真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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初投稿となります。
本作品を少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。

10/14 追記
感想にてご指摘頂いた事項を反映。
半角の!?を全角に直したり、閉じ括弧の際に句点を消したり。


少年期
第一話 Harvest Times -黄金の秋-


「あれ?(りん)君?」

 

ぽっかり今日の予定が空いてしまったから、農繁期を迎えて忙しい村のみんなを手伝おう。そう考えて金色に輝く麦畑を眺めながら作業している場所へと向かい歩いていたところ、慣れ親しんだ声で真名を呼ばれた。

辺りをキョロキョロと見渡したが、鮮やかな黄金色に染まった麦畑しかなく、声の主であろう彼女の姿は見えなかった。

 

「麟くーん、こっちこっちー!」

 

再び名前を呼ばれた。

目を凝らしながらもう一度麦畑へ目を向けてみると、先月十三歳の誕生日を迎えたばかりの従姉が、幼馴染をはじめとした数人の村人達と一緒に麦穂の海の中にいた。彼女達が作業のためにしゃがんでいたから見落としてしまったようだ。

彼女は心底嬉しそうな笑顔を浮かべながら私に向けて手を振っている。

 

(かい)姉さん」

 

従姉の真名を返事代わりに口にしながら麦畑に分け入り、手を振り続けている彼女のもとへ向かった。

背中に届く位に伸ばした色素の薄い茶色の髪を、未来の世界でポニーテールと呼ばれる髪型にしていた。活発な性格をしている彼女によく似合っている。

彼女の近くまで辿り着いたらすぐに、先ほどまで懸命に振っていた腕を背中に回され抱き締められた。

 

「麟君も来たんだ。 今日もお父様のお手伝いをするんじゃなかったの?」

 

頬同士がくっついているため顔は見えないが、聞くだけで満面の笑顔を浮かべていると分かるような弾んだ声でそう聞かれた。

 

「その予定だったんだけどね」

 

特に抵抗もせず抱きつかれたまま、顔だけをずらし姉さんの方へ向けて、その整った顔を見ながら私は答えた。

 

「賊がこの近くで出たみたい。 義父さんも討伐に行く事になったから、手伝いがなくなったんだよ」

「ふーん」

 

彼女は殊更なんでもない事のようにそう言ったが、抱き締める手の力が強くなった。それは父の出陣に不安を感じた彼女の心情を示している気がした。

 

「大丈夫、義父さんはいつものように無事に帰ってくるよ」

 

彼女の背中に手を回し、安心させるように軽く背中を叩きながらそう伝えた。

 

「うん……」

 

少しは安心できたたのか、込められた力が緩んだ。

 

「ところでそろそろ離してくれない? 動けないし、作業の邪魔になってるよ」

 

少し離れた場所にいる大人達の生暖かい視線を感じながら、私の事を抱き締め続けている海姉さんにそう伝えた。

正直恥ずかしい。溜め息混じりの声にならなかった事を誉めてもらいたい。

 

「大丈夫。 麟君の抱き心地を十分に堪能できたら、お姉ちゃんは百人力で働けるから! むしろ、作業効率が上がって仕事が早く終わるようになるよ! ……って、何で溜め息つくの!?」

 

今度こそ漏れ出てしまった溜め息は、従姉殿のお気に召さなかったらしい。さっきまでの笑顔とはうって変わり、軽く頬を膨らませながら私を睨んでいる。その視線に怯んで何も答えられないで困っていると、横から笑みを含んだ声が響いた。

 

「海、麟君困ってるよ? 貴女も麟君を困らせたい訳じゃないんでしょ?」

 

海姉さんにそう言ったのは、背中の中程まで届くくらいに長い焦げ茶色の髪を三つ編みにした、姉さんや私と同い年くらいの女の子だった。

 

「むー」

 

彼女の口にしたように私を困らせるのは本意ではなかったためか、そんな風に軽く不満そうな声を出しながらも姉さんは離れてくれた。

ごめんね、と軽く姉さんに謝罪をしてから、先程声をかけてきた女の子に向き直り彼女の名前と共に挨拶を口にした。

 

(くう)さん、こんにちは」

 

目の前にいる彼女はいつもどおり理知的な光を瞳に宿し、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「はい、こんにちは麟君」

 

