真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

60 / 63
長らくお待たせしました。
本編四十九話投稿です。

資料の方を進めるといいながら、結局本編が先に仕上がりました。
当初予定していた内容からは大分遠ざかった、という印象。

何か華琳様の色ボケが酷い(笑)


第四十九話 Animals -犬と鳥-

-華琳-

 

「さて、貴女達は糜芳をどう見た?」

 

 先ほどまで上気していた肌を湯で清め、桂花(荀彧)の艶姿の残滓に茹だっていた頭も平静に戻った事を確認した後、私は春蘭(夏侯惇)秋蘭(夏侯淵)の天幕に入って開口一番にそう問いかけた。

 突然の私の来訪に、春蘭は慌てながら、秋蘭は落ち着いた動作で居住まいを正した。

 酒を飲んでいたのだろう。二人とも頬がほのかに色付いている。春蘭が私に呼ばれなかった事を愚痴り、それを秋蘭が慰めていたといった所かしら。そうだとしたらその健気な態度へのご褒美を考えておかなくてはね。

 

「か、華琳様。 わざわざお出でにならずともお呼び頂ければ……」

「今は桂花が寝ているから無理よ」

 

 そう答えた後、私は空いている席に腰を掛けた。

 私が天幕を出るまでは(しとね)で幸せそうな顔をしながら気を失っていた。服は着ていないが毛皮を掛けてきたから風邪をひく事は無いだろう。……少し激しくやりすぎたかしら。

 それにしても、相変わらずあの子はいじめ甲斐のある良い表情を浮かべる。思い出すだけで頬が緩みそうになるのを意志の力でねじ伏せる。

 しかしこの場にいる春蘭も、私の言葉を聞いて非常に良い表情を浮かべていた。悔しがるような、切ないような、折角落ち着いた身体の奥から、再びふつふつと色々滾ってくる堪らない顔だ。思わず手を出したくなるが、ぐっと我慢する。獣肉と同じように、数日待って熟成をさせた方が美味しく味わえるだろう。きっとその方が大いに乱れてくれるだろう。我慢よ、私。

 

「それで、貴女達は私の質問には答えないつもりかしら?」

 

 喜色を顔に出さないように気をつけて、あえて厳しい表情を浮かべてそう言葉を作る。

 

「は、はい。 糜芳についてですね。 えーっと……」

「同じ内容を華琳様のお耳に入れる訳にもいきませんので確認したいのですが、桂花は荒れていましたか?」

 

 とにかく言葉を作って一刻も早く私に答えようとする春蘭に対してまずは探りを入れてくる秋蘭。こんなところにも性格が現れるのが少し面白い。

 秋蘭の質問の意図は、桂花の糜芳への評価が否定的な内容だったかを気にしての事だろう。確かにあの子の話すような内容を二度も三度も聞く気にはなれない。

 

「ええ。 良い様にやり込められてしまったし、少し不機嫌そうだったわ。 『今度会ったらただじゃおかないわ!』と息巻いていたし」

 

 おかげで少しばかり力を入れて慰める事になったわけだけど、それで良かったと思う。糜芳の諷諫がなくとも、前々から男性を高官に就ける事について考えてはいた。兗州牧の地位にいるとはいえ、私はまだこの程度の地位では満足していない。より高みを目指していくのであれば官吏の数は必ず必要となるし、一郡を任せられるような有能な者ならばさらに希少性は増す。その席を私の好みの女性だけで埋めて行くのが理想ではあるが、流石に無理がある。当然目指しはするが。

 男を抜擢するにあたって差し障りがあるとすれば、私の右腕として政務を執る桂花との軋轢だろう。桂花が個人の感情で政務を滞らせるとは思わないが、相手側が桂花の言動に萎縮してしまう事は十分に考えられる。

