真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第38話投稿します。

ここからは短い話が三本。
それで北海戦は終わりです。
今しばらくお付き合いを。


第三十八話 Oh My Goodness -北海追撃戦②-

「……お恥ずかしいところをお見せしました」

 

部屋を出る前までの自身の醜態を思い出し、赤面しながら頭を下げた私に対して、義兄さんと叔子は気にする事は無いと言ってくれた。

心の広い兄妹に敬服する思いが自然と沸き上がってくる。

 

「というより、私も同じくらいお恥ずかしいところをお見せしましたので……」

 

私が部屋に入った時に叔子が頭を抱えていたのは、自身の浅慮さと思考の至らなさに絶望したからとの事。

義兄さんはそこまで深刻に考える必要が無いと慰めていたし、日頃の言動から考えるに叔子は自己評価が低い傾向にある。……まあこれは叔子だけでは無く、糜家の姉弟達全員に言える事なのだが。

というより私の妹達にしろ、私自身にしろ、天明と同じ年齢の時にはまだ仕官などできずに、叔父の脛を噛じっていた。それなのに既に県尉としてしっかりと役目を務めている彼女にそんな謙遜をされては立場がない。

 

「……それで、妹達の消息は尋ねても大丈夫なのでしょうか?」

 

妹達の安否を知りたいという逸る気持ちを抑え、私は平静を装ってそう尋ねた。

 

「はい。  丁度その辺りまで話が進みました。  次にその辺りのくだりについて触れるつもりです。 ……とはいっても、私自身が妹さん達と顔を合わせたわけではありませんので、万事無事かどうかまでは分かりませんが」

「いえ、それで十分です。 生きていれば、また会う事ができましょう」

 

少し私の顔を伺うように私の質問に答えた叔子へ、労うようにそう返す。

わざわざ顔を伺ったのは、おそらく私の事を心配してくれているのだろう。本当によくできた性格をしていると感心する。

 

「……多分両者の認識に致命的な齟齬がある気がするけど……、まあ、良いや。 とりあえず、話を続けよう」

 

義兄さんがそうまとめて、天明の出征報告は続きが始まった。齟齬ってなんだろう?

 

「ええと、それじゃ続けます」

 

叔子のその言葉から再開された報告を義兄さんと一緒に聞いていく。

話は援軍が到着した後、西へ遁走する賊達を追跡するところから始まった。

徐州と隣接する地域に大きな残党が残っていかないように、戦力を大きく削り取ろうと考えての出撃したとの事。それは妥当な判断だろう。

そのために、西側に罠を張っていたらしいのだが、気になる点がいくつかある。

そのうち、西へ逃げるだろうと予測をした論理に関しては質問済みで、彼女の回答に納得できたので問題はない。

なので、それ以外について聞いていく事にしよう。

 

「西側に罠を仕掛けたのは誰なのですか? 話に聞く限りでは、貴女達は籠城中で仕掛けを作る余裕は無さそうですし、二回目の夜襲で火付けをした兵を離脱させて西に移動させたのですか?」

「いえ、彼らではありません。 彼らは夜襲後に私達と合流し、一緒に籠城していました。 西の仕掛けは、援軍に来た方達に頑張ってもらいました」

「……北海南東に布陣する前に、迂回して仕掛けをしてもらったと?」

「はい。 援軍にも良馬に跨がった騎兵が多いので、迂回しながら西に回っても致命的なまでの時間はかかりません。 それに、徐州兵は工兵としての腕前が他の領地の兵よりも抜きん出ているので、仕掛けを作るのにかかる時間は大きく省く事ができます。 これらを考えると、仕掛けを施してから北海が陥落する前に戻ってきて布陣する事も可能だと判断しました」

「まして、その仕掛けをするのが謙だからね。 あいつ工兵指揮がやたらと上手いし、さらに早く仕掛けきる事ができるだろうね」

 

