真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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遅くなりましたが二十四話投降です。

セクハラ回。またはラッキースケベ回。


第二十四話 Cassandra -戦後処理-

 さて、渭水での戦いを終えて数時間後、ようやく朝日が昇ってきた。現在私は戦後の処理の大半を終えて自分の陣幕に居る。目の前には、服を脱いで毛布だけを羽織って、震えている短髪の少女。その格好だけで犯罪臭が半端無い上、涙目で上目使いに睨みつけられている辺り、事件性がさらに増している。第三者としてこういう場面に出くわしたら、私とて迷う事無く男の方を捕らえようと動くはずだ。お巡りさん、私です。

 

「ええと、伯約殿。 特に私から何かするつもりは無いんだけど……」

「……」

 

 その私からの呼び掛けに対して、彼女はじりじりとますます私から距離を取った。その様子を見て、私は深く溜め息を吐いて天を仰いだ。

 私の呼びかけた字から分かるように、短髪の少女の正体は姜伯約殿だ。服を脱いでいるのは別段色艶めいた話ではなく渭水の水で服が濡れたので、脱いで乾かしているだけだ。わざわざそんなはしたない格好を晒してまで私の前に居る理由は、色々と不幸な行き違いがあったからだ。つまり、事故。裸毛布などという、一歩間違えれば襲ってしまいそうな扇情的な格好は、私が要求して伯約殿が応えた結果ではない。……まあ、伯約殿は凛としたという表現がふさわしい美少女なので、この状況を役得と思っている部分もないわけではないのだが。

 

 閑話休題(それはさておき)

 どうやら伯約殿はあの戦で、騎兵として先頭を駆けていたらしく、最初に落とし穴に嵌って馬から投げ出されたらしい。そのまま渭水に流され、少し離れた辺りの川岸に引っ掛かっていたらしい。これはある意味運が良いだろう。あの地点で立ち往生していたら、矢か石にぶつかる事はほぼ確定的だったのだから。まあ、本人はそれを幸運とはかけらも思っていないようだが。

 話を戻そう。伯約殿は川の中ほどでの惨状を見て、そのまま離れた場所で戦況を見守る事に決めたらしい。そして、混乱から立ち直る事ができなかった反乱軍が宣高達の騎兵隊に後方から襲いかかられるのを見て、戦況が決した事を悟ったそうだ。そして身を起こすと、そのまま迷う事無く真っ先に私達の陣地へ投降してきたらしい。既に私や公瑾殿に顔を繋いでいるという事もあり、無下には扱われまいという計算もあったようだ。

 

 しかし、そこで問題が発生した。自分が濡れ鼠になっているという事をあまり深く考えずに、服が体に張り付いて体の線が確認できる状態である事を失念していたらしい。そこは成長途上といえど女の子。すぐに性別が兵達にばれてしまったらしい。

 そしてそのまま私や公瑾殿の元へ案内される前に、戦の熱で浮かされたままだった兵達の慰み者にされかけているところで、伯符殿の事をやっとの思いで止めた私と孫家の二人がたまたま通りがかったのだ。今回の戦いで貴重な情報をもたらしてくれた伯約殿を放っておくという選択肢はなく、私達が伯約殿の身柄を預かる事を宣言しここまで連れてきたというわけだ。

 ちなみに伯約殿に乱暴をしようとしていたのは孫家の兵達だったようで、今は伯符殿と模擬戦を演じているはずだ。なんでも、伯符殿は血を見ると体が昂ぶる性質(たち)らしく、まだ火照ったままの体を発散するために鍛錬の相手を務めさせられている。『元気が有り余っているみたいだし、私が相手してあげるわ』と言っていたなぁ。言い方は可愛らしいのに、冷や汗しか出なかった。あの状態の伯符殿と鍛練か……良くて大怪我だよなぁ。まあ、なんというか生きろ。

