真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第二十三話投降です。

何とか盛り上げようと頑張りましたが、これが限界でした。
文才が心底欲しい。


第二十三話 Bridge Over Troubled Water -西涼会戦③-

「ただいまー。 無事に戻ってきたわよ」

「今戻った。 今見てきたが、そちらの首尾も問題無いようだな」

 

 前線陣地の防衛のために最後まで残っていた孫家の二人が戻ってきた。宣高と元龍は半日前に既に戻ってきており、小休止をしている。

 

「おかえり。 わざわざ遠回りをさせて申し訳ない」

「いや、正直この寒空で濡れ鼠にならなくて済むのはありがたい」

「そう言ってもらえると助かるよ。 とりあえず、すぐに出撃してもらう事になると思うけど、食事と焚き火を用意しておいたから休んでおいて。 酒は流石に用意して無いけどね」

「ええ!? 頑張って守備をしてきた人間に対してなんて仕打ちを……!」

「まだ終わっていないのに飲ませる訳にはいかないでしょうが。 むしろ、この後が本番なんだから」

 

 ぶーぶー不満を言いながらも焚き火の方へ向かう伯符殿と、それを嗜めながら隣を歩く公瑾殿を見送る。この後もう一働きしてもらわなくてはならないので、ゆっくり休んでくれれば良いと思う。

 

 さて、私の想定外の事が起きておらず、伯約殿が上手い事やってくれているならば、この後華雄隊は渭水を渡ってこちらに進出しようとしてくるはずだ。仮に警戒して私達の作った防衛陣地で留まろうとしたとしても、それはそれで構わない。元々こちらは敵の壊滅を望んでいるわけではない。戦えなくしてしまえばそれで事足りるのだから、敵が詰めていた野営陣を焼き払ってしまえば良いだけだ。

 

「子方」

 

 私を呼ぶ声に振り向くと、そこには同村出身の悪友とこちらを睨みつけてくる少年の姿が有った。

 

「宣高と元龍か。 もう出る?」

「ああ。 少し早めに持ち場に行く事にする。 にしても、本当にこの短い期間で作っちまうとはな」

「できると思っていたから提案したんだよ。 実際に、これで戦略の幅が広がっただろ?」

「ふん、いっそ土木工事をするなら、水禍の計を仕掛ければ良い物を」

「いや、そうは言うけどさ、元龍? そっちの方が派手で見栄えはするんだけど、流石に渭水を上流から塞き止めるのは難しいって。 精々、前線陣地築く時にやったみたいに浅瀬部分を塞き止めるので精一杯だよ」

 

 そんな風にだらだらと会話しながら、三人で兵達の集合地点まで歩く。

 

「さて、それじゃあ最後に確認しておくよ。 二人とも分かってると思うけど、ここから銅鑼を打ち鳴らしても聞こえないし、夜だから狼煙を上げても視認が難しい。 各々の判断で動いてもらう事になる」

「ああ、分かっている。 お前の副官時代に散々判断力は鍛えられたからな。 そこら辺は信用してくれ」

「ん。 期待しているよ。 元龍は良く宣高の言う事を聞くようにね」

「子供ではあるまいし、そんな事はいちいち言われずとも分かっている!」

 

 そういう風にすぐにムキになるところが子供だと思うんだけどなぁ。

 

「体を焚き火で温めて、かんずりを肌に塗って、暖かい食事を口にして、防寒着で厚着してっと。 あとなんか防寒の方法って有ったかな?」

 

 かんずり。日本の新潟県で使われる伝統調味料の一種だ。唐辛子を主原料としているため、食べるのはもちろん、肌に直接塗っても血行を良くして体が暖まる。上杉謙信が関東進出の際に兵達に使わせたという伝承が残っている。まあ、豆板醤でも同じ効果は見込めるのだろうが、ノリで作ってみたのである。

 

「十分すぎるだろ。 ある意味兵を甘やかしすぎだと思うぞ」

「兵が十全な状態で戦場に赴けるようにするのが私の役目だからなぁ。 前に出て戦う事はできないんだから、これくらいは尽力しなくちゃね」

 

