真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第三十七話投稿します。

今回は追撃戦の続きではなく、サブタイトルどおり幕間に近い話になります。
援軍要請を提案した際に、何で青州官吏達が反対したりしたのかについてとなります。
作者が思いついた青州の内幕についてを語るだけとなりますので、本編には関係はありません。
あとがきに、忙しい人向けとして青州官吏の内訳を書いておきましたので、そこだけ読んでしまえば問題はありません。
というか、話が進まないにも関わらず、一万字を超える量を読めと言い切る度胸は私にはありませんw

ー2014/5/8 0:45ー
感想欄にてご報告のありました、二つ目について修正。
いやはや、お恥ずかしい。
感想返しは明朝行います。


第三十七話 Intermission -茶飲み話-

先ほどまで続けていた北海の戦いの報告を中断し、お兄ちゃんの入れてくれたお茶を飲み、お兄ちゃんが作りおきしていた日持ちするお菓子(小麦粉と鶏卵を使った焼き菓子らしいです。(ツォイ)で美味しい)を食べてまったりします。

一応部下にあたる私が座っていて、お兄ちゃんを働かせている事に微妙な居心地の悪さを感じないでもないですが、お兄ちゃん自身が進んでお茶を入れているので、私が気にする必要は無いのでしょう。多分、きっと。

……良いのかなぁ?

 

そんな風に心中では首を傾げながら、お茶を口に飲んで一つ「ほぅ」と息を吐きます。会話がなくては間が持たないような付き合いの浅さではないので、二人して無言で頭を休めます。

そうしていると、ふと気になる事を思い出しました。良い機会ですし、答え合わせに付き合ってもらう事にします。議題的に、休むどころでは無くなりそうですが……。

 

「お兄ちゃん。 聞いて欲しい事があるんだけど。 今回の出征で不可解だった件について」

「……援軍要請の事? どうして包囲前には主戦派含めて反対していたのに、包囲された後は主戦派が急に手のひらを返すように賛成したのか」

 

お兄ちゃんは少し考えた後、的確に私が感じた事を察してくれました。なので、私はそれにこくこくと頷きを返します。

時々、自分の思考が相手に漏れているのではないかと不安になりますが、家族(と空さん)以外にはあまり無い事なので、みんなの察しが良すぎるだけなのでしょう、きっと。

 

「うん。 籠城戦が終わって徐州へ戻ってくる間、ずっと考えていたんだよ。 何で青州の官吏達がこぞって反対したのか。 それから、包囲後にはすぐに意見を翻して、援軍要請に賛成したのか」

「で、答えは出たの?」

 

お兄ちゃんはどうやら聞き役を引き受けてくれるらしいです。

ある程度答えらしき考えはまとまっていますが、それが正解である確信はありません。

なら、他の人に自分の考えを聞いてもらう事で新しい気づきがあるかもしれませんし、その相手がお兄ちゃんなら何か間違いがあればすぐに訂正してくれるでしょう。聞き役に最適と言って良いかもしれません。

だから、私は口を開いて自分の考えを話し始めました。

 

「まずは、青州の官吏達の考えをまとめるね。 今回の件について北海で話し合ったのは大雑把に分けて二つ。 迫ってきた黄巾から『逃げる』か『籠城する』か、それから援軍を『呼ぶ』か『呼ばない』か」

 

本当に大雑把ではあるけど、あの時に話し合いをしたのはこの二点についてです。

そこまで話して、私はお兄ちゃんが座る机まで歩き、書き損じとして机の上に置かれていた紙に二つの円を描きました。円の一部分だけが重なるように。

お兄ちゃんに教えてもらった、複数の事柄について考えをまとめるための方法です。円の中に含まれるのが、その事柄に当てはまる事。どちらの円にも該当するならば円が重なった部分となります。

そして、左側の円に『籠城に賛成』、右側の円に『援軍要請に賛成』と書きます。

私はまず、どちらの円にも含まれない外側を指差しました。

 

「合っているかどうかは分からないけど、順番にいくね。 まず、分かりやすいところから。 『逃げたくて』『援軍を呼びたくない』官吏について。 これは、私達に足止めを意図しているからだと思う。 援軍呼びに行くだけで兵の数が減っちゃうし」

「うん。 多分合ってると思うよ。 逃げるのであれば少しでも長く足止めしてもらいたいだろうし、援軍を呼びに行く事で戦える兵が減る事は嫌だろうから」

 

