真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第三十二話投稿します。

今後投稿が遅れる事があった場合、A列車が原因とお考えください。
建設だけ終えて放置すれば良いのですが、思わず赤字の原因とかを調べたりして時間が経っているという……。


第三十二話 Don't You Worry 'Bout A Thing -妹達の不在-

 天明と子義が青州へ向かって一月あまり経ったわけだが、莒県の県城ではいつも通りに決裁を下す仕事が毎日発生している。そして、それをいつも通りに裁いていく必要があるのも変わらない。

 しかし、県城(ここ)ではしばらく前から少し問題が発生している。

 

「藍里。 ここ、計算間違えてる」

「申し訳ありません!」

 

 私が指摘と共に木簡を差し出すと、慌てて席を立って木簡を受け取りに駆け寄ってくる。

 その問題とは、今の様な藍里の不調。普段ならば十日に一回有るか無いか位だったケアレスミスが、今日だけで五回目。明らかに集中力を欠いている。

 それもそのはず。藍里の顔色は明らかに悪く、体調が良くない事が一目で分かる。

 

 先ほど挙げた県城での問題とはこの事。藍里の調子が良くないのだ。

 今までほぼ完璧といって良いほどに仕事をこなしていてくれたのだから、これくらいで叱責するつもりはない。しかし、そろそろ何かしら対応が必要となるだろう。

 

「藍里。 ちょっと待った」

 

 そう呼び掛けて、自席に戻ろうとする藍里を呼び止める。そして、私は口を開いた。

 

「大丈夫? まあ、大丈夫じゃなさそうに見えるから声をかけているわけだけど」

「……はい。 ご心配かけて申し訳ありません」

「心配するのは当然だから、別にかしこまる必要はないけど。 それよりも夜眠れてる?」

「……」

 

 まあ、案の定か。目が充血しているし、化粧をしてごまかしているので分かりづらいが、目の下に(くま)もできている。

 

「今日はもう大丈夫だから帰って休みなさい。 このまま続けても同じような失敗を繰り返すだけでしょ?」

「それは分かりますが……お願いです。 続けさせてください」

「駄目。 何かに没頭している間は不安を忘れられるけど、疲労は溜まり続けるんだから」

 

 疲労は休息、取り分け睡眠により回復する。それをまともに取れていない以上、仕事を続けて疲労を溜め込み続けるのは危険だ。命に関わるほどの過労になるとまでは思わないが、倒れる可能性は十分あり得る。

 

「自分の事を情けなく思う気持ちも、それを挽回したい気持ちも分かるけど、空回りしちゃってるよ。 頭を切り替えるためにも、一回ゆっくりと休息を取りなさい」

「……」

 

 私の言葉を聞き、藍里は目を伏せて口唇を噛み締める。その心底悔しそうな表情を見て、思わず優しい言葉をかけたくなるが我慢。ここで藍里の満足するまでやらせると、本気で倒れるまで続けかねない。

 藍里はいつも責任感を持って自分の仕事をこなしてくれているのだけど、今はベクトルを悪い方へ向けている。ここで一旦休ませないとならないのは明白だろう。

 

「しかし、夢見が悪くて……」

「今の状況を考えると悪い夢を見るのは当然だと思うし、それが嫌だっていうのは理解できるけど、少しでも眠れば大分違うはずだよ。 何だったら隣の部屋にある私の仮眠用の寝台使う? うなされている様だったらすぐに起こせるし」

「そ、それは別の理由で眠れなくなりそうなので結構です! ……はあ、それでは義兄さんの仰るとおり、今日は休みます。 何か火急の案件ができましたらすぐ駆けつけますから」

「ん。 悠長に寝ていられない事態って滅多に無いと思うけど、その時はよろしく」

 

 ……別の理由って何さ?

 そう疑問に思うが、藍里は説明する気が無いようで、その事には触れずに私に残っていた仕事を引き継ぎ、部屋を出ていった。

 まあ何にせよ、悩みが片付いてゆっくりと眠れるようになれば良いのに。そう願わずにいられない。

 

 さて、私も気合いを入れ直してさっさと仕事を終わらせるとしよう。

 天明が不在なので、残った兵達の調練もしなくてはいけないのだから。

 

 

 

 ……それから仕事に没頭し続け、ふと我に返ったのは自分の腹の虫が鳴ったのに気がついたからだ。外を見るとすでに日が沈もうとしている。

 昼も取らずにこの時刻まで仕事を続けていたため、流石にお腹が空いてきた。調練を終えてから座りっぱなしだった体が硬くなっている。

 終わらせるにはもう少し時間がいるだろうし、何か腹に入れるか。

 そう考え、厨房へ向かおうと伸びをしながら席を立った時、部屋の扉が開いた。開いた扉から空さんが食べ物を載せたお盆を持って入って来る。

 

