真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第四十話投稿します。

一日遅れましたがorz

とりあえず、今回で北海戦および黄巾の乱は終了となります。
次からは何進暗殺、十常字殺害、董卓乱舞の流れになります。
主人公達徐州勢は反董卓連合辺りからの絡みになるんですがw


第四十話 Time after time -終わりの始まり-

 正体不明だった相手へ使者を出してから数時間後、軍議に使うための大きめの机に座りながら報告書を書いていた私に彼らが到着したと報告がありました。ここまで来るように伝えて、机の上を片付けます。

 そうこうしている内に子源さんが現れて、一緒に椅子や白湯の準備をしたりしました。

 そのまま待つ事数分。徐州兵達に連れられて四人の人物が陣幕へ入ってきました。

 彼らも兵を率いてきたのですが、方陣の外で待たせています。

 

 私はそこで初めて彼らの容姿を目にしました。

 

 一人目は、桃色の髪を後ろに流し、羽の意匠の髪飾りを着けた女性。顔を少し青ざめさせています。

 

 二人目は黒髪で、私と同じように横で長い髪を結っている女性。 意思の強さを感じさせる目は憂いの色を見せ、口唇を少し噛み締めています。

 

 三人目は、とんがり帽子をかぶり、すみれ色の髪の毛を頭の横で二つに結った女の子。顔色が良くないのは桃色さんと同じですが、彼女はさらに悪いです。具体的には、今すぐにも倒れてしまいそうなくらい。

 彼女の体調のためにも、さっさと話し合いを終わらせてしまった方が良いでしょう。

 

 四人目は、茶色にも見えるような黒の短い髪で、日の光を反射しているキラキラした服を着た男性。

 一緒に来た女性陣よりも落ち着いているように見えますが、目線だけで周囲の様子を伺っているところを見ると抜け目がないと見るべきでしょうか。

 

 彼らの観察を終えた私は、四人に私の向かいの席へ着くように言いました。

 さて、それでは交渉の始まりです。

 

 まずは、私が口を開きました。初対面の相手と話す時に最初にする事。

 もちろん挨拶です。

 

「こちらの招きに応じて頂き感謝致します。 私は徐州琅邪国が莒の県尉、羊叔子と申します。 隣にいるのは私の副官の臧子源です。 差し支えなければ、あなた方のお名前を教えて頂いてよろしいでしょうか?」

 

 思わぬ物を見た、と言いたげに目の前にいる四人は目を見開きました。

 おそらく私が思いの外、丁寧な挨拶をした事に驚いたと言ったところでしょうか。

 彼らの様子を見るに、私達が問答無用で叱責して罰すると予測していたのでしょう。

 それはそれで間違いではありません。いかなる理由が有ったとしても、攻撃を受けた私達はそうする権利を有しています。まして、官軍と義勇軍という立場の違いすら有るのですから。

 

「えっと、劉備玄徳です。 あの、間違えたとはいえ攻撃しちゃってごめんなさい!」

「桃香様が悪いのではありません! あれは私と鈴々が……!」

「愛紗。 それは後にしよう。 俺は北郷一刀。 北郷が姓、一刀が名前で字は無いよ。 桃香……劉備と一緒に義勇軍の長をやっている。 それにしても君みたいな小さな女の子が軍を率いているとは驚いたよ」

 

 最後に私へかけられたその言葉に、私は彼の顔を無表情にじっと見つめました。

 数秒その姿勢を維持し、彼が居心地悪そうにたじろいた瞬間、彼の隣に座る女の子へ視線を向けて呟きました。

 

「……小さい女の子」

「あわわ……、違いましゅ。 私は今でこそ小さいですがまだ成長するんでしゅ。 タケノコも驚くくらいににょきにょきと急成長するんでしゅ。 だから参謀をやっていても良いんでしゅ」

 

 あわあわし始めた彼女の様子に、彼はしまったと言いたげに顔をひきつらせました。

 そのまま彼女を宥め始めそうな彼らから視線を外し、先ほど劉玄徳殿を止めようとした黒髪の女性へ視線を移して、『お名前を頂戴しても?』と伺いました。

 

