真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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やっと原作キャラが登場。
前回の引きから、誰かはもう分かってますよね?

そして性格、こんなだったっけ?


第十話 I've Never Been To Me -捨てる神あれば・・・-

諸葛家。この家は三国志において大きな意味を持つ。

諸葛家の人間は魏呉蜀、三国すべてに対して親族の誰かが仕官し、栄達を遂げているのだ。

 

「はわ、はわ、はわわ、はわわわわ! 大変でしゅ。 藍里お姉ちゃんが大変なんでしゅ!」

 

蜀には龍、呉には虎、魏には狗。

三国に仕えた諸葛家の人間を評した言葉だ。

狗だけ格下だと思われがちだが、これは功績のある人であると言っているのだ。決して蔑称ではない。龍と虎は言うまでもなくその人物の偉大さを表した言葉だ。

つまり、三国に仕えた諸葛家の人間は、すべて有能な人間であったと言っているのだ。

 

「はわわ、はわわ、はわわわわわ!! 倒れちゃいました、お姉ちゃんが倒れちゃいましたー!!」

 

龍は諸葛亮、字は孔明。

虎は諸葛瑾、字は子瑜。

狗は諸葛誕、字は公休。

諸葛瑾と諸葛亮が実の兄弟で、諸葛誕だけは遠戚であり活躍した時代が後ろへと少しずれる。諸葛兄弟の方が私と年代は近いのだが、叔子の例もあるから、油断はできない。

 

「はわわわ、はわ、はわわ!」

 

諸葛瑾は呉の重臣であり、呉の皇帝孫権の側近として仕えた。蜀に弟がいるためか、主に対蜀の外交を行っている。後を継いだ息子、諸葛恪も大将軍まで登り詰めている。実に呉の柱石と言うにふさわしい人材であろう。

 

諸葛亮は蜀に仕えた知謀の士で、三国志演義後半の主人公と言って良いだろう。『謀を帷幄の中に運らし勝つことを千里の外に決す』を平気でやってのけていた、並々ならぬ才能を持った軍師。

劉備無き後の蜀に忠義を貫いた義の人。

そんな風にあまりに有名すぎるため、創作作品だと色々おかしな脚色がされる事も多い。

ビーム撃ったり、変態だったり。幼女だったり。

 

倒れたのが二人の内のどちらかだった場合、歴史への影響力は決して軽視できない。

三国鼎立が無くなる可能性だって有るのだ。

 

「はわ、はわわ、はわわわわ! 誰か助けてくだしゃいー!!」

 

……そろそろツッコんだ方が方が良いかな?

先ほどからはわはわ言って、部屋の中を右往左往しているのは、色素が薄く金色に見える髪をした髪の短い女の子だ。年齢は私と同じくらいか、少し下くらい。とりあえず、落ち着けと言いたい。

 

先ほどの自失から立ち直り、義父さんと共に部屋を出て人の声が聞こえる方へ向かった。そこには、敷物が広げられている床の上に一人の子供が寝かされていた。はわ子さん(仮名)と顔立ちと髪の色が似ている、私と同じ年頃の髪の長い女の子だ。熱があるのか、顔が紅潮しており呼吸が荒い。

先ほどまではもう一人寝かされていたのだが、ブッチャーが抱えて家の奥へと連れていった。

おそらくあの子が歩家のご息女なのだろう。というか、こんなところで寝かされているこの子も連れていってやれよ。

歩家のご息女を連れていった際に、倒れたという子供たちを取り巻いていた人々もついていったために、今ここに残っている人物は四名となっていた。

内訳は私、はわ子さん、寝かされている少女に加えてもう一人、沈痛な表情をしている少年がいる。

義父さんもさっきまではここに居たのだが、今は護衛の二人の元に行ってもらい、事情を伝えてもらっている。長丁場になる予感がするから、宿も延長して取って欲しいとお願いした。最悪私だけでも残って状況を見極めておいた方が良い。

