真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

38 / 63
幕間八投稿します。

ようやく原作開始前ラストです。


幕間八 Brothers and sisters -義兄と姉-

 その日、私は授業が終わった後に黄里や雛里ちゃん、元直ちゃんと一緒にお菓子作りをしようと厨房に立っていた。

 そこに先生から呼び出しがかかったのだ。他の家族と一緒に消息を絶っていた藍里お姉ちゃんから連絡が来たからすぐに来なさいと。

 それを聞くや否や、黄里は厨房を飛び出していった。私もそれに続いて飛び出そうとしてすと思い直し、雛里ちゃん達へ向き直ってから中座する事を謝り厨房を飛び出した。そのまま駆け足で先生の部屋へ向かう。黄里が先行しているため、私は背中を追うように駆けた。

 黄里には先生の部屋の前で追い付く事ができた。というより、私を待ってくれていたのだろう。

 一旦先生の部屋の扉の前で立ち止まり、大きく息を吐いた後に隣の黄里と目を合わせて頷き合う。

 そして扉を叩き(おとな)いを告げる。

 中にいる先生から誰何の声がかかったため、名を告げて入室の許しを得る。

 

「諸葛孔明、及び諸葛叔起。 お招きに従い参りました」

「入りなさい」

 

 先生から許しが出たので扉を開けて部屋に入る。部屋に入るとすぐ、先生の向かいに誰かが座っている事に気づいた。その顔を見た瞬間、私と黄里は驚きで体が硬直してしまった。

 毎日鏡で見ている物と良く似た顔立ち。隣にいる黄里にも面影はある。

 私よりも早く硬直から立ち直った黄里が、無言でその人物へ向けて駆け出し、その勢いのまま抱きついた。

 うん。わざわざ正体をぼかして考える必要はないだろう。行方不明となっていた私達の姉、諸葛子瑜だ。

 家族など親しい人間にしか判別つかないほどの困った顔をしながら、先生への礼儀を欠いて飛び付いてきた黄里に小言を言っている。

 うん。安心するくらいにいつもの藍里お姉ちゃんだ。

 思わずその場にへたり込みそうになる体を叱咤し、お姉ちゃんの方へと歩みを進める。

 そして私はゆっくりと口を開いた。

 

「おおお、お姉ちゃん! こんな所で何していりゅんでしゅか!!」

「朱里、まずは落ち着きなさい。 そんな状態では話をしても理解できないでしょう。 それから表面だけ落ち着いているように見せるのではなく、発言も気を付けなくては意味がないでしょう?」

 

 憎たらしいくらいに非常に落ち着いた声でお姉ちゃんにそう諭される。

 横で先生が、学舎(まなびや)をこんな所扱いした弟子への制裁を、なんて呟いていますが、聞こえません。聞こえませんったら聞こえません!!

 

 

 

 それから三十分ほど経って、部屋はようやく落ち着きを取り戻した。厨房へ戻って、入れてきたお茶をゆっくりと啜る。

 少し場がまったりと弛緩し始めた頃、お姉ちゃんは話を始めた。

 

「さて、話し始める前に、どの辺りまで貴女達は知ってるの?」

 

 姉さんがそう前置きとして聞いたのは、既知の内容を繰り返すのは時間の無駄だという事だろう。まして、目上の先生もこの場にいるのだから、あまり時間を取るのもまずい。

 

「ええと、伯父さんの太守就任から起こった事は一通り。 義兄さんが行方不明になったみんなを探してみるから待ってろと手紙を送って来てからは何も」

 

 それを聞いて、お姉ちゃんはなるほどと呟いた。それから数秒考え込んだ後に話し始めた。

 

「では、大体の事情はもう知っているのね。 それじゃあ、まずは私がここに居る理由から話しましょう」

「子瑜殿。 こんな所と言って頂いて大丈夫ですよ?」

「いえ、妹の師の学舎(まなびや)を悪し様に語る事はできませんので」

 

 先程の失言は忘れられていなかったようだ。思わず口元が引き攣る。

 というかお姉ちゃんの取り澄ました顔で揶揄されるのが非常に腹立たしいのですが!