お兄ちゃんが私の口にした言葉を肯定します。

兵数が少なくてカツカツだったから少しでも温存すべきだという意見も分かるけど、それが自分達だけ(・・)の身の安全を守るためだという事を考えると、あまり評価はしたくありません。まして、今回は私達が足止めをさせられる当事者なのですから。

 

「次は実際には居なかったんだろうけど、『逃げたくて』『援軍を呼びたい』官吏について」

 

指差したのは、右の円。ただし左の円と重ならない部分です。

お兄ちゃんはそれを聞いて少し首を傾げました。

 

「逃げた後に援軍が来ても意味が無いんじゃない?」

「んと、そうとも言い切れないんじゃないかと思うんだよ。 東莱まで敵を誘引しながら逃げて、徐州から呼んだ援軍と上手く連携すれば、半島に敵を閉じ込める事ができるでしょ」

「ああ、なるほど。 戦略としての偽装撤退か」

 

東莱は東に延びた半島(山東半島)にある郡です。半島の広さは結構あるのですが、入り口から半島を南北を分けるように山が続いています。その中でも北側に関しては、出入りできる場所が狭まっています。

上手く北側に賊を引き込み、入り口を押さえる事ができれば丘陵地の多い半島から逃げ出す事が非常に困難となります。

徐州から呼び込める兵数が十分なら、入り口を塞いで賊を半島に閉じ込める事が十分可能です。袋のネズミにする事ができたら、殲滅する事が容易くなるでしょう。

仮に殲滅とまでは行かなくても、半島から逃げ出す際に出血を強いる事ができるので、戦力を削る事ができます。

 

「ただ、相手に気づかれないように誘引するのは難しいし、徐州を狙うと公言しているんだから逃げた相手を追わずに南下するんじゃない?」

「逃げる側の立場からすれば、仮に誘引に失敗しても問題無いと思うんだ。東莱に逃げる事はできるし、賊達が南下するなら自分達の安全は盤石となるよね。 ……ただ、賊達が追いかけて来た場合には、場所を東莱に変えただけで結局籠城戦をする必要に迫られそうだけど」

 

しかしそうする事で得られる最大の恩恵は、自身の敵前逃亡の誹謗中傷を幾分か和らげられる事ではないでしょうか。

賊達が追いかけてきた場合には予定通りに殲滅を狙うのは当然として、仮に徐州へ向かってしまった場合であっても、『逃げ出したのは策として行った偽装撤退だった』と主張するできるため、賊を前に戦わずに逃げ出したという汚名を幾分和らげる事ができます。戦わずに逃げた、と言われるよりも偽装撤退を利用した戦略に失敗した、と言われた方がまだ聞こえは良いでしょう。

 

しかし……。

 

「逃げる事を主張していた面々は、黄巾が姿を見せたら一目散に逃げ出し始めたからね。 そこまで考えてはいなかった可能性が高いかな。 さっきも言ったけど、そう考えた人は誰もいなかったんだろうね」

「まあ、そこまで考えて逃走を主張していたなら、その場で説明しただろうしね。 ただ逃げましょうと言うよりはよほど説得力があるし」

 

長々と説明していながら、結局結論がそれというのもどうかと思いますが仕方がありません。いまいち釈然としませんが。

それに後述する事になるであろう『ある理由』で、お兄ちゃんが言ったようにおそらく黄巾達は東莱まで追ってこないで、徐州を襲う事を選ぶでしょうし。

自分で話した意見を自分で否定する事で、微妙な気持ちになりながらも、私は話を続けます。

 

「三つ目行くね。 『籠城して』『援軍を呼びたくない』人達。 そういった人達が反対していた理由を幾つかあると思ってるんだよ。 考えられる一つ目は、必要以上に徐州に借りを作りたくなかったからじゃないかな、って思うんだけど……」

 

お兄ちゃんは無言のまま頷いて、私に話を続けるように促しました。

それを見て私は言葉を続けました。

 

「えっと、『徐州勢と共に北海城の包囲が解けるまで戦い、勝利した』『徐州勢の援軍により北海城の包囲が解かれ、勝利した』 どちらも包囲が解かれているのも、戦いに勝利しているのも同じだけど、その後に感じる印象は違うから。 北海の官吏達からすれば、出来る事ならば前者になるように援軍を呼びたくなかったんじゃないかな、と思うんだけど。 私達が青州から賊を全部追い出そう、と主張した時に不満そうな表情をしていた人達がいたし、多分そういう事なんじゃないかと……」

「……」

 