それほど今回の一件はインパクトが大きい。

 

私は少年に視線を向ける。私と同い年くらいの黒髪の少年だ。はわ子さんや、寝かされている少女にはあまり似ていないように見える。しかし、この場に残っている以上は諸葛家の縁者なのだろう。

はわ子さんよりも比較的落ち着いて見えるので、話しかけて事情を聞いてみた方が良いだろう。

 

「ごめん、ちょっと良いかな」

「……あ、はい。 何でしょうか?」

 

同い年くらいなのでため口で話しかけたのだが、丁寧語で返事が返ってきた。非常に丁寧であり、理知的な態度だ。ここに住むブッチャーとは似ても似つかない態度は、やはり歩家の人間ではなく、諸葛家の者だと思える。

 

(この少年が諸葛瑾、寝ているのが諸葛亮、はわ子さんが諸葛均かな)

 

そう予想しながら、言葉を作る。

 

「僕は本日歩家にお邪魔させてもらっていた、糜家の芳、字を子方と言います。 諸葛家の縁者の方と見えますが、何があったか教えていただいていいですか」

 

今さら敬語に変えるのも恥ずかしいので、ため口のまま突き進む。ただある程度話し方は丁寧にする。

……それにしても、この子の顔なんとなく既視感があるんだけど気のせいかな。

 

「あ、これはご丁寧に。 しかし、この二人は確かに諸葛家の方ですが、私は歩家の者です。 名を隲、字を子山と申します」

「はわわ。 わ、私も自己紹介さしぇて頂きましゅ。 姓を諸葛、名を亮、字を孔明と申しましゅ。 この臥せている者が姉で、名は瑾、字は子瑜といいましゅ。 よろしくお願いされましゅ!」

 

あう、噛んじゃった。

そんな言葉を呟いて落ち込み始めるはわ子さん。

噛みすぎじゃないか?

というか、お願いされてどうする。

そんなツッコミが脳裏から消えてしまうほど、聞き捨てならない名前が聞こえた。

 

「え? はわ子さんが孔明なの?」

「む、孔明の事をご存じでしたか」

 

私ははわ子じゃないでしゅー!とか聞こえてきてるけど、気にせずに子山殿と会話を続ける。

 

「正確に言うと、名前は知っていましたがお会いするのは初めてです。 諸葛家の姉妹は優秀だと風の便りで姉妹の字と共に聞いておりました」

 

正しくは、前世の記憶で読んだ書物で、だが。

 

(それにしても、この子が歩隲か。 普通に男なんだな。 もう、この世界の女体化させるルールが分かんないよ)

 

思わず世界のルールに対して嘆いてしまった。そして、先ほどからの既視感も見当がついた。鏡で毎朝見ている自分の顔に似ているのだ。顔の一つ一つのパーツこそ違えど、全体を組み合わせると兄弟に間違えられるくらいには顔が似ていると思う。無論、従兄弟にあたるため似ていたとしてもおかしくはないのだが。

その後、私は前世の記憶にある歩隲の経歴を頭へ思い浮かべる。

 

姓は歩、名は隲、字は子山。

呉に仕えた官吏である。三国志演義においては、その名前はあまりパッとする物ではない。

確か赤壁の時に諸葛亮に論破された文官の一人として登場していたはずだ。

あとは陸遜の抜擢に反対していたはず。名前出てきた場面って他にあったっけ?