彼女はそう挨拶を返してくれた。

 

「空さんも収穫の手伝い?」

「うん。 今年は豊作で忙しいみたいだからお手伝いに来たんだよ。 この豊作、麟君のおかげなんだよね?」

 

海姉さんの親友である彼女はそう答えながら、悪戯っぽい笑顔を作り、わざわざその身をかがめた上目遣いで私の顔を下から覗き込んできた。

二ヶ月前に十三歳になったばかりの女の子とはいえ、非常に整った顔でそういう魅力的な表情を至近距離で向けられると正直照れる。自分の顔が上気していくのが分かった。

私の顔が赤くなったのを見てか、彼女は口元に右手を当ててくすくすと笑い始めた。

……十三歳の女の子にからかわれるのか。

また胸中でため息を吐く。

 

赤くなった頬を隠すように空さんから顔を逸らすと、先程より大きく頬を膨らませた姉さんの顔が視界に入った。

そんな顔をしていても愛らしいと感じてしまうのは、彼女の顔立ちも非常に可愛らしいからだろう。身内の贔屓目を抜きにしても、空さんと同じくらい器量が良いと思う。

 

「むー! むー!! むー!!!」

 

そんな感想を抱きながら黙って姉さんの顔を見ていると、ますます頬を膨らませてしまった。……向日葵の種を頬張っているハムスターみたいだな。非常に愛らしい。

そんな事を頭の片隅で考えながら、どうやって海姉さんを宥めようかと考え始めた時に、空さんのいる方から「ぷっ」と吹き出す声が聞こえてきた。

そちらへ視線を戻すと、口元を両手で押さえながら必死に笑いを堪えている空さんの姿があった。

 

「空、なに笑ってるのよー!!」

「ご、ごめんなさい。 だ、だって海の顔がおかしくって……。 ぷっ、くっくっ……あはは、あはははははははは!!」

 

そこまで言って我慢の限界を越えてしまったのか?空さんは大笑いし始めた。口許を手で隠し、目尻に涙を浮かべながら笑っている。

姉さんはそんな空さんに対して、失礼だよー!!なんて怒って見せているが、まったくの逆効果になっているようだ。ますます空さんの笑い声は大きくなっていく。

そんな二人を見ていると、私も笑いが込み上げてきて空さんと一緒に笑い始めた。

姉さんはそんな私たち二人の顔を交互に見ながら膨れ続けていたが、私たちの笑い声が伝染したのか、一緒になって笑い始めた。三人の子供たちの朗らかな笑い声が麦畑に響き、最後にはその様子を見ていた大人たちも一緒に笑っていた。

 

少し時間が経つとみんなの笑いも収まり、作業が再開された。私も二人と一緒に刈り取った麦穂をまとめる作業にとりかかる。

 

しかしやっぱり女の子なんだよな。

手を止めないまま、隣で一緒に作業をしている彼女たちの事を考える。知り合ってから年単位の時間は経過しているが、いつまで経っても不思議なものだと思う。

糜竺と孫乾。どちらも三国志に登場する人物の名前だ。

海姉さんは姓が糜、名が竺、字が子仲。

空さんは姓が孫、名が乾、字が公祐。

どちらも徐洲の出身で、劉備に仕えた能吏として名前が伝えられている。

ただし、歴史上は男性と伝えられているんだが、何故かここにいる二人は女性だ。

 

やっぱりこの世界は少しおかしい。

二人の性別以外にも、服飾がやたらと近代的であったり、眼鏡等のこの時代にとってのオーパーツも存在している。どうやってレンズを視力矯正用に加工してるんだろう?きっと気にしたら負けなんだろう。

その他の大きな違いとして、真名の存在がある。真名は人物の本質を包み込んだ言葉で、自分の許した相手にしか呼ぶ事を許されない。許されていないのに不用意にその名で呼びかけると、最悪殺されてしまう事もあるらしい。なにそれ怖い。

それ以外にも、もともと居た世界の歴史との相違点は多々ある。

……そう、比較対象は『もともと居た世界の歴史』である。

 