 そう口にした時、丁度兵達の集合場所にたどり着いた。集まっている全員が馬に騎乗しており、いつでも出撃出来る事を示している。宣高と元龍も自分の馬に乗り、出撃準備が整った。

 

「それじゃ、宣高、元龍。 よろしく。」

「おう。 一暴れしてくる」

「ふん。 期待して待っていろ」

 

 二人とも一言ずつ残して宣高と元龍は騎馬を引き連れて出撃していった。馬が(いなな)きを上げないよう、口をしっかりと閉じるように(くつわ)を着けている辺り芸が細かい。今回の行動が隠密性を重視するときちんと理解している証拠だろう。おそらく、宣高の指示だろう。こういう細かいところにも目を配れるようになるとは、本当に名将に育ちつつあるな。苦労して兵法書を読み聞かせた甲斐があったという物だ。

 

 そうやって二人を見送った後、私は自分の持ち場に戻って今回の作戦について最終確認をし続ける。何か抜けている部分は無いか、流れに間違いは無いか、不確定要素は無いか。考えつくあらゆるパターンを洗い出し、一つ一つ対処法を精査していく。

 そうやって時間を過ごしていると、慌てた様子で藍里が私の元へ駆け込んで来た。

 

「義兄さん。 華雄隊が動いたようです。 対岸から馬の(いなな)きが聞こえてくると報告がありました」

 

 どうやら目の良い者と合わせて、耳の良い物も一緒に見張りさせていた甲斐があったようだ。宣高達の騎馬には轡がしっかりと嵌められているのを確認したので、間違いなく華雄隊の物だろう。

 

「それじゃあ、始めるとしようか。 藍里、孫家の兵達はどうしてる?」

「既に配置に付いているとの事です。 私も自分の配置に向かいますが……」

「うん。 こっちは大丈夫。 落ち着いて指揮すれば藍里なら大丈夫だと思うから、しっかりね」

 

 頭を撫でながらそう告げた私の言葉に大きく一つ頷きを返し、藍里は自分の指揮する部隊へと駆けていった。

 

「それじゃ、最終局面を始めるとしましょうかね」

 

 私はそう呟きながら自分の指揮する部隊へと向かう。そこには既に兵達が整列しており、いつでも私の命令で動けるようになっていた。野戦陣地を占領してから渡河を始めるまでに少し時間がかかるはずだ。戦訓を述べるくらいの時間はあるだろう。

 兵達の前に置かれた台の上に登って、ゆっくりと兵達を見下ろす。

 

「さて、現状については今さら説明するまでも無いね。 これから華雄が兵を率いて私達を攻撃しようとこちらに向かっている」

 

 これから敵が来る、そう言っても慌てる者はいない。わざわざこうして集められて、戦える準備をさせられたのだから予想していて当然だろう。

 

「敵は精強無比な西涼騎兵が一万。 兵の数こそ私達とほぼ同数だけど、騎兵である以上戦力は向こうの方が上回るだろうね」

 

 正確には、相手は今日までの陣地への攻撃で兵数を減らしているのだろうが、どの程度被害を与えているのか分からないので、戦闘開始前の数字をそのまま口にする。自分達が敵よりも戦力に劣っていると聞かされても、目の前にいる兵達に動揺する気配は無い。よく統率されるようになった物だ。錬度を向上させる事を企図した張本人だが、感心してしまう。

 

「さて、戦力差を口にされても慌てる者はいないみたいだね。その様子だとみんな分かっているみたいだけどあえて口にしておこう。 この戦、簡単に勝つ事ができるよ」

 

 私は気楽な調子で勝利できると断言する。

 

「如何に精強無比といえども、力に頼って打ちかかってくるだけならば、それは獣の群れと変わらない。 それを防ぐための仕掛けを作ったのを知っているのは、この場にいる中にも多いと思う」

 

 何せ、土木工事に参加した張本人達がたくさんいるのだ。仕掛けがある事を知らない人間の方が少ないはずだ。

 

