私達が
それに対して私達男衆は、防具の支給が遅れていたため今日初めて配下と顔を合わせた。……のだが。
「しかし、まあ、なんだ」
「どうかしたのか、文嚮?」
私は手に持った書類に目を向けたまま、何か言い淀んでいる文嚮に対して言葉を続けるように促す。
あ、兵糧の量がおかしい。計算し直して差し戻しておこう。
「いや、な。 俺と宣高はお前に剣で勝てた事が無かったわけだ」
「まあ、そうだね。 とはいっても、あと数年すれば私では歯がたたなくなるだろうけどね」
「それはどうか分からないが。 それにしても、お前に勝てなかった俺たちが、兵士達に楽勝できているんだが、州の防衛は大丈夫なのか?」
その言葉に私は顔を上げて書類から目を離し、私が義父さんから預かった兵士達相手に無双をしている宣高へ視線を移す。
目の前には自分の背より大きい斬馬刀を使って、数人の兵士をまとめて吹き飛ばす十二歳。
うん。シュールな光景だ。
一応、刃の付いていない背を使うように指示はしているが、それでも怪我は免れないだろう。
実はさっさと懐に入って組伏せれば、勝つのは難しくない。武器が重量がある武器だけに動作は遅いし、まだ子供であるから体重も軽いのだから。
しかし、斬馬刀の威力を目の当たりにした事で、腰が引けてしまっている。あれでは懐に潜り込むのは難しいだろう。
宣高が巨大な武器を使用できる理由は、気にある。
そう、『気』である。ドラゴンボールなどでお馴染みのあれである。
この世界には気功の使い手が存在しており、気を使って筋力を増強したり、病気や怪我を癒すのに使う事ができるらしい。女性武将が存在しているのも、気の使い方が上手く、男以上の力を発揮する事ができる人たちがいるためだ。
鍛えれば気を飛ばす事もできるらしい。波動拳とか、かめはめ波がリアルで見られるのかもしれないのか。胸が熱くなるな。
ちなみに私は気を使う事はできない。気は誰にでも備わっている物であるのだから、頭で感じようと考えなくても自然と体に巡っている事が分かる物なのだそうだ。それを感じられるかどうかというのが、素質の差となるらしい。
この気を扱える素質の持ち主で私が知っているのは、今目の前にいる二人とその父親達しか知らない。そう考えると結構希少性の高い技能になるのだろう。
「お前らは武に関しては十分すぎる能力持ってるからな。 一般兵くらいなら圧倒できるよ。 流石に一騎当千の猛将とか相手取ると厳しいだろうけど」
「村じゃお前に負けっぱなしだったからいまいち実感できていなかったんだが、お前が言っていた、『俺たちは強い』ってのは本当だったんだな」
嬉しそうにしきりに頷く文嚮。
その様子に思わず苦笑してしまう。今の私の言葉は半分本当で、半分は嘘だ。この兵達は正規兵にしては弱すぎる。おそらく日頃の練兵が上手くいっていないのだろう。
ちなみに村に居た時に私が二人に勝つ事ができていたのは、ひとえに前世で剣術を習っていたおかげだ。剣術に限らず武術全般は、効率良く相手を制する手段だ。それをかじった事があるのなら、いかに気で筋力を強化しようと、理屈も何もなく力任せに振るうだけの相手に対処する方法はいくらでもあるのだ。
さて、何故この場で宣高が無双乱舞を披露しているかというと、兵士達が言う事を聞かなかったからだ。
練兵初日の今日、兵達は自分達がやりたい放題できるよう、新任の伯長とその副官に自分達が一筋縄に扱う事ができない事を示そうと思ったらしい。自分達より年下の私達が上官になるのが気にくわないというのもあるのだろう。
そしてあまりに言う事を聞かない兵達に宣高がキレたのだ。文嚮も口には出さないが怒っている。
私は役職上二人を止める立場にいるのだろうが、あえて煽って焚き付けた。軍隊などの規律が求められる組織では、上が舐められる訳にはいかないのだ。そうじゃないと多少の劣勢で指揮が崩壊しかねない。
具体的にはこう囁いた。
「宣高に勝ったら新しい伯長に推薦する。 五人までだったら同時にかかってくれて構わない」
こう口にしたら兵達は喜び勇んで宣高に向かっていった。キレてた宣高も舌なめずりしながら迎え撃つ。そして臧覇無双が始まった。
