「シィ――ルゥゥ――ッ!!」
普段のアイズからは想像もできない叫びが放たれる。怨嗟の情を凝縮したかのような禍々しい咆哮は束とシールの二人をもゾッとさせるものであった。
束とシールから語られた真実は、アイズ・ファミリアの半生を否定した。それだけならまだいい。怒っていただろうが、それでも我を見失うほどの憎しみは生まれなかっただずだ。
愛を貰い、憎しみを捨てたはずのアイズが一時的にでも過去に戻ってしまった。過去の、恨みと妬み、憎しみ、そしてひと握りの夢だけで生きてきた、そんなみすぼらしい、アイズ自身もみっともないと思う自分自身の姿。そんな醜態を晒してまで感情を発露したかった。
ただただ、純粋な『憤怒』のために。
自分の境遇を恨んだんじゃない。未来を否定されたからじゃない。アイズが許せなかったのは、そんなことじゃない。
「どうして………!」
アイズが許せなかったのは、シールの感情の空虚さだった。
「ボク以外にも苦しんだ人がいた。みんな死んだ! そしてあなたからまたたくさんの命が造られた。ラウラちゃんみたいに……生み出された意味もなにも知らされずに! なのに、自分が生まれた礎になった命と、自分から生まれた命に対して言うことがそれなの!?」
自分を取り巻くたくさんの存在に対して、なんの感情を抱かず、どうでもいいと言い切るシールが信じられなかった。人は嫌でも他者と関わって生きている。それが感謝であれ、憎しみであれ、完全に孤独となるのは不可能だ。アイズは過去、恨みで繋がり、そして今は感謝で繋がっている。
なのに、シールにはそれがない。恨みも、感謝もなく、自己証明のためになんの感情を抱かずに淡々と命を否定するシールが許せない。
「あなたは! どうしてそんなことが言えるの……!?」
「……なにかと思えば」
シールは侮蔑する表情を崩さずにアイズを見返した。同じ金色の瞳だというのに、それがこんなにも違う。
「それが、いったいどうしたというのです?」
「……っ!」
「わからない………私には、あなたが怒る理由すら理解できない」
「!!」
アイズの顔が変わる。本人も、この怒りをどう形容していいかわからないというように、ぐにゃりと引きつったような、怒りと苦渋の色に表情が染められる。
そしてアイズは、なかば無意識に、使ってはいけないものに手を出していた。
「ティアーズ………コード『type-Ⅲ』、リミッター解除……!」
「っ! アイちゃん、ダメ!」
束の声は耳に届いても頭には入っていなかった。それほどアイズの怒りは凄まじいものだった。本来、こんなところで使っていいものではない切り札の封印解除を実行していた。
『レッドティアーズtype-Ⅲ』のコアが震える。アイズの命令に応えるように機体の各部の装甲が展開され、装甲内部のエネルギーラインが発光し始める。それだけでなく、機体全体が震え、まるで雛鳥が殻を破ろうとする、そんな新しい生命が生まれるかのような胎動がどんどん大きくなっていく。
そんな様子にシールも警戒を強めるが、束はどこか悲しそうな顔でアイズと『レッドティアーズtype-Ⅲ』を見つめていた。
「おまえは、ボクが……!」
「アイちゃん………」
「ボクの声を聞いて……レッドティアーズ!!」
愛機へ呼びかけるアイズ。奥の手中の奥の手、その使用をオーダーするアイズに、『レッドティアーズtype-Ⅲ』は声なき声で応える。
真紅色の機体が、その色を鮮やかに輝かせていく。まるでルビーのような煌きを放つ機体は、まさに紅玉のようなひとつの芸術品のようであった。
しかし、その輝きはどこか禍々しいとすら思えるもので…………悲しげな印象を与えるものだった。
「ボクが、おまえを否定してやる!」
アイズ・ファミリアを覆う機体そのものが新生するようにさらに胎動する。そして、それはとうとう臨界を迎え、………!
…………gigigi,cjdo.
