真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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投稿が遅くなりました。
第十二話を投稿します。

ああ、やっぱり原作キャラは動かしやすい。


第十二話  Faithfully -彼女の決意-

「ふむ。 それでは子方殿も楽毅は名将だったと思うわけですか」

「うん。 楽毅は『残り二城まで追い込んでおきながら斉を滅ぼせなかった将』ではなくて、『残り二城まで斉を追い込んだ名将』として見るべきかと。 実際に、田単に恵王との間に反間の計を仕掛けられるまでは止めようが無かったわけですし」

 

 そこまで話して、手元の茶碗の中身で口を湿らせる。

 周りにいる面子の顔を見ると、子山殿は思案顔をしており、孔明さんは顔を輝かせてこちらを見ている。

 

 さて、なぜ私たちが楽毅について論じているかというと、孔明さんが膨れて拗ねていたからだ。今日私が諸葛家に来る前に『将来どうなりたいか』という議題で話をしていたらしいのだが、その中で孔明さんが『楽毅や管仲のようになりたい』と言った事を端に発しているらしい。

 そう言った孔明さんに対して、し、藍里と子山殿が異を唱えたのだ。『楽毅は、斉を残り二城まで追い込んでおきながら、素直に解任命令を受け入れた愚将である』『管仲は単なる田舎者に過ぎない』と言われ、さらに自分達の様に漢の三傑を目指すべきだと言われた。そして、孔明さんがむくれた。それはもう、物凄くむくれた。まあ、尊敬していると挙げた人を否定されたらそりゃ怒るだろう。

 余談だが、子山殿は韓信の名前を挙げており、藍里は蕭何の名前を口にしたそうだ。韓信挙げているって事は、子山殿はやはり武官志望なのかな?

 完全に忘れていたが、この頃まだ楽毅も管仲も評価が一時的に下がっていたんだよな。漢建国時に活躍した名臣たちばかりに注目し、春秋戦国時代が忘れられつつあったのが原因だったかな。だからこそ、子山殿達は孔明さんの言葉を否定したんだろうが。

 私個人としても、楽毅も管仲も好きな偉人だ。なので、孔明さんの味方として楽毅と管仲について語る事にして今に至る。

 

 藍里と互いの真名を交換してから、数日経っていた。麻疹を患っていた二人からはすでに発疹も消えており、熱も今朝下がった。順調に快復してきている事が分かる。しかし高熱を出していた事で体力が落ちているため、あと数日間は外出禁止を言い渡している。ここで風邪でもひかれたらまずいのだ。さらに、まだ二人から麻疹が感染する可能性もあるので、完全に快復しきるまでは人と接させるわけにはいかない。

 まあ、その間藍里とは起きている時に会えていないから真名でまだ呼んだ事がないんだけどな!

 ……なんか間が悪いのか、いつも眠っている時にしかかち合わないのだ。そろそろ郯への出発も近づいているのだから、きちんと挨拶しておきたいのだが。おかげで未だに子瑜殿と心の中で呼びそうになる。多分真名で呼んであげないと落ち込むだろうし、気をつけないと。

 

 そして、今日私が訪れた時も二人が眠ってしまっていたので、起こさないように居間に場所を移して子山殿と孔明さんの二人と話していたのだ。

 いや、それからもう一人。私の膝の上に叔子よりもさらに幼い女の子が座って眠っている。諸葛均、字は叔起。藍里と孔明さんの妹だ。やっぱり居たんだね、諸葛均。

 子瑜……じゃなくて藍里を治そうとしていると、孔明さん経由で伝えられているため、警戒する事なく懐いてくれた。

 

 膝の上にいる叔起の頭を撫でながら、先程の言葉の続きを口にする。

 

「あくまで個人的な意見ですが、楽毅は臣の本分を全うしようとしたと思うんですよ。 だから恵王より司令官解任の命令が届いたらそのまま抗う事無く受け入れた。 野心があったならば、田単の言った通りに斉を征服して斉王を名乗っていただろうね」

 

 けどそれをしていた場合、やはり破滅していたろう。連合軍を自らの野心のために利用したと各国からそっぽを向かれ、今度は自分自身が連合を相手に戦わなくてはならないのだから。それでも楽毅だったらなんとかしてしまいそうで恐ろしいのだが。

 

