では、どうぞ。
「クラス代表就任おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「ざまぁみろ!」
「おめでとう!」
「おでめとう!」
学生寮内の食堂で祝福と罵倒の混じった馬鹿騒ぎが始まる。主役は食堂の中心に置かれた台座の上に立たされていて、何が起こっているのか全く理解できていない顔をしている。聞くところによると自室へ入ろうとしたところを拉致されてきたらしい。人生で二回目の拉致と経験豊富な弟である。
食堂のあちこちには生徒達が飾りつけをしたにしては派手で手の込んだ装飾がなされている。ちょっと見ただけで値の張るものだと分かるものさえ置いてある。
時間は夕食時であり、二十以上あるテーブルの上には装飾品の数々に負けないくらいの豪勢な料理がずらりと並んでいる。
ここまで凄いとワインの一つや二つあっても良いところだが、そこは十五・六の小娘達の集まりでしかないので、そんな大人染みたものはない。あったら教師の監督不行き届きだ。そして持ち込んだ生徒も退学処分になる。
豪華なパーティー会場。本当にここが食堂であったのかと疑問に思ってしまう。
そして、高々クラス代表就任祝いのパーティーをここまで飾り立てるものかとも疑問に思ってしまう。
『金持ちというものは余計に金を使いたがるものなのか?』
状況に翻弄されている弟を眺めてほくそ笑んでいるセシリアを見ると、そう思わずにはいられない。教師としてこんなことを言うのも何だが、この目の前の惨状は彼女が勝手にやったことだ。事後承諾で食堂に手を加え、更には料理人を呼び出してテレビ画面の向こう側でしか見れないような料理を作らせたてしまったようである。きっと金が有り余って困っているのだろう。こんなことではなく寄付をした方がよっぽど良い。
「お金持ちが金を使うのは自分の良く見せるためですよ……たぶん」
美生が困ったように言う。
食堂の中心で行われる馬鹿騒ぎから離れた空間の端に私と美生は居る。生徒達によって端に追いやられたわけではない。騒々しい中に居ることが嫌だったので率先して人ごみから逃げたのである。
正直なことを言えば、このようなパーティーに出たくなかった。管理人室で何もせずにゆったりと過ごしていたかったのだが、残念なことに管理人として、また教師としてこの集まりの始まってから終わるまで見届けなければならない。
副担任である真耶は既に帰ってしまっていない。彼女にはクラス代表を決める試合の日程調整や何やらとしてもらったので、無理に参加させることはしないことにした。
クラリッサは美生が居ると知って参加を表明。今はこの生徒の群れの中のどこかにいると思う。とりあえず見える範囲にはいないと言っておく。
ちょこちょこと手近な大皿から料理を摘まむ。馴染みのない味がする。この食べ慣れていない味が高価な値段の味だと言うのなら、私は普段食べているので十分だ。
多くの生徒達が豪華な料理を食べてはしゃいでいる中で、明らかに一年でない人間が弟に接近しているのを見つけた。二年生のようだ。アレは新聞部の人間だ。弟にインタビューするらしい。
たかがクラス代表が決まっただけなのに、何が彼女の記者魂に火をつけたのか。まぁ、珍しい存在だから何をしても注目されるのだろう。弟も面倒だ。
「織斑先生」
インタビューに四苦八苦している弟を眺めていると横から声をかけられた。
誰かと思って顔を向けると許容量限界まで料理を積み重ねた取り皿を持ったラウラがいた。小さな見た目に反して大食漢のようだ。
自分で食べるにしては様子がおかしい。こちらの顔色と手元を窺う仕草が気になる。
「良かったら一緒に食べませんか?」
もじもじと少し顔を赤らめて皿を差し出してくるラウラに私は暫く思考を停止させた。
「美生先生。あちらに美味しそうな料理がありましたよ」
「そうですか。ところで何で腕を引っ張るのでしょうかハルフォーフ先生?」
「何の事ですか? ほら、あちらの方ですよ」
気がついたら美生が攫われてしまい、残ったのは私とラウラだけだった。
「これなんて美味しいですよ」
ラウラが肉のようなものを差し出してくる。
ただ見つめる私。
諦めるラウラ。
「こ、こちらはどうですか?」
続いてスモークサーモンを差し出してくる。
見つめる私。
また諦めるラウラ。
「も、もしかして私のことが嫌いですか?」
震える声で問いかけてくるラウラ。
『嫌いではない』
そう思ったが、私の言葉を代弁してくれる美生が近くにいないので伝えることはできない。
「クラリッサ先生が言っていました。沈黙は肯定だと。……うぅ」
結果誤解され、ラウラは俯いたまま人ごみに消えていった。せめて首を振って否定しておけば良かった。
翌日の早朝。
職員室へとやってきた私と美生はそれぞれのデスクに座って、一時間目に使う教材の準備をしていた。今日の最初の授業は私が行うのである。
教材の準備が終われば朝のHRまでコーヒータイムだ。別に眠くはないので純粋にコーヒーを楽しむ。
「織斑先生。き、聞きましたか?」
コーヒーを飲んでいると真耶がこちらまでやってきた。まだ酒気帯び労働はしていないようだ。
『何が?』
「何の話ですか山田先生?」
私の疑問を感じた美生が代わりに聞いてくれる。
「えぇっとですね。私もさっき聞いたばかりなんですが、一年二組に転入生が来るらしいんですよ。それも中国の代表候補生なんです」
「二組に転入生ですか。はぁー、うちでなくて良かったですね」
『まったくだ』
「そ、そうですよ。私達のクラスはもういっぱいいっぱいで……これ以上は無理ですからね」
それにしてもこの学園は情報の共有すらまともにできないのか。転入生の話が今の今まで聞かされていなかったのは良くないだろう。直接、私達に関係ないとは言え、何も知らされていないというのは駄目だ。
情報の行き渡らない職場に溜息を吐くと、ちょうど先輩教師からお声がかかる。一組担当の全員にだ。
私と美生に真耶、配布プリントのコピーを行っていたクラリッサが先輩教師の前に並ぶ。
クラリッサを除いた私達三人はどことなく嫌な予感を感じていた。前にも同じようなことを経験していたからである。あの時は私と美生だけが呼ばれて、真耶は少し離れたところから聞いていたのだが。ぎこちない笑顔を浮かべている先輩教師のせいで嫌な予感は膨らむばかりだ。
目配せする三人。状況が状況だからか、真耶とのアイコンタクトが成功した。
瞬間的なアイコンタクトによって、美生が代表して質問することにした。
「何の用でしょうか?」
先輩教師は言い辛そうに「大した用じゃないんだけど」と前置きをしてから呼び出した理由を話し出した。
「一組に新しい副担任を入れることになったのよ」
先輩教師がそう言うと、彼女のデスクの下から誰か出てきた。
少し長い金髪に中性的で人懐こい顔立ち。着ている服は男物のスーツということもあり、少し背が低いが男性だということが分かる。
彼はニッコリと笑う。
「新しく一年一組の副担任になりました。シャルル・デュノアです」