真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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幕間五投稿します。

師走は忙しいですねぇ。まとまった執筆時間を取れません。
創造も積んでしまっていますし……。これが投稿されている時間は絶賛深夜作業中でしょうし……。
ええい!この世界に影時間は無いのか!!


幕間五 Grass Hopper -農政白書-

 私、杜伯侯が師と仰ぐ目の前の少年と出会う事になったのは、私の抑えきれなかった好奇心が発端となっている。

 父が数年前に死んだ後、私は継母(ままはは)によって育てられた。お世辞にも良い扱いを受けていたとは言えないが、それもしょうがないだろうと納得もしていた。継母からすると、愛する旦那が亡くなり、他の女との間に生まれた私の面倒を見なくてはいけなくなったのだ。多少は当たり散らしたくもなるだろう。家から追い出されなかっただけましな扱いだったと言えるだろうか?そう理解したからこそ、私は継母に対しても実の両親へ接するように、孝心を持って尽くす事ができたのだろう。

 さりとて、私も当時は幼く(現在も齢十四と十分若いが)母に尽くす事に疑問は感じなかったが、鬱屈とした感情は持ち合わせていた。

 そういった負の感情を吹き飛ばす、非常に興味深い噂を村に来た商人達に聞いたのは、丁度その頃だ。

 

『聞いた事の無いような不思議な農法を利用して、麦の収穫量を大きく増やしている村が徐州にあるらしい』

 

 それも一度きりではなく、何度も噂を耳にする事になる。その村の噂を聞く事は当時の私にとって数少ない楽しみであり、村の他の子供達が仙術に憧れるようにその農法に夢中となった。まあ、中には、明らかに嘘であると判断できるような物、それこそ仙術、妖術を用いているという噂もあったが。

 そうやって噂を聞くうちに、一人の人物の名前が頻繁に登場する事に気づいた。

 糜子伯。噂の村の土地を所有している人物であり、その農政を奨励しているのも同じ人物であるという。徐州牧陶謙の側近の一人であり、代々続く富豪の家系の現当主だという事だ。

 所在が分かり、連絡が取る事ができるようになると手紙をしたためるまでに大して時間はかからなかった。

 何通か手紙をしたためたのだが、何の返信も無かった。内容がまるで無く、ただただ見識の深さを称賛するだけの美辞麗句を書き連ねた手紙なので、当然と言えば当然だろう。私でもそんな物もらったら反応に困る。当時の自分はそんな事も分からなかったのか、と今更ながらに少し落ち込む。

 返信をもらった時には、最初に(ふみ)をしたためてから数ヵ月が経っていたと思う。

 内容はいつもどおりの美辞麗句に加えて、何か作物を増産する術は無いだろうか、とぼやきにも似た言葉を記した。

 ええ、しばらくして返信が届き、引っくり返るくらい驚きましたよ。継母には変な物を見るような目で見られ、非常に居心地が悪かったです、はい。

 

 部屋に戻って、期待に胸を高鳴らせながら手紙を一心不乱に読む。読み進めるうちに糜子伯殿本人が書いたわけではなく、息子が書いている事が分かり失望した。が、さらに先まで内容に目を通していくと、驚愕が顔に張り付いた。

 私が愚痴った内容について、わざわざ回答を記してきてくれたのだ。

 

『――とまあ、つらつらと心のままに書き殴りましたが、話をまとめると私たちが今試している新しい農法も、妖術のように何も入っていない壷から麦を出す事はできない、適当な方法で作物の作付けは必要になる、という事です。 ならば伯侯殿の望みを叶える方法は、現在植えている作物(おそらく麦ですよね?)から収穫できる量を増やす。 または、作付けをする土地を広げるかのどちらかになるかと思います』

 

 確かに。そう頷くしかないほど当然の事だ。あるいは噂どおりに妖術を使っているのでは、と危惧していたが、それなら私でも方法を真似る事ができる、という事だ。その方法の一部についても一緒に記してくれていた。

 

