真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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遅くなりましたが、四十七話を投稿します。
今回からタグに「無印要素を含む」を追加します。
そうじゃないと、今回の冥琳が手厳しすぎる……。

それにしても、当初書きたかった内容からかけ離れた内容になったなぁ。


第四十七話 Lotus Flower -蓮華評-

 頭が重い。昨日の宴会で飲んだ酒がまだ残っているようだ。胃の中身をぶちまけるような残り方をしていないのが救いだろうか。

 しかし、体調自体はここに来てから一番良い。昨晩口にした薬湯が効いたのだろうか。薬湯を差し入れてくれた子方(糜芳)に感謝しなくてはならないだろうな。酒が残っている状態で、体調が良いと感じるのは色々とまずい気がしないでもないが。

 残っている酒のせいか、油断すれば意識が余所に向いてしまいそうになるのを圧し殺し、私は連合軍の軍議に参加している。現在、眼前では趙国相(趙昱)が声を発している。

 

「……というわけだ。 本気でそろそろ何かしらの戦果を見せないと兵達の不満や憤懣が極限に達しかねない。 昨日のこの場で、次の戦いは我ら徐州勢と決まっていたと思う。 が、確実に成果を上げるために、我らに加えて孫家と馬家にも協力をしてもらおうと思う。 盟主殿、異論はございませんな?」

「……まあ、やむを得ませんわね。 いい加減この地の景色を眺めるのにも飽きた事ですし、さっさと汜水関を落として洛陽へ向かうと致しましょう!」

 

 言う程簡単では無いのだがな。

 盟主である袁紹の言葉に、思わず心中で苦笑する。顔を見ずとも隣に居る雪蓮(孫策)が白けた表情をしているのが分かる。調子の良い事を言っていると思うのは分かるが、表情には出さないで欲しいと思う。

 

「では実際の作戦行動にあたって、立案者より説明させて頂く」

「実際に動く三勢力と高唐勢の協力者で練った策ですから、私だけが立案者というわけじゃないですけどね。 ……立案者の一人、徐州莒県の長、糜子方です。 どうぞお見知りおきを」

 

 趙国相の方を向き、自分についての発言をやんわりと訂正をした後、改めて子方が挨拶をした。律義と言うべきか、細かいと言うべきか。大勢に注目されているにも関わらず、常と変わらぬ飄々とした態度に呆れてしまうが、思わず笑みを浮かべてしまう。

 

 昨日各勢力の代表者達が固めの盃を交わした後、実際にどう汜水関を抜くのかを話し合った。大筋は私と子方、高唐勢の孔明でまとめ、細部を皆で決めた。

 まず最初に、誰が汜水関に一番乗りしようが、将を討ち果たそうが『功は等しく分けあう』事を確認した。これは功を競い合うのは構わないが、協力すべき勢力間で足の引っ張り合いが行われたり、功を欲するあまり暴走してしまうのを防ごうという狙いがある。懸命に働かなくても功となるため、場合によっては消極的な行動を取る事も考えられるが今回は気にしなくて良いだろう。何せ、孫家と馬家には血の気の多い将がいる。わざわざ釘を刺さずとも勇んで戦う事だろう。徐州勢はどう動くのか気になるが、子方曰く『足を引っ張らない程度には動く』そうなので信じる事にする。

 

 その次に決められたのが……。

 

「ひとまず十日。 可能であればそれ以上の話を引き出して来ようと思います」

「……何を言っているんですの?」

「もちろん休戦についてです」

 

 今、子方が満面の笑顔と共に言った事だ。

 当然のように、袁紹はそれに食って掛かる。

 

「ふざけないでくださる!? この袁本初に負けを受け入れろと!?」

「話が飛躍しすぎですなぁ。 ……まあ許されるならこのまま兵を退いてしまうのが一番なのは間違いないのですが」

「何か仰いまして!?」

「いえ、何も。 さっきも『ひとまず十日』と言いましたけど、欲しいのは一時的な休戦です。 先ほど趙国相も口にしたように、現状では士気がいつ崩壊してもおかしくありません。 酒宴でも何でも良いのですが、兵達の士気を回復する事に努める必要があります。 そのための時間を得るために休戦したいんです」