「さて、ならば私達が負ける要素が何処にある? 精々有り得るとしたら諸君らの慢心くらいだが、それすら私の目には見当たらない。 もう一度言うよ。 この戦、簡単に勝てる!」

 

 私はそこで声を一段と張り上げた。一層熱意を込めて目の前にいる兵士達へ向けて声を放つ。

 

「獣が人の知恵に勝てる道理が何処にある! 熟練の狩人が容易く獲物を捕らえるが如く、西涼の獣を罠にかけてこの戦で狩り尽くす! 全員持ち場につけ! 我等の強さ、二度と刃向かおうなどとは思わぬくらいに敵兵へ刻み付けるぞ!!」

 

 兵達は私の言葉に喚声をもって応える。慣れないと言えど、一応今の演説で兵達の士気を上げる事ができたようだ。ちょび髭伍長を見習って、演説の練習でもした方が良いだろうか?今後もこういう機会が多いようならば、本気で考えておこう。

 今の喚声により、対岸の敵にも私達が待ち構えている事が伝わっただろうが、華雄のような猪突型の猛将にはこの方が良い。待ち構えているところへ敢えて飛び込んで打ち破ろうとするだろう。別に向かって来なくても負ける事は無いが、短期でこの反乱を終わらせるためには、さっさとこちらに向かって来てくれた方がありがたいのだ。

 

 兵達が展開して、いつでも投石を開始できるようになったのを確認し、華雄達が動きを作るのをゆっくりと待つ。私達の今いる場所は、土を盛る事で浅瀬よりも高所になっている。藍里が指揮する部隊も同様にだ。どちらも浅瀬を渡河しようとする敵の動きを簡単に捉える事ができるだろう。

 私達の戦術は、基本どおりに渡河をしようとする敵を水際で防御する戦術だ。渡河の最中は最も敵を討ちやすいタイミングなので、当然そこを狙わせてもらう。頭の中で、簡単に現在の状況を思い浮かべる。そろそろ華雄隊が渡河を開始するようだ。

 

戦闘推移図①:華雄夜襲時

西                                         東

       ■

 

 

           堀堀堀堀堀 

           堀○  堀

           堀 A 

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            柵柵柵

          ①  ④  ②

             ●⑤

 

==:渭水(幅が狭い部分は浅瀬)

■:華雄隊野営

○:討伐軍野営跡(柵は華雄隊により撤去済み)

●:討伐軍野営

 

①糜芳隊(投石兵 一五〇〇):築山上に兵を展開

②藍里隊(投石兵 一五〇〇):築山上に兵を展開

③臧覇・陳登隊(騎兵 二五〇〇):出撃中

④孫策隊(歩兵 四〇〇〇)

⑤周瑜隊(弓兵 一〇〇〇)

 

A華雄隊(騎兵 一〇〇〇〇弱):討伐軍野営陣に向けて渡河を開始

 

 敵騎兵から弓がこちらに向けて放たれ始めた。私達投石兵は常に盾を構えながら射撃するので当然防ぐ事は難しく無いし、正面で防御を担当する伯符殿と公瑾殿には盾をしっかりと構えてもらい、射撃を受け止めるようにお願いしている。渡河が開始されたら、公瑾殿には撃ち返してもらう予定だが、今はまだ我慢してもらう。敵兵が来るのを待たなくてはいけない伯符殿がイライラしているだろうと簡単に思い浮かび、思わず苦笑してしまう。もう少し我慢をお願いします、想像上のその顔に胸中で頭を下げる。

 

 こちらからの反撃が無い事を確認したのか、いよいよ華雄隊の騎馬が一気に渡河を開始した。定石としては正しい。そうやって一番狙われやすい渡河の時間を短くする事で、被害を最小限に抑える事ができる。

