真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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本編五十二話投稿です。

〆切を守れた。(守れば良いとは言っていない)
蓮華好きな方は閲覧注意かも。

もうちょっと書くペース上げたいなぁ。


第五十二話 Does Your Mother Know -汜水関攻防戦②-

 -冥琳(周瑜)-

 

 まだ辺りが薄暗い時刻ではあるが、私は雪蓮(孫策)と共に使っている天幕の入り口をめくった。途端に外の空気が中に流れ込み、思わず身を竦めてしまう。

 私達が江東でいつもしている格好では、流石に中原の気候は寒いので上着を何枚か羽織っている。寒さで体力を奪われて病にかかるのはまずい。遠征中の現在、まともに医者にかかる事はできないのだから。

 雪蓮も同様に上着を着込んでいる。動きづらくなる、と嫌がったが、断固とした態度で説得した結果受け入れさせる事が出来た。

 そうやって寒さに備えた格好をしているのに、まだ寒いとは。数年前に冬の西涼を訪れた時の方がもっと寒かったはずなのだが、同じくらいに寒く感じる。呉より北の琅邪国に居留している子方(糜芳)子瑜(諸葛瑾)がどう感じているのかが気になるところだ。

 そんな事を考えている私から、じりじりと距離を取りながら寝床に引き返そうとする隣に立つ雪蓮の腕を溜め息混じりに捕まえ、私達は外に出た。と、同時にそれは視界に入って来た。寒そうに手に息を吐きかけている雪蓮と共に、思わず足を止めて視線を上へ向けてしまう。

 

「本当に一晩で出来上がってるわね」

 

 呆れた様な、感心したような、そんな声を雪蓮は上げた。

 

「自分の口から吐いた言葉を嘘にしない、というのは美徳ではあるな」

 

 もし間に合っていないようなら、我々全員が困る事になっていただろう。そういう意味では安堵の息をつくべきか。

 

「確かにあの総大将様なら、こちらの準備が出来てなくても突撃を命じて来そうよね」

「流石にそれはない……と言い切れない辺りが恐ろしいところだな」

 

 皮肉気に唇を歪めながらそういう雪蓮に、私は苦笑で応じた。

 

「で、あれを使ってどうするのよ?」

 

 そう問いかけてきた雪蓮の表情を見て、私は胸中でため息を吐く。まだ機嫌を直していないのか。

 子方(糜芳)が一部の者以外に策の全容を秘匿しているのが、まだ不満らしい。

 

「というか、あんな目立つデカブツを作っておきながら、本当に正攻法になるの? 賊退治とは比べ物のならない大軍(おおいくさ)なのに、出番が無いとか嫌よ?」

 

 ああ、やはり自分が前に出るつもりか。心中で密かに納得する。

 一応、雪蓮か蓮華(孫権)様のどちらかは、誠蓮(孫堅)様の名代として、本陣待機のはずだが……雪蓮が大人しくするはずがないか。

 さりとて、蓮華様も初陣のため、本陣で待つよりも『前線で当主と共に戦った』という功を欲するだろう。なかなかに荒れそうな予感がする。

 

「それは大丈夫だろう。徐州だけで戦えるなら、わざわざ我らに声をかけたりはしないさ」

 

 それに関しては楽観的に考えても良いだろう。

『正攻法で戦う』と子方が明言したあの晩。子方はその場ですぐに策を語らず、それぞれの勢力の責任者が戻ってくるのを待ち、一部の者以外を伴わずに別の天幕に移って策を語り始めた。誠蓮様、趙国相(趙昱)、韓文役殿、それから私と叔子(羊祜)がその策を聞いている。本当に、伝えるの相手を最小限にした結果なのだろう。子方の右腕と言ってもいい、子瑜も聞いていない事からもそれが窺える。確かに軽率な人間だと周りの人間に策を吹聴しかねないし、その判断は正しい。正しいのだが、その選出から漏れた人間が疎外感を感じるのもしょうがないだろう。おかげでここ数日、この親友の機嫌は非常に悪い。

 

「しかし分かんないわね。 ああいう投石機を使って石を飛ばしても届かないから、他の連中はずっと挑発やら堀を埋めるのを繰り返してたわけでしょ? 確かに普通攻城に用いる物よりも大きいけど、結局届かないんじゃないの?」

「なんとかしてみる、とは言っていたな。 確実に届くかどうかはやってみなくては分からんとも言っていたが」

 

 そこはかとなく不安を煽るような言い方ではあるが、あまり心配するような事はないだろうと思っている。有言実行くらいは守るだろう。

 それにしても投石機か。攻城、それから野戦の際の援護をする兵器としては良く知られている物だろう。しかし、実際に石を狙った場所へ飛ばすためには高い技術力が必要となるため、用意出来る軍は限られる。今回参加している連合の中でも所持しているのはごく一部だろう。それに、通常は数を多く用意して一斉に打ち出す物なのだが、子方達は一台のみを作る事にしている。なかなかに興味深い物だ。

