内容は有って無きが如しですが。
次話への繋ぎ回です。
朱里可愛いよ、朱里。
お姉ちゃんは徐州、それも琅邪国の勢力に属するため、桃香様をはじめとした高唐勢のみんなから警戒されていたようだった。北海で私達の力を削ぐ事になった原因であるし、冀州での黄巾本隊との戦いに参加できなくなった遠因でもあるからだろう。
その事を丁寧に説明した
しかし、お姉ちゃんは落ち着いた表情で非常に慇懃にみんなへ挨拶をしたので、みんな気を許したようだった。けれども、私と黄里の二人は良く分かっていた。落ち着いた表情の下で、お姉ちゃんが怒りを抱え込んでいる事に……。
思い当たる節は……有りすぎて困る。
諸葛家の誰にも相談せずに、先生の私塾から出奔して心配をかけた事。
出奔した気まずさから、徐州の実家へ一通も無事を知らせる手紙を送らなかった事。
礼節を非常に大事にするお姉ちゃんが激怒するには、一つでも十分過ぎる。しかし、しょうがないのだ。黄巾の乱という中華の歴史においても未曾有の大反乱が発生し、力の無い人達が蹂躙されている現状に我慢をする事ができなかったのだから。家族に心配をかけたのは申し訳なかったが、出奔自体に後悔はしていない。……義兄さんには少しずつでもお金を返していこう。
しかし自分で決めた出奔とはいえ、怒っているお姉ちゃんの姿を見ると気が萎える。徐州勢の陣地に到着するまでの間、屠殺される家畜の気持ちってこういう感じなのかなぁ、とぼんやりと思ってしまった。
そして、お姉ちゃんが使っているという天幕に入るなり正座をする事を命じられて、お説教が始まった。
ただ、流石に黄里を付き合わせるのには忍びないと思い、お説教が始まる前に妹が同行するに至った経緯を説明した。
黄里は、私と雛里ちゃんがこっそりと私塾を抜け出したのに気づくなり、先生へ事情を説明して私達を追いかけ、そのまま一緒に出奔をした。もっとも、黄里は先生の許可を受けての事だから、私達とは違うわけだが……。
黄里が私と雛里ちゃんの出奔に付き合う事になったのは、私達に武の心得がない事と、警戒心が薄かった事が影響している。姉としては
姉の威厳?そんな物、桃香様達に出会うまでの旅の間に粉々に砕け散りましたよ。雛里ちゃんと二人で、どれだけこの妹に迷惑をかけたと思っているんですか。
そんな理由なので、流石に一緒にお説教を受けさせるのは忍びない。威厳は粉々に砕け散ってはいるが、私が姉である事には変わりがないのだから、何とか庇おうと試みる。
その説明が功を奏したのか、黄里の正座は免除された。しかし無事を知らせなかったのは同罪だから、お説教は一緒に受ける事になった。
ちなみに黄里が知らせなかった理由は、私がもう知らせているかと思っていたとの事だ。……ごめん、情報連携って大事だね。
そのまましばらくお説教が続き、足の感覚が感じられなくなってから大分時間が経過した頃、天幕の外からお姉ちゃんを真名で呼びかける声が聞こえた事で中断する事になった。知らない男性の声だが、お姉ちゃんがそんなに何人もの男の人に真名を教えるとも思えない。
「藍里、入るよ」
そう断りを入れてから入ってきた人は、大人の男性だった。しかし、幼い頃に出会った顔の面影があり、それが誰かはすぐに分かった。
「義兄さん。 どうかしましたか?」
お姉ちゃんがそう呼びかけた事からも分かるように、私の義理の兄にあたる、糜子方さんなのだろう。最後に会ったのが私達が私塾に入る前なので、随分久しぶりに会う事になる。その時にはまだ随分と幼さが残っていたが、今ではすっかりと大人の男性の姿となっていた。
懐かしさや親しみ、その他諸々の感情が溢れ出て来て、思わず彼の顔をまじまじと見つめてしまった。
「ちょっとお仕事かな。 もう少し後で手伝って貰えると助かる……って、そっちの二人は朱……はわ子さんと叔起さんか。 久しぶりだね」
「はわわ! 待ってください! ちょっと待ってください!!」
「お兄ちゃん、お久しぶりです」
「黄里もさらっと流して返事をしないで! 真名が、私の真名が違いましゅ! 何で途中まで正しい真名を言いかけて、言い直しましたか!? はわわ! 心底不思議そうにきょとんとした顔をしないでくだしゃい!」
姿こそ大人になっているが、このすぐに私の事をからかいだす性格は紛れも無く義兄さんだという事を確信してしまった。物語とかであるような、感動の再会の場面への期待を返して欲しい。