「さらに『報遺燕恵王書』で燕に対しての忠義も示しているし、行動が一貫しているんです。 あくまで、自分は将軍であり、国と王に従う存在であると。 斉の軍を打ち破った軍事能力、連合軍を纏め上げた統率力、占領地の民を手懐けてみせた民政能力、それから今話した主君への忠誠心。 どれをとっても一級品です。 どれか一つを持っていても名臣と呼ばれるでしょうに、すべてを持ち合わせているんです。 名将である事は疑いようが無いでしょう」

 

 そう言って楽毅に対する論評を止める。孔明さんは自分の味方が出来た事が嬉しいのか、しきりに嬉しそうに肯いている。

 

「なるほど。 確かに、そう考えると楽毅は名将と呼ばれるにふさわしい人物だったわけですか」

「うん。 特に忠義心に至っては、中華の歴史の中でも屈指だと思う。 そう考えると、目標に挙げるにふさわしい人物と言って良いんじゃないかな? 実際に高祖も高く評価していたみたいだし」

 

 それにしても、姉さんたちを相手に青空教室をやっていた頃を思い出すな。久しぶりに偉人の功績について語ると物凄く楽しい。官吏として仕官するのではなく、どこかで私塾でも開く事を本気で検討しようかな。個人的には結構向いていると思うんだ。

 

「楽毅については納得できましたが、管仲についても同じなのですか? 蕭何や張良に比べると一枚落ちそうなのですが」

 

 子山殿から追加で質問が来た。

 よし、それじゃ管仲についても語るとしようか。

 

「客観的事実から語ろうか。 管仲が誰に仕えたのかは誰かは知っているよね?」

「斉の桓公ですよね?」

「うん、正解。 じゃあ斉の桓公と晋の文公、この二人に共通する点は何か分かる?」

「え? ……名君と称えられている、というのでは不正解ですよね?」

「いや、それでも正解なんだけどね。 より正確に言うと、どんな文献でも必ず春秋五覇に数えられている、になるね。 これが管仲が仕えてた桓公が評価されているという客観的な事実」

 

 ここで言葉を切り、また白湯を口に含む。

 史記、荀子、漢書辺りが有名どころで、白虎通、四子講徳論でも語られてたかな。

 

「さて、それじゃ桓公が五覇に飛躍するにあたって、管仲が果たした役割について話そうか。 鮑叔の推薦があったとはいえ、桓公と面会し即日宰相に命じられている辺り、その時に語った政策がかなり優れていたと考えられる。 実際にやった事に目を向けると、既に時代に合っていなかった公田制の廃止。 物価の安定策。 製塩・漁業の振興による民の生活基盤の安定。 それに伴う商業の活性化。 他国民の流入の発生とその中からの人材登用。 さらに不正に対しては厳格に対処する事で高い規律を保っている。 これだけを宰相在任時にやってのけているんだ。 実際にその政策の結果、国力が大いに富んで強兵を行う事もできて、斉と桓公は戦国五覇にふさわしい力を得る事ができた」

 

 というか改めて挙げてみると、いちいち政策に無駄が無いな。どれだけ先を見通せているんだよ。

 

「そんな中でも、一番の功績は桓公に対する諫言だろうね。 たびたび傲慢さを発揮しようとする桓公に対して、必ず叱りとばして正道に立ち返らせている。 さらに、その上で桓公には必ず他国と交わした条約は厳守させている。 脅された上で書かされた条約に関しても履行させたんだ。本当に恐れ入るよ」

 

 その結果、斉の桓公は約束を必ず守るという評判が立ち、他国から絶対の信頼を寄せられるようになってるんだよな。

 

「管仲没後の桓公は奸臣を近づけたり色々とやらかしている。 これも実際に斉を動かしていたのは管仲であり、桓公はそれに追認を与えていただけと考えればしっくりとくる。 だから、実質桓公を五覇に押し上げたのは管仲の手腕であって、桓公自身の才覚ではないんじゃないかな」

 

 実際に司馬遷は史記の中で管仲に、晏嬰と並べて最高の評価を与えている。

 

「桓公が管仲を使いこなしたが故に五覇になったのではなく、管仲の政治手腕が桓公を五覇に押し上げた、ですか。 確かに、そう考えると桓公の晩年から没後の斉の混乱も説明がつきますね」

 

 独り言のようにそう言い、しきりに頷きを繰り返す子山殿。どうやら納得してもらう事ができたかな。

 

