真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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第十一話投稿です。

幸い修羅場も抜けたので、創作時間を捻出できそうです。


第十一話 Say my Name -なまえをよんで-

「あの二人の処遇はお前に任せる」

「いや、何その無茶ぶり!?」

 

上の台詞は、数日前に郯へ向かう前の義父さんに、歩家の二人の処遇を相談した際の返答である。

義父さん曰く、

 

「子山も子麗もお前を信頼しているようだし、お前も今さら二人を放り出すような事はすまい。 ならば、お前が判断して下した決定の方が二人も受け入れやすかろう」

 

との事。

 

「……まあ、二人とはそれなりに仲良くできそうだけどさ」

 

子麗を諸葛家へ連れてきてから数日経った。私も看病を手伝っているため、病人の二人が目を覚ました際に、挨拶を交換して知遇を得る事ができた。看病を主導したのが私である事を知ると二人には感謝されたが、「僕が助けたいから助けたんだし、必要以上に畏まる必要は無いよ?」と伝えた。

なんと清廉な志、とか言っている子瑜殿。人の話聞いてました?

 

義父さんは交渉を一日で終えて、すぐにここを出立する予定だった。 しかし今回の一件で、あの日は想像以上にバタバタしていたため、落ち着いた時にはもう夕暮れ時だった。流石に夜に出立するわけにも行かないため、もう一日この町に泊まってから出立する事になった。

賊討伐でしばらく留守にしていた事から、仕事が大量に溜まっているのはこの間言っていたとおりで、いい加減それを溜めるのも限界らしい。その決済のために早めに戻る必要がある。ワーカーホリックだなぁ。

 

宿屋で朝食を取りながら簡単に方針を話し合った後、義父さんは文嚮と宣高の両親を伴って郯へ出立した。

 

義父さんが出立した日の会話を思い出しながら、諸葛家までの道を歩く。手には宿の主人から買い取った桃を持っている。子供達への手土産だ。

あとは、向かう途中で食料品店に立ち寄り糖蜜を買って行く。確か生理食塩水もどきに使う分が切れていたはずだ。

 

義父さんには、ひとまず経過観察も含めた期間、この町に滞在する事を伝えて了解を得ている。麻疹の熱が下がるまで約五日、経過観察にさらに五日、合計十日間だ。宿代もすでにそれだけの金額を払っている。

諸葛家にいる時はマスクのように手拭いを口と鼻に当てて、宿に戻る前に体を水を絞った手拭いで拭いた後、清潔な服に着替えてから戻るようにしている。宿で麻疹を流行させたりしたら大迷惑だし。

本当は風呂に入る事ができれば一番良いんだが、流石にこの時代に湯殿は一般的ではない。今度公衆浴場の建設を計画しよう。温食が一般的なこの世界では既に石炭の利用が始まっている。石炭を産出できる場所を見つければ、燃料費の問題は解決するはずだ。温泉が有れば良いんだが、一番近くて山東半島だったか?流石に中国の温泉事情には詳しくない。日本だったら何処の県でも一ヶ所は温泉街が有る(偏見)から楽なんだが。

 

そんな事を考えながら、道を歩いていると、すぐに諸葛家へ辿り着いた。

ごめんください、と口にしながらマスク代わりの手拭いを着けて諸葛家の門をくぐる。

 

玄関へ入ると、はわわ、はわわ、と声が聞こえてきたのでそちらへ向かう。確かこっちは厨房だったか?

厨房へ入ると、はわはわ言いながら土鍋を火にかけている孔明さんがいた。姉の恩人なのだから呼び捨てで良いと言われているのだが、完治しているわけでは無いので保留させてもらっている。代わりに、はわ子さんと呼ばせてもらおうとしたら、一瞬で却下された。残念。

どうでも良いけど、火を扱いながら慌てるのやめようよ。危険だって。

こちらに気づいていないようなので、扉が無いから代わりに壁をノックする。

一瞬ビクッとした後、おそるおそるこちらを振り向いてきて、私の姿を認めて安心したようだ。表情といい、動作といい、こんなに分かりやすくてこの娘は軍師としてやっていけるのだろうか。

 

「子方さん、おはようございます」

「はい、おはようございます。 孔明さん、二人の様子はいかがですか?」

 