 そんな一時の欲望で身を持ち崩す事になった兵達の事は置いておき、目の前に居る伯約殿の方へ意識を戻す。私と公瑾殿で、流石に人目に付く場所に置いておくのは不味いという事で、一旦私の陣幕に連れて来たのだ。同性だし、伯符殿か公瑾殿の陣幕の方が適していると思い提案したのだが、なぜか公瑾殿に拒否された。理由を聞くと気まずそうに目を逸らされた。なんか見られると都合が悪い物でも有るのかな?まあ、拒否されてしまった以上仕方がないので、伯約殿を私の陣幕に招いた。

 藍里は私の代わりに兵達の被害や鹵獲した馬を確認してもらっているので、陣幕にはいない。私が伯約殿を止めるために持ち場を離れたから、代理としてお願いしたのだ。義妹といえど勝手に人の、それも女性の陣幕に入るのも良くないので、確認が終わり次第着替えを持って来るよう公瑾殿には藍里へ伝えに行ってもらい、私は陣幕に残り伯約殿の様子を見る事に決まった。男に襲われかけていた訳だし、女性の公瑾殿の方が側にいるのに適しているのだろうが、藍里に伝え終えた後、伯符殿がやりすぎないに見張らなくてはならないらしい。確かにあの狼の毛皮が似合いそうな狂戦士っぷりを見ると、兵達が殺される可能性も考えられる。公瑾殿、胃に穴が開かなければ良いけど。あの様子だと、三国志で周瑜が早死にした理由も孫策がかけた心労のせいじゃないかと疑いたくなってくる。

 その後陣幕に入るとすぐ、私がまだ目の前に居るにも関わらず服を脱ごうとし始めた伯約殿にぎょっとして、慌てて私は席を外した。流石に恋人や夫婦の仲でもない相手が、服を脱ぐ様をまじまじと見つめ続けるのはよろしくない。というか、少しは異性の目の前である事を気にしようよ。

 

 これは後日知った事なのだが、伯約殿は性知識は持っている物の、どうも自分の行動で相手の情念がどう動くのかについては無頓着な性質(たち)らしい。それを示す例として、川で水浴びをしている時に自分が物陰から覗かれている事に気づいていたのだが、川岸に置きっぱなしの荷物に手を付けるでもなし、近づいてくる様子も無かったので、放っておく事が多々あったらしい。……近場に住んでいる少年達にとっては桃源郷に等しい光景といったところか?それを知った母君は、玉にも等しい我が子が惜しげもなく裸体を人目に晒している事に頭を抱えて、人前で水浴びをしたりしないように叱ったらしい。そこまで聞いた時、『水浴びの時だけに限らず、夫や夫婦になる約束をしている男性以外の前で肌を晒さないよう、とすべきだったんじゃ?』と私はツッコミを入れてしまった。それを言った時に母君が、はっと息を飲むのを見た瞬間、伯約殿のうっかりが母譲りだという事を確信した。

 

 まあ話を戻すとしよう。すべて濡れた服を脱ぎ終えて、全裸になった状態で私に陣幕に入るように声をかけた伯約殿に対して、極力その姿を見ないように気を付けながら私の寝台まで歩き、毛布を投げつけて自分の体を隠すように言った。不思議そうにしながらも、自分の体へ毛布を巻き付けた伯約殿に対して、説教を開始した。

 いったいどういうつもりなのか、異性の前でみだりに肌を晒そうとするな、そのまま襲おうとする輩もいるのだから気を付けなさい、と。そう懇々(こんこん)と言い聞かせ続けると、ようやく理解してもらえた。……今度は私に襲われるんじゃないかと考えたのか、涙目になり私とじりじりと距離を離して今に至る。いや、何もしないって。

 軽く溜め息を吐き、藍里が来る前にある程度話を進めてしまおうと決めた。

 

「とりあえず、このまま睨みあっていても埒があかないから、情報交換をさせてくれない?」

「……ふう。 確かにこのままでは時間を無駄にするだけですね。 ……変な事しませんよね?」

「しません!」

 

 そこは強く否定しておく。ひとまず、話はさせてもらえるようなので、知りたい事を聞いてしまう事にする。

 

「それじゃ、まずは華雄について。 何処に行ったのか知らない? 討ち取る事はできなかったし、降伏した中にも見当たらなかったんだけど」

 