 

「さて、冗談はここまでにしておきましょうか。 まずは、私や家族の現状についてですが、誰も死んではいませんし、すぐに死んでしまうような怪我もしていません」

 

 それを聞いて、私と黄里からほう、と安堵のため息が漏れた。お姉ちゃんがこの場で落ち着いて話している事から、凶事が起きているとは思っていなかったが、巻き込まれた本人の口から説明すると安心する。

 

「ただ、今まで住んでいた淮陰の家は引き払ってしまったので、郯に引っ越しをしています。 住む所も見つかったし、それぞれみんな仕事を見つける事ができて、今はそれなりに安定した生活ができています」

 

 移住前提で預章まで動いていたわけだから、それも当然だろう。

 その後住む場所に郯を選ぶのも不思議な話ではない。郯は、ここ十年ほどで大きく発展を遂げた徐州の政治と経済の中心地。防衛の観点から下邳に州都を移そうという声も出ているが、まだ当分先の話となるだろう。

 最近は安住の地を求めて、近隣の州からも人が多く流れている。そんな発展著しい郯なので、仕事も住む場所も事欠かないだろう。もっとも、あの辺りは物価が高いため何気に生活を維持するのが大変なのだが、おそらく州府の官吏である義兄さんが助力しているのだろうと考える。

 どんどん、諸葛家は糜家に頭が上がらなくなっていくなぁ。

 

「それで、私は義兄さんの副官として仕えています。 ここに来たのも、義兄さんの仕事でこの近辺まで来る事になったので、立ち寄ったんです」

「思っていた以上にどっぷりだよ!?」

 

 思わず大声を出してしまう。

 けど考えて欲しい。糜家に支援を受けている事は予想していたが、仕官して義兄さんの配下に組み込まれているのは予想外だ。

 義兄さんは現在州牧様の主簿であり、将来を嘱望されている人物だ。当然その配下に就けば、出世の助けになる事が考えられる。我こそ配下に、と望む者は多いだろう。そんな選り取りみどりの中からわざわざ初仕官であるお姉ちゃんを選ぶ理由が分からない。

 確かに義理とはいえ兄妹であるし、お姉ちゃんが優秀なのは妹である私が一番わかっているのだが、それでも腑に落ちない物を感じる。何か特別な理由があるのだろうか。

 

「朱里?」

 

 大声を放った後考え込んでしまった私にお姉ちゃんが声をかけたが、それに返事もせずに考え続けた。

 まさか義兄さんに限って、お姉ちゃんを手籠めにするために近くに招いたわけでは無いだろうし。

 いや、けど義兄さんだって男の人だ。ましてお姉ちゃんは非常に可愛らしい顔立ちをしている。(よこしま)な気持ちを抱いても不思議ではないのでは?

 けどお姉ちゃんはそんな事を迫られたら自害をしてでも抵抗しようとするだろう。ならば、今落ち着いて私達と話をしているはずがない。恥を(そそ)ごうと義兄さんの命を奪おうと付け狙う方がしっくりとくる。

 けどけど本人に自覚は無いが、お姉ちゃんは義兄さんに恋心を持っているのだから強気に迫られたら断りきれずに体を開いてしまうのでは無いだろうか。

 

(藍里。 私の副官になりたいなら、どうすれば良いか分かっているよね?)

(はい、義兄さん。 私の事は好きにしてくださって結構です。 だけど、副官にして頂けるという約束は……)

(分かってる。 けど、今日だけで終わりじゃなく、私の配下の間はその体を好きにさせてもらうよ?)

(はい、けれどあまり酷い事は……)

(ふふ、おいで藍里。 いっぱい可愛がってあげるから)

(に、義兄さん、恥ずかしいです)

(ほら、大人しくこっちに)

(ああ、義兄さんっ。 義兄さん!!)