「でしたらあなた方だけで戦ってくればよろしいですわ! その間、最初から戦っていた兵達には休んでもらえば解決……」

「仮に我らも戦果を上げられなかった場合、更に士気が下がる恐れがあります。もちろん我らも全力で勝ちに行く所存ですが、勝敗は兵家の常でしょう。少しでも負ける可能性が有る以上賛成できません」

 

 口調の荒い袁紹の詰問を遮るように、そして諭すように子方は笑みを浮かべながら答えていく。

 連合の兵達に慰労が必要なのは、昨日の宴の席でも話題に上がった。疲労もさることながら、それ以上に目立った戦果がなく徒労感ばかり感じる対峙となっているのが一番の原因だ。攻略が遅々として進まぬ事で、兵達に厭戦気分が高まってしまっているからだ。それを払拭するだけの勝利も、汜水関から敵が出撃してこない以上望むことはできない。現在城外に布陣している部隊を打ち倒そうにも、指揮官の統率力が高いのか、挑発に応じもしなければ、動揺する気配すら見せない。はっきり言って、汜水関から華雄が痺れを切らして飛び出してくる可能性の方が高い。確か城外の部隊を指揮しているのは西涼での戦いの時に出会った姜維といったか。子方が気にしていただけあって、なかなか有能な人物らしい。

 思索を打ち切って周りの様子を伺うと、袁紹以外は特に反対意見を述べる気配がない。他の士大夫達にしても陣内に漂う空気を感じ取っているのだろう。

 

「それに、袁紹殿達が戦線復帰するためにもある程度の長さの休養は必要でしょう?」

「は? (わたくし)達が?」

「……高唐勢に貸した兵達の傷を癒すために本陣から動いていないのでは?」

 

 訝しげな表情を作りながら子方はそう問いかけた。それを聞いた袁紹がしまった、と言うような顔をする。それは誰の目にも明らかな嘘であるが、それを理由に袁紹は出陣を拒否していたのだから否定する事はできない。嘘と認めてしまったら、今度はなぜ出撃しなかったのかを説明しなくてはならなくなる。それは袁紹としてもそれは避けたいだろう。

 子方も非を打ち鳴らすような言い方をせずに、さも信じているような態度を取っているのが地味に嫌らしい。袁紹としても嘘を責めるような口調であれば反発するのだろうが、相手が信じているような素振りならば嘘を吐き通す事を選ぶだろう。

 

「え、ええ、そうですわね。 確かに私達にも休息は必要ですわね」

 

 果たして明らかに動揺した様子ではあるが、袁紹はそう肯定した。

 

「では、休戦の交渉を勧めますが、よろしいですね?」

「・・・仕方ありませんわね。 た・だ・し! あまり長々と休戦するのは禁じますわよ!?」

「承知いたしました、ご了承ありがとうございます。 ついでに、休戦が成立した後にしておきたい事、それから盟主殿にやって頂きたい事もこの場で説明させて頂きます」

「準備? 私に何をさせるつもりですの?」

 

 今度は袁紹が訝しげな表情を作る。

 それに対して子方は一呼吸置いた後、言葉を発した。

 

「弔辞の準備をお願い致します」

 

 ・・・

 

 子方による休戦の提案が承認された後、軍議はすぐに終わった。いつもやっている軍議にしても、せいぜい次に出陣するのが誰かを決めるだけの場に成り果てていたので、それが既に決まっているのだから終わるのが早いのも当然だろう。

 兵達をまとめるに辺り、今後の事について少し相談をしておく必要ができたので、軍議が終わるとすぐに誠蓮様と雪蓮に声をかけた。

 天幕に戻った後、三人分の湯飲みを準備して席に着く。雪蓮は、昨日の宴会の終わり際に子方にねだり、貰ってきた酒瓶(子方が高いと言っていた甘蔗(さとうきび)の酒だ)を物欲しそうに見ながら、水杯に口に付けている。まだ日が高いのだから、当然飲酒の許可は出ない。誠蓮様と私も当然酒を口にはせず、それぞれ水や茶を飲んでいる。

 

「ま、昨日の話し合いで決まった通りに話を持っていく事はできたわね。 これでしばらくは待ちね」

孫呉(我々)はそうなるでしょうね。 徐州勢はこの間も働くわけで、少し申し訳なく思うけど」

 

