(略)のはAce -或る名無しの風-   作:Hydrangea

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※ハチミツのみならず生クリームも添えてキャラメルミルクまでつけちゃうくらい
 蛇足感マシマシです。その点のみご承知おきください

 前半:なのはさんじゅうななさい(216ヶ月)
 後半:なのはさんじゅうななさい(636ヶ月)ごろのおはなし



IFエンド(いつか二人が辿り着くみらい)―夜明け―

 

 

 

 一部においては「高町なのは魔力喪失事件」という、実に安直明解な名で呼ばれている一件よりおよそ一月。連日の精密検査だ今後の身の振り方だといった諸々も一段落し、漸く自分達の周囲も以前の落ち着きを取り戻してきた。

 

 とはいえ、ここは“たった”一月で一先ずの区切りとなった事に感謝こそすれ、文句を言える立場でも無いだろう。何せ、既に前線を退いて久しいとはいえ間違いなく管理局史の一端に名を遺す不屈のエース・オブ・エースが、一夜にしてその稀有なる魔力資質を根こそぎ、しかも唯一の関係者である当人曰く「普段通り寝て起きたら魔力が無くなっていた」というのだ。上を下への大騒ぎも至極当然の成り行きと言えよう。

 何らかの病気か事件か、外因性のものか内因性なのか、仮に陰謀の類だとすると他への影響は、良くも悪くも有名である当人のこれから等々。唯でさえ普段から過剰労働気味な管理局員がパンダよろしく熊……もとい隈を作ってまで奔走する様は成程医務局チームによる「寝かしつけ」も止む無しと思ってしまう程であり、客観的に見た今回の件の重大さを示すものなのだろう。

 

 尤も、騒がしいのは周囲ばかり とまではいかないが、当の本人はといえば随分落ち着いたもので、精密検査漬けの日々を「久しぶりにゆっくり眠れた」と冗談めかすぐらいには余裕があった。

 無論、過去の彼女をよく知る者はそれを「我慢しているのでは」と案じてくれており、改めて恵まれた縁を我が事の様に喜ばしく思いもしたのだが……こと私にしてみれば、彼女の落ち着きもまた必然の内でしかない。

 もう、「それだけ」と思い込んでいた昔とは違うのだ。多くの出会いを経て、別れを、苦難を、逆境を乗り越えた今の彼女であれば、例え空が飛べなくとも、迷う事無く誰かに手を伸ばす事ができる、心を繋ぎ止められる。故に、例えその魔力資質が喪失しようとも、彼女という人間は何ら揺らぎはしない。

 

 或いはもしかしたら――普通であれば決してあり得る事ではないが、彼女であればもしかしたら覚えている(気づいている)のかもしれない。彼女が()()()()()()その魔力を全て投げ打った事を。声にならない叫びを聞き、夢をも越えて「私」へ手を差し伸べてくれた事を。

 

 

 

 嘗て……という程でもないつい最近まで、この身は兵器であった。少なくとも、自分ではそう定義していた。

 型式番号OCM-00X、アルハザード第七技術開発局特異災害部門製対夜天の書(unbreakble dark)撃滅用半融合型魔導錫杖『星天の杖』。

 長ったらしくも可愛げの無い文字の羅列が表している内容こそ、自分という存在の全て。アルハザードが意図せずして(その野望を鑑みれば必然として)生み出す(呼び覚ます)事となった知性文明の癌・『砕けえぬ闇』を、その器……この魂にあっては分化元の母体とも言える集合管制人格体諸共、同等同質の力を以てこの世から完全に殺し尽くす事。それが唯一無二にして絶対なる存在意義。

 

 兵器としての身に与えられた役目の前にあっては、この思考パターンへ生じる如何なる迷いも葛藤も、苦悩も後悔も些細なエラー、使命を全うする妨げ足りえぬ些事(ノイズ)。そう、自分に言い聞かせ続けてきた。その摩擦がやがて身を心を蝕み、永遠不変のものとして作られた筈の魂を罅割れさせていたとしても、尚自分を誤魔化し続けてきた。その為だけに生まれ、それ以外を知らなかった自分に選べる道など始めからある筈が無く――そんな自分が、どうしようもなく嫌いで堪らなかった。

