~ほむら視点~
私はまどかたちとの待ち合わせの場所に一人で立っていた。
現在の時刻は午前六時半。登校時間にはまだ早い時間帯と言えた。余程の理由がない生徒はまだ眠っていてもおかしくはない。
こんな時間に私が一人で待っている理由は、昨日ほとんど寝付けなかったせいだ。結局、あれから政夫に電話をする事もなく過ごしてしまった。
何度も電話をしようと携帯を開くが、電話を掛けた後になんて彼に言葉をかければいいのか分からず断念した。
政夫の家に迎えにいこうかとも思ったけれど、二人だけで顔を見合わせるとうまく話せる気がしなかった。
私は自分がした行いが誤っているとは思わない。呉キリカはどう考えても殺した方がいい。私の行動は間違っていない。
政夫は優しいけれど、甘い。世の中には死んだ方がいい人間が居る事を理解していないのだ。
美国織莉子や、呉キリカのような人間は死んだ方がいいに決まっている。
あんな奴らに優しさなど向けるべきじゃない。あいつらに向けるのなら、もっと私に……。
そこまで考えて、自分の呉キリカへの感情に多少なりとも嫉妬が含まれている事に気が付き、
私はここまで嫉妬深い女だったのかしら。今まで異性に好意なんて向ける余裕なんてなかったから、どうにも勝手が分からない。
「おはようございます、ほむらさん。今日は随分とお早いんですわね」
一人で悶々と考え事をしていると、挨拶をしながらこちらへと近づいて来る。
顔から表情を消して、彼女に挨拶を返した。
「おはよう、志筑さん。貴女もいつもどおり早起きね」
「時間にだらしない人間にはなるなと、
事もなさげにそう微笑みながら言う志筑仁美からは育ちの良さを感じざるを得なかった。
「今日は政夫さんと一緒ではないんですの?」
今ちょうど考えていた彼の事を指摘され、言葉に詰まりながらも答えた。
「……ええ。そうよ」
「どうなさいました。喧嘩でもされたのですか?」
喧嘩……。確かにあれは喧嘩の内に入るのだろう。
けれど、それを志筑仁美に言う必要はない。詳しい内容を聞かれても彼女に教える訳にはいかないからだ。
「……別にそういう訳じゃないわ」
私の答えに納得がいかなかったらしく、じっと私の顔を至近距離で見つめてくる。親しくなって、そう長くもないのにぐいぐい来るところはさやか以上かもしれない。
「嘘、ですわね」
断定するような物言いと力強い目力に負けて、観念したようにため息を吐く。
「どうして分かるの?」
「女の感ですわ!」
志筑仁美は自信満々で腰に手を当て、得意げな表情をする。
これでも本心を隠す事においては自信があったのだけれど……。そういえば、以前政夫にも「君は自分が思っているほどポーカーフェイス上手くないよ」と言われた気がする。
「ほむらさんは政夫さんの事をお慕いしているのでしょう?」
「なっ……」
あまりにも直球すぎる志筑仁美の言葉に言葉を失う。忘れていたこの女は、他の時間軸では真正面からさやかと上条恭介を取り合った人間だった。
お嬢様然とした見た目との違い、これ以上にないほど直情的な少女だという事を今更ながら思い出す。
私が取り繕う時間さえ渡さず、畳み掛けるように志筑仁美は言う。
「よく見ていれば分かりますわ。この前屋上で皆でお昼を食べた時も政夫さんが杏子さんの事を名前で呼んだ事を露骨に不機嫌になっていましたし、やたら政夫さんの好みの異性のタイプを詳しく知ってましたし、何より目線がいつも……」
「そ、それ以上は言わなくていいわ」
羞恥心に頭を焼かれながらも、彼女を何とか止める。
顔が熱い。きっと今の私の頬はリンゴのように赤くなっているだろう。
自分を落ち着けるために一呼吸置くと、志筑仁美をしっかりと見据える。そこまで分かっている相手にもう隠す事もない。
「ええ。そうよ。貴女の言うとおり私は彼に……好意を抱いているわ」
「やっと素直になりましたね。でも、ほむらさんはそれなりに政夫さんと親しいのですから、恥ずかしがらずにその想いを伝えればいいのではないでしょうか?」