 

「ま、私は剣を振るう事が出来るなら何でもいいわ。 今日は悪い予感もしないしね」

「いつもの勘、か」

「ええ。 何となく、楽しい事が起こりそうな感じがするわ」

 

 先ほどまでの不機嫌そうな表情は消え、雪蓮は楽しそうな笑顔を浮かべた。相も変わらず気まぐれな事だ。もっとも、不機嫌そうにされているよりはずっと良いが。

 

「さて、それじゃ蓮華のところへ向かいましょ。 大人しく留守番をしておくように言っておかないとね」

「一応、誠蓮様は二人でよく話し合って決めるように言っていたのだが……まあ、お前なら前に出る事を望むか」

「当然! 私が前線に居たほうが適材適所って物でしょ!」

 

 それは間違いない。初陣の蓮華様と、曲がりなりにも兵を率いた事がある雪蓮、そして二人の過去の鍛錬の勝敗の数から考えても雪蓮が前線に出る方が適任だろう。

 

「冥琳は本当に残るの? 折角の機会でしょうに」

「ああ。 貴女と蓮華様、どちらが残るにせよ、私が補佐に入った方が本陣をまとめやすいだろうからな。 それに機会というなら、(陸遜)に経験を積ませる良い好機と言う事もできる。 私は次を待つさ」

「そう? ここまでの規模の会戦に参加できる好機が一生の内に何度も訪れるとは思わないけど」

 

 不思議そうにそう言う雪蓮へ、私は笑みを向けた。

 

「大志を持つ親友の隣に立っていれば、自ずとこういう戦いに身を置く事が出来る。 ならば焦る必要はまるで感じない。 そうだろう?」

「……ふふん、そこまで言われたんじゃしょうがないわね。 せいぜい扱き使ってあげるわ!」

 

 胸を張って上機嫌に歩き出した雪蓮に歩調を合わせ、今度こそ蓮華様の使っている天幕へ向かう。

 その様子を見て、完全に機嫌を直した事を確信し、心中で安堵する。雪蓮は誠蓮様に似て、その時の感情で戦い方が大きく変わる。要らぬ不覚をしないためには、こういう上機嫌でいてもらう方がずっといい。

 しかし、これからの蓮華様との話し合いで調子に乗りすぎないように、一言釘をさしておく事にする。

 

「分かってはいると思うが、力ずくというのは駄目だからな。 当主の一族が率先して規律を乱すのは許されないぞ」

「当たり前でしょ。 大丈夫、我に策有り、よ」

 

 自信満々にそう言う雪蓮に多少不安を感じないでもないが、流石に刃傷沙汰は自制するだろうと楽観的に考える。……自制するよな?

 

 ☆★☆

 

「というわけで、蓮華。 貴女が本陣に残って。 私は前に行くから」

「お断りします」

 

 蓮華様は、取りつく島もない、というのを体現したような硬い表情でそう返答した。

 はい分かりました、と唯々諾々と従う可能性はほとんど無かったのは分かっていたので驚きはない。驚くべきは、バカ正直に自分が前線に出る事を認めさせようとするこの親友の方だろう。

 策が有るとは何だったのか……。

 

「雪蓮様。 蓮華様は初陣です。 ここで功を立てて頂く事は、今後の孫家のためにもなるし、誠蓮様の意に添うと思うのですが」

「だから譲れって? 思春(甘寧)、それは関係ないのは分かってるでしょ。 あの鬼婆は自分の戦をするのに足を引っ張られなければ良いんだから、私達がどこにいて、何を担当しようとも文句は言わないわ。 意に添うも何もないわよ」

 

 誠蓮様はまだまだ働き盛りのご年齢。まだ娘へ家督を譲るつもりはないだろう。ならば、まだ娘達への功績を積ませるよりも目先の勝利にこだわるはずだ、というのが雪蓮の意見だ。

 確かに、娘達に勲功を積ませたいと考えているならば、ご自身が本陣に身を置き、娘二人を前線に出すべきである。そうしていないのだから、誠蓮様の意向は雪蓮の推測どおりなのだろう。

 

「それでも私は孫家の嫡流として、初陣を飾る必要が……!」

「ないわよ、そんなの。 孫家は孫武などと関係なく、母様が一代で築いた家よ。 今はまだ寒門の一つに過ぎないのだから、守らなくてはいけない家格なんてあるわけない」

 

 孫家当主、孫文台の奇才。それに支えられた孫家はまだまだ大きくなっていくのが簡単に予想できる。しかし、それに箔がつくようになるのは当分先の事だろう。そういった意味では雪蓮の言う事は正しい。