演義では文官なのだが、実際の経歴は将軍を歴任している事から武官よりの人物だったのだろうと推測できる。

正史においては、晩年に呉皇帝となった孫権の幕下において丞相にまで登り詰めている。

名を馳せたのは交州刺史となった時だろう。交州にて独立を画策していた呉巨を謀殺した事で、交州の統治を安定させる事に成功した。その事により交州の民に大いに慕われるようになる。

武功は異民族討伐が主な物であり、そこまで華々しい物ではない。しかし異民族が多い上に呉本拠地から離れていた、統治の難しい交州を安定させているのだ。やはり並の人材ではなかったのだろう。

その後は順調に昇進を重ねていき、最終的に丞相就任というキャリアになっている。

しかし、位人臣を極めた人物としては非常にマイナーである。もっとも、呉の臣下という時点で一部の人物以外は不遇、というのが創作では三国志演義以来の不文律となってしまっているのだが。酷すぎる。陳寿、それから羅貫中。もっと頑張れよ。

 

また、歩隲と諸葛瑾は親友同士だったとも言われている。徐州を出てから知り合ったと推測していたのだが、この世界ではどうやら違うようだ。

 

それにしても、彼が歩隲だとすれば先ほど連れていかれたのは歩婦人か。そっちも居なくなられると困るな。主に孫呉に対する時限爆弾として。徐州に居続ける以上、領地を接する可能性の高い孫呉への備えは一枚でも多い方が良い。

彼女本人はともかく、彼女が産む娘が問題児なのだ。具体的には、国をぼろぼろにした上で、結果的に洒落にならないレベルの暗君を爆誕させてしまうくらい。

 

「それで、何が起きたのかを説明致しますと」

 

ああ、こっちから聞いたのに余所事考えているのはまずいな。集中して聞こう。

はわ子さん改め孔明さんが膨れてそっぽを向いてしまっていたが、今は子山殿の話が重要だ。

 

「私たちが買い物をしようと町を歩いているときに、二人揃って体調不良を訴えてきたのです。 そこで、買い物は終わっていませんでしたが打ち切って帰途に着いたのです。 しかし、家まで後数分というところで二人とも動けなくなってしまって……」

 

そして歩家の人間を呼びに行って、ここまで運んでもらったらしい。それからすぐに二人とも気を失ってしまったらしい。

 

「そして今に至る、と」

「はい、そのとおりです」

 

私の言葉に子山殿は同意する。

腕を組んで、少し考える。とりあえず、現状できる事は倒れている子瑜殿の容態を見る事か。

 

「孔明さん」

「はわっ! ……なんですか? 私はあなたに用なんて無いですよ。 だけど、はわ子さんと呼んだ事を謝るならば、話くらいは聞いてあげます」

「じゃあ別に良いや」

「はわっ! 何でですかー! 謝ってくださいー!!」

 

したり顔で謝罪を要求する姿にいらっとしたからです。他意はありません。

 

「まあそれは良いとして、お姉さんの様子を診させてもらっていい? 医師の先生が来るまで少し時間がかかるだろうし」

「良くないです! って、病気治すことできるんでしゅか!?」

「治す事はできなさそうかな。 ただ、どういう病気かを診断する事はできるかも」

「お願いしましゅ! お姉ちゃんを診てあげてくだしゃい!」

 

了解。それでは確認してみましょうかね。

噛んでいる事はスルーする。

 

子瑜殿に近づいて、まずは額に手を当ててみる。って、熱っ!

これは高熱だな。

服の上から見える外観を観察し、出血や傷が無いかを確認する。……どうやら毒や破傷風などではなさそうだ。骨折等もしていないようなので、ショック症状による発熱も除外して良いだろう。

そんな風に数分診察もどきを続ける。ちょっとまぶたを指で上げて、目を確認する。

あれ、目が充血している。って、これ結膜炎か!?

 

「孔明さん。 ちょっと聞いて良い?」

 

姉を心配そうに見ていた孔明さんに、声をかける。

 

「はい。 なんですか?」

 

どうやら興奮は落ち着いているようだ。噛んでいない。

 

「昨日の夜とか、子瑜殿の調子悪そうじゃなかった?」

「いえ、特には。 だから今日出掛けることを決めました」

 

おそらく潜伏期間中だったのかな?