「あ、ああ。 私は関羽雲長。 劉玄徳の義妹であり、義勇軍の将だ。 ……先ほどは失礼した。 罰するならば、桃香様ではなく私を」

「愛紗ちゃん! 罰を受けるのは指導者の仕事だよ!?」

「いえ、桃香様。 貴女はこんな所でいなくなってはならない方です。 実際に戦闘に及んだ私こそ罰されるべきでしょう」

「それでも!」

「とりあえず、どうするかは話を聞いてから決めますので、死罪を与える事を確定済みかのように話を進めるのはやめてください」

 

 お互いに罪を被ろうとする主従を呆れ混じりに押し止め、最後の一人へ目を向けます。

 彼女は北郷殿に宥められているのにも気づかず、ぶつぶつと『そう、これは仮の姿なんでしゅ。 いつか蛹から蝶に変わるように誰もが羨む体型になって……』などと口にしています。

 体つきについて、結構気にしていたのかな。

 私の発言が発端となっているので、少し反省をしながら改めて彼女へ声をかけました。

 

「お名前をお伺いしても?」

「……あわわ、失礼致しました。 私は鳳統士元でしゅ。 義勇軍で参謀をやっていましゅ」

 

 彼女は我に返り、私へそう返して来ました。噛んでいる事は流した方が良いのでしょう。彼女も恥ずかしそうにしていますし。

 さて、ようやく全員の名前を確認する事ができました。

 

「それでは、色々とお聞かせ頂けますか? まずは、何故あなた方がここに居るのかについて。 劉家軍といえば、幽州を拠点に活動していると行商人達の噂によく上がっていると記憶しています。 それが何故青州まで?」

「えっと、私達は白蓮ちゃん……幽州牧の公孫賛殿の下で客将として戦っていたんです」

「ところが、どうやら名声を得すぎてしまったようで。 伯桂殿の立場を(おびや)かしかねなくなったので、幽州から出る事にしたのだ」

「それで、冀州で黄巾達の勢力が膨れ上がってると聞いたから、冀州に入ったんだけど」

「青州に黄巾の一団が乱入して、青州軍が敗北したと聞いて、急いで青州に入ったんでしゅ」

 

 口々に言う彼らの言葉を聞き、青州に来た理由は把握できました。

 なるほど。言い方は悪いが、幽州から追い出された状態なわけですか。

 お姉ちゃんよりも、お兄ちゃんを糜家の次期当主に据えようとするのと似たような考えをする人達が幽州にも居たという事でしょう。

 

「それで青州に入ってすぐに、黄巾達に敗北して追撃されている兵達を見かけたのだ。 彼らを助けて事情を聞いたところ、うちの参謀二人が北海や東莱が危機に陥っているかもしれないと言い出してな。 急遽救援に来たのだ」

「黄巾達が青州に入ったのは、食料が足りなくなったからです。 だから、まだ襲っていない地方に向けて進むだろうと思ったんです。 なら、最初に狙われるのは北海になるんでしょうけど、青州は先の敗北からまとまった数の兵を集める事ができないです。 だから、私達の力が必要になるんじゃないかと」

 

 関羽殿と鳳統殿の言葉を聞き、彼らが東進してきた理由もこれで理解する事ができました。つまり、私達を助けに来ようとしていたわけですか。

 どうやって北海がもう安全だと告げようか迷っていると、関羽殿から逆に私へ質問がされました。

 

「失礼だが、あなたは先ほど徐州の官吏と名乗ったわけですが、何故徐州の官吏が青州で軍を率いているのかをお尋ねしても?」

「別に構いませんよ。 黄巾の討伐軍を起こすにあたり、治安維持まで手が回らなくなりそうだと青州側から徐州に打診があったのです」

「そのための増援として徐州からわざわざ来たわけか」

「そうなります。 ちなみに、先ほど関雲長殿と一騎討ちをしていた方も同様です。 彼女は、陽都の丞になります」

「……あれほどの剛の者で県丞に過ぎぬのか。 なかなかに徐州は人が多い」

 

 関羽殿は、感心したようにそう呟きました。隣に立つ子源さんが少し誇らしげなのは、子義さんが褒められたからでしょう。

 