自分は別に慌ててはいなかった、と何事もなかったように胸を張った孔明さん。しかし、一部始終を眺めていたし、今も顔を赤らめていては丸分かりだ。

苦笑を浮かべながら二人の様子を聞く。

 

「はい、先程二人とも起きました。 熱は有るようでしたが、数日前に比べれば元気があるみたいです。 お腹を空かせているようでしたから、お粥を作って持っていってあげようと」

「ふむ、それは先ほどから不穏なくらいにぐつぐつと煮えて、黒い煙が出始めている土鍋ですかね?」

「はわわわわわ!」

「相手は病人なんですから、あまり焦げ臭い物も体には良くないですよ? また寝込むことになっても不味いですし」

「はわわ、これは失敗したんですー!」

 

ご愁傷様です。

寝台の二人も待っているだろうし、少しでも早く持っていくために私も手伝う。ネギを刻んで、卵を溶く。鍋の火加減は孔明さんに見てもらう。

持ってきた桃も湯剥きして持っていく。

お粥が煮えたら、ネギを散らして溶き卵を満遍なく回しかけて蓋をする。後は余熱で仕上がる。念のため味見するが、問題ないだろう。

隣で孔明さんが「お、男の子に料理の手際で負けちゃいました」と、へこんでいたのでフォローしておいた。私の料理は経験が二十年ほど多いから慣れているだけであって、特別な才能は持っていない。毎日料理していれば上手くなりますよ。

お粥は焦がさず塩加減を間違えなければそこそこ食べられる物になるし。

ちなみに、諸葛家の大人の方々は交代で夜の看病を続けてくれているため、今は床に入ったとの事だ。

 

お盆に土鍋と小皿二枚にレンゲを二つ載せて、二人が寝ている部屋へと持っていく。孔明さんには桃の入った器をお盆に載せて持ってきてもらう。万が一転んでも火傷しないし。

 

部屋の前で二人の朝食を持ってきた事を告げ、看病をしていた子山殿に扉を開けてもらう。看病を交代するので、食事を摂って来るようにお願いする。

ついでに、焦げているお粥は食べないように伝えると、後ろから「はわわ、違うんでしゅー!」とか聞こえてきたが、敢えて無視。料理を失敗したのは違わないないだろう、孔明さん。

子山殿が苦笑を浮かべながら食卓へ向かうのを見送り、入れ替わりに部屋に入る。

 

「食事を持ってきました。 あ、子瑜殿。 そちらまで持って行きますので、立とうとしないで大丈夫ですよ」

 

起き上がってこちらへ来ようとしていた、布で顔を隠した人物を言葉で制し、寝台の隣にある机へお盆を置く。そして、二つ並んだ寝台にいる娘さんたちへ挨拶をした。

 

「おはようございます、子瑜殿、子麗さん。 お加減はいかがですか? あと、その顔の布外しませんか? 顔色が見れないんですけど」

「おはようございます」

「おはようございます、子方さん。 やはり熱が出ているのか悪寒がしますし、体が少しだるいです。 あと……やはり殿方に今の顔を見られるのは」

 

声色から判断するに、倒れた時に比べれば大分ましなようだ。

子麗さんの顔色は……熱があるせいだろう。やはり良くない。しかし、声色はそこそこ元気だ。発疹ももう収まっている。

子瑜殿はまだ発疹が収まっていない。そのため布で顔を覆っている。発疹だらけの顔を見られるのが恥ずかしいらしい。まあ、思春期直前の乙女予備軍としてはしょうがないか。

スケキヨとか、大谷吉継とか想像してもらうと今の子瑜殿の姿が分かりやすいかもしれん。

……自分から言い出しておいてなんだが、スケキヨは違うだろ。

湖に頭から突き刺さる子瑜殿の姿を脳裏から追い出す。

 

「麻疹の発疹は疱瘡とは違い、痕が残りません。 もうすぐ収まるかと思いますので、今しばらくご辛抱ください」

「はい。 ご迷惑をお掛け致します」

「それは言わないお約束です。 それよりも食欲が有るようなら、朝食を摂ってください。 きちんと食べないと、治る病気も治らないので」

 

そんな約束してましたっけ、とか言っている孔明さん。さっさとお粥を器によそってあげてください。

あとこれは個人との約束ではなく、世界との約束です。主に時代劇。

 