発疹も出ていないのは、カタル期なのだろうか。

 

「もう一つ質問。 ここ十五日以内で、子瑜殿とさっき連れてかれた娘さんで一緒に遊んだりしていた? 今日以外で」

「え? ……はい。 言われてみれば七日ほど前にも一緒に町を練り歩きました。 けどそれって関係あるんですか?」

 

一緒に伝染した可能性があるなら、練師さん(仮)も同じ症状出てるかもなぁ。

 

「発熱と目の充血がある。 これほぼ間違いなく麻疹だ。 早めに治さないと取り返しのつかないことになるかも。 それから、さっき運ばれた歩家のお嬢さんも多分同じ病気だと思う」

 

私は殊更冷静な顔を作り、二人の方を見ながら言った。

その言葉を聞き、二人は驚きに目を見開き私の方を見つめていた。

 

麻疹。二十一世紀においては、あまり怖い病気と認識されていないだろう。そもそも医学が発達していた前世では、治療薬も予防接種もあったのだ。それを使用できるくらいに発展している国であるならば、麻疹で死に至ることは非常に少ない。

しかし医学の発達していない時代では、猛威を振るい多くの人を死に至らしめた。

麻疹単体では問題にはなりづらい。もちろん、高熱に伴う発汗を起因とした脱水症状は危険だが。もっとも注意すべきなのは、高熱で体力が落ちている時に肺炎や脳炎が併発する事だろう。その時には非常に重い容態となる。

なにより恐ろしいのは、その感染力だろう。しゃべった際の飛沫などで感染し、保菌者となる。そして保菌者から周囲の人へも伝染してしまう。潜伏期感も十日ほどあり、症状が出る前に保菌者が動き回り、流行をさらに広げる事になるのだ。

 

前世で従妹が麻疹にかかった際に調べた、麻疹の特徴を思い出す。そして不安そうな顔をしている子山殿と孔明さんに向き直った。

 

「少し確認させて。子山殿と孔明さんは麻疹にかかった事はある? 私は数年前にかかったんだけど」

「はい。 私は二年前にかかりました」

「私も小さい頃にかかった事があります」

 

意図が分からないためだろう、不思議そうな顔をしている。それでもこちらの質問にはしっかりと答えてくれた。

二人とも罹患済みか。なら看病を任せられるな。

麻疹は一度罹患してしまえば、免疫抗体ができて二度かかる事が無い。

一度かかった者が看病に当たる事で、大規模な集団罹患は防げる。

できれば、罹患者は隔離してしまいたいんだが……ブッチャーは練師殿を離しそうにないな、あの様子だと。

先に子瑜殿の処置を始めよう。

 

「諸葛家ではかかった人はどれくらい居る? え、全員かかっている? じゃあ諸葛家に子瑜殿を運ぼう。 とりあえず、寝台に寝かせてあげないと」

 

孔明さんに素早く諸葛一家の麻疹経験を聞いて、家で世話しても問題無いと判断する。

 

「子山殿はさっき運ばれた歩家の娘さんにも、同じ症状が出ていないかを確認して。 確認すべきは発熱と目の充血。 あと、発疹も出ているかもしれない。 もし全部出ているようなら麻疹の可能性が高いから、その部屋に入った人間全員に体をお湯で洗って、うがいをしっかりとするように言ってください。 看病は麻疹にかかった事のある人にしてもらって。 その人たちは伝染らないから。 看病の仕方は孔明さんに教えておくから、後で聞いてください。 あと、この診断の方法は私が言った事は伏せておいた方がよろしいかと思います。 先ほど当主殿に対して、かなり挑発的な態度を取ってしまったので態度が硬化してしまうかもしれません」

 

子山殿にはすぐに練師殿を確認してもらう。集団感染されると手が回らなくなる。

 

「承知しました。 子方殿はどうなさりますか?」

「子瑜殿を諸葛家まで運びます。 孔明さん、案内をお願い致します」

「はい、わかりました!」

 

