「終わったかな?」
シャルロットは周囲の敵機の反応が完全にロストしたことを確認して警戒をしながらもほっと安堵の息を吐く。たったそれだけで疲労が重く身体にのしかかっていたことが実感できる。わかっていたこととはいえ、戦闘時間もかなりの長時間となった。ISそのものは束をはじめとしたカレイドマテリアル社の誇る変態技術者たちのおかげで高い継戦能力を見せつけることとなったが、それでも操縦者は生身の人間だ。いくら鍛えているとはいえ、疲労は免れない。現にシャルロットも相当体力も気力も消耗していた。
「切り札も全部使っちゃったしなぁ……さすがにこれ以上があればまずいけど」
そう言ってシャルロットは眼下を見下ろした。
そこにあるのは海に空いた穴。まるで隕石によって造られたクレーターのように海底に届くまで抉られた海面が、復元しようと巨大な大渦となって海に螺旋模様を描いていくところだった。
その渦に巻き込まれ、破壊された無人機の残骸が海の底へと飲まれていく。それはまるで海底に引きずり込む巨大なモンスターのようだった。
そんな光景を見ながらシャルロットは正真正銘最後の切り札である最後のカタストロフィ級兵装―――【ヴィーガ】の半壊した砲身を破棄する。おそらくこの武装データも亡国機業に取られただろうが、それでも実戦での使用データを取れた分良しと思うことにする。
「そちらも、終わったようね」
この三分で暴虐の限りを尽くし、視界に映る全ての無人機を文字通り粉砕したシルバリオ・アフレイタスを駆るナターシャが合流してくる。特に被弾らしい被弾も見られないが、機体の排熱機能が働いているのか、全身から蒸気を噴出させている。
「そちらは?」
「問題ないわ。ただ、機体はもうガス欠寸前ね。博士の言ったように突き抜けた短期決戦型ね、そのぶん凄まじいとしか言えない性能だけど」
「戦略級、ですから」
「ふふふ……博士に感謝を伝えてくれないかしら? いつか、またこの子に乗れるときを楽しみにしているわ」
そう言ってナターシャはシルバリオ・アフレイタスを解除し、もとのフォクシィギアのカスタム機へと転換した。再び待機状態となり、銀の十字架となったシルバリオ・アフレイタスをシャルロットへと差し出す。しかし、シャルロットはそれを見ながらも受け取る素振りも見せなかった。
「それは、たぶん、あなたが持っていたほうがいい」
「え? でも……」
「その懸念は最もだし、リスクも承知しているけど……でも、あの人が“返す”と言ったのなら、それはあなたがもっているべきものだと思うから」
束によって魔改造された【銀の福音】……いや、【銀の啓示】――シルバリオ・アフレイタス。その存在はたった一機とはいえ、絶大な影響をもたらすだろう。技術流出や、それ以前にアメリカ軍にそれが渡る危険性は束も、イリーナもよくわかっているはずだ。
しかし、それは同時にナターシャを通じて亡国機業と繋がっていないアメリカ軍へのパイプにもなる。おそらくこれは、そのための布石だろう。賭けに近いが、それが機能すればカレイドマテリアル社としても優位となる。
「そちらにとっても宝であり爆弾にもなるはず。ようはリスクとリターンを同時に抱えるだけです」
「どちらも大きすぎるわね」
束は身内には甘いが他人には恐ろしく冷たい。そんな束が託したということは、それだけナターシャを評価しているということだ。本当にダメならイリーナが止めているだろう。ナターシャにシルバリオ・アフレイタスを託すことは、これまで手の届かなかったアメリカ軍内部へとカレイドマテリアル社の影響を及ぼす切欠となる。
「――――そちらの思惑はなんとなく見えるけど……私たちにとっても願ってもないこと。勝手に約束させてもらうわ。この恩は忘れず、いつか報いてみせるわ」
「いずれ、また。願わくば戦場以外で」
「ええ」
ナターシャが微笑み、再びフルフェイスとなる頭部装甲を展開して姿を隠すと降下し、海面すれすれの低空飛行をしながら高速で離脱していく。それを見送り、シャルロットは警戒を解かないまま部隊との連絡をつなげた。
「アレッタ、どう?」