子瑜殿の面倒は孔明さんに任せて、私は子麗さんの元へお粥の入った器をレンゲと一緒に持っていく。

そのまま寝台横にある椅子に座り、器からレンゲでお粥を掬って息で吹いて冷ましてあげる。

 

「はい、口開けて。 あーん」

「あーん」

 

大きく開いた子麗殿の口に、レンゲを入れてあげる。口を閉じたタイミングでレンゲを引いてあげる。

口を閉じて、味を確かめるようにもぐもぐしている。

飲み込んだ後すぐに口を開いてきたので、もう一度同じように食べさせる。

結局、器が空になるまでお粥を食べさせ続けた。雛鳥に餌をあげる親鳥の気分だった。雛鳥って可愛いよね。まあ、あれは口移しだが。口移しはありえない。幼女と咀嚼プレイとかどんな変態だ。

 

結局土鍋の中身は二人で食べきってもらえた。今二人は私が持ってきた桃を食べている。これは冷ます必要が無いので、子麗殿にも自分で食べてもらっている。

ほら子麗さん、焦らなくてもまだ桃はあるから落ち着いて食べましょう。果汁が垂れてます。

これだけ食欲あるようなら、完治も早いかもしれないな。

 

そうやって待っている間に、子山殿も部屋へ戻ってきた。ちなみに、子山殿は絶賛家出中で諸葛家に逗留中である。もう父に愛想が尽きたそうだ。妹捨てられそうになったのを許したら鬼畜の仲間入りだものなぁ。

生活費は私が諸葛家へ納めているので、負担にはなっていないだろう。やたらと子山殿には恐縮されたが、あまり気にしないように伝えている。半分はブッチャーへの嫌がらせだし。

 

さて空腹も落ち着いたし、気の進まない相談を始めたいんだけど。

軽く子山殿へ目配せして、扉を指差す。子麗殿のいる前で、家族に捨てられた等の話をするのは避けたい。

……おい、何故首を振る。

 

「遥にも聞かせる必要があると思います」

「いや小さい頃から重い経験を積ませると、性根が歪むよ?」

 

ソースは私。

 

「いや、どちらにせよ家に戻る事はありませんので、何処かで話す必要があります。 ならば、すぐ話しておいた方が良いかと」

 

そういう判断か。確かに一理ある。しかし、七歳の女の子にそういう話すのは非常に気が進まないのですが。

 

「あ、あのー」

 

そうやってどうしようかと考えていると、子麗殿が恐る恐る手を挙げた。

 

「私の事をし、心配してくださっているんですよね? だけど、だ、大丈夫です。 私が父様にひ、ひんみんくつに捨てられそうになった事はし、知っていますから」

 

……いやいやいや。なんで!?

 

「わ、私、父様が信にひんみんくつへす、捨ててくるように言った時いしきが有ったんです」

「……」

 

子麗さんが気丈に言葉を作っているけど、目尻に溜まった涙と時々詰まる言葉で、どれだけこの娘が傷ついているのかが分かる。

 

私は意識的に大きなため息を吐く。最初から有無を言わせずに子山殿を部屋の外へ引っ張り出すべきだった。病気で寝込んでいる子供に余計な心労をかけてどうする、私

 

内心、自分自身の間抜けさとブッチャーに対して腸が煮えくり返っているが、表情に出さないように気を付けながら子麗さんに向き直る。

 

「本当に聞くの? 君にとって辛い話になるよ?」

 

我慢できずにこぼれ出した涙を自分の手のひらで拭いながら、深々と何度も頷く。

えずき出してしまい、何も言う事ができなくなってしまったようだ。

 

ゆっくりと立ち上がり、腕の中に子麗殿を抱き締めて背中をさすってあげる。

そうしていると、我慢出来なくなってしまったようで声を上げて泣き始めた。

 

(兄の役割取っちゃったなぁ)

 

本来は子山殿に任せるべきだったのだが、つい体が動いてしまった。子供の泣き顔は前世から苦手なんだ。泣き止むように、背中を軽く叩いてあげる。

諸葛家の姉妹と子山殿も一緒に泣き始めてしまった。どんなにしっかりしているように見えても、まだ子供なんだからそりゃ泣くよなぁ。

子供相手にまともに気を遣う事のできない自分に、際限無くへこむ。

あー、死にたい。

自己嫌悪しか出てこない。

これが原因で二人の熱が上がっているようだったら首を括ろう。そうしよう。

 

