真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第十三話投稿します。

次の展開に行くためにちょっと駆け足気味です。


第十三話 Any Way You Want It -正しい資質-

「それじゃ、朱里。 元気でね。 藍里にもよろしく伝えておいて」

「はい、麟義兄さんもお元気で。 子山さんと遥(練師の真名)ちゃんも元気でね」

「ええ、孔明も体に気を付けて」

「朱里ちゃん、また遊ぼうね」

 

 淮陰での滞在予定最終日だった十日目。諸葛家で療養していた練師さんが麻疹から快復した。なので、歩家の兄妹二人を連れだって淮陰から朐県へ戻る。今日はその出立の日だ。

 

 町から出る際に見送りに来てくれたのは朱里だけだった。

 そう、朱里だけだ。

 藍里がこの場にいないのは、麻疹からは快復したのだが、体力が落ちているところで今度は風邪を引いてしまったらしい。らしいというのは、遠出を控えている私たちに伝染してはいけないと、諸葛家の皆さんが会わせてくれなかったからだ。なので、藍里とは対面した上で別れを告げる事ができていない。というか、そもそも未だに真名を交換して以来顔を合わせていない。なんだろう、この間の悪さは。郯に到着したら手紙を書いて詫びるとしよう。お菓子や装飾品を添えて贈れば無作法も許してくれるだろう。たぶん、きっと。

 叔起さんは単純に起きられなかったらしい。まあ、早朝だし子供だからしょうがないよね。

 他のご家族の方は藍里の看病のために見送りに来れないでいる。まあ、別れ自体は既に済ませているから、そちらには無礼を働いているわけではない。

 

 さて、冒頭のように朱里と別れをかわして、私たちは糜家の行商隊の馬車に乗せてもらう。そして姿が見えなくなるまで見えなくなるまで、朱里へと手を振る。

 途中郯へ立ち寄り、義父さんに歩家の兄妹を糜家で養う事にしたと伝える予定だ。が、すでにそう行動することは義父さんには分かっていたようで、州牧様へ話が通っているそうだ。この商隊が到着した時に手渡された手紙に書いてあった。完全に行動を読まれている。敵わないなぁ。

 

 病み上がりの子麗さんを消耗させるわけにはいかないので、敷き布を何重にも重ねてそこに寝かせる。馬車の振動で投げ出されないように紐で体を結んでおく。

 そうしていると子麗さんは寝てしまったので、子山殿と雑談をする。その中で、藍里から真名を告げられた日の話が出た。

 

「それにしてもやはり驚きですよ。 子瑜とは長い付き合いですが、私も真名を許されていないんです」

「あれ? そうなの?」

 

 言われてみればずっと字で呼んでいた気がするな。

 

「はい、彼女は昔の真名の使い方に憧れを抱いていますからね。 家族以外では将来の伴侶以外には許さないと思っていたんです」

 

 伴侶て。また随分と重い扱いにこだわっているなー。

 

「子方さんは、そういう子瑜に真名を捧げたいとまで認められたんです。 相当凄い事なんですよ」

 

 正直そこまで評価されると面映(おもは)ゆい。なので、わざと話題をずらそうと試みる。

 

「昔の真名の使い方って言ったよね? という事は、今の扱いとは違っていたの? それから、私の事は呼び捨てで良いよ。 あまり年も離れていないことだし」

「はい、ではこれからは子方と呼ばせていただきます。 私も呼び捨てで構いません。 えっと……ああ、そうそう。 真名にまつわる昔の習慣についてでしたね。 現在まで残っている習慣は、許されていないのなら呼んではならない事くらいですね。 しかし、元帝の頃まで遡ると捧げる時の礼法、授ける時の礼法、受けとる時の作法等が厳密に決まっているそうです」

 

 なるほどな。確かに誤って真名を呼んだ場合の対応に比べて、交換する時の扱いが軽いと思っていた。交換時の作法は失われているのであって、昔は存在していたのか。

 