 それ以外にも、あの子が男への物言いを改めない限り、このような問題の噴出はいくらでも起こりうるだろう。そういう事情が有ったので、他の勢力の人間が先じてそれを伝えてくれたのは渡りに舟だった。あとは私が糜芳の言に無言の肯定を示しつつ宥めすかせば、少しは男への当たりの強さを緩めることはできるのではないだろうか。駄目なようなら身体に教え込むだけなので、それはそれで楽しみが増える事になる。

 いつまでも糜芳に言われっぱなしで我慢できるような子ではないし、最終的には納得をしてくれる事だろう。

 

「なるほど。 ……少々考えをまとめる時間を頂いてよろしいでしょうか」

 

 そう問いかけてきた秋蘭に頷きを返し、二人が答えを返してくるのをしばし待つ。その間、使っていない器を手に取って酒を注いで喉を潤す。……これも上等な酒のはずだが、糜芳の持ってきた酒の味が記憶に有るせいか少し味気なく感じる。酒造の方法について書かれた本が書庫に有ったはずだし、領地でより上質な酒を作る事を試してみてもいいかもしれない。

 

「……犬、でしょうか。 主の命令無しで動こうとしないでじっとしているような。 ただ、何と言うか……」

 

 しばらく黙って考え込んでいた春蘭は首を傾げながらそうぽつりと呟いた。その様子を見るに、なぜそう感じたのか、自分でも理解できていないのだろう。

 ふむ、春蘭は動物に例えたか。この子は書に親しむ事がないため、故事を使って物事を語る事はないが、独特な感性を持ち、人に真似出来ないような思考を辿る事があるから侮れない。

 

「続けなさい」

「はっ。 ……しかし、こう、覇気が無いというのか、落ち着き過ぎているというのか」

「なるほど。 番犬か」

 

 自分で感じている事を上手く言葉に出来ない春蘭が何とか説明しようとしているのを聞き、私は先回りしてそう声を出した。

 

「貴女達と比べて糜芳は武の腕前は心許ないのでしょうね。 それで貴女達からすれば覇気が無いように見えてしまう」

「ああ、そうですね! 確かにそれで覇気が無いように見えたのかもしれません」

 

 なかなかに興味深い例えだ。やはりこの子の考え方は面白い。

 口元が笑みの形になるのを感じながら、私は更に口を開いた。

 

「春蘭。 貴女が戸惑っている理由にも察しがついたわ。 貴女は糜芳を自分自身や秋蘭に近い存在だと感じている。 だけど自分達と比較するには武力が無いせいか存在感が薄い。 そこに違和感を感じているのだと思うわ」

 

 この子達も性質的には犬に近い物がある。飼い主である私に忠実であり、献身的であろうとする。もちろん私にとっても可愛い臣下達だ。

 この子達を同じ様に犬に例えるとするならば、さしずめ春蘭は私が命じるか、相手を噛み殺すまで止まる事のない闘犬。秋蘭は私のために獲物を追い込み、狩りの手助けをする猟犬だろう。

 

「しかし華琳様。 先ほど糜芳の事を『番犬』と例えましたが、それはどういう意味でしょうか?」

「春蘭。 番犬の仕事は何か分かる?」

「は? それはもちろん、客でもないのに家に侵入しようとする盗人などから家を守るためです」

「では、そういった賊以外が家を訪れた時に吠えかかるのは良い番犬と言えるのかしら?」

 

 春蘭の言った事は正しい。人に懐き、必要以上に親しくする犬に番犬の役目は務まらない。しかし、誰かれ構わず吠えてくる犬もまた良い番犬と言う事はできない。

 

「猛々しいだけでは主人が招いた客もその家に入る事は出来ない。 その相手を入れても良いのか、追い払うべきなのか、その見極めが出来て初めて良い番犬と言う事が出来るのよ」

「宋の猛狗ですか」

「そう。 威を持って接するだけでは、誰もその家へ客として訪れる事はなくなるわ」

 

 途中で挟んできた秋蘭の言葉に頷く。

 酒屋であるならば酒が酸っぱくなるだけで済むかもしれないが、官吏、君主の場合は助言や諌めの言葉が耳に入らなくなる。そうなった時の不利益は計り知れない物となるだろう。

