真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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本編五十話投稿です。

(作者にしては)早めに仕上がりました。
ええ、いつもこのくらいのペースでやれよって話ですね。

推敲してたら日付変わってました。やむを得ないので変則的な時間に上げてみんとす。


第五十話 Tiger -虎穴と虎児-

 ー天明ー

 

 停戦交渉の使者の務めを終えて連合軍の陣へ戻ってきた私は、愛馬の背から降りて手綱を引きながら陣中を歩き始めました。

 私くらいの年齢の者が引く軍馬としては立派すぎるのが原因でしょう、違う他勢力の兵達から視線を向けられるのを感じます。人から注目されるのが苦手な私としてはさっさと徐州勢の陣幕に戻りたいところです。

 

(残雪、見ただけで名馬って分かる風格してるからなぁ)

 

 残雪は青州の戦いの褒賞としてもらった涼州馬です。子義さんの黒王ほどではありませんが、黒っぽい大きな馬体に白い毛を生やした芦毛の馬で、黒い部分と灰色の部分が入り混じった姿をしています。お兄ちゃんが付けた名前ですが、残雪というのはよく似合っていると思います。

 そんな馬を私のような女児が引いているのだから、なおの事目立つのでしょう。

 中には隙あらば奪い取ってやろう、という不埒な考えが顔に透けている人もいますが、今は無視します。流石に後ろに屈強な兵を率いている人間相手に無茶はしないでしょう。

 

(けど、何で残雪で『仁』と『義』、『智』を備えた名馬になりそう』な名前なんだろ? お兄ちゃんの言う事は時々難解だよね)

 

 そんな故事有ったかな、と心中で首を傾げていると、どうしたのー、と言いたげな様子で残雪が顔を私の方へ寄せて来ました。何でもないよー、と声に出しながら、なだめるように鬣や顔を撫でてあげます。それだけで残雪は嬉しそうにもっと甘えてきました。

 お兄ちゃんに言わせれば、私とこの子は相性が良いらしいです。その言葉どおり、普段は人だけではなく、他の馬相手でも気難しい様子を見せるのに、私や(王虎)の前だと大人しく、時に子馬の様な振る舞いを見せます。軍馬としてはまずくないかと諌めてくる人もいるのですが、仲が良いのは良い事だ、と私は考えているので、積極的に構ってあげる事にしています。馬と信頼関係を持つ事も将に求められる資質でしょうし。

 そうしてしばらく歩き、ようやく徐州勢に割り当てられている陣地に辿り着きました。陣を守っていた衛兵の一人に残雪を預けて繋いでくるようにお願いします。名残惜しそうな様子の残雪に、また後でね、と声をかけてから離れ、私は天幕の入り口へと近づいて行きました。私は入り口の前に立ち、国相(趙昱)様の天幕に入る前に呼びかけました。

 

「国相様。 羊叔子、ただいま戻りました。 無事に使者の任を果たした事をご報告致します」

「ああ、入ってくれ」

 

 そう声がかかったので、遠慮をせずに入り口の幕を捲り、中に入りました。

 天幕の中には国相様とお兄ちゃんが居ました。二人の間に地図を広がっているところを見ると、今後行うべき事について話していたのでしょう。

 

「お疲れ様、天明(羊祜)。 首尾良く終わった?」

 

 私の方へと向き直ったお兄ちゃんは、私へ問いを放ちました。私はこくりと頷き、言葉を返しました。

 

「うん。 とりあえず十日間は停戦っていう事で纏めて来ました。 足りるよね?」

 

 交渉の成果を伝えると、お兄ちゃんはにやりと笑いました。

 

「上出来上出来。 それじゃ、発案者として総大将に報告を……」

「いや、それは私が行ってこよう。 子方(糜芳)、お前は孫家と馬家の面々を集めて作戦を詰めろ。 私よりもお前の方が適任だろう? 時間はできたとはいえ、無駄に使えるほどはないはずだ」

 

