隔壁が力づくで破られると同時に白と黒という対照的な装甲色をした二機が突入した。
先頭を往くのは八本の凶悪な腕を振るう毒蜘蛛【アラクネ・イオス】。隔壁すら真正面からブチ破る突破力と貫通力を持つ強靭なステークを持ち、絶大な破壊力で敵を圧殺する近接特化タイプ。このアラクネ・イオスが先陣を切り、隔壁や出会い頭の敵性無人機を次々とステークで打ち抜いていく。
「はっはぁーッ!! スクラップの時間だオラァー!」
けたたましく鳴る地下施設内のアラートが緊迫感を増していくが、アラクネ・イオスを駆るオータムは楽しそうに下品な笑い声を上げて吶喊していく。
そのオータムに続くのは純白の機体【パール・ヴァルキュリア】。天使のように白く大きな翼を流動的に稼働させ、鳥のように飛翔している。オータムとは違い、静かに機械のような正確さでオータムが打ち漏らした機体を細剣とチャクラムで切り裂いていく。
「…………」
しかし、シールの顔はどこか不満そうだ。それはまるで無人機の相手がつまらない、物足りないと言っているようにも見える。
実際、無人機程度がシールに手傷を負わせることすら不可能といえるほどの戦力差がある。少なくとも、シールの全周を包囲して一方的に攻撃を加えられる状況にでもならない限り当てることすら難しい。むしろそこまでしてようやく攻撃があたる可能性が生まれる程度でしかないのだ。さらにプログラムされた動きしかしない機械など、ただの的でしかない。
「鬱陶しいほどに数だけは多い。それだけですが」
おそらく基地内の無人機が一斉に起動したのだろう。目に見えて無人機の数が増え、オータムの打ち漏らしも増加している。もともと二機だけで殲滅戦を仕掛けるような戦力ではないのだ。一時的にだが数で圧倒されるような形となるのは当然だった。
「先輩、私は先にプラント施設を制圧します」
「おう、こっちは予定通りとにかく破壊しまくってるぜ」
「ただの囮ですが」
「せめて陽動と言え」
「……グッドラック」
「スルーすんなてめぇ!」
「前方に二機、側面から三機」
「気づいてるわバァカ!」
どんどん集まってくる無人機はオータムに任せ、シールはパール・ヴァルキュリアの翼を羽ばたかせて制動をかけ、側面へと離脱していく。完全にオータムを囮にしているが気にした素振りも見せずに迂回ルートから基地中枢区を目指す。
残されたオータムはギラリとした眼光を群がる無人機に向けながら八本の腕を展開、仕込まれたステークを起動させる。
凶悪な腕を振りかざし、真っ向から敵陣のど真ん中へと吶喊した。その表情は嬉々と笑っていた。
「さて、できる先輩だってあいつに教えてやらねぇとなァッ! 喰らいなぁーッッ!!」
***
「ま、オータム先輩でも囮くらいにはなるでしょう。脳筋ですが」
信頼なのか、それとも馬鹿にしているのかわからないことを言いながらシールは最短ルートで中枢区画へと侵入を果たした。大多数の残存機体はオータムへと集まっている。戦力差は比べることすら無意味なほどだが、オータムとて亡国機業で伊達に専用機を与えられているわけではない。
その実力はシールも認めるところだ。思考が突撃思考の脳筋なのが残念なところであるが、シールもそこそこ本気にならないと難儀するほどの実力がある。もちろん、シールは負けたことなど一切ない。
なんだかんだ言っているが、シールはオータムに抱く評価は【頼れる先輩】といえる。そのあとに【ただし場合による】という注釈も付くが。
だがこういう力押しが必要なときは【頼りになる場合】となる。だからシールはオータムをあまり心配していなかった。決して口にはしないが、それは“信頼”といえるかもしれない。
「さて……」
だからこそシールは、自分の役目に専念できる。
マップ上では表記されないダクトへと侵入して、その狭い中を翼を折りたたんで進んでいく。マリアベルからの情報通り、どうやらこの裏道は知られてはいないようだ。プラント内部には技術者用とでもいうべき作業用の裏道が多く存在するが、当然このような道は仕様書には存在していない。
このプラントの現在の管理者たちは存在すら知らないだろう。作り上げた者とただそれを使っている者の差であった。
そのまま中枢区画へと続く進路をどんどん進んでいき、やがてやや広いエリアへと躍り出る。中枢区画と工場エリアを繋ぎ、無人機を輸出するための輸送口となるエリアだ。当然、そこには多くの無人機が存在している。しかし、未だ未起動状態の機体がほとんどだ。
