真・恋姫†無双 -糜芳伝-   作:蛍石

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思っていたより早く出来上がったので、昨日に引き続き投稿します。


第九話 Money Money Money -牛歩戦術-

「私は徐州糜家の当主、糜子伯と申す。 歩家の当主殿に話が有って伺った。 取次ぎを願いたい」

 

歩家を守っている門番に誰何の声をかけられたため、義父さんがそれに答える。その間私は地面に跪き、頭を下げていた。

 

「しばし待たれよ。 今お伺いを立ててくる」

 

そう言って門番は慌てて駆けていった。

陶州牧様の股肱の臣として知られているのか、歩家の金づるとして知られているのか、微妙に気になるところではあるな。

果てさて、どれくらい待たされる事やら。

護衛をしてもらっている二人には、申し訳ないが不測の事態に備えて玄関口で待機してもらう事になる。この空いた時間で頭を下げてお願いしておく。二人は微妙な表情を浮かべて顔を見合わせていた。何だろう?

 

果たして、家の中に通されたのは優に一時間は経ってからだった。いつもの事だと来る途中に聞かされていたが、本気で呆れる。

どうやら、賓客を平気で待たせるほど余裕を持ってる俺凄いというアピールらしい。しかも我々に対してだけではなく、他の賓客に対してもやっているらしい。

馬鹿なの?死ぬの?

どう考えても、客を待たせている事で自分の器の小ささを露呈しているだけだろ、それ。

 

持ってきた手土産を抱えて、義父さんと共に先導する家人に付いて歩く。そして、この家人が明らかにこちらを見下している雰囲気を出している。(かみ)を学ぶ(しも)とは良く言った物だ。

そりゃ家も没落するだろうな。仮に数代前に借金を作った当主が居なかったとしても、現在の当主で同じ状態になっていただろう。

胸中でそう考えて嘆息しながら歩いていると、当主の待っている部屋へたどり着いたらしい。

私は部屋に入ると、土産を机の上に置いた。その後は部屋の後ろの方で静かに跪き、顔を伏せておく。

……つーか、自分の命綱握っている相手が来ているの分かっているのに、何で両隣に女を侍らせているんだよ。手の位置が女の尻にあるのは、見せ付けているつもりなのか?そんなド派手な色の際どい服を着ている女どもを侍らせてもなぁ。あんたに魅力があるのではなく、あんたが払う金に魅力が有ると思っているのが有り有りと分かるし、羨ましくもなんとも無いぞ。

あー、あれだ。こいつ、誰かに似てると思ったら某ロボットアニメの敵役のキャラに似てるのか。これからはブッチャーと呼ぶ事にしよう。

この時点で、ブッチャー……もとい歩家当主の評価はストップ安となった。

 

「ようこそ参られた、晃殿」

 

……阿呆か、こいつは。

その言葉にさらに呆れてしまう。

客として来た人間に対して、名前で呼びかけるなんて正気の人間のする事ではない。

下を向いたままちらっと相手の顔を上目遣いに確認すると、この距離からでも分かるくらいに顔が赤かった。相手の真名を知っていたら相手の許可無く呼びだしそうな雰囲気だ。

 

(あー、うん。酔っ払ってるのか。)

 

既にストップ安でこれ以上下がる事が無いかと思ってた評価が更に下がった。話には聞いていたが、これはとんでもない愚物だ。

あの屑から暴力性を抜いたらこんな感じになるのではないだろうか。

 

まあ、実父に当たるあのクズを追い出したのは数年前に没した先代当主であり、今は代替わりしてこいつが当主をやっているらしい。ちなみにこいつは実父であるあの男と気が合い、義兄弟の間柄になっていたらしい。

……ああ、うん。あれと気が合うって時点でもうこいつもクズ確定だったね。変な希望を持って悪かったよ。

 

「ご無沙汰しておりました、歩淑徳殿」

「本日は如何なる用向きで参られたのか?」

「今年作った酒の出来が良かったので届けに参った。 しばらく訪れる事ができなかったので、顔を見たいというのもあったのでな」

「おお、晃殿の持ってくる酒は非常に質が良いからのう。 ほら、お前達飲め飲め」

 