『戦闘終了です。すべての敵機の撃破を確認。人工衛星の落下というイレギュラーがあったようですが、お嬢様が撃ち落としたようです』
「ああ、さっきのあれね。そっか、撃ち落としたのか。完全復活、というか前より非常識になってない?」
『お嬢様なら当然でしょう。―――IS学園の部隊と合流します。艦隊はレオンたちに任せて、周囲警戒をしつつ退きますよ』
「了解――――シトリー! IS学園まで撤退するよ!」
「はいはい。さすがにもう戦闘は厳しい。ギリギリだったかな」
ほぼ全ての装備を使い果たしたシトリーが警戒を解かないまでも安堵したように微笑む。シャルロットも切り札を使い切り、残弾も残り少ない。ウェポンジェネレーターもカタストロフィ級兵装の連続使用でオーバーヒート寸前だ。ここまでの長時間の戦闘は初めてだったこともあり、今になって全身が疲労で鉛のように重い。
「……すべて終わったわけじゃないけど、とりあえずはこの戦いは終わり、か」
きっとこれは、そう遠くないうちに訪れる決戦の前座でしかないのだろう。シャルロットはあまりにも簡単に訪れた幕切れに、そう思わずにはいられなかった。
***
「こちらナタル。イーリ、応答を」
海上を低空飛行しながら戦場を離脱したナターシャは仲間であるイーリス・コーリングへと通信を送る。ジャミング圏内はすでに脱している。多少ノイズが入っているが、それでも問題なく通信が繋がった。
『――……――おう、ナタルか。そっちは無事か?』
「ええ、いろいろあったけど、反乱勢力は制圧したわ。もっとも、私が加勢しなくてもどうにかしていたでしょうけど……」
『そうか。まぁ、なんだ。とりあえず任務ご苦労さん』
「ええ……でも、どうしたの? なにかあった?」
珍しく煮え切らない言葉に訝しげに眉をひそめる。普段はサバサバとした性格なのに妙に歯切れの悪い様子を不気味に感じてしまう。
「そっちは軍を動かしたIS委員会の役員を追っていたはずでしょう? 確保はできたの?」
『ああ、突き止めたんだが……遅かった』
「遅かった? どういうこと?」
『軍に工作していたと思しき人間、全員が死んでた』
「……ッ!?」
『委員会のほうもひどいもんだったぜ。アタシらが乗り込んだときにはもうバーベキューになってた。ニュ―ス見てみろ、派手にやってるぞ』
言われて通常回線を通じていくつかのテレビ放送画面を表示する。そこにはIS委員会本部が原因不明の爆発が起き、複数名の役員の死亡が確認されたとある。表向きは事故かテロか明言はされていなかったが、破壊痕を見れば明らかにISとわかる。
本部のあるビルは既に半壊に近く、今なお炎に呑まれている。ナターシャはその報せに息を呑んだ。
「これは……」
『帰投命令だ、ナタル。間違いなく揺れるぞ。いいか悪いかは、わからないけど、な』
「わかったわ、十二時間以内に戻る。調査をお願い」
『おう』
通信を切ると飛行しつつこれまでの情報を整理しつついったいなにが起こっているのかを推測する。あくまで推測でしかないが、いくつかの可能性はすぐに思い至った。
その中でも間違いないのは、IS委員会は用済みとして切り捨てられた、ということだろう。ナターシャたちが動いたタイミングというのが気になるが、こうなった以上、IS委員会は既に壊滅していると思っていい。その中身が変わるのか、存在自体が消されてしまうのかはわからないが、なんらかのアクションはあるだろう。
「しかし、やってくれるわ」
アメリカ軍、いや、この国の中枢にも巣食っている売国者どもを炙り出す算段がすべて狂った。IS委員会というはっきりした病巣が消されてしまった以上、根気よく地道な捜査を継続していかなければそのすべてを駆除することはできない。一斉摘発の好機を潰された。
どうやらIS委員会の上にいる真の黒幕は委員会よりも末端の構成員のほうが価値があると判断したのだろう。だから暴走した傀儡となった委員会をこうもわかりやすく消してしまった。おかげで尻尾のつかめていない草を残すことになってしまった。
証拠なんてないが、ナターシャはこの推測が最も近いだろうと感じていた。