 そう言った意味では、秋蘭はともかく春蘭には番犬は務まらない。ただし、糜芳にも闘犬の役割は向かないだろう。もっとも、糜芳のあの態度が木鶏の境地に至っているが故であるのならば、闘犬も容易に務まるのだろうが……その可能性は低いだろう。

 

「あれ? そうなると今日の会談での桂花の態度は……」

「客に吠えかかる番犬の見本ね。 ただ、あれは私の指示だったから気にする必要は無いわ」

「そうだったのですか!?」

「そうだったのよ」

 

 噂の麒麟の化身を怒らせて、どういう反応をするかを確認し、為人を見極めたかったのだが。しかし、まさか怒りもせずに落ち着いて諷諫をされるとは思っていなかった。あれは私の意図を察した上でかわしたのでしょうね。ままならない物だ。

 

「秋蘭、貴女は?」

 

 私も糜芳について考察を続けているが、秋蘭の意見を言うように促した。

 秋蘭はそれを受けて一つ頷いた後に話し始めた。

 

「姉者の意見と少し似通ってしまいますが、やはり静か、落ち着いているという印象を受けました。 ただ、姉者は覇気の無さと感じたようですが、私は根がしっかりと張った樹木のような揺るぎなさを感じました」

「桂花の面罵を意に介さなかったのはそのためだと?」

「御意。 私や姉者の武への自信に近いのではないかと」

 

 この二人の武の腕前は一騎当千。それを揶揄されたとしても、武を振るう機会を与えれば簡単に払拭してしまうだろう。なるほど、糜芳が桂花の言葉に揺らがなかった根底にあるのは胸の内に根ざす自信と取ったか。

 二人とも糜芳の本質は自分に近いと感じたという事だろう。実に興味深い。

 秋蘭はそのまま言葉を続けた。

 

「糜芳にとっては、おそらく官吏としてあげてきた治績がその自信の根源でしょう。 治安の安定と収穫の増加、噂に聞くだけでも能吏と評価できます。 それに加えて領内の賊討伐でも戦功を上げています。 相手がろくに鍛錬をしていない賊とはいえ、被害をほとんど出さずに鎮圧をしている事は見逃せません」

 

 こんな時代だ。賊の跋扈を許さない戦の強さも官吏の資質の一つに数えられる。

 兵を率いる将として、民を安んじる事が出来る能吏として、そのどちらかを振舞う者はそれなりにいるだろう。しかしそのどちらも兼ね備えるとなると非常に数は限られる。その上、それで驕り高ぶる事なく自然体で居続けられるとなると更に減る。

 それらすべてを持ちあわせた、史書に記された人物の名を私は口にした。この名前を連想したのは、先の秋蘭の言葉を聞いたせいだろう。

 

「大樹将軍の風格か」

「流石に糜芳がそこまでの大器を持ち合わせているとは、私には思えません。 しかし糜芳の能力はともかく、為人を馮異と同じくするならば降る相手は限られるはずです」

「なるほど。 糜芳を臣下に組み入れるならば、彼を相手取って争う事を避けるべきだと言うのね」

「御意」

 

 流石秋蘭、というべきか。しっかり私が糜芳に興味を持っているのを察して的確な進言をしてきた。

 糜芳が大樹将軍ほどではないにしても、私は糜芳を臣下に手に入れたいと考えている。糜芳自身の民政の手腕に加え、糜芳の近しい人間もまとめて臣下に組み入れる機会が出来るのは非常に大きい。

 

「しかし先ほども言いましたが、糜芳が本当に大樹将軍と同じ考え方をするかは分かりません。 打ち倒した後に縄目を解き、その手を取る事もできるかもしれません」

「いえ、それは無いでしょうね。 糜芳は戦乱を楽しむ事を良しとはしない。 それは今回の申し出からも分かるわ」

 

 今回糜芳が私達に申し出た事。それは『兗州における物価の安定』だった。私達がしていた補給に関しての相談というのは一部のみ当たっていたわけだ。

 孫子でも語られているように、戦乱のある地域では物価が高騰する。それは今回の連合でも例外ではない。そしてそれは、近隣の州である徐州にも波及している。

 