ブッチャーはだらしなく笑い、土産として持ってきた酒を女たちに勧める。

いかん、もう帰りたくなってきたんだが。

自分から来ると言い出したとはいえ、これは辛い。

よく義父さんもこんなのと十年以上付き合いを維持できたな。

 

「うむ、では酒も受け取ったしもう帰っていいぞ」

 

しっしっと、犬を追い払うように手を動かして私たちへ退室するように告げるブッチャー。

……仮にあの男と一緒に追い出されずにこの家に残れたとしても、これが居る以上酷い目に遭っていたのに変わりは無かったんじゃないかと思えてきた。

 

「お待ちください。 今日はそれ以外にもお話があるのです」

「儂には無い。 さっさと出て行くが良い」

 

そう言って、再度退室を促すブッチャー。

それにくすくすと笑う女達。

物凄く不快だ。

 

「では、提案に対してご了承頂けたと判断致します。 本日はお時間を割いて頂きありがとうございました」

「……待て。 もしかして金がかかる話なのか?」

 

まず気にするのはそこなのか。まあ、話を聞く気になったみたいだから良いんだけどさ。いや、良くないのか。そのまま黙って援助を切る事ができなくなった。

 

「いえ、今年をもって当家より歩家にしている援助を終了するという提案です」

 

義父さんが話している内容をすぐには理解できなかったのか、一拍置いてから叫んだ。

 

「ふ、ふ、ふざけるな! そんな事が認められるわけなかろう!!」

 

女達は不安そうに豚に寄り添う。あなた達にとっても死活問題ですしね。

 

「いえ、認めて頂きます。 既に当家からの援助の半分以上を他家に渡しているのは調べがついております。 で、ある以上すでに歩家は危機敵状況からは脱していると判断しております」

「いやいや、糜家からの援助が無くてはまだまだ立ち行かん! それもこれも、貴様の弟が我が家の資産を食いつぶしたからであろう!」

 

いや、それ嘘だろう。つーか、他家の援助のために金を横流ししている理由になってないんだが。

 

「それはこれまでの援助で既に完済し終えていると思いますが?」

「いや、かかった金銭の問題ではない! これまで我が家の受け続けた苦痛の代価を受け取っているに過ぎぬ!」

 

いや、あの男が使ったからその分の金を返せってさっき言ってなかったか?

だんだんと支離滅裂になってきたぞ。

というか、お前はあの男と一緒に遊び歩いていた側だろうが。何も苦労していないだろ。

 

「ならば、受けた苦痛は金銭により購う事ができると、そうお考えですか?」

「ああ、その通りだ! 貴様の弟に味合わされた苦痛の分を払い終えるまでは、変わらず援助してもらうぞ!!」

「ふむ」

 

義父さんはいったん言葉を止めて、顎に手をやり軽く考える素振りを見せる。

それに気を良くしたのか、ブッチャーは勝ち誇ったように高笑いを始めた。正直うるさい。

 

「では、歩家にも金銭の援助をして頂きましょうか」

「はーっはっはっはは……はっ!?」

 

義父さんの言葉に、ブッチャーは息を詰まらせた。

 

「な、何を言っている! 我が家は被害者なのだ! 貴様らに払う金などない!!」

「いえ、糜家に対してではございません」

「私に対してですよ」

 

私はそこで口を挟んだ。

あー、長かった。完全に義父さんについてきた下働きに扮して、椅子に座らずに跪いていたから足が痛い。

 

よっこらっせ、と口にしながら立ち上がり、彼をまっすぐに睨みつける。

 

「なな、何だお前は!?」

「歩家にあの男と共に追い出された、貴方の妹の息子ですよ」

「なっ! あの時のガキだと!」

「ええ、お久しぶりにお目にかかります、叔父上」

 

精一杯皮肉げな笑みを作って、慇懃無礼に答えてやる。

 

「な、何故貴様がここにいる!?」

「そんな事はどうでも良いでしょう。 貴方の大好きなお金の話でもしませんか?」

 

質問すれば必ず答えがもらえるとでも思ってるのか?少しはその足りない頭で考えてみろ。

 

「さて、先ほど貴方は受けた苦痛は金銭で購えると、そう肯定致しましたね。 ならば、歩家より追い出された我が身の苦痛。 如何ほどのお値段をおつけになるのでしょうか?」

 

「ふ、ふざけるな! なぜ私が貴様に金を払わなくてはならんのだ!!」

 

お前が払うわけじゃなくて歩家が払うわけなんだが。それとも、家の資産は全部自分が思い通りに使えると思い込んでいるのか?

