誤字脱字等ございましたら、教えて頂きますと幸いです。
2013/9/6 13:30追記
郯州→兗州に修正。
一斉置換ミスです。失礼しました。
麦の収穫から十日ほど経ったある日、姉さんが州牧様に呼ばれた。何でも大事な話が有るから徐州の本拠である郯まで来て欲しいとの事だった。
私はというと、姉さんが出かけている間は空さんの家で飼っている猫ともどもお世話になっていた。空さんからは、「もう家の子になっちゃう?」なんてからかい混じりに聞かれていたが、謹んで辞退させていただいた。勝手にそんな話を受けたら、姉さんに泣きじゃくられる上に義父さんに怒られる。がっかりされてしまったが、やむを得ないだろう。家族にはなれなくてもずっと友達では居続けるから、とフォローしたが、凄く微妙な表情をされてしまった。解せぬ。
ちなみに義父さんはまだ戻ってきていない。先の賊討伐は大成功に終わったらしいのだが、今度は兗州との州境で賊が出たらしく、その足でそのまま次の討伐へ向かったと手紙が来た。修羅の国半端ねぇ。
しかし、そんなに軍事を担える人材が州にいないのか?義父さんも適正は文官だから、無難な指揮しかできないだろうに。そんなに続けて遠出を続けて、体を壊さなければ良いんだけど。
まあ今日帰ってくるらしいから、ゆっくりと休んでもらおう。
さて、本日姉さんが郯から帰ってきたので、久しぶりに家で一緒に夕食を食べた。猫にも食事を用意していたが、既に食べ終えて隅で丸くなっている。
「へえ、雒陽に新しい学校を作るんだ」
食後のお茶を飲みながら今回州牧様に呼ばれた理由を聞いたところ、上記の様な答えが返ってきた。
「うん。 とりあえず、数年間勉強して来いって。 費用も州で出してくれるみたい」
「へえ。 かなり良い話じゃない」
国費留学みたいなイメージなのだろう。確かに有為な人材に英才教育を施すのは重要だ。まして、海姉さんは重臣の子弟となるため、そのまま他領に引き抜かれる可能性が低い。
家族が次代を担う人材として期待されているのは、非常に嬉しい事だ。
「しかし、任官を命じられるかと思ってたんだけど、予想が外れたな」
義父さんとは、すでに姉さんなら十分に文官として州政に関わる事ができるだろうと話していた。そのため、今回の呼び出しは正式な任官の要請だと思っていたのだが。
もっとも、その時には空さんも一緒に呼ばれるはずか。義父さんがすでに空さんの両親に官吏として預かりたいと話をしていて、了承を得ていたはずだ。
「あ、断ったから」
「断ったの!?」
重臣の娘が、親の主君からの要請を蹴っ飛ばすってなんだよ!?ありえないだろ!?
「あ、違う違う。 あと数年は任官はできませんってお伝えしたんだよ。 ちゃんと時機が来たら仕官するつもりだよ」
「ああ、そういう事ね」
姉さんの言葉に少し安心する。陶州牧様は今でこそ年齢を重ねられて落ち着かれているが、元々は武官として功績を得て出世をしている。
そのためか、仕官要請を蹴った人物に対して、苛烈な処置を行った逸話が三国志(正史)では残っている。そのため、任官を断った姉さんに対しても投獄を命じられるのではないかと少し焦ってしまった。
……まあ、あの穏やかさを見るに呉書の記述にある、仁を持って政を行った人物という評の方が正しいのではないだろうか。陳寿乙。
「ていうか、時機って何さ? もう姉さんは文官として十分にやっていけると思うんだけど」
「もう、やだなあ。 麟君と離ればなれになるのが嫌だからに決まっているじゃない」
……いやいやいや。
「弟と離れたくないから仕官断るって何さ!?」
「だって、命に関わる事だよ。 そういう所はきちんとしておかないと」
「いや!?絶対にそんなにおおげさな話じゃないよね!?」
なんだよ、弟が近くにいないと死ぬって。何かの呪いでも受けてるの?
「まあまあ、落ち着こうよ麟君。 麟君も知っているでしょ?」
とりあえず落ち着くために深呼吸を繰り返す。おっけー。Koolになれ、私。
「あー、うん。 とりあえず落ち着いた。 で、何を知っているのさ?」
「私が任官すると、郯に住む事になるのは分かってるよね」
「まあ、そうなるだろうね」
義父さんが郯に勤める重臣であるため、姉さんも徐州内の地方勤務ではなく、郯で働くことになるだろう。そのため、政務を行うには郯の城の近くにいなくては駄目だろう。実際に義父さんも郯に屋敷を構えていて、この村と往復して生活している。
だから、姉さんも仕官すれば郯の屋敷で生活する事になる。
当然私はその認識でいた。
それに対して私は、糜家の持っている商家の経理で州内を行脚するだろうし、少なくとも成人するまではこの村の管理を行うために拠点はここに置く事になるだろう。ただ、私が任官すればこの家は引き払い、完全に郯に拠点を移す事になる。
なのでまあ、しばらくの間は離れ離れといえばそうなのだが。
「けど、なんだかんだで年に何回かは帰ってくるんでしょ?」
「けど、今は会いたい時にはいつでも会えるのに、その環境を手放す事になるんだよ?そんなの耐えられるわけないじゃない」
「いや、そこは耐えようよ」
「麟君だって、大好きな人と離れ離れになっちゃうと死んじゃうでしょ?」
「いや、死ぬ事は確定しないでしょ」
「え?だって、父様は母様が死んでいなくなってしまった後、何度も死にそうになったって言ってたよ?」
だから、大好きな人と離れ離れになると死んじゃうんだよね?