『前者の方法は、土地の力を上げて実りを良くする事。 それから、鳥に食べられる量を減らす事でしょうか。 後者は鷹や鷲を飼い慣らさないと難しいでしょう。 飛ぶ鳥を射落とせる腕前のある弓士が居れば話は別ですが……。 なので、前者に話を絞らせて頂きます。 私達は肥料を適度に土地に撒く事で地力を回復、増強しています。 作り方は、後述しますので、是非試してみてください。 また、私達の村で作った物も少量ではありますが一緒に送りましたので、比較用としてください。 それから、二毛作はできるだけ避けた方が良いかと思います。 あれは土地を痩せさせる原因となりますので』

 

 そこまで読んで、私は手紙と一緒に商人に渡された手のひらに載るくらいの小さな壷へ視線を移した。なるほど、これの中身はそれか。土と間違えて危うく捨ててしまうところだった。

 

『それから、土地を広げる際に麦に適した土地が無くなっているようでしたら、粟、稗、黍など雑穀を植えている痩せた土地で、蕎麦を植えてみてはいかがでしょうか? あれは寒い気候に強く、荒れ地でも実をつけます。 さらに言葉を付け加えれば、粟と比べてもさらに生育が早く、二、三ヶ月で収穫できて籾のままでも数十年間保存できるので、飢饉の際の備えとなります。 さらにさらに、先に挙げた雑穀の類いとは違い、蜂の巣箱もその傍らに置いておくと、はちみつを採取する事もできます。 それ以外の作物ですと、胡麻を育てる事ができれば油を絞ってお金に換える事ができるし、絞りかすは肥料に再利用、もしくは家畜の餌とする事ができます。ただ、胡麻は三輔から西涼辺りの気候では寒すぎて、上手く収穫できないかもしれませんのでご注意ください。実際に貴方の住む村を目にすれば、もう少し色々と助言できるのでしょうが、今思い付くのはこの辺りが限界です。 また何か思い付いたらご連絡いたします』

 

 その後に、蕎麦の育てかたと肥料の作り方、使い方が書かれて、手紙は結ばれていた。

 いくつか方法を書いてくれているが、鷹以外は比較的簡単に実施できるだろう。やってみる価値はある。そして、次の日から私は手紙に書かれているとおりに行動を始めた。

 そして、その後肥料作りを行って、継母に気持ち悪がられたり(臭いが凄いし、何をしているかわからなかったからだろう)、荒れた土地に蕎麦を植えて、村の住人に育つわけがないと笑われたりしながらも、教えてもらった事を実践し続けた。

 結果的に、手紙に書かれている内容は正しかった。作った肥料を書かれていたとおりに使えば麦穂一本当たりの麦粒の数は多くなった。

 蕎麦も麦穂ほどではないが、きちんと実りをつけて、側に置いた蜂の巣箱からはちみつを採取する事ができた。

 この事で一番喜んだのは継母であり、私が行ってきた事の中で、最も喜んでくれたかもしれない。これらの方法を徐州から届いた手紙で教えられたと伝えると、もっと色々と聞き出すようにと言われる事になった。まあ、文をしたためる事に苦い顔をされる事が無くなっただけありがたい。

 その後も、糜子伯殿の息子である糜子方殿との間に文のやり取りを続ける事となる。主に私から質問を投げ掛け、それに答えを返してもらうという形で。そのやりとりの中で、農法の指導をしたのが御父君ではなく、彼本人と知るのにあまり時間はかからなかった。

 そうやって交流を深めれば深めるほど、農業への深い知識に深い尊敬を抱かずにはいられなかった。思わず初めて会った時に弟子入りを志願してしまうほどには。

 数年の間そうして糜子方殿とは文での交流を続け、普段の生活では継母に尽くす、そういう日々が続いた。そのままずっとそんな日々が続く、そうやってその時は考えていたと思う。

 それに変化が訪れたのは、つい一年前の事。継母が流行り病で身罷ったのだ。父が亡くなってからの数年間、継母にまつわる事が私にとっての最優先事項だった。その継母が亡くなり、私は家族を失った悲しみに涙を見せる事も、良い扱いとは言えない状況から抜け出せる事に喜びを見出だす事もできず、ただ途方にくれていた。手紙の主がわざわざ私の元へ赴いてくれたのは、そんな心地が抜けきらない、継母の喪が開けたばかりの頃だった。