「物価の安定は民の生活に直結するわ。 それが乱されるのを嫌った以上、自身の行動の中心を領民の平穏な暮らしに置いているのは間違いない。 それを乱す者が相手ならば、それこそ盗人を追い払う番犬のように振舞うでしょうね」

 

 犬ですら棒で打たれた事を忘れない。ましてそれが人なら語るまでも無いだろう。

 本当にままならない物だ。心中で溜め息を吐いてしまう。

 さて、聞きたい事は聞けた。そろそろ天幕に戻るとしよう。私は酒器を机に置き、小さく伸びをした。

 

「それじゃ、私は天幕に戻る事にするわ。 貴女達も早く休むようにね」

「あ、華琳様! もう一つだけお聞かせください!」

 

 私の秋蘭との話の間、ぽかーんとした表情を浮かべて黙っていた春蘭が私を呼び止めた。珍しいと思い、立ち上がろうとしていた体をもう一度椅子に下ろし、春蘭に顔を向けた。

 

「正直言って華琳様と秋蘭の話には着いていけなかったのですが、一つ疑問が有ります!」

「本当は理解して欲しいのだけど……言ってごらんなさい」

 

 真面目な顔をしながら話を理解出来なかったと宣言する春蘭に脱力しつつ話を促す。

 

「はっ。 糜芳も『民の平穏な暮らし』を望んでいるのですよね? それならば劉備達の目的と合致するのではないでしょうか。 劉備達と徐州が手を組めば、それなりに厄介になりそうな気がするのですが……」

「そうなる可能性は多いに有るわよ。 けど割りとすぐに喧嘩別れするんじゃないかしら」

 

 結構な確信を持って私は春蘭の質問に答えた。

 

「劉備の目的は『力無き民を救ってみせる事』。 糜芳の目的は『領民に安寧をもたらす事』。 この二つの違いは分かるかしら?」

「違いですか? ええと……」

 

 頭を抱えてうんうんと唸り始めた春蘭を見て、秋蘭は苦笑を浮かべながら私へ目配せをしてきた。

 私は小さく頷いて助け舟を出す事を許可した。

 

「姉者。 見ている範囲が違うんだ」

「範囲?」

「そう。 糜芳はあくまで『領民』を平穏に導く事を主眼に置いている。 それに対して劉備は『弱き民』を救う事を目的としている」

 

 秋蘭はそう言ったが、春蘭は理解できないようできょとんとした目をしている。

 

「糜芳が考えているのは、領内で生きる民達の安寧。 だから、今の状況ならば徐州を中心にして、精々近隣に位置する他州の郡くらいまでしか兵を動かさない可能性が高い。 仮に遠い益州や涼州で異変が有ったとしても、情報を集めるくらいで進んで兵を出すような事はしないだろうな。 もちろん、勅が下れば話は別だが」

「逆に劉備は『この中華に住むすべて』の弱き民を助けようとしているわ。 自身と関係の無い遠くの土地でも、凶事が起こったら迷わず駆けつけるでしょうね」

 

 私と秋蘭の言葉に春蘭はなるほど、と言わんばかりに何度も頷いた。

 更に私は言葉を続けた。

 

「そういった意味では、劉備に比べて糜芳の志が低いと言えてしまうかもしれないわね。 まるで天高く飛ぶ(おおとり)の大志と燕が持つような小志を比べた時のように、ね」

「ふむふむ。 それならば劉備達の方が優れているわけですか」

「いえ、そういうわけではないわ」

 

 勘違いをさせるような言い方をしたのは、当然わざとだ。間髪入れずに否定した事で、私が予想した通り春蘭は驚いた顔を作った。それを見て、私も小さく笑って言葉を続けた。

 

「確かに劉備の方が志が大きいと言えるのかもしれない。 だけど、本当にそれは実現できる志なのかしら?」

 