つまり青州と徐州、どちらが主導して戦いに勝ち、功績が大きいのかを気にしたという事です。

 

お兄ちゃんは無言のままですが、私はさらに言葉を作ろうと一度口を閉ざし、言葉を選ぶために少し逡巡します。

それから、言いたい事がまとまったので、口を再度開きました。

 

「こういう言い方はなんだけど、青州牧が行方不明でしょ。 それも限りなく戦死している可能性が高いし。 本当にそうだったら、早急に次の州牧を決める必要があるよね?」

「まあ、そうだね。 ついでに言うと、多くの北海の官吏は次の青州牧に孔国相をと考えているだろうね」

 

お兄ちゃんが補足するように口にしたその言葉に私は頷きました。

自分が仕えている人物が出世するならば、よほど当人に問題が無い限りは一緒に出世をする事ができます。お兄ちゃんが県長になった時に、数年間自分の右腕として補佐し続けた藍里さんを主簿に任命して、出世してもらった事を思い浮かべれば分かりやすいでしょうか。

そして国相様に従う北海の一部の官吏が、常々おこぼれに(あずか)る事を望んでいたとしても不思議はないでしょう。まして、青州牧の行方不明と戦功を上げる機会が同時に訪れたのです。自分達の上役、そして自身の出世のために利用しようと考えてもおかしくはない、私はそう考えています。

奇貨は居()く物。そしてこれは、彼らにとって奇貨に映ったのでしょう。

 

「そういう事じゃないかな。 徐州勢に必要以上に活躍されるのはちょっとまずいと考えて、援軍要請を差し止めようとした……」

 

北海が抜かれたら青州一州、丸ごと黄巾の勢力圏に塗り替えられ、徐州にまで乱が飛び火する可能性もあったわけですし、それに歯止めをかけた功績は朝廷も無視しきれません。

先ほど、お兄ちゃんは北海の戦いでの功績は不透明と言っていましたが、青州牧の人事に関しては別です。

そもそも、青州牧焦和様が生きて出て来ない限り、黄巾は北海の官吏達にとって仇討ちの相手となります。

仇討ちは儒教の『忠』にかなう行動となるので、好意的に受け止められるでしょう。

さらに、青州牧が不在のままでは施政に影響が出るためにすぐに後任を決める必要もあります。

その時の候補の筆頭は、敵討ちを主導する事ができた人物になる事は想像に難くはありません。実効支配を固めてしまえば、乱が終わった直後の朝廷としてもわざわざ手を出したくは無いでしょう。

だから徐州勢を掣肘し、青州牧の人事に口出しをする事ができないくらいの功績で抑えるために援軍要請を差し止めた。

理屈はそれで通ります。通りますが。

 

「まだ成功していない狩りで、獲物の分け前を話し合うような感じなんだよね……」

「そうだね。 北海城で敗北したら何も手元に残らないわけだし」

「何ていうか……」

 

色々と思うところがありますが、口汚く罵らない様に言葉を探しましたが、思い付きませんでした。強いて挙げるならば『非常識』でしょうか。

そんな事情に図らずも巻き込まれた立場としては、無心で語る事はできません。

 

「……まあ、続けるね。 で、二つ目の考えられる理由は、北海での籠城で勝算があったから。 仮に徐州からの援軍が来なかったとしても」

 

私と子義さんが立てた作戦の前提条件。それが『援軍無しでの包囲陣の撃退は不可能』でした。

私達は現場に居たのでそう判断したわけですし、青州の官吏も同様の判断を下していると思っていました。しかしこの認識に差異が有り、彼らは彼らの理屈で判断をしていたのかもしれないと、徐州への帰り道で気づきました。

 

「城を守りきる事。 それが籠城戦での守備側の勝利条件だよね」

「だね。 極端な話、相手を一人も殺さなくても、上手く偽報で『黄巾の首魁、張角が冀州で危機に陥っている!』とでも広めて追い返しても、それはそれで勝ちだね」

 

お兄ちゃんの言った事は乱暴ではありますが事実です。

勝利条件は『包囲を敷く敵の殲滅』ではなく、『敵が包囲を解く事』。そう限定するならば、お兄ちゃんの口にした方法でも良いのです。

私達が目的としたのも同じように包囲の解除でした。

一旦包囲を解除してしまえば、再び兵を用いるのにしばらく時間を作る事ができます。

その時間を利用すれば、陶州牧に事情を説明して、徐州中から兵を集めて頂く事ができるようになります。

戦争の基本は相手よりも多くの兵を集める事です。無理に今居る戦力だけで撃滅する必要はありません。

……今回は結局援軍と一緒に賊達を殲滅しているじゃないかという意見は黙殺します。

包囲を解くだけでも北海は一時的に助かるかもしれませんが、その後の混乱の芽を間引くためには賊の戦力を削る事は必須だったんです。

 