「この子を謀略に利用なんてしたくないけど……頼ることになりそうね」
手に持つ待機状態のIS――【シルバリオ・アフレイタス】を撫でながら気落ちしたように表情を曇らせる。しかし、この戦略級強襲機ともいえる規格外機は、ナターシャたちの切り札になり得る。存在もできる限り秘匿し、信頼できる筋で反乱勢力の駆逐を進めねばなるまい。
「私に渡したのも、それが理由、かしらね」
ほんのわずかな邂逅であったが、それでもナターシャは篠ノ之束という存在を畏怖している。味方になれば心強いが、決して敵に回してはいけない。そう思わせる女傑だ。
おそらく、自分の行動も、偶然を装いつつも自分にシルバリオ・アフレイタスを渡したこともなにかしらの思惑があってのことだろう。
「それでも構わない。また、この子と空を飛べるなら」
軍人ではあるが、ナターシャ・ファイルスという一人の個人としてISで自由に空を駆ける時代になってほしいと願っている。
ナターシャのこの願いこそが束が大切な機体を預けた理由の大半であるのだが、それは本人は知る由もない。篠ノ之束という存在は良くも悪くもセルフィッシュであり、それゆえにナターシャは期待されているのだ。
それがどのような結果を生むかは、今はまだ、誰にもわからなかった。
***
「沈め」
ラウラの言葉と共に、最後の無人機が文字通りに地に沈んだ。上から凄まじい圧力でプレスされたように地面に叩きつけられた機体は地面に塗りたくられたかのようにその体を飛散させて潰されてしまう。
斥力結界をごく狭い範囲に集中して放った高威力の斥力によって圧壊された機体が完全にその機能を停止させる。周囲を見渡せば同じように潰された残骸があちこちに見受けられた。
展開していたシュバルツェ・ハーゼの隊員たちからも掃討完了の報告を受け、ラウラもふーっと大きく息を吐いた。まだ余裕はあるが、それでも効果が絶大である反面、代償として大きく体力を削る天衣無縫の連続使用は流石に堪えていた。
「さて、……あとはお前か」
ラウラは気を緩めることなく、今まで成り行きで共に戦っていた機体に目を向けた。左右非対称の歪なデザインをした奇抜なIS。ラウラも至近まで接近されてようやく気づくことができたほどの高いステルス機能と光学迷彩を持つ機体。かつて、このIS学園で無人機と共に乱入してきたその機体を駆る者―――ラウラと同じヴォーダン・オージェを宿すその少女をラウラは油断なく見つめた。
「状況が状況だったから掃討までは大目に見てやったが、改めて聞こう。いったいどういうつもりだ?」
「……援護する、と言ったはずですが」
「ああ、実際貴様の援護でずいぶんやりやすくなったのは認めよう。そこは感謝する。だが、貴様は本来私たちと敵対しているはずだ。なにが目的だ?」
「言うと思っているのですか」
「思ってなどいないさ。だが、こちらもそうですかと引き下がるわけにはいかん」
戦闘態勢を取るラウラに呼応するように少女も武器を構える。一触即発へと変わる中、どちらもその不完全な魔眼で眼前の相手を見透かそうとその瞳の輝きが増していく。しかし、それは互いが姉と慕うアイズとシールに比べ、幾分か劣る輝きでしかない。
ラウラは適合しているが、それは片目のみ。視界の広さもその強みであるヴォーダン・オージェの性能は両眼を覚醒させているアイズには及ぶわけもない。
しかし、それでも超常の力を宿す人造魔眼だ。この眼があるからラウラはオーバー・ザ・クラウドの驚異的な速さを会得できている。そうでなければこの機体の速度域に反応が追いつかなかっただろう。同じこの眼を持つ者でない限り、反応速度で遅れを取ることはない。例外は鈴のようなやたらと戦闘勘がいいやつくらいだ。
そんなラウラを見て、その少女がスっと手を動かした。頭部を覆っていた道化師を模した仮面をゆっくりと外す。再び素顔を晒すことも構わずに最もその眼を活かせるよう直視でラウラを睨み返す。
その眼は眼球が黒く染まり、そこに浮かぶ金色の瞳はまるで夜空の満月を想起させる。美しいとも思える瞳だが、しかしそれは本物に劣る。完全適合にいたらなかった不適合の烙印を押された失敗作。シールという究極にして完成系を模して造られ、しかしそれに及ぶことのない劣化品。それがかつてのこの少女の価値であり、少女を縛る鎖だった。