「ふむ。 孔明、失礼な事を申しました」

「はわわ、分かって頂けたら良いんです。 頭を上げてください」

 

 自らの非を認める事ができ、頭を下げる事も厭わないか。子山殿も何気に器が大きいよな。そして、孔明さん嬉しそうだな、おい。けど、これくらいは自分の言葉で説得する事ができるようにしないと将来苦労しそうだよなぁ。どうもこの子は引っ込み思案な部分が表に出て、自分の言葉を飲み込んでしまう傾向にある気がする。

 

 その後も雑談を続けていたが、少しすると子山殿は夕食の食材を買いに出かけていった。居候している間はできるだけ諸葛家の家事を手伝うようにしているらしい。律儀な事だ。ますますブッチャーの血を引いているのが信じられなくなる。

 ちなみに、私の膝の上でうたた寝をしていた叔起さんも起きて一緒に出かけていった。

 

 孔明さんと二人になってしまったが、雑談を続ける。そんな中、孔明さんから質問された。

 

「そういえば、子方さんは誰か目標にしている人物は居るんですか?」

「うん。 僕は鮑叔を目指そうと考えているよ。 自分が優秀な執政官となるよりも、それを遥かに上回る優秀な人材をたくさん集めたほうが勢力は安定するだろうしね」

 

 その方が徐州に暮らす私の大切な人達は平和に暮らせる。私の目的と一番合致する方法だろう。

 

「あ、ちなみに僕は子山殿も、藍里と孔明さんの事も評価しているからね。 その気があるなら、いつでも義父さんを通して推挙するから」

 

 それを聞いて孔明さんが少し面映そうだ。まあ、本音ではあるが褒め殺しに近い台詞だったしな。

 けど……。

 

「孔明さんが陶州牧様に仕えるのは難しいかもしれないね」

「え? なんでですか?」

 

 私の言葉に不思議そうな顔をする孔明さん。ふむ、自分で気づいていないのかな?

 

「僕の目的は、徐州と自分に近い人が平和に暮らせるようにする事なんだよ。 だけど、孔明さんはそれよりもっと遠くまで見ているんでしょ?」

 

 陶州牧は徐州以外の領地を奪い、覇を唱えようとは考えていない。だからこそ私は陶州牧様に仕える事を決めている。理想や野心だけを追い求めて足元を疎かにするような主君に仕える事は、私の目的を果たす事ができなくなるからだ。

 陶州牧様に万が一の事があれば、姉さんと空さんの二人と一緒に下野して私塾を構える事も視野に入れよう。正史だったらともかく、この世界の劉備が演義の性格だったら確実に仲違いする自信がある。徐州を雑に扱いすぎなんだよ。

 

 子山殿は、将来は分からないが現在は自分と子麗殿の事だけでいっぱいいっぱいだろう。だからその間は、徐州に自分の居場所を作る事が目的となる。それは、私の目的とも合致する事から共に道を歩く事ができる。

 しかし、孔明さんは違う。その目で見据えているのは徐州の事だけではなく、中華全体だろう。そして、今は歪んでしまっているこの漢を正道に返そうと考えているのだろう。

 楽毅や管仲を目指す物として挙げた事からもそれが伺える。どちらも主君を覇者にまで押し上げる事のできる人物だ。それを目指すという事は、徐州だけでは狭すぎるだろう。

 史実の諸葛亮を考えると、それこそ飛ぶ事を決めた龍の様にどこまでも勢力を飛躍させる事ができる。確実に陶州牧様では主君として物足りなく感じ、他に主君を求めようとするだろう。

 徐州だけが平和であれば良いと考える私とは、必ず道を違えねばならない時がやってくる事が約束されているのだ。

 

「孔明さんがやろうとしている事を考えると、確実に徐州だけでは足りなくなる。 だったら」

「陶州牧様に仕えるよりも、最初から仕えるに足る主君に仕えておいた方が良い、という事ですか」

「うん。 僕はそう思う。 正直孔明さんの才覚を徐州のために使ってくれるのならば、僕の目的はぐっと近づくから本当は一緒に陶州牧様に仕えて欲しいんだけどね」

 

 けど、それは無い物ねだりだ。無理に仕えさせてもこの子の才覚は決して生かされない。それこそ、才能をゴミのように捨て去るような物だ。ならば、その手腕を全力で振るえる者に使えた方が孔明さんはずっと幸せだろうし、この国のためにもなる。

