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叔子の身だしなみを整えてあげた後居間に戻ると、お説教は既に終わっているようだった。予定より早くお説教は終わったが、精魂尽き果てたように食卓に突っ伏している姉さんへ叔子を紹介する。
疲れきっていてもきちんと背筋を伸ばして姿勢を正し、凛とした口調で自己紹介する姉さんマジ男前。怒られるから決して口には出せんが。
二人にはおしゃべりをしていてもらい、私は厨房へ入り朝食を作り始める。とは言っても、昨日の夕食に食べた
鍋に火をかけて具材を軽く炒めて温め直す。あと、簡単ではあるがにんにくのスープも作るか。油代わりに豚バラを少々刻んで炒めて、みじん切りにしたにんにくを後から入れる。それに水を入れて煮立てて刻みネギを散らせば完成だ。仕上げに塩で味を整えてあげれば良い。
後は卵があるので、中華鍋でだし巻き卵を作る。流石に卵焼き用フライパンを使った時ほどきれいに形は整わないが、それでも味は十分美味しい、はずだ。周りの人間達曰く、私の作るおかずで一番美味しいらしい。前世から受け継いだ自慢の逸品だしな!
さて、出来上がった料理を食卓に並べていく。一般家庭よりは豪華だが、きちんと栄養素取ろうと思うならこれくらいは必要なんだよね……。厨房を預かる身としては食事はバランスよくしなくては。
それじゃ、揃いましたし頂きましょうか。
手を合わせ、いただきます、と礼をする。まあ、するのは私だけなんだが。
向かいの席に座る叔子は、自己申告していたようにお腹が空いていたようだ。おかずを色々試しては表情を目まぐるしく変えている。辛い物を食べた時以外は、辛そうな表情は浮かべていないので、あまり好き嫌いは無いのだろう。だけど、落ち着いて食べないと喉に詰まるよ?
そんなおかずの中でも、やはりというべきかだし巻き卵が気に入ったようだ。凄く美味しそうに食べている。私自慢の一品を美味しそうに食べてくれているだけであるが、そういう光景は作り手としては嬉しい限りだ。
そして姉さんはというと叔子に食事をよそってあげたり、届かない場所にある皿を目の前に持ってきてあげたりと、駄々甘お姉ちゃんっぷりを発揮している。
叔子も最初は戸惑っていたが、姉さんが好意でやってくれている事に気づいたのか、途中からは笑顔を姉さんに向けて、お礼を口にしていた。
非常に微笑ましい光景ではある。しかし、この子が将来的に「私は覚醒をあと二回残しています。その意味が分かりますか?」とか言い出すのか……。
だし巻き卵を食べ終えてしまい、切なそうに何も乗っていない皿へと目を落としている姿を見ると、とてもそうは見えん。
とりあえず、私の皿に残っているだし巻き卵をまとめて彼女の皿に移してやる。
あ、こっちを見て目を輝かせながらお礼を言ってもらえた。うむ、癒される。
姉さんは羨ましそうに叔子のお皿を見ないの。意地汚い。
まあ、そんな風に新しい家族と交流したり、和みつつ朝食は終わった。
「さて、腹も膨れて落ち着いたところで、今後の事について話そうと思う」
朝食を食べ終えて、食後のお茶を入れたところで義父さんがそう切り出してきた。
キョロキョロして、何が始まるのか分かっていない叔子の膝の上に王虎を乗せてあげる。そうすると、嬉しそうに「わんふー。 わんふー」と呼びながら猫の喉をくすぐり始めた。
それを見て和んだ後、私はやりたい事を口にした。
「とりあえず、はちみつ生産したい」
「……待て、いきなり何の話だ?」
「今後の事についてでしょ?」
義父さんと顔を見合わせて互いに不思議そうな顔をする。
「あれ?今後の村の発展についてだよね?」
「いや、そうではなくてだな。 お前と海の仕官についてだ」
「……ん?それはもうしばらく後になるって話じゃなかったっけ?」