「ああ、それでしたら……」

 

 私が言ったように、残念ながら敵将の華雄は討ち果たす事はできなかった。伯約殿の話では、宣高達が突撃するまでのほんのわずかな間に、混乱から抜け出して対岸へ到着していたたとの事だ。おそらく、突撃が始まったのを見て、敗北を悟り逃げていったのではないかとの事だ。流石にその後にどこに行ったかまでは伯約殿も知らなかった。まあおそらく冀城など、ここからほどほどに近くて、勢力圏内に組み込まれている場所まで落ち延びようとしているのだろう。追っ手は宣高達が出しただろうけど、上手く捕らえる事ができただろうか。

 

「それじゃあ、次。 今後この反乱がどう推移していくのかについてかな」

「はい。 私はこの渭水での敗戦を受けて、反乱軍が窮地に陥ると考えていますが……」

 

 私はその言葉に頷く。反乱軍の戦力は西涼の騎兵による所が大きかった。それが今回の戦闘で騎兵を大きく削られたのだ。戦力均衡は崩れたと思ってもいい。

 

「伯約殿のいうとおり、両軍の戦力に差ができた以上今回の戦はほぼ終わりだろうね。 戦っても勝てなくなったからには、多分小城の韓遂は停戦を申し込んでくるんじゃないかな」

「降伏、ではなく停戦なのですか?」

「まあ、事実上の降伏なんだけど。 占領地に住んでいる住人達を人質にされれば、こちらもある程度譲歩しなくちゃいけなくなるからなぁ。 小城や、冀県なんかの占領地を開放する事を条件に小城から退城させるのが関の山じゃないかな。 馬州牧の軍が援軍に来ちゃうとこちらとしても不利になるし、有利な条件で講和を結べるうちに結ぶべきだと思う。 そもそも、韓遂本人が本当に小城に入っているかも分からないしね」

「なるほど……。 確かにここで講和をしないと反乱が長期化してしまうのですか。 なので、反乱を鎮圧できたという功績のみで手打ちにすると」

「そういう事。 領地近くでの反乱だったら私達も長期化させてでも殲滅させる必要があるんだろうけど、領地から遠い場所から出征しているから兵達の士気を保つのが難しいんだよ。 当事者意識が薄いからね。 私達の立場からすると早めに終わらせなきゃいけないから、無難な終わらせ方を選ぶよ。 それに、討伐軍(うち)の総大将も講和を積極的にしようとするだろうしね」

「えっと? 講和に反対する総大将を遠隔地から出兵している全員で説得するというのを想像していたのですが……。 総大将も講和に賛成するのですか?」

 

 ふむ。伯約殿はあの姜維だけあって流石に頭が回るようだが、この辺の感覚は分からないのか。考えてみれば、三国志でも姜維は宮中政治に泣かされていたな。伯約殿がこの辺りに頭が回らないのも当然かもしれない。

 

「確かに戦闘を続行すれば戦果を拡大する事は難しくないんだけどね。 ただ、そうするよりも雒陽を留守にする方が司空にとってはまずい」

「政務が滞るからですか?」

「いや、気がつかないうちに追い落とされるのが怖いからだね」

 

 史実で張温は、この時期に朝廷で専横を極めていた宦官勢力と接近していたはずだ。この世界でも同様であるならば、大将軍何進と十常侍達の間で緊張が高まっている現在、大将軍が息のかかった人物を三公に就けるための工作を始める可能性は十分考えられる。その時にまず標的として狙われるのは、雒陽を留守にしている自分だという危機感は持っているだろう。その程度の政治バランスを考えることができないなら、魑魅魍魎蠢く伏魔殿で三公まで成り上がる事などできはしない。仮に史実とは違って何進に接近している、もしくはどちらにも与していない場合であっても、追い落とそうと企む人物が変わるだけであり、その座が脅かされる事には違いはないだろう。

 

「と、まあそんなわけで張司空としてはほどほどの戦果を上げたから、さっさと雒陽に帰りたいと思うはずなんだよ」

「……はあ。 反乱の鎮圧よりも保身の方が重要なわけですか。 韓遂が乱を起こしたくなる気持ちも分からないではないですね」

 