 だって、生まれたあの日から私には魂があり心があったから。自らの手で壊し汚している「温かさ」が一体何であるのか解っていたから、解ってしまっていたから。

 

 

 

 けれども今は違う。もう私はそれだけではないのだ。

 生きる事を放棄し(あきらめ)ていた自分に、その才を棄ててまで手を伸ばしてくれる人がいた。

 血と罪に濡れたこの身を受け止め、永遠の相棒と言ってくれる人がいた。

 過去は変えられない、でも未来は変えられると、隣に立って歩まんとしてくれる人がいた。

 なればこそ、自分はもう独りでも兵器でもない――否、そうであると、そうでありたいと、私の心が願っている。

 

 注がれた魔力により崩壊が食い止められたとはいえ、備えていた数多くの権能(きのう)まで持ち越せた訳ではない。強度や演算処理能力こそ損なわれなかったものの、最早「単なる高性能なデバイス」と言われても仕方のない程に性能を損ねているのも事実。だがそれでも、今の私は過去何れの時代よりも満ち足りていた。

 唯一の力は無くとも、無二の友は傍らにいる。何もかもが不明瞭で不確定で、だからこそ世界はこんなにも希望(かのうせい)に溢れている――何より、私には名前がある。遠い昔、唯一度だけ電子の世界で相見えたあの日。どこか困ったような微笑みを浮かべながら、優しく頭を撫でてくれた温もりと共に“お母様”から貰った宝物……私だけの名前があるのだ。

 

 

 祝福(かぜ)は空に、流星(ほし)は天に、輝ける虹はこの掌に。

 さぁ、私も一歩目を踏み出そう。彼女達から授かり、この胸に灯った不屈の輝き(こころ)を抱いて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Last route was unlocked

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ふと、娘達の下へと向かっていた足が止まった。

 

 手を引いていた(ディアーチェ)が不思議そうにこちらを向いたが、先に行きなさい と促すや否や弾かれたように駆け出すその光景(すがた)は満ち足りた今ひと時の象徴であり、ささやかながらも掛け替えのない幸福そのもの。その輪の中に在れる事に一縷さえ不満がある筈も無い。

 それでも私が振り返った理由は……一体何故だったのだろうか。

 友人達に比べ特段勘が冴えているといった事もなく、単なる気まぐれと言ってしまえばその通りであるのかもしれない。けれども、大層な事を言うつもりは無いが、人生の分かれ道とは何もその全てが劇的な訳でもなく、こうした何気ない事から始まるものだってあるのだろう――例えば、かつて独りぼっちであった自分が運命と出会ったあの夜のように。

 

 果たして、そこにあったのはやや大き目の、屈めば大人一人くらいは入れてしまえそうな段ボール箱が一つ。つい先程までそんな物など無かった筈であるが、ともあれそれ単体であれば次元世界であっても珍しくない、極一般的な既製品でしかない。

 だが、専ら通信販売でよく使われるそれが一人暮らしであった頃でも想起させたのか、はたまた場所が、時間が、状況が、あまりにも“あの日”に似通っていた為か。熱に浮かされるような感覚と共に記憶の底から湧き上がってきたのは、一抹の懐かしさであった。

 

 

『――待たせたな と言うのは流石に冗談が過ぎるかな』

 

 

 ▽

 

 

『懐かしいな。あの日もこんな場所で、こんな朝焼けだった』

 

 あの日、夜天の書の暴走体との戦いの直後に意識を失った自分が目を覚ましたのはすっかり見慣れてしまったベッドの上であり、ほぼ全てが終わった後であった。

 暴走体消滅の後に“本性”を現した全ての元凶……闇の書改め夜天の書はしかし、傲慢としか言えない気紛れを以てその身を自ら管理局へ委ね、形ばかりではあるものの即時拘束。残る影響や「不測の事態」を恐れた守護騎士四名は完全終息まで との条件で自ら身柄を拘留する事を申し出て精密検査行き。