 

 こ、こんな風にこの間読んだ小説みたいな展開が二人の間に有ったのかもしれませんっ……!!

 

「はわわわわ! 大人でしゅ! 二人で大人の階段を全力で駆け登ってましゅ!!」

「しゅ、朱里!?」

 

 お姉ちゃんが珍しく驚いたような表情を浮かべてる事にも、黄里が冷めきった視線を向けてくるのも気にせず、私の妄想は膨らむばかりだ。

 に、義兄さん。その手に持った首輪をどうなしゃるおつもりでしゅか!?

 お、お姉ちゃんも髪を掻き上げて義兄さんが着けやすい様にしちゃ駄目でしゅ!!

 

「黄里。 朱里は一体?」

「言葉から察するに、藍里お姉ちゃんと子方お兄ちゃんの事で不埒な事を考えているんだと思います。 発作のような物ですので、放っておいて良いと思いますよ? というより、正直気持ち悪いので関わりたくありません」

 

 ……数秒後、黄里の言葉の意味が分かり顔を真っ赤にした藍里お姉ちゃんから、特大の雷を落とされたのは言うまでも無い。

 

 

 

「良いですか、朱里。 何もそういう事に興味を持ってはならないとまでは言いません。 しかし、返しきれないほどの厚遇を受けている方を相手にそのような穢わらしい事を考え付くのはいけません。 大変失礼にあたる事が分からない貴女ではないでしょう」

「うう……」

 

 かれこれ三十分ほど正座でお説教を受けている。いい加減足が痺れて感覚が無くなってきた。

 思わず助けを求める視線を楽しそうに談笑している先生と黄里に向ける。

 その視線に気づいた先生は、頬に手を当てて困ったわね、と言いたげな表情を浮かべ、黄里はたまには痛い目を見れば良いと思いますよ、という表情をしていた。二人とも止めてくれるつもりは無いらしい。

 

「聞いているの! 朱里!!」

「はい、聞いています! 本当にすみませんでした!!」

 

 お姉ちゃんからの大喝に反射的に頭を下げる。

 

「……はあ。 あまり時間も無い事ですし、ここまでにしましょう。 水鏡先生。 愚妹がこのような不埒な事をしでかしたら、容赦なく折檻して頂いて構いませんので、どうぞ今後も厳しく接してあげてください」

「いつもは非の打ち所も無いほど優秀ですから、あまり叱る事はありませんので心配ありませんよ」

「愚妹には過ぎた言葉です」

 

 そんな先生とお姉ちゃんの会話を聞きながらこっそり正座を崩そうとすると、いつ足を崩して良いと言いましたか、と言葉が飛んできたのですぐに姿勢を正す。

 横で呑気にお茶を啜っている黄里へ思わず恨めしい視線を向けたくなるが我慢する。黄里は助け船を出してはくれなかったが、日頃雛里ちゃんとそういう本を隠れて読んでいる事をばらしてくれなかっただけでもありがたいと思うべきだろう。

 仮にそういう視線を黄里に向けて、ついでとばかりにばらされるとさらにお説教の時間が長くなる。

 姉の威厳が。姉の威厳がぁ……。

 

「とりあえず、話を戻しましょう。 義兄さんが受けた仕事の補佐としてこの地に来たのですが、義兄さんが手紙だけじゃなく、顔を見せた方が貴女達が安心するだろうとここに来られるようにしてくれたんです」

「子方お兄ちゃんは学院に来なかったの?」

「女子校だから遠慮する、との事でした。 生徒の皆さんが、男が居ると落ち着いて勉強できなくなるだろうし、怖がらせても悪い、と言っていましたね」

 

 それを聞いて残念そうな顔をする黄里。 多分私も同じ顔をしているだろう。

 

「また会える機会もきっとあるでしょう。 私も貴女達の元気な顔を見て安心しました」

 