しばらくするとみんな泣き止み、話をできる状態となった。

とりあえず、いつまでも子麗殿を抱き締めていても問題あるので離れる。

服の前面が子麗殿の涙や鼻水で濡れているが、帰る時に着替えるし別に気にしないで良いだろう。

 

「それじゃ、今後の話をしようか。 あ、病人は動かしたくないから子瑜殿には聞かれちゃうけど、問題ない?」

「はい、構いません。 子瑜と孔明は友人です」

 

信頼に値する、か。

まあ、二人とも三国志でも信義を大事にしていたみたいだし、悪い事は起こるまい。

 

話を始める前に、厨房へ行き人数分の白湯を入れてくる。

 

「それじゃ、順番に行こうか。 一応、二人の今後に関して、糜家がどういう立場を取るかは私が決めて良い事になったから。 忌憚なく意見を言って」

 

置いてあった文箱を使う許可を子瑜殿に取って、竹簡として束ねていない木片に文字を書き出す。話し合いたい議題だ。

文字は文箱が部屋にあるので諸葛姉妹のどちらかは読めるだろう。

 

一.今後二人が何処に身を置くか。

二.仮に歩家から出たとして、当面の生活をどうするか。(衣食住)

三.現在の二人の技術(スキル)。どうやって金を稼ぐかの方針。

 

こんな所だろう。

 

「まず、さっきも言ってたけど二人は家を出るで良いんだよね」

「はい、そのつもりです」

「ちゃ、嫡子が家を出て妹もそれに従うって……。 歩家に跡継ぎが居なくなりますね」

 

孔明さんの口元が引きつっている。

まあ、しょうがないだろ。

もっとも、あのブッチャーの様子だと隠し子居ても驚かんが。

糜家にとってもその話題はブーメランだが、みんなして叔子を猫可愛がりする気満々だし、糜家(うち)の人間は誰も気にしない。叔子可愛いよ、叔子。

 

「あ、一つ補足。歩家お取り潰しになるかも。だから子山殿たちが家を出るのは正しいと思うよ」

 

それだけ言って、白湯を口に含む。

 

「「「……は?」」」

 

おう、見事にはもっているな。

子麗さん以外の三人が口をぼかーんと開く顔を見て、そんな場違いな感想を抱きながら、今後の話の持って行き方を考える。まあ、子瑜殿の顔は見えないから何となくそんな顔をしてそうな声だったという推測なのだが。

 

「はわわわわ!? どういう事ですか!?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

孔明さんと子山殿が声を上げる。子瑜殿は考え込み始め、子麗さんは「お取り潰しって何?」と呟いている。

 

「お取り潰しっていうのは、歩家が無くなるっていう事だね。 そうされるかもしれないっていうのは、陶州牧様が今回の歩家当主の行動に愛想を尽かす可能性が高いから」

 

義父さんが今回の一件について、州牧様の耳に入れているだろう。

 

「疑うわけではありませんが、本当にそうなるのですか? 自分で言うのもなんですが、歩家は昔は名家と言って良い家系でしたが、今は没落してしまっています。 わざわざ州牧様が干渉してくる理由が思い付かないのですが」

 

困惑を隠せずに、子山殿がそう口にする。

 

「まあ、何もなければそうだったんだろうけど。 いくつか理由があってね」

「理由ですか?」

「うん。 まず、糜家から援助したお金を他家へ渡していたというのは知ってる? あ、別にその事に対して糜家の人間として何か子山殿達に言うつもりは無いよ。 僕から当主殿に散々言ったし」

「……はい、最近当家に来る方は金の無心が用件なのが大半でしたし。 それから父のかけたご迷惑を深くお詫びいたします」

 

うん、ATMにされてたわけね。

父のやった事だからって、息子が必ず償う必要は無いと思う。なので気にしないで良い、と伝えておく。

 

「最近、その援助をしていた人間のうち数人が、賄賂を使って出世しようとしたんだって。 で、金の出所が歩家じゃないかという噂が州政府上層部に囁かれている」

 