 

「お初にお目にかかります、糜芳、字は子方と申します。 とはいっても、文で何度かやり取りをさせて頂いていますので、あまり初めましてという感じではありませんが。 近くまで来る機会がありましたので、立ち寄らせて頂きました」

 

 私の住む家を訪れた少年はそう言って、丁寧に私へ頭を下げた。私もそれに応えるため、慌てて頭を下げて自分の名前を告げた。

 

「ご丁寧にありがとうございます。 私は杜幾、字を伯侯と申します。 先年継母(はは)を亡くし、喪に服していたため、歓待は何もできませんが……」

「先触れも無しに突然訪れて、宴を開けと口にできる度胸は持っていませんよ。 それよりも弔問に訪れた形となるのに、何も用意してこなかった我が身の不明を詫びるべきでしょう」

 

 その謝罪こそ不要だろう。継母が亡くなった後腑抜けていたため、一通も手紙を送っていない。彼が継母の事を知っているわけないのだから、弔問の準備などできるはずがないのだ。

 そう伝え、私は彼と私の分のお茶を入れるため席を立った。

 

 席につき、まずはわざわざ徐州から訪れる理由となった出来事について問いかけた。すると彼は不思議そうな表情を浮かべて、こう言った。

 

「西涼で韓遂が反乱を起こしたので、その鎮圧です。 来る途中でも徐州勢が討伐へ一役を買ったと噂されていたので、既にご存じだと思っていたのですが」

 

 自意識過剰でしたか、と少し恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。

 ええ、そんな反乱が起きていた事すら、今初めて知りましたよ。さらに話を聞くと、反乱軍は三輔(さんぽ)の地まで足を踏み入れていたらしい。

 何気に危険な状況に身を置いていた事に肝を冷やした。道理で村から住人が少なくなっているわけだ。

 

 今回の戦について話を聞くと、よほど呆れ返っていたのだろう。彼は物資の調達に手間取った事を真っ先に挙げた。

 

「軍は補給線が整っていない場合には、おこさないべきなんですけどね。 下手すれば、守るべき民から略奪をしなくてはならないわけですから」

 

 そうぼやく様に彼は口にした。

 兵と簡単に言っても人の子だ。食事も取れば、睡眠も必要となる。その辺りは少し考えれば分かるような気がするのだが。

 そう口にした私に向けて、彼は苦笑いを向けてきた。

 

「本当は貴女の言うとおり、軍を発する前に全部整えるのが朝廷の役割のはずなんですけど、そういう事を考えられる人材が、朝廷内でも少なくなっているのかもしれませんね。 もしくは、やろうとしてもしがらみで動く事ができないか。 どちらにせよ迷惑な話だ」

「結果、誰もやらずに飢えた軍隊が誕生するわけですか」

「武勇を誇る人間ほどその辺りの視点に欠けている印象が強いかな。 良くも悪くも腕っぷしだけで成り上がってきたから、そういう経験を積めなかったというのもあるんだろうけど」

 

 そう言って彼は手元で弄んでいた茶碗に口をつけた。

 

 武官で補給に従事する事を嫌がる者は多いと聞く。理由はいくつかあるのだが、必須とも言える迅速に物資量を算出する計算能力が欠如している者が多いため、というのが最大の理由となるだろうか。ならば、武官にやらせるのではなく、文官に専門部署を作るなどすれば良いのではないだろうか。

 そう指摘すると、あっさりと彼は頷いた。

 

「確かにね。 前線と違って、武勇で勲功を得る事ができないし、補給任務は一見功績が見えづらくもあるから、武官達は嫌がるんだよね。 もちろん指摘のとおり、計算ができない者が多いっていうのもあると思う。 なら、文官に全部任せてしまえば良いと考えるのも当然の事なんだろうね」

 

 そこまで彼は言った後一旦口を動かすのを止めて、茶碗の中身へ少し口を付けてからまた言葉を作り始めた。

 

「けど、従軍経験があって戦場の空気を知っている者だったらともかく、ずっと後方にいた文官にその辺りをやらせるのも不安かな」

 

