IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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日常教師

 トラブルの発生でクラス対抗戦が中止してから数週間が過ぎていった。

 日々は騒がしくあるが、何も問題が起こっていない至って平和だった。おかげで私も変わらないペースで生活することができている。

 変わらない、と言えば変わったこともある。

 クラス対抗戦で無人機ISが出現してからというもの、私の周りに僅かに変化を見せた人間達がいる。表面上は特に変わりないが、どことなく雰囲気が違うものになってきた。ふにゃっとしていたものがピシっとなったと言えば良いか。私の主観であるから言葉で説明することは難しい。とにかく変わった。

 変化するということは何かがあったということだ。歓喜なり恐怖なり嫉妬なり切望なり、何かしら心を動かされることに遭遇したのだ。

 私が知る変化を見せた人間は篠ノ之箒、ラウラ・ボーデヴィッヒ、クラリッサ・ハルフォーフの三人だ。

 何があって変化が現れたかは分かる。クラス対抗戦で出現した無人機ISだ。あれ以外にはいないだろう。

 何があったかを聞くのは簡単だ。クラリッサはともかくとして顔なじみである箒と、よく分からないが私を好いてるラウラならきっと答えてくれることだろう。

 だけど聞かない。聞きたいほど気になっている訳ではないから。

 美生も少し気になっているみたいだが、彼もそこまで好奇心旺盛な人間ではないから何も聞いていないそうだ。

 私も美生も好奇心が足りないかもしれない。個人的には今のままで十分だが。

 

 

 

 

 

 

 

「今日からISを使った授業を行います」

 

 場所は第三アリーナ。

 一組と二組の合同という、いつもの倍の生徒達の前で美生が儚い笑顔を浮かべて授業の開始を告げる。数人の女子生徒が「あれ、私達怪我するか最悪死ぬの?」と呟いていた。

 今日からようやくISを使った授業ができると聞いて、多くの生徒達がソワソワとしている。ISについて学ぶ為にこの学園に入ってきたのだから、やはりISを使いたいという気持ちがあるのだろう。昨日までISの知識や基礎体力作りばかりをやらされていたのだ、浮足立つのも分からなくはない。

 だからこそ、今日の授業は教師達にとって警戒すべき時間だ。落着きない生徒達が怪我したり怪我をさせたりしないように必要以上に目を光らせなければならない。

 幸いなことに一組は副担任が過剰に存在しているので警戒の目は多くて多少安心できる。

 

「えーっとですね。ISに触れる前にちょっとした模擬戦を見てもらいましょう」

 

 ちょっとしたデモンストレーションとして専用機持ちを使って模擬戦をしてもらうことになっている。させる意図は分からないけど、最初の授業でやるように言われているからする。

 そうだな。公平を期す為に一組と二組のそれぞれから選手を出そう。弟は力量不足なのでセシリアと鈴が適任だな。

 

「オルコットさんと凰さん。前に出てきてください」

 

 美生に呼びかけに優雅な振る舞いで一組の群れから抜け出してくるセシリアと、二組の群れからズカズカと力強さを感じさせる歩みで出てくる鈴。二人とも自信に満ち溢れている。

 

「わたくしは安くありませんわよ!」

「いや、値打ちなんて聞いてないじゃない」

「ところでわたくしの相手は誰ですか?」

「無視するんじゃないわよ。それとさらりとアタシを仲間外れにするな」

「もうすぐ来ると思うんですけど」

 

 対戦相手はどうやら遅れているらしい。そういえば、朝のHRの時には既に居なくなってたな。酒がなくなったとかどうとかで。分かりやすい職務放棄だ。

 授業時間が押さない程度の遅刻なら許すけど、それでもできるだけ早く来てほしい。

 私の願いが届いたのか、アリーナに二つあるIS専用ゲートの一つがゆっくりと開いた。ようやくお出ましだ。

 