………hdfohjre.
………….
…………E.
……LC……E.……YE…….
………。
…………………WELCOME,……EYES.
「…………え?」
気がつけば、アイズは水の上に立っていた。
***
「オラァ! 久しぶりねスプリング! 早速だけど落ちなさい!」
「スプリングじゃねぇオータムだ! てめぇが襲撃犯だったのか凰鈴音!!」
「アハハハ! ずいぶん早い再会じゃない! でも残念ね! サヨナラだウィンター!」
「オータムだっつってんだろがァ!」
アイズと束を除く面々は無事に合流し、退路確保のために地上から来た最後の敵戦力と戦っていた、指揮官機として無人機を率いていたのは蜘蛛のようなIS『アラクネ』を装備したオータム。そのオータムを見た鈴が嬉々として真っ先に襲いかかっていった。
似た者同士なのか、互いに罵詈雑言を言い合いながら戦っている。もちろん、他の面々は無人機の対処にあたっている。基地内部のロクにプログラムされていなかった機体と違い、きっちり連携してくる無人機群に多少手こずっていたが、所詮はその程度だ。既に既存のISを大きく超える性能を持つ『オーバー・ザ・クラウド』、『ラファール・リヴァイブtypeR.C.』、『天照』、『ブルーティアーズtype-Ⅲ』が遺憾なくその性能を発揮している。一夏は箒を守るように待機しているが、いつでも零落白夜を発動できるように構えている。
「援護するよ! 行って、ラウラ!」
「任せろ! その程度、遅すぎる!」
シャルロットの牽制というには濃すぎる弾幕の援護を受け、ラウラが規格外の超高速機動で敵陣の中央を突破して陣形を崩していく。
「私からは逃げられません」
崩れたところを狙い、隙を晒した敵機はセシリアの狙撃によって貫かれる。そして反撃とばかりに放たれた大出力のビームは簪のIS『天照』の『神機日輪・剣』によって無効化される。この四人が小隊として機能することで数で勝っている無人機群をほぼ完封し、圧倒している。
「主武装を封じればただのガラクタ………無人機といってもその程度」
最近やたらと貫禄を増してきた簪が静かにつぶやきながらセシリアとともに狙撃で確実に敵機を落としていく。セシリアには及ばないが、簪ももともと射撃戦が得意だ。その狙いは的確だった。
「僕も負けていられないね!」
シャルロットも重火器を同時展開してさらなる弾幕で敵機を追い詰める。そんな射撃型三機の砲撃と狙撃の隙間を縫うように、ラウラが未だに高機動を維持しつつ敵機を攪乱している。下手をすればフレンドリーファイアするほどのリスクがありながら、ラウラは余裕を持って戦っている。部隊連携でもラウラの役目は単機での強襲による敵陣の攪乱と連携の分断だ。それが最高の機動力を持つ『オーバー・ザ・クラウド』を駆るラウラしかできないことだ。それに応えるべく、ラウラはずっと努力し、この愛機に乗り続けてきた。もはや天衣無縫を使わずとも、ラウラに追いつける機体は存在しなかった。
「ちぃ、あいつら、この短期間であんなに……!」
「よそ見してる暇あんのかサマー!」
「オータムだッ!」
どんどん落とされる無人機にイラついた様子のオータムに鈴が突っ込む。この限定空間内での真正面からのタイマンなら、鈴が最適だろう。因縁のある相手だったらしく気合も充実している鈴は張り切って挑発しながら拳を繰り出す。手数で負けても、それらを鈴自身の格闘の技量で捌く。
しかし、さすがは亡国機業でも幹部クラスの操縦者。なかなかに鈴に隙を晒さない。短気に見えて致命的なミスはしないその技量は国家代表クラスといっても納得するだろう。
だからこそ、鈴は笑う。
「やられ役だと思ったら、なかなかに強くて嬉しいじゃない!」
「てめぇいい加減にしろよクソガキがぁっ!」
「だからこそ! あたしと甲龍の糧となれ!」
「話聞けコラァ!」