しかし、それはもう過去のことだ。
「あなたも私も同じ欠陥品」
「………」
「それでも、私はいずれあの人にとっての唯一になる………“クロエ”。それが私だ」
唐突な、意味不明とも思える叫び。しかし、なぜかそれはラウラにはすんなりと受け入れられた。ああ、こいつは同じなのだ、と……奇妙な親近感を覚えてしまった。ラウラ自身認めたくはないが、敵視しているあのシールの劣化量産型として生み出された存在だ。そしてこのクロエと名乗った少女もそれに近い生まれなのだろう。
同じような境遇、もしかしたら、お互いにもうひとつの自分の可能性といえるのかもしれない。
しかし、ラウラとクロエはまったくの真逆の立場となってこうして敵として相対している。それが、どこか運命のようなものさえ感じられた。
「そうか、ではクロエ。私の、ラウラの敵として覚えておいてやる。………だが、お前はここで消えろ」
「消えるのは、あなた………あの人の成りそこないでも、それは私だけでいい」
ラウラとクロエ。互いが同じように機体出力を上昇させる。つい先ほどまで共闘していたことなど二人の頭から既にさっぱりと消え去っていた。今目の前にいるのは、自分の敵、そして自分が慕う姉の敵になる存在だ。この先、必ず敵として再び現れるであろう存在を見逃すほど、二人の思考に余裕はなかった。
そして、なんの前触れもなく二機がその姿を消した。
片や世界最速のその速さで影すら追いつけないほどの速さで一瞬で間合いを詰めて強襲する。銃弾よりも速いラウラは手に持ったナイフで瞬きをする間もなくクロエを一閃する――――が、そのクロエの姿がまるで陽炎のように揺らめき霧散する。
高いステルスと光学迷彩を併せ持つIS【トリックジョーカー】。ただ姿を消すだけではなく、幻影との併用で敵に影すら追わせない。空間に溶けるように消えたクロエが、再びその姿を現す。位置はラウラの背後。完全に死角となる場所だ。広い視野を持つヴォーダン・オージェでも確実に反応が遅れる位置。そこから現れたクロエが逆にラウラの背に向けて躊躇いなく刃を振り下ろす。
しかしそれもあっさりと空を切った。
反応が遅れたとはいえ、それでもラウラの速さは対処を間に合わせる。反応の速さの限界を機体の速さで覆す。躱されたと判断した瞬間に即時離脱を図っていたラウラは奇襲を受ける前に上空へと移動していた。すぐさまクロエの姿を探すが、わずかに空間が陽炎のように揺れたかと思えばまたしても視界から消え失せてしまう。
「かくれんぼが得意か。大したステルスだ」
曲がりなりにもヴォーダン・オージェである眼でも、その影すら捉えられない。ISのハイパーセンサーにもまったく反応がない。これだけの近距離でありながらここまでのステルス性能を発揮する能力は脅威だ。アイズのような超能力のような直感があれば察知できたかもしれないが、ラウラにはそのような特異能力はない。だが、それでもラウラは焦ってなどいなかった。
「舐めるな」
眼下へと向けて腕を掲げる。掌部にある単一仕様能力発生デバイスを起動させ、範囲を広範囲に設定して能力を発動させる。
「――――斥力結界」
周囲一帯が見えない何かに圧しつぶされる。上空から真下へ向けられた斥力がラウラの視界にあるすべてのものを縫い付ける。広範囲に設定したので斥力もそれほど強力なものではなかったが、それでも範囲内は重力が何倍にもなっているかのように立ち上がることすら困難な領域となっている。こんな中で動けるとすれば、それこそISくらいなものだ。
その結界内で動く奇妙な手応えを感じてすぐさまその地点へ向けてビームマシンガン【アンタレス】を向けて斉射する。わずかになにかにかすめたように火花が散った。予測射撃を続けるが、それらはすべて回避されてしまう。
そして今度は側面からの強襲。斥力を押しのけてくる感覚に反応したラウラが再び高速移動で回避する。
「いくら姿を消しても無駄だ」