「遅れてすみませんでした!」

 

 謝罪と共にゲートから真耶が文字通り飛んできた。ラファール・リヴァイヴと呼ばれるISを着込んでいる

ので、わずか数秒でこちらまでたどり着くだろう。

 しかし、真耶は少し慌てているのか、両手をパタパタと振り回しながら生徒の群れへと突撃しようとしていた。このままでは生徒たちに怪我人が出るだろう。

 

「わぁあ!? みなさん退いてください!!」

 

 いや。お前がきちんと停止しろよ。そう思ったが、パニックを起こしている真耶に正常な動作などできないだろうと、彼女の進行方向へと私は移動する。

 私の常人を超える反射神経で高速で向かってくる真耶の身体を受け止めると、巴投げの容量で蹴り上げた。蹴り上げられた真耶は減速することなく飛んでいきアリーナのシールド・バリアーに激突して止まった。

 

「織斑先生!?」

 

 誰かの悲鳴が聞こえる。高速で飛んできたISを掴んで蹴飛ばすことなんて普通はできないから、当然の反応だ。そもそもISのスピードを捉えることなんてできないし、それを素手で掴むことなんてもっとできない。普通なら腕が千切れ跳ぶ。

 だけど、私は人間なのに人間を超えてしまっているようでこのくらいなら怪我することなくできてしまう。

 

「すみません!? 怪我はありませんか織斑先生!」

 

 ゆっくりと下りてきた真耶が若干見当違いな心配をしてくる。まずは心配するよりも先にどうしてあんなことができたのかと驚愕するところだと思うのだが。周囲は目を見開いて私を見ているぞ。

 まぁ良い。対戦相手が無事に到着したから始めようか。

 

「対戦相手は山田先生ですよ。山田先生準備はよろしいですか?」

 

 真耶が相手と聞いて驚く二人。気持ちは何となく理解できる。今目の前で醜態を晒した奴が相手なのだから心配に思うのは当然だ。

 

「ちょちょちょっと待ってください」

 

 真耶がチョコレートの箱を取り出して、チョコを一欠片口の中に放り込む。気のせいか、チョコから微かに酒のような匂いする。

 

「あはは。準備終わりました。始めましょうか」

 

 どうやら真耶はチョコに含まれる程度のアルコールでも酔えるらしい。だったらビールじゃなくて酒入のチョコを食べろ。

 

「まさか山田先生が相手だとは思いませんでした」

「ちょっと大丈夫なのか不安になるんだけど。模擬戦とは言え試合前に酔っぱらい始めたし」

 

 少し考え込むセシリアと、不安そうな視線を向ける鈴。その表情と声音から二人の考えていることはおそらく真逆だろう。

 セシリアは真耶を警戒している。鈴は真耶を軽んじている。

 そんな違う想いを抱いている二人は全く追い詰めることもできずに酔っ払いの教師に撃墜されてしまった。アルコールによって緊張がなくなった真耶は国家代表になれるくらい強いのだ。まだ候補生でしかない二人に勝てる相手ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 教師である私は問題を起こした生徒に対して懲罰を与える権限を持っている。それは肉体労働だったり鉄拳制裁だったり反省文の提出だったりと多岐に渡る。どれを選択して生徒に課すかは教師それぞれに任せられている。と言っても、ちょっとした行為に対して退学処分を言い渡したりするような罪と罰が会わないことは許されていない。

 私が生徒に課す罰は主に二つだ。肉体労働と反省文。それ以外はあまり選択したことはない。

 肉体労働の内容は教師の雑用と教室の清掃だ。

 反省文は……反省だな。

 

「何故私が貴様などと」

「それはこっちの台詞だ」

 

 もちろん罪に対して罰を与えるのは二度も起こしてくれるなよ、という気持ちがある。生徒の更生を促して社会に通用する人間になってほしいと考える真摯な教師もいる。とても素晴らしい尊敬すべき教師の姿だ。