 これは劉備達から話を聞いた時からずっと持ち続けている疑問でもある。

 例えば兗州で何か変事が起きたとして、劉備はそれを解決できるのだろうか。いや、おそらく駆けつけて解決する努力は最大限行うだろう。しかし……。

 

「まだ義勇兵として放浪していた時は、志を同じくする者達しかいなかったのだから良かったのかもしれないわね。 しかし、劉備も今は領地を持つ官吏よ? 延々と出兵を続けるならば、その分の賦役を民に強いる事になるわ」

 

 そして、そうなった時に真っ先に反対の意思を表明するのは糜芳だろう。民に長々と要らぬ負担を強いる事を良しとはしないはずだ。もし糜芳が声を上げずとも、反対する者が必ず出てくる。そう、必ずだ。

 領土を奪うために行う戦役ならば、まだそういった声の主は納得を示すだろう。治める土地が増えれば、よほど痩せた土地でない限り税収が増え、税率を下げ、民達を安んじる事を検討できるのだから。

 それに加えて、官吏でいる間は他の土地で自由に兵を動かす事が出来ないという問題もある。黄巾の乱の際に、春蘭が孫策に借りを作った時の事を考えれば話は早いだろう。土地に縛られずに自由に大地を行き来できるのは、官吏では不可能だ。

 

「しかし、逆に劉備はそれを良しとは出来ないでしょうね。 自らの大義に背を向けるような行動は慎まなくてはならないから、自身の利に繋がる事は極力排除しようとするはず」

 

 王道を歩む難しさと言うべきか。民達からの支持を失えば、劉備は翼の一つを失うに等しい。優れた臣下というもう一つの翼が残るとはいえ、それだけでは羽ばたく事が出来ずに墜落するだろう。

 

「そういった理由から、糜芳は劉備に自重を強いるはず。 劉備が大人しくそれを聞けば共存できるのでしょうけど……」

「おそらく無理、でしょうね。 苦しむ民がいるのならば、目を閉じて知らぬ振りを決め込む事は出来ないでしょう」

「それで結局は糜芳とは決裂してしまう、と。 なるほど、そういう事ですか。 しかし華琳様。 仮に糜芳が妥協して、劉備に全面的に協力すれば話は違うのではないでしょうか」

「いえ、それは無理よ。 もっと現実的な問題があるから」

 

 現実的な問題、それは兵を養うための領内の民力だ。

 

「如何に優れた政を行おうとしても、働き盛りの男手を軍に取られると人手が足りなくなる。 そうなってしまうと、思うような成果は上がらないわ。 いずれは軍を支えることは出来なくなってしまう」

 

 高祖や武帝を思い浮かべると早いだろう。高祖が軍を維持する事が出来たのは、後方から蕭何が絶えず支援を続けたおかげ。武帝が匈奴を討った際の基礎も、文帝、景帝による治世で作られている。

 外戚と宦官達による苛性。そこから連鎖する様に発生した黄巾の乱、そして今回の動乱。いい加減に中華全体で民政に力を入れなくてはならない時期に差し掛かっているのだ。劉備が度重なる出兵を続けるのであれば、いつか必ず綻びが生じる。

 

「糜芳や諸葛亮、鳳統がどれだけ優れていようとも、この問題からは逃れられない。 いつかは兵を支えられなくなり自滅するわ。 その時に劉備を見限ってしまうのか、最後まで付き従うのかは分からないけど、どちらにせよ私達の敵にはなりえないわ」

「なるほど、よく分かりました!」

 

 ようやく納得したのか、春蘭はうんうんと頷いた。

 それを見て、私は今度こそ立ち上がり天幕を出た。

 身が竦む様な冷たい空気の中、私はあえて言葉にしなかった『私自身の糜芳の印象』を思い返す。

 概ねあの二人と同じではあるが、一つ気になる部分がある。

 

 頭に血が上っていた桂花は聞き逃したようだけど、今回の会合の中で糜芳は聞き捨てならない事を口にしていた。

 