「そのための確実な方法として私と子義さんが考えたのが徐州から援軍を要請する事。 仮に火牛計や夜襲が失敗しても、北海城と援軍に挟み撃ちされる危険を認識すると包囲を解いて逃走に移ると思ったんだよ」

「元々は野盗や難民の集団だからねぇ。 挟撃の可能性ができると士気の維持は難しいかもね」

 

集めたばかりの兵は略奪を行い、弱者を虐げる野盗の群れと何ら違いはありません。いえ、なまじ武器や防具を支給され、戦う力を増している事を考えるとそれよりも性質(たち)が悪いかもしれません。

その兵達にそういう事をしないよう規律を守らせ、命令に従うようにするために行うのが調練です。

その調練をされていない黄巾の目の前に、自分達より数が多い兵が現れたらどうなるのか。

答えは簡単。逃げ出します。

仮に指揮官が逃げ出すな、と声を張り上げたとしても、統率の取れない集団ではその命令を無視します。死地に兵達を踏み止まらせる命令に従わせる事はとても難しい事です。

正規軍に勝って士気が高まっているとはいえ、賊達ではそれができないだろうと考えていた私達の思惑通り、援軍の来訪により包囲を解く事ができました。

西に逃げるだろうと予測したのは、先ほどお兄ちゃんと確認したとおりです。

 

じゃあ、それ以外に包囲を解く方法は何か有ったのでしょうか。その答えは是です。

そして、それこそが三つ目の主張をしていた北海の官吏達が狙っていた事なのでしょう。

 

「賊達の兵糧が足りないと北海の官吏達は考えて、兵糧が切れるまで耐えれば何とかなると考えたんじゃないかな」

 

『兵糧などの物資は軍を維持する上で最も重要で、必要不可欠な物』

お兄ちゃんが講義で戦略、戦術を扱う度に、何度もそう言い聞かされました。

兵糧切れが発生すると、それまでどんなに優勢に戦えていたとしても、即座に撤退をする必要が出てくるくらいに追い込まれます。

漢の歴史を紐解いても、高祖が項羽を打倒する切っ掛けとなったのは楚軍の兵糧切れからでした。

賊達の兵糧切れまで耐え、包囲を解かせる。それが彼らの思惑だったのではないでしょうか。

 

「賊達が冀州から移動してきたのも、足りなくなった食料を求めたからだしね。 兵糧が足りていないっていう推測は的を射ていたと思うよ」

 

お兄ちゃんが言ったとおり、元々冀州の黄巾達が他の場所へ移動したのも食べ物が無くなったからです。

そういう集団が兵糧を潤沢に持っていて、長期における包囲を行う事ができるでしょうか?ほぼ間違いなく、答えは否でしょう。

短期で城を抜くために必要となる攻城兵器を賊達は持っていませんでしたし、包囲は短期で解かれていた可能性は十分考えられます。

それを念頭に作戦を策定すれば、確かに援軍要請を不要と判断する可能性は十分にあり得ます。

ただし……。

 

「『ただし』から始まる注釈が付くよね、その作戦」

「うん。 『ただし、青州軍が負けていなければ』だよね」

 

当然私と子義さんも敵の持つ兵糧の問題を認識していました。しかし、その問題は北海に到着した時点で解決済みとなっていただろうと判断しました。

その理由が、青州の討伐軍の敗北です。

それも、州牧が行方不明となるくらいの大敗です。兵糧を持ち出すどころか、利用されないように火を放つ事ができたとも思えません。残された物資、特に兵糧は賊達に接収されている可能性が高いだろう、そう結論づけていました。

この結論については、北海の官吏達も共通の認識を持っているだろうと勝手に解釈していましたが、どうも誤解だったようで。

 

「その辺りから説得すれば、簡単に意思の統一ができていたのかな?」

「微妙じゃない? 結局、逃走したい官吏達の説得は必要になっただろうし。 包囲前の話し合いにかかった時間は変わらなかったと思うよ。 一番時間かかったのそこでしょ?」

 