それを聞くと子山殿は、私へ立礼を返してから家の奥へと向かっていった。

私たちも動こう。

子瑜殿の膝裏と背中へと手を回し、抱き上げる。

いわゆるお姫様抱っこだ。一応鍛えてはいるので、同年代の女の子相手ならこの程度はできる。

孔明さんが顔を赤らめて、「はわわ、女の子の憧れでしゅ」とか言ってたが無視。さっさと家まで案内してもらう。

 

孔明さんの案内の元、無事に子瑜殿を運び終えて寝台に寝かせた。それから、孔明殿にこの家の皆さんを集めてもらった。もちろん、看病の方法を説明するためだ。

 

「まず、皆さんが以前麻疹にかかった事がある前提でお話しします。 その認識であっていますよね?」

 

私の問いかけに、諸葛家の皆さんが頷く。

 

「それじゃあ、看病方法を説明します。 今、子瑜殿は高熱で大量に汗を掻いていますので、その分の水を補わなくてはいけません」

「水を飲ませれば良いんですか?」

「基本的にはそれで良いんですが、工夫を一つ。 塩と砂糖を少量混ぜてください。目安としては、二升半強(540mlくらい)に対して塩を半つまみくらい、砂糖を一つまみくらいでお願いします。 砂糖が無いようならば、私がお金を出しますので買ってきてください」

 

生理食塩水に近い濃度の方が、体への吸収には良いからな。正確に濃度を計って作る事まではできないが、ミネラルも含むしただの水よりは体に良いだろう。

 

「あとは、熱を下げる事ができるように額と脇の下に水を絞った手拭いを当てるようにしてください。 額にはのせるだけで、脇の下には挟むように」

「温くなったら替えてあげるんですよね?」

「はい、そうしてあげてください。 あと手拭いを浸す水も、この季節だとすぐ温くなっちゃいますから……」

「頻繁に取り替えた方が良いんですね」

「はい、その方が良いでしょう」

 

発熱は体力を落とすから、早めに下がるように工夫した方が良い。

 

「食事はどういった物が良いんでしょうか?」

「水分の多い物が良いでしょう。 お粥とか、桃などの果物も良いかもしれません。 あとは滋養が付くように卵も毎食一つ使うようにしてあげてください。 卵粥とかにすれば難しくないかと。 食欲が無くても、一口二口で良いので食べさせてください。 何も食べないままなのはまずいです」

 

この季節のお粥は暑くて食いづらいかもしれんが、しょうがない。汗を掻けば熱も下がるし。

 

「お薬はどうすれば良いでしょう?」

「ごめんなさい、熱を出した時の看病の方法は分かるんですけど、薬には詳しくないんです。 それは本職の方に聞いて下さい」

 

流石に内服薬の調合は無理です。

 

一通り看病の方法を説明し終えて、昼夜ずっと張り付いて看病をするようにと伝えておく。夜起きていて、昼間寝る人が大変だろうがやむを得ない。病気の時に人は気弱になる事があるので、できるだけ誰かがいた方が病人は安心するのだ。

あと、周囲に麻疹を感染させてしまう可能性もあるので、衣服や体は頻繁に洗い、口を手拭いでマスクのように覆う事も指導する。

 

……しかし、みんな子供の言う事をよく信じるな。

実際にそう尋ねたところ、

 

「理に合わない明らかにおかしい説明は無かったし、知らない事はそうはっきりと言っていたから。 大人であっても、知らない事を自信無さげに説明される方がよほど信用ならない」

 

との事だった。まあ道理だ。

ただし、一応本職のお医者様にも診てもらうようにお願いしておく。素人診断で間違いが有ったら困るし。

 

そうやって説明を終えて、看病の準備に動き出した皆さんを手伝っていると、私の真名を呼ぶ声が聞こえた。

……あ、義父さんの事忘れてた。

 

慌ててすぐに外に出たら、義父さんと子山殿が立っていた。どうやら、子山殿が義父さんを案内してきてくれたようだ。子山殿に感謝し、義父さんに勝手に歩家から出た事を謝る。無言で拳骨を落とされたので、甘んじて受ける。今回は明らかに私が悪い。頭抱えるほど痛かったがな!