殴り合う二人を苦笑しながら見るセシリアは、片手間で残る無人機をビットで包囲、殲滅していく。他の面々も既に余裕で対処している。
しかし、そうそうゆっくりしている時間などない。タイマンをしている鈴には悪いが、手早く終わらせるために全員で援護射撃を開始した。
「どわぁああーっ!?」
「あれま、もう終わりか。残念だけど」
タイマンをしたいという我侭が通る状況ではないとわかっている鈴はすぐさま離脱して衝撃砲と『龍爪』のガトリングガンを連射。セシリアのレーザー狙撃、シャルロットのレーザーガトリング砲、ラウラのステークシューター、簪のレールガンが加わり、もはやいじめとしか思えない砲撃の嵐をオータムへと浴びせ続ける。
オータムもこれにはたまったものではない。
「てめぇらキタねぇぞ!?」
「テロリスト風情がほざきますね」
オータムの言葉を切って捨てながらセシリアがビットを展開してさらなる弾幕で追い詰めていく。それを見たオータムが流石にヤバイと思ったのか、すぐさま逃走へとシフトしていった。
「クソが! 覚えてろてめぇら!」
「また相手になってやるよ。スプリング!」
「何度も言わせんなオータムだーーー!!」
最後までおちょくっていた鈴が手を振りながらオータムを見逃す。別にここで無理して撃墜しなくても退路が確保できればいいので深追いはしない。他の無人機は既にスクラップ処理済みだ。
「あとは、二人が戻れば作戦完了だね」
「でも大丈夫? あのシールっていうのがいるって聞いたけど」
「博士がいるから、大丈夫だと思うが………」
全員、束の規格外の実力を知っているためにあまり心配はしていなかった。特にシャルロットやラウラは、レクチャーとして束も模擬戦をしたことがあるのだが、なにもできずに負けてしまった。それなりに実力をつけ、自信をもっていた二人はかなりショックだったようだが、実際にそれだけの差が存在していた。
セシリアをしても、十分に策と仕込みをしなければ勝てないし、したとしても勝てる保証はない、と言わしめるほどだ。
「あの………」
「どうしました箒さん?」
一夏とともにやってきた箒は、少し落ち込んだような顔をしていた。流石に疲れているのだろうと思ったが、どうやら違うようだ。それは、どこかのバカが言ったことが原因だったようだ。
「姉さんは、どこに?」
「…………」
セシリアは無言で簪を見ると、簪は「知らない」というように首を振る。と、なると箒に話したのは一人しかいない。
「アイズから聞いたのですか?」
「ああ。私を助けるために、姉さんがみんなを動かしたと……本当なのか?」
「………ああ、もう。あの子は。いつか言うとは思ってましたけど……」
もともと束と箒の姉妹仲のすれ違いを一番気にかけていたのはアイズだった。アイズ本人もそれがおせっかいだとは自覚していたようだが、それでも心配でしょうがなかったのだろう。気持ちはわからないでもないが、それでもあとでお説教しようと決心する。怒るのはいつだってセシリアの役目だ。
「黙秘……では許してはもらえないようですね」
「…………頼む」
「……はぁ。わかりました。ただし、他言無用ですよ? 答えはイエスです」
「っ……で、では姉さんは?」
「今はアイズを迎えに行っています。もうしばらくすれば来るとは思いますが……おそらく、束さんは認めません。人違いだと言うでしょう」
「何故……!?」
「あなたを巻き込んだからですよ」
これ以上ない理由に箒が沈黙する。束の妹だから、箒が狙われたのだ。だから、バレバレの嘘でも束が自身を箒の身内だと明言することはない。それがたとえ意味のないことでも、束自身がそれを許さない。少なくとも、箒の身の安全が完全に保証されない限り、認めることはしないだろう。
束とずいぶん長い付き合いをしてきたセシリアは、それがわかる。
「そんな……」
