくる弟。

 

「俺が千冬姉を誘ったはずなのにどうしてデュノア先生がいるんだ。そして何で俺の意見が全く反映されない。そもそも何も意見を言えてない。気がついたら水着選びが終わってる!?」

 

 一人で捲し立てるように話す弟に周囲の女性客が引いている。女性物の水着売り場で男が叫んでいるから当然か。同じ男の美生は彼女と一緒に来ていると思われているので引かれてはいない。彼にあまり男臭さがないのも理由の一つかもしれない。

 私の水着を買う。それはもともと弟が持ってきた話だった。今週の月曜日、つまり明日から一学年は臨海学校で海に行くので、弟は姉である私と水着を買いに行きたいとやってきた。

 友達と行け、と美美に言ってもらったが、弟は千冬姉と行きたいんだよ、と拒否した。重病だ。

 弟と出かけることを恥ずかしいとか気持ち悪いとは思わないので一緒に行くことにしたが、通訳に美生が必要ということもあり彼も一緒について行くことになり、さらにたまたま近くで話しを聞いていたらしいシャルロットがついて行きたいと言ったので、四人で行くことになったのだ。あの時、弟が無言で消火器を蹴飛ばしたので叱っておいた。

 

「俺と千冬姉の時間を返せ、返せよぉ」

「えー、無理だよ」

 

 シャルロットの言う通りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある住民の会話

 

「あれ? ちょっと奥さん、あれ見てください」

「あらら、どなたかしら?」

「あそこって確か織斑さんの家よね」

「そうそう。ISの世界大会で優勝した織斑千冬ちゃんと、世界で一人しかいない男性のIS装着者の織斑一夏くん」

「わざわざ知っている説明ありがとう」

「どういたしまして。それにしても綺麗な外人さんね。千冬ちゃんの友達かしら?」

「なんで外人だって分かるの?」

「感よ」

「……そういえば、千冬ちゃんも一夏くんも今はIS学園にいるのよね」

「ええ。だからここ最近は見かけないのだけど、今日は帰ってきているのかしらね?」

「もしかして泥棒じゃなあい? ほら、千冬ちゃん有名だから」

「そうかしら? でも手を振ってるわよ。それに千冬ちゃんかしら、ここから手が見えるわよ」

「本当ね。手を振り返しているわ。友達みたいね」

「無駄な心配をしちゃったわ」

「あなた早とちりねぇ」

「言ったのそっちよね?」


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