 凄まじい勢いでこちらに向かってくる西涼騎兵。いよいよ渭水の中ほどまで進もうとした時、最前列を走っていた騎兵が深く沈んだ。まるで浅瀬ではなく、河の深みに嵌ったかの様に。その瞬間、先頭の騎馬は先ほどまでの勢いが完全に殺された。同じ勢いで走っていた後続の騎兵達がその集団に追突し、一時その地点で敵騎兵すべてが停滞する。当然私たちとしては、この好機を利用して敵騎兵を削らせてもらう。

 

「今だ、放て!」

 

 その瞬間を逃さずに、私と藍里、公瑾殿の部隊から矢と石が殺到する。左右からの投石と正面からの矢が、次々と敵騎兵達に命中していく。わざわざ浅瀬に対して十字砲火を行える位置に陣取ったのはこのためだ。一地点に敵を誘い込み、射撃をその一点に集中する。有名な歴史漫画でいう所の『殺し間』だ。銃撃では無いため、瞬間的な殲滅力では敵わないが、速射性と連射性は火縄銃よりもずっと高い。ましてや敵は騎兵であるため盾を構えていない。その上、現在は完全に渭水の中ほどで混乱してしまって立ち往生しているのだ。これだけでも十分すぎるほどに敵戦力を削る事ができる。実際に矢や投石を受けて馬から落ち、渭水に流され始める兵達が多数出始めている。それだけではなく、直撃して痛みから暴れ始める馬もあり、さらに混乱が拡大されていく。

 私たちは続けて何度も何度も射撃を繰り返し、さらに敵兵の混乱を拡大していく。直撃を受けずとも、川で立ち止まっているとどんどん流れに押し流されていく。浅瀬よりも下流に流されてしまうと馬に流れに逆らって泳いで貰うしかないのだが、馬も大混乱を起こしている最中で冷静に騎手の指示に従うわけがない。

 

 さて、当然の事ながらこの状況は私達が企図した物だ。敵兵の中では先頭を走ってい者達でさえ何が起こったのか理解できなかっただろう。何をしたのかというと、人為的に渭水の浅瀬に深みを作り上げたのだ。具体的には、浅瀬に口を上に向けた瓶を埋設して、そこに馬が入ると足を取られるように細工をした。この仕掛けを作ったのは、最初に野営陣を対岸に作る際に土塁で渭水を塞き止めた時だ。はっきり言って、野営陣を作ったのはこの仕掛けを隠す事と、敵軍の注意を引き付けるために過ぎない。この瓶の仕掛けが敵兵から見えないように、渭水を渡ってまでわざわざ野営陣を拵えたのだ。おそらく敵の多くがこの陣地を小城と遮断するための物と思った事だろうが、その意図は極めて薄い。それだけが目的ならば、渭水をわざわざ渡らずに、こちら側の川岸で陣地を構えれば事足りるのだから。

 瓶は私が徐州から持ってきた焼酎の入っていた酒瓶や、孫家の持ってきていた濁酒の入っていた瓶を流用した。わざわざこの策を採用してもらう時の説得で孫家の皆様に焼酎を提供したのも、空の酒瓶が欲しかったというのが一番の理由だ。孫家の持ってきていた濁酒も酒宴を開くのに使い、兵達の士気を高めるのに大いに役立った。そうやって集めた大量の酒瓶を使って、この策を実行したのだ。何も酒を無償で提供したのは、孫家の面々を喜ばせようと思ったからだけではないのだ。

 ……飲みきれなければ捨てる予定だったんだけどなぁ。なんであの酒量を数日で飲み干せるのさ。孫家の皆さんが心配です。肝硬変的な意味で。

 相手が夜に渡河しようとせず、見通しが良くなる明日の朝まで待ってから渡河しようとすれば、簡単にこの仕掛けは露見した事だろう。だからこそ、伯約殿にわざわざ追撃をでき、それに迷う状況になったら追撃するよう念押しするをお願いしたのだ。

 そうやって一つ一つの策を細かく巡らせて行った結果、目の前に広がる自軍に圧倒的有利な状況を作り出した。敵兵は未だに混乱したまま渭水の中ほどで立ち往生し、私たちからの投射を受ける事に甘んじている。これにより、段々と渭水中央にいる敵兵の数が減じている事が、この場所からでも黙視で確認する事ができる。