 そう言って、姉さんは少し安堵のため息を吐いた。お姉ちゃんは表情があまり変わらないので誤解されやすいが、非常に情の強い人だ。遠く離れた私達の事をずっと心配してくれていたのだろう。

 感謝の言葉を口にすると、お姉ちゃんは照れ隠しのように目を逸らし、手元の湯飲みに口を付けた。

 

「そういえば話は変わるのですが、義兄さんが気になる事を言っています」

「気になる事……ですか?」

 

 先生が不思議そうに首を傾げる。

 その問いにお姉ちゃんはゆっくりと頷く。

 そしてお姉ちゃんは口を開いた。

 

「西涼で反乱が起こる可能性があると、義兄さんからの伝言をお預かりしました。 真偽の程は半々と言っていましたが」

 

 

 

「……ちゃん、……里ちゃん。 朱里ちゃんってば!」

「はわわ!」

「あわわ!」

 

 数年前にお姉ちゃんが私塾を訪ねてきた当時の事を思い返していたのだが、突然耳元で大声を出されて、思わず大声を出してしまう。

 その拍子に、今まで思い返していたお姉ちゃんの姿が脳裏から消える。

 私の出した声に驚いたのか、最初に大きな声を出した本人である雛里ちゃんまで驚いていた。

 

「ど、どうしたの、雛里ちゃん!? 敵襲? 敵襲なの!? はわわ、すぐに出陣の準備をしなくちゃ!!」

「あわわわわ、違うよ朱里ちゃん! そろそろ軍議時間が迫ってきたのに朱里ちゃんの姿が見えなかったから呼びに来たんだよ!」

「はわっ!? もうそんな時間なの!?」

 

 慌てたまま外を見ると、既に太陽は中天に差し掛かろうとしていた。確かに軍議の時間まで後少しだ。

 急いで手元の手紙の束をまとめて文箱にしまい、雛里ちゃんと一緒に天幕を出る。どうせ袁本初さんが遅れてくるのでまだ大丈夫だとは思うのだが、万が一に備えて早歩きで向かう事にする。

 

「それで朱里ちゃん。 何を考えていたの?」

「お姉ちゃんが私塾を訪ねてきた時の事を思い出していたんだよ。 あの後お姉ちゃんは西涼に出陣する事になったから、少しでも西涼について有用な事が分からないかって」

 

 数年前に西涼で起こった韓遂の乱。その戦いには、徐州勢としてお姉ちゃんも義兄さんも出撃していた。戦前にはお姉ちゃんが私塾を訪ねて来てその話題を出し、戦後に無事に鎮圧できた事を手紙で送ってくれていた事を思い出し、何か少しでも分かる事が無いかと読み漁っていたのだ。

 その過程で、その西涼の乱が起こる事をお姉ちゃんが伝えに来た当時の事を思い返していたのだ。無事なお姉ちゃんの顔を見れて凄く嬉しかったので、記憶が鮮明に残っている。

 ただ、あまりにも時間がかかりすぎたせいで皆さんを待たせてしまう事になりそうだが。

 

「それで、何か気づいた事はあった?」

「うーん。 華雄将軍が武に絶対の自信を持っていて、実際に強かったって義兄さんは手紙で書いていたよ。 だから罠を作って嵌めたんだって」

 

 そこまで話すと雛里ちゃんは不思議そうな表情を浮かべて私を見た。何だろう?

 

「? ……朱里ちゃんってお兄さんいるんだっけ?」

「あれ? 話した事無かったっけ?」

「うん。 徐州に仕えているお姉さんの話は何度か聞いた事あったけど」

「そっか。 ええっと、私塾時代に私の後ろ楯をしてくれていた糜家は知っているよね? そこのご子息で、今は徐州で県長をやっているんだけど」

 

 ちなみに、お姉ちゃんはその下で県丞をしているんだよ、と付け加える。

 隣を歩く雛里ちゃんがぴたりと立ち止まったので、私は不思議に思い、彼女の方を向き直る。

 そこには驚愕と興奮が入り混じった親友の顔があった。

 