 そう苦々しい口調で言葉を作る伯約殿に苦笑いを返す。一応忠告しておく事にする。

 

「思うのは自由だけど、あまり口に出して言わないようにね。 下手すればそれだけで不敬になりかねないし」

 

 事なかれ主義と言われそうだが、口に出しても変えられない、むしろ面倒事を呼び込むような言葉は慎んだ方が良い。こんな陰口みたいな事で罰せられてもしょうがないんだから。

 

「義兄さん、居ますか?」

 

 そこまで話した時に、藍里が陣幕の外から声をかけてきた。どうやら伯約殿の着替えが到着したらしい。外に出て藍里を出迎える。簡単に伯約殿の状況(全裸毛布)を説明し、私の代わりに陣幕に入ってもらい伯約殿に着替えを手渡してもらう。

 ……伯約殿の今の格好が、全裸に毛布を纏っているだけと説明した時の藍里の目が恐ろしかった。人を殺せそうな視線という物を初めて体感した。できればしたくなかったが。

 その後、懸命に伯約殿には指一本触れていない事を説明し続け、何とか半信半疑ながら信じてもらえた。伯約殿本人にも確認すると言っていたので、私はそのまま陣幕の外で待つ。それから十五分ほど待ち、藍里から入っても良いと声がかかったので陣幕の中に戻る。藍里には疑った事を謝られたが、同じ状況だったら私もそう判断するだろうし、気にする事は無いと伝えた。

 毛布を取り去った伯約殿は現在藍里の服に着替えている。が、スカートを履き慣れていないようで、足元がスースーすると溢していた。藍里はスカート姿でいる事が多く、着替えとして持ってきた服もすべてスカートとの事だ。伯約殿に自分の服が乾くまで我慢してもらうしかないだろう。

 ちなみに伯約殿は典型的な西涼の人らしく馬に乗る機会が多いため、ズボン姿で過ごす事が多いそうだ。まあ、馬に跨がるならその選択肢が正しいだろう。藍里や姉さん達などの私と親しい女性陣も馬に乗るときはスカートの下にレギンスやショートパンツなどを穿いて下着が見えないようにしている。まあ、そりゃそうだよな。ミニスカート姿で馬に跨がったりしたらパンチラどころかもろに見えてしまうのだから。

 ……この時の私は涼州馬氏のご息女が、普通に生活していても下着が見えてしまいそうなほど短いミニスカートのまま馬に乗る事をまだ知らなかった。痴女というわけでもないだろうに、何であんな格好のまま馬に乗るんだよ……。

 

 その後は、私たちが今回の戦いで取った戦術について簡単に説明した。いや、伯約殿?偵察をまめに出されると瓦解する戦術っていうのは十分理解しているから。わざわざどや顔で言わなくても良いよ?

 そう口にすると伯約殿は頬を膨らませてしまった。とりあえず手を伸ばして頬を押し潰すと、何をするのかと猛抗議された。いや、どっかのはわ子さんと同じ芸風だったものでつい。

 機嫌を損ねてしまった伯約殿を宥めてようやく話ができる状態に戻ったので、私は本題に入る事にした。

 

「伯約殿はこれからどうするつもり?」

 

 まずはそう口にして伯約殿の意思を確認する。

 

「……? どうするとは? 冀城に戻って平時の生活に戻るつもりですが」

「そっか……」

 

 んー、どうしようかな。軽く罪悪感が湧いてくるが、説明しなくては伯約殿に身の危険が降りかかるかもしれない。

 

「伯約殿を策の一部に利用した私が言う事ではないかもしれないけど、それは危険を伴うからやめた方が良いかもしれない」

「危険、ですか?」

 

 伯約殿は頭にハテナをたくさん浮かべているような顔をしている。まあ、突然言われれば戸惑うような事であるので当然か。

 

「私の考慮が足りてなかったのが原因で申し訳ないんだけど、伯約殿は大勢の前で追撃する事を示唆したんでしょ? 要らん逆恨みをされてる可能性無い?」

 