 腰を浮かしかけたお兄ちゃんを国相様が制止しました。お兄ちゃんは少し虚空へ視線をやって考え込んでいましたが、国相様へと向き直って拱手を組み、お願いします、と国相様へ頭を下げました。それを見て、国相様はおどけるように軽く肩を竦めました。

 

 ☆★☆

 

 国相様が天幕を出て行くのに合わせて、私達も天幕を出ました。この後、今回汜水関攻めを担当する三勢力を集めて軍議を行う必要があるので、歩きながら簡単に停戦交渉の場がどんなだったのかを説明します。もちろん、名前等の固有名詞は極力排除した上でですが。

 私が話した交渉の様子を聞き、お兄ちゃんは呟くように声を出しました。

 

「顔色一つ変えずに応対してみせた、か」

「普通は戸惑うよね、こんな物を突然出されても」

 

 そう応えて、私は自分の胴を軽く叩きました。そこには、お兄ちゃんから持って行くように頼まれた白紙が入っています。汜水関側の交渉担当者として出てきた文和(賈駆)さんはそれを一瞥して、私が意図を説明する前に、白紙委任状か、と問いかけてくるだけでした。

 

「私宛ての白紙が、ちゃんと届いてるって理解したからこそなんだろうけどね」

「他の将の様子を見ても、文……あの人の態度だけが浮いていたし。 ほとんどの人が怪訝そうな表情をしていたのに、無表情を貫いてたよ」

「内通を疑われかねないから、はっきりと顔色を変えるわけにはいかないし、周りと同じ表情を浮かべていたら白紙の送り手が自分ではないと私達に疑念を持たれるかもしれないからね。 器用な真似をするね」

 

 お兄ちゃんが全面的に交渉を委任している事を示す小道具として白紙を私に持たせたのは、文和さんがどんな反応をするのかを見たいからでした。本当に自分に白紙を送って来たのが文和さんと伯約(姜維)さんなのか、それを確かめたかったのでしょう。そういった意味では、お兄ちゃんの満足する結果を得られたのでしょう。

 

「私自身が見たわけじゃないけど、伯約さんは一瞬目を見開いて、すぐに怪訝そうな表情を作っていたみたいだよ」

 

 私は文和さんの表情だけに注目していたので、その様子を目にする事はできませんでした。その場に護衛としてついてきてもらった子源(臧洪)さんに後から聞いた話です。

 

「送り主は二人で確定。 それ以外に白紙の件を知る者は周りに無し、か。 二人に何か起きているのは確かだけど、これだけじゃ何とも言えないか。 やっぱり、偽名を使って私が行った方が色々と面白い反応をしてくれたかもしれないなぁ」

「国相様に止められたから仕方ないでしょ。 というか、偽名を使う必要性は特にないよね?」

「良くも悪くも、私の名前は世間に広まりだしちゃってるからね。 本名のまま行くと、天明と違って停戦でまとめられなかったかもしれないじゃない」

 

 お兄ちゃんが良くも悪くも名前を知られているのに対して、私はまだまだ無名です。徐州内でも、糜家の兄弟の義理の妹、としか知られていないでしょう。確かに、お兄ちゃんが行くと不必要に警戒されていたかもしれません。もっとも、文和さん達の顔色を観察するだけなので、そもそもお兄ちゃんが行く必要性が極めて薄いのですが。せいぜい文和さん達を驚かせるくらいでしょうか。この兄はそういう無駄な事に全力を尽くす事があるので、今回停戦を言い出したのも文和さん達をからかうためだと言われれば納得してしまいそうなのが恐ろしいです。

 

「けど、『士仁』っていうのはどこから来たの?」

「ん? ああ、単に私の真名からの連想だよ。 『仁を持つ士』ってだけ。 深い意味は無い」

 

 停戦交渉の様子を話し終えて情報連携をする必要の無くなった私とお兄ちゃんは、軍議が行われる天幕に着くまでそんな雑談とも言えるお喋りを続けました。

 

 ☆★☆

 