 水杯で口唇を湿らせながらそう口にする雪蓮に誠蓮(孫堅)様も首肯で応じ、そのまま言葉を続けた。

 

「しかし『戦場に散った勇士をこのまま地に伏せさせておくのは忍びない』とはよく言った物ね」

「ええ、まったく。 初日の高唐勢の戦いで落命した者が大半ですので、兵を貸していた袁紹としても無関心ではいられません。 頷かざるを得ないでしょう」

「拒否をすれば兵を弔う気の無い無情な人と見られる、か。 虚栄心の強そうな袁紹には耐えられそうにない評価よね」

 

 誰かがやらなくてはいけない事なのに、誰もやらなかったために散乱したままとなっている屍。それを徐州勢で片付けたいと子方は申し出たのだ。さらに礼に則り葬儀を行い、きちんと魂魄を還すべきだ、と。その葬儀の主には、この連合の盟主である袁紹にお願いしたいと口にした。確かに妥当な人選だろう。むしろそれ以外の人物を指名した場合、要らぬ面倒を抱え込む事になりかねない。

 おそらくは、これも士気を上げるための一計なのだろう。兵達にとって、死んだ後の家族がどうなるのかは心配事の一つ。『死んだ者にも丁重な扱いをしてくれる』将帥ならば、『残された家族も手厚く守ってくれる』に違いない、兵達にそう思わせるつもりなのだろう。それだけの事で兵達は励む事ができる物だ。単純ではあるが、重要な事でもある。

 

「あの言い方なら、袁紹から要らぬ恨みを買う必要もないでしょうね」

「おそらくは。 事実はどうあれ、表向きは『連合軍全体の士気を回復する』事と『袁家が戦いに出られるように兵達の傷を癒す』ために休戦を提案したわけですから。 しかも袁紹の嘘も理由の一つとしています。 恨みようもないでしょう」

 

 子方は軍議の場では連合軍と袁家の兵のためである事を理由に休戦を主張していたが、当然別の思惑を持っている。昨日子方自身が語っていたが、徐州勢に行軍の疲れを残したまま董卓軍と相対するのを嫌ったというのが一番の理由だ。連合軍や袁家だけの事を考え、休戦を提案したわけではないという事だ。

 とは言っても、連合軍全体に益がある事も事実なので、わざわざその事で目くじらを立てる者はいないだろう。

 後は、騎兵が万が一にも屍に足を取られる事を防ぎたいというのも有るだろうか。馬家も加わっているため、騎兵戦力を有効に扱う事は戦力の充実に直結する。音に聞こえし西涼騎兵が今さらその程度の事でどうにかなるとも思えないが、少しでも可能性が残るならば潰しておきたいというところだろう。

 まあ本当に騎兵を有効に使うためには、相手を汜水関から引きずり出す必要があるのだが。

 

「けど、休戦交渉が不首尾に終わったらどうするのかしら?」

「それはそれで構わないのだろう」

 

 雪蓮の呟きに、私はあっさりと答えた。

 確かに休戦は相手の同意があって初めて成り立つ。仮に拒否をされれば前提が崩れるわけだが、子方はそこまで相手の同意にこだわってはいないと思う。

 

「屍の収容は盾を構えて矢を防ぎながら行えば良い。 あまりに汜水関に近い屍は無理だろうが、ある程度までは回収できる。 それで良しとするつもりなのだろうな」

「ん? けどそれなら……」

「ああ、はっきり言って無理に休戦を押し通す必要は特にない。 休戦にならなかったとしても予定通りに屍の収容は行うだろうしな。 その間はどちらにせよ戦闘は行えないだろうからな」

「何よそれ!?」

 

 素頓狂な声を上げる雪蓮に思わず笑ってしまうが、説明が足りないままだと機嫌を損ねかねないので、言葉を続ける。

 

「あくまでも、休戦云々を言い出したのは味方に向けて休め、という意思表示をしたかったのだろうな。 そうする事で悪目立ちする事なく徐州勢も休む事ができる」

 

 味方に何も話さずに遺体の収容をして戦闘をしなかったとすれば、怠けていると思われかねない。しかし事前に行う予定を宣言しているならば、そういう非難を避ける事ができるだろう。