 そこまで彼は言ってから言葉を切った。そして私の方を見つめて、軽く首を傾げてきた。まるで「君は分かる?」とでも言いたげに。

 私は腕を組み、軽く下を向きながら考え始めた。私も従軍経験がないため、思考を走らせて推測をするしかない。

 そのまま数分考え続け、ようやく考えがまとまったので口を開いた。

 

「持参する物資量の多寡についてでしょうか?」

 

 そう口にした私へ、彼はにっこりと笑い、手を叩いた。正解という事だろう。

 

「そう、そこが問題になると思う。 従軍経験の無い文官は、食べ物が無くなった時の兵の統率がいかに困難かが分からない。 だから物資を必要な分だけに切り詰めようとする傾向がある。 その辺りの計画を作る時には、適正量として算出した数字よりも少し多目に用意をした方が無難なんだよ、本当はね。 だから、可能であれば戦場で仕事する武官にも計画の段階で参画してもらった方が良い」

 

 その言葉には頷ける部分も多いが、一つだけ問題があるように思える。

 

『しかし、多目に持っていった場合、余った物資を返さない者も出てくるのでは?』

『物資の横流しとか、着服だよね。 その可能性は多いにあるよね。 発覚した場合に厳罰を下して規律を高めるしかないんだろうけど……』

 

 兵達の良識を問う事でもあるので、完全に撲滅する事が難しい問題なのだろう。しかし、倉の中を気にするあまり、敗戦するというのも馬鹿馬鹿しい。結局は彼の言うとおり、物資は多目に持っていく方が利が大きいという結果になるだろう。

 

 その後も話題は変わりはすれど、私達の話が途切れる事は無かった。そうやって話していて思うのが、糜子方殿の話題がいやに豊富だという事だ。商業や政治、法や歴史まで様々な事を、時に内容を噛み砕き、時に例を挙げながら分かりやすく、自分が話す意図を相手が理解をしやすいような話し方を心がけているようだ。

 まるで私塾の師のような話し方だ、そう指摘すると彼は少しきょとんとした表情を浮かべた後、苦笑いを浮かべた。

 何でも、昔からそういう話し方に慣れる環境にあったので癖になっており、さらに妹君に教えを授けているため同じような話し方がつい出てしまったのだろうという事だ。弟子や年少者等、目下の者へするような話し方をした事を謝罪されたが、別段不快な思いをしたわけでもないので、特に気にしていないと伝えた。

 

 そうやって話している中で、やはり私が最も興味を引かれたのは農業の話だ。

 手紙でやり取りをした内容以外にも何か聞ける事は無いかと、積極的に聞き出そうと話を振った。それが分かってか、彼も積極的に話に乗ってくれた。

 二毛作をすると土地が痩せていき、実りをつけづらくなっていくという弊害の説明から始まり、休耕地にする事で土地の力を回復させようとする三圃式農業と言われる方法、それから土地で植える物を変え続けて、地力を回復させながら作物を作るという四輪作と言われる方法。手紙で触れる事の無かった内容なので興味深く、興奮しながら話を聞いていた。ちなみに何故手紙でその内容に触れなかったかというと、少し難しい部分があるからだそうだ。

 

「どの作物が地力を回復させる事ができるか、なんて分からないでしょ? 適当に何でもかんでも植えられて、地力が回復しなかったら大飢饉が発生しかねないって」

 

 中途半端な知識で物事を行おうとすると、ろくな結果にならないという事か。

 

「まあ、農政書にその辺りをまとめて上奏したから、そのうち中華中に広まる事になるとは思うよ」

 

 そう、少し得意気に彼は話していた。

 

 他にも色々話していたのだが、もっとも衝撃的だったのは蝗の話だろうか。

 

 蝗害。それはこの中華において、三大災害に数えられる物だ。非常に身近にある、生命を脅かす驚異といえる。蝗害が起こると、戦場で対陣していても即座に停戦が発生するほどに影響のある事象だった。

 

「言うまでもないかもしれないけど、蝗害は蝗が大量発生して、草木を食い尽くすという大規模な災害。 起こると飢饉の原因となったりもするから、干魃、水害と並んで三大災害として数えられている。 ただし、このうち蝗害だけはちょっと毛色が変わる。 干魃や水害は天災という事ができるけど、蝗害は人災に近いと思っている。」

 

 彼の言葉を理解するまでに、少し時間がかかった。蝗害は一般的に、政治が乱れている事への天罰だと言われている。それが人災、つまり人間が原因で起こりうるという事ですか?