 挨拶をしながら天幕の中に入ると、呉の軍議用に使える天幕に三勢力の代表が集まっていました。趙国相様、文台(孫堅)様、文約(韓遂)様は本初(袁紹)様の元に行っています。なので、今この場にいるのは、見回りなどの雑務がない若手が中心となっています。若手だけではありますが、先にある程度方策を決める必要があります。どうも国相様達は、今回の戦いではあまり口を出さずに、次世代の人材を育てようとしている気がします。もちろん、問題が有るようだったら助言をしてくれるんでしょうが。

 私達が席に着くとすぐに始まった軍議では、侃侃諤諤と意見が飛び交っています。主に発言をしているのは孟起(馬超)さんと伯符(孫策)さんです。

 

「虎穴に入らずんば虎児を得ず。 一気呵成に汜水関を攻め立てるべきだ!」

「巣穴に立て籠っている虎を相手にどうやって攻めるのよ。 まして騎馬を中心に編成している貴女達だとすり潰されるだけでしょうが」

「そこは気合で何とかする!」

 

 意気盛んな孟起さんを相手に伯符さんが呆れたように応じました。

 

「それで何とかなっていないからこの膠着状態なんでしょう。 ただ闇雲に突っ込んでも何も得られる物はないわ」

「……公瑾殿、雪蓮(孫策)が極めてまともな事を言ってるんだけど、昨日から今日にかけて何か悪い物でも食べた?」

「いや、我らと同じ物を食べているはずだが……。 いや、昨日の深酒が残っている可能性は捨てきれないか」

「どういう意味よ!」

「日頃の行いだな」

 

 伯符さんに食ってかかろうとした孟起さんを制するように、お兄ちゃんと公瑾さんが伯符さんをからかい、場の笑いを誘いました。茶化す事で場の雰囲気を必要以上に悪くしないためでしょう。伯符さんの妹である仲謀(孫権)さんは真面目な軍議を茶化すような態度を取ったお兄ちゃんの方を見て眦を釣り上げていますが。私もその真面目な姿勢は見習った方が良いかもしれません。

 

「まあ冗談はさておき。 闇雲にぶつかりに行くってのには、私も雪蓮と同様に反対です。 孟起殿としても、母君より預かった兵を可能な限り無事に返す必要があるでしょう。 無理はなさらない方がよろしいでしょう?」

 

 気を取り直すように、お兄ちゃんがそう言いました。その言葉に言葉を詰まらせた後、孟起さんはしぶしぶと頷きました。

 確かに堅牢な要塞を相手に力攻めを行うと被害が大きくなるので、勘弁願いたいところです。さりとて、相手が出てこない以上攻城戦を行うのはやむを得ないと思うのですが。

 私がそう口にすると、お兄ちゃんは頷きました。

 

「そうだね。 挑発にも乗らないし、今のままだと力攻めによる攻城を行うしかない」

「それじゃ、どうするのよ?」

 

 伯符さんの問いに、お兄ちゃんは直接応ないで肩を竦め、一見関係なさそうな別の事を話し始めました。

 

「危地に身を置かずして大功を得る事はできない。 孟起殿の言葉は間違いではないんだけど、この言葉を班超が口にしたのって、もう虎穴に入った後で、虎を殺して虎児を得る以外に虎口を逃れる方法が無いって時だよね。 私達はまだそこまでの危地にいるわけではないし、他に方法があるなら無理矢理忍び込むのではなく、安全に虎児を得る方法を選びたいかな」

「ふん。 言いたい事は分からないでもないが、実際様々な勢力が虎を巣穴からお誘き寄せようとして失敗しているではないか」

 

 お兄ちゃんの言葉に仲謀さんが不機嫌そうに応じました。その言葉に怒るでもなく、お兄ちゃんは首を縦に振りました。

 

「そうですね。 挑発を繰り返しても汜水関に籠もる相手はまるで反応しなかった。 それどころか挑発をやり返されて、無駄に突撃をして大きい被害を受けたところもある。 同じ事をいくらしても無駄でしょうね」

 