お兄ちゃんの言う事が正しいと理屈では納得できるのですが、それでもあの時もっと上手い話し合いの仕方があったんじゃないかなぁ、と反省しきりです。

ちなみに、東莱への誘引が無理だろうと判断したのも、この黄巾達の食料不足が関係しています。

少ない食料を費やして官軍と戦うよりも、さっさと南下して徐州から略奪をしなくては、食料が足りなくなってしまう可能性が高いのです。

それが、先ほど語った『ある理由』です。

 

まあ、話を続けるとしましょう。

私は二つの円が重なる部分に指を置いて口を開きます。

 

「最後は『籠城をして』『援軍を呼びたい』人達。 私達と同じ考えを持つ人達だね」

 

そして、私が最初に疑問に思った、包囲前と包囲後の意見の転換の答えとなるであろう人達です。

兵の不足という問題を解決し、一番確実に包囲を解く事ができる方法。一番現実的な問題解決の手段です。

 

「多分、孔国相様と側近の方々がそういう意見を持っていたんだと思う。 だけど、その数名の方々以外はその考えを持っていなかったんじゃないかな」

 

本当にごく少数の方達しか、その意見を持っていなかった。そう考えれば、意見を翻した事にもある程度の理由はつけられる気がします。

 

「あの時、国相様は強権を発揮して籠城を命じても良かったはず。 国相様が命じればその場で意見が決定するんだから。 じゃあ、何で命令をしなかったのか。 命令する事で意見をまとめた時の弊害を嫌ったからじゃないかな」

 

常識に従えば、意見を異にする方々も国相様の命令という形を取れば従うと思われますが、確実ではありません。

逃げようとする官吏が多かった事や逃げ出す際の醜態を考えると、国相様の命令であっても聞いたかどうかは怪しいところです。

籠城を主張していた官吏達もそれは同じ。

国相様のためと言えば聞こえは良いですが、自分達の立身出世が目的が主であった事が考えられます。命令で援軍を呼ぶ事を決めたとして、素直に要請を出させてくれるでしょうか?

 

「そう考えると、北海って結構まとまりがない?」

「それは莒県(ここ)だってあまり変わりないと思うよ。 空さんや天明みたいに私に近い面々ならともかく、他の官吏は自分の生活や立身を最優先するだろうし」

「せ、世知辛いね……」

「まあ、流石に逃げ出すどさくさに、宝物庫襲う人間が居るとは思わないけど。 それでも徐州は大分ましだよ。 州牧様自身が蓄財に興味がなくて、賄賂が横行しない流れを作ったからね。 太守級の人材も州牧様の息がかかっているから、賄賂を嫌うし。 それに引き換え、空さんの親父さんに言わせれば青州は一時洒落にならないくらい官吏が腐敗したらしいからね。 北海ではある程度ましになったのも、国相様が為人(ひととなり)が信用できる人間を側近に招いたのが大きいわけだし」

「牛首馬肉? まずは上から正しますっていう意思表示?」

「……逸話の方を知らないと微妙に分かりづらい言葉を選ぶね。 しかも誤用に近いし。 上を(なら)う下の方が分かりやすいでしょうに」

 

お兄ちゃんが呆れながらそう口にします。

土地柄、斉の逸話や故事は多く耳にすると思うんだけどなぁ。誤用はわざとですが。

今はお兄ちゃんに通じたので、それで問題ないよなぁ、とも思います。

 

「まあ、内容としては合っているよ。 まずは頂点に就く国相とその側近達が、礼節を(わきま)えて不義を憎み、清廉な(まつりごと)を行う事で、下に就く官吏達が不正を行いづらい空気を城内に蔓延させる。 その中でもまだ賄賂を受け取ったりしている官吏を更迭(こうてつ)して新しい人材と入れ換える。 そうやって府内の浄化に努めていく。 方法としては至って真っ当だね」

「それがまだ不十分だったから、ああいう惨状だったって事なんだね。 数年後だったら、状況は違っていたのかな?」

「可能性はあるよ。 さしずめ、逃げようとした官吏が規律が低い、首をすげ替える直前の官吏。 援軍呼ばずに戦おうとしたのがより高みへ上る事を目指す、入れ換えたばかりの官吏」

「で、意見を口にしなかったと思われる官吏が孔国相様に近い官吏と、入れ換えられた後にその考えに共感した官吏ってところなのかな」

 

その区分けで考えると、もう少し時間が経てば逃げようとした官吏達は入れ換えられていくため数を減らし、援軍無しで籠城しようとした人達も孔国相に気に入られるために思想に染まっていく事が考えられます。