「だから、子瑜は子方へ真名を捧げた時の事を痛恨の一事と思っているんじゃないでしょうか。 身を清める事はできず、発疹のために顔を隠したままで真名を捧げてしまったのですから」

「そこまで気にしないでも良いんだけどなぁ」

 

 それを言うなら、噛み噛みで私の真名を受けた孔明さんの方が無礼になっちゃうんじゃないか。

 そう口にすると、子山は声を出して笑った。実に彼女らしい、光景が浮かぶようだ、と。

 

 その後ひとしきり笑った後、子山は笑顔を消して真剣な顔を作り、姿勢を正した上でこう言った。

 

「すでにお分かりかと思いますが、子瑜はあまり人付き合いが上手ではありません。 堅い性格ですので、どうしても町の子供達からは距離を取られてしまっていました。 だから彼女の交遊の輪が貴方を通して広がれば嬉しく思います。 どうか彼女の事をよろしくお願いします」

 

 そう言って、子山に頭を下げた。

 子山からは広げないのか?とは聞けない。ブッチャーのおかげで、士大夫達と距離を取られている以上、難しいだろう。どんな嫌味だ。

 

 藍里が他の子供達から距離を取られるのは、委員長気質な女子がクラスメートから煙たがられるのと同じだろうか。真面目な性格の子は浮く事があるからなぁ。

 

 けど、あまり固い返事をしても私には似合わないだろう。だから、努めて軽く言葉を返す事にする。

 

「まあ、ぼちぼち頑張るよ。 彼女に失望されないようにね」

「はい、お願い致します」

 

 私の照れを察してくれたのか、私の言葉に子山は笑って頷きを返してくれた。

 

 その後も子山と子麗さんとは旅の間に色々と雑談をした。

 子麗さんは年齢の近い叔子の事を話すと興味を持ったようで、会える事を楽しみにしている。

 子山にはこれからしてもらいたい役目について話した。主に村と近隣の意見取りまとめが役目だろうな。それを領主である義父さんに伝えるのが主な役目となるだろう。

 それ以外にも色々と話をして交遊を深めたのだが、ここでは割愛する。

 そういえば第一印象とは異なり、子麗さんはおとなしい。子山にその事について聞くと、普段はもっと活発なのだが、借りてきた猫のようになっているとの事だ。これから会う機会も増えるから仲良くしておきたいんだけど。

 

 そしてそれから数日後、ようやく郯にたどり着いた。

 商隊には門をくぐったところで降ろしてもらい、そこからは徒歩で糜家の屋敷に向かう。もちろん義父さんと合流するためだ。

 さっきからきょろきょろしている子麗さんの手を子山と両側から握り、三人連れだって歩き出す。

 子麗さん、物珍しい物を見かける度に走り出そうとするのはやめよう。腕が疲れる。

 露天で売られているお菓子などを、少し買ってみんなで一緒に食べる。買い食いは普段より美味しく感じるしね。

 子山は行儀が悪いと渋っていたが、最終的には美味しそうに頬張っていた。

 

 そんな風に寄り道をしながらも、何の事件も起きずに屋敷にたどり着いた。今日着く事を知らせていたため、屋敷で待っていた義父さんに改めて子山と子麗さんを紹介する。

 つつが無く挨拶は終わり、州政府での歩家に対する対応方針がどうなっているのかを確認する。

 

「やっぱり歩家は無くなる方向なんだ」

「ああ。 やはり治療法を提示されていながら、無視した事が決め手となったようだ」

 

 州牧様は大変お怒りだった、と苦い表情をしながら言う義父さん。普段大人しい人が怒ると怖いよね。

 

「それでも再興はできるんでしょ? わざわざ子山殿達を引き取る事に決めたんだから」

「流石に分かるか」

 

 ニヤッと笑う義父さん。悪い顔してるなー。

 