わざわざ呼びかけた真名を訂正して、不名誉なあだ名で呼びかけてくるのはからかうためだと理解しているが、反応せずにはいられない。このまま放置すると、この不名誉極まりないあだ名が定着しかねない。今後も全力で否定していく所存です。
義兄さんはからからと楽しそうに笑った後、ごめんごめんと謝ってきた。
「まあ冗談はさておき。 久しぶり、朱里」
「ええ、お久しぶりです。 ……何で最初からそう呼んでくれないんですか」
「久しぶりに会った妹とのふれあいの時間を持ちたくて、というのが建前で本音は弄ると楽しいから」
「それ、本音は言う必要ないよね!?」
「可愛い義妹に隠し事は良くないって考えたんだ」
「何でも開けっ広げに伝えれば良いって物でも……はわわわ! い、今可愛いって言ってくれましたか?」
「ん? 朱里は可愛いだろ。 子豚と同じくらいには」
「比較対照が微妙すぎます! 女の子に対して失礼千万です! せめて子猫とかと比べてください!」
「お前が猫と比べてもらえると思っているのか!?」
「はわわ!? 怒られる意味が分からないよ!?」
喧々囂々と義兄さんと言い争いを繰り返す。
別に私も義兄さんも本気で罵り合っているわけではない。言わば挨拶がわりにじゃれているような物だ。それが分かっているから、お姉ちゃんも黄里も止めないのだろう。やれやれ、と言いたげな様子で私達を眺めているのだろう。
久しぶりではあるが、私をからかおうとする義兄さんとの会話が弾む。何だかんだで、義兄さんとこうして馬鹿馬鹿しい話をするのが私も好きなのだろう。
ひとしきり言葉の応酬を続けて、二人とも口を動かすのを止めた時、義兄さんは小さく溜め息を一つ吐いて私と、隣に座る黄里の頬に手を当てて、軽く摘まんだ。痛みを感じないくらいに緩く、力がほとんど込められていない。
「それだけ反応できるようだったら、特に心に傷を負うような目には遭わなかったようだね。 二人とも、無事で何より」
「えっと、心配しました?」
「そりゃ、ね。 このご時世に武に自信があるわけでもない女の子だけで旅をするとか自殺行為だし」
改めて言われると、相当危険な橋を渡っていたと再認識できる。
心配かけちゃったなぁ、と少し凹む。隣では黄里も神妙そうな顔をしている。
「まあ、私はともかく藍里にはきちんと謝っておくようにね。 仕事に手がつかないほどに動揺してたんだから」
義兄さんが私達の頬から手を放しながら発したその言葉に、思わずお姉ちゃんの顔をまじまじと見つめてしまう。
少し顔を赤くしてそっぽを向くお姉ちゃんを見ると、改めて申し訳なさが頭をもたげてくる。
「あの、お姉ちゃん。 心配かけてごめんなさい」
「ごめんなさい。 藍里お姉ちゃん」
黄里と二人でお姉ちゃんへ向けて頭を下げる。
「別に、私が勝手に心配しただけですし、謝罪は無用です。 そ、それよりも義兄さん。 何かご用があったのでは?」
少し焦ったように話題を変えるお姉ちゃんを見て、可愛いなぁ、と少し胸がほっこりする。
こんな事を考えているとバレると、追加でお説教が入りそうですが。
「……ああ、そうだ。 別に朱里
そのお兄ちゃんの言葉には色々と言いたい事はあるけど、今はぐっと我慢する。先程までのように、私(と黄里)へ明確に話しかけてきていたのではなく、お姉ちゃんに向けた言葉へ、私が先に反応するわけにはいかない。お説教の時間が延びる。いい加減お腹が鳴りそうだし、高唐勢の陣地へ戻りたい。
……感覚の無くなった足が治らないとそれも叶わないのですが。いい加減足を崩しては駄目なんでしょうか。
「そうだ。 朱里達も一緒に来る?」
「はい?」
予想もしていなかったお誘いの言葉に、思わずそう聞き返してしまう。
「だから、客が来るし同席しない? 私達は情報が欲しいし、そっちも他勢力との連携に苦労しているなら糸口を作れるでしょ」
「良いの、お兄ちゃん? 邪魔にならない?」
「構わないよ。 ただ、間違いなく酒が出る場になるだろうから、少しは飲まされるかもしれない事は覚悟しておいて」
黄里と義兄さんの会話を聞きながら、私は頭の中で素早くこの宴に出る利害を考える。
色々な可能性を考えはしたが、最終的にそれは願ってもない事だと判断を下す。私達高唐勢は、参加している諸侯の中では領地が最も小さい。それに加えて、税率を抑えている上に民政への投資割合が多い影響で軍備が随分と見劣りする。
勢力が小さいとどうしても侮られてしまうため、私達が単独で他の諸侯と繋ぎを持つ事が難しい。ただでさえ戦況が微妙で、他勢力との協力が不可欠となりそうなのに、伯珪さん以外に信頼できる勢力が無いというのは流石にまずい。