「しかし、それでは何故貴女方はここに居るのですか? 今は青州にとって火急の時のはず。 青州の治安維持のをするのであれば、こんなところに居るべきではないのでは?」

 

 少し咎める様に口にする関羽殿に対して、どうした物かなぁと心中で嘆息する。とは言っても伝えないわけにもいかないので、私が口を開こうとした瞬間、鳳統殿が口を開きました。

 

「あ、あの県尉様。 お伺いしたい事が有るのですが」

「はい、何でしょうか」

 

 出鼻を挫かれてしまった事はおくびにも出さず、鳳統殿にそう促しの言葉をかける。

 

「先ほどの愛紗さんの言葉にも繋がるのですが、貴女は一体何処からここにやってきたのですか?」

「雛里、それは先ほど……」

「おそらく、貴女の考えているとおりだと思いますよ」

 

 鳳統殿の意図を読み損ねて、止めようとした関羽殿。それを無視して、私は鳳統殿へそう言葉を返しました。そして心中で鳳統殿の評価を上方修正。思っている以上に、この人は聡い。私の治安維持という役目を聞くとすぐに、私が北海からここに来た事を理解したのでしょう。

 

「やはり……」

 

 そうつぶやき、目を閉じて思考を走らせる鳳統殿に、他の三人は訝しげな目を向けます。

 鳳統殿は数秒そうして考えていましたが、目を開けて私の目をしかと捉えて言葉を紡ぎだしました。

 

「県尉様。 確認をさせてください。 もう北海の危機は去っているのですね」

「仰るとおりです。 あなた達のやろうとした目的は既に果たされました」

「は?」

 

 間の抜けた声を上げた北郷殿へ視線を向け、改めて私は口を開いた。

 

「先ほど、あなた方が攻撃を仕掛けようとしていた黄巾が、北海を包囲していた者共です。 北海の包囲は自力で解き、私達は北海城からあれらの賊を追撃してここへ来たんです」

「……」

 

 一拍置いた後、異口同音に三人の口から驚愕の叫び声が発されました。

 

「ちょ、ちょっと待て! 雛里! お主と朱里の話では、私達の助力が無くては北海が危機に陥るのではなかったのか!?」

「はい。 だから、先ほど県尉様は『北海の包囲は自力で解き』と仰りました。 北海が包囲されるまでは、私達の予想通り行われたようです。 その後自力でどうにかするというのは、予想外でしたが」

「け、けど一体どうやって!? 話を聞く限り、結構な兵力の差があったよね!?」

「方法については私も分かりませんが、県尉様達が来た方向と黄巾を追いかけていた事を考えれば、偽りが無いかと」

「私としては天に誓って、嘘ではないと申し上げるしかありませんね。 北海に赴けばおそらく一目で分かるかと思います」

「な、なあ、みんな。 俺、すっごく嫌な予感がするんだけど、今回の俺達って」

「おそらくご主人様が考えているとおりです。 私達は官軍に攻撃をしただけではなく、逃げる黄巾達への官軍の追撃を妨げて、賊に利する行為を行っています。 隘路に仕掛けられていた罠を仕掛けていたのも県尉様達だとすれば、二重の意味で利敵行為を行っています」

「「っ~~~~~!!」」

 

 劉備殿と関羽殿は声にならない叫び声を上げて、北郷殿は深々と溜め息を吐いた。

 気になるのは鳳統殿の血色が先ほどよりも良くなっている事。血の気の引いた土気色をしていた状況と比べれば、その差は大きいです。

 さて、彼女の顔色が何故良くなったのかを少し考え、一つ納得ができる理由を思いつきました。この私の考えが正しいとするならば、あまり重過ぎる罰を与えるのもなぁ、と思ってしまいます。甘いとは自分でも自覚していますが。

 

「さて、状況をご理解頂けたようですが、如何様な刑罰をお望みになられますか?」

 

 私はゆっくりと四人の顔を見渡し、そう口を開いた。

 

 

 ・・・

 

 