「歩家の取り潰しは、州牧様から洛陽へ奏上して認可を頂く予定だが、それと同時にその後の歩家の扱いについても、徐州でおこなえるように許可をもらう予定だ」

「子山殿が成人したら、当主に立てて歩家を再興させる、か」

 

 二人ともほっとした表情を浮かべている。まあ、そこが一番の懸念だったろうからね。

 子山殿が当主となれば、再興した上で難なく往年の歩家の栄華を取り戻す事ができるだろう。

 

「それで今後の事だけど、二人には私たちが過ごしていた村の家で生活してもらおうと思うんだけど」

「……ふむ、それが良いか。 ずっと町暮らしをさせるよりも、農作業に関わる方が農政を覚えられるだろうしな」

「「よろしくお願い致します」」

 

 二人揃って義父さんへと頭を下げる。

 

 私としては何より、信頼できる人間にあの村での農法を管理してもらえるのがでかい。理屈を知らずに真似されると、逆に凶作を巻き起こしかねない。特に堆肥とか、四輪作とか。

 

「麟。 お前はあの村で行っていた農法をすべて子山へ引き継げ。 農政書にまとめるのは……そうだな、後二年は村だけで実施して、特に問題が出なければ始めてくれ」

「うん、了解。 作った農具の使い方も含めてで良いよね?」

「ああ。 あの道具を使いこなせば作業の効率は大きく上がる。 教えてあげろ」

 

 了解っと。

 はて、農具について何か義父さんに相談したいと思った事があったような。

 ……あ!

 

「そうだ、千歯扱きだ!」

「ん? あれがどうかしたのか?」

「あれをそのまま使うと、州姉さん達の仕事が無くなるかもしれない」

 

 義父さんに後家殺しの事を伝えるつもりだったんだ。叔子が家に来たり、淮陰に行ったりしているうちにすっかり忘れてた。

 急いであの道具が脱穀を担当している人たちの仕事を奪ってしまう事を伝える。

 

「それはまずいな」

「うん。 少なくとも周姉さんたちに何か別に役割を振るまでは、あれは使わない方が良いと思う」

「で、お前はもう別の役割を思い付いているんだろう?」

「……分かる?」

「分からないでか」

 

 本当に思考が読まれてるな。

 ただ、思い付いている事を実行に移せるまで少し時間がかかるんだよな。

 

「やりたいのはやまやまなんだけど、道具がまだできていないんだ。 設計は終わってるんだけど」

「それじゃあ、それは今度聞こう。 今日のところは、村に戻るまでゆっくり休め。 あと、二人を村に送ったら、海と公祐、叔子の三人を一緒に連れてきてくれ。 戻り次第お前も含めて任官する事になる」

「分かった」

 

 いよいよ仕官か。けど、二人は文官だから良いとして、私の扱いはどうなるんだ?

 

「州牧様に相談した結果、儂の配下に武官として組み込む事になった。 というより、他の人間ではお前の奇人っぷりには耐えられないし、お前自身も腐らせる事になりかねん」

 

 義父さんに聞いてみたところ、上のように返事がきた。

 し、失礼な!誰が奇人だ、誰が!

 しかし義父さんの下というのは、素直にありがたい。やりたい放題にできるって事だしな!

 

「とりあえず、百人預ける。好きなように使え。 それから、将来的には儂の代わりに軍事行動を全て任せる事になるから、そのつもりでいろ」

 

 百人か。それなら……。

 

「義父さん。 村から文嚮と宣高も連れてきて良い?気心知れた奴が隣に居てくれた方が、色々とありがたいんだけど」

「あの二人もか? それは構わないが、お前の下に組み込むのか?」

「できればそうしたい。 とはいっても、二人とも腕が立つようになってきているから、私よりも先に功績上げて出世しちゃうかもね」

 

 その言葉に苦笑いを浮かべながらも、義父さんは許可を出してくれた。

 よし、将来の名将二人確保。

 