当然、州牧様の耳にも入っているだろう。

 

「なので歩家の資金源を断ちたいと考えて、義父さんと私が歩家当主殿に資金援助の終了を申し入れに来た。 ちなみにそれが私と義父さんがここに来た当初の理由。 この町全体で麻疹が流行した事で、大分目的が変わってしまったけど」

 

話が逸れるが、現在私がこの町に残っている理由は、麻疹の治療法の確立が主になっている。正確には高熱を出した際の看病法だが、名前が知られている麻疹の治療方法と言った方がインパクトは大きく、人の頭には残りやすいだろう。

この辺一帯の麻疹患者は一ヶ所に集められて、二人と同様の治療を施している。

町の有力者へ、他の町内へも方法を広めてもらえるように頼みはしたが、情報伝達が遅いこの世界ではあまり期待できない。できるだけ助かる人が増えれば良いとは思うのだが。

流行が収まり次第郯から人を派遣してもらって、区画ごとに罹患者全体の数と死亡者数で死亡率の統計を作る予定だ。

この辺一帯の死亡率が明確に低ければ、効果有りと認めてくれるだろう。その後、治療法を徐州から中華すべてに広げてもらえれば言う事ない。

ついでに、州の役人達に統計の考え方を学んで欲しいという意図もあるが、そちらの説明は割愛する。

 

まあ、話を戻そう。

 

「さらに今回、子麗殿を治療する努力を放棄した事も問題になる」

 

子麗さんが体をびくっと震わせた。頭を撫でて落ち着かせよう。おう、気持ち良さそうに目を細めている。撫でられているときの王虎の表情を思い出し、和みながら話を続ける。

 

「十年以上前には、陶州牧様にもご子息がいらっしゃったんだけど、幼い頃に流行り病で亡くられている。 その後生まれたご息女も同じ病で亡くされたらしい」

 

それがこの世界の陶商と陶応らしい。既にこの世にいないとは。

 

「その病が麻疹である、と」

 

子瑜殿の言葉に頷きを返す。

 

「はい。 症状を目で見てはいませんが、話に伝え聞くに麻疹の可能性が高そうです」

「遥と自分の子供とを重ねるのではないか、そうお考えですか?」

 

子山殿の言葉にも、肯定を返す。

 

「おそらくはそうなると思っている。 当時の州牧様は『もしも治せる医者がいるならば、万金を払ってでも治療してもらう』『もし神仙が我が命と引き換えに息子の病気を治してくれるなら、喜んで差し出す』とまで言っていたそうで。 その分、お亡くなりになった際の嘆き様も凄まじかったらしいよ」

「はわわ。 家族の麻疹を治す努力をしなかったら怒り出しそうです」

「まさにそこだよね。 治せる可能性を提示されていながら、自分が病気になりたくないから拒否したんだから」

 

どれだけ望んでも自分が手に入れられなかった手段を持ち合わせながら、こんな物要らないと捨て去った人間に対してどれだけ怒るんだろう?

 

「陶州牧様は元々軍閥上がりの武断派だからね。感情のままに行動する可能性は十分有るよ」

 

そう言って、取り潰しの話を締め括る。

 

「じゃあ、議題に戻ろうか。 歩家を出て、二人はどこで暮らすの?」

「できれば、このまま准陰で暮らしたいと考えていますが……」

「まあ、難しいよね」

 

子供二人だけで暮らすのは、色々な意味で人目につく。子供が相手だと思って、強盗する輩がいないとも限らない。諸葛家も、一度に子供二人が増えると財政的に厳しいだろう。

さらに、歩家が本当になくなってしまった場合、人々が噂を口にするだろう。勿論悪い意味で。そういった事を見聞きしながら生活するのは針のむしろとなるだろう。

仮にお取り潰しがなかったとしても、同じ町に住んでいるとブッチャーからの嫌がらせが来るだろうし。

 

三人で考え込み始めてしまった。子麗さんはそんな三人を眺めて不安になってしまったのか、泣きそうな顔をしたり、一瞬顔を明るくした後落ち込んだ顔をしたりと百面相をしている。

ずっとこうしていても、答えを出すのは難しいだろう。妙案が出るようならそれに乗ろうと考えていたが、出ないようなので口を開く。

 

