真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第十九話投稿です。

このくらいの分量が一番書きやすいですね。
けど、読む側としては短すぎますかね?


第十九話 Intuition -開戦前夜③-

「さて、それでは第一回実務者軍義を始めたいと思います。 進行は私、糜子方が務めさせていただきます」

 

 子方達と飲んだ翌日、私達は再び一つの陣幕に集まり情報交換をしている。

 私はこの場には参加しているが、やる気はまったくと言っていいほど無い。

 孫家では側近が意見を言う事は許されているが、最終的に決定を下すのは、当然勢力の長たる母様だ。

 どうも私の思い付く事は突飛すぎるきらいがあるようで、私が口にした事が取り上げられる事は少ない。しょうがない、私の意見は立脚点が勘なのだから、他人が理解する事は難しい。完全に理解できるのは母様、半分くらい理解できるのは親友の冥琳くらいだろう。

 

「弩の数がそんなに無いのは、昨日伯符殿と公瑾殿から伺いました。 騎兵を相手にするのに弩が足りないのは致命的になりかねません。 今日はその対策が主な議題となります」

 

 そう続ける子方の言葉の後に始まった会議を聞き流し、この会の参加者を気づかれないように観察する。大きく分けて三つの組に分けられる。

 まずは熱心に参加している組。

 母様とその右腕である祭。徐州側では、私達と同い年くらいの少年が爛々と目を輝かせ、子方の事を見ている。いや、あれはもう睨み付けていると言ってもいいくらいの視線の強さだ。何か因縁でもあるのかしら?

 少し好奇心が疼くが、この場では自重する。下手に場を引っ掻き回すと母様に折檻を受ける事になる。

 名前は確か陳元龍といったかしら。

 

 続いて、議論の流れを見守る組。

 徐州牧である陶恭祖殿と、下邳国の相である陳漢瑜殿。この二人は最初の挨拶以外は口を開かずに、議論に参加していない。けど、私みたいにやる気が無いわけではなく、議論が横滑りしそうになると軌道修正をしている。

 孫を見守るおじいちゃんみたいな立ち位置ね。

 

 最後に、地図をじっと眺めて考えている組。

 私の親友である冥琳と、昨日途中で酔いつぶれてしまった諸葛子瑜。

 地図上から読み取れる情報をできるだけ取り込もうとしているようだ。

 それから、赤毛で目付きの悪い少年が頭から煙を出しそうな勢いで考え込んでいる。

 この少年、臧宣高は一生懸命議論に付いていこうと頭を使っているようだが、どうも様子を見るに芳しく無いようだ。

 

 そんな感じで私以外積極的に参加しているし、別に私はやる気を出さなくて良いだろう。

 ああ、それにしてもお酒が飲みたい。

 

 そんな事を考えてぼーっとしていると、気になる言葉が聞こえてきた。

 

「韓遂の部隊は冀城を落とした後、近くにあるこの小城に留まり籠城している事を張司空の兵が確認しているわ」

 

 ……ん?

 そう言った母様の言葉に、私は引っ掛かる物を感じた。説明しろと言われても上手く言葉を作る事はできない、頭の中に突然降ってくる「それは間違いだ」という感覚。いつもの『勘』だ。

 

「だったらその城をー」

「騙されてない? おかしいわよ、それ」

 

 陳元龍が母様の発言を受けて、鼻息荒く何かを口にしようとしていたけど、私は思わずそれを遮って口を開いてしてしまった。

 この場にいる全員の視線が私の方を向く。特に言葉を遮られた形となる陳元龍は視線で射殺さんばかりの目を向けてくる。まあ知った事では無いんだけど。

 

「策殿。 何がおかしいと感じたのだ?」

 

 流石は祭。長い付き合いだけはある。私が論理的に考えた結果である「思考」ではなく、ただ感じた「勘」に従って物事を捉えている事がよく分かっている。

 私はその言葉を受けて感じたままに返事をした。

 

「何となく、だけどね。 城に(こも)っているのがおかしいと感じたのよ」

「いつもの勘か」

 

 その私の言葉を聞いて、母様が呟いた。

 私は首を縦に振った。

 それを受けて、子方が言葉を作る。

 徐州勢は軒並み不審そうな顔をしている。突然勘で口を開いた私を訝しんでいるのだろう。

 いや、子方と子瑜だけは視線を下に向けて、卓上の地図を見ている。

 

「おかしいと言えば、確かにおかしいんですよね。 董擢殿の兵が捕虜になっているならば、私たちに弩がろくに揃っていない事もバレているでしょうし、野戦に持ち込もうとしてもおかしくないはずなんですが」

 

 子方がそう言った後、子瑜は「それに」と前置きして子方の言葉を継ぐ様に口を開いた。

 

「なんで冀城に入っていないのかも不明ですね。 守備兵の数も足りているでしょうし、不利になるのは明らかでしょうに、わざわざ守りの薄い小城に入る事を選んだのかが分かりません」

 

 うん。確かにそうだ。冀城に入らない理由が何かあるという事か?