 例えるなら、挑発は巣穴の前で盛んに銅鑼を打ち鳴らし、喧しさから虎が飛び出して来るのを待つ、といったところでしょうか。

 私がそれ以外の方法として思いつくのは、好餌を巣穴の前に置いて外に出てくるように誘い出すとかでしょうか。こちらは、韓信の用兵に近いかもしれません。どちらにせよ、警戒心の強い虎はその程度の事では顔を出してこないでしょうが。

 

「西涼でやりあった時の華雄だったら間違いなく出てきそうな物なのだけどね」

「上手い事暴れ馬の手綱を取れるのが居るんだろうね。 というか、雪蓮がそれを言うか。 巣穴の前に酒の詰まった瓶を置いておけばのこのこと顔を出して来そうなくせに」

「その上、しばらく待つと大虎に化けて、酔い潰れるところまで目に浮かぶようだ。 まったく困った物だ」

「……何か、随分貴方達仲良くなってない?」

「気のせいだ、気のせい」

 

 再び二人がかりでからかわれた伯符さんは、公瑾さんとお兄ちゃんを睨み、場には再び笑いが溢れました。

 お兄ちゃんはくつくつとしばらく笑っていましたが、表情を改めて再度言葉を紡ぎだしました。すっかり話の主導権を握っています。

 

「そもそもの話なんだけど、この虎の巣穴には虎児はいるんですかね? 苦労して入り込んでも骨折り損になるんじゃない?」

 

 仲謀さんは思ってもみない事を言われた、というように目を瞬かせました。

 正面に座る孟起さんと子泰(馬岱)さんも仲謀さんと同じように発言の意図を理解できていないのでしょう。怪訝そうな顔をしています。私はその様子を見て、心中で小さく溜め息を吐きます。

 

(そもそも、ここに馬氏の方々を呼んでる時点で、呼ぶ事を決めた人達は兵法書を曲解している気がしてならないんだよね)

 

 目を周囲にやると、伯符さんの隣に座る公瑾さんが気づかれない程度に少し眉をひそめています。その様子から察するに、私と同じような事を考えているのでしょう。

 そんな風に考えている私へ、笑いを含んだ声でお兄ちゃんが話しかけてきました。

 

「天明、説明できる?」

「うん。 お兄ちゃんが言ったように、おそらく汜水関には私達が欲しがっている虎の子は住んでいません」

 

 この故事を班超が口にした時の状況を考えると、班超の目的は、鄯善国(楼蘭)から北匈奴の影響力を排除し(よしみ)を通じる事でした。結果的に、鄯善国に滞在している時に偶然居合わせた北匈奴からの使者を斬る事で、服従というそれ以上の成果を得る事に成功します。つまり、班超にとって目的を達成するために『虎穴』に入り込む必要があったわけです。

 孟起さんの言ったように『虎児』を一戦における成功、勝利、勲功と考えるならば、汜水関を落とす事で得られる『虎児』は有ります。しかし、班超のように目的の達成を『虎児』と置くならば、この連合軍の『虎児』は帝を董卓軍から救い出す事です。後者の場合を考えると、お兄ちゃんの言ったように汜水関を落とすだけでは『虎児』を得られない事になります。汜水関、その先にある虎牢関、二つの関を落とす事でようやく『虎穴』である洛陽に足を踏み入れる機会ができるのですから。

 しかし、本当に二つの関を越えるしか洛陽へ到る道はないのでしょうか?