すでに何が悪かったのかを理解しているため、説教ではなく折檻なのだろう。久しぶりに義父さんに手をあげられた。

義父さんをここまで案内してきた子山殿は、諸葛家の中に入っていった。看病の方法を聴くのだろう。しかし、何故か顔が非常に険しかった。何かあったのだろうか?

 

頭の痛みが引いた後、義父さんに状況を説明する。

 

「そうか。 麻疹に」

「うん。 乗りかかった船だし、できれば子瑜殿が快癒するまでは看病の手伝いをしようと思うんだ」

 

実は諸葛家の方には是非お願いしたいと言われている。諸葛家とも顔を繋げるし悪い話ではないと思う。

 

「……うむ。 人助けだし問題無かろう」

 

幸い問題なく許可が出た。

まあ、一応徐州の民のためになる事だし。淮陰で大流行されても困るし、可能であればここで流行は鎮めたい。

 

「滞在費は後で渡す。 護衛は付けなくて大丈夫か?」

「ありがとう。 助かるよ。 護衛は不要かな。 わざわざ私を殺したいと思う人間はそう何人もいないでしょ。 歩家当主殿くらいだけど、それも手を下す度胸はなさそうだし」

 

感謝を口にし、頭を下げる。これでこの町に残っても問題は無くなった。

当主殿への酷評に義父さんは苦笑いを浮かべていた。

 

「子伯様。 子方殿」

 

そんな事を話していると、諸葛家から子山殿が出てきた。どうやら看病の方法を諸葛家の方から聞き終えたようだ。しかし、ここに来た時からずっと顔が険しい。何か有ったのだろうか?

 

「お願いがございます」

 

子山殿はそう言って、私たちへと跪いて礼をしようとしてきた。義父さんと二人で全力で止めましたが。歩家の御曹司がこんな所で跪こうとするな!

 

「妹をお救い頂けないでしょうか。 父の行った無礼の数々に関しましては、伏してお詫び申し上げます。 助けて頂けましたら、私が必ずやご恩に報いる事をお約束致します。 ですので、何卒、何卒……」

 

(……一体何があった?)

 

涙を流し、私達に縋りつく様にしながら言葉を紡ぐ子山殿。義父さんと私は顔を合わせて、子山殿を抱えるようにしながら、落ち着いて事情を聞こうと諸葛家の中に入った。

 

涙を流し、えずきながら事情を話す子山殿。その内容をまとめるとこうだ。

 

一.妹の診断を行うと、私の言ったとおりの症状が出ている。おそらく麻疹と思われる。

 

二.その部屋にいた人全員に麻疹だと思う事と、体を清めるように伝えた。

 

三.全員が妹から離れ、部屋から我先にと逃げ出した。麻疹が伝染る事が怖かったのだと思われる。

 

四.ブッチャーへ先ほどの意図を怒りながら問い質しに行くと、妹を貧民窟に捨てて来るように命じられる。

 

五.理由を聞くと、ブッチャーが麻疹にかかると困るからこの家には置いておけないと返してきた。

 

六.怒りながら翻意を促すと、うるさい、もう決めた事だ、と喚かれる。

 

七.このままじゃ本当に妹が危ないと思ったので、諸葛家に一時預かってもらう事はできないかと打診しに来る。

 

八.諸葛家からは二つ返事で了解を得る。ひとまず妹の安全は確保できた。

 

九.しかし、今後の事を考えると生活する事が困難。諸葛家にとっても負担となるだろうし、迷惑となってしまう。諸葛家を出て生活しようにも先立つ物がない。

 

とりあえずそこまで話を聞いて、私は妹殿を迎えに行くと言い捨て、諸葛家を飛び出し歩家に向かった。後ろからは子供特有の軽い足音。子山殿も付いてきているようだ。待っててくれても良いよ、と走りながら伝えたが、「あれは私の妹です、私が助けなくてはなりません」と返ってきた。何で、あのブッチャーからこんなに良い子が生まれたんだろう?