 残念ながら私は面倒になることはするなよ、と思いながら罰を与える。ちなみに美生も同じだ。

 正直に言うと、外道にさえならなければ生徒がどう転んでも構わない。それはあくまで彼らの人生なのだから私がとやかく言う必要はないだろう。それに幾ら真摯に説教しても相手がその想いを正確に捉え、かつ本人が表面上だけでなく内面においても反省できなければ意味がない。

 人間はどうしても主観が前にでてしまうものだから、正確に物事を判断することができない。同じ説教を受けても人によって「この先生は、そんなに俺のことを」とか「コイツは俺のこと嫌いなんだ」など違った受け取り方をしてしまうからだ。一言に罰と言っても、受け取る相手がどう考えるかによって意味が変わってしまうものなのである。

 

「貴様のような奴がいるから清掃が終わらないんだ!」

「そう思うなら手を動かせ! さっきから一歩も動いてねえじゃねえかよ!」

「やれやれ。これだから凡人は。私がただ突っ立っているようにしか見えないとはな」

「事実突っ立ってるだけだろ」

「私は貴様が馬車馬の如く働くように罵声を浴びせているのだ。これはとても重要なことだと分からないのか」

「分かるか! 罵声は欲してねえよ。俺は労働力を求めてるんだよ」

 

 放課後の一年一組の教室で馬鹿っぽいやり取りが繰り広げられている。弟とラウラの声だ。

 放課後に突入してから三十分が経過するというのにあの二人は何をしているんだ。

 そう思って一組の教室を覗いてみると、教室の前側に大量の机が寄せられていて、机がなくなった後ろのスペースで弟とラウラがホウキでチャンバラをしていた。

 

「一発だけ。一発だけ叩かせろ!」

「少しは腕に覚えがあるようだが、私の前では有象無象の一つでしかないことを知れ」

 

 ホウキが折れない程度の力加減で振る弟とラウラ。

 小学生か、とツッコミたくなった。それほどに幼稚なことを二人がしているのだ。三十分もあれば誰かしら通りかかっているはずだ。止める人間はいなかったのだろうか。

 この場に美生が居てくれれば楽なのだが、あいにくここには私しかいない。彼はクラリッサと明日の授業で使うプリントの製作をしているのだ。

 なので教室の壁をコンコンと叩いて二人の注意をこちらに向けさせた。

 

「千冬姉!?」

「織斑先生!?」

 

 私に気づいた二人。パッとほうきで床を掃き始めた。

 

「悪い千冬姉。まだ掃除終わってないんだ」

「慣れないほうきに手間取ってしまって」

 

 今更になって真面目に掃除していたアピールをしてくる弟とラウラに、実は仲がもの凄くよろしいのではないかと思った。とても息ピッタリな言動だ。

 サボってチャンバラをしていたことが見られていない風にしている二人。掃除をせず遊んでいたことも、明らかな誤魔化し方も小学生レベルだ。

 弟とラウラが一緒になって清掃しているのは今日の午前中の授業で問題行動をした罰だからだ。授業中に喧嘩を始めて授業妨害を行ったので、放課後教室の清掃を罰として与えた。

 常日頃からあまり仲の良い関係とは言い難い二人なので、わざと共同で教室掃除させてみたのだが、まさか遊んでいるとは思わなかった。完全に選択ミスをしてしまったようだ。

 おそらく、このままでは永遠に教室掃除は終わらない。

 手をあげることはしたくなかったが今回は仕方がないことだろうと、私は必死に仲良い雰囲気で見せかけの掃除(さっきから同じに場所を掃いてる)をしている二人の頭を叩いた。

 叩かれた箇所を抱えて蹲る弟とラウラ。

 痛みで動かなくなった二人を無視して、私は黒板にチョークで「真面目にやれ」と書いて教室を後にした。また三十分したら見に行こうと心の中で決めて。


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