私には前世の記憶が有る。

いやネタではなく、前世である二十世紀末の日本で一世を風靡した、戦士症候群に罹患しているわけでもない。今いる時代から一八〇〇年以上先の未来の記憶が本当にあるのだ。

前世の私は二十一世紀日本の鹿児島県で生活していた。

当然その記憶の中には、この時代にそぐわない知識もある。

そして私は、うっかりとそういう知識を使ってしまう事が多々ある。この二人のようなすでに深い信頼関係を構築できている間柄なら良いが、今後異端者として見なされないためには、より一層注意をする必要があるだろう。

 

「どうしたの、麟君?」

 

そんな事をとりとめもなく考えていると、いつの間にか手が止まってしまっていたようだ。

海姉さんに声をかけられて顔を上げると不思議そうにこちらを見ている二人の顔があった。慌てて止まっていた手を動かす。

 

「ちょっと考え事をしていたんだ」

「「考え事?」」

 

私の答えに、二人は声を揃えたように同じことを聞いてきた。仲良いなぁ。

ちょっと和んでしまった。

 

「僕は一体なんなんだろうって」

 

そうはぐらかすように答えた僕に、姉さんたちは戸惑ったような顔になり、こう言った。

 

「何って……麟君は麟君でしょ? 私の(・・)家族」

「それから氏名は糜芳、字は子方。 私の(・・)幼馴染」

 

姉さんと空さんが、それぞれ私の名前と自分との関係を口にする。

 

そう、『糜芳』である。

二人が能吏として名前を残しているように、私の名前も歴史書に刻まれている。しかしそれは裏切りを行った卑劣な人物として。その汚名は、元の世界で一八〇〇年以上経っても払拭されていない。

すなわち軍神関羽を裏切り、呉に討たせる要因を作った人物と同じ『糜芳』。それが私の名前だ。

同じように何度も裏切りを行ったが、その武において一定の評価が得られている呂布に対して、糜芳はずっと裏切り者としての評価しか与えられていない。もっとも、一番の見せ場が関羽への裏切りなのだ。その評価もやむをえないだろう。

 

そんな事をぼんやりと考えていると、二人の様子が少し変わった事に気づいた。

笑顔でお互いの顔を見ながらも、なんとなく二人の間の雰囲気が硬くなった気がする。

二人のそんな様子を見ていると段々と背筋が寒くなってきた。

どことなく威圧感が二人から放たれている気がするのは気のせいかな?

って、何でさっきまで私たちと同じように作業していた大人があんなに遠くに居るんだ!?

逃げるな!!私だって怖いんだぞ!!

この場をどう切り抜けようか、必死に考えながらゆっくりと後ずさりを始めたが、二人ともすでに私を挟む形で隣に移動しており、腕を片方ずつ組まれていた。

捕まった事に焦りながらも、なんとか逃げる事ができないかと必死に思考を巡らせる。

そして、まるでどちらが私の事を深く知っているのかを競うかのように、交互に私の個人情報を矢継ぎ早に話し始めた。

 

「真名は麟だね!」

「先週誕生日迎えて十二歳になったんだよね」

「好物は鶏肉と卵なんだよ!」

「他の男の子とは違って、意地悪な事しないしとっても優しいよね」

「頭がとっても良いんだよ! 計算がとても早いから、お父さんのお仕事のお手伝いができるの!」

「運動も上手だよね。足も早いし、年上の子にも剣で勝っちゃうしね」

「髪の毛を櫛で梳くのがとっても上手なんだよ! 寝癖とかを直すときにやってもらうんだけど、凄く気持ち良いの!!」

「櫛を使わないでも髪の毛優しく撫でてくれるだけで気持ち良いよね。 それだけで嬉しくなっちゃう」

 

等々、両手が使えれば頭を抱えながらうずくまりたくなるような事をしばらく言い合っていた。

きっと私の事を羞恥で悶死させるつもりに違いない。

必死に遠くへと逃げた大人たちに助けを求めるように視線を投げかけたが、全員目を逸らした。ちくせう!

 

その後もしばらく言い合っていたが、最後に私の顔をしっかり見ながら一言ずつ放った。

「私の最愛の義弟だよ!」満面の笑顔で姉さんがそう口にして。

「私の大好きな男の子だね」顔を赤らめた空さんがはにかみながらそう言葉を作る。

ウボァー。

 

私は羞恥心で死にそうになりながらも、真っ赤に染まった顔のままで空さんの最後の発言に食って掛かり始めた姉さんの事をなだめにかかるのだった。




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