「あなたに酷なことを言っているとわかっていますが………こればかりは、本人の意思しだいです。でも、………あなたを心配しているということは本当です。でなければ、カレイドマテリアル社を脅してでも救助に来ませんよ」
実際には脅したわけではないが、力を貸さなければ離反すると言っているあたり遠まわしな脅迫だったろう。もともとそういう契約だっとセシリアも聞いている。
黙り込んでしまった箒を心配するように一夏が付き添っている。セシリアはそんな二人からそっと離れ、周囲の警戒を維持しながら未だ戻らない二人の情報を探る。
すると、ちょうど『ブルーティアーズtype-Ⅲ』から警告が発せられた。それは、リンクしている『レッドティアーズtype-Ⅲ』の状態を知らせるアラートだった。
「………『type-Ⅲ』のリミッターを解除した?」
***
「ここ、は………」
アイズの目の前には幻想的な風景が広がっていた。
先が見えないほど広い空間、まるで湖のように静かな水面が広がり、その水面からは菖蒲や桔梗といった花が顔を覗かせている。まるで庭園の地面がすべて水になったかのようだ。そのところどころには神殿のような意匠の遺跡があり、湖畔庭園とでもいうような場所であった。
アイズはゆっくりと歩を進める。
一歩歩くごとに水面から波紋が広がり、消えていく。水の大地を進んでいくと、やがて大きく開けた場所へとたどり着く。まるでなにかの広場のように、円形に開けた場所で周囲にはこの広場全体を覆うような天蓋があり、その天蓋の隙間から見えるのは、夜空に輝く多くの星々であった。プラネタリウムのように、空一面広がる星の海は、アイズの目を釘付けにした。
「綺麗……」
苦しい過去と、幸せの今を繋ぐまで、ずっと変わらない星の空。その美しさは、先ほどまでのアイズの狂おしいほどの激情を穏やかに慰めていた。
そして、ふと前を見て気付く。
誰か、いる。
その人物は広場中央になぜかぽつんと存在する古風なアンティーク調のテーブルの前の椅子に座っており、そのテーブルに両手で頬杖をしながら笑顔をアイズへ向けていた。
年齢はまだ十歳ほどの幼い少女だ。黒髪と顔立ちは、どことなくアイズに似ている。
「ようこそ」
その少女が声をかけてくる。アイズはテーブルを挟んだ真正面に立ちながら、じっとその子を見つめ返す。しかし、少女の顔にされた目隠しが彼女の表情のほとんどを覆い隠していた。それでも、アイズにはこの少女が笑って自分を迎えてくれていることがわかる。
「………あなたが呼んだの?」
「そうだよ。私が誰か、わかる?」
「うん。会うのは、二度目だからね。もっとも、前はそんな姿じゃなかったと思うけど……」
アイズの言葉に、少女が嬉しそうに笑う。アイズは少女に「座って」と言われて対面の椅子へ腰をかけた。星の天蓋の下で向き合う二人は年齢の違いこそあれ、その姿はとても似通っていた。
「あらためて。アイズ、……私の部屋へようこそ」
「ご招待ありがとう、でいいのかな。……こうして会うのは久しぶりだね、レッドティアーズ」
***
ISコア。篠ノ之束が作り上げた自己学習、自己進化をして、それぞれ個別に意思を獲得することを期待されたもの。操縦者と密接に関わっていくことで、その人物を通して獲得された情報をもとに、学習。操縦者に対して最適な成長をして、それと同時に思考を獲得する。それが積み重なり、自己判断、さらに実際に操縦者と対話する域にまで成長する可能性を秘めたもの。束が自身の子供だという所以はそこにあった。
もちろん、そのためには膨大な情報が必要であり、さらに操縦者がちゃんとコアと意思疎通ができるほどにまでそのコアを“認めている”ことが必須となる。
それは、さながら卵を孵化させるようなものだ。放置すれば決して孵ることはないし、しっかりと愛情を持って接しなければ、やはりそれが生まれることはない。