完全な補足は無理でもラウラは常に周囲に対して微弱な能力を行使している。斥力と引力を交互に発して状況把握を行っているのだ。天衣無縫という能力を持つオーバー・ザ・クラウドだからこそできる斥力引力操作によるソナーだ。これでおおよその位置の予測はできる。だが、有効打を確実に当てるにはまだ遠い。
ラウラの攻撃も、そしてクロエの攻撃もそれぞれ当てることがままならない膠着状態に陥ってしまう。世界最速のISを駆り、視認できないほどの高速で動くラウラと空間に溶けるように尋常ではないステルス性を発揮するクロエ。傍目には見えないなにかが、なにかをしているとしか思えないだろう。時折、そこが戦場であると証明するように火花や銃撃で彩られていた。
質はまったく違うが、不可視となれる力を備えた二機の激突は見えないまま膠着していたが、まったく予期しない乱入者によってさらなる混戦へと向かい始めた。
唐突に降ってきたのは、二機のISであった。
互いに組み合うようにしてラウラとクロエがぶつかる戦場のど真ん中に墜落。予想外の乱入にラウラとクロエはその落ちてきたものを挟んで動きを止めた。砂塵の中から現れたのは、見知った顔であった。
「鈴か。なにをしているんだ?」
「ん? ラウラ? 奇遇ね、ちょっと害虫駆除に手間取っててね」
「誰が害虫だコラァ!!」
それは取っ組み合いながら睨み合う鈴とオータム。互いに被弾しており、随所に殴りあった形跡が見て取れた。本人たちも目は血走り、凶悪な笑みを浮かべている様は戦いというよりは喧嘩のように見える。
「オータムさん」
「ん、ああ、クロエか? ちょっとまってろ、今こいつの躾で忙しいんだよ」
「蜘蛛が龍を手懐けられると思ってんの? とっととエサにしてやるわ!」
「やってみろよクソガキが!」
「ラウラ! 手ぇ出すんじゃないわよ!」
「わかっている。私も忙しいのでな」
「……!」
ラウラははじめから鈴に加勢などするつもりはなかった。今はクロエという敵がいる以上、ラウラにとって優先して狙うべきなのはクロエだからだ。それに鈴ではクロエとの相性はそれほどいいとはいえない。不完全ではあるが能力による索敵ができるラウラが適任だ。
それを察したのか、クロエも再び姿を消して戦闘態勢に移行する。地上では原始的ともいえるゼロ距離での取っ組み合い、殴り合いの戦いが繰り広げられている中、二人は高速と陰行の極地ともいえる力を駆使して再びぶつかり合う。
ラウラはとにかく広範囲を斥力でなぎ払い、そこへ違和感を覚えた場所に向かって攻撃を仕掛ける。ビームマシンガンのみならず、クレイモアを飛ばしとにかく動きを止めようと攻撃を仕掛ける。
それに対してクロエはラウラの攻撃範囲から逃れるように移動しながら隙を見ての一撃離脱を図る。接近すれば能力によるソナーで気取られるが、それでも接近できるまでラウラも補足はできていないことを察していた。だからこそ一撃による撃墜を狙っている。
互いに相手の攻撃を回避が上回っている。地上で戦う鈴とオータムのように血なまぐさい殴り合いとは真逆の膠着状態のまま時間だけが過ぎていく。実際には一分も経っていないというのに神経を尖らせて戦う二人にはとてつもない長時間に感じているだろう。ただでさえ、ヴォーダン・オージェには思考の高速化という力がある。体感時間を引き上げるこれは解析能力以上にこの眼を持つ者に絶大な戦闘能力をもたらしている。
だからこそ、この二人の戦闘に介入できる存在がいるとすれば、同じ眼を持つこの二人くらいだろう。
高速機動中のラウラの動きをわかっていたように一機のISが軌道上に突然割り込んでくる。驚く間もなくラウラの側面から手を出して捕まえると組み付くようにして背後を取られた。速度が落ち、まるで組み敷かれるようにしてラウラがその動きを停めて地上へと落ちた。墜落同然でありながら絶妙な受身をその乱入者がとったことでほとんどダメージを負うことなく動きを止められてしまった。
そこで振り向いたラウラが見たものは、いつものように優しく笑いかけてくれる姉の―――アイズの姿だった。
「姉様……」
「ごめんねラウラちゃん。今は戦うのはもうダメなんだ」