 

戦闘推移図②:川底の落とし穴発動

西                                         東

        ■

 

 

           堀堀堀堀堀 

           堀○  堀

           堀  

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============AAA=============================

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            柵柵柵

          ①  ④  ②

             ●⑤

 

==:渭水(幅が狭い部分は浅瀬)

■:華雄隊野営

○:討伐軍野営跡(柵は華雄隊により撤去済み)

●:討伐軍野営

 

①糜芳隊(投石兵 一五〇〇):投石を浅瀬に向かい実行

②藍里隊(投石兵 一五〇〇):投石を浅瀬に向かい実行

③臧覇・陳登隊(騎兵 二五〇〇):出撃中

④孫策隊(歩兵 四〇〇〇):待機中

⑤周瑜隊(弓兵 一〇〇〇):弓射を浅瀬に向かい実行

 

A華雄隊(騎兵 一〇〇〇〇弱):川底の落とし穴に嵌り混乱中。行動不能。

 

 さて、遂に運よく私達の射撃を掻い潜り、伯符殿の待ち構える陣に辿り着く敵も出始めたようだ。しかし、大半は馬から振り落とされて自力で泳いでこちらへ辿り着いたようで(かち)となっている。柵に取り付こうと、必死にこちらに向かっているようだが、この寒空で河を泳いで体がかじかんでいる状態で万全の体勢にて待ち構えている守備兵に勝てる道理は無い。まして守備を担当しているのは、孫伯符が率いる孫家の精兵達なのだ。騎馬を失い、万全の準備ができているとはとても言えない敵兵を、伯符殿の部隊が柵の隙間から長槍を繰り出し次々に屠って行く。

 ちなみに、この柵と長槍を駆使する戦法は古くから使われていた物だと思われるのだが、私が初めて知ったのは、とある洋画で敵騎兵を駆逐するのを見た時だ。起源はいつなのかまでは私も知らない。

 柵の外を突き刺すのには長ければ長いほど良いと考えたので、マケドニアのファランクスよろしく二丈六尺(約6m)ほどの長さの物を用意した。接近戦では使えないが、柵の外の敵を倒すにはこれくらい有った方が便利だ。本当は私達の部隊が弩兵の護衛をするために作って持って来たのだが、弩兵を組織する事が出来なかったために、伯符殿に渡して防衛用に使ってもらっているのだ。今のところ効果的に使用できているようだ。

 

 さて、そんな事を考えている間にも、戦局は動き続けている。敵兵の約三割が今の段階で河に押し流されている。死亡して流されている者もいれば、馬から振り落とされてそのまま流された者もいるのだろう。

 私たちも射撃を継続しているが、現在健在の敵兵たちも少なくない数が渡河を諦めて対岸に戻っていくようだ。まだ渭水中ほどでの混乱は続いているようだが、少しずつ混乱が収まって来ているように見える。

 

(……まだ来ないのか。 早く来ないと機を逃すぞ)

 

 胸中ではジリジリと焦燥感に苛まれながらも顔には出さないように注意して、投石を続けるよう命令を下し続ける。しかし、目は対岸へと向けて、最後の策が発動するのを今か今かと待ち続ける。

 敵は組織的な攻撃をこちらへ仕掛ける事は難しくなった事をようやく自覚したのか、渭水を渡る事を諦めて対岸へ戻り始めたようだ。混乱も大分収まり、組織立った撤退が開始されようとし、私が機を逸したかと諦めかけたその時、ようやく私が待ち望んでいた事が起きた。

 

「来たか!」

 

思わず声を出して、拳を握りしめる。待ちに待っていた勝利を決定付ける策が発動した事をこの目で確認する事ができた。

 

「敵兵に向けて、味方騎兵が突撃を開始したぞ! この戦、我らの勝利だ!!」

「うおおおおおお!!」

 