幾人かの作業員が動く姿だけが見受けられる。
そしてシールは、なんの躊躇いもなくそのすべてをまとめて薙ぎ払った。ウイングユニット『スヴァンフヴィート』が攻撃形態へと変化すると、その稼働に合わせて膨大なエネルギーを放出した。そこから放たれた広範囲をまとめて攻撃することができる高出力のエネルギーが波濤となってエリアすべてを覆い、焼き尽くしていく。ISならばまだ耐えられる程度のものだが、生身の人間や未起動状態の無人機などもはや抗う術など存在しない。天使の羽ばたきだけでそれらすべてが終わっていく。
それは、まさに告死天使の裁きであった。
「……………」
そんな惨状を作り出したシールはただその結果だけを見据え、何事もなかったかのようにその場から飛び去ってしまう。残されたのは焼け爛れた地獄のような光景だけであった。
それでもシールは表情すら変えない。彼女の心の内でなんの変化も起きていないのだからそれも当然といえた。
「所詮、こんなものですか。しかし……」
未だ、最優先目標である四人目のヴォーダン・オージェを持つ少女は発見できない。彼女の機体が攪乱に特化していると知っている分、かなり念入りに索敵を行っているが、シールのセンサーには反応はない。このプラント内にいる確率は高いはずだが、どこかに隠れているのかもしれない。
もしくは、――――。
「あっちへ行きましたか、ね。まぁ、足止めくらいしてくれるでしょう」
そしてシールは目視で中枢区画のコントロールルームを確認する。護衛と思しき無人機が行く手を阻むが、スピードを緩めることなく突撃。先頭の機体の懐へと入り込むとそのまま盾として利用して敵陣中央へと押し込んでいく。パール・ヴァルキュリアの象徴である白く巨大な翼から生み出される推進力はISサイズに不相応なほどの力を与えている。
そして敵集団との距離を詰めると同時にゼロ距離からある武装を開放する。
ズドン、ズドン! という重い破裂音が連続して響き、盾とされていた機体をなにかが貫通して至近距離から無人機の群れへと襲いかかった。
数十センチほどしかない小型のビットの群れであった。そのひとつひとつが軽々と装甲を破り、内部構造を根こそぎ蹂躙して破壊していく。
それはまるで肉食虫が獲物に群がって食い荒らすかのようであった。破壊した獲物には目もくれず、次々と複数で襲いかかる小型ビットを至近距離から回避することなど不可能だ。反則とも思える武装である群体式BT兵器『ランドグリーズル』――通称レギオン・ビットの猛攻になすすべもなく無人機がスクラップにされていった。
この武装を使ったシールに接近戦を挑めるような手練はシールの知る限りはアイズしか存在しない。しかしその一方、アイズがヴォーダン・オージェの能力をフル活用してようやく、という注釈が付くほどにはえげつない武装であることには違いない。
群体とする分、ブルーティアーズやレッドティアーズの持つBT兵器とは大きく異なるが、カテゴリとしてはこれの亜種に分類される。複数を同時操作するのではなく、ビットの散開と密集具合を存在密度として換算し分布操作する特殊兵装だ。この小型ビットひとつひとつにバリア貫通効果と徹甲作用があるため、一度でも直撃を受ければ問答無用で廃棄処分確定となるほどのダメージを受けることになる。
そうしてあっさりと無人機をバラバラにしてシールはコントロールルームへと突っ込んだ。
隔壁を破り、中にいた何人かの人間をその衝撃で吹っ飛ばす。中にいた震えながらも銃を向けてくる人間を視線だけで硬直させると、切っ先を向けて宣告する。
「抵抗は無意味です。降伏してください。……これは命令です」
***
「ん?」
乱戦の中でオータムは妙な反応を感知した。通常センサーではなく、マリアベルが搭載した追加装備である高性能のハイパーセンサーの増強システムだ。これが反応するということはとある機体が存在することを意味している。
この追加センサーが検知するのは、【ステルス機】だ。レーダーから機影を隠すステルス機であるが、複合、重複波を利用した特殊波を利用することで逆にこのステルス機を発見することができる。マリアベルからは試験装備なので信頼度はそこそこ、と言われていたがこれを無視など愚行だった。
