転校生。それが今、僕を一番端的に表す言葉がそれだった。
出会う物や人が新鮮で柄にもなく、どきどきする。
この見滝原中学校がかなり特徴的なせいもあるだろう。
何せ『教室の壁が全てガラス張り』という頭のおかしい設計をしている。体育の時とかどうするのだろうか?本気で気になる。
「夕田君。暁美さん。それじゃあ、教室に向かいましょうか」
考えごとをしていたら、担任の眼鏡を掛けた先生に呼ばれた。
僕ともう一人の転校生が黙って、先生の後に続く。
そうそう、僕が一番不思議に思ったのが、このもう一人の転校生、暁美ほむらだ。
転校生が同じ日に入ってくる。これはまだいい。あり得ないことではない。
問題は、なぜ二人とも『同じクラス』なのかだ。
普通は二人転校生が入ってきたら、人数調整のためにクラスを分けるのではないだろうか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
重要なのは僕と同じ転校生の『暁美ほむら』という少女のことだ。
なかなか変わった名前をしているがそれはこの際おいて置こう。職員室で僕は彼女と出会った瞬間に、 身体中に電撃が走ったかのような感覚になった。
一言で表すなら、『彼女は天使だった』と言えばいいかもしれない。
三つ編みに
もはや、テロ。犯罪的可愛らしさ。必死に
職員室で暁美さんと少し話をしたが、見た目だけでなく中身も素晴らしい女の子だった。
自分も緊張しているだろうに、僕に気を使って「一緒に頑張りましょう」と笑いかけてくれた時は、感動で泣きそうになってしまった。
君はどこまで可愛くなればすむのかと問いたくなるぐらいの可愛さ。
もうね、彼女を形容できる言葉は『可愛い』以外にありえない。むしろ、『可愛い』という概念を具現化した存在と言っても過言じゃないね。
そうこうしている内に教室に着いた。
担任はちょっと待っててね、と言った後、教室に入っていった。
当然、僕と暁美さんは廊下に取り残される。
何と言うか……対応に困る。
こんなかわいい子が
思いがけず、僕は挙動不審に胸に手を当てながら、もがいてしまう。
そんな僕を気にしてか、暁美さんが僕におずおずと話しかけてきてくれた。
「えっと、夕田さんも、き、緊張しちゃいますよね。転校初日は……」
少々
あ~、もう、可愛いなぁ!畜生!
「そ、そうですね。第一印象は人間関係を築く上で重要ですから」
僕が緊張しているのは主にあなたと二人っきりでいるせいですけどね。
ああ、先生!早くしてくれ!こんな僕のストライクゾーンをピンポイントで狙ってくる女の子と長い間お喋りできる機能なんて、僕には付いてないんだから。
内心、早くしてくれと担任に念じるが、当人は透けた扉の向こう側では、目玉焼きの焼き加減について盛大に語っていた。おい、あんたマジふざけんなよ!
ようやく、先生の下らない愚痴のようなやり取りが終了した。
『いい年こいてるんだから、公私を混同してるんじゃねーよ!』と声高に叫んでやりたかったが、ここはぐっと言葉を飲み込むのが本当の意味での”大人”というもの。
先生の指示に従って、頭をぺこりと下げて教室に入る。
暁美さんは教室に入る前に、むんと口を引き締めて握りこぶしを作って意気込みをしていた。……どうして君はそこまで僕の好みのツボを的確に突いてくるかなー。もしかして、僕を
「ッ!……初めまして。
頭髪の色がヤバい人たちがわんさか居て、一瞬ギョッとしたがここで僕が自己紹介をしくじれば、連鎖的に暁美さんにまで迷惑をかけてしまう。
目から入ってくる視覚情報を気合で受け流し耐え切った。
特にヤバいのはピンクの髪のツインテールの子だ。
あれは何だ?ギャグか?この中学校では頭髪指導を行っていないのか?
絶え間ない疑問が僕に襲いくるが、次は暁美さんの自己紹介だ。そんな疑問は頭の片隅にでも放置しておこう。
先生に
「あ、あの…あ、暁美…ほ、ほむらです…その、ええと…どうか、よろしく、お願いします…」
畜生!可愛いなあ~、もう!守ってあげたくなる。いや、むしろ保護したくなるよ!
「暁美さんは心臓の病気でずっと入院していたの。久しぶりの学校だから、色々と戸惑うことも多いでしょう。みんな助けてあげてね」
先生は当たり前のことをクラスのみんなに言う。
そんなもの言うまでもないだろうに。こんな可愛い女の子を助けてあげない奴は、間違いなく鬼の血が流れてるよ。悪魔だよ、悪魔。滅される立場の存在と言ってもいいね。
「暁美さんって、前はどこの学校だったの?」
「部活とかやってた?運動系?文化系?」
「すんごい長い髪だよね。毎朝大変じゃない?」
やたら、クラスの女子が暁美さんの席の周りに集まって、彼女を質問攻めにしていた。
「あの、わ、私、その…」
当然、暁美さんはどう答えていいか分からず、おろおろとしている。
聖徳太子じゃないんだから、そんなにいっぺんに聞かれて答えられるわけないだろうが!少しは自重しようよ、クラスの女子!