 そんな風に考えていると、彼は苦笑を浮かべながら言葉を続けた。どうやら当惑している事が表情に出ていたようです。

 

「信じられないかもしれないけど、ひとまず説明を聞いて、その後に判断してくれると嬉しいかな。 とりあえず、話を続けるね。 伯侯殿は蝗がどういう所に住んでいるか分かる?」

「草地ですよね? よく草の上に止まっているのを見かけますけど」

「正解です。 蝗は背の低い草むらに住んでいます。 それじゃあ、追加でもう一つ。 どういう場所を蝗は産卵場所に選ぶのでしょうか?」

「土が柔らかくて草が生えてる場所では? 何度かそういった土地を掘り返して見つけた事がありますが」 

「そうそう。 蝗は土が柔らかくないと卵を産み付けられない、近くに食べられる植物が無いと卵から(かえ)った後に成虫になる事ができない。 そんな立地条件を満たす場所に、蝗は卵を産み付けるわけだ。 さて、その中でも何も植えていない耕作地。 これはある程度行政で作らないようにする事ができます。 手が回らず、何も植えない耕作地を作らないようにする、または耕作した後にも草が生えないようにきちんとむしり続ける」

 

 そうは言うが、手が回らないから何も植えないのだから、何も植えていない場所の草取りを行う労力を捻出するのは現実的ではないだろう。その余力があるならば、作物を植える面積を増やす。

 

「まあ、それはそうだね。 私でもそういう判断を下すよ。 まあ、本題に行こうか。 『どうすれば蝗害を防げるか』」

「……できるのですか、そんな事?」

 

 蝗害は一度発生すれば、人の力で止める事は難しい。雲霞の如く押し寄せる蝗の群れを止める方法。もしそんな物があるならば、それこそ妖術の類いにあたると思うのだが。だが、彼ならばあるいはと姿勢を正し、期待して次の言葉を待つ。

 

「うん。 期待してくれているところ悪いけれど、はっきり言って起こってしまった蝗害を防ぐ事はできない」

 

 ですよねぇ。あれに打ち勝つのは、万の大軍に一人で打ち懸かりに行くような物だ。

 期待していただけに、彼の台詞を聞いて思わず脱力。そのまま机に突っ伏してしまう。

 思わず恨めしげに彼に視線を送る。その視線を受けて、彼は何度めかの苦笑いを浮かべた。

 

「まあ、発生した蝗害は止められないかもしれないけど、発生を防止する方法ならあるよ。 完全に時間と手間の勝負になるんだけど、卵やまだ飛べない幼虫を殺していく。 そうすれば蝗の数が減って蝗害の被害は出にくくなる。 卵は土を掘り返せばすぐに見つかるくらいの深さにしか産み付けないから、見つける事は容易いと思うよ」

「……それ、土地を一ヶ所ずつ見回っていくと、必要な労力が多くなりすぎませんか? とてもじゃないけど、全部見て回るのは無理だと思うんですけど」

「まあ、確かにね。 ただ、ある程度候補地を絞る事はできるよ。 そこを中心に探して卵を焼き払えば良いんじゃない? 仮に少しくらい残っていたとしても、春先の飛べない幼虫は捕まえやすいから、捕まえて踏みつければそれだけでさらに数を減じる事ができるし」

 

 あれ?