確か、私はもうしばらくやりたい放題(超意訳)にやらせてくれるって話だった気が。
「少し状況が変わってな。 お前が仕官するのがまずかった理由は分かるな?」
「僕の生家でしょ? 変に刺激して暴発されても困るから、大人しくしておくようにって」
ここで、私の生家と糜家の関係について軽く補足しておこう。
私の生家が徐州の没落名家というのは、以前問わず語りで話した通りだ。
そして、二年前に家督を継承した現在の当主殿(私の母の兄)は名家にふさわしいほどの気位を持っていると聞いている。
……そう気位
そんな状況であっても、働かずとも糜家からの援助金が出ているため余裕ある生活はできているらしい。私の実父であるあの男がやらかした事に対する慰謝料という名目だ。
そんな状況で私が仕官したりしたら、「私は仕官の誘いが無いのに甥が仕官するとは! 私の心が傷ついた、誠意を見せろ!」などと嘯きながら金をさらにせびり出すだろう。
そんな状況でもあの家と繋がりを断てないのは、ひとえに実父であるあの屑がやらかしたせいだ。
屑の話は、少なからず徐州の上流層に広がっている。正確に言うと、生家が率先として広めた。援助をしなくては誠意を見せていない、そういう空気を作るために。
そんな状況であったために、糜家は何かしら援助を続けなくては上流階級内でそっぽを向かれるはずなのだが。
正直これに関して、すぐに世論形成した前当主殿の手腕は大した物だと感心こそすれど、恨む気持ちはまったく無い。あの屑がやらかしたのは事実だからだ。
「その状況が変わったと?」
「ああ、現当主に変わってからな」
それじゃ、仕官しても問題無くなったのか。
そういう意味では、姉さんが雒陽行きを断ったのは妙手に変わるな。まあ義父さんの上司(子会社社長クラス)の誘いを断っているのだから、説教されるのは妥当なのだが。
「ただ、今度は仕官する前に完全に縁切りをする必要が出てきた。 というか、絶対に必要な条件になっているな。 だからこの後、絶縁の話をつけに行くぞ」
「はい?」
どういう事さ、それ?
姉さんと一緒に不思議そうな顔を義父さんに向ける。
それを受けて、義父さんはその変化の内容について話し出す。
そして私と姉さんはそのあんまりな内容に頭を抱える事になる。
叔子はよく分からないようで首をかしげていた。
「それって
「ああ、それに関しては州牧様に我が家は関係ない事を説明済みだ。 ご理解頂けているから、いきなり問題になるような事はない。 このまま関係が続いているとどうなるかは分からんがな」
「そりゃ縁切りも必須になるわ。 なんでそんな事を……」
「なんか、敬われたかったらしいぞ」
「ばっ……ばっかじゃねーの!」
思わず素で感想が出てしまった。
姉さんも声こそ出さないが呆れきった表情をしている。
ま、まあ状況の変化は理解した。
あの家への援助が糜家の負担になっている現状、関係を清算できるのは悪い話ではない。無いのだが……。
「やっぱり複雑だね」
過ごしていた時期の記憶が無い。とはいえ、それでもやはり生家と繋がりが無くなるというのは複雑な気持ちだ。
ああ、大丈夫だから姉さん。そんなに心配そうな顔をしなくても私は大丈夫だよ。
「すまんな、麟には負担をかける。 さらに負担をかけるようで申し訳ないが、実際の交渉には麟も来てくれ」
「あれ? 僕も行くの?」
そもそも、私が行って良いのか?門前払いされそうな気がするんだけど。
「ああ、構わない。 むしろお前が必要だと思っている」
ふむ、それなら良いんだけどさ。それじゃあ私も行く事にしますかね。ちなみにどういう部分を必要とされてるんだ?
「性格の悪さと悪知恵が働く部分、それから図太く自分の意見を主張し続けられる点だな」
清々しいくらい誉める気がまったく無いな!!