 その間も徐州勢は完全に休めるわけではなく、屍の回収のために動く事になるが、直接敵兵と切り結ぶのに比べれば消耗は比べられないほど軽い物になるだろう。いざとなれば複数の隊に分け交代制にして、休む時間を作る事もできる。

 

「けど、骸の収容は休戦になっていた方が確実に楽だし、交渉に手を抜く事はないでしょうね」

「まず間違いないかと。 しかし、我らからすれば休戦に成った時と成らなかった時、どちらの場合でも動き方を変える必要はないでしょう。 袁紹が見栄を張り続ける限り遺体の回収は続くでしょうから、どちらにせよ時間は作れます」

 

 むしろ我らにとって重要なのは、そうして出来た時間で何をするかだろう。時間の空いた今の内にやっておきたい事を片付けなくてはならない。

 

「得られる時間は、我らにとっても重要な物となるはずです。 これを機に物資の調達や士気の底上げをしておきたいと思うのですが」

「冥琳、お願い」

 

 私に仕事を丸投げしてきた幼馴染みを、思わずじろりと流し目を送る。しかし、まったく堪えた様子もないので、すぐに止めて溜め息を吐く。まあ最初からそのつもりだがな。

 

「雪蓮。 冥琳の手伝いをしなさい。 あまり根を詰めさせ過ぎて倒れられても困るでしょう」

「むう、確かにそれは困るわね。 しょうがないから兵達の調練は全部任せてくれて良いわよ。 休戦中に規律を緩めて士気を上げるのは良いけど、緩みすぎないように適度に締めておく必要も有るでしょ?」

「ああ、そうしてもらえると助かる」

 

 元より本気でもなかったのだろう。誠蓮様からの言葉に、雪蓮は素直に頷いた。

 折角仕事を手伝ってくれるというのなら断る必要もない。特に雪蓮は内政に関してはともかく、軍事に関しては全面的に信用できる。良い塩梅にやってくれるだろうし、遠慮なく頼む事にする。

 

蓮華(孫権)にも手伝わせましょうか?」

「いえ、蓮華様はずっと気を張り詰めておいででしょうし、今は休んで頂いた方がよろしいかと」

 

 蓮華様は今回の出征で功績をあげようと思うあまり、どうもやる気が空回りしてしまっているように感じる。例えば、必要以上に巡回を行おうとしたり、戦場へ偵騎を頻繁に出しすぎていたり。肩に力が入りすぎているのは明らかだ。ちなみに、今も思春(甘寧)を連れて陣の見回りに出ている。

 あまりにも将が姿を見せる回数が多いと兵達の気が休まらないので、適度に目こぼしする事も重要なのだが。あまりに兵達に疲れを溜めすぎると実戦で実力を発揮できなくなるし、不満が溜まっていくので加減を見極める必要がある。万事において真面目にこなす蓮華様だけに、やりすぎないか少し心配だ。

 

「あの子は戦場に慣れていないから仕方ないと言えば仕方ないでしょ。 その辺りの加減の仕方は経験積まなきゃ難しいし」

「まったくもってそのとおりなんだがな。 もっとも、蓮華様は内を治める才に長けているわけだから、軍事を配下に任せてしまえば必要以上に戦場に慣れなくてはならない理由も乏しくなるんだが」

「蓮華自身が望んでいる以上何度でも連れ出すわよ。 実際安定した治世のためには太守自身も戦場を駆ける場合もあり得るわけだから」

「ま、当然と言えば当然よね。 領地が豊かになれば略奪のために賊が押し寄せる事も考えられるし、その時に人手が足りなければ太守自身が兵を率いる場合も十分にありえるんだから。 いざその時に兵を率いる事ができません、なんて許されないわよ」

 

