真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第十八話投稿です。

このサブタイトルは、むしろ前話の文嚮と宣高にこそふさわしいのではないか。
いや、歌詞的に。



第十八話 Drunk -開戦前夜②-

 目の前には顔立ちの整っている酔っ払い一人、その隣で頭を抱えている眼鏡の美人が一人。私の隣には私の副官である小柄な女の子が一人。それに私を含めた合計四人が一つの天幕の中にいる。

 

「雪蓮。 その辺りで止めておきなさい」

「お断りよ♪ 久しぶりのお酒なんだもの、しっかり堪能するわよ! それにしても、これ美味しいわね。 子方、揚州でも買う事できる?」

 

 止める眼鏡の美人にそう言って、酔っ払いは上機嫌に自分の盃に酒を注ぐ。それに口をつけながら、酒を提供した私へ質問をしてきた。

 どうでも良い事だが、盃に接している酒に濡れた唇がやたらと艶かしく映る。凝視しないように注意しながら、言葉を返す。

 

「えっと…揚州北部、徐州と接している辺りだったら流通してるかな。 確かその辺りの商会には卸していたはず」

「だったら、呉郡にもあるかもしれないわね。 探してみる価値があるわね、この味は」

「ただ、普通の酒に比べて割高になるね。 量を飲むには向いてないんじゃない?」

 

 この時代の醸造酒は濁酒(どぶろく)が基本となるため、品質がまちまちだ。先に飲んでいた酒は美味しくなかったので、はずれの酒に当たったのだろう。目の前の女性も軽く顔をしかめながら飲んでいた。醸造酒は誰でも作る事ができる反面、作り方と管理をしっかりしていないと美味しくならない。

 それを飲み干したので追加を出そうとしてきた女性を止めて、私が持ってきたのは焼酎(しょうちゅう)だ。単式蒸留器を私が(こしら)えて、仕込んだ物だ。

 私は前世で鹿児島に住んでいたので、飲む酒は基本的に芋焼酎だった。そのせいか、濁酒の味に馴染む事ができない。酒宴等で飲まされる機会も多く、まずい濁酒と言えど飲まないわけにはいかなかったのだが、ある日あまりにも不味い濁酒を飲まされたので、私は単式蒸留器を作成する事を決めた。酒を飲んで自制心が緩くなっていた事もあり、久々にキレちまっていた訳である。前世の父の知り合いに、芋焼酎を造っている蔵元が居たので、仕込みの工程や蒸留器の構造は知っていた事も後押しした。

 さつまいもが無いため芋焼酎を作る事はできないが、麦と米を材料にした焼酎なら造る事ができる。球磨焼酎や、壱岐焼酎に近い物だ。蒸留する必要がある事から、同じ量の材料を使っても生産量は普通の酒に比べて少なくなるし、そもそも、私が勢いで作ったので、まだ糜家の商会以外では生産されていないため流通量が極めて少ない。さらに、液体である酒の流通は、瓶を割らないようにする必要があるため難しく、どうしても運送に手間がかかり、その費用も上乗せされる事になる。

 それらの要因が重なり、揚州での販売価格は二倍以上の金額を付けているはずだ。

 そのうち連続式蒸留器の作成も視野に入れるべきだろうか?ホワイトリカーが出来れば果実酒を漬ける事もできるようになる。

 

「んー。 あまり値段が高いと、確かに困るわね。 それじゃあ、私達にだけ一割の価格で売ってよ」

「無茶言うな」

 

 あまりに無茶な事を言う目の前の酔っ払い、孫伯符殿に素で返す。堅苦しいから敬語を使わなくていいと、本人から許可を得ている。

 ちなみに、この伯符殿。恐ろしく酒に強いらしく、先ほどから焼酎を()で飲んでいる。そして、この場にいる誰よりも盃を空ける回数が多いくせに、まったく酔っている様子が無い。

 私と隣に座っている藍里(らんり)、眼鏡の美人こと周公瑾殿はお湯割りにして飲んでいる。その方が体が温まるしね。

 公瑾殿もいけるクチのようだが、人前という事もあって、かなり自制しているようだ。濁酒以上のアルコール度数の酒を飲むのが初めてだろうし、普段の酒量よりもだいぶ少なくして酔わないように気をつけているのだろう。

 藍里は濁酒の一杯目を飲み干した時点で既に顔を赤らめて、ぽーっとなっている。お酒を飲むのが初めてと言っていたので、自分の限界が分からないだろうし気をつけてあげる必要があるかな。このまま寝ても私が連れて帰るから別に良いのだが。

 ちなみにつまみは私謹製ドライソーセージ。酒飲んでると塩っ辛い物食べたくなるので、出してきた。伯符殿も公瑾殿も、頻繁に手を伸ばしているので味を気に入ったのだろう。

 