「あわわわわ!! 朱里ちゃんのお兄さんって、あの糜子方様なの!?」

「はわわ! 雛里ちゃん、声が大きいよ!」

 

 大声を出した私達を、周りに居た兵の皆さんが視線が射抜く。

 恥ずかしさに顔を伏せて、雛里ちゃんと一緒にすごすごとその場を離れる。

 

「ええっと、朱里ちゃん目立っちゃったみたいでごめんね」

「気にしないで良いよ。 えっと、義兄さんの話だっけ。 義兄さんと言っても、義兄弟の契りを結んだのであって血を分けてるんじゃないんだけどね」

「あわわ、それでも凄いよ。 糜子方様、有名人だよ」

 

 うん。 確かに雛里ちゃんの言葉は正しい。

 元々義兄さんは出生時から、麒麟の化身という眉唾物の噂が徐州を中心に流布されていた。最近では、その噂はより広く人の口に上がり始めているようだ。

 しかし最近ではその噂は義兄さんの功績と相まって独り歩きしている感もある。

 曰く、軍を率いては不敗の名将。

 曰く、(まつりごと)をさせれば、徳に満ち、民を愛し、礼節を守り、不義を見逃さず、治める地の繁栄を約束する稀代の名臣。

 曰く、千里先まで見通し、その言葉でもって人を意のままに操る知謀の徒。

 どれも義兄さんが実際に聞くと渋面を作った上で、「片腹痛いし胃が痛い。 正直付き合いきれん」とぼやきそうです。

 さらにお姉ちゃんが隣にいたら、その言葉に全力で(かぶり)を振り、「まだまだ義兄さんを称賛するには足りないくらいです」と反論しそうだ。

 想像であっても、あの二人の事を考えると心の距離が近くなったように感じられて嬉しくなる。

 

 けど、先の言葉は言い過ぎな部分はあるが、真実も多く含んでいる。

 実際に戦績は不敗を誇っているし、的確な民政を施すので民達から人気の高い為政者でもある。糜家の商人達から情報を集めて、遠くの事を知る事もできる。

 ……こうやって改めて挙げてみるとなかなかに規格外な存在な気がしてきました。

 まあ、義兄さんの最も凄い部分はその噂に上がって来てはいないのだが。

 

「ねえ、朱里ちゃん」

「何で義兄さんにお願いして徐州に仕官しなかったのか、でしょ?」

 

 雛里ちゃんが聞くであろう事を先回りして口にする。隣の雛里ちゃんの頭が縦に揺れるのが視界の端に見える。

 黄里にも同じ事を聞かれたし、おそらく学院に戻れば先生にも聞かれるであろう。

 

「うーん……。 色々あるんだけど、一番の理由は矜持、かなぁ」

 

 うん。自分でそう口にする事で、胸の奥にすとんと落ちた。

 雛里ちゃんは無言で先を促した。

 

「まだ義兄さんが徐州に仕えていない頃、私が徐州に仕官するなら歓迎するけど、いつか絶対義兄さんとは道を違える事になると言われているからね」

 

 私自身、そうなるだろうと簡単に想像できる。

 徐州を栄えさせる事が目的である義兄さんと、この国をあるべき姿へと戻そうとする私。共に歩く事はできなくはないが、いつか私は必ず義兄さんの目指す物とは別の物を求めてしまう。

 

「それに、ただでさえ義兄さんには色々と援助してもらっているからね。 仕官の世話までしてもらうのは、矜持に関わるかなって」

 

 結局のところ、私の行動はこれに尽きるのだろう。

 義兄さんの世話にならずとも、自分だけで活躍する事を証明し、義兄さんに良いところを見てもらいたい。そして、私の才を信じてくれた義兄さんの目が確かだと証明したいのだ。

 うん?自分の矜持と言いながら、義兄さんばかりが理由に挙がるのは何ででしょうか?