「まあそれは……あんまり良くないけど黙殺するとして、いつ出発するの? それに合わせて準備するけど」
「今すぐ準備を始めて、出来次第すぐだ」
四十秒で支度しな!そんな幻聴が聞こえた。
「また、急だね。 急ぐ理由はわかるけどさ。 先触れ出して日程調整とかしないで良いの?」
「どうせ出しても、あの当主殿は返事を書き出すまでに十日はかかる。 だったら移動した後に宿で待機している方が日程の短縮に繋がる」
「十日って……」
そんなんだから仕官要請来ないんじゃないか?
そんなに仕事にルーズで大役は任せられんだろ。
「義父さんはその間仕事は?」
「……休むしかあるまい。 このところの遠征で仕事が溜まっているのだがなぁ」
ご愁傷さまです。戻る時に郯に寄るだろうから、その時書類仕事は手伝う事にするよ。まあ、最初から義父さんの中では頭数に入っているのだろうが。
「さて、では麟は遠出するための準備を。 徐州内とはいえ、数日かかるから着替えは多目に用意しておくように。 あとはこの季節だから大丈夫だろうが、念のため防寒具も準備を。 道中の食料の準備もしておいてくれ。 海と叔子は朝食の片付けを頼む」
「「御意」」
椅子に座りながらも、姉さんと一緒に義父さんへ向けて拝礼をする。
一応家長だからこういう決定には礼を尽くさないと。
私たちが顔を上げると不思議そうに小首をかしげながら、淑子も見よう見まねで手だけ拝礼の形を作っている。
なんだ、この可愛い生き物。
と、そんな会話を家でしてから早数日。私と義父さんは文嚮(徐盛の字)と宣高(臧覇の字)の父親を護衛に付けて、私の生家がある淮陰の町に到着した。
二人とも、結構な強面で見た感じはその筋の人に見える。まあ、話してみると結構気さくで、信義に厚い人たちなのだが。侠とはこういう人たちの事を言うのだろう。
あの二人の父親だけあって結構武の腕が立つので、遠出する際には報酬を支払い護衛をお願いしている。しかし、姉さん達への息子の行動に冷や汗しきりになりながら、義父さんと接しているのは非常に心苦しい。
文嚮、宣高。あまり親御さんに迷惑かけてやるなよ……。
それから義父さんと私は、東海郡から移動する間にどのように交渉を進めていくかを話し合い、交渉の方針と戦術を決めている。
上手くいくと良いんだけど。
それから数日間を宿で待機して、ようやく生家の当主殿と会う約束をする事ができた。援助者に対する態度じゃねーぞ、これ。
そしてやっと今日は約束の日だ。宿から歩く事十数分、私たちは目的地である私の生まれた家へとたどり着いた。屋敷はそれほど大きくは無いがよく手入れがされているようで、壁のひびや瓦の欠損等を見つける事はできなかった。記憶が無いから仕方が無いのだが、やはり感慨は少しも浮かんで来なかった。私を産んで死んでしまった母親の事を考えると、少しそんな自分が嫌になる。
そんな気持ちを切り替えるように、首を軽く振ってから正面へと向き直る。
その屋敷の前に門番が立っているので、義父さんと彼の元へ向かった。
ちなみに私はわざと粗末な服装をしている。義父さんの連れている下働きの者に見えるようにだ。土産物として持ってきた酒壷を抱えているため、このまま屋敷の中まで上がるつもりだ。途中で止められても、その壷に触る事まかりならんと義父さんが無理やり押し通す予定だ。
さて、門番をしている男性は私たちの姿を認め、誰何の声を放った。
「ここは『歩家』の屋敷だ。 一体如何なる用向きか」
後年、私はこの時の事を何度も思い出す事になる。
この時に起きた一連の出来事、さらに出会った人々の存在は、間違いなく私にとって大きな分岐点だったのだと。
しかし当然の事ながら当時の私は、そんな出来事がこの後起こるなど知っているはずも無かったのである。
最後までお読み頂きまして、ありがとうございます。
分かっている人が大半かと思いますが補足すると、叔子への覚醒云々のくだりは三国志大戦2の話です。
当時は全カードの中でも屈指の壊れカードでした。
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