このシステムが反応するところの意味を理解しているオータムは凶悪な笑みを浮かべて振り返る。
「……こっちにきたかよ、クソガキがぁっ!」
振り向きざまにアラクネ・イオスの腕の一本を背面に向けて放つ。凶悪なステークが虚空に向かって放たれたかに見えたが、それはなにかにかすって火花を散らした。同時に装甲をわずかに抉る感触を感じながらオータムは舌打ちした。
「ちっ、直撃しなかったか……運のいいやつ」
しかし、それでも十分だ。かすめたとはいえ、貫通力の絶大なステークの一撃だ。剥がれた装甲箇所から迷彩効果が解除され、空間にノイズが走ったように歪み、一機の姿がオータムの目の前に現れる。
左右非対称のアンバランスなデザイン、まるで道化師のようなトリッキーな機体。オータムは報告と映像記録だけでしか知らないが、間違いない。最優先捕獲目標だ。
「探したぜぇ? さぁ、降伏を……する気はないってか」
仮面越しに、相手が戦意を滾らせていることを悟ったオータムは下品な笑い声を上げてそれを歓迎する。もともと荒事のほうが好みだ。好戦的な性格に後押しされ、捕獲前に動けなくなる程度までには痛目つけてやろうと決める。
「ウチのきかん坊が戦いたがってたみたいだが……まぁ、しょうがねぇよな。オラ、来いよ! ……ってうおう!?」
突如として統制され、隙のない連携攻撃を仕掛けてきた無人機にオータムが驚愕するが、すぐに思い出す。この目標の少女の能力は攪乱の他に無人機の統制がある可能性が高いという報告もあったことを忘れていた。
回避コースを潰された上で放たれたビームの集中砲火を、アラクネ・イオスの腕三本と引き換えに防御して耐える。意識を切り替えたオータムが無駄口をやめて戦闘に集中する。
少女はステルスによる奇襲を諦めたのか、後衛に陣取って無人機の統制を行っている。当然、彼女の周囲は無人機で守備を固めてある。
面倒な展開になったことに苛立ちながらも、連携のわずかな隙を突いて一機ずつ確実に破壊していく。激しい乱戦から、一転して我慢比べの消耗戦へと発展する。
オータムの性格的にこんな戦い方は趣味ではないが、任務達成のための最善と判断すればこそ戦意を衰えさせずに拳を振るえる。四方八方から襲いかかってくる無人機たちを残った五本の腕で迎撃する。
―――ちっ、ステークは当たったが、毒までは浸透していねぇか。
アラクネ・イオスのステークに仕込まれた腐食剤は装甲を腐らせ、内部構造を破壊してOSにエラーを生じさせる侵食効果を持つ。このISが毒蜘蛛、と称される所以だ。この毒に侵食された機体は著しく性能を劣化させる。防御力、そして操作性と機動性を半減させる効果は恐ろしいものだ。
それゆえにこの毒の一撃を何度も直撃しながらオータムを下した凰鈴音が例外なのだ。鈴の甲龍を超える耐久度を持つISはそうはいない。他のISならば一撃でも与えればそれで終わるほどの武装だ。
もっとも、それは直撃してこそ意味のある攻撃だ。かすった程度ではまだ成果は望めない。
「まぁもともと期待はしちゃいないけどよォ!」
いくら統制しているとはいえ、これらの無人機のスペックは重々に承知している。もともと亡国機業で開発、使用していたタイプだ。特にこれといってカスタマイズされている様子もない。冷静に判断しても時間をかければオータム単機で殲滅も可能だ。問題はあの指揮官機の能力と、ここが敵地だという不安要素だろう。
だが、おそらくそのリスクはほぼ無視して構わないだろう。このプラントのコントロールはシールが掌握する頃だろう。このプラントに自爆システムがないことは確認済だ。ならば今目の前の脅威にのみ対処すればいい。こちらの戦力は自身の他にたったの二機だが、この二機は亡国機業において“反則”と呼べる存在だ。
不安はある。だが不満は、ない。ここは、戦場として上出来だ。
「それに比べて、おまえは甘ぇよ!」
この少女は甘い。いや、経験が不足しているというべきだろう。この場で選ぶべき戦術は長期戦ではなく短期決戦。時間が経てば有利になるという判断は見通しが甘すぎる。
最善はオータムを抑える最小限の数で足止めをして中枢エリアの制圧に向かったシールを先に撃破するべきなのだ。
脳筋などと揶揄されるオータムでさえ、目の前の少女の実力不足がわかる。
このままいけば任務達成はできるだろう。反面、オータムの危険が高くなるが、これくらいのリスクは織り込み済みだ。ある程度のダメージは受けるだろうが、それくらいは――――。