「で、結局死罪などで(あがな)わせる事はしなかったと」

「彼らを殺したところで、時間が巻き戻るわけでもないしね。 だったら、有効にその力を利用するべきでしょ」

「正しいと言えば正しいのですが。 文嚮殿と子義殿はそれで納得したのですか?」

「して貰いました。 というより、そうしなくてはより面倒くさい事をしなくてはならないという方向で説得したのですが」

 

 彼らに科した罰は、『私達の代わりに泰山方面へ逃げた賊達を追討する事』としました。自分自身、かなり甘い裁定をしているだろうという自覚はありますし、それを命じた時に鳳統殿以外の三人から安堵の溜め息が漏れました。

 そんな中、鳳統殿だけは口元を引き攣らせていました。

 

「官軍に楯突いたっていうのは確かに重いけど、中央から派遣されてきたわけじゃないし、誤魔化そうと思えば誤魔化せちゃうんだよね」

「そうやって誤魔化す事を条件に、非常に面倒くさい案件を押し付けたわけだね」

「明言はしてないよ。 それとなく示唆はしたけど」

「しかし、やはりかなり甘い裁きだと思います。 また同じ事をしないか、少し不安なのですが」

 

 子瑜さんからの質問に、お兄ちゃんと二人顔を合わせます。どちらが説明をするかを軽く目配せします。結果、私が引き受ける事にしました。

 

「この裁定に落ち着けたのには、二つ理由があります。 一つ目は、私達が長期に渡って追討を行う事ができないという事です」

「兵糧の量ですね」

 

 今子瑜さんが言った様に、私達は追撃を最優先で行軍してきたので、十分な量の糧食を持ってきてはいません。このまま山狩りを始めてしまうと、途中で狩りをするなどで飢えをしのぐ必要が出てきます。兵達の士気を大きく落としかねませんし、この後も続く青州内の治安維持活動にも影響が出てきますので、可能な限り避けたかった厄介事と言えます。だからこそ、賊の戦力を削りきってしまいたかったのですが。

 

「一旦北海に戻って再度山狩りを開始するよりも、すぐに追いかけた方が見つけられる確率は高いです。 幸い、義勇軍はある程度の兵糧の量を確保した上で進軍してきていたので、問題なく山狩りを開始できますし」

「それが一つ目だとして、二つ目は何なのですか?」

「義勇軍への懲罰です」

 

 鳳統殿が顔を引き攣らせたのも、この裁きが見た目よりも大きく義勇軍に圧し掛かってくる事が分かったからでしょう。

 

「子瑜さん。 義勇軍って、どうやって物資を得ているかはご存知ですよね?」

「はい。 商家などの富裕層からの援助ですよね」

「そのとおりです」

 

 官軍と違って、義勇軍は軍を維持するための物資などを自分達で調達する必要があります。一番多いのが、豪商などの有力者に寄付をしてもらう事です。

 そういった支援者に、活躍している姿勢を見せる事も義勇軍では重要になります。

 あまりにも活躍しないようなら、支援を打ち切られてしまうからです。

 ちなみに糜家の商家では劉玄徳殿達の義勇軍のような組織への支援は行っていません。

 むしろ、難民達への食料の供給や、雇用を拡大する事による救援活動を行っています。

 徐州ではそこまで賊が横行していませんし、治安が低くもなっていません。なので、義勇軍を使って治安維持組織を拡大するよりも、逃げてきた人達が野垂れ死にしないようにする事を優先しているからです。

 義勇軍と比べて華々しい名声は得られませんが、これもまた重要な事ではあります。

 

 話がそれました。 お兄ちゃん達との会話に意識を戻します。

 

「この山狩りを行わせる事で、勲功を稼ぐ機会が少なくなる。 それがこの裁定の真の狙いです」

「藍里。 冀州が大激戦区になっているっていうのは知ってるよね?」

「ああ、なるほど。 それへの参加が遅くなるように制限をかけたわけですか」

 

 お兄ちゃんと子瑜さんが言った様に、冀州にすぐに向かう事ができないようにする事。それが今回の懲罰です。

『冀州に出向き、黄巾党の本隊と戦っていた』

『青州で、黄巾党の残党を見つけるために山狩りをしていた』

 どちらがより聞いた人が評価するかは言うまでも無いでしょう。

 それが分かっていたからこそ、鳳統殿は顔を引き攣らせていたのでしょうから。

 