 それで義父さんとの対面は終わり、義父さんは仕事に向かった。手伝おうか?と言ったのだが、さっさと休めと言われた。とりあえず、諸葛家への贈り物を買ってきて、姉妹達へ手紙を書く事にしよう。

 

 それから三日間をゆっくりと休養にあてて、私たちは再び馬上の人になり、村のある朐県へと向かった。今回も糜家の商隊と一緒に行動する。

 商隊といっても、用心棒として退役した兵士達が乗っているし、少数の盗賊相手ならば十分に撃退できる。流石に数百人とかの集団になると厳しいが、徐州では定期的に兵の巡回を行っているため大人数の賊が群れる事は少ない。そのため、十数人の人数でも安全に州内を移動する事ができる。

 もっとも、脱走兵や逃亡兵達が集まって野盗化した連中もいるため油断はできないのだが。そういう手合いは少人数でも十分強力な集団となる。

 

 幸い郯からの旅路でも野盗達と出会う事はなく、無事に村へ辿り着く事ができた。

 村も特に変わりはなく、盗賊の襲撃なども無かったようだ。

 そのまま商隊と一緒に村の中へ入る。商人達はこの間収穫した麦などの農産物と、特産品である石鹸を買い付けるのだろう。村長宅でもある空さんの家へと足を進めている。私たちも途中までは一緒の道なので連れだって歩き、郯に戻る際にも一緒に連れていって欲しいと頼みこんでおく。快く了解を得る事ができた。これで帰り道も安全に旅する事ができる。

 

 糜家は空さんの家より手前にあるので、商人のみんなとはここで別れて糜家に入る。敷地に入るとすぐ、足元に王虎が擦り寄ってきたので両手で抱え込み家の中に足を進める。子麗さんは王虎を撫でたそうに、ちらちらとこちらを見てきているが、家でゆっくり休みながら撫でれば良いと思うよ。

 

「ただいまー」

 

 家に入り、いつもの習慣でそう口にする。それに続いて、歩兄妹が「お邪魔します」と口にした。そのまま返事を待たずに奥へ進み、多分誰かいるだろうとあたりをつけて居間へと入る。案の定、叔子がそこにいた。左手で閉じないように押さえている本に目を落とし、右手で筆を持ち何かを書いているようだ。勉強に集中していたから、私が入り口で言った言葉は耳に入らなかったのだろう。

 私の姿が目に入ったからか、叔子は一瞬驚いた表情を作ったがすぐに嬉しそうに顔が笑み崩れて、椅子から立ち上がり私に飛びついてきた。

 

「ただいま、叔子」

「おかえりなさい、お兄ちゃん」

 

 王虎を抱いたままなので、されるがままに抱きつかれながら叔子にただいまと口にする。叔子もそれに返事を返しながら、顔を私に擦り付けてくる。うん、だんだん行動が猫に近くなってきている気がする。

 まあ、そうやって嬉しそうにしてくれるのは良いんだが。

 

「叔子、お客さんがいるからご挨拶して」

 

 その言葉で私の隣に子山達が居る事に気づき、慌てて私から離れて頭を下げて挨拶した。人前ではしたない事をしたのが恥ずかしかったのだろう。顔真っ赤になっている。

 それに応えて、子山と子麗も挨拶を叔子に返す。

 

 一息つけようと、抱いていた王虎を叔子に渡してから人数分のお茶を入れる。

 姉さんは空さんの家へ行っているらしい。私から先触れの手紙を出していたので、商隊も一緒に来る事が分かっていたからだろう。価格交渉の手伝いをしにいったとの事だ。暗算速いし、割合計算もできるからね。会計係として手伝うにはうってつけの人材だしな。