 

「先程も申しましたように、私の受けた苦痛に対する代価でございます。 あなた方は私の実父を追い出す際に、私も一緒に投げ出しました。 その後、あの男が私に対してどのような扱いをするか、想像できなかったとは言わせません」

 

お前ら自身があの男から受けていたんだろ。分からないはず無いよな?

 

「あなた方が私を歩家から追い出さなければ、受ける必要の無かった苦痛です。 それに対しての補償を求めさせていただきます」

 

嫌と言うなら、糜家からの援助も打ち切るよ?

 

そういう意図を言下に匂わせながら、私は口を動かすのを止めた。

ぶっちゃけ詭弁にすぎないのだが、こういう手合いには有効に働く。

 

淮陰へ移動する際に義父さんと話し合ったのは、歩家との付き合いを切って本当に大丈夫なのか。その一点に尽きる。

以前から糜家は、歩家との付き合いがなくなった場合に他の有力者、豪族との関係が悪化する事を恐れていた。

歩家は没落したとはいえ名家である。徐州内の繋がりは非常に広い。そのため援助を始めた当時は、歩家との関係が本格的に悪化してしまうのは、今後の立身出世に致命的な影響を及ぼす可能性が高かったのだ。

しかし、歩家の当主がこのブッチャーに変わった頃から、その状況に二回ほど変化があった。それが義父さんが言っていた「状況の変化」だ。

一つは歩家に対して距離を取ろうとする家が増えたのである。理由は言わずともわかるだろうが、このブッチャーのせいである。そりゃ、客に対してあんな態度取ってたら付き合たいって家も無くなるわ。

この変化により、糜家としては歩家と断絶しても問題無くなったのだが、義父さんは弟のしでかした事への罪悪感もあり、援助を打ち切ることをしなかったそうだ。

二つ目の変化は、その後に歩家が付き合いを持つようになった人物の質の変化だ。無論悪くなっている。

先代当主まで付き合いの有った者達は、憂国の官吏であったり、義心溢れる侠客であったりと、優れた人柄を持つ者が多かったのだ。

しかし、現当主に代替わりして彼らは歩家と距離を取るようになった。

その間隙に入ってきたのは、賊吏やごろつきなどの、歩家の名ではなく金に群がる者達だった。まあ、その金も元は糜家からなんだが。

さらに悪い事に、その賊吏の一人が州の高官となるために賄賂を使った疑惑があり、その出所が歩家からではないか、と州牧様の近くに侍る重臣達は噂しているらしい。彼らとしても糜家にまで追求をするつもりは無いらしいが、歩家とはどこかで手を切らないと要らん事に巻き込まれる可能性がある。

義父さんがこの間私と姉さんに話して聞かせたのはこの事である。即座に切らないと、糜家が賄賂を使う事を容認していると誤った噂が流れ出しかねない。

 

以上の「状況の変化」から、歩家と手を切る方がメリットが大きくなったのだ。少なくとも、当主がこのブッチャーから代替わりしない限りは歩家と協調する事はできない。

それが道中義父さんと話し合った結論だ。

 

上記の歩家の状況は、この間義父さんに聞くまで知らなかった。

流石に違う郡に住んでいる以上噂は届きづらい。だが、知ろうと思えばいくらでも方法は有ったのだ。この家に対しては色々と思うところがあるゆえ、知ろうとする努力をしなかった事を猛省するべきだろう。

 

ちなみに、こんな余所事考えている間にも、私は詭弁を大絶賛展開中である。

 

「え、歩家から追い出されても補償はないんですか? じゃあ、今すぐあなたを追い出すように働きかけを始めますね。 糜家にとっても歩家にとっても損が出ないようにすぐ代替わりさせる事ができますよね!」