「ただ、私達との戦いで戦力を損耗していたから、無理に黄巾の本隊と戦ったとしても結構危険だったんじゃないかという考えもありました。 せめて重傷者が回復するまでは、青州から出ずに傷を癒す事に集中した方が良いのではないかと」

 

 少なくとも参謀の鳳統さんは、官軍を攻撃した罪で罰される事よりも、自分達の到着が遅れる事で北海が危機になる事を気にしていました。だからこそ、私達が自力で北海の包囲を解いたと聞いた後、顔色が良くなったのでしょう。そういう、『善き人』には無茶をせず、可能な限り長生きをしてもらいたいと思ってしまいました。

 

「確かにそれは甘い事かもしれないけど、良い人にこそ長生きしてもらいたいっていうのには同意かな」

「そうですね。 人心が乱れている昨今の状況を踏まえると、自分の処罰よりも見知らぬ他人の生活が脅かされる事を恐れるというのは非常に貴重な心根でしょう。 朱里も良き友を得られた物です」

 

 甘い裁定である事は否定されませんでしたが、そこまで否定的な見解出なかった事に少し安心します。

 とは言っても、二人にとって義勇軍には妹である孔明さんがいるので、甘い裁定は望むところなのかもしれませんが。

 次に、張翼徳殿についても話しておきます。

 

「ただ、流石に張翼徳殿には義勇軍内で罰するようには伝えたよ。 流石に『出てくる奴はみんな敵なんだから、片っ端から倒しちゃえ!』と言って、よく確認しないで攻撃を始めた人には何も無しとは行かないから。 頭の布で判別可能なはずなんだけどなぁ」

「んー。 何回か同じ成功を繰り返して、次もそうだろうと思い込んでいたんだろうね。 まあ、やっぱり粗忽としか言い様がないんだけど」

「噂では相当戦上手という話ですが、実際にはどうだったのですか?」

 

 藍里さんからの質問に、私は答えました。

 

「やっぱりかなり精強だったみたいですよ。 文嚮さんも、子義さんも同じ感想を口にしていました。 二人が取った戦術を簡単に言うと、関雲長殿が率いる軍を子義さんが一騎討ちで止めて、張翼徳殿が率いる軍を文嚮さんが指揮で絡めとるといった感じです。 文嚮さんは相手の本陣に攻め込む気配を見せて翼徳殿を釣り上げた後に、指揮官がいなくなって動揺する兵を削るというのを繰り返したらしいです。 ちなみに彼らの被害の大半は、この戦法で出したらしいです」

「……引っ掛ける方が酷いのか、引っ掛かる方が悪いのか。 まあ、それで止められたなら良いのかな」

「歩兵に勝る騎兵の機動力を最大限生かした戦略ですよね。 お見事かと。 しかし、本陣を襲うにせよ、少数しか割けなかったのですから、本陣に任せてしまえば良かったのでは?」

「討伐する事を最優先に考えたせいで、本陣の守りが極めて薄かったらしくて……。 一応守将を置いていたらしいんですが、複数の騎兵相手では万が一があるかもしれないという判断だったみたいです」

「馬に撥ね飛ばされるだけで、重傷を負いかねないしね。 騎兵が近づかれるだけで怖いのは、速度と大きさが人間の比じゃない。 私でも、最高速度で近寄って来られたら身が竦むよ」

 

 鳳統殿の話を聞くに、関羽殿と張飛殿が抜かれる可能性をほぼ考慮していなかった事も影響していたようです。ただ、鳳統殿が『シュリちゃんに伝えてください。 それから、セイさんとリンリンちゃんにも』と兵達へ言っていました。そこから推察するに、あと三人は幹部とも言えるような人物が義勇軍にはいるはずです。

 シュリさんは孔明さんの事、リンリンさんは、関羽殿の話にも出てきましたし、張飛殿の事でしょう。ならばおそらく、セイという人物が本陣を守っていた守将なのでしょう。兵を割かずとも本陣の守りを任されるくらいですので、かなりの武の腕なのではないかと推測できます。

 お兄ちゃん達にその事を伝えると、難しい顔をされてしまいました。

 