 基本的に軍隊において、作戦の責任は決定を下した指揮官が負う事になる。例え他の誰かが考えた作戦であったとしてもだ。しかし今回の場合は指揮官たる華雄が敗走して不在となっている。華雄の近くにあった幕僚達、彼らに従った兵士達の怒りや恨みが、敗北の原因となった追撃を提案した伯約殿へ向く事は想像に難くない。

 

「義兄さん、それを分かった上でお願いしていたんじゃないのですか?」

「まさか幕僚全員の前で言うとは思っていなかったっていうのが本音かな。 陣地を占領した後にでも華雄に囁いてくれれば良いやって思ってたから」

 

 まあ、これは完全に私の失策だ。伯約殿に(なじ)られるなら甘んじて受けよう。

 しかし予想外にも伯約殿は私の事を責めようとはしなかった。

 

「埋伏の毒となる事を決めたとき、味方に恨みを買う可能性は考えておりましたし、命を捨てる覚悟もしておりましたので」

 

 だから、私の策に従って恨みを買う事になっても気にはしないとの事だ。

 

「それに最悪の場合には、華雄の寝首を掻く事も覚悟していました。 仮にそうなった場合、成功失敗に関わらず私は死んでいたでしょう。 それがこうして五体満足に生きているのですから、文句を言うのは筋違いかと。 まあ文句を言うとするならば、この寒空の下で川で泳ぐ羽目になった事ですね」

 

 最後の一言を冗談めかして言った後、伯約殿は口を閉じた。

 そう言ってもらえるのはありがたいけど、こっちの都合に巻き込んだ事も事実だしなぁ。何かしらの支援をする必要があるだろう。とりあえず生活が安定するまで金銭の援助が最優先かな。一応、州牧様には雒陽に(つて)があるはずだから、住む場所や仕事もある程度の希望を入れる事はできるだろう。いくらなんでも、いきなり春を(ひさ)ぐような事態には陥らないはずだ。

 その事を説明し、改めてどうするかを問いかける。

 

「あんまり考えたくは無い事なんだけど、矛先が家族に向く事も考えられるから、可能であれば冀県から離れた方が良いと思う。 雒陽辺りなら問題なく生活する事ができるように取り計らえるよ。 私としては徐州に仕えてくれたら嬉しいんだけど」

「……私だけならともかく、母を巻き込むのは避けたいですね」

 

 家族の安全確保は大事だからねぇ。私も同じ立場になったら姉さん達連れて逃げ出すだろう。さらに、孝心が無いと要らぬ謗りを受けかねない。

 伯約殿はしばらく目を閉じて考えた後、目を開き言葉を作った。

 

「申し出はありがたいのですが……」

「ん。 そっか」

 

 どうやら伯約殿に振られてしまったようだ。斜陽の時を迎えていた蜀であるとはいえ、曲がりなりにも一国の大将軍を務める事になる人物だ。その才は十分水際立っている。配下へ引き抜く事ができたら嬉しかったんだけど。

 そこで今まで無言だった藍里が口を開いた。

 

「しかし、冀城に戻って大丈夫なのですか? 先ほど義兄さんが言っていたように変なちょっかい出されたりしませんか?」

「それに関しては問題無いかと。 冀県の丞、趙昂様に母ともども懇意にさせて頂いておりますので」

 

 この時代、有力者に庇護される事は大きな意味を持つ。披庇護者の身分保証と安全保障が最大のメリットだろう。

 犯罪歴のデータベースなど当然無いので、既に評価を得ている人間が『この人の身分は私が保証します』という事は重要だった。茂才や孝廉もそういう保証による推挙なのだから、信用されない人間は出世をする事ができない。科挙が始まればその限りではないのだが……。

 安全保障に関しては、報復を匂わせる事で披庇護者が狙われる事を抑止するという事だ。より上位の存在から引き渡しを命じられた場合はその限りではないが、冀県の丞が後ろ楯となるならば、州牧辺りから命じられない限りは引き渡しに応じる必要はないだろう。唯一要求する可能性のある馬州牧は表立っては韓遂と繋がりがないのだから、一人の若者ごときにこだわって自分の身を危険に晒す可能性は極めて低いと言えるだろう。