「あらあら、ダメよオータム。あなたも黙ってれば美人なんだから、そんなキズモノになったらもったいないわ」
「うぇえッ!?」
いきなりかけられた声に素っ頓狂な声を上げてしまう。
なんで来た、という疑問を口にする前に乱入してきた一機のISがオータムの周囲にいた無人機を蹂躙した。飛来してきた複数のブレードのようなものが正確に無人機の胴体部を貫いて爆散させる。それがビットだと気付いたときにはすでにビットブレードは凄まじい疾さで空間内を疾走し、本機へと帰還する。
全身にブレードが接続され、鋭角的なフォルムを見せるも、その姿は無機質なものではなく、むしろ有機的な印象を見る者に与えている。それはまさに咲き誇る花弁を思わせる。
だが、その装甲色はまるでネガを反転させたような暗鬱とした輝きを放っており、それがいっそう見る者に相反する感情を呼び起こさせるようで――。
「ふむ、ブレードビットの反応もまぁまぁかしら?」
「なにやってんすか!? 露払いはこっちに任せるって……!」
「てへぺろ」
「歳考えてくださいよ!」
作戦前の約束事など忘れたというようにやってきたマリアベルに一応の抗議をするが、もちろん相手にされるわけもない。むしろ窮地を救ってもらった手前強く言えたものじゃない。
「まぁいいじゃない。せっかくうるさいスコールがいないんだもの。私だって少しくらい遊びたいわ」
「いやだからって怒られるのはこっち……」
「それより周りがうるさいわねぇ」
茶番のようなやりとりを無視するように再び無人機が包囲してくる。オータムがすぐさま戦闘態勢を取るが、マリアベルがフッと笑って前へと出る。そしてまるで祈りでも捧げるかのように両手を胸の前へと掲げると――。
「――――頭が高い」
――パチン、と両の掌を合わせる。
その合掌が合図だったかのように、二人を囲っていた無人機が圧壊した。まるで空間そのものに食われるように、唐突にその身を散らせていった。
オータムが唖然とした顔でそんな光景を見つめ、さらに仮面越しでもわかるほど、少女の驚愕も伝わってくる。いったいなにが起きたのかすらわからない。
そんな二人などお構いなしにマリアベルは機体チェックをやっている。
「むむ、これはまだ改良の余地アリかな。まぁ試験運用としては上出来でしょう。オータム」
「………へ? あっ、はい」
「もういいわ。あの子はシールに任せて、あなたは残りの無人機を掃討しなさい」
その言葉が合図であったように、再び一機のISが戦闘区域へ突入してくる。マリアベルの纏っていたネガ色の機体とは対称的に、汚れのない純白の装甲。美しく、力強い翼を羽ばたかせて飛翔してきたパール・ヴァルキュリアを駆るシールが、他の機体には目もくれずに捕獲目標の少女へと一直線に突撃する。
「ッ!?」
「遅い」
少女が気づいたときにはすでに攻撃の予備動作が終了していた。右手に持った細剣で撫でるように一閃。狙いすましたそのひと振りが頭部の仮面を切り裂き、中にあった未だ幼い顔立ちをした素顔を晒させる。
これに怒ったのか、激しい憤怒の色を見せながら割れた仮面からシールを睨みつけてくる。その射殺すような視線すらあっさりと受け流して、シールは冷徹な金色の輝きを纏わせた視線を返す。
黒い眼球に浮かぶシールと似た金色の瞳が合わさる。
しかし、同じような瞳でも、シールは好敵手と認め合うアイズとそうしたときとは違い、心底不快そうに目を細める。自らを模した出来損ない。目の前にいる相手に向けるのは、そんな不愉快な感情だった。
「――――探しましたよ。贋作(フェイク)程度が、ずいぶん手間をかけさせてくれましたね」
「――ッッ!!」
「図星を言われて怒りましたか。不相応な感情ですね」
無言を貫いているが、シールには目の前の少女の感情の起伏が手に取るようにわかる。怒り、動揺、そして焦り。なにかを否定したくて仕方がないという感情が強く見える。それはまさに子供の癇癪にも似ていた。
そんな反応を見据えながら、シールはなおも少女を挑発する。
「出来損ないの分際で、私の前に立つのですか?」
「――っ」
「私に挑みますか。私を倒せると、そう思っているのですか?」
「…………」
「あなたには無理です。ですが、やってみますか?」
「……!」
「いいでしょう。――――力の差を、教えてあげましょう」
少女が目つきを変えてシールへと挑む。