 ふと頭の片隅で疑問を覚えるが、そいう考えると心が暖かくなるので、悪い事ではないのだろう。 だから、今は気にせずに雛里ちゃんとの会話を続ける。

 

「それに、徐州にはもう優秀な人がいっぱい居るからね。 無理に私達が行かなくても、十分勢力を拡大、維持できるよ」

「うん。 噂に聞くだけでもたくさん居るよね」

 

 上の世代から数えると、まずは陶州牧様。優秀な軍事指揮官で民政家だ。

 それから義兄さんのお父上、糜子伯様に陳東海太守様。どちらも州牧様の片腕として徐州の安定に一役買っている。陳太守の息子も英邁の誉れ高い。

 王景興さんも民政家として高名だ。

 私達と同じ世代を数えると、それこそ綺羅星のように人が居る。義兄さんを筆頭に、義兄さんのお姉さんである糜子仲さん。その親友である孫公祐さん。

 義兄さんの幼馴染みという臧宣高さんと徐文嚮さん。

 私のお姉ちゃん、諸葛子瑜。私の友人でもある歩子山と歩子麗の兄妹。

 義兄さんの弟子らしい、杜伯侯さんも農政の分野で最近よく名前を聞く。

 最近義兄さんに仕え始めた人物も四人ほどいるらしいが、名前等は伝わってきていない。

 だが義兄さんの眼鏡にかなって仕えているのであれば、間違いなく優秀な人物なのだろう。

 簡単に考えただけでこれだけの人がいるのだ。しかも、大半は義兄さんと何かしらかの関係を持っているという恐ろしさ。

 

「あわわ。 そう考えると、やっぱり糜子方様は凄いね」

「うん。 昔から、鮑叔みたいになりたいって言ってたから、人材抜擢は望むところなんだろうね」

 

 おそらく、義兄さんの一番凄い所はこの人物評価だろう。今まで義兄さんが評価した人物は軒並み結果を出して出世している。

 今では幾人もの人が目をかけてもらおうを義兄さんの元を詰めかけているという。

 

『因果関係が逆なのに気づいて欲しいんだが。 私が評価したから出世したのではなく、出世しそうなくらい才気があるのだから目をかけるんだよ。 ついでに言えば、そういう才能ある人達は私の評価に関わらず、勝手に世に出てくるだろうよ』

 

 義兄さんが私への手紙でそう漏らしていたのを思い出す。

 なるほど、言われてみれば確かに一理ある。しかし、人物評価で有名な方に評価してもらうのは、名前を挙げるには絶好の機会となる。そう考えると詰めかける人達の気持ちも分からないではない。

 義兄さんの仏頂面が脳裏に浮かび、思わず苦笑してしまう。

 

「だけど今は義兄さんの事よりも、目の前の事を考えないとね」

「うん。 この目の前に(そび)える汜水関を攻略する事を考えないとね」

 

 そう言って二人してここからでも見える汜水関を眺める。

 守将は猛将の誉れ高き華雄。立て篭もるは難攻不落の汜水関。どちらにせよ簡単な戦いにはならないはずだ。

 それでも、退く気も無ければ諦める気も無い。

 

「義兄さんは今の私と同じ年の頃に西涼の乱で功を上げられた。 なら、今の私達でできない理由にはならないよね」

「うん。 みんなも頼りになるんだから、きっと大丈夫だよ」

 

 そう言って、雛里ちゃんと顔を合わせて頷きあう。私達は決意も新たに軍議の場に歩みを進めるのであった。




最後までお読み頂き、ありがとうございます。

ようやく次の話から原作開始です。
その前に、登場人物紹介を挟みますが……。
最大の問題は、今週来週が深夜作業のため執筆の時間を取るのが難しそうなところ。
行き帰りの電車でぽちぽちと携帯で打つくらいしかできなさそうなので、少しお待ちいただくかもしれません。

ご意見・ご感想等ございましたら、記載をお願い致します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。