 

「それならよほどの事がなければ安全かな? ただ、冀城に戻るのはもう少し待ってくれる? 多分討伐軍の中から隴西郡へ使者を出すだろうから、途中まで一緒に行けば安全だと思うよ」

 

 私の提案に、願ってもない事です、と伯約殿は頷いた。

 

「あと、糜家(うち)の商会の行商が長安辺りまでは出張っているはずだから、なにか私に伝えたい事があるようだったら彼らに手紙を預けて。 そうすれば私まで届くから」

「ええ、必要が出来ましたらそのように致します」

「けど、遠くに住んでいる義兄さんの助けを借りなくてはいけない状況って起きないに越した事はないですよね」

 

 ……なんか藍里さん不機嫌?まるで釘を刺すように今の言葉を口にした気がする。あまり表情に感情の出る子じゃないから、合ってるか分からないけど。

 まあそれは後で聞いてみれば良いか。ひとまず伯約殿と話しておきたい事は話し終えたので、冀県に戻るまでの間、藍里の陣幕で起居するようお願いする。藍里の護衛役もお願いできるし、一石二鳥だろう。その後二人は挨拶もそこそこに私の陣幕から出ていった。夜戦の直後だ。そろそろ眠気も限界なのだろう。私も眠くてしょうがないので、終わらせなければいけない仕事をさっさと終わらせて眠る事にしよう。

 そう考えて、私は今回の被害報告をまとめた竹簡の作成を始めた。

 

 それから数日後。私が予想していたように韓遂軍と停戦する事が決まった。停戦の条件は、韓遂軍が今までに占領してきた領地の解放と小城からの退去。討伐軍は退去して韓遂軍が各々の領地に戻るまでは手を出さない事。ただし、戻る際に略奪を働いた兵は法に則り処断しても構わないとしている。

 

 後に渭水の戦いと呼ばれる会戦は、こうして幕を閉じた。この戦いは、西涼で大規模な反乱は起きてしまったが、まだ漢王朝にはそれを鎮める事ができる力がある事を諸侯に示した戦いとして、後年歴史書に名を刻む事になる。

 しかし同時に、朝廷だけの力では解決できず、諸侯の力を借りなくては反乱を終わらせる事ができなかった事も同時に示してしまった。朝廷の力が弱まっている事を察した下克上を夢見る者達により、この後数年間は反乱が中華の至るところで頻発する事となる。

 余談だが、私は三国志に記された歴史からその事を予測し、徐州に戻りすぐに朝廷へ注意を促す上奏文を州牧様から出してもらった。しかし、信用する重臣はほぼ皆無だったそうだ。

 冷静に考えてみれば、自分達の足元が崩れるような不吉な予言は無視されて当然か。得てして人は見たい物しか見ようとはしないのだから。

 イーリアスの王女もこんな気分だったのだろうか。なんともやるせない気持ちになりながらも、その日は政務に励む事になるのだった。

 

-おまけ-

被害報告書と捕虜の数と鹵獲した軍馬の数を記した報告書を作り終えて、ようやく私も眠りにつけた。

しかし、それからほとんど時間が経たないうちに起こされる事となった。

 

私の陣幕に訪れたのは先程別れたばかりの二人、藍里と伯約殿だ。

眠りに落ちた矢先、二人が陣幕に飛び込んできたため敵襲かと思い飛び起きたのだ。声に険が混ざってしまうのも仕様がないだろう。

しかし、二人とも眠る直前のように薄着になっている。この季節に屋外でする格好としては適さないと言えるだろう。二人の未成熟な体の線が確認できるのが目の毒だ。できるだけ二人の姿を直視しないように気を付けながら、二人へ質問を投げ掛ける。

 

「それで、わざわざ寝入り端を起こしてまでどうしたよ?」

「いえ、大した事ではないのですが、私たちには退引(のっぴ)きならない事情がありまして」

「子瑜殿の陣幕に居られなくなってしまったのです」

「ご迷惑とは存じますが、義兄さんの陣幕でで休ませて頂く事はできないでしょうか」

 

代わる代わる口にする二人。やたらと連携良いけど、そんなに仲良くなれたのか?