 しかし蓮華様にとって、それは異なる認識なのだろう。雪蓮とは違い、蓮華様が物心つく頃には既に誠蓮様は官職を持ち、孫家は大きくなり始めていた。蓮華様にとって、生まれた頃から呉郡で影響力を持っていた孫家は名家だという意識が強いのだろう。

 逆に雪蓮は、誠蓮様が苦労しながら家を大きくしていった事を幼いながらにも覚えている。そのあたり、蓮華様の持つ認識とは大きな隔たりがあるのだろう。

 

「極端に言えば、たとえ呉にいる事が出来なくなったとしても、母様がいるならば私達は必ず別の土地でも身を立てる事ができる。 何故か分かる?」

「孫家が『戦に強い』から……」

「そう。 そのためには孫文台は『名将』であり、『英雄』でなくてはならない。 だから、多くの勢力が集まっているこういう戦では侮りを受けぬために、万が一にでも躓く事が出来ないの。 ここまで聞いて、あなたは私よりも戦場で活躍できる自信があるのかしら?」

「……」

 

 雪蓮の言葉には答えずに、蓮華様は下を向いてしまった。それは雪蓮を怖がっている様子にも見えるが、実際には反論できる言葉を考えているのだろう。例え姉からの言葉であろうと、厳しい事を言われてそのままにしておくほど孫家の血族の気性はおとなしくない。

 

「とは言っても、私に言われただけではあなたも納得できないでしょ。 だから、孫家ではない第三者に決めてもらいましょ」

「お待ちください! 孫家の大事を他人に決めさせるなど、そんな無責任な事!」

 

 特に気負う物を感じさせないまま、軽く肩を竦めた後にそう言った雪蓮を、蓮華様は慌てて止めようとした。

 ああ、なるほど。これがさっき言っていた『策』か。

 

「そうは言っても、どんなに私が言葉を尽くしたところであなたは納得しないでしょ? 残念だけど時間が無限にあるわけではない以上、何らかの方法で決めなきゃ。 それとも真剣勝負で決める?」

「……分かりました。 決めるのは誰ですか? (黄蓋)粋怜(程普)ならば急がねば」

 

 流石に武の競い合いになると蓮華様にとって分が悪い。ならば、その人物が自分を選ぶ可能性に賭ける、といったところだろう。

 それはそれで正しい判断なのだろうが、今までの会話から雪蓮が何をしようとしているのかが想像出来ている私には、自分から落とし穴に嵌まりに行くようにしか見えない。

 雪蓮はふふん、と言いたげに口元に笑みを浮かべながら、声を発した。

 

「言ったでしょ。 『孫家ではない第三者』って。 その二人じゃどちらも条件を満たさないわ。 冥琳、誰が相応しいと思う?」

 

 やはり私に振ってきた。あえて話に加わらず、会話の流れを予想していた私は、溜め息を吐きそうになるのを堪えながら、準備していた言葉を発するために重たい口を開いた。

 

 ☆★☆

 -麟-

 

「で、仲謀殿は本陣でもなく、ここで待機する事になったと」

「いや、もう本当に申し訳ない」

 

 良いんだけどね、別に。雪蓮が私を振り回すのは、良くあることだし。今回は雪蓮以外にも犯人がいるし。私は手を合わせて頭を下げる公瑾殿へ、右手を上下にひらひらと振り、気にしないように伝える。

 横目でちらりと目を向けると、体育座りで私達に背を向けている仲謀殿と、それを何とか慰めようとしている興覇殿の姿が見える。

 

(しかし、どうやって慰めようかね、これ)

 

 この後、頑張って仲謀殿を励まさなくてはならない事を考えると、なかなか気が重い。

 思わず朝焼けに染まる汜水関へ向けて、遠い目をしてしまった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

・正攻法で戦う
正攻法(策を練らないとは言っていない)

・なんとかしてみる、とは言っていた
(作者が)なんとかしてみる。一応説明は考えてはいますが。

・我に策あり
細かい説明は次回かなぁ。

・雪蓮と蓮華
「母さまがいるならば」というのが表しているように、雪蓮は孫文台という圧倒的才能を持つ当主がこの勢力の中心であり、娘達でさえ取り替えがきく構成要素であると割り切っています。
それに対して、蓮華は母親だけではなく自分や姉妹も含めた、孫家が中心として勢力が作られているという認識を持っています。だから、母や姉に万が一の事があった時に備えるため、もし無かったとしても孫家を盤石とするために自分も功績をあげておく必要があるという考えをしています。
原作だと雪蓮も孫家を背負っているので、蓮華の考えに近づくのですが。

・『孫家ではない第三者』
上の説明の補足として。
雪蓮:孫文台を中心とした家臣団も含めた勢力
蓮華:孫文台とその一門衆
原作だと、母親が率いていた勢力の意味になるんですけど、この作品だとこんな感じで。

・次回
おそらく蓮華のフォロー回。

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