「……義勇軍に二人以外の猛将が居るって事? 誰?」

「名前は出なかったからなぁ」

「この時期に猛将三人抱えた義勇軍か。 どこも傭兵代わりに抱え込もうとするかもね。 ……まあ、顔を合わせる機会もそのうち有るか。 最後に一つだけ聞かせて。 劉玄徳殿と共同で代表になってるという北郷一刀殿について」

「多分、あの人が『天の御遣い』なんだと思うよ。 見た事無い生地で作られた服を着ていたし。 ……あんまり印象には残らなかったかな。 話していたのは関雲長殿と鳳士元殿が多くて、指導者の二人はあまり率先して意見も口にしなかったし。 自己紹介以外だと、私が賊の追討の要請をした時に、最後に了解の返事をした事くらいしか口を開かなかったよ」

「あくまで意思の決定者という立場を取っているのでしょうか?」

「聴政のようなですか? 見た感じですと、それが一番近いと思いました」

「多分二人の考えで合ってるんじゃない? 優秀な人材が多いなら、臣下を対立させないように調整する能力を磨くだけで、勢力が飛躍的に充実するし。 人に任せるって、多分思っているよりも難しいよ。 少なくとも、指導者二人はそういう器を持っている可能性があるわけだ。 多分、朱里と鳳士元殿に義勇軍の運営に関する実務を全部投げてるんじゃないか?」

 

 まあ、投げられた方は死ぬほど苦労はするだろうけどねー、と無責任に言い放ったお兄ちゃんへ、子瑜さんと一緒に苦笑を返します。

 

「ところで天明。 もしかしたら次に会う時に義勇軍の皆さんに逆恨みされているかもしれないから気をつけてね」

「……まあ、面倒な事を押し付けたから、それくらいはしょうがないかな」

「それもなんだけど、最大の問題は、劉備殿達が山狩りをしている間に、黄巾党の首魁が殺されたって事でね」

「「は!?」」

 

 さらっとお兄ちゃんは口にしましたが、結構な大事件な気がするのですが!?

 

「私も、天明に報告を受ける直前で耳に挟んだ情報だからね。 まだ裏は取れていないんだけど、冀州で官軍が黄巾党の本拠を攻撃して、それを陥落。 黄巾の指導者達は戦死したらしい。 今、子綱と子布の二人に詳報を確認するように指示を出したから、そろそろ報告が入ると思うけど」

「ええっと……。 劉備殿達はそれへの参加は……」

「まったく話題に上がって来ないね。 多分、山狩りに時間がかかって間に合っていないんじゃない?」

「うわぁ」

 

 思わず、自分の顔を手で覆ってしまいます。軽い懲罰のつもりでやったのですが、結構大きな影響になりかねません。具体的には、冀州で戦わずにいた事を理由に援助が大きく減らされたり。

 

「まあ、気にするな。 本当だったら首を落とされても文句は言えないくらいの失態だったんだから、文句言われても突っぱねて問題ないよ。 ただ、同じ戦場に居る時には気をつけるようにね」

「ああ、うん。肝に銘じておくよ」

「まあ、自業自得な朱里達の事は置いておくとして、虚報でないのであれば、これは間違いなく朗報ですね。 黄巾党の指導者が死亡した以上、勢力は大きく減じるはずです。 この乱も終焉に向かうのではないでしょうか?」

 

 そう嬉しそうに言葉にした藍里さんに対して、お兄ちゃんは少し複雑そうな表情を浮かべていました。

 

「どうしたの? お兄ちゃん」

「……いやね、黄巾党達の乱は確かにこれで終わったんだけどさ。 疲弊したこの国で、すぐに平穏な時が訪れると思う?」

 

 私はそのお兄ちゃんの言葉への答えを窮しました。

 

「多分この乱は、今後も続いていく乱世への呼び水になる物。 緩んでいた漢王朝の(たが)が決定的に外れてしまう事になると思う。 次に何処で何が起きるかは分からないけれど、油断して力を抜く事は無いようにね。 多分、二人だけじゃなく、全員に死ぬほど働いてもらう事になると思うから」

 

 お兄ちゃんが言ったその言葉に、私と子瑜さんは神妙な顔をして頷きました。

 