 私の勘はその辺りを感じている気がする。

 

「……州牧様」

 

 全員が考え込んでしまい、短い沈黙が場を満たした後、子方が陶州牧に話しかけた。

 

「私が最初に西涼の反乱を予感した時、涼州近辺の物価の値上がりについて資料を纏めていたのを覚えていますか?」

「ああ。 確か麦や鉄についてまとめていた資料だな」

 

 ……そんな事からこの反乱を予測したの!?確かに西涼での反乱の兆しについて、徐州から上奏が有ったと聞いたけど……。

 後日冥琳からこの事について、彼女にも可能かどうかを訊ねたが、自分にもできるだろうと返された。ただし、「西涼の物価まで知る事ができるだけの広大な諜報網を持っていれば」とも合わせて言われたが。当然私達孫家はそんな諜報網を持っていないので、現状では不可能。

 それを聞いて、子方をなんとか孫家に取り込めないかと考え始める事になるのだが、この時の事には関係無いので割愛する。

 

「それでですね、あの時に調べた限りでは(まぐさ)の価格は上がっていなかったと記憶しているんです。 麦や塩等は買い占めの結果、価格が上昇していたのに」

「……それがどうしたのだ」

 

 まったく関係の無い話をし始めたからだろう。陳元龍がイライラしたような声を出し始めた。

 ここまで感情を乱しはしないが、私も訝しむ思いを持つ。他の皆もそうだろう。

 子方はそんな私たちを気にした様子もなく陶州牧に話続ける。

 

「西涼産の馬の取引量が減っているのは、おそらくこの反乱に備えて売る量を絞ったからでしょう。 なら、何で秣の買い占めが行われなかったのか。 反乱で馬を使う事を予測していたにも関わらず」

 

 子方はそこで一度言葉を切り、軽く息継ぎをした後言葉を続けた。

 

「西涼にとって、馬は大金で売れる品物です。 それを売る事ができなくなったので、金銭が足りなくなって十分な秣を仕入れる事ができなくなったんじゃないでしょうか」

 

 その言葉に、冥琳が目を見開いて言葉を継いだ。

 

「そうか、なら小城に詰めたのも説明がつく。 秣が無ければ騎馬を養う事ができない。 おそらく馬は城外の牧草がある辺りで待機させているのだろう。 その際には馬に乗る騎兵も一緒に外に出なくてはならないはず」

 

 さらに子瑜が言葉を継ぐ。

 

「西涼の兵は大半が騎兵ですね。 大部分の兵が場外に出た事を考えると、冀城の防衛に必要な兵の数が足りない……」

「それで、冀城に詰めるのを諦めて小城で籠城している。 ……なるほど、理屈に合うわね」

 

 母様はそう言って、首肯する。

 

「と、なると騎兵はこの広い西涼のどこかで遊撃部隊をやっているという事か。 かー、嫌じゃのう。 見つけて撃破するのに相当骨が折れそうじゃ」

「んー。 そんな事は無いんじゃない?」

 

 私は祭の意見に否定を返す。

 

「どうせ小城を包囲して攻撃をし始めようとすれば、姿を表して側面なり後方からなりこっちを襲撃してくるわよ。 そこを叩けばー」

「弩が無く、歩兵が中心の我らでどうやって西涼騎兵を討つつもりだ、馬鹿娘。 その方法を考えるためにこうやって集まったのを忘れたの?」

「う、煩いわね! ちゃんと覚えていたわよ!」

 

 母様に言われるまですっかり忘れていた……なんて言う事は当然できないので、私は嘘を吐いてごまかす。

 ちょっ、こら親友!これみよがしに溜め息をつかないでよ!

 

「んー。 伯符殿が言っている事も間違いでは無いんですよね。 その時に騎兵隊を撃破できれば、反乱者達の戦力を大きく削ぐ事ができるわけですし、その時点で降伏を促す事もできるかもしれません。 とは言っても、今の状況では騎兵を討つのは難しいでしょう。 せめて来る方角だけでも分かれば、罠を張る事もできるのですが」

 

 この子方の言葉が現状をすべて言い表しているだろう。

 騎兵を討てば反乱が終わる。

 だけど討つための有効な手段が無い。

 非常に単純ではある。しかし、そこに至るまでの道がまったく見えない。

 

「ただ、下手に偵察を出したとしても、敵に先に発見されてしまえば逃げ切る事が難しいです。 敵の馬の方が速度が出るでしょうし」

 

 それも道理だ。偵察を任せるにしても、腕が相当良くないとすぐに討ち取られてしまうだろう。

 

「ただ、好材料もあります。 董孟高殿が隴西郡に軍の再編に戻った事により、馬州牧から援軍や補給を受け取り辛くなっています。 ここまで物資を運ぶ間に、隴西郡から横腹を突く機会は多々ありますので。 まあ、実際に突けるかどうかは分からないのですが、少なくとも警戒はするでしょう」

 

 ……それに関してはあまり期待しない方が良いだろう。董擢の軍事的才能は正直高くない。可能であれば、西涼からの援軍が到着する前に決着を付けてしまうのが一番良いだろう。

 

 その後も意見は百出(ひゃくしゅつ)すれど、名案という物は出てこなかった。時間だけがどんどんと過ぎていき、とりあえず各個撃破される危険を承知で、敵の遊撃部隊を見つけるために偵察を四方に出そうかという方針に決まりかけた時、見張りを任せていた兵から敵方からの来訪者が有った事が伝えられた。

 

「ご報告致します。 反乱軍より使者が訪れました。 ただ、少し妙な事を言っていまして……」

 

 その報告を聞いて、また私の勘が働いた。「この状況を打開するには、その人物と会わなくてはならない」と告げている。

 来訪者と会う事でこの戦の状況が大きく動く。私の勘はそう告げていた。そして、結果的にその勘は間違いではなかった……のだが。

 後年、この時の事を思い出すと少し苦々しく思う。この時の来訪者を孫家で保護する事ができなかったのは痛恨の一事だったと、余りにも逃がした魚は大きかったのだと、そう思い知る事になるとは全然予想する事はできなかったのだ。




最後までお読み頂きありがとうございます。

個人的にはこういう、ちまちまとした戦争の状況設定をするのが凄く楽しかったりします。
ここでこいつはこう動くな、とか、こうしなくちゃ行動の整合性が取れないな、とか。
読んでる方からすれば、さっさと開戦しろや!と思われるかもしれないな、と思いつつ空気読まずに考え込んでいます。

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