「えー、なんでよ。 良いじゃない。 私は美味しいお酒が安く飲めて嬉しい。 貴女は美人が喜ぶ姿を見れて嬉しい。 どちらも得をするじゃない」

「美人というのは否定しないけど、明らかに損得が釣り合ってないだろ」

「あら、そうかしら? 一時的に損をしても、将来的には得になるかもしれないでしょ?」

 

 そう言って、伯符殿は自分の豊かな胸を強調するように胸の下で腕を組んだ。思わず視線がそちらに行ってしまいそうなのを意志を総動員してこらえて、私は言葉を作る。

 

「貴女の場合、何を貢いでも本気にはならないでしょうに。 遊女と違って矜持がやたらと高そうですし」

「あら、分からないじゃない。 もしかしたら相手によっては尽くすかもしれないでしょー」

「だ、そうですが。 公瑾殿、評価をどうぞ」

「酔っ払いの戯言だ。 信じるに値しないな。 酔いと同じで、翌朝くらいまでは残るかもしれないがずっと残る物では無いな」

「少しでも本気にして、翌朝以降まで残した方がしんどい思いをするか。 上手い事言うなぁ」

「ちょっ、二人とも酷すぎない!?」

 

 伯符殿からの抗議を公瑾殿と一緒に聞き流す。藍里は寝落ちして私の肩に頭を預けている。

 

 さて、前置きが長くなってしまったが、何故私達がこうして酒を飲んでいるか。それは、徐州の本隊が到着したため、今回の討伐軍総大将である張温の陣幕で軍議が行われる事になったのだが、中央の官位を持っていない私達に参加許可が降りなかったからだ。徐州側からは陶謙様、漢瑜様、宣高が、孫家からは孫文台様と黄公覆様が出ている。

 暇を持て余した私達は、伯符殿の提案で自己紹介と情報交換を兼ねて私の陣幕に集まった。流石に出会ったばかりの女性の天幕に男が入るのは躊躇われた。どうせ、私の陣幕は立てられたばかりで、見られてはまずい物など有りはしない。

 物資の確認などの庶務は、元龍が監督している。私も手伝おうとしたのだが、漢瑜様が待ったをかけた。雑務の監督といえども、元龍に経験を積ませたいらしい。どうも泥臭い事を嫌がる傾向がある元龍に、そういった雑務が如何に重要であるかを教えこみたいらしい。私も面倒な雑務から開放される事もあり、二つ返事で頷いた。

 

 さて、集まって自己紹介も終わり、情報交換を始めようかとしたところ、伯符殿が酒を取り出した。何でも、友好を深めるのに酒は不可欠らしい。言いたい事は分かるが、情報交換が終わってからにしないかと提案したのだが、聞こえないふりをして伯符殿が飲み始めた。公瑾殿は渋い表情で諌めたがそれも聞こえないふりをした。強いな、孫伯符。

 私もそれなりに強いので飲み始め、公瑾殿も伯符殿に勧められて飲み始め、みんな飲むのなら初めてですが私も、と藍里も飲み始めた。そして、今に至る。ちなみに、情報交換はまだ何もできていない。

 

「それじゃあ、藍里が寝ちゃったけど情報交換を始めようか」

「えーっ! このまま堅苦しい話無しにして楽しくお酒飲みましょうよー」

「雪蓮、情報交換はお前から言い出した事だろう?」

「そんなのお酒を飲むための口実に決まっているじゃない!」

 

 それを聞いて、公瑾殿は頭を抱えた。私としては、そこまで自信満々に言い切られると苦笑いしか出てこない。

 

「まあ、それが元々口実にすぎなかったのだとしても、一応情報交換をしておこう。 何もしていないままだと、多分問題になるだろうし」

「……まあ、良いか。 それじゃあ、私は飲んでいるから冥琳よろしく」

清々(すがすが)しいくらいに人任せだな!」

「子方殿、いつもの事だし気にしないでくれ。 後で説教はしておくから」

 

 色々と諦めたのか、公瑾殿はそう言って来た。後で胃薬になる薬草を渡しておこう。そのうち良い事あるさ。

 

「それじゃあ絶対に聞いておきたい事を一つ。 騎兵を相手にした経験について聞かせて欲しいん。 孫家で大規模な騎馬隊って相手にした事ある?」

「分かっていて聞いているだろ? 無いな。 私たちも賊討伐ばかりをしてきたし、大規模な騎兵集団など揚州にはいなかった」

 

 南船北馬。南方では馬を使った戦の機会は少ないだろう。私達にもその経験が無いだけに、精強な孫家であればもしかしてと思っていたのだが、残念ながら無いようだ。

 

「私達も同様なんだよ。 そうなると、誰も騎馬隊相手にした経験を持たないって事?」

「一応董擢という者がいるのだが、韓遂に散々に打ち破られていたな」

「董擢……隴西(ろうせい)郡の太守だったっけ? 聞いた事があるような、無いような感じなんだけど」

「ああ、それで合っている。 用兵は未熟の一言だったな」

 

 確か董卓の兄だったはず。戦下手なのか。西涼騎兵を扱うとはいえ、韓遂には勝てなかったという事なのかな。

 

「それじゃあ先人に倣って、弩の運用によって制する事になるのかな? 基本に忠実すぎて面白みは無いけど」

「無理無理。 ここにはそんなに大量の弩が無いのよ」

 

 横から伯符殿が口を挟んできた。

 って、弩が無いって何さ?