 

そうやって数分走っていると、女の子を抱えている門番をやっていた男の姿が見えた。

 

「待て、信! 遥をどうするつもりだ!?」

 

すぐに追いつき、息が切れた様子の子山殿が歩家の衛兵、信へと娘を抱えている理由を問い質す。遥っていうのはこの娘さんの真名かな?

 

「申し訳ありません、子山様。 ですが、旦那様の命令なのです」

 

まあ、予想通りだよね。間一髪といったところか。

 

「遥は諸葛家で療養できるようになった。 貧民窟へ連れて行くことは許さん!」

「し、しかし旦那様からの命令でして」

 

頭が固いのか、自分の判断よりも上司の命令を優先するタイプのようだ。そういう事ならば、ちょっと助け舟を出そうかな。当然詭弁で。

 

「まあまあ、よく考えてみましょうよ。 貴方自身、その子が酷い目に遭う事を望んでいるわけではないのでしょう?」

「むむむ……」

「何が、むむむだ!」

 

伝統芸能ですね。分かります。

そのまま考える事十数秒。

 

「……はっ、分かりました。 お嬢様はお渡し致します」

「おお、分かってくれたか」

「ですが、旦那様へはどうか御内密にお願いいたします」

「ええ、分かっています。 これは私達が勝手にやった事であり、あなたへ累が及ぶ事はございませんよ。 ねえ?」

 

子山殿へ視線をやり、同意を求めると迷い無く頷いた。

明らかにほっとした顔をした信殿。まあ、気持ちは分かるけどさ。ただ、私が説得した事を話すとブッチャーは激怒するだろうなぁ。子山殿と違い、歩家当主の決定に意見できる地位にいるわけでも無いしな。

 

「では、その娘さんをこちらへ」

 

そう言って、信殿から娘さんを受け取る。息も絶え絶えな子山殿よりはまだ体力に余裕がある私が抱えた方が良いだろう。帰り道で落としたら困る。

それに抱える相手が叔子と同い年くらいの女の子だから、問題なく抱きかかえる事ができる。そしてこの子も例に漏れず、将来が楽しみな美人顔である。ショートカットにしている栗色の髪の毛が、活発な印象を与える。

 

「では、確かにお預かり致します」

 

そう言って信殿へ頭を下げ、子山殿を促し来た道を戻る。

 

(とりあえず、この後どうするべきかなぁ)

 

差し当たっては、麻疹の治療と流行の防止。歩家の子供達の処遇になるだろう。

今後の善後策を練りながら子山殿と歩いていると、諸葛家が見えてきた。玄関前には孔明さんがそわそわしながら何かを待っているようだった。

 

(いや、何かじゃないな)

 

間違いなく、この娘を待っているのだろう。私達が無事にこの娘を連れて来る事ができるか、心配をしていたようだ。

こちらに気づき、彼女を抱きかかえている私を見て嬉しそうに全速力で駆け寄って来る。

そして、何も無いところで転んだ。

 

(まあ、どうにかなるかな。)

 

そんな風に楽観的に考えをまとめて、いったん思考を打ち切る。それから、転んで涙目になっている孔明さんの所へ、子山殿と一緒に急いで向かった。




最後までお読み頂きありがとうございます。

数年前、私が学生の時に麻疹が大流行した事を思い出しました。
なんでも、予防接種の効果が十年くらいすると切れるのが原因だったとか。

既に八割方できているので、この後の話もそんなにお待たせせずにお届けできるかと思います。

ご意見・ご感想等ございましたらご記載頂けますと幸いです。

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