「あ、麟君。 お仕事おしまい?」

「いや、もうちょっと。 空さんはどうしたの?」

「麟君、昼御飯食べてないでしょ? お腹空いたんじゃないかと思って、ご飯を持ってきたんだけど」

 

 おや、厨房に行く手間が省けた。

 

「ありがたく頂くよ。 空さんの夕食もあるみたいだし、一緒に食べようか」

 

 そう言って、私はお盆を置けるように机の上を片付ける。そこにお盆を置き、席に着いた空さんと他愛ない話をしながら食事を取る。

 

「そういえば、子瑜は? 麟君だけ残して帰るとは思えないんだけど」

「体調悪そうだし、帰した。 無理にでも休ませないと潰れるまで頑張っちゃいそうだし」

「そっか。 まあ、それが賢明だよね。 心労が積もっているだろうし、そこから病気になったりしたら大変だもの」

「まあね」

 

 空さんのその言葉に同意を示す。心労の原因が取り除かれるまで藍里はしばらくあのままだろう。

 

「それで、まだ見つからないの?」

「うん。 似た容姿の女の子が売りに出されていたっていう情報も入ってきてないのが救いだね。 もっとも、無事だっていう保証にはまったくならないんだけど」

 

 藍里の心労の原因。それは水鏡先生から送られてきた手紙で発覚した。

 藍里の妹である朱里と叔起さんが学院から出奔したらしいのだ。正確に言うと、朱里と親友の鳳士元殿が出奔し、叔起さんはそれについて行ったのだろうとの事だ。書き置きはあったが、そこに叔起さんの名前は入っていなかったらしい。

 その書き置きによると、『世の苦しんでいる多くの人々を、学院で学んだ事を実践して助けたい』と理由が書かれていたそうだ。まあ、出会った頃から朱里が公言していた内容なので、今さらそれに真新しさはない。しかしこの治安が悪化しまくっている時勢において、武の心得が無い年頃の娘が旅に出るのは自殺行為とも言える。だからこそ藍里は、妹達の行方不明に激しく動揺して今に至るわけだ。

 すぐに探しに探しに行こうとした藍里を説得して思い留めさせ、代わりに私が商家の伝てで情報を集めて探しているのだが、上手くいっていない。荊州から北に向かったという情報は入ってきたのだが、それ以降の足取りが不明となっている。

 

「無事だったら良いね」

「まあ、ね。 ただ、向かったと思われる場所は思いついてはいるんだよ。 確証は無いから伝えていないけど」

 

 藍里にそれを伝えるにしても、もう少し情報を集めないと気休めの憶測になっちゃうからなぁ。

 

「そっか。 それじゃ、そろそろ情報が集まってもおかしくないの?」

「多分、としか言えないのが何ともあやふやだけどね。 学院から出奔して結構経っているし、無事だとしたらそろそろ到着していてもおかしくはないと思う」

「ふーん。 ちなみに麟君が想定しているのってどこ?」

「現在(ちまた)を騒がせている幽州の義勇軍。 荊州から幽州までの距離を考えると現実味は薄く感じるんだけど、伝え聞こえてくる彼らの目的と行動が、朱里の理想に合致しすぎてるんだよ」

「ああ、なるほど。 『力が無く虐げられる人達を救うために立ち上がった義の軍団』だっけ?」

 

 その噂だけを聞くと、この世界の劉備や周りにいる人物は演義に近い性格をしている気がする。もっとも、実際の人柄について把握できるほどの情報が集まっていない。掲げる旗は綺麗でも、実際に持つ人間がどういう者かまでは見えないのだから、現時点で判断するのは危険だろう。

 天の御遣い殿も義勇軍に合流しているらしいし、要調査対象として継続して情報を集める事にしよう。活動拠点が幽州近辺に限定されているので、まだまだ出会う機会は遠いだろうし、正直言ってそれくらいしかできない、というのが実情だ。

 そこまで思考を走らせてから、空さんへ返事をするために口を開く。

 

「だね。 今の民達には受け入れられやすい物を掲げていると思うよ。 実際に彼らが賊を討伐して助かっている民衆も多いだろうし。 もっとも、本当にあの子達が義勇軍の元に向かっているとは限らないけどね。 幽州まで結構距離があるし、劉玄徳殿の元に辿り着く前に他の勢力に仕官している可能性もある。 もしかしたら途中で引き返しているのかもしれない。 女の子三人での旅なんて滅多に無いから割りとすぐに噂が流れそうな気がするから、頑張って情報を集めてみるよ」