「ここで提案があるんだけど」

 

四人の目がこちらを向く。私に注目した事を確認し、私は言葉を続ける。

 

「私と従姉が郯で暮らす事になるから、今住んでいる家が空き家になるんだ。良かったらそこに住まない?」

 

これが、私がずっと考えていた解決方法だった。

議題の二、三に関して一度に片がつくのだ。二の住居の問題は解決する。衣食に関しては当面糜家が援助すれば良い。

三に関しては、農業と土地管理の書類仕事をしっかりやってくれれば良い。それから、時々義父さんの手伝いもしてくれると助かるな。

子山殿が識字能力を持つ事と、計算能力がある事は確認済みだ。衣食住を保証する対価としては十分だろう。

さらに、子山殿が今後文官としてキャリアを積む際にも大きなメリットとなる。仕事の仕方を覚えると同時に、現役の官吏、武将と顔を繋ぐ事ができる。人脈は個人の財産となり得る物だ。

あの村なら、親代わりをしてくれる人間も多いので大人が居なくても大きな問題にならない。

 

さらに、糜家としてもメリットがある。

子山殿が成人した際に家を復興させれば、縺れまくってた歩家との関係が改善される。

さらに歩家の御曹司を保護する事で、ブッチャーに代替わりしてから歩家から離れていった人々の歓心を買うことができる。名家の御曹司を保護をしたという名声を得られるだろう。

あと、これは私以外には分からないが、将来一国の丞相となる優秀な人物と懇意になれる。このメリットは計り知れない。

 

上の事を噛み砕いて説明をすると、子山殿は内容を吟味し始めた。子瑜殿は静観の構え、子麗殿は自分の想像よりも良くなると考えたのだろう、ニコニコ笑顔を作っている。

孔明さんは……なぜこっちを訝しげに見る?

 

「孔明さん、どうかしましたか?」

「はわわ!え、えっと……」

 

声をかけると、驚き口ごもる。本当に何なんだ?

そして、意を決したようにこちらを見て、こう言った。

 

「歩家の乗っ取りとか考えていませんよね?」

「……」

 

その発想は無かった。

子山殿は真意を見定めようとするかのように、こちらへ視線を投げている。子麗さんは再びおろおろし始めた。

 

さて、どう答えようかと少し考えていると、子瑜殿が孔明さんの両頬を引っ張り始めた。恩人に対して失礼な事を、とか言っているからおそらく折檻なのだろう。痛い痛いと孔明さんが言っているが、離す気は無いようだ。

……頬が餅みたいに伸びてるな。カメラがあれば写真に収めたいくらいだ。

 

「まあ、孔明さんにはそのままで聞いてもらうとして」

「はわわわわわ!?」

 

やかましい。抗議は聞き流す。

 

「結論からいうと、そのつもりは全く無い。 もし乗っ取りをするつもりなら、わざわざ子山殿達を保護する必要なんて無いわけだし」

「ふむ。 ……続けてください」

 

子山殿は一時警戒を解いて、こちらの話を聞くつもりになってくれたようだ。

 

「孔明さんが言ったのは、子山殿を事故に見せかけるなどで除いて、子麗さんを娶る事で歩家の相続を狙うって事だよね?」

「ふぁい、そのとおりでふ」

 

喋りづらそうにしながらも、肯定を返してくれる。

 

「そんな事をせずとも、私は現当主の甥に当たるんだよ? このまま子山殿達が野垂れ死ぬのを待って、成人してから歩家を再興した方が手っ取り早いじゃない」

 

もし孔明さんの懸念を実行に移した場合は、リスクが非常に大きい。

子山殿を殺した嫌疑がかかる事。

子麗さんが復讐を企む可能性。

過去に歩家と繋がりある人間からの非難。

などなど、簡単に思い付くだけでもこれだけある。没落名家を継ぐためだけに、そのリスクを冒すことは損得が見合わないだろう。

 

「私にとって歩家は、そのまま待っていれば熟して落ちてくる事が分かっている果実なんだよ。 わざわざ怪我するかもしれないのに木を登るつもりはないよ。 それをせずに、果樹の持ち主を助けようとしている。 それを果実を欲しがっていないという証にするのは駄目かい?」

 

流石に物的証拠は出せんぞ?