そう小首を傾げながら聞いてくる姉さんに対して、返す言葉を咄嗟には思い付けなかった。
脳裏には、前世で知っていた人々の顔。
死んでしまうほどの寂しさ。確かにそれは有り得るのかもしれない。そう思ってしまった。
「……まあ、そういう事もあるかもね。 けど、それは死んでしまうと二度と会えないからであって、生きているうちはそこまでいかないんじゃない?」
「え? 今回郯まで行く時、麟君が隣にいないと思うと胸が張り裂けそうだったよ。 だから、やっぱりあの時の判断は正しかったと思っているんだけど」
「あー……」
義父さん、ごめん。この私への依存はちょっと治せそうにない。さっさと信用できる男に嫁がせるとかした方が、良いんじゃないかな。
「……それよりも麟君」
そう一段低くなった声で私に話しかけてきた。
「当然麟君も私が居なくて、寂しくて死にそうだったんだよね?」
……笑顔って本来人を威嚇するための表情っていう説がある。
それが真実だと、わたしは心の底から実感した。目が笑っていないよ、姉さん……。
それから盛大にむくれた姉さんをなだめるのに一時間くらいかかったが、再び話を聞ける状態に戻った。とりあえず、精神安定のために膝の上に猫を乗せて軽く撫でる。うむ、良い毛並みだ。
「けど、その学校って太學とは違うの? 同じような設備がある以上、まとめた方が良いと思うんだけど」
これは純粋な疑問だ。州牧様も太學で学んで来られている以上、そちらへの推薦の方が自然な気がするんだが。
「なんかね、複雑な事情がありそうだよ」
姉さんの説明をまとめると、今回新しくできる学校は、現在大将軍の地位にある何進将軍により建てられるらしい。
太學が官吏を育成する学校の側面が強いため、武官を育成する学校を作るというのが理由だそうだ。……表向きは。
おそらくこれは将軍の手駒とできる人材を集めるためだろうと、州牧様は判断したらしい。
私と姉さんも同意見であり、ほぼ間違いないだろう。
何が複雑かというと、これが将軍の妹である何皇后を通して陛下に上奏されているという事だ。
皇后は今まで十常侍達の後ろ楯も行ってきた。それが、今回は将軍の意見を十常侍達に諮る事無くそのまま陛下へ上奏されたのだ。
それはつまり皇后が将軍側に付いたかもしれない事を示す。
そうならば将軍へのパイプを作る意味でも、今回作られる学校に子弟を入れておいた方が都合が良いという事なのだろう。
しかし、皇后が十常侍を通さず政治的動きをするっていうのは何か引っかかるな。
「とりあえず理解はしたよ。 それで実際に入学するのは姉さんと元龍?」
「え? あれ?今言わなかった? 断ったよって」
「……」
大きく深呼吸。良いか、落ち着け私。決して声を荒らげるな。猫が逃げかねない。
「え、えーっと。 仕官を断ったとは聞いたけど、学校の方も断ったの?」
「うん!両方!」
私は満面の笑顔で頷いてくる姉さんを見て、頭を抱えて突っ伏した。
あ、ありえん。扱い辛い人間と思われるかもしれないんだから、そういうのやめようよ!今後任官する可能性あるんでしょ!?
その私の様子を見て焦ったのか、姉さんが釈明を始めた。
「だ、大丈夫だよ。 州牧様だってそれを聞いて大笑いしていたんだから。 悪い印象は持たれていないと思うよ!」
「……とりあえず、帰ってきたら義父さんを労ってあげてね。 多分全力で州牧様に頭を下げているはずだから」
「うん。 遠征で疲れているはずだから、一杯くつろいでもらうつもりだよ」
多分出征の疲れよりも娘のやらかした事のフォローで精神的に疲れるだろうなぁ。
ご愁傷さまです。
胸中で軽く嘆息し、義父さんに同情する。
私も膝の上の猫を撫でて精神安定に努めよう。
そのまま、離れている間に有った事を姉さんが話し、私が聞き役に回る。
私が話せるのは空さんの家で過ごした事だけだしね。けど、それを話したときに姉さんが良い笑顔になってたのは何故だろう?
そんな風に雑談に興じていると、扉が開く音が聞こえた。
「お父様が帰ってきたみたい!」
姉さんは立ち上がり、入り口まで出迎えに行った。
私も膝の上にいる猫を腕で抱え、入り口へ向かう。
入り口には、予想のとおり義父さんが立っていた。
……ただし眠っている五、六歳くらいの幼女を抱えて。
眠っている幼女を抱えて。
姉さんもその光景を目にして、その場で固まっている。
え、いや、何?誘拐?いや、義父さんだしそれは無いか。隠し子?男やもめが続いていたわけだしその可能性はあるか。……有るか?娘に駄々甘な部分を除けば基本朴念仁の義父さんだぞ?ばれないように女を囲っているくらいなら後妻として娶るだろう。
そんな事を瞬間的に考えて、少し冷静になった。
「お父様の不潔!」
……姉さんは私ほど、冷静になれていなかったようだ。
泣きじゃくり自室へ向けて走り出す姉さん。
それを止めようと大声で呼び止める義父さん。
その声に驚き飛び起き、ぐずり始める幼女。
それを呆然と見ている私。
久しぶりに家族が揃った夜は、そんな風に非常に混沌としながら始まったのだ。
最後までお読み頂きましてありがとうございます。
作者は、陶謙は三国志で魏、晋に印象操作食らってると、そう信じておりますw
頑張れ陶謙。