 とはいえ、今の呉の陣容を考えれば蓮華様が直接兵を率いる必要性は薄い。そう断言できるくらいには呉の人材は充実している。

 個人的な意見としては、蓮華様に領地経営の責任者になってもらい、軍事の最高責任者として雪蓮を就けるのが最適では無いかと考えている。雪蓮にもそう相談した上で誠蓮様へ意見の一つとして進言している。内政の一点についてだけ語るならば、雪蓮より蓮華様の才が優る。時間が経たなければ結果が見えてこない内政は、腰を据えてじっくりととりかかる必要がある。それは雪蓮が苦手とする分野だけに、蓮華様に期待がかかるのも当然だろう。雪蓮は民達と交わり話を聞く事は好きなので、民心を慰撫する事は真面目にこなせる。しかし、堤を作ったり開墾地を広げたりする時間が必要な物に関しては、結果が出る前に他の事に興味が移ってしまう。

 蓮華様が文官と共に内を栄えさせ、雪蓮が兵を率いて外に領地を広げていく。孫家の領地を栄えさせるにはその体制が一番だろう。目の前にいる二人が、現在治めている呉郡よりも支配地域を増やしたいと考えている事は、今さら確認をする必要もない。

 もっとも、その新しい体制を実現するためにはまだまだ時間が必要だろう。現当主の誠蓮様はまだまだ働き盛りで引退などしないだろうし、蓮華様はまだ経験不足。順調に行けば少なくともあと十年は今の体制が続くだろう。それまでの間に蓮華様が経験を積み、領地経営を任せられるのにふさわしい器を備えてくれれば良いのだが。母と姉が戦で無類の強さを誇るためか、蓮華様自身も同じようにあろうとする気持ちが強すぎるきらいがある。自分が二人に優る部分もたくさんあると自覚してくれれば多少は違うのだろうが、今のままでは少し物足りなく思う。

 私がそう口にすると、二人とも首肯した。

 

「将来的には分からないけど、今は焦らずに経験を積んで欲しいというのは同感ね。 どんなに望んだところで私や雪蓮になれる訳ではないのだから」

「私や母様が健在の内は、色々な戦場に連れ回して慣れさせるくらいで丁度良いんじゃない? 無理させてもしょうがないし」

「しかし、本人が無理をしていると自覚しないまま焦って気負っているように見えるのですが……」

 

 私がそう懸念を口にすると、再び二人は頷いた。ただし今度は少し苦い表情を浮かべながらだが。

 

「結局のところは、最初の問題に突き当たるわけよね」

「経験不足、ね。 こればかりは時間をかけないとしょうがない事よね」

「師事に値する、良い先達が呉に居れば良いのですが」

 

 私達が蓮華様になって欲しいと望んでいる役割は、おそらく『宰相』が一番近いのだろう。しかし、現在の呉の陣容は、将と軍師には恵まれているのだが政務の専門家である宰相になれるような人材はいない。私や弟子の(陸遜)が兼任という形で動いているが、思考の比率は内政よりも軍事に偏りがある。後方に控え、前線を支える役割に徹する事ができるほど、穏やかな気性をした孫家の臣下はいない。だからこそ、蓮華様にその役をと期待しているわけだが。

 

「いっそ麟に預けてみる?」

「それも一つの手かもしれないわね。 ついでに婿として連れて帰ってくれば一石二鳥だし」

 

 それも一つの方法だろう。

 子方は必要が無ければ兵を用いる事を嫌い、使う時にも自身より軍事に秀でた者に指揮を委ね、自分は後方で前線を支える役をする事が多い。まさに、私達が蓮華様に望んでいる姿に極めて近い。そういう事を学んで来てもらえるなら、蓮華様を子方に預ける甲斐は十分にあるだろう。

 さらに、徐州で独自に行っている内政の方法なども併せて学んできてもらえるなら、孫家が受ける恩恵はさらに大きくなる。

 しかし、婿云々に関しては難しいかもしれない。子方本人はともかく、徐州の陶州牧とその腹心達が許さないだろう。それくらい、徐州における子方の影響力は大きくなっている。

 まあ、内政を学ばせるために子方に蓮華様を預けるのは良いのだが。

 

「逆に、蓮華様が徐州に行ったきり戻ってこれなかったらどうするのですか?」

 

 この時勢だ。子方本人はともかく、徐州官吏すべてが清廉潔白な為人をしているとも限らない。そのまま拘束される事も有り得る。

 

「どうするって……どうしようかしら?」

「考えてから同意しなさいよ。 鬼婆」

「……喧嘩を売っているのかしら。 馬鹿娘」

「お二人共です。 もう少し考えてから物を言ってください」

 