最初は余裕そうにニヤニヤ笑っていた兵達だったが、一人が斬馬刀でホームランされてからは顔が引き攣り始め、二人目が飛ばされてからは必死の形相となり、三人、四人、五人目と飛ばされた後は、泣きそうな顔をしながら向かっていった。まあ、結果ホームランされるんだが。
あ、考えている間に最後の一人が吹っ飛ばされた。とりあえず宣高を止めて、兵達を労おう。飴と鞭って重要だよね。
最後の一人が飛ばされた時にはもう夕暮れ前だったので、今日はそのまま解散とする。というか、死屍累々となっている兵達相手に練兵しても何も身につかない。明日から頑張ってもらうとしよう。
宣高と文嚮は体を動かし足りないようで、二人で立ち会いを始めた。兵達は二人の次元が違う動きを見て、あんぐりと口を開けて呆けていた。安心してくれ、私もあんな動きはできない。
そんな二人を視界の端に収めながら、私は兵達にはゆっくり休むように伝えて解散させる。比較的良く粘っていた十名には金を握らせて、気前の良い上司を演出する事も忘れない。頑張ればそれだけ稼ぎが多くなる事が分かれば、明日からの鍛練に身が入るようになるだろう。
人心掌握、人心掌握。金で兵の士気と信頼が買えるなら安い物だ。
とりあえず今日の練兵での収穫としては、今のままでは兵達は実戦で使い物にならない事が分かった。
兵達は、上官の命令に服する規律が薄く、強敵を相手にしても諦めない強い意思が無く、難敵に打ち勝つための工夫もしなかった。
これは徐州の将軍達の用兵が、個人の武力が高い兵を中心に行われていたからだろう。賊討伐のように敵が弱く、攻勢を維持する事ができるならばその辺りは必要なく、前がかりに攻め立てるだけで事足りる。しかし、ひと度劣勢に立てば粘り強く守勢を行う事も、工夫により主導権を取り戻す事もできないだろうし、すぐに士気が崩壊して裏崩れを起こす事になるだろう。まして、私が理想としている組織戦を行うなど、夢のまた夢といったところか。
明日からの練兵で、ある程度ましにしていかなければならないだろう。
とりあえず、明日が有る事を忘れて白熱した鍛練をしている二人が終わるのを待って、明日からの鍛練の方針について話し合うとしよう。
結局日が落ちきるまで二人の鍛練は続き、私はかなりの時間待たされる事になった。
時間はあまり無いが、打ち合わせを始める。
「時間も無いし、さっさと終わらせるよ。 二人は今日の鍛練をどう見た?」
「弱すぎる、とはさっき言ったな。 少なくとも十合は俺らと打ち合えなくちゃ駄目だろ」
とは文嚮の言葉。そうはいうけど、宣高の斬馬刀とまともに打ち合うのは私でも無理だぞ?
「それより数人吹っ飛ばしただけで怯えて及び腰になった事の方が問題じゃねーか? あんなのじゃ強敵見たら一目散に逃げ出しかねねーぞ」
これは宣高の弁。先程私が持った感想とほぼ同じ意見だ。
二人とも、兵達の能力に不満が有るようだ。それならとりあえず、兵達の能力の底上げは二人に任せるとしよう。殺さないよう、大怪我させないように気を付けてくれれば良いや。
「それじゃ、明日からはその辺を中心に鍛えよう。 予定どおり二十五名ずつ二人に預けるから、近接戦闘を中心に鍛えて。 先に面子は選んで良い。 私は残りの五十名を遠距離戦中心に鍛えるよ」
「ああ」
「分かった」
前世の子供の時に遊びでやっていた
「初陣は、賊討伐の機会が有れば立候補するつもりだからそのつもりで。 とは言っても、私が納得できる練度になるまでは、理由をつけて先延ばしにするから、明日明後日で突然初陣になる可能性は無いと思ってくれて良い」
もっとも、黄巾党のように万単位で賊に集結されたら流石に州を挙げての総力戦になるだろうから、一概に練度が低い状態での出撃が無いとは言い切れないが、無視して良い確率だろう。
最低一ヶ月。可能であれば三ヶ月欲しい。そこまで時間があれば、最低限の組織戦はできるようになるだろう。
「とりあえず、一ヶ月である程度形になるように鍛えて。 基本的な陣形も実践レベルで使えるくらいにはするつもりだかそのつもりで」
というか、そもそも。
「兵達の前に、まずはお前らに陣形の勉強をしてもらうから、そのつもりでいろよ?」
うわ、すげー嫌そうな顔してるな。そんなに勉強するのが嫌いか。
「頭使うの苦手なんだよ」
「細かい事考えずに、突撃すれば勝てるだろ!」
二人とも。胸張って言う事じゃないからな?