そうなっていれば、私達の意見も通りやすくなっていたはずです。

もう少し後だったらもっと楽できたんだなぁ、と思わず溜め息を吐いてしまいます。

 

「……まあ、話を戻すね。 命令をしなかったのは、全員を納得の上で籠城をさせたかったから。 つまり、逃げ出したい官吏を追い出す事ができなかったから。 これは、もし推薦で登用した官吏を追い出してしまった場合、後々の災いに繋がるかもしれないから」

 

これがおそらく最大の弊害でしょう。

これは州牧、太守(国相)、県令(県長)などの各地方長官が朝廷から任命され、各地方に派遣される事が関連しています。

一般的にこういった長官の役に就く人が、赴任した後に最初にする事はその地方の有力者(士大夫(したいふ)、豪族)に挨拶に行く事です。

そして、士大夫に土地の風習などの情報を教えてもらい、民心の慰撫や人材の斡旋等の助力を願います。代わりに長官は士大夫達の後ろ楯となり、互いに利がある共存関係が築かれます。

というよりも、彼らの協力が得られない場合、政務運営に支障が生じる可能性が高いです。

そういった人物から推薦されて官吏となった人物を追い出したらどうなるのか。彼らとの関係に亀裂が入るのが簡単に想像できます。

対立が決定的になった場合、士大夫達の扇動により農民反乱が起こされる可能性も……。

士大夫達との付き合い方一つで、統治の難易度が変わりますので、追放処分を(はか)るにも一苦労あるはずです。

 

「彼らを追い出す事ができない以上、無理に籠城に巻き込んでも士気を下げる要因になる事が考えられるよね。 だから、自主的に籠城派に鞍替えするように説得したかったんじゃないかな」

 

そして、それが終わる前に賊が襲来した。おそらくそういう事なのだと思うのです。

 

「付け加えれば、おそらく国相様達は籠城を主張して援軍を呼びたくなかった方々を、会議以外の場所で優先的に説得して回っていたんじゃないかな。 逃走を主張する官吏達よりも先に」

 

それは包囲が始まったらすぐに援軍要請が承認された事からも窺えます。

包囲の前後で変わった事は、逃走を主張する官吏が投獄なり逃走なりで城内から一掃された事です。

その上で、主戦派を援軍要請賛成として一枚岩に纏めあげたのでしょう。

そうする事で、全員が籠城と援軍を呼ぶ意思を統一する事ができました。

 

「主戦派はそうやって纏めたけど、逃走派の意見を翻させるだけの時間まで使い果たした……」

「それだけ抵抗が大きかったんだろうね。 内心はどうあれ、表向きは国相様のためだから強権的に接するわけにはいかないだろうし」

 

主戦派の方々の説得を先に行ったのは、数が多い逃走派との間にある数の差を少しでも減らしたいからだと考えています。

意見への賛同者の数が説得力を増す要素となるのは言うまでもありません。だからそれを目的として、主戦派を最優先で口説きにかかるのは理解はできます。できますが、結果として時間を使いすぎ、本来の目的である逃走派の説得まで手が回らなかったのは本末転倒ではないでしょうか?

 

ほどほどに出世して、平穏無事に毎日を過ごせれば良いと考えている私にはいまひとつピンと来ませんが、自分に自信のある人達にとっては立身出世は何よりも大切になるらしいです。

そういった人達に『出世する好機を棒に振るえ』と説得して回るのですから一苦労だったのでしょう。

もっとも、私にはそれは好機などではなく、自分の命を賭金にした博打に見えるのですが……。

 

「そうやって援軍に反対する人間がそれぞれ逃走、捕縛、説得されて城内の意思が一枚岩になった。 それが援軍が反対されなくなった要素って事か。 ……うん。 目立った矛盾も見当たらないし、致命的な間違いは無いんじゃない?」

 

何とかお兄ちゃんから合格点をもらう事ができたようでほっとしました。

ほっとしたついでに、お兄ちゃんに質問を投げ掛ける事にします。

 

「ちなみにお兄ちゃんが北海で同じ状況に陥ったとしたら、どう行動する?」

「無断であろうとも、援軍要請を出す事を最優先で動く」

 

きっぱりとそう断言されてしまいました。

お兄ちゃんならそう動くだろうと予想はしていたので、大きな驚きは特にありません。

 

「判断は二人とほぼ同じで、援軍無しで包囲を解くのは難しいと思うからね。 それを最優先にせざるを得ないよ。 ついでに言えば、無断で援軍要請を出した後でも、あくまで北海の官吏が不満を表明するなら、北海から徐州の全兵を引き上げる事を示唆してでも籠城における主導権を握る」