思わず兵達に向けてそう大声で呼び掛ける。その声に呼応して、兵達が喚声を上げ始める。私自身が今口にしたように、渭水の対岸には敵兵に向けて突撃を開始する味方の騎兵隊の姿が見える。私達が防衛戦を始める前に出撃していた宣高達が、敵兵の後方から突撃を開始したのだ。わざわざこのために、全線陣地を囲っていた堀のうち、東側一箇所には穴を掘らずに柵だけしか配置しなかったのだ。ご丁寧に、その柵さえ華雄達は外してくれたようだが。この突撃により、落ち着き始めていた敵の後方は再び大混乱する事となる。宣高達の部隊の攻撃を避けようと先ほど上がってきた渭水に飛び込もうとする者が多数いて、渭水にまだ残っていた部隊ともみ合い大混乱が起こっている。そこに私達は継続して投射を繰り返す。

 しばらくすると、待ちくたびれたと言わんばかりに伯符殿の部隊が柵の外に出て華雄隊に打ちかかり始めた。結果的に宣高達と伯符殿の部隊で挟み撃ちの体勢となった。私は味方、特に伯符殿の部隊への誤射を避けるために、慌てて投石の停止を部隊に命じる。ほぼ同じタイミングで藍里と公瑾殿の部隊からも射撃の手が止まる。

 

(もう戦の流れは揺るがないだろうに、無茶をするなぁ)

 

伯符殿のその行動に心から呆れてしまう。今頃、公瑾殿も頭を抱えている事だろう。そんな事を考えながらも、私は投降する敵兵を受け入れるために、陣地の前へ部隊を移動させる指示を下した。伯符殿達が飛び出して乱戦になってしまった以上、もう投石を行う事はできない。部隊がこの場に留まる意味は無くなっていた。

 

 さて、何故宣高達の部隊が敵の後方に回り込む事ができたかと言うと、下流にある渡河地点を使ったからだ。ただし浅瀬ではなく、私たちの手で橋を架けたのだ。元々私達徐州兵は土木作業に従事している事もあり、本職の大工並みの技術力を持っている。後は作り方を知っている者がいれば、そう難しい事ではないのだ。そして作り方に関して、私には参考にできるうってつけの人物に心当たりがあった。この時代よりずっと以前に渭水よりもずっと川幅が広い場所へ橋を掛けてみせた人物。その名はガイウス・ユリウス・カエサル。王政、共和制、帝政、どの時代のローマの統治者の中でも最も優秀だったと言われる人物だ。彼は十日間でライン河へ橋を掛けて、ゲルマニア領へ雪崩れ込んでいる。テレビの特集でこれの再現をやっているのを前世で見た事があり、作り方について記憶していたのだ。ローマと中華の違いはあれど、今から二百年以上前の技術力で作ることが出来た物なのだ。作り方さえ知っていれば、今の技術力で作る事ができない道理はない。まして、私達は徐州内において、何度も架橋をした経験も持つのだ。その経験を応用して、大規模にすれば良いだけなのだから。

 ……まあ三国時代の中華において、ローマ軍団の架橋の仕方など知っているのはおそらく未来知識を持つ私くらいだろう。まさか橋を自力で掛けて後方からの奇襲を実現されるとは夢にも思わないはずだ。

 これが伯符殿達に前線陣地で敵兵の目を引き付けてもらってまでやりたかったもう一つの事だ。あまりにも大掛かりであるため、偵察をしっかりと出していれば対岸からでも橋を掛けようとしている事ははっきりと確認できてしまう。それでは困るので、偵察を出さずとも見える位置に前線陣地を用意して、戦えるようにしたのだ。予想通り、華雄は偵察を出す事を止めて、囮とは知らずに全力で前線陣地の攻撃を始めて、架橋が終わるまでの時間を稼ぐ事ができた。

 河の中ほどに仕掛けた瓶を使った落とし穴と橋を使っての奇襲攻撃。この二つを使えば敵を大混乱に陥れる事ができる。そう予測してこの策を立てたのだが、想像以上に上手く行ったようだ。これで私達の勝ちの目は動かない。