「そもそも軍で身を立てるなら陣形の知識必須だぞ? というか、陣形知らずに突撃させるだけなら文官にだってできるだろうが」
例えば義父さんとか。武官である以上、ある程度はできるようにしなくちゃ出世に響くぞ。
結局その後も説得の言葉を重ねた結果、嫌そうな顔をしながらも不承不承陣形の勉強する事を頷かせる事に成功した。
その後、簡単に明日からの訓練メニューを話し合い、解散した。二人は私に着いてきて、屋敷で姉さんと空さんに会いたかったようだが、姉さん達の機嫌が急降下しかねないので適当に言いくるめて下宿先に帰らせた。機嫌悪そうにしている人間が食卓に座っていたら、それだけで飯の美味しさが半減するから仕方がない。
宣高達は犠牲になったのだ。我が家の楽しい夕餉の犠牲にな……。
『名将となるあしたのためにその一。 陣形。
攻撃の突破口を開くため、或いは敵の出足を止める為、相手の動きに合わせ流動的、かつ速やかに有利となるように兵を展開をする事。
この際、先頭の兵は敵の鋭峰を逸らす心づもりで、やや側面を狙い、敵の陣形を崩す様に討つべし。
側面の一撃から続く正面からの突撃は、その威力を三倍にするものなり』
思わずそんな戯言を考える。まあ、それだけ陣形、及びそれを運用できるだけの練度と知識は重要なのだ。
「だから、それができないとなると厳しいかな」
二人と打ち合わせを終えた後、屋敷に帰り食事を取った。その後、食後のお茶を飲んでいる時に、初日はどうだったかを義父さんに聞かれたのでそう答える。
食卓には義父さんの他に叔子が居て、いつもどおり王虎を抱えて大人しくお茶を飲んでいる。
姉さんと空さんは、もう自室で休んでいる。まだ新しい環境に慣れていないため、疲れが抜けないのだろう。明日は疲れが取れるように、甘い物をお土産に買って帰って来ようかな。
とりあえず、明日の事はここまでにしておいて、義父さんとの会話に集中しよう。
「やはり兵の練度に問題があるか」
「兵の武力だけじゃなくて、規律や士気も含めて問題だらけ。 練兵は武官の担当だろうから、義父さんは管轄外なんだっけ?」
「ああ、武官達の持ち回りで行っている。 問題なくできていると報告されていたのだがなぁ」
そう言って、義父さんは溜め息を吐く。私も溜め息を吐く癖があるので、糜家からは幸せが全力疾走で遠ざかっているかもしれない。
「じんけーってできないとダメなの?」
「駄目だねー」
叔子の質問に答える。ただ、それだけ言っても理解はできないだろうな。
「分からないようなら、ちょっと試してみようか。 手のひらをこっちに向けて、手を重ねてみて」
「こう?」
叔子は私の言ったように、両手を重ねて私に向ける。義父さんも興味深そうに私達のやり取りを見ている。
「そうそう。 そのままで居てね。それじゃあ、叔子が防御側で、私が攻撃側だからね。そうやって構えている相手に対して、こう真っ直ぐに拳を突き出しても受け止められちゃうでしょ」
「うん。 とめられるよ」
力加減をしている私の拳を叔子の手のひらが受け止める。
「じゃあ、その守りを抜くためにはどうすれば良いでしょうか。 考えられる中で一番簡単なのは、もっと強い力で防御を突破しようとする方法が思い付くんじゃないかな」
そう言って、腕に力を込めて叔子の手のひらを押す。本当は叔子の手のひらにパンチでもすればより分かりやすいのだが、泣くだろうからやらない。
そうやって力を込めていると、叔子の腕がだんだん体の方に押し込まれ始めた。
そこで力を抜いてあげる。
頑張って私の手を押し返そうとして、少し息が切れている叔子に説明を再開する。
「ただ、この方法だと私の腕も疲れるからもっと簡単な方法を考えてみよう。 例えば、こんな風に」
叔子の手のひらではなく、手首に拳を当てて押す。さっきよりも力が込めづらいためか、簡単に後ろに下がっていく。
「それ以外にもこんなのとか」
叔子の両手を右手で拘束して、左手で叔子の頭に手を載せる。