『流石は乱世の奸雄。 清濁を併せ呑み、天地人を揃えて覇道を歩む事を望みますか』

 

 私がこの連合に集まった諸侯を見定めていると気づいた上での事だろう。

 乱世の奸雄、というのは私があえて世間に広めた噂だから特に思う所はない。

 しかし、その後に付く言葉は無視する事は出来ない。

『天地人を揃える』。一見何でもない言葉のようだが、私の元にいる人材の中でこれに関する真名を帯びている姉妹がいる。

 そしてその姉妹は、朝廷に弓を引いた過去を持っている。

 

(おそらく、今回の訪問に糜芳が来たのも、あの子達の事がばれているからよね)

 

 徐州において物価の高騰が発生しているのも、兗州でその対策をして欲しいというのも嘘ではないだろう。

 しかし今回糜芳自身が来た一番の理由は、張家の三姉妹を配下に収めた私に釘を刺す事だったのではないだろうか。

 いっそ分かりやすく財物でも脅し取ろうとしてくれれば対処が楽なのだけど、糜芳はそうしなかった。単なる俗物では終わらないという事だ。

 客観的な事実、そして今日対面した際に感じた圭角を宿さない為人から察するに、私も秋蘭の評価は正しいと思う。流石に大樹将軍ほどではないと思うが。

 より正確な推測をするためには、感情を表に発露した時の糜芳の姿を目にしたい。それまでは、糜芳の評価を保留にしておくのが正しいだろう。

 何とか糜芳をより詳しく観察する方法は無いだろうか、そんな事を考えながら、私は自分の天幕まで足を進めるのだった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

・桂花の艶姿
賢者タイムな華琳様。

・桂花の糜芳への評価
否定的な内容であったけど、丸々無視する事も出来ない事を言われたので、なおの事腹を立てています。

・番犬、闘犬、猟犬
犬に例えて評価する着想の元は「ダンシング・クレイジーズ」だったりします。もう10年前のゲームか。

・大樹将軍の風格
ここまで言ってしまうと過大評価。流石に麟があそこまで人格者に徹する事はないと思われます。

・糜芳は戦乱を楽しむ事を良しとはしない
正確に言うと、楽しみのためだけに徐州に攻め込んで来た相手に容赦はしない、でしょうか。
華琳の「戦を嗜む」悪癖が徐州に向けて発動すると、徹底抗戦になるでしょうね。

・兗州における物価の安定
孫子曰く「物資の調達の基本は現地調達。その方が色々と捗る」(超訳)
恋姫原作だとそういう描写は有りませんでしたが、多分あの近隣の集落では略奪やら、強制徴集やらでとんでもない事になっているはず。
徐州にも波及しているのは、商人達が儲けようと近隣州で軍にとっての必需品を買い、兗州で売っているからです。

・大志と小志
華琳の桃香についての考察は、歴史家が姜維の北伐について語る物に近いです。この華琳の評価は間違いを含んでいて、原作では桃香も領地の安定にも力を入れていましたし、本拠地を得るために蜀を攻めたりもしています。だから桃香が原作の様に振舞うのであれば、麟と共存する事は十分可能だと考えられます。
ただし、原作魏ルートでやったような、徐州の領民をすべて置き去りにして、自分と将兵だけで逃げる事を選択するなら、笑顔で殴りかかるでしょうが。そう考えると、民と一緒に逃げ出した蜀ルートの方がマシだったのか。あれはあれで、まあ、うん。
上の物価の安定と同じく、恋姫世界ではこの辺りは特に問題視されていないので、何やかんや上手い事やっている可能性は十分にありますが。

・張三姉妹
芸名そのままにしているんだし、黄巾党からの降伏兵から話を聞けばそりゃバレるよ(震え声)

ご意見、ご感想ございましたら記載をお願い致します。

また、以前にも記載したのですが、感想への即日返信は難しくなっております。
週末、休日の空いた時間にまとめて返させて頂きますので「はよ返せや、ごらぁ!」等と思わないで頂けますと幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。