 幸いにして海鳴の町は結界によりその展開前に生じた一部を除いて大きな被害も無く、未だ予断を許さないものの事態はほぼ終息へ向かいつつある――それが、当時現場の指揮を執っていた管理局員から伝えられた顛末であり、後に「夜天の書事件」と呼ばれる事となる騒動の真相。

 

 認められなかった。認める訳にはいかなかった。だって、もしその通りであるのならば、あの時彼女達と交わした言葉が偽りというのなら、この世界の一体何が本物(しんじつ)だというのか。

 何度も何度も反芻を重ね、親友達が見舞ってくれた間さえ渦巻き続けていたその思いはあの夜遂に弾け、冬の只中に病み上がりの身一つを飛び出させるにまで至った。今思い返しても無鉄砲としか言いようのない行いだが、それでも動かずにはいられなかったのだ。

 

 あてなどある筈も無い。その時にはまだかろうじて魔力資質と呼ばれるものも残されてはいたのだが、資質はあくまでも資質、魔力の反応を探るといった技術まで容易に扱えるという保証ものではないのだ。だがそれでも、辿る軌跡に不思議と迷いはなく、迸る熱情は滞りなく車輪を動かす力となって前へ前へと進み続けた。

 そうして辿り着いたのがあの公園であり、果たしてそこに彼女は立っていた。嘲り、見下し、蔑む機能(もの)より他具えていないという無表情のまま、此方を見つめていた。無理に無理を重ね限界を迎えた車椅子から放り出され、顔を強かに打ち付け、それでも構わず腕だけを頼りに這いずってゆく間にも、微動だにする事なかった。

 

 まさか本当に と思わなかったといえば嘘になる。今まで受けたどんなリハビリより長く辛く感じられたその十数メートルの中で、挫けそうになった数など両手足でも足りはしない。

 それでも、前を目指す腕は決して止まる事はなく――やがてその距離がゼロとなった時、見上げた彼女の顔を正面から見据えた時、それらの思いは全て一色で塗り替えられる事となった。クリスマスの夜から……否、それよりずっと前から続いていた孤独な闘いの全てが理解できたのだ。彼女が一体何をしようとしているのか、何が“真実”であるのか。

 

 

『あの時の貴女の聞き分けの無さといったら……本当に、本当に困ったものだったよ』

 

 彼女の選んだ道以外に手立てが無かったのは、当時の幼い自分でも容易に解る事であった。

 事態を収める為には何処かで誰かが「悪」にならなければならず、「皆が仲良く大団円」などという微温湯の結末が許される余地など最早残されてはいない。それ程までに闇の……夜天の書という存在が人々の間へ刻み込んだ怨恨(つめあと)は深く、また「悪」(それ)ができるのは彼女をおいて他にはいない。この機を逃せば、自分達家族が人の輪の中で生きる術は永遠に失われるにも等しい。

 何より、彼女もまた既に限界であった。さも「未だ脅威は健在」とでも言わんばかりに振舞ってはいたものの、自分には一目見て解った、解ってしまった。此処に在るのは辛うじて繋ぎ止められているだけの継接ぎの断片。未だ生まれたばかりのそよ風はしかし、名も知られぬ事なく消えゆく運命(さだめ)にあるのだと。

 

 過去は捨てられない 確かにそうだ。自分だってそんな事は分かっているし、彼女もまた十分理解している。だがそれでも、あの夜私の下へ掛け替えのない贈り物を届けてくれたのは、独りきりであった運命を変えてくれたのは彼女であり、彼女こそ自分にとってのヒーロー。それが何故絶対的な悪などと糾弾されなければならないのか。そんな彼女を救えずして、一体何が魔法か。そう叫ばずにはいられなかった。

 

 

『でも嬉しかった。こんな私の為に泣いてくれるという事が、本当に嬉しかった』

 

 それでも彼女は、そんな残酷過ぎる事実から目を逸らさず、真っすぐ向き合い語りかけてくれた。約束してほしい これから先降りかかる呪詛から目を背けず、決して優しいだけじゃない世界の中で誰かを愛し、誰かから愛される人で在り続けてほしい と。悲しみも喜びも全て抱いた上で尚、人としてある貴女の幸せこそが自分に唯一つ残された願い(しあわせ)である と。