「しかし……!」
「イリーナさんからも戦うなって指示が出てる。気持ちはわかるけど、もう戦いは終わりにしよう」
「……わかりました」
そこまで言われてはラウラも戦おうとは思わなかった。そんなことよりもまた元気なアイズの姿が見れただけで大分満足したこともある。先ほどまで猛々しかった姿は消え失せ、尻尾を振る子犬のようにはにかみながらアイズの傍に寄り添っている。
一方、不可視となっていたはずのクロエもまた乱入してきたもう一人の人物に捕らえられていた。姿を完全に消していたというのにあっさり捕まえられたことに少しばかりショックを受けつつも、それができるからこそ、クロエはこの人を姉と慕い畏怖している。
天使を思わせる巨大な翼を広げ、猫をつまみあげるように背後からクロエの首を掴んで動きを止めたシールがやれやれと呆れたようにため息をついていた。
「クロエ、なにを熱くなっているのですか?」
「ね、姉さん……」
「そしてプライベート以外ではそう呼ぶなと言ったでしょう」
「す、すみません、姉さん」
「言っているそばから……しょうがない人ですね、あなたは」
アイズとは違い、シールのどこか引き離すような態度にクロエは焦ったように頭を下げる。その姿はまるで捨てられまいと強請る子犬のように見える。
意外ともいえるシールたちの姿を見たラウラはしばし唖然としていたが、アイズはむしろ嬉しそうにニコニコしながら笑いかけた。
「へー、妹さんなんだ? かわいいね」
「……その生暖かい目をやめてもらえますか」
「姉様! 私も可愛い妹を自負しております!」
「もちろん。ラウラちゃんはボクの可愛い自慢の妹だよ!」
「感激です姉様!」
「漫才も他所でやってください」
戦場でありながら、もっとも脅威となるはずの魔眼持ち四人が空気を弛緩させたことで徐々に殺伐としたものが希薄になっていくようだった。天然ゆるふわなアイズはもちろん、そんなアイズに追従する忠犬型の妹であるラウラも同じく天然な発言をかまし、それに呆れるようにシールが沈黙してクロエはどこかオロオロしながらシールの様子を伺っている。
それでもそんな四人すら眼中にないのか、無視しているのか、相変わらず鈴とオータムは殴り合いを続けている。このままずっと続けていそうな二人だったが、その二人の戦うど真ん中に二つのレーザーが撃ち込まれた。
「うおっ!?」
「なに!?」
さすがにこれには驚いた二人は反射的に後退してようやくその動きを止めた。いきなりレーザーを撃ってきた相手を探すように視線を向ければ、レーザーライフルを構えた二機のISがゆっくりと近づいてくる姿を目にして首をかしげた。
「セシリアじゃない。なによ、来てたの?」
「ご心配をおかけしたとは思っていますが、さすがにその言い方はあんまりじゃありませんこと?」
「あんたが来る前に片付けてやろうと思ってただけよ。病み上がりなんだから無理するんじゃないわよ」
ぶっきらぼうながら気遣う鈴にセシリアも苦笑する。気遣いは嬉しいが、セシリアとしては遅かったと思っているくらいだ。本当ならこういう事態にこそ自分が率いて対処しなければならないはずだったのに、それを鈴たちに押し付けてしまった。申し訳なさと、感謝の念が絶えない。
「んだよ、邪魔すんな」
「なにをやっている。オーダーを忘れたか」
「狂犬みたいなお前に言われたくはねーんだが」
「撃たれたいのか?」
「わかったよ、……ここまでにしろっていうんだろ?」
セシリアと同じようにレーザー狙撃でオータムを止めたマドカも苦言を呈しながら合流する。そしてそれぞれが向かい合うように並び立つと自然と軽口もなくなる。
セプテントリオンに所属する四人と亡国機業に所属する四人。どうあっても敵対関係でしかない面々が対峙していることで弛緩しかけていた空気が再び張り詰めていく。
「今回はここまでです。援護には感謝しましょう」
「それが仕事です。礼は必要ありませんし、無意味でしょう。……もっとも、次に会うときは覚悟してもらいましょう」
「―――そういやなんでこいつらがいたの?」