「思いっきり脅迫だよ!?」

 

思っていた以上に強硬論を唱えるお兄ちゃんにびっくりして大声を出してしまいました。

 

「まとまった兵が徐州勢しかいない以上、軍議において主導権を握れる事は明白でしょ。 もっともその話を出すにしても、最後の手段になるだろうけどね。 そうなる前に、何だかんだで国相様が既に出してしまったのは仕方がないって援軍に反対する人間を宥めにかかるだろうね」

 

確かに、守備できる兵が居なくなるという事態になるまで、国相様やその周りに(はべ)る側近達が発言を自粛する事はありえないでしょう。実際には援軍要請を出す事に賛成なのですから。

 

「ついでに援軍が来るまでの短い期間を耐えるだけなら、城内の和はそこまで気にする必要は無いと国相様を説得して、全員へ籠城の命令を出してもらうかな。 数年にも及ぶような長期の籠城にならなければ、人心はそこまで()まないだろうし、内応や明らかな怠慢なんかの落城に繋がる事態が起きなければそれで良いと割り切る。 もし命令に従わないようだったら、命令不服従として投獄する大義ができるしね。 それで推挙した士大夫が騒ぐなら、連座させる。 明らかな有事の際には、多少恨まれてでも強権を発揮しないと今後の統治にも影響しそうだし」

 

配下や士大夫を甘やかしすぎるな、という事でしょう。

 

「ただ、その方法は私だから取れる方法。 天明や子義は孔国相様に対しては(こうべ)を垂れる必要があるから無理だろうね」

「そうなっちゃうよね……」

 

孔国相様は対外的には私の大叔父となっていますので、尊族の意図に反する行動を取る事は不義となります。それは今後後ろ指を指される事を覚悟しなくてはいけません。

子義さんは血族ではありませんが、お母様が国相様の保護下にあるというご恩情を賜っているため、それに報いる必要があります。

お兄ちゃんの言った手段は、まったく孔国相様と関係の無い人だからこそ取れると言えます。

 

「まあ、どちらにせよ実際にその場にいなかった私がとやかく言っても、結果を知った上での後出しの意見に過ぎないから。 私がどう動くかなんて関係なく、二人を取り巻いていた状況からきちんと解決策を見い出せた事は誇って良いと思うよ。 ついでに言えば、私が言った方法だと北海の官吏との間に溝ができるからね。 交渉の窓口として心証を悪化させない対応だった事を考えれば、最善の結果とも言えると思うけど」

「それでも、次に同じような状況に陥った時にもっと上手く立ち回りたいから」

 

お兄ちゃんは誉めてくれましたし、他の方も認めてくれるでしょうが、今回の出征は反省点の多い物となってしまったと自己評価します。

そんな風に思い悩む私へ、お兄ちゃんは苦笑いを浮かべながら言葉をかけました。

 

「それじゃ向上心の尽きない妹へ、意地悪な兄がもう一つ追加で悩むネタをあげよう。 その図を書いた紙を貸して」

 

お兄ちゃんの言い様に不安を覚えながらも、私は興味を抑える事ができずに二つの円が書かれた紙を渡しました。

そして、お兄ちゃんは私が書いた二つの円に重なるように三つ目の円を描き、そこに『黄巾に敵対』と追加で記載しました。

それを見た瞬間、まだ考慮に漏れた部分が有ったのかと机に突っ伏して頭を抱えてしまいました。

その様子を見て、カラカラと笑いながら私の頭を撫でるお兄ちゃんを恨めしく思ったのは言うまでもありません。

 

「ど、どうしたのですか?」

 

頭を抱えている私と、笑いながらその頭を撫でるお兄ちゃんを見たのでしょう。

丁度部屋に戻ってきた子瑜さんが戸惑った声をあげたようですが、私は気にせずに頭を抱え続けるのでした。




最後までお読み頂きありがとうございます。

忙しい人向けの青州官吏の思考の要約です。
『籠城する事』『援軍を呼ぶ事』にそれぞれ賛否を出して、四通りに分かれています。

***

・逃げたくて援軍呼びたくない人
徐州兵、お前ら盾になれ!俺達は逃げる!