しかし、同時にコアがどのように進化するかも不確定要素の強いものだ。人のようになるのか、はたまた機械でしかないのか。束もあらゆる可能性を考慮していたが、その進化のあり方は千差万別になるであろうと予測していた。影響を受けるファクターとなる存在が、個別の個人であることが最大の理由だ。
良くも悪くも、操縦者に影響を受けて成長するのがコアだ。相互干渉がコア同士で行われるために完全にそれだけですべてが決まるわけではないが、最も影響するのは間違いなくそれだ。
そして、コアが人の形、人の意識と同等にまで昇華された存在。
「それが、私だね」
レッドティアーズ。アイズの愛機であり、AHSシステムといったより操縦者と密接に繋がるシステムを積んでいる機体である。そのため、他の機体よりも強く影響を受け、成長した“個性”を手に入れたISコア。それが彼女であった。
「レッドティアーズ………」
「もっとフレンドリーに呼んで欲しいな。ほら、それって機体の名前だから、コアの名前じゃないもの」
「そっか。……じゃあ、あなたの名前は?」
「お母さんはそこまでくれなかったんだ。まぁ、明確に人の姿になって、対話するまで成長したのは、たぶん私がはじめてだから、しょうがないけど」
「そっか。じゃあボクがつけていいのかな?」
アイズがそう言うとレッドティアーズのISコアの意識もそれを嬉しそうに受け入れた。アイズは少し考えて、口にする。
「レッドティアーズだから…………そこからとって、“レア”。レアはどうかな?」
「レア………レア。うん、私はレア」
そうして、またひとつ進化し、確固とした個性を手に入れる。自分ではない誰かから与えられた名前。それは、自己の存在をより強固なものにする重要な贈り物だ。
「それで、レア。ここは……」
「さっきも言ったけど、ここは私の部屋」
「コアの、深層領域。コアが進化して独自に形成する独自領域……」
「そう、それ。お母さんがくれた、コアの可能性のひとつ」
「でも、ボクの意識までリンクできるなんて聞いてなかったけど」
「他の機体のコアは、私ほどまだ個性を獲得できていないから。それに、『type-Ⅲ』のリミッターを解除したでしょ?」
「あ、そっか」
コード『type-Ⅲ』の開放。それはISコアの潜在能力の開放でもある。
だからレアとしての意識が、機体を通じてアイズと完全にリンクしたのだ。それだけではなく、アイズとレアはもともと意識をリンクしやすい基盤があったことも大きい。人機一体となるAHSシステムと、アイズの持つヴォ―ダン・オージェ。これらのシステムを介してよりレアが干渉しやすいものとなっていたということだ。
「それで、どうしてボクを呼んだの?」
「うーん、ちょっと言いたいことがあって」
「言いたいこと?」
「そうなの。…………アイズってバカだよね」
「ひどい!?」
コアの深層領域まで意識を引っ張っておいて、言うことが罵倒だ。さすがにこれは吃驚するし、凹む。
「AHS越しに私も見てたけど、あのシールってのを倒すために私を呼んだんでしょ?」
「う、うん」
「なら、力を貸してあーげない」
「な、なんで?」
レアはつーんとそっぽをむいてはっきりとダメと言った。
まさかの拒否である。心を手に入れたとはいえ、悪い言い方をすれば機体に裏切られるようなものだ。
「『type-Ⅲ』……お母さんからもらって、アイズと私が作り上げた力。でも、それは誰かを否定するためのものじゃないのに」
「そ、それは………」
「どうして、この力が発現したのか、忘れちゃった?」
「…………」
アイズは俯いて自省する。言われて気付く自分の馬鹿らしさに情けなくなった。そう、確かに自分はバカだった。秘匿とか、そんなことはどうでもいい。ただ、この力の使い方はわかっていたはずなのに、怒りに任せて安易な選択をしてしまったことが悔やまれた。
「『type-Ⅲ』は、寂しがり屋のあなたのために、……ひとりぼっちにならないための力だよ」