「無理ね。政夫は私にそういう感情は少しも抱いていないわ」
私と上条恭介が恋人同士になったら祝うと笑顔で言っていた政夫が、私に特別な感情を抱いてくれているとは思えない。
それにも関わらず、あの男はこちらがどきりとするような事を平然としてくる。勘違いしてしまうほどに優しい言葉をかけて微笑むのだ、政夫は。
「それは違うと思いますわ」
志筑仁美は私の言葉を否定するように表情を引き締めて、静かにだが力強く断言した。
「先ほどほむらさんは政夫さんと喧嘩したと
「ええ」
「政夫さんはいつも私たちやクラスの男子の皆さんにも愛想のいい笑顔で受け答えをしています。……悪く言えば人の顔色をいつもうかがっていますわ」
その言い方に僅かに私は不快感を感じ、
「私も昔はそうでしたからよく分かるんです。まどかさんとさやかさんに出会う前はずっとそうやって自分を押し殺して生きてきました。だから、私は彼女たちと会うまで喧嘩というものをした事がありませんでしたわ」
そこまで言われて、ようやく彼女の言いたい事を理解した。
感情を抑えずに喧嘩ができる相手、つまり政夫にとって私は十分に特別だと彼女はそう言ってくれている。
「面と向かって喧嘩ができる相手って貴重ですよ。だって本音で語り合える間柄じゃないといけませんから」
すべてを語り終えたように志筑仁美はふっと表情を弛めて笑う。私はいつになく彼女を親しく感じられた。
他の時間軸でも、さやかを魔女に変える不安要因にしか思ってこなかったせいで志筑仁美に対して好意的な感情を抱けなかったが、それは私がちゃんと彼女と話しもしないで心の中で彼女を……志筑さんを悪者に仕立て上げて遠ざけていたのかもしれない。
「ありがとう、志筑さん」
「お気になさらず。少し出過ぎた真似をしましたわ」
本当にこの時間軸の皆は私に優しくてくれる。いや、きっと私が今まで無意識に避けていただけなのだろう。
人と関わる事を諦めて、勝手に絶望していた自分が酷く愚かに思えた。世界を悲観して誰にも頼らないと誓った私は世界が見えていないだけだった。
素直にこう思えるのも政夫のおかげなのだろう。
「そうです! ほむらさん。私、良い事思い付きましたわ」
「え?」
自分の中の想いに浸っていた私は志筑さんの声で意識を現実に戻される。
いつの間にか満面の笑みを浮かべる志筑さんが目の前に立っていた。
「ちょうど髪を留めるためにヘアゴムを持って来ているのでほむらさんの髪型を三つ編みにしましょう。きっと政夫さん、喜びますわ」
「み、三つ編み? 私が?」
妙な気迫に負けてじりじりと後ろへ下がるが、志筑さんはヘアゴムを取り出して指を怪しげに動かしながらゆっくりと私に近付いて来る。
「はい。あれだけ三つ編みが好みだと仰っていたんですもの。それを利用しない手はありませんわ! ああ、こんな事になるなら
何故かもうすでに三つ編みにする事は志筑さんの中で決定事項になっているようだった。
流石に今更髪型を戻す気にはなれないので、断ろうとするが妙に舞い上がっている今の志筑さんを止められる気がしない。
「さあ、ほむらさん後ろを向いてください!」
「……わ、わかったわ。だから落ち着いて、志筑さん」
私は観念して志筑さんに髪を
それに三つ編みの私を見た政夫の顔が気になったというのもある。……いや、むしろそっちの方が大きいかもしれない。
政夫はちゃんと気付いてくれるかしら……。
アニメではまったくなかったほむらと仁美の絡みを書いてみました。
私の小説では仁美の出番がほとんどなかったので救済措置として今回出したわけです。これで仁美ファンの方が喜んで下されば何よりです。
~次回予告~
信じていたものに裏切られた人間はどこへ行くのだろう。
「絶望」という言葉は「望みが絶たれる」と書くが、未来だけではなく、現在と過去さえも否定された少年は生きていく事ができるのだろうか。
「もう……何も信じない……」
次回、『砕かれた信念』 ご期待下さい!