魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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番外編 とても苦いコーヒー

~ほむら視点~

 

 

政夫がさやかを追って、喫茶店から出て行ったのを見送った後、私は上条恭介の向かいの席に座り直した。

 

「えっと、さやかどうしたのかな?あんなに泣きそうな顔して……。暁美さんは何か知ってる?」

 

上条恭介は、心配している表情で私に聞いてくる。

いきなり飛び出して行った幼馴染を心配しているのは私でもわかる。

でも、間違いなくその原因の一つであるこの男が言うと何故か白々しく感じられてしまう。

本人に非がないのは百も承知。実際に上条恭介は、さやかに異性として好意を向けられていることに気が付いていない。

 

それでも納得がいかないのは、きっと私が女だからだろう。

言葉にしていなくても、想いは伝わってほしいと思ってしまうのが女という生き物だ。

 

「大丈夫よ。政夫が追いかけて行ったから」

 

私がそう言うと、上条恭介は少し驚いたような表情を浮かべた。

私、何か変な事を言ったかしら?

 

「……どうしたの?」

 

「いや、夕田君の事を信頼してるんだなと思って」

 

信頼。

確かに私は政夫を信頼しているのかもしれない。

彼ならどうにかしてくれる気がする。現に私にはできなかった巴マミの説得に政夫は成功している。

私が何度も失敗して結局できなかった事を政夫は一回で成功させた。

 

……本当に人の心に入り込むのがうまい男だ。

 

「そうね。私は政夫を信頼しているわ」

 

「…………」

 

その言葉に上条恭介は、押し黙った。

会話が途切れ、しばらく沈黙がこの場を支配した。

残念な事に私には、この沈黙を打ち破って会話を始めるほどのコミュニケーションスキルはない。

しかし、先に声を発したのは上条恭介だった。

 

「……あの、ひょっとして暁美さん。夕田君の事が好きだったりする?」

 

「…………………………………………な、え?えぇ!?」

 

私は上条恭介の言葉を理解するのにほんの少し時間を要した。私の口から出たとは思えないほどの間抜けな声を吐き出してしまった。

い、いきなり何を言い出すのだ、この男は。

顔が紅潮していくのがわかる。言葉では表現できない感情が私の身体の中を駆け巡っている。

 

「……言っている意味がよくわからないわ」

 

声が裏返らずにきちんと言えたのは自分でもすごいと思った。

意識を集中させ、赤面した顔を元に戻す。普通の人間なら意図的にやるのは無理なのだろうが、私は魔法少女だ。自分の身体なら魔力を通して大抵の事はどうにかできる。

 

「言っている意味って……そのままの意味だけど?」

 

「それは私が政夫の事を異性として好意を抱いているかどうか、という事!?」

 

「う、うん。そうだけど」

 

少し声を荒げてしまったせいで、上条恭介は引き気味になっていた。

それにしても、なんて事を聞くのだろう。

私の心の中の柔らかい部分に(えぐ)り込むような発言だ。

 

私が、ま、政夫の事が好きかどうかなんて……。

また顔に血液が上がってきそうになったが、それを何とか押さえる。

 

そもそも、私にとって『夕田政夫』という人間はなんなのだろう。今まで深く考えた事もなかった。

最初に会った時は、イレギュラーとして現れた嫌な男だと思った。

 

『さっきから、君は他人を突き放したような態度ばかりだ。そんなんじゃ君が言うところの『大切な友達』もできなければ、『貴い人生』も送れないよ』

 

私がまどかに忠告をしているのに、横から茶々を入れてきた。私が舌打ちまでしてしまったほどだった。

 

二回目に会った時は、私は彼に銃を向けていた。

 

『だって、運命的じゃない?同じクラスに同じ日に転校してくるなんてさ。普通ないよ。だからさ、暁美さん。君のこと、もっと教えてくれないかな。君と友達になりたいんだ』

 

今、思えば政夫はただ私を落ち着けるために言っただけの言葉だとわかるが、あの時の私は本当にその言葉が嬉しかった。

そういえば、初めて同級生の男子に手を握られたのはあの時だ。ループで心が磨耗(まもう)していた私にはあの温かい手が心地よかった。

 

そして、この時間軸で私に涙を流させたのも政夫だった。

 

『君にとって『鹿目まどか』はみんな同じに見えたのかい?』

 

あの一言は私にとって、今までやってきた事を全否定するようなものだった。

でも考えてみれば、政夫の言うとおりだった。

 

私に友達だと言ってくれた最初の『まどか』。私が一緒に戦おうと言った『まどか』。そして、その他大勢の『まどか』。

私は『まどか』達の笑顔を思い出す。

彼女達は、本当に寸分違わずみんな同じだったわけじゃなかった。私が勝手に同じだと思い込んでいただけだった。

自分の失敗をなかった事にしようとしていたのかもしれない。私には『次』があっても、彼女達には『次』なんてなかった。

私が何度世界を巻き戻そうと、『そこ』にいるのは『世界で一人だけ』の『まどか』だったのに。

 

 

『暁美さん。本当に『鹿目さん』を救いたい?何人もいる『鹿目まどか』の一人じゃなく、一人しかいない人間として』

 

その政夫の言葉に私は答えた。