二人の様子を見ると頬を紅潮させて、瞳が潤み、居心地が悪そうに身じろぎをしている。

 

「……まあいいや。 とりあえずその事情を話して。 それを聞かないと判断がつかない」

 

そう私が口にすると二人とも口を閉ざし、互いに目配せをし始めた。察するに、お前が話せとお互いに牽制しあっている状態か?

しばらくその状態が続いて、私がいい加減痺れを切らして声をかけようとした時、藍里が気が重そうに言葉を作り始めた。

 

「えっとですね。 私の陣幕って伯符さんや公瑾さんの隣に立てているじゃないですか」

「まあ、そうだね」

 

これは単純に藍里の身の安全を守るためだ。武に関して私より弱い藍里では、自分の身を守る事も覚束ないので、何かあった際にすぐ二人が駆けつけられるように守ってあげてくれないかとお願いしたのだ。

 

「それで、私達も眠りにつこうと横になっている時に、公瑾さんの陣幕から声が聞こえ始めたんです」

「声?」

「はい。 うなされているような、苦しんでいるような、そんな声です」

 

んー。事実だったら急いで看護とかしなきゃいけないんだろうけど……。この二人が放り出してここに駆け込んで来た以上、大した事はないのかな?

 

「ふーん。 それで?」

 

話の続きを促すと二人で顔を見合わせ、意を決したように二人一緒に頷いてから私に向き直って口を開いた。

 

「何か病を得るなどして苦しんでいるのではないかと、公瑾殿の陣幕に入り様子を見ようとしたのですが……」

「えっと、そのですね……ふ、服を脱いだ伯符殿が、公瑾殿をく、組み敷いてまして……」

「えっと、その……。 ま、ま、交合(まぐわ)っていまして……」

 

その言葉を聞いた瞬間固まってしまった。

 

「それで、私たちが入った事に気がついた伯符殿が私達の方を振り向いた後」

「『あなた達も一緒にどう?』とにやりと笑いながら……」

「ああ、うん。 状況分かったしもう良いや。 それでその格好のまま逃げてきたのね、っと」

 

そこまで言った後、二人へ向けて今まで私が使っていた毛布(二枚)を投げる。

よほど焦っていたのだろう。二人して自分達の格好に今さら気がついたようだった。そのまま毛布を使って自分の体を隠した。

 

さて、戦が終わったからといって気を抜いている、孫家の二人へのお説教は明日以降にする事にしよう。というか、断金の交わりってそういう関係の事を言うのか?まあ、この世界には既に男同士の恋愛小説も存在しているみたいだし、同性愛には寛容なのかもしれないな。

とりあえずはこの二人を休ませる事を考えなくては。

 

「それじゃ、私の陣幕を使って良いや」

 

そう告げると、二人はあからさまにほっとした表情を浮かべた。

 

「はい、ありがとうございます。 私たちは地面で寝ますので、義兄さんが寝台を……ってどちらに行かれるのですか?」

「いや、普通に考えて男女が同じ陣幕に寝るのはまずいでしょ? 血の繋がった兄妹じゃないんだし。 宣高の陣幕で眠らせてもらうよ」

「いえ! 義兄さんを追い出すつもりは!? って、伯約さん! 何事も無いように寝台で横になってはいけません!」

「zzz……zzz」

「すっかり寝入ってるね。 藍里も早く寝なよー」

「いえ、ですから義兄さんもここで! ああ、もう! 話を聞いてくださいー!」

 

私も眠気が限界なんだよ。そう叫んでいる藍里を置いて、私は宣高の陣幕へ足を進めるのだった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

凄く難産でした。しかもいまいち色っぽくない。こういう話は妄想は捗るのですが、表現するとなると難しいですね。
おまけもいまいち落ちていない。色々と精進しなくてはと反省しきりです。

ご意見・ご感想等ございましたら記載をお願い致します。

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