 結局、お兄ちゃんの話した内容は誤報ではなく、黄巾の乱は終結しました。

 その後私たちは短い準備期間を持って、次の乱に巻き込まれる事になりました。

 その乱の幕開けとなったのは、黄巾の乱が終結してから数ヵ月後。

 漢王朝第十二代(前漢を含むと二十六代)皇帝、劉宏様の崩御。

 国中が揺れたこの出来事の後、さらに漢王朝は乱れていく事になるのでした。




最後までお読み頂きありがとうございます。

くぅ~疲れました(棒)

次回からは反董卓連合編に突入予定。その前に張昭、張紘の幕間話を書いた方が良いか迷うところですね。
折角出したのに、舞台が莒にならなかったせいでまったく顔を出せていませんし。
もしかしたら、思いついてしまったパラレルワールド的な話を三人称の練習として書くかもしれません。
そんな事してないで、続きを書くのが一番なんでしょうけどね……。

・容姿の説明
絵を言葉で表現するのって難しいね!

・天明への一刀の反応
一刀さん、羊祜の存在に気付いていませんw
一刀さんは歴史小説くらいまでの三国志知識しかないので、諸葛亮没後の三国志について詳しくないんじゃないかと勝手に思っています。知っていて、蜀を落とした鄧艾が限界じゃないかと。呉側の羊祜、杜預、陸凱、張悌辺りは知らない気がしてならない。
呉の滅亡までを描いている日本語の小説って有るの?←

・小さい女の子
一刀さんが敢えて軽口を叩いたのは、言われた後の天明の反応を確かめようとしたからです。怒るなら単純と見て交渉を有利にしやすくなるし、冷静に返されるなら褌しめてかからないと、って感じです。まあ、予想外の方向へ飛び火したわけですがw

・美しい主従愛
イイハナシダナー。偉い人無視して始めなければ。

・あれほどの剛の者でも
ナチュラルに上から目線の愛紗さん。県丞は義勇軍の前線指揮官よりも偉いんだよー。

・甘い裁定
まあ、こんな感じに落ち着きました。予想をしていた人達も多いのではないでしょうか。
山狩りをやらされる事による弊害については書いたとおりです。原作ではいきなり平原国の相をやっていますが、史実どおりに下積みをする事になります。
……というか、無位無官の人間にいきなり任せるには権限が大きすぎるんですよ(小声
作中には書きませんでしたが、孔融には残りは勇軍に任せてきました、とだけ伝えています。

・食料問題
太史慈の危機。「お腹空かせてまで山狩りしたかったですか?」と聞いた天明に全力で頭を横に振りました。

・義勇軍の負傷者
一応、こっちも天明にとって重要でした。
流石に助けに来ようとした人達に無茶されて死なれても寝覚めが悪い、と言ったところでしょうか。

・張飛の罰
あまり多くは語りませんが、義勇軍の罰なので恐ろしく甘い罰だったはず。
それこそ、天明以上に。

・一騎打ち
そりゃフラストレーション溜まっているところに横殴りされたら爆発しますわw
ストッパーも居ないことですし、一騎打ちでストレス発散ですよ。
関羽が想像以上に強くて、子義さん結構満足できました。

・挑発
何故に張飛はあんなに策にかかりやすいのか(白目

・馬
怖い。最高速度であの質量が近づいてくるとか、どう考えても恐怖。

・星さん
義勇軍では誰が本陣に残るのかは順番に決めていたので、残念ながらお留守番でした。
後ほど一騎打ちを楽しんだ関羽に恨み言を言っていたりします。

・義勇軍の意思決定
親政が出来るほどの才覚がトップにないため、献策を募って決定しています。
原作でもそんな感じでしたので、大まかには間違いは無いかと。

・黄巾党壊滅
まさかの劉備不在のまま黄巾党壊滅。
まあ、史実でも義勇軍は参加していないので。

・霊帝
死んだ後に贈られる称号なんですよね。
なので、死んだ直後なので名前で呼びます。
まあ、この後の話では霊帝と呼ぶ事になるでしょう。

ご意見・ご感想等ございましたら頂けますと幸いです。

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