 

「ここに西涼の皆さんがいる必要は薄い、もっと言えば、ここに来るなら涼州に残って西方から長安や函谷関を窺う動きを本当はして欲しいんです。 その方が東側から洛陽へ向かう道中は苦労しなくなりますから」

 

 戦いの基本の一つ、自軍の集中と敵軍の分散。孫子でも触れている話です。

 通常、攻撃を行う側は攻撃地点の選択ができるため、守備を行う側より有利に戦うことが出来ます。本当に攻略したい目標地点を隠し、他の場所を狙っていると見せかける事で、守備側に兵を分散させなくてはならないからです。そうやって相手を小兵力に分散させた上で、こちらは兵力を集中させて攻撃して戦場の優位を作るべきだ、と孫子では説いています。

 今回の場合で言えば、あえて涼州のある西側から洛陽に向けて兵を動かす事で、董卓軍の兵力を分散させる事が出来たはずです。

 

「更に付け加えれば、西涼軍の行軍距離もおかしいんです。 どう考えても、一番苦労してここに辿り着いているのは西涼軍です」

「あー。 確かに漢水を下ってここに来るの大変だったねー」

「まあ、確かにな。 けど、西涼は遠いんだからしょうがないだろ? それを承知で呼びつけたんだろうし」

 

 私の言葉子泰(馬岱)さんは深々と頷き、孟起さんも意見を口にしながらも肯定しました。それも当然でしょう。中華の西端である西涼から移動してくるには結構な距離を踏破してくる必要があるのですから。

 ただ、孟起さんの言った言葉には間違いがあります。 先ほども言ったように、西涼が遠いというなら近くの長安を陥れる事を狙う事もできたのですから。更に更に、単独で長安を落とすのが現実的ではなかったとしても、道中でもっと現実に沿った別の手段を採る事も出来たはずなのです。

 

「漢水を下ってくる際に南陽を通ってきたと思うんですけど、そこから北上して頂いても良かったんです。南陽は現在袁公路(袁術)様が押さえています。 そこで合流する事は容易かったでしょうし」

 

 しかし、私のこの意見はお兄ちゃんから異議が唱えられました。

 

「本初殿がここにいる以上、公路殿もここに来ないで別経路から洛陽を目指すのは無理じゃない? あの二人、お互いに対抗意識が強すぎるから、近くにいて抜け駆けしないように見張り合わなくちゃ自分達が安心できないだろうし。 本当に南陽からの北上をやろうとしても本初殿が理由を付けて呼び出すだろうし、公路殿もこっちの動向を気にして集中できないでしょ」

「本当に、袁家の人間は難儀な性格してるわね……」

 

 お兄ちゃんの推測に、しみじみと伯符さんは呟きました。手を取り合って、共通の目標を達成するために動けないというのは、確かに難儀な性格かもしれません。

 私の意見に頷き、今日に至るまでの袁家の二人を見てお兄ちゃんの意見にも納得した様子を見せた孟起さんは、お兄ちゃんへ問いを投げかけました。

 

「けどそれなら、あたし達だけで南陽から洛陽へ向かっても良かったんじゃないか?」

「ちょっと話しただけだけど、公路殿の性格からしてそれも難しいんじゃないかな。 仮に洛陽近くまで迫っても、功績欲しさに要らんちょっかいをかけてくるだろうし、そもそも単独で自分の領地に組み込んだ場所を他勢力を闊歩させるとは考えづらいし」

 

 そう考えると、孟起さん達をこちらに呼び寄せたのも、わざとという事も考えられます。仮に孟起さん達が先に洛陽に入った時に、咸陽を得た高祖のような振る舞いをする事を恐れているのかもしれません。それはおそらく私達が迂回して別の場所から洛陽を目指す案を出しても同様に却下されるでしょう。せめて汜水関を落とせれば洛陽までの距離が縮まるため、時間がどうしてもかかる迂回案も承諾してくれるかもしれません。汜水関を落とす手立てが見えない以上、今はどんなに言葉を尽くしても本初さんが頷くことは無いでしょう。

 私は逸れていた話題を本筋、つまりどうやって汜水関を落とすのかという方向へ戻す事にします。

 

「話が逸れました。 結局また同じ話の繰り返しになってしまいますが、洛陽に入城して帝をお救いするまで戦いが続く以上、戦力を温存する必要があります。 そのため、必要以上に兵を損なう力攻めは極力行うべきでは無いと思います」

「しかし実際汜水関は我等の前に立っているのだぞ。 迂回出来ぬのなら、力押しでも突破を図るしかないではないか」

 