 思わず額を押さえながら、今にも喧嘩を始めそうな二人に対してぼやきを口にしてしまう。二人とも性質(たち)が似ているせいか、ふとした拍子に一触即発という空気になるのは切実になんとかして欲しい。

 しかしこの争乱が終わった後の事を考えれば、近隣に位置する州であり、黄巾の乱から逃げた民達を吸収して飛躍的に人口が増えている徐州の重要性はますます増していく。現在は商業のみの交流に留めているが、今後はより様々な連携を取れるように、関係を深めておく必要がある事は前々から考えていた。雪蓮の言葉は思い付き(おそらくはいつも通りの勘)だろうが、私も誰か派遣する事で繋がりを強めておく事は考えていた。それが主君の娘であり、いずれ孫家の中心となる経験を併せて積む事ができるならば願ったり叶ったりだろう。

 いざという時の逃走経路を準備し、徐州から呉までの道のりを突破する際に力を発揮できる将を護衛として一緒に派遣すれば、ある程度は安全を確保する事ができるだろうか。

 しかしそうやって人を派遣している間は、残った人間で仕事をやりくりするしかなくなり、全員が今より忙しく仕事に終われる事になるだろう。さらにこの戦いが終わった後、呉近隣の領地を攻め取りにかかる事になる。あまり兵を率いる事ができる人間を郡の外に派遣したくはない。それらの問題を何とかできる方策を思い付けば、蓮華様の徐州入りのための根回しをすぐにでも始めるのだが、なかなかままならない物だ。

 目の前で額を突き合わせて互いに挑発を始めた二人を止めるため、一時的に思考を止める。私以外にこの二人を止める事ができる人材も見つけておく必要があるか。

 心中で小さくため息を吐きながら、どうやって止めた物かと私は痛み始めた頭を眉間を揉む事で和らげようとするのだった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

・冥琳の態度
無印の慇懃無礼モード準拠です。
とはいえ、母、姉が生きているので、成長途上の蓮華の事を心配している感じです。
この状態のままで当主の座に就く事になると、物足りなさに歯がゆく思うようになって、ああなってしまうのかなと。

・休戦
感想で言い当てられた時はドキッとしました(笑)
これは当初から予定していた流れです。

・高唐勢に貸した兵の傷
嘘に対するマジ返し。やられると本当に言葉に詰まるんですよね。。

・次に出陣するのが誰かを決めるだけの場
そりゃ、作戦方針が「華麗に雄雄しく」だけなわけですし。他に決める事なんざございません。

・ねだり、貰ってきた酒瓶
根負けして譲る事になりました。
そして、同じようにメンマの壷をねだって持って帰った名将も居たそうな。

・葬儀による士気の底上げ
葬儀は儒家にとっては重要行事の一つ。この辺りを疎かにすると、人心が一気に離れたりします。
現代日本の自衛官が戦傷者となった場合でも、遺族年金や弔慰金などで、遺族を守る法律が定められています

・冥琳の蓮華への評価
手厳しい(笑)
ただ、史実で孫策が生きていた場合にはこういう体制で領地を治めようとしようと考えていたのではないかと考えています。
ちなみに、蓮華が妙に入れ込んで色々と力が入りすぎているのは、初陣の際に声をかけてくれた一刀の存在が無いからです。呉ルートでの一刀は、蓮華の精神安定剤の役割が大きかったと思うので。

・宰相不在
二張、諸葛瑾、歩騭、魯粛が徐州に仕えてるしねぇ。
呉の内政を任せられる人材が徐州出身に偏りすぎているのが悪い。そりゃこの作品の主人公はヘッドハンティングに乗り出すよ。

・徐州の立ち位置
農産物の安定供給、移民難民の受け入れで人口が大きく増えています。
この時代では人口=生産力と言い換えられるので、今後大きく発展する下地ができているため、物が見えている人間は注目しています。

ご意見、ご感想ございましたら記載をお願い致します。

また、活動報告にも記載したのですが、感想への即日返信は難しくなっております。
週末、休日の空いた時間にまとめて返させて頂きますので「はよ返せや、ごらぁ!」等と思わないで頂けますと幸いです。

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