 

とか

 

「じゃあ、あくまで酷い目に遭ったから金を得る権利がある、そう主張するんですね。 それでは私からあなたへ金を渡すんで、酷い目に遭わせて良いですか? 具体的には腕一本切り落とすくらいの」

 

など、色々言いたい放題である。

あわよくば、向こうから絶縁を言い出してくれれば最高である。

段々と楽しくなって参りました。

 

このまま追い出したら、自分の責任で援助が打ち切られるのが分かっているのか、向こうも必死である。対してこちらは義父さんが仕事で郯に戻る必要があるため、いつでもそれを理由に交渉を打ち切れる。

交渉を再開して、援助の延長が確定するまでの間は援助を渡す必要はなくなる。そのためこちらとしては、歩家が立ち行かなくなるまで放置しておけば手を下す必要すら無いのだ。

また、仮に私達を殺害したり、監禁をしたとしても姉さんが糜家を相続するから問題無い。州牧様には、最悪の事態が起きた場合には姉さんを次期当主とする旨をすでに義父さんから伝えており、州牧様も承知して内意を得ている。

側近である義父さんが不当な災禍に巻き込まれるのだ。姉さんが敵討ちを願い出るにしろ、監禁からの救助を願うにしろ、州牧様が州の軍を動かす理由に十分なりうる。

 

ところで、ブッチャーはまったく気が付いていないが、資金援助の交渉相手は義父さんであって私ではない。私は詭弁により補償しろと口にしているに過ぎない。はっきり言ってしまえば、これは時間を無駄に使わせる戦略に過ぎない。先ほども言ったように、時間切れになれば私たちは目的を達するのだ。

なので、仮に本当に私に金を払ったとしても糜家が援助を継続するかは別問題だ。

いったいいつ頃気付くのやら。

 

そうやって、私が時間切れ狙いの戦術を取り、ブッチャーも叫び疲れ始めた頃、屋敷内で誰かがバタバタと走る音が聞こえ始めた。

なにか危急な事態が発生したのだろうか?

 

私は喋るのを止めて、視線をブッチャーから外す。そのまま義父さんの手を引き、部屋左横の壁に背をつけて後方から奇襲を受けないようにする。そしてその姿勢のまま、出入り口の方へ目を向ける。

だんだんと足音が近づいてくる。

ブッチャーもようやく気づいたようで不安そうに目を左右に動かしている。

 

そして、足音の主が部屋に入ってきた。ここまで私達を案内してきた家人だ。

 

「失礼いたします!」

「何事だ、騒々しい!」

 

足音の主が彼と分かり、途端に強気になる豚。まあ、刺客だったら逃げようが無いしね。主に重荷となるその体重のせいで。

 

「申し訳ございません! しかし、緊急でお伝えしなければならない事が起きました!」

 

その後彼が口にした言葉に、私は仰天した。

 

「お嬢様と諸葛家のご息女が、町中で倒れました! 大変高い熱で、意識がございません!」

 

悲鳴を上げて、恐らく娘の物と思われる名前を叫びながら、部屋から転がるように出ていった歩家当主殿を尻目に私は、歴史に名を残すであろう人物を指す言葉と、その人物が倒れたという事実に驚愕を隠す事ができずにしばらく呆然とするのだった。




最後までお読み頂きまして、ありがとうございます。

徐盛と臧覇の父親が微妙な表情をしたのは、いつまでもやんちゃなままの息子とやたらと落ち着いている糜芳を比べてしまったからです。13歳とアラサーの精神的習熟具合を比べたら可哀想ですが、中の人の年齢は分かりませんしね。
あと、息子達が海と空、二人の心を射止めるにはやたらと礼儀正しいこいつに勝たなくちゃいけないのかー、とも思っています。息子達の恋愛の前途多難さに気づいてしまいました。

どうでも良い事ですが、私の中で歩家当主殿のイメージは無敵超人ザンボット3の彼です。
肌の色は違いますが。
人間爆弾もやりませんが。

ご意見・ご感想等ございましたらご記載頂けますと幸いです。

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