 姉さんはあがり症だから交渉その物はあまり得意ではないが、その辺りは空さんが笑顔で愛想をふりまきながら話をまとめるのだろう。元々の容姿が良いため、男相手の交渉では有利に展開できる。それに声が奇麗なためか、話している事を非常に聞き取りやすく、誠実に話をしているように聞こえる。さらに聞いているうちにどんどん話しに引き込まれて、最終的には相手が空さんの提案に対して頷く事が多い。お使い孫乾半端ねぇ。

 

 お茶を入れて戻ると、叔子と子麗さんは猫を撫でながら話をしていた。子山はそれを微笑ましそうに眺めていた。子山殿、なんか年寄りくさいぞそのスタンスは。

 

 私以外の三人で自己紹介をしてもらった後、叔子に郯へ引っ越す事を伝える。私や姉さんが一緒に行くとも伝えたので、コクコクと頷いてくれた。

 

「ところで叔子、その服」

「うん。 空さんが昔着ていた服。 空さんから貰ったの」

 

 私が出かけた後に、空さんに昔の服を見せてもらったようだ。白いシャツに膝丈の長い黒いジャンパースカートを身に着けている。清楚な感じで可愛らしい。空さんは確かにこういう格好が好きだったよなぁ。確かに空さんの雰囲気によく似合うんだけどね。

 似合ってると誉めてあげながら頭を撫でる。嬉しそうに笑ってくれると、こっちまで嬉しくなってくるね。

 逆に子麗さんは丈の短い活動的な格好が好きみたいなので、姉さんの昔の服を着せてあげると喜ぶんじゃないかな。キュロットスカートとか、ミニスカートとか。

 姉さんが帰ってきたら相談してみよう。

 

 その後も四人で雑談をしていたのだが、私は用事が有ったので一人で家を出た。義父さんに言った様に文嚮と宣高の二人を誘う必要がある。

 あいつらはあいつらで破天荒な部分があるからなぁ。上手く説得する事ができれば良いんだけど。

 そんな風に考えながら、二人がよく遊んでいる場所まで私は歩みを進める。

 

 いつもの遊び場に辿り着くと、そこには村の子供たちが大勢一緒に遊んでいた。叔子もここに混ざって遊べば良いんだろうけど。けど叔子は大人しすぎて、この子達に振り回されて終わっちゃうか。

 思考を止めないまま彼らの方へと近づいていく。

 やがて彼らのうちの何人かが私が居る事に気づいて声をかけてくる。

 

「おー、子方兄ちゃん!」

「帰ってきたんだ、一緒に遊ぼう!」

「お兄ちゃん、こっちこっち!!」

 

 子供たちからいっせいに声をかけられる。子供は元気なのが一番とは思うが、元気すぎるのも如何な物だろうか。少しうるさい。

 ひとまず彼らの中に目的の二人が居ない事は確認したので、彼らに二人の所在を聞いてみる。

 

「文嚮兄ちゃんと宣高兄ちゃん? なんか特訓するって言ってたよ」

「『俺たちは子方を超えるために強くなる!』ってかっこつけながら言ってたよ」

「北から村を出たところで何かしているみたいだよ」

 

 特訓って。というか、私を倒すための特訓って。後数年すれば特訓無しでも勝つ事ができるようになるだろうに。なんという時間の無駄遣いを。

 ひとまず、特訓()中の二人に会いに行ってみよう。

 

「それじゃ、二人に用事が有るからそっちに行ってみるね」

 

 子供達から不満の声が上がる。申し訳ないと思うが聞き分けてもらう。

 子供たちと別れて、その足で北へと向かい村の入り口へと向かう。

 

 そこには、大量に掘られた穴と、こちらには目もくれず懸命に土を掘り返している二人の少年が居た。

 あー、うん。ツッコミどころが満載すぎるんだが。

 とりあえず馬車が通る際の障害になるので、不意打ちで殴り倒して、穴を埋めさせて、説教しよう。

 

 宣言どおりこちらに気づいていなかった二人を不意打ちで殴り倒し、掘っていた穴から出ようとする度に小突き回し続け、二人から戦意が無くなったところで説教をして穴を埋めさせた。