・逃げたくて援軍呼びたい人
偽装撤退として逃げたふりするぞ!仮に徐州に向かったら、それはそれで良し!
(実際には青州官吏でそう考えた人はゼロ)

・籠城して援軍呼びたくない人
出世の好機!援軍無くても、奴ら兵糧足りないだろうし楽勝!
(ただし、兵糧問題が解決している可能性には気づいていない)

・籠城して援軍呼びたい人
安全確実に行こうよー。失敗したらやばいんだからさー。
(説得に時間をかけすぎてピンチ)

それ以外にも

・宝物庫襲って、黄巾に渡して土下座すれば俺らだけでも許してもらえるんじゃね?
・やばくなったら徐州兵に全部押し付けて内応して城内に招き入れて許してもらおうぜ。
・くっ、力が押さえきれない!このままでは黄巾達だけではなく北海城すべてを破壊してしまう!(意訳:なんだかんだで、俺が賊を全滅させてヒーローさ!!)

などの意見もあったりします。大別して四通りというだけで、全員が画一化されて同じ考えを持っているわけではありません。
いちいちそこまで考えているとキリがないので、ある程度まとめて四種類にしました。

***
文字量が多い割には面白みの無い話だ←

以下、今回の補足事項です。
長いだけあって、補足も多いw

・お兄ちゃんの焼き菓子
クッキー。行軍食の一環として作ったはずが、いつの間にか嗜好品として徐州土産の定番に。既に豫州陳留、揚州呉では模倣したお菓子が売られていたりする。

・脆
サクサクして美味しいの意味。中国の食文化における三大食感の一つ。彼らの一番好きな食感らしい。ソースは鉄鍋の醤。うん、疑ってくれという事です。

・良いのかなあ?
多分麟以外は侍女なり側付きの人間にやらせるはず。麟は趣味でやってるのだから問題はない。

・天明の書いた図
ベン図。中学の数学を思い出してしまいました。

・偽装撤退案
当初作者がやろうと考えていた作戦。が、作中で天明が語ったように兵糧の問題があったため、誘引は無理だろうと判断。お蔵入りとなりました。

・青州牧人事
代理でも青州牧として実効支配して、そのまま袖の下を朝廷に渡せば比較的簡単に就けそう。というか、史実の孫家の江東一帯を治めた方法がこんな感じだった気が……。
ただ徐州に活躍されすぎると、「俺らのおかげで賊追い出せたんだろ?なのに何調子に乗ってるんだ?」といちゃもんをつけられかねない、というお話。

・側近の出世
いつの時代、どこの国でもままある事。有能な人間を引き上げるならまだしも、無能なお気に入りを引き上げた時は勢力が滅ぶ前兆。

・奇貨は居く物
上手く使えば一国の王になるのも夢じゃない!まあ、失敗すれば粛清なんですが。

・青州官吏達の焦り
前話、前ヶ話辺りで青州官吏が焦っているというのもこの辺りが影響している事を表現したつもりです。
火牛計、埋伏の毒を利用した夜襲と徐州が主導して戦い、功績を上げられてしまったので、それを挽回しようと考えて焦っています。

・牛頭馬肉
羊頭狗肉の元になった言葉。本来はご存知のとおり、見せ掛けは立派だけど実物は全然違う、という意味です。
しかし、天明は逸話となった「まずは後宮の妃達を正してしまわなくては、平民達は正そうとしませんよ」という晏嬰の逸話について話しています。本人も言っているようにわざと誤用しています。

・人材の入れ替え
数人程度ならともかく、ごっそりと首をすげ替えると政務が回らなくなります。
なので迂遠ですが、こういう方法で人材の浄化を図っていると思ってください。
まあ、あまりにも洒落にならないレベルで不正を働いている人物は首を(物理的に)切っているんでしょうが。
作者の持つイメージとしては、上杉鷹山の改革ですね。あれは側近中の側近を更迭してますがw

・有力者への挨拶
史記、滑稽列伝より西門豹と文候のやり取りを作者が噛み砕いて超解釈した内容。本来は、地元の賢い人を招きなさい、他人の欠点を見抜ける良き批評家を招きなさい、と話しています。

・孔融と接する時のスタンス
どこまで広まっているかは分かりませんが、儒教社会なので一応尊属は立てるよなー、という事で天明は言う事を聞いていました。
何の縁も無い麟は、その気になればいくらでも傍若無人に振舞えます。その後悪評は流れるかもしれませんが、命には代えられんと割り切るでしょう。

・意地悪な兄からの追加で悩むネタ
上で書いた忙しい人向け、それ以外として語った内容などが考えられます。まあ、自己中心的な考え方が大半を占めると考えてください。
実際には話し合っていない内容であっても少しは考慮するようにね、と麟は言わんとしています。

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