 ここで彼の言葉に少し違和感を感じる。彼の話では、耕作していない農地が産卵するのに適した土地だとの事に当たるのでは?なので、そのまま疑問を言葉にした。

 

「候補地ですか? 耕作を放棄した土地以外では、どこに卵を産んでいるか分からないのでは?」

「いや、ある程度は候補地を絞れるよ。 ここでさっき話した干魃と水害との関係に話が繋がる。 水害によりできた氾濫原。 それから、干魃によってできる渇れた川の跡。 どちらも水が流れた後なので土が柔らかい上に草が生えやすい。 産卵にはうってつけの土地になるよね。 密接に関わる部分というのはここ。 水害や干魃が起こった後、河川の周辺地域は必然的に蝗害が発生しやすい環境が整えられる事になる」

 

 それを聞いて、思わず私は唸ってしまった。

 確かに水で湿った土地なのだから、土は柔らかいし、草も生えやすい。産卵地の条件を兼ね備える事になる。

 

「まあ本当かどうかを確かめるには、冬の間にそういう土地を掘り起こしてみれば良いと思うよ。 大量の蝗の卵を見つける事ができるから。 この周辺だと、渭水とその支流の近郊が候補地になるんじゃない?」

 

 確かにこの辺りなら、渭水周辺が対象となるだろう。荒野に近い周辺は除外して、その辺りを確認するだけで大分絞り込む事ができる。

 

「で、付け加えると一度蝗害が起こると毎年のように発生が続くのも、ある程度は説明がつくよ。 あれだけの数の蝗が一斉に卵を作るから、次の年にもう一度同じ事が繰り返される事になるわけだ」

 

 ちなみに、政治が乱れている時に蝗害が起こりやすいのは、きちんとした農政が行えなくなっていて、休耕地が大量にある場合や、土地を耕していた者が離散して放置された場合などが考えられる、そう付け加えるように言葉にしていた。

 蝗害を天の怒りなどではなく、人災と評したのはその辺りを念頭に置いての事なのだろう。

 

「まあ、住んでいる場所だけで予防しても駄目なんだけどね。 近隣の州で蝗害が発生したら、飛蝗が飛び火する可能性があるからね」

 

 彼の言うとおり、蝗は虫だけあって飛んで移動ので、水回りにだけ気を付ければ良い水害と比べて、発生した際の被害を受ける範囲が桁違いに広くなる。

 

「もっとも、ここを起点に発生させないだけでも被害地域を限定的にする事はできるから、できるだけの事はやる方が良いだろうね。 もちろん、中華中で予防の動きをしてくれるのが一番良いのには違いないけどね」

 

 例えば西涼で蝗害が起きたとしても、長安では被害が出るかもしれないがそれより東では被害に合わない、そういう事だろう。如何に蝗と言えど生き物であるので、飛び去る事ができる距離は決まっているのだから。

 

「これは言うまでも無い事だけど、もし蝗害で被害が出た場合は即座に倉を開いて飢饉の起きている地域へ食料を出さなくちゃいけない。 そうしなければ蝗害が起こった後に民心が朝廷から離れていって反乱に繋がる事もあるからね。 災害が起こった後の行動についても適切な判断を下す必要があるっていう好例だね、これは」

 

 倉廩満ちて礼節を知り、衣食 足りて栄辱を知る。

 管子の言葉であるが、食べ物が無くなれば法を破り他者から奪おうとする者は必ずいるだろう。それを防止するためにも、即座に官倉を開いて民を救うべく動く必要がある。

 

 その後、どうすれば起こった蝗害を防げば良いかを聞いてみたが、なかなかに難しいようだ。もしできるとしたら、と例を上げてもらったのだが、とても実現できそうにない。

 

「もし起こった蝗害を防ぐ方法があるとすれば? そうだねぇ……。 例えば鉄で作った網目が蝗の全長よりも細かい網で畑を覆うくらいじゃない? ただ、ずっと覆いっぱなしだと、太陽を浴びられずに生育不良が起きそうだし、そもそも鉄を糸や紐のように細く加工する技術力は無いだろうし難しいだろうね」

 

 鉄を扱う技術もそうだが、それだけの鉄をどうやって捻出するのかという問題もある。そんな風に使うのであれば、武器を作る事を選ぶだろうし、そもそもそんなに大量の鉄を手に入れる資金をどうするという問題もある。現実的に考えて無理だろう。