「んー。 けどしばらく前に豫州近辺で、村を襲っていた盗賊団を壊滅させた三人の女の子の旅人達がいるって噂で聞いたよ? あ、多分子瑜の妹さん達とは別人ね。 一人が槍の達人だったらしいから」

「へえ、それは初耳。 単なる旅人でそういう義侠心を持った人間がいるとはね」

 

 今日においては珍しいくらいに痛快な話だ。まあ感心したのは良いが、本来賊討伐は私達官吏がしなくてはいけない事なのだが。しかし、そこまでの期待は抱けないほど中華全体での官吏のモラルが下がっている。官吏達には袖の下を気にする前に、自分の権力の土台たる漢が揺らいでいる事を足元で感じて欲しいのだが。

 そこで、思い出したように空さんが疑問を口にした。

 

「盗賊団の壊滅と言えば、青州の天明達は大丈夫なのかな? 何も連絡が来ないんだけど」

「大丈夫なんじゃない? 一応何か有った時のために、現場判断で動けるように権限付けてもらったし、本当に危なければ東武の謙(徐盛の真名)に援軍依頼を出すでしょ」

 

 謙は青州の目と鼻の先にある東武に県長として赴任している。私達が今いる莒よりも北に位置して、ずっと青州に近い。なので、援軍等を出すにしてもここから出すより早く青州へ到着する。

 そこで今回の遠征に先立って、東武への援軍要請も含めて現場担当者の判断だけで自由に行動できる様に権限を付与するよう趙国相様にお願いして許可を得ている。

 もちろん天明達が裏切ったり、略奪をしたりしない為人である事を知っており、能力に全幅の信頼をおけるからこそできるのだが。

 これで、仮に青州で有事が起こった際、即時に動ける顔ぶれは徐盛、太史慈、羊祜の三人。

……名が残る英傑でも連れてこないとまず勝てんだろ、これ。もし青州で何か問題が起こったとしても、こっちに伝わってくる前に解決してしまう可能性の方が高い。

 むしろ、ここまで自由に動ける有能な人間をお膳立てした上で解決できない事象が発生した場合、琅邪国全体、下手すれば州をあげて動員令を発する必要性が高くなるだろう。

 まあ、その可能性については考えないで良いだろう。今まで積極的に流民を受け入れたのだから、乱入してきた黄巾に合流する人間は少ないはず。伝え聞く賊の人数が確かであるならば、青州の兵達だけで十分に対応できるのだから。

 

 そう説明をして話題が変わった後も、空さんと雑談を続けながら食事を続け、小一時間後にようやく解散となった。

 

「さて、御馳走様。 美味しかったよ」

「お粗末様でした。 麟君、これからまだお仕事だよね? お手伝いしようか?」

「あー、大丈夫。 代わりと言ってはなんだけど、食器を厨房に持っていってもらって良い?」

 

 空さんの厚意に首を振る。流石にそれは申し訳ない。代わりに使った食器を片付けるようお願いする。

 

「うん、わかった。 麟君もあまり無理はしないでね。 倒れると泣いちゃうからね」

「了解。 そこまで時間かかるような物では無さそうだし、さっさと終わらせてゆっくりと休む事にするよ」

 

 苦笑いしながら空さんへ返事をして、部屋を出ていくのを見送る。

 そして私は机で残りの仕事をやっつけ始めるのだった。

 

 この時の私は一つ失念している事があった。それは数年前に発生した西涼の乱。

 黄巾の乱後に発生したこの事象が前倒しで起こったのならば、他の歴史的な事件も前倒しで起こっても不思議は無かった事に気がついていなかった。

 北海国で黄巾賊が起こした事件で一番有名な物。それがこの時点で前倒しで発生しており、天明や子義達、それから援軍として出撃した謙と共に対応に追われているとは、私は夢にも思っていなかったのだ。




最後までお読み頂きありがとうございます。

朱里にしろ雛里にしろ、学院を出奔した時に家族がいれば心配するよなぁ、と思ったので原作で語られなかった部分について掘り下げてみました。血縁の諸葛瑾を登場させているのに、何も心配する描写を入れなかったらそれはそれで不自然ですし。

今回の話で村を救った三人とは当然メンマさん達。魏ルート開始時に陳留の近くを歩き回っていたので豫州近辺を歩き回っているのかなー、と勝手に解釈しました。

次回は戦闘にするか、戦闘後まで時間を飛ばすか……。

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