 一時間後、穴が奇麗に埋められた土の上で、正座している二人の少年を相手に説教をかます。というか、そもそもこれは特訓じゃねーだろ。

 茶色い癖っ毛で髪の毛が逆立っている三白眼気味の少年が臧覇。字は宣高。

 黒い短髪で太い眉毛と意思の強そうな瞳が特徴の少年が徐盛。字は文嚮。

 どちらも私の幼馴染であり、悪友である。

 さて、何故わざわざこの二人が穴を掘ったかと言うと、私に対する落とし穴のつもりだったらしい。出来上がる前に来た私に文句を言った事から発覚した。手段を選ばずに頭を使って私に勝とうとしてきた努力は認めるが、他人に迷惑かけてまで私に対抗しようとするのはやめようよ……。

 

「で、だ。二人に用事、というか頼み事があるんだけど」

「断る!」

「喧嘩に負けたとはいえ、俺達の心はまだ折れてはいない! 俺を負かした相手の頼みを聞くつもりなどない!」

 

 端的に断る文嚮と、無駄に熱く強気に言い放つ宣高。

 

「無視して話を進めるよ? お前ら郯で仕官するつもりはない?」

 

 そう言った私の言葉に、二人は不思議そうに私の事を見つめてきた。

 

「仕官? 州牧様にか?」

「マジか!? 仕送りができるようなら親父達が喜ぶぜ!」

 

 言葉の意味を理解した後、口々に言葉を作った。

 

「正確に言うと、今度私が仕官するから部下として付いて欲しいんだ。 お前ら、腕が立つし、僕としても信用できる奴が部下に居てもらえると助かる」

 

 こいつら、無駄な行動力で時々突飛な事をしでかすが、人格面では割と信用できるのだ。嘘は吐かないし、約束事は全力で守ろうとする。

 逆に約束した事を守らなかった相手に殴りかかったりする短気な所もあるが、許容範囲と言えるだろう。

 

「って、お前の部下かよ!?」

 

 叫ぶ宣高。嫌そうな顔をする文嚮。

 

「それはそうだが、雑兵として経験を積む必要が無く、いきなり伯長(百人将相当)の直下だぞ? 条件としては破格だろ」

 

 その言葉に考え込み始める二人。

 しかし、私には二人が提案を呑む事を確信していた。

 二人が無事に私の下に付いてくれるようなら、二十五名ずつ率いてもらおうと思っている。通常であれば部下を率いる立場になるまでに恐ろしい苦労があるのだが、そこを飛ばして隊率から始められるのだ。雑兵として使い捨てされる可能性もあるため、同じ立場に至るまでの死亡率は決して馬鹿にはできないし、数年間かかる出世までの時間を無しにできるのだ。メリットは計りしれないだろう。

 そして、この二人はこの条件を上回れるコネなど無く、これ以上の条件を提示する相手を知らないのだ。さらに、この二人はそのメリットを無視できてしまえるほど愚かではない。

 

 果たして、最終的に二人は私の提案に頷きを返した。

 こうして私は名将二人を配下に加える事に成功したのだ。

 

 後年、この時の事を思い出すと私は過去の自分に対して喝采を送る。ここで二人を誘っておかないと彼らの出世が遅れてしまう事になり、後々大問題が発生するところだったのだ。もしあの時に彼らが居なかったらと思うと、背筋に冷たい物が走る。

 しかしこの時の私はその事を知る事は無く、単純に将来性豊かな二人を召抱える事が出来た事を喜ぶだけだったのだ。




最後までお読み頂きありがとうございます。

プロローグに当たる少年期でのイベントは残す所一つのみ。
それが終わると、内政モード+原作突入時の伏線構築編をこなして、原作に突入となります。

ご意見・ご感想等ございましたら、ご記載頂けますと幸いです。

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