 

 壊し奪うだけの心無き兵器ではない。この世の悪意を押し固めた砕けえぬ闇などではない。数多の偶然が重なった果てに道を誤り、流れに抗いきれず過ちを重ね、百億年の孤独に囚われてしまっただけの()()()()()()()()彼女達はしかし、その心にある優しさを最後まで無くす事は無かった。

 

 

『何より、貴女は約束を守ってくれた。

 貴女は今でも人であり、そして夜天の王で在り続けてくれている

 ……嗚呼、こんなにも幸せな事はない』

 

 だから私も誓った。貴女がくれた未来……その思惑通り夜天の書を絶対的なる悪と謳う世界から決して逃げず、明日という日を曇らせず――でも、貴女を決して忘れない(あきらめない)。例え世界で唯一人だけであっても夜天の王で在り続ける と。――だから応えろ、私の呼び声には必ず応えろ と。

 砂と血と、涙と鼻水とに濡れ、決して見栄えはしなかったであろう王として最初で最後の命令。それでも彼女は、確かに頷き返してくれた。

 

 

 

 

『――でも、今はここまで。

 断片が揃っただけでパズルは完成じゃない。最後の一手は自ら終えなければならない。

 だから――――』

 

 瞬間、少し強い海風が浜辺を撫でた。思わず瞑ってしまった目を開けた後に残っていたのは、ひっくり返った空の箱と辺りを包む静けさだけ。波の音も風の音も、家族の声され遠くに感じられ、浮かされていた熱も引き波のように冷めてゆく。

 

 涙は出なかった。目頭がほんのり温かくなりはしたが、そこから零れ落ちるものはもう残っていなかった。

 けれどもそれは一つの証。良い時もそうでない時も、病める時も健やかなる時も、自分は人としてあるがままに泣き、笑い。誰かの為に、明日の為に涙を流してきた。土に水を撒くように、育ちゆく種を慈しむように、湧き上がる感情を惜しみなく注ぎ続けてきたのだ。

 

 今の自分はごく当たり前に齢を重ね、この身に授かった想いを、溢れんばかりのそれを同じくらい他者へ託し、やがては役目を終え去り行く身。

 花は枯れて種を残し、次代を育む土へと還る。それこそが彼女の守り抜いた世界のあるべき姿。夜天(よぞら)の星が願いし明けの輝き。自分はその中で生きるという約束を果たし、だからこそこうして今ここにある。なればこそ、走り切ったその道程を誇りこそすれ、嘆く必要などどこにも無い。例え一時の陽炎であったとしても、この老体には十分過ぎる贈り物であったのだから。

 

 

 

 ああ、それでも。もし叶うのならば。今一度、我儘で欲張りで聞き分けの無い少女(こども)であれるのならば、私は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――だから、名前を呼んではくれないか。

 私の世界が始まったあの日、貴女がくれた永遠の宝物――私達(ふたり)だけの魔法の言葉を、

 今一度唱えてはくれないか」

 

 

 全ての時が止まり、やがて再び動き始める。出し尽くし枯れたと思っていた心の泉から、まるで生まれたばかりのように熱を秘めた感情(おもい)が堰を切って溢れ出す。後ろから目を覆う掌の温もりが、耳元でそよぐ言の葉の柔らかさが錯覚である筈も無し。その澄んだ(こえ)は、何一つ色褪せていない。

 

 

 ああ、そうだ。決して届かぬ影ではない。儚く消える刹那の幻ではない。夢とは希望(ねがい)であり可能性(ともしび)であり――何時の日にか必ず訪れる未来(いま)。私は、私達は止まる事なく歩き続け、漸くそこへ辿り着いたのだ。なら、私の答えなど初めから決まっている。

 

 

 そっと手を取り、振り返る。そこに或るのは紛れもない我が唯一の望み。それが、あの日のように笑いかけてくれている。

 

 

「ただいま、はやて」

「おかえりなさい、リインフォース」

 

 

 


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