黒い眼球に浮かぶ金色の瞳がシールを映し、そしてシールの瞳もまた少女を映す。瞳に入ったものを解析する同型の魔眼。その恩恵を受け、二人の思考速度がクロックアップする。
細剣とチャクラムを構えるシールに対し、少女は両手にナイフを構える。明らかにリーチで劣る武装だが、次の瞬間には少女のISが空間へと溶けるようにその姿をくらませる。その機能から推測するに、あのISは攪乱装備を活かした一撃離脱型だろう。もちろん、無人機の統制という機能も有することから集団戦向きの機体であろうが、単体の特徴としてはそれで間違いないはずだ。
高性能なステルス性能を前面に出しての不意をつく奇襲タイプ。同じ奇襲タイプであるアイズと違い、機体性能ありきの戦術だ。
アイズは奇襲タイプには本来有り得ない正面から相手の裏をつくという正攻法と搦手を両立させるトリッキータイプだ。機体性能だけでなく、アイズ自身の直感やヴォーダン・オージェもすべて利用しての戦い方だ。なにかひとつを潰しても他で代用し即座に戦う術を編み出してくる。アイズが何年も濃密な経験と試行錯誤を重ねてきたがゆえの力だろう。だからシールと並ぶほどの力を見せるのだ。
そしてそんなアイズを知っているからこそ、認めているからこそ、目の前で挑んでくる存在が哀れに思えて仕方がない。
「………拍子抜けです」
ただ機体性能に頼った戦い。せっかくのヴォーダン・オージェも満足に使えてすらいない。広い視野が活かされていない。思考速度が遅い。戦術眼が甘すぎる。そしてなによりも対ヴォーダン・オージェ戦をまったく考慮されていない。
一度相対したのだからなにかしらの対策くらい立てているのかと思えば、愚かしいまでに無策。経験不足を鑑みても、心構えが甘すぎる。
シールの眼がぎょろりと虚空に向けられる。そこにはなにもない、なにもないはずの空間。しかし、一度このステルス能力を体験しているシールに同じ手は通用しない。シールの眼には、この程度の能力はもはや通用しない。
「ヴォーダン・オージェ。曲がりなりにも魔眼とも称されるこの眼をもっていながら、………舐めすぎです」
左腕に装備されているチャクラムシールドを起動。円形のチャクラムが展開し、急速に回転を増していく。そのまま腕を振るい、ワイヤーで繋がれたチャクラムを投擲。激しく回転する刃が放たれた虚空へと向かい、そこに潜んでいたものを無理矢理に引きずり出した。
ガギン、と金属音を響かせ、空間が割るように突如として奇抜なデザインのISが姿を現した。そのISを纏った少女は、顔を驚愕に染めてシールを見返している。
「な、なぜ…………!」
始めて少女が声を上げた。それは思わず言ってしまった、というようだった。それほどまでに信じられなかったのだろう。
はじめにオータムに反応されたときと違い、全ての能力を駆使した全力での陰行だったのだ。音すらないのだ。理論上、見つけ出すことなどできないと思っていた能力があっさりと破られたのだ。そのショックは思った以上に少女を追い詰めていた。
「あなたの回避パターンと行動予測の時点で六割程度の確率で判断可能です。……そしてあなたのそれは空間移動するわけではない。ならば物体移動で発生する空気の流れは絶対に起きる。私はそれを“視た”のです」
「そ、んなこと……!」
「あなたには見えない。私には“視える”。それがあなたと私の差です」
すべてを見通す魔性の瞳。それがヴォーダン・オージェ。視界で起きるものなら、その全てを余さず捉え、すべてを暴く。それが真の力なのだ。
「くっ………!」
「どうしました? まだ戦いは終わっていません。さぁ、もっと挑んでください」
シールはさらに少女を挑発する。この程度ではダメだ。本当の力を、この眼を宿すことを意味を、真価を、そのすべてを教えなければならない。
「さぁ、目を開きなさい。その贋作の瞳で、本物の魔眼を知れ――――!!」
あけましておめでとうございます。更新に少し間が空きましたが、また今年もがんばっていきたいと思います。
シールのチートさが発揮される章ですね、あと二話ほどの予定です。
今年で完結まで行けるかわかりませんが、精一杯やっていきたいと思います。皆様に面白いと思っていただけるようにがんばりたいです。
それでは、今年も「双星の雫」にお付き合いいただけたら幸いです。
要望や感想お待ちしております。
それではまた次回に!