「上の悪巧みの結果です。詳細は後始末が終わったあとに説明しますよ」
「ふぅん? まぁいいけど……でも、どうやら次で決戦する気みたいね?」
あからさまにオータムに向けて挑発するような視線を向ける鈴。そしてオータムもすぐにその挑発に乗って睨み返す。
「ふん、せいぜい余生でも楽しんでいるんだな」
「楽しみにしておいてやるわ」
短く決着の約束をする二人とは別に、ほかの面々はなにも語ろうとはしなかった。その必要はない、というようにマドカは興味なさげにしているし、ラウラとクロエもじっと互いを見ているだけだった。
セシリアは亡国機業の四人を見ていても、実際にはその背後で糸を引いている母の姿を幻視していた。セシリアは次に見えるときこそがおそらく母と再び向き合う時なのだという予感があった。そんなセシリアにとって目の前の四人はただの障害だ。その関心は彼女たちのさらに奥にあった。
「シール」
「………もうここで話すことはありません」
なにかを言いたげだったアイズも、あっさりシールに一蹴される。少し寂しそうにするアイズだが、シールがなにかを呟いたことを察知する。それは声としては届かなかった。しかし、その言葉を理解したアイズは驚いたように目を見開いた。わずかな間その金色の視線を交じらせ、アイズは笑顔を返答としてシールへと向けた。そんなアイズを見つめていたシールはくすっと小さく笑って視線を逸らした。
そこでどんな意思疎通があったのかは、二人だけの暗黙の隠し事であった。
「では失礼します。次の舞台は、すぐにわかるでしょう」
四機のISがゆっくりと浮かび上がる。追撃するつもりはセプテントリオンにはなかった。IS学園側としてもそんな余裕はないだろう。本来敵であるはずの四機は援護行動を勝手にして、少しの敵対行動をして悠々と離脱しようとしていた。
「母に伝えなさい。………『セシリア・オルコットは待っている』と」
「………」
そんなセシリアの言葉に応えることなく、四人は夜明けの近い空へと飛翔していく。速度を上げ、すぐに高度を上げた四機はそのまま雲の中へと入り、ほどなくしてハイパーセンサーもその反応を消失させた。
はっきりと撤退が確認できるまで警戒していたセシリアたちもようやく気を緩めた。
「……終わったの?」
「後処理が山積みですが、とりあえずは」
「ふぅー、さすがに今回はしんどかったわ」
「鈴さんたちは休んでください。遅れた分、あとのことは私がしておきます」
既にセプテントリオン、IS学園の両方ですべての戦闘行動は終了していた。襲撃してきた無人機はすべて撃破。負傷者は多数いるが、それでも奇跡的にも死者はいない。アメリカ軍と思しき艦隊も抑えている。ここから先は政治的な問題が多く絡むのでイリーナの意向を聞きながら巧く調整していかなければならないが、直接戦闘はもうないだろう。
だが、これは終わりではない。むしろここからが始まりである。
終わってみれば、どの勢力が一番特をしたかはよくわかるだろう。今回のことで互いの邪魔者は消えることになるだろう。そうなればあとは直接対決、最後の決戦に行き着くのは当然だった。
それが果たしていつ、どこで、どういったものになるのかは誰にもわからない。わかるのは、その舞台を熱心に作り上げている魔女だけだろう。
そうした懸念は全員が感じていることだった。きっと、そう遠くないうちになにかが起こる。そんな漠然とした予感をこの戦場を経験した全員が覚えていた。
それを証明するように、IS委員会メンバーの死亡確認と新たにレジーナ・オルコットの代表就任の報せが世界に広がった。
IS学園を解放して、わずか二時間後の出来事であった。
どうもお久しぶりです。
活動報告のほうに今後の更新についての報告があるのでよろしければご覧ください。
あと一話を挟んでこのチャプターも終了。幕間を挟んでいよいよ最終章へと入ります。最終決戦はセプテントリオンvs亡国機業の総力戦。最終的な対戦カードはそれぞれの因縁の敵との決着と最後にアイズ・セシリアvsシール・マリアベルの戦いになる予定です。
それではご意見、感想等お待ちしております。また次回に!