真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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今日も0時投稿に間に合わず。

楽しみにしている方(いらっしゃるかは分かりませんがw)申し訳ありません。


第六話 Walking On Sunshine -おひさま-

とりあえず義父さんと幼女に席についてもらう。

姉さんは部屋に引きこもってしまったためこの場にはいない。仕方ないので、私だけでも先に義父さんの話を聞いてしまおう。話を聞いて問題ないようだったら、姉さんの説得に行けば良いし。

 

簡単に方針を頭の中で決め、腕に抱えている猫をまだぐすぐす言っている幼女の膝に乗せ、二人の分のお茶を入れるために台所へ向かう。

 

お茶の用意ができて茶器を持って戻ると幼女は泣き止んでいて、膝の上で丸くなっている飼い猫をおっかなびっくり撫でていた。

 

「この子と仲良くなれた?」

 

茶器を食卓に置いてから幼女の隣にしゃがんで、彼女の膝の上に乗っている猫を軽く撫でながら話しかける。

 

「……はい。 この子、名前はなんて言うんですか?」

 

私がしゃがんだ時に一瞬身構えたようだったけど、受け答えはしっかりとしている。礼儀もきちんとしているし、良家の子なのかな?頭に留めているオレンジ色のリボンが可愛らしい。

 

「王虎(わんふう)って言うんだ。 虎縞だし、ここに来たばかりの時は王様みたいに偉そうだったからね」

 

まあ、十日もすると餌をあげていた私に懐いてくれるようになりましたが。ふっ、ちょろい。

この子は元々、いつの間にか郯の屋敷に居着いてしまったのを義父さんから聞き、私が連れて帰ってきてもらったのだ。

当然、ネズミを捕える事を期待してだ。

ネズミは穀物を食い荒らす上に、疫病を蔓延させる害獣だ。見つけ次第駆除する必要がある。しかし、人間がネズミを捕らえるのは非常に難しい。まず速度では追いつけないし、弓で射るにしてもあの小ささではよほどの腕前が無いと当てるのは難しい。

そこで、猫や狐などのネズミを餌とする動物を家畜化して、ネズミ対策とするのが一般的だ。犬は狩猟のお供、不審者に対する番などに役立つが、猫は害獣駆除に役立つのだ。単なる愛玩動物ではない、十分役に立つ存在なのだ、と声を大にして主張しておく。

それにしてもかわいい奴め。うりうり。

 

「わんふー。 わんふー」

 

名前を呼びながら、耳の後ろを掻き始める幼女。猫も気持ちいいのだろう。耳をピクピクさせながらも、気持ちよさそうに目を閉じて大人しく丸くなっている。

私は立ち上がり、幼女の頭を一撫でした。

その時、私は彼女の髪留めに刺繍が入っているのを見つけた。残念ながらどんな物が入っているかは分からなかったが、字のように見えた。

ちょっと気にはなったが、気にせずに二人の分のお茶の用意を始めた。

 

お茶も用意できて、義父さんに話を聞く姿勢が整った。

 

「それじゃ、義父さん。 この子の事を聞かせてくれる?」

「ああ、分かった。 この子は、今回の討伐の最中に保護したんだ」

 

保護、か。となると、もう両親は他界してしまっているのだろう。

 

「そっか。 けど珍しいね。義父さんがわざわざ子供を引き取るなんて」

「うむ……。 まあ少し事情が有ってだな」

 

そして、幼女の方へ目を向ける義父さん。釣られて目を向けると、うとうとし始めている。子供って突然電池が切れたように眠り始めるよねぇ。

 

とりあえずこのままでは可愛そうなので、私の部屋の寝台に寝かせておく事にしよう。王虎には私の頭の上に乗ってバランスを取ってもらって、幼女を抱き上げて私の部屋に連れて行く。

 

「……いかがわしい事はしないよな?」

「……後で話し合おうか?」

 

声を低くして義父さんに答える。推定五歳児にいたずらするとか、どんな鬼畜だ!