 

「『漢の司空たる私が行けば、偉大なる漢帝国の威光により賊徒が直ちにひれ伏し、すぐに反乱が収まるでしょう』だそうだ。 ろくに戦の準備をせずに来ているのさ、我等の総大将様は」

「……脳が膿んでるんじゃないか?」

「膿むだけの中身も無いんでしょ」

「お前らな……。 あんなのでも漢の三公なんだ。 耳に入ると首を落とされるぞ」

 

 思わず暴言を口にする私に、投げやりにさらに酷い事を口にする伯符殿。それを注意する公瑾殿。けど、公瑾殿も大概酷い事言っていると思うんだけど。

 

 しかし困ったな。漢民族の対騎兵の切り札である弩が無いとは。

 一応対策として、私が指揮する部隊分くらいには装備を持ってきたんだけど、討伐軍すべてに回せるだけの数は無い。さて、どうした物だろう。

 軽く俯き、思考を走らせる。

 

「んーせめて数ヵ月後、春先だったら取れる手段もあるんだけど」

 

 それだけの時間があるなら、弩を取ってくる方が早いしな。

 困った様に頭を掻いて、俯いていた顔を上げると、伯符殿と公瑾殿が不思議そうに私の顔を見ていた。

 思わず顔を触って、何も付いていない事を確認する。

 

「何? どうかした?」

「いや、な」

「春先だったら何とかできるってどういう事よ?」

 

 ああ、それを疑問に思ったのか。確かに、相当特殊な事をやるからちょっと思いつかないか。

 

「まあ、品が無い話でもあるんだけど。 春先の動物って盛りが付くじゃない」

「……女性の前で話す事ではないな」

「え、良いじゃない。 面白そうだし続けなさいよ」

 

 顔を(しか)める公瑾殿と、面白そうに先を促す伯符殿。対照的な態度だな。

 公瑾殿の顔色を伺うと、何か諦めたように溜め息を吐いた。いや、本当に色々と申し訳ない。

 

「それじゃあ、続けるけど。 軍馬って基本的に牡馬を用いるでしょ」

「そうね。 気性が荒くて、戦いを恐れなくなるからね」

「そうそう。 だから、その牡馬の群れの中に雌馬を一気に解き放つんだよ。 春先なら盛りが付いているから、牡馬が雌馬目掛けて突進するし、乗っている騎手を振り落としてしまうだろうね。 状況によっては馬同士で同士討ちも始めちゃう」

「そうやって混乱しているところに兵を入れて打ち破れば良い、か。 あはははは! 面白いわね、それ!」

 

 そこまで聞いて、伯符殿は大笑いし始め、公瑾殿も口元を覆って笑いを堪えている。うむ、ウケて良かった。

 しかし、確かに笑い出したくなるほど馬鹿馬鹿しいのだが、実はこれは史実で行われた事がある計略なので、実際にそうなる可能性は結構高い。

 

「さりとて、今は春先ではなく発情期でも無いので、それをする事は無理だろう?」

「そうだね。 だから何とか騎馬を無力化する方法を思いつかなくちゃいけないんだけど」

「そう簡単に思いついたら苦労はしない、か」

 

 その後も公瑾殿と騎兵を無力化する方法を話しあったのだが、有効な方法を思いつく事は出来なかった。

 この問題を何とか解決しない限り、私達討伐軍の被害も大きくなってしまう。アルコールを抜いた状態で、騎馬に打ち勝った戦いで何があったのかを少し考えてみる事にしよう。

 

 結局、軍議が終わりもぬけの殻だった孫家の陣幕を見て、二人を探しに来た文台様と公覆殿が来るまで話は続いた。

 その後、文台様と公覆殿も一緒になって酒を飲み始め、ちょっとした酒宴のようになってしまった事は割愛する。結局文台様達も焼酎を気に入ったため、瓶ごと焼酎を提供してようやくお帰り頂ける事になった。

 まあ、孫家の人間と交友を深める事ができたので、良かったのだろう。そう思わないとやってられない。

 藍里を彼女の陣幕へ運んで行ってあげて、汚れに汚れた自分の陣幕を掃除しながら、私は盛大に溜め息を吐くのだった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

恋姫の孫家と言えば酒の話題は欠かせないな、と思い酒の席での情報交換となりました。
作者はあまり酒に強くないので、強い方が羨ましい。飲むのは好きなんですけどねぇ。

ちなみに雌馬放って、という逸話は日本の戦国時代、淡河城(おうごじょう)攻めで実際に行われたという伝承が残っています。
こういう馬鹿馬鹿しい知恵で大群を打ち破る話は面白いですよね。

ご意見・ご感想等ございましたら、記載をお願い致します。

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