なるほど、言われてみれば一度西側に行って仕掛けを作る事は難しくなさそうに聞こえる。

だが、そのためには城内の守備をしている者にまだ陥落せずに保たせる事ができるのかどうか、それを確認する必要があるだろう。その方法についてが少し気になる。

しかし、長々と考え込むような話でも無いので、さっさと叔子に聞いてしまう事にする。

 

篝火(かがりび)を使ったんです」

「……なるほど、篝火の数ですか。 確かに、夜でも遠目で確認できますし、符丁を決めておけば意思を伝えるには都合が良いですね」

「ただ、包囲側にも見えるって事だから、城内から何か伝えようとしている事とそれを伝えたい相手がいる事がバレる可能性は考えておかないと駄目だよ。 (さと)い人間は、軍旗が風で折れただけで夜襲を察するし。 ……どういう理屈なのかは聞くな。 私にも理解できない話だから」

 

確かに篝火を用いた伝達方法は、対象を絞らずに城外に広く伝える手段である以上、相手に察知される危険もあるだろう。

あらかじめ決めていた符丁がバレない限りは、内容までは察されませんが、何かあると気づかれるだけでも相手の警戒を誘ってしまうかもしれない。

 

……義兄さん、軍旗が風で折れただけで気づくって、仙道を極めた者ですか?多分に人間を辞めている感じがするのですが。

 

「話を戻しますが、援軍に仕掛けてもらっていた物は、柵や塹壕などの足止めのための仕掛けでした。 それを、隘路(あいろ)から入っていった場所の出口に仕掛けて、北海から撤退する賊達を追い込んで袋のネズミにする予定でした」

 

叔子曰く、北海西部地域の泰山と接する辺りでは、山が入り組んだ地形になっていてそういう隘路が多くあるらしい。

泰山出身である彼女は、今回の件でその辺りへ治安維持に赴く度につぶさに地形を観察していたらしい。

私や家族達も、琅邪国に赴任してかは故郷である陽都に度々赴いているので、叔子もそれと同じように出生地を思う気持ちが多少なりとも出た結果ではないかと思うのだけど……。考えすぎだろうか?

 

「何重にも張り巡らされた柵などで撤退を(さまた)げながら、後方から一撃離脱を繰り返して乱戦にならないように連続して突撃を繰り返す。 そうすれば、被害を最小限にしながら賊を殲滅できるので、籠城当初からそれを狙っていました。 ですので、仕掛けをした地点へ逃げ込むように騎兵で上手く追いたてて、そこまでは上手くできたんです」

 

そこまで話して、叔子は小さく溜め息を吐いた。

それを見て、少し不思議に思う。

そこまで上手くいったのであれば、後は殲滅をするだけ。どこにも溜め息を吐いて憂う要素は無いだろう。

そんな私の疑問に答えたのは義兄さんだった。

 

「そうやって考えていた作戦が成功すると思った矢先、二つ予想外の事が起きたらしいんだ」

「予想外の事、ですか?」

「そうそう。 一つ目は、その仕掛けの何割かが解除されていたんだってさ」

「……は?」

 

叔子に変わって口を開いた義兄さんの言葉に、思わず私は間の抜けた声を上げてしまった。

しかし、それもやむを得ないことだろう。賊達はその時には敗走と言っても良いほどに乱れきった状態となっていたはずだ。

逃走する経路も徐州の騎兵達に制御されているのだから、隘路の仕掛けを見抜いて解除する余裕などなかったはずだ。

ならば、誰が仕掛けの解除をしたのか、そこが本当によく分からない。

 

「それによって、折角目標の場所へ追い込んだのに結構な数の賊に逃げられたらしい……で、合ってるよね?」

「うん。 そこで終わる予定だったから、速度重視で兵糧も最低限しか持ってこなかったんだけどね。 そのまま追跡をして、何とか多くの賊達が冀州まで逃げて行く事は確認できました。 ……北海城に戻るまで、子義さんの機嫌が悪くて怖かったです」