 

「……はい、確かにそうかもしれません。 私は力無い者が泣かされるこの国を正したいと考えています。 徐州だけが幸福であれば良いと考える子方さんとは、相容れる事ができないかもしれません」

「だろうね」

「けど、私が考えている国を正すというのには、徐州も入っています。 だから、私が将来仕える方には必ず漢を正道に返して頂き、徐州も平和にしてみせます」

 

 そう孔明さんは口にした。

 確かに、孔明さんには他勢力に仕えて中華統一を果たしてもらい、国全体を安定させて貰った方が私の目的も間接的に達成できる。

 けど、それは。

 

「中華統一とは、随分と高い壁を設定したね」

 

 からかい混じりにそう口にする。そう、それは途方も無く難しい事だ。自分が仕える主には、過去に中華統一を行った始皇帝や高祖の様になってもらう。そう口にしたのだ。間違いなく他人が聞けば夢物語として笑うだけだろう。

 

「ええ。高ければ高いほど、壁を乗り越えた先に見える景色は貴く、美しく見えるでしょうから。 だったら最初から高い壁にしておいた方が、それを乗り越える努力を続けられるじゃないですか」

 

 しかし私は、そう言葉を返してきたこの子の事を信じられる。私の知っている、この子と同じ名前を持っていた人物の業績を既に知っているのだ。信じないという選択肢はありえない。

 ならば私から最大の信頼を示し、この子の後押しをすべきだろう。龍が飛び立つ際の雲の代わりとまではなれないだろうが、無いよりはましだろう。

 口元の笑みを消して姿勢を改める。椅子に座ったままではあるが、手を組んで拝礼の形を作り孔明さんへ頭を下げ、言葉を口にする。数日前、私へ向けて真名を捧げてくれた藍里へ、返事をした時の事を思い出しながら。

 

「改めてご挨拶致します。徐州・東海、糜晃が養子、名を芳と申します。鮑叔が管仲の事を理解し、信を置き全身全霊で支援したように、私も貴女の仁愛、義心、礼節、智恵、信義に全幅の信頼を置かせて頂きます。そしてこの信頼が、貴女が望みを叶える際の一助とならん事を心より願わせて頂きます」

 

「貴女への信頼の証として、私の真名『麟』を捧げます。どうか貴女の大望が叶い、夜明けの度に日輪が何度も昇るように、再び漢の威光が遍く中華を照らさん事を」

 

 そこまで言い切り、頭を下げ続ける。正面から、はわわ、はわわと慌てる声が聞こえてきているが、無視して頭を下げ続ける。数分後、ようやく私が本気だという事を察したのだろう。孔明さんから頭を上げるように声がかかった。

 

「えと、えと。過ぎたお言葉、感謝いたしましゅ。あの、その私の真名は『朱里』と申しましゅ。貴方の信頼に応える事がれきりゅように頑張りましゅ!」

 

 あう、噛んじゃった。そんな声を呟きながら顔を俯かせてしまう。神聖な真名の交換を汚してしまったと思ったのかな?けど、二十一世紀で生活してきた私には、正直そこまで名前を大事にする習慣は無いのでまったく気にしない。

 なので、噛み噛みだったその言葉に対してすぐに返事を作る。

 

「これからよろしくね、『朱里』。 さっさとこの国を平和にして、僕の目的も一緒に叶えてくれ」

「あ……。 はい、よろしくお願いします『麟』義兄さん!」

 

 ああ、やっぱり義兄として扱われるのか。

 そんな場違いな感想を浮かべながらも、私はこの時代最高の頭脳の持ち主と信頼を深める事に成功したのだった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

読んで頂きましたら分かるかと思いますが、朱里は徐州には仕えません。どう考えても、朱里は徐州だけを守ろうとする主人公の考えに賛同しないと思ったからです。
素直に原作どおり、桃香に仕える事になるでしょう。ええ、思いっきり苦労してもらいますよ。管仲目指すといっているなら、言う事を聞かない主君、同僚に対してもいっぱい諫言をしてもらいましょう。報われるとは限りませんが(黒笑)

麟が藍里に対してどういう返事を返したのかは、藍里視点での幕間で語ろうと思います。予定では次の次がその話となりそうです。

ご意見・ご感想等ございましたら、記載頂けますと幸いです。

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