天然記念物である暁美さんに対して、もっと
「夕田はどこの学校にいたんだ?」
「なんか部活には所属してたのか?」
「お前は髪染めたりしねーの?」
こちらも男子の連中から、質問を一気に投げかけられたので、それに対応する。
「神奈川の中学校だよ、って言っても親の都合でよく引越ししてたから、別に地元ってわけじゃないけどね」
「部活は入ってなかったかな。小学校の時に柔道習ってたけど、引越した時にぱったりと止めちゃったんだ」
「僕は親からもらったこの黒い髪が好きだから、染めたくはないかな。まあ、僕がそうってだけで、髪を染める人を侮辱してるということじゃないよ。誤解しないでね」
まったく一度に聞かずにこちらが答えてから、新しい質問を出してほしいところだ。
ふー。暁美さんの方はどうなっただろうか。クラスの人たちも少しは慣れない環境で戸惑ってる転校生に配慮してくれないものかな。
その時、ピンク色の髪の子がそっと暁美さんに近づいて行くのが見えた。
女の子にしては随分としっかりした歩き方。自分に自信のある人間しか
恐らく、あの子が女子グループのボスだ。つまり暁美さんはボスに目をつけられようとしている。
仕方ない。僕が間に割って入ろう。
男子のみんなに席を外すことを許してもらい、暁美さんの席へ向かう。
「あけ……」
「暁美さん。確か、そろそろ薬飲まなきゃいけない時間だよね?保健室の場所、さっき見て覚えたから一緒に行かない?」
女子のボス、名前が分からないから、ボスピンクと呼称しよう。そのボスピンクが暁美さんを毒牙に掛ける前に話しかけた。
「え?じゃ、じゃあお願いします」
暁美さんは、驚いていたが僕の呼びかけに答えて、こちらに来てくれた。パタパタという擬音が似合いそうな少しだけ慌てた足音だ。
「あ、ごめん。楽しげに話してたみたいなのに」
空気を乱してしまったことに、まるで今ちょうど気付いたように女子のみなさんに謝る。もちろん、嫌味に聞こえないよう、ごく自然なイントネーションで。
「私達こそ、ごめんね。気が付かなくて……」
バツの悪そうに謝る女子たちに、僕は安心した表情で笑いかける。
「良かったぁ。優しい人たちみたいで僕はクラスにすぐなじめそうだよ」
そう言って、僕は暁美さんを教室から連れ立って廊下へと出た。
転校初日なら上々の出来かな。
僕は自分の対応を頭の中で
「その…ありがとうございます」
僕は案内をするために暁美さんの前を歩き始めると、ぽつりと暁美がお礼を言った。
「いいよいいよ。気にしないで。クラスメイトなんだしさ」
まあ、下心がまったくなかったとは言いがたいところだから、本当にお礼を言われると少し後ろめたい気もしなくわない。
「さっきも自己紹介したけど、僕は夕田政夫。気軽に政夫と呼んでくれると嬉しいな」
「え?そんな……名前でなんて」
「あ、嫌だった?じゃあ……」
「いいえ!そうじゃなくて……なら、私もほむらって呼んでもらって……」
途中まで言いかけて暁美さんは口ごもった。
内心、こんな可愛い子と名前で呼び合えるなんて最高だと思ったが、それよりも暁美さんの様子が気にかかった。
ひょっとして、変わった名前だから気にしているのだろうか。
「もしかして自分の名前が嫌いなの?」
単刀直入に聞いてみる。何気なく遠回りに聞く方法もあったが、僕はあえて正面から尋ねた。
「あんまり好きじゃないです。すごく、変な名前だし……名前負け、してます」
ふーん。
「いいんじゃないかな、人がどう思おうが」
「えっ?」
「肝心なのは自分はどう思うか、だよ。僕が柔道を習っていた道場の師範代はね、いつもこう言っていたよ。『誇りを持て。誰かに誇る誇りじゃねぇ。自分自身に誇る誇りを持て』ってね。格好良いだろう?」
「誇り、ですか。でも私に誇れる部分なんて……」
何を言っているのだろう、この人は。
こんなにも人より
「あるだろう?」
「どこが、ですか?」
僕らは保健室の前まで着く。
そこで僕は暁美さんの方を振り返って言った。
「とびっきり可愛いところ」
「え……あ、ええっ!?」
「……じゃ、じゃあ、僕は教室に戻ってるから」
自分で言っておいて、非常に恥ずかしくなったので、教室の方へと戻る。
後ろで暁美さんが何か言ってたが振り返ることはできなかった。
いつから僕はあんなことを言えるような性格になったのだろう。ガラス張りの渡り廊下には、自分の赤くなった顔が映っていた。
これ眼鏡状態だったら、政夫べた惚れでしたね。というか軽く別人ですよ。
しかし、中学二年生だったら、むしろこっちが自然ですけど。