IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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短編の時と何ら変わらない内容ですのでご注意ください。
では、どうぞ


千冬の話
最強少女


 最強の証が贈られるらしい。

 大会の会場に響き渡る解説者の声や観客の歓喜の声。

 正直、自分達自身のことではないというのに何をそんなに喜ぶことができるのか理解に苦しむ。ものさしと言うものは人の数だけ違いがあるから喜びたい者がいるんだろうけど、それでも理解に苦しむ。

 

『ブリュンヒルデ』

 

 ISの世界大会『モンド・グロッソ』で勝ち抜いた強者だけが得ることのできる称号。

 あまり興味はない。

 IS世界の覇者になりたいとか、この世界で生きていくんだとかも思っていない。

 ただ、成り行きで代表になって成り行きで勝利を収めただけだ。全ては成り行きなので大した喜びなんてない。立ち塞がった対戦相手があまりにも下の次元の存在で、自惚れでもなんでもなく私の勝利が確定していたので喜の感情なんてあるはずもない。強いて嬉しかったことを挙げるのなら、金銭面で豊かになったことだろうか。

 金があれば生活水準が上がり良い暮らしができる。もしくは貯蓄して老後に備えられるから、金はあっても困らない。

 私の家は親がまだ保護の必要のある子供二人を捨てて蒸発してしまった為に、働き手がいなくて貧乏だった。だからこそ名誉なんかより、金なら喜んで貰っておくのだ。貧乏が敵とはそこまで思わないが、それでもやはり金というものは、この現代社会において重要な位置を占めているのだから金銭面に視点を当てても悪くはない。金の亡者とか言う輩なんて放っておけばいい。そいつらは金銭面で本当に不自由したことがないのだろうから。

 さて、日本に帰ったらアイツにプレゼントでも買ってあげよう。せっかくの収入の良い使い方だし、世話になっているから少しでも恩返しをしなくては。

 そう決心するといつまでも空に浮いているのは馬鹿馬鹿しい。すぐに地に足つけて日本行きの飛行機に乗ろうと、地上に目を向けると、既に地上に降りている決勝戦の相手は膝をついて涙を流していた。

 私はその泣き姿に対して声などはかけない。優しさからじゃない。ただ興味がないだけ。正直、勝手にそこらで泣いてればいいと思う。

 地面に足を着けて私は観客の前から去った。

 早く日本に帰りたいと思っていたので早歩きだった。

 だけど、表彰やらインタビューやら煩わしいものが帰国を妨げるから嫌だ。こんなことなら出場しなければ良かったな。

 そういえば、有名になると親戚が増えたりすると聞いたことがあるけど、この場合も親戚が増えたりするのだろうか。もしかして、私たちを平気で置き去りにした元両親とかも急に訪ねてきて両親面するのだろうか。そうだとしたら面の皮が厚すぎて引っぺがしたくなる。引っぺがした皮は生ゴミとして捨てることにしよう。

 

 

 

 

 

 長い長い世界大会を終えてようやく日本に帰ってきた。

 慣れ親しんだ空気に深呼吸を一回。なんとなく解放された気がする。

 前を向いて真っ直ぐ歩けば、そこは血管のように張り巡らされた電信柱の群れと言う日本独特の景色ではなく、前を塞ぐように構える報道陣の群れ。

 一斉に向けられるカメラとマイク。

 

「おめでとうございます織斑選手。今の気持ちを一言お願いします!」

「日本国民のみんなにどうぞ!」

「ブリュンヒルデになった気分はどうですか!」

 

 カメラのフラッシュの連続と報道陣の壁に少し苛々してきた。目の前でパシャパシャと……こっちは今すぐ家に帰って休みたいというのに。

 向こうでも報道陣に晒されたというのにどうして自国でも同じような目に合わなければならない。

 無視して突っ切るのが私の取りたい手段であるが、奴らはそれを許してくれなさそうだ。目がそう語っている。

 許してくれない? それがどうした?

 こっちだって譲れないものがある。家に帰ってゆっくりしたい。

 だから、そっちの都合には付き合いきれない。

 しかし、私の中にあるほんの少しの良心が奴らの期待に応えてやれと訴えてくる。ちっぽけな良心なので無視しても何の支障もないが、何もせずにいて自宅まで押しかけられたら困る。

 私はカメラに向かって片手を上げて応えた。

 私の反応に周囲が言葉を待って黙り込んだ。

 だけど私は無言のまま報道陣をかき分けて家に帰ることにする。最低限の義務は果たした。

 事前にインタビューの為にどこかの会場に向かうみたいなことを聞いていたけれど、面倒だから無視して最寄りのタクシーに乗って駅へと向かう。

 きっと奴らは泣いたことだろう。

 知ったことではない。私は有名になるために優勝した訳ではないのだから。

 

 

 

 

 