「うん……」
「それなのに、誰かを否定するために使うなんて、………それは、私も悲しい」
「ごめんなさい」
もはや怒りは鎮火していた。確かにシールの言ったことは許せないことだった。でも、それをこんな形で否定すれば、アイズは間違いなく後悔する。レアも、それがわかるからわざわざコアの深層領域にまでアイズの意識を呼び込んで諭したのだ。
レアは幼い容姿なのに、アイズよりもしっかりしているようだ。それもアイズを少し落ち込ませていた。
「昔、まだこんなにはっきりしていなかった私の意識を引っ張り上げてくれたアイズなら、……私を呼ぶときは、もっとたくさんの愛を込めて呼んで欲しい。誰かを傷つけるような、痛い怒りなんかじゃなくて」
「うん。もう、間違えない。ありがとう」
「でも、せっかく呼んでくれたんだし、………それに、どのみち、あの人を退けなきゃいけないから、少しだけ力を貸してあげる」
「レア?」
レアは目隠しに手をかけ、片目だけをそっと顕にする。幼い顔に似合った、大きくクリクリとした眼が開かれる。その瞳は、アイズのような金色ではなく、その名前の通り………真紅色をしていた。
「ほんのちょっとだけ、………力を開放するよ。コード『type-Ⅲ』の発現……第二単一仕様能力《セカンド・ワンオフアビリティー》、『L.A.P.L.A.C.E』を!」
***
唐突に、アイズが止まった。
それと同時に、唸りを上げていた機体も沈黙する。赤く発光したいた機体は徐々に平時のものへと戻り、しかし展開された装甲だけはそのままに、エネルギーラインを露出させたまま出力もニュートラルとなる。
操縦者であるアイズが、どこかぼーっとした表情のまま顔をあげる。眼は閉じられてままであるが、その隙間から一筋の涙が零れおちた。
束もシールも、そのアイズの変化に戸惑う。痛々しいまでの怒りを宿していたはずのアイズが、今はまるで寂しさを背負い、誰かを求めてさまよう迷子のような雰囲気をまとっているのだ。その唐突な変化は、シールから見ても不気味なものであった。
「アイちゃん……」
「ごめんなさい、もう、大丈夫です」
心配する束にそう返す。いったいなにがあったのか束にもわからなかったが、アイズの次の言葉ではっと目を見張った。
「相棒に怒られちゃいました………だから、もう間違えません」
「っ!? ………コアと、会話を!?」
もしそうだとすれば、それがどれだけの奇跡なのか、束にはそれが理解できる。操縦者の意識にまで介入して対話を行うコア。それが事実だとしたらレッドティアーズのコアは、束の予測を遥かに超えた進化をしていることになる。束には、それがたまらなく嬉しいことであるし、そうしてアイズを止めたコアを誇らしくも思えた。
「あとで、お話します。今は、ここから早く脱出しないと……ボク達が、シールを退けます。フォローをお願いします」
「ボク、たち?」
「そのために少しだけ、あの子が、レアが力を貸してくれるそうです。『type-Ⅲ』の顕現……『L.A.P.L.A.C.E.』の力を……」
「アイちゃん……!」
束に笑いかけながら、アイズが右目だけを開く。
その色は、視力を失った白濁したものでも、ヴォ―ダン・オージェの証である金色でもなく―――。
「ボクとレアの瞳………“ラプラスの瞳”!」
真紅の瞳。紅玉の如き輝きを見せるそれが、IS『レッドティアーズtype-Ⅲ』の可能性。その、欠片の発現であった。
伏線を貼りまくった回。ずっと出したかったコア人格「レア」の登場回。お姉さんみたいな妹、というイメージです。
他の伏線はこの章の最後に多少の説明回を入れるつもりです。そろそろこの章も終わりですね。また日常編が恋しくなってきたところです(笑)
いいネタが思いつけばまた番外編でも書こうかと思ってます。ともあれ、とにかくまずはこの章を綺麗に終わらせるよう頑張ります。
それではまた次回に!