「あいつの食い意地は何とかならんのか? その事をからかうと怒るし」

「それはからかう義兄さんも悪いのでは……。 まあ話を戻しますが、殲滅をする事はできなかったのは残念……」

 

そこで、ふと自分の言葉に違和感を感じた。

少し考えて、その違和感が何かに気づく。大きな驚きと共に、だが。

 

「待ってください。 多くの(・・・)ですか? 殲滅できなかった賊はすべて青州から追い出せたのではないのですか?」

 

そう私が質問すると、叔子は先程よりもさらに大きい溜め息を吐いた。

その後に、気が重いと言いたげな口調で言葉を発した。

 

「いえ、小集団がいくつか残ってしまいました。 当初の目標からすると、失敗したと言われても否定できないです」

「まあ、北海の危機は救っているわけだし、失敗とも言えないと思うんだけど。 あんまり気にしないようにね」

「気にするよぅ……」

 

しょんぼりという表現が似合いそうな声を上げて、叔子は項垂(うなだ)れました。

義兄さんはその様子を見て苦笑いをしながら、ぽんぽんと頭を撫でました。

 

「しかし、そうやって逃れたとしても、追い込んだ時と同じように分裂して集団から離脱しようとするのを阻止する事はできなかったのですか?」

「それが、二つ目の予想外の事のせいで、上手くできなかったんだって」

「その罠を抜けた先の出口で、横槍を入れて攻撃しようとする集団が居たんです。 狙いは賊だったらしいんですけど、慌てて追いかけた子義さん達が飛び出したところで賊と間違われて攻撃を受けたんです。 賊以外が出てくるというのが、そちらにとっても予想外だったみたいです」

「で、騎兵隊も結構な被害を受けて、賊の集団が分散して四方に散るには十分な時間を拘束されてしまったらしい。 動ける状態になった後は、西側にそのまま逃げ出す集団が一番大きかったから、それに的を絞って追いかけたらしいよ。 だから、多くは冀州まで追い出したけど、逃げ切った連中はまだ青州に残ってる事になるね」

「……」

 

叔子と義兄さんが代わる代わる説明してくれたその内容に、空いた口が塞がらない。

 

「まあ、態勢を立て直した子義と謙の二人に逆撃を喰らって、そちらにも大きな被害を与えたらしいんだけどね」

「その後怒り狂う二人を宥めて、賊の後を追ってもらったんです。 私は率いていた歩兵部隊と共に、その攻撃を加えた集団との間で話し合うために残ったんですけど」

「……官軍に攻撃を加えるって、どこの粗忽者ですか?」

「そこで藍里の最初の質問に繋がるわけだ」

「? 最初の質問ですか?」

「『それで、妹達の消息は尋ねても大丈夫なのでしょうか?』って聞いたでしょ。 どうやら、この子達とやりあった相手というのが、現在朱里達が所属している義勇軍らしくてね」

 

そう告げた義兄さんの言葉に、思わず私は天を仰がずにはいられなかった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

・両者の齟齬
藍里「心配してくれているのでしょうか。 優しい子です」
天明「落ち着いてるよね、大丈夫だよね、豹変したりしないよね」

・西側の仕掛け
徐盛が一晩でやってくれました……というわけではなく、当然一晩で終わる量で無いので、数日かけて終わらせています。
ジョバンニだったら何とかできたんでしょうが。

・徐盛の工兵指揮
史実における徐盛の偽城建築より。
一晩ではできませんが、建築能力は高いです。

・軍旗が折れたら夜襲
そんな理由で夜襲を察された張飛、可哀想です(´;ω;`)

・罠を解除した人
一体あの桃色は何者なんだ。

・粗忽者
あの虎の髪飾りは何者なんだ。

・またアンチヘイトか、この野郎!
その気はまったくありません。
きちんと劉備達の行動原理に従ってキャラを動かしているつもりです。
詳しくは活動報告を参照してください。

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