 ちなみに、蝗は網なども平気で噛み破ってくる。それこそ鉄製など頑丈な素材で作らないと無駄になるのだ。

 また彼の話によると、蝗の群れは五百億匹(戦功報告時によく行う、実際の数から水増しをせずにこの数字らしい)にも達する事があり、大きさも最大で青州の山東半島くらいの大きさに達する場合もあるとの事だ。よほど条件が揃わない限りはそこまでは行かないだろうと付け加えていたが、そんなのが発生したら間違いなく漢は滅びるだろう。思わず背筋に冷たい物が走った。

 

 さて、こうやって話続けていたが、そろそろ彼が帰る時間が近づいてきたようだ。窓から外をちらちらと気にしていた。

 

「そろそろお帰りですか?」

「……はい。 名残惜しくはありますが、軍の統率を副官に任せて来ていますので、そろそろ戻らないといけませんね」

 

 では私も彼に付いて行くために準備を始めるべきだろう。この村からも多くの人が逃げすぎて、遠からず村としての(てい)を為す事ができなくなる。良い機会と言えば良い機会なのだ。

 さて、彼と一緒に行くためには、どうすれば良いだろうか。やはり教えを乞う事をしやすいように、弟子入りを志願する方が良いだろう。下手に私塾に入り過去の偉人の書物を暗記するよりも、彼に弟子入りして政務を手伝いながら実践的に学を身につけていく方がもっと自らを高めていく事ができる。

 それに、彼と話している間に、継母が亡くなって以来ずっと空虚だった心に熱が戻っている事に気づいていた。色々と興味深い話を聞く事ができたので、元来備えていた好奇心が刺激されたのが原因なのだろう。そうなると、私は彼と一緒にいる方が元気を取り戻せるという事だ。うん、故郷の村を離れたくはないが、これはしょうがない。ずっと空虚なまま生きていくわけには行かないだろう。いやー、困ったわー。

 そんな風に心にも無い事を考えながら、私はどうやって彼を説得して弟子入りを認めてもらおうかと考えを巡らせ、いやに弾んでいる心のままに言葉を作り始めるのだった。




最後までお読み頂きありがとうございます。


蝗害は日本だと山地が多いせいで、関東平野や北海道などの一部地方以外では発生しづらかったそうです。
しかし、中国の歴史と蝗害は切っても切る事はできないため取り上げてみました。
殺虫剤なしで蝗退治はハードモードってレベルじゃないですよね。
また、蝗は聖書でもたびたび登場していたりします。ハルマゲドンでも天使が使役する恐ろしい物として挙げられていますよね。

また、蝗が本来意味するのはトノサマバッタの類らしいですね。イナゴじゃねーのかよw

ご意見・ご感想等ございましたら記載をお願い致します。

◆◆
いつもどおり妄想三国志大戦カードです。

勢力:徐
レアリティ:R
武将名:羊祜
コスト:1
兵種:騎
能力値:武1 知7
特技:魅伏
計略:麒麟児の教え 必要士気:3
場に出ている徐州勢の武将の最大武力に依存して、自身の武力が上がる。さらに武力上昇が一定値に達すれば移動力が上がり突撃ダメージが増加する。

1コストの伏兵持ち騎兵。
幼女であるため武力は低いが、計略を使うと1コストの徐州勢で1番の武闘派になる。
同じ1コストの騎兵である姉とは、求められる役割が異なるため住み分けができるだろう。
しかし姉と兄、二人と熾烈な1コスト枠を争う事には変わりない。
計略は、騎兵版目覚め。現環境で目覚める武力に達するためには臧覇か徐盛が必要になるのが難点で、構成デッキが限られてしまう。逆に言えば、その2枚を入れるのであれば間違いなく選択肢となるカードとも言える。
伏兵は徐州勢1コストでこの一人しかいない。それだけでも十分選択肢となりえる。

◆◆
強い(確信)
1コスト騎兵というだけで入れておいて邪魔にならない。
コンボ前提とはいえ、低士気で戦況を変えられる計略。
さらに1コスト特技2つ持ち。
どう考えても修正候補筆頭です。本当にありがとうございます。
総武力が低くなる可能性があるため、他を武力高めにして補う必要があるけど、それでも入れる価値があるカードと言えます。

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