 

私の寝台へ彼女を寝かし、掛け布団をお腹にかけてあげて、枕もとの籠に王虎を入れる。

髪の飾り布も外して、枕元に置いてあげた。王虎が悪戯しないように、本の下敷きにしておく。その際に、先ほど気になった文字が見えた。何となく、その文字を記憶に留める努力をする。

そして食卓に戻り、義父さんにマジ説教を入れる。私の性癖は至ってノーマルです。幼女に欲情したりはしません。

 

その後、話に戻った。

 

「あの子は、泰山に居た儂の知り合いの娘だ」

「ふーん。 どういう知り合いかっていうのも聞いてもいい?」

「……」

 

何故口ごもる。

何故顔を逸らす。

 

「いや、な。 ほら、あれだ」

「えーっと、郯で関係を持っていたけど突然姿を消した女性の子供とか?」

 

場を和ませようと、恋愛小説などでありがちなロマンチック()な話を例えに出してみる。

 

「何故知っている!?」

「本当にそうなの!?」

 

適当にドラマチック()に感じるような話をでっち上げただけなのに!事実は小説より奇なりとはこの事か!?

 

「う、む。 まあ、そんな感じでだな……」

 

義父さんが語る話をまとめるとこんな感じだ。

 

なんでも、あの幼女の母親は泰山郡のとある名族の娘だったらしい。郯に出向いたところ、素行の悪いごろつきに囲まれているところを義父さんが助けたらしい。なんというテンプレな。少女マンガか!

 

元々箱入りに育てられていたらしく、危機を救ってくれた父にほれ込んでしまったらしい。そしてそのまま郯にある屋敷に居ついてしまったらしい。いかに朴念仁と言えど長く男やもめだった義父さんが、若く魅力のある女性に迫られていつまでも草食でいられるはずもなく、関係を持ってしまったらしい。

その時には姉さんも大きくなっていただろうし、私を引き取ってもいただろう。

 

とりあえずそこまで聞いて一言言っておく。

 

「というか、その時点で紹介しようよ」

「お前はともかく、海の反応が読めなかった。 もし仲がこじれたらと思うと、なかなか言い出せなくてな」

 

まあ、女の子は継母と仲がこじれる事って多々あるらしいしな。

 

話は続く。

その後も仲睦まじく暮らしていたのだが、初めて関係を持ってからしばらくすると突然姿を消してしまったとの事だ。華燭の儀を正式に挙げていた訳でもないため、内縁の夫婦であったのも良くない方向へ働いた。彼女の実家が兗州泰山にあるのかも知っていて訪ねてもみたのだが、何しろ正式に夫婦となっていなかったため、門前払いを受けていたらしい。

 

まあ客観的に見て、可愛い娘を手篭めにした中年男だ。その家にとっては招かれざる客だったろう。そしてその人は、妻を亡くし再婚相手を探していた男性と結婚し、子供もできて幸せに暮らしていると、彼女の父親から聞かされたそうだ。

そして義父さんは、今まで娘さんを拘束していた事を頭を下げて謝罪したらしい。それからは少しでも彼女のためになればと、金銭や絹布などの援助はしていたようだ。

 

それから数年後、空さん達の家族だけではなく文嚮や宣高などの家族も続々と青州周辺から逃げ出してくる現状を憂慮し、義父さんはその人の家族たちに徐州に引っ越して来ないかと打診を繰り返していたらしい。結果から言うと、それは不首尾に終わってしまったらしいが。

 

そして、今回討伐した賊達はその人の暮らしていた領地で略奪した後、徐州へ南下してきたらしい。討伐に成功した後、捕虜とした者達にその領地の人たちをどうしたのか聞いたところ、下卑た笑いと口調でこう言われたらしい。

 

「ガキは売るために捕まえて牢に放り込んでいる。 それ以外は全部殺した。女は犯した後にな。 最後に良い思いをさせてやったんだ。俺たち良い奴だろ?」

 

気づいたら義父さんは十数名の捕虜の首を切り落とし、体中が返り血に染まっていたそうだ。

当然の結末だと思う。本当ならば法に従い裁くべきかもしれないが、法の運用をする人間のモラルが非常に低くなっている現状、正しく裁かれるかどうかは分からない。それならば、誰がなんと言おうと、私は義父さんの行動を絶対に支持する。

 

「……今の中華を見渡せばよくある話なのかもしれないけど、胸糞悪くなる話だね。 で、その子供の中の一人があの子で、その人の娘さんって事?」

「ああ、あの子が着けている布の髪留めが、昔私が彼女へ贈った物だったからすぐに分かった」

「本人には母親の名前を確かめたんだよね?」

「ああ。 母親の知り合いと分かると、素直についてきてくれたよ」

 