「今やったみたいに、正面から手を伸ばすよりも簡単に叔子を防御できなくする方法があるでしょ。 戦争だと、これを陣形を使ってやろうとするんだ」
「じんけーって大事なんだね」
理解してくれたようなので、頭に載せたままだった左手で撫でてあげる。
「逆に防御側からも陣形で相手の攻撃を弱くする事もできるね。 例えば、左手だけで手を受け止めて、右手で私の手首を押さえたりね」
実際の戦闘ではもっと複雑になるのだが、未就学児くらいの年齢である叔子に理解させるのにはこれくらいで問題ないだろう。
ひとまず叔子の相手はここまでにしておこう。
「話を戻すけど、徐州の武官達にとっては問題無いんじゃないかな。 精々自分達に逆らわなくて、賊の討伐ができれば良いって考えているならば、確かにこの練度でも問題無いだろうし」
ただ、あの兵達の規律を考えると、隠れて村や町からも略奪とかしてそうなんだよな。
確証が無いため言わないけど。
「ひとまず、州牧様の耳には入れておいてもらえる?州牧様も武官出身だから、一目でも兵達の様子を見れば分かるでしょ?」
「ああ、そうしておく」
州牧様も忙しくて、最近は賊討伐とかも臣下任せらしいからな。兵の状況が分かっていない可能性がある。分かっていて放置しているようなら、諫言をしてもらわなくては駄目だろう。
ひとまずは練兵に関しては、これで州兵全体にてこ入れが入ると期待しておこう。
「ところで、お前また妙な事をしようとしてないか?」
義父さんに半目で睨まれる。
心当たりは……まあ、いっぱいあるな。
「何の事、というかどれの事を言っている?」
「……とりあえず今日回ってきた領収書の事なんだが、そんなに色々とやっているのかお前は」
薮蛇だったか。まあ、話を逸らそう。それはもう全力で。
「領収書って、革職人の工房からだよね? あれはちょっと試したい事が有ったから、ここに来た初日に、五十人分用意してもらおうと発注したんだよ」
「鎧や盾なんかは支給されているだろ?他に革を何に使うんだ?」
「まあ、簡単に説明するとだね」
何を作って、どう使うのかを義父さんに簡単に説明する。説明を聞いているうちに有効性を理解できたのか、やってみろとお墨付きをもらった。
「それじゃ、明日も早いし私も寝るとするかな」
そう言って部屋に戻ろうとすると、義父さんから待ったがかかった。
「とりあえず、今色々とやっている事について、洗いざらい吐き出していけ。 親に隠れてこそこそするというのが気に食わん」
……ああ。話を逸らす事はできていなかったのね。長くなりそうなので、叔子は先に部屋に返して寝かせよう。
それから二時間ほど義父さんからお説教をもらい、ようやく解放された。
仕事よりも疲れるってどうなのさ。
それからの毎日は飛ぶように過ぎていった。最初のうちは私達に反抗ばかりしていた兵達も、一週間が過ぎる頃には表だって反抗する姿勢を見せなくなった。というより、宣高と文嚮の鍛練がきつすぎて、余計な事をする余裕が無くなったというのが事実なのだろうが。
私は宣言通り、遠距離戦を中心に鍛練を重ねさせた。ある程度使う武器の扱いが上手くなった兵は、二人の組に合流させて近接戦闘もできるようにさせた。
それ以外にも月極で払っていた給料を日当に変えたりもした。一日の実績に対して色も付けていたので、自分達の一日の頑張りが目で見えるようになり、鍛練に身が入るようになった。
また、努力に正当な評価が与えられるようにしたため、士気が大いに上がるという嬉しい誤算もあった。
それから二ヶ月。晴れの日も雨の日も鍛練に励み続け、ようやく私の納得いく士気と練度となった頃。
私達の部隊の出撃が決まった。
いよいよ私達の初陣となる戦いが始まる……。
最後までお読み頂きましてありがとうございます。
十話以上使って、ようやく次回初戦闘です。
三国志をモチーフにした小説がこれで良いんだろうか・・・。
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