 自宅に到着した。場所が場所なのでけっこう時間がかかったが目的地に着いただけで十分なので時間については良しとしよう。既に夜の世界に突入していたとしても、しかも深夜帯という時間であっても。

 自宅は二階建てでそこそこ面積は広い。きっと蒸発した両親は高給取りか、大きい家が大好きだったのだろう。私たち姉弟が住むには多少広く使われていない部屋も多い。

 どうやら二階の電気は全て消えているようだ。弟の部屋は二階にあるので既に就寝したのだろう。一応早く寝るように言って聞かせたので間違いないはずだ。

 一階の方は電気がついている。場所は玄関と居間。明らかに誰かが私の帰りを待っている状況だ。玄関の電気がついていることから弟でないことは確かだ。アレはまだそこまで気に使えるものではない。

 鍵穴に鍵を差し込んで開錠。久しぶりの我が家に足を踏み入れる。

 すると居間の方で何かが動く音が聞こえた。音自体は小さく二階で寝ている弟のことを考えて、できる限り静かに動いているのだろう。

 可能性としては空き巣というのもあるだろうけど、まぁ低い可能性だ。もし仮に空き巣だったら叩きのめせばいい。

 しかし、そんな必要はないだろう。この足音は聞き覚えがあるからだ。

 案の定、居間の方からひょっこりと顔を出したのは既知の人物だった。

 

「お帰り千冬」

 

 やはり二階の弟を気にしているようで小声だった。

 

「……」

 

 私が居間へ入ると、深夜だというのに他人の家に居座る男が椅子を引いてくれる。

 ドカッとその椅子に座りこむと、彼は自分の家のように冷蔵庫からお茶を取り出して持ってきてくれる。

 

「はい、お疲れ様」

 

 私の数少ない友人である。外見の印象は枯れ木だ。背は高いがそれに反比例して肉付きの悪いほっそりとした体と諦観しているかのような表情が、まるで活力を失って死に逝く枯れ木に見えるとして、中学生の頃につけられたあだ名であり、彼の外見を表すのにもっとも適した言葉だった。

 そんな彼の名前は黒白銀(くろしろがね)美生(みき)。美しく生きるという親の愛情を感じられるような名前は見た目とは正反対だった。ちなみに彼の性格はどちらかというと名前寄りだ。

 

「テレビ中継やっていたね。試合中にずいぶんとつまらなそうな顔していましたよ」

 

 それは私が勝つのが当然の試合だったからだ。相手は分かっていたかどうかは知らないが、レベルが違い過ぎて試合という言葉に当てはめることもできない。

 

「勝つのが当然。本当に昔から強かったですからね。自分よりも体格の良い男子を千切っては投げ千切っては投げと」

 

 否定はしない。だけど元々は美生が絡まれていたからこそだ。私はただ助けにはいっただけだ。別に好き好んで千切って投げているのではない。

 

「きひひ。あの時は感謝していますよ。おかげでワタシと千冬は友達になれたのですからね。あれがなかったらもう二度と友達になる機会はなかったでしょう」

 

 大げさなことを言う奴だ。

 

「勘でしかないのですが、おそらく大げさでもなんでもないと思うんですよね」

 

 よく分からん。

 

「そうでしょうね。ワタシだって理論立てて説明することはできません」

 

 朽ちていくかのような儚い笑顔を浮かべる美生。彼の浮かべる表情はどうも後ろ向きな形をしている。実際はその逆だというのに。常に誤解を生んでいるのだが、既に染みついたものであるので今更変わることもないだろう。損な顔をしている。

 ちなみに私は美生に対して何一つ言葉は返していない。ずっと黙って彼の言葉を聞いているだけだ。

 しかし、美生はどうやっているのか分からないが、私が何を言っているのか分かるそうだ。私が意思表を見せなくても彼は私の言おうとしていること、欲しいものなどが分かり、周囲へ代弁してくれる。誰が呼んだのかいつの間にか織斑専用通訳というよく分からないあだ名も貰っていた。

 まぁ、私が誰の言葉に何も返さなかったことが原因なのだが。周囲に対して声をかけるほどの興味がなかったのだから仕方がない。美生が私の言葉を代弁してくれたのも原因だから仕方がない。

 弟が言うには千冬姉が喋っているのを聞いたことがない、だそうだ。そういえば、弟にも声をかけたことないな。大体は肩を叩いたりするだけだった。美生と友達になってからは彼が弟と私の間を繋ぐ存在になっていたな。

 元々寡黙な人間だったから仕方ないと言えば仕方ない。今更声を出して伝えるのも……美生がいるから必要ないな。

 発声器官は美生に預けておこう。代わりに純粋な力は私が預かろう。何故なら私は不本意ながら世界的に最強の存在なのだから。

 

「……」

「今から食べると太るよ」

 

 とりあえず今は何か食べたい。


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