 仲謀さんが言ったように、結局のところ話はそこに行き着いてしまいます。どうやって汜水関を落とすのか、それも消耗を最大限減らした上で。

 私は、何か思いついているんだろうなぁ、とお兄ちゃんへ視線を送りました。それを受けて、お兄ちゃんは小さく肩を竦めて話を始めました。

 

「私は先人の知恵に習う以外に策を出せないよ」

「良いから、思いついているなら言ってみなさいよ。 冥琳が思いつかなければ呉郡勢(私達)は八方塞がり、馬家の方も特に名案があるわけじゃないんだし」

「ほほう、良いんだな。 聞いても後悔するなよ?」

 

 そこで一度話を切って、物凄く良い笑顔で口を開き直して。

 

「それじゃ、汜水関を正攻法で陥落させましょう!」

 

 そう宣いました。

 この場に居るお兄ちゃん以外の全員が一瞬沈黙した後、言葉の意味に気づいたのでしょう。つまり、正攻法は力攻めに似たり、と。

 天幕の中で、私を含めた全員の制止と発言の意図を問う声が、霹靂のように轟々と次々に発されたのは言うまでもありません。

 




最後までお読み頂きありがとうございます。

・『残雪』
雁の群れのリーダーの名前が元ネタ。人間以上に賢いですよね、あの雁。

・馬と猫
ノーザンテーストとか、競走馬と猫は仲がいい事が多いみたいですね。良いですね、実に良い。

・白紙
四十二話を参照の事。
どうでも良いが、投稿したのは一年前か。そうか、一年前か(震え声)

・士仁
中身は無し(笑)
麟はこの世界に来て、孟達、士仁、劉封の三人が存在しているかは即刻確認しています。
結果、士仁は居ない事が判明しています。
後の二人は……お楽しみに!

・班超
後漢書がまだ記されていないので、口伝にて言い伝えられています。
特に西涼とは縁が深いから、馬家もよく知っているのではないかと妄想。

・韓信
調虎離山は得意技です。

・馬家の移動経路
翠達が反董卓連合に参加しているのは原作より。
地図を見れば分かるのですが、とんでもない移動をさせられている可能性が高いです。
長安が史実どおりに董卓に占拠されていると想定しているので、長安→潼関→函谷関→洛陽という一番楽な経路は使えません。呂布や張遼達、并州騎兵も合流しているのでおそらく并州も勢力圏に組み入れており、山越えから并州に入って行くというのも難しい。
なので、文中にも書いたように、天水から漢水に沿って南下して漢中に辿り着き、そのまま東進していくのがおそらく現実的なルートかと思われます。
とはいえ、漢中へ入るのにも山越えが必要でしょうし、脱落者抜きで到着するには聞くも涙、語るも涙な大冒険が有ったのだと思われます。

・南陽郡
史実どおりに、美羽がどさくさ紛れに押さえました。ただし、史実とは違って孫堅が長沙太守ではないため、陽人の戦い発生フラグが折れています。翠達が北上すれば、キャスト変更で陽人の戦いが発生したかもしれません。
……演義も陽人の戦い無かったし、作者のせいではないっ!

・咸陽を得た高祖のような振る舞い
劉邦「函谷関を閉じれば、項羽に咸陽を渡さなくて済むぜ!」
項羽「ぶ っ 殺 す」
そりゃ、やられた方はぶちぎれますわな。

・正攻法
奇計などを用いない、正々堂々とした攻め方。定石どおりの方法。
ただし、野戦と違って攻城戦は仕掛るための方法がある程度決まりきっているので、正攻法以外の方法は難しくもあります。秀吉の水攻めとか、相当特殊な例ですよね。

・霹靂
雷の事。ここでは、雷鳴のような騒がしさくらいのイメージ。

また、以前から記載しておりますが、感想への即日返信は難しくなっております。
週末、休日の空いた時間にまとめて返させて頂きますので「はよ返せや、ごらぁ!」等と思わないで頂けますと幸いです。

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