その領地の領主には事実関係を伝え、被害者を手厚く葬って欲しいと要請したそうだ。

当然だろう。

 

(しかし、なんか状況を鑑みるに……。)

少し、今聞いた情報から推論を組み立ててみる。

ちょっとお茶で口を湿らせてから、ちょっと質問してみる。

 

「あのさ、義父さん」

「ん?」

「あの娘さんって、その人の子供って事で間違いないんだよね? 母親の名前はあの子が口にしたの?」

「ああ。 こちらから彼女の名前を出さずに、母親の名前を聞いたら答えてくれたよ」

「そっか……」

 

その人の子供である事が確実であるならば。

 

「あの子ってさ、義父さんとの間にできた子供なんじゃない?」

 

あ、義父さん固まった。

 

「ば、馬鹿な事を言うな! 彼女には旦那もいたんだぞ! 私の子供のわけが無いだろう!」

「んー。 これから話す事はあくまで状況から考えた推論だから間違えている可能性は十分に有り得るし、見当外れなのかもしれないけど、ちょっと話しても良い?」

「……まあ、聞くくらいなら」

 

それじゃ、推論を話しましょうかね。

 

「まずさ、その人が居なくなった時って家が荒らされたりはせず、誘拐されたようには見えなかったんだよね?」

「……ああ、何も盗られていなかったし、怪しい物音も近所で聞いた人はいなかったよ」

「それじゃあ、その人は自発的に出て行った。 そう考えて間違い無いよね?」

「ああ、私もそう思う。 その前日も特に喧嘩もしなかったし一緒に笑っていたんだ」

「多分出て行った理由はさ、義父さんの子供を身ごもったからだと思う」

「……いや、待て」

「とりあえず最後まで聞いて。 質問は後で受け付けるからさ」

「……」

 

とりあえず、大人しく聞いてくれるようだ。

 

「既に義父さんに跡継ぎとして姉さんが居る事はその人も知っていた」

 

「ならば、もし子供ができた際に自分とその子はどうなるのか、そこが分かってしまったんだと思う」

「どうなるって……愛情を持って接していたに決まっていただろう」

 

「うん。多分その人も、義父さんが子供にそう接してくれることは分かっていたんだと思う。 けど、その子供が原因で義父さんとの関係にひびが入るのが嫌だったんじゃないかな」

「何?」

「その子供は義父さんの子供として認知されて、糜家の庇護を受ける事ができるようになる。 きちんと糜家の継承権を持った上でね」

 

「自分に子供ができてしまったら、御家騒動の元となり義父さんに迷惑となってしまうのではないだろうか? そう考えてしまったんだと思う」

「迷惑だなんて、そんな事思うわけ……!」

「まあ、そうなんだけどさ。 義父さんだって、名家と言われる家がたびたび乗っ取りを受ける事があるのを知っているでしょう?」

「む……」

 

私を糜家で引き取った理由の一つがそれだ。私の実家の人間が全員死んでしまった場合、私を後継者として立てて、あの家の当主として私に相続させる。その後、私を傀儡として実権を握る。

そうする事は十分に可能なのだ。没落しているとはいえ、名家と謳われたあの家を分家格とする事ができるのは十分すぎるメリットとなる。

まあ、仮にそういう立場となったとしても、私は大人しく傀儡にされているつもりは無いのだが。

 

「自分の実家が愛する人の娘を殺すかもしれない。 ましてその娘は、自分の愛する人が将来を嘱望(しょくぼう)してやまず、深い愛情を注いでいる事を知っていたんだ」

 

「『私に子供ができてしまったら、あの人の娘は殺されてしまうかもしれない』それはとてつもない恐怖だったんじゃないかな。 子供ができてしまった時に、逃げ出したくなってしまうくらいに」

「……」

 

「そして実家に戻ったら、すぐに婚姻をまとめたんだ。 お腹にいる子供が義父さんとの子供では無い事にするために」

 

ここまで話終えて、自分の茶碗からお茶を飲み干す。

そして、義父さんは絞り出すように声を出した。

 

「それは全部お前の推論に過ぎないだろう?」

「まあ、そうなんだけどね。 ただ、『あの子が義父さんの子供であり、その人の旦那さんも自分の子供では無いと知っていたんじゃない?』って証拠ならさっき見たよ」

「は?」

 