 

戦闘推移図③:臧覇・陳登隊による奇襲攻撃時

西                                         東

        ■

 

 

           堀堀堀堀堀 

           堀○  堀

           堀   ③

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============ ④ =======================||====

            柵柵柵

          ①     ②

             ●⑤

 

==:渭水(幅が狭い部分は浅瀬)

||:橋

■:華雄隊野営

○:討伐軍野営跡(柵は華雄隊により撤去済み)

●:討伐軍野営

▲:小城(韓遂隊 歩兵一〇〇〇〇で籠城中)

 

①糜芳隊(投石兵 一五〇〇):孫策隊が前に出たため投石を中止

②藍里隊(投石兵 一五〇〇):孫策隊が前に出たため投石を中止

③臧覇・陳登隊(騎兵 二五〇〇):東側に掛けた橋を渡り後方から突撃を開始

④孫策隊(歩兵 四〇〇〇):我慢できずに突撃開始

⑤周瑜隊(弓兵 一〇〇〇):孫策隊が前に出たため弓射を中止

 

A華雄隊(騎兵 五〇〇〇弱):後方からの臧覇・陳登隊からの攻撃で大混乱

 

 それからすぐ、こちらの目論み通りに敵兵達は降伏してきた。半数以上の味方が討ち取られた状態で、鬼神のように暴れまわる孫策隊を目の当たりにしたのだ。寒さとは別の理由で震えながらの投降だった。……下手すれば将来的に私達があれを相手する可能性については今は黙殺する。だって怖いし。

 対岸の兵達も素直に臧覇・元龍隊へ投降し、仲良く装備を取り上げて両手を縛らせてもらった。結局捕虜となった敵兵の数は二千強。約七割以上の兵が河の藻屑に消えたか、そのまま逃亡した事になる。しかし、既に華雄隊の陣地も臧覇達の手によって焼き払っている。逃亡した兵達が再び終結し、組織的な反抗を行う事は不可能だろう。事実上、これでこの反乱は詰みだ。後は、小城から韓遂達を退去させて、講和を結んで終戦となるだろう。

 やれやれ、何とかなったかと心中で呟きながら、私は伝令兵を招き寄せる。小城を包囲している州牧様達へ、騎兵隊を全滅させた事を伝えるためだ。後の行動の判断は向こうで下すだろう。

 伝令を走らせた後、公瑾殿と合流し、今だ暴れ足りなさそうな伯符殿を死ぬ気で止める事になった。それが今回の戦いで一番疲れる理由となったのは言うまでもない。




最後までお読み頂きありがとうございます。

割とさくっと戦闘は終了。
三人称だと色々と視点を切り替えながら表現する事ができるんでしょうけど、一人称固定方式だと難しいですね。さりとて、何度も同じ場面を違う人間の視点から表現するのも何か違うと思いますし……。
難しいですね。要精進。

ちなみに、雪蓮と冥琳の二人も東側に掛けた橋を使って陣地に戻ってきています。冒頭の遠回り~やら、濡れ鼠~なんかがその辺りの話ですね。

あと、出展元も一応記しておきます。

ちょび髭伍長・・・は良いかwみんな分かると思いますし。

長槍を知った洋画というのは、メル・ギブソン主演の「ブレイブ・ハート」の密集槍兵。私が始めて知ったのもそれだったので、あえて挙げてみました。

川底の落とし穴は、雑賀孫市がやったと言われる戦術です。
こちらは桶を埋めて行ったのですが、酒瓶に変更しました。この時に使った酒瓶は、無双シリーズで肉まんが入っているあのサイズをイメージしています。……でけえw

そして、投稿直前に本日アップされていた某作者様の戦極姫の名作二次創作最新話を読んで絶望。
なんで交渉風景なのにあんなに盛り上げるのが上手いのか。
妬ましく思うのが馬鹿馬鹿しく思うほど著しい文才の差がががががorz

ご意見・ご感想等ございましたら、記載をお願い致します。

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