そういう孤立寸前とも言える状態なので、事態を打開できる可能性を秘めた義兄さんの提案は渡りに舟と言える。
義兄さんが主導して客を迎えるというのも大きい。罠や甘言である可能性は極めて低くなるし、現状それなりに名声を得ている義兄さんからの紹介なら、来るというお客さんも私達を無下には扱えないはずだ。
「是非、是非お願いしましゅ!」
「了解。 それじゃ藍里、酒とつまみの準備を手伝って。 二人もこちらへどうぞ」
「あ、私は桃香様達にご飯要らないって伝えてくるよ。 すぐに戻ってくるね」
「はいよー。 あ、誰か連れてきてもいいけど、洒落の分かる人の方が良いかも。 多分、生真面目な人だとお客さんの性格に耐えられないと思うし」
「……来る相手が物凄く不安になったのですが」
「藍里も会った事あるから大丈夫だって」
「それを聞いて、不安が不穏な感情に変わりそうです」
そんな言葉を口々に話ながらお姉ちゃんと黄里は立ち上がり天幕を出ていきました。
座ったままの私の姿を見て、義兄さんは不思議そうな表情をした。
「どうしたの? 行かないの?」
「あ、足が痺れて動けないんです。 治ったら追いかけますから、先に行っても……あの義兄さん。 何でそんな『良い事を聞いた!』と言いたげな驚き顔の後に、ネズミを見つけた猫のような笑顔を浮かべられると不安になるのですが。 はわわ! 後ろに回り込まないでください! 駄目です、触っては駄目です! お触り禁止です! 乙女には気軽に手を触れてはいけないという鋼の掟を適用……! ちょっ、待っ……! 聞いてくださいー!!」
私の大声での制止も空しく、義兄さんは私の痺れた足をこれでもかと弄くり回してくれた。
意味を為さない音の羅列が口から漏れ出て、天幕の外まで響き渡った。
最後までお読み頂きありがとうございます。
・公開吊るし上げの場
攻略に失敗した諸侯に対して、名族様がヒステリーを起こす場。
原作では、汜水関の戦いを速攻で終わらせたのでそんな場面は無かったが、不利な戦況になると八つ当たりを始めそうなイメージ。ただし、袁家はまだ出撃しない。
・高唐
現在の劉備達の領地。青州平原国高唐県の令が現在の劉備の官職。史実でも一時この役職に就いていました。原作でのいきなり太守を任された状態よりはマイルドな出世ですが、史実では県尉からキャリア開始なので、十分早い出世といえます。
・雛里の説明
口下手がプレゼンしようとして、本当に伝えたかった部分ではなくインパクトの有った部分だけが意図せず聴衆の心に残る事ってままありますよね。ええ、私がよくやる事なのですが。
・金銭の援助
実は二人の学費については、藍里が自主的に麟に少しずつ返しています。奨学金を保証人に返させるようなイメージでしょうか。
・屠殺される家畜の気持ち
ドナドナを聞かされた時の気持ち。
・黄里の出奔
姉と姉の親友の様子がおかしい事には数日前から気づいており、密かに荷造りをして水鏡先生に相談していました。なので朱里は知りませんが、水鏡先生も朱里達の出奔には事前に気づいており、黙認という形を取っています。
・旅の間の黄里の二人へのフォローの例
幽州へ向かう馬車と騙されて、人買いの馬車に乗せられそうになっているところを助ける。
目立つ制服を着たまま旅をしようとする二人に呆れる。
旅の間の食料として日数ギリギリの分しか買おうとしない二人を説得し、倍の量の食料と、日持ちする非常食を買わせる。
等々、書物の知識ではなく、経験が必要となる場面で大活躍していました。
人買いの馬車云々は、原作で雛里が町に出たがらなかった事からの妄想。トラウマになってるんじゃね?という事で。
・子豚
可愛い(真実)
ただ、比べられたら微妙ですよね。ちなみに、作者が朱里を動物に例えるなら、リスやハムスターの小さいげっ歯類に例えます。
・劉備軍の勢力
正確に言うと、独自勢力として参加してきた諸侯の中では一番小さい、です。
原作では、太守であっても物資が足りなかったそうな。
リソース割り振りは民政を最優先する辺りが劉備軍クオリティ。原作でも、馬買う金が無くて軍備を十分整えられないと朝議で話し合っていた事を思い出しました。無印だったかな?
・繋ぎを持つ事が難しい
これも原作でちょっと語られていましたね。発言力が無い、という言い方でしたが。
・お客さん
さて、度数の強い酒を準備しようか。
・お触り禁止
はーい。踊り子には手を触れないでくださーい。
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