まあ、あれは間近で見ないと気づけないよな。

 

「あの子が着けていた、義父さんが贈った飾り布なんだけど。 その人の真名を刺繍に入れて贈ったんじゃない?多分こういう字だと思うんだけど」

 

私は『橙日』の文字を、茶碗の底に残っていたお茶で指を湿らせ、机の上にその字を書く。

 

 

真名である以上、死んだ後でもそれを呼ぶ事は許されないので文字として記述する。

 

「……ああ、その通りだ。 あの子の飾り布を見たのか?」

「うん、さっき寝かしつけに行ったでしょ? その時に目に入ったんだ」

 

本当に偶然としか良いようがなかった。

 

「あの飾り布の裏にも文字があるのって、義父さん知ってた?」

「……待て、そんなのは知らんぞ。 儂はそんな注文は職人にしていない」

「ああ、多分義父さんに貰った後に自分で刺繍したんだと思う。 表の字に比べて、あんまり上手くなかったし」

 

書かれていた文字を、先ほど机に書いた場所の隣に記す。

 

橙 陸

 

陸は義父さんの真名だ。

義父さんはそれを見て絶句している。

 

「それも裏地とはいえ、わざわざ自分の真名の隣に来るように、義父さんの真名を刺繍していたんだ。 何か特別な意味があると思って当然でしょ?」

 

まるで自分の居場所はそこだ、そう主張するかのように。

旦那さんもその飾り布を目にする機会があっただろうし、すべて知った上で受け入れたんじゃないかと思う。

自分が同じ立場になった場合を考えると、非常に複雑な感情を覚えるのだが。その人はどうだったんだろうか?

 

「……その刺繍だって、儂の傍から居なくなる前に入れたのかもしれないではないか」

「その可能性は低いと思うよ」

「何故そう言える?」

 

んー。これは本当は言って良いのかどうか分からないんだけど。

まだ本人から真名を聞いていない以上、これは著しくグレーゾーンな行為だろう。しかも限りなく黒い。

 

「あの飾り布にはさ、もう一つ別の刺繍が有ったんだよ。 合計三つだね」

「……」

 

義父さんは答えを渇望するかのように、私に視線を向けている。

 

「もう一つの書いてある字はこれだったよ」

 

私は、その字を二つ並べて書いた机の文字の、一段下の二文字の間に記載した。

義父さんはしばらくその字を眺めていたが、意味を理解したのか静かに涙を流し始めた。

あの子が自分の子供である事と、その母親が自分の事を愛し続けていてくれた事を理解できたからだろう。

 

私は下を向き、机に先ほど私が書いた文字もう一度見た。

 

橙 陸

 

 天

 明

 

橙日は日光の事を指すのだろう。夜が明けて日光が大地に注ぎ始める事、それを何というだろうか?それは『曙』もしくは『暁』と呼ばれる。

それと同じ意味を持つ単語として『天明』という物があるのだ。

まず間違いないだろうがあの子の真名がこれだとしたら、その由来がどこから来たのかは明白だろう。

太陽が昇り、大地を照らし出す。そんな名前を持つ子なんだ、あの娘さんは。義父さんと関係が無いはずがない。

 

私は席を立ち、お茶のお代わりを入れてくる事にした。義父さんが泣き止むまでの間、できるだけ時間をかけてゆっくりと。

 

「すまんな、取り乱した」

「いや、気にしないでいいよ」

 

お茶を入れて戻ってくると、義父さんは泣き止んでいた。表情にも翳りは無く、どこか晴れ晴れとしていた。痕跡として残るのは、真っ赤に充血した目くらいの物だ。

 

ところで、聞きそびれていたが。

 

「あの娘さんの名前って何て言うの? さっきの話の中にも母親の姓は出てこなかったし」

「あ、すまん。 既に知っているつもりで話していたな」

 

お茶を吹いて冷ましてから、ゆっくりと口に含み義父さんの言葉を聞く。

 

「あの子は、姓は羊、名は祜、字は叔子という」

 

その言葉を聞いた瞬間、お茶が気管に入り激しくむせた。

 

(ちょっ、井戸ダイバーかと思いきや羊公かよ! 三国時代末期の名将がなんでこの時代に既に生まれてるんだよ!)

 

私は咳き込みながらも、あまりにもありえなさ過ぎる現実に胸中で激しくツッコミを入れ続けていた。




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