誓紙書いても良いが、日本と違うこの世界でどこまで効果あるんだ?

 

そう考えていると、ようやく折檻から解放された孔明さんが赤くなった頬を手のひらで押さえながらこう口にした。

 

「うぅ、ヒリヒリします。 け、けど遥ちゃん可愛いし、弱味につけこんで無理矢理……とかするんじゃないですか? 『歩家を再興させたければ……』とか、『嫌、なんでこんな気持ちになるの!?この人は父の(かたき)なのに!』とか。 この間読んだ本だとお姫様がそんな目に遭ってました!」

 

……。

 

「はわわわわ、痛い、痛いです!!」

 

無言で孔明さんのこめかみに拳を作った両手を当ててうめぼしをする。

それを実行に移したとしたらどんな鬼畜だ、私は。

孔明さんは頬に当てていた手を、私の手首に伸ばしてなんとか止めようとする。

そこに両側から手が伸びて、がら空きになった頬を引っ張り出した。

 

「朱里、あなたは諸葛家の者としてもう少し慎みを覚えなさい。 というより、その年で何て物を読んでいるのですか」

「幼い妹の前で何を言い出すのですか、君は。 時と場合を考えなさい」

「いひゃい、いひゃいです!! やめてくりゃひゃいー!」

 

そう説教を始めた二人に、何が起こったか分からず、わたわた慌てる子麗さん。うむ、カオスだ。

というか、二人も孔明さんの言った事分かるのか。耳年増ばかりだな、ここ。

 

一通りお説教が終わってから孔明さんを解放し、白湯を口に含み一息つく。

そうして、子山殿にどうするかを改めて問いを投げた。

 

「はい、できればお世話になりたいと思います。 先ほど疑いの眼差しで見てしまった不明は伏してお詫び申し上げます」

「了解しました。 それじゃ、義父さんに決定を手紙で送っておくね。 数日このまま看病して、子麗さんの麻疹が治って、体調が問題無いようだったら郯にいる義父さんと顔合わせをしに行こう」

 

私の言葉に頷く二人。

孔明さんは友達が遠くへ行くからだろうか、少し寂しそうだ。

子瑜殿は、じっと俯いて考え事をしているようだったが、意を決したように私の方へ向き直った。

姉妹だけあって、先ほど発言した際の孔明さんと雰囲気が非常に似ている。

……まさか問題発言しないよね?

 

そうこうしているうちに、寝台の上で体を起こし、拝礼の姿勢を取った。

 

「改めてご挨拶させて頂きます。 徐州・琅邪、諸葛珪が長子、名を瑾と申します。 この度は我が友、歩子麗、並びに我が身を病魔よりお救い頂くための尽力、深く感謝致します」

 

「さらに、先代当主より続く歩家との確執に囚われる事無く、困難に窮する我が友たちへ救いの手を差し伸べる仁愛と大度、誠に敬服致しました」

 

「願わくばどうかこの拝と我が真名『藍里(らんり)』を受けられ、義兄としていまだ若輩たる我が身をお導き頂けますよう」

「……」

 

激賞である。

それに加えて、「義兄妹になって頂けませんか?」という申し出を真名と共に差し出されている。

 

思わず固まってしまった私や、絶句している他の三人を余所に、子瑜殿はずっと私に向かって拝礼を取り続けるのであった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

それにしても原作キャラは動かしやすいなぁ。
しかし、徐州出身の原作キャラは他に斗詩しかいないといふ。
麗羽さんに振り回されていない斗詩なんて斗詩じゃないので、この小説では既に徐州を出ており、麗羽さんの元で苦労をしてもらってます。

あと、なんでわざわざ朱里が乗っ取りの可能性を指摘したかについて補足すると、歩家の兄妹を安心させるためと、麟への牽制です。
麟自信が口にした事を朱里は理解していましたが、それを麟の口から説明させる事で兄妹が麟を信用できるようにと考えて口にしています。
あと、万が一麟が本当に乗っ取りを画策していた場合、気づいている人間もいるんだから思いとどまれ、という牽制も含んでいます。
ただし、藍里の行動まで読んで行動できない辺りが、はわわ軍師たる所以です。

その後の問題発言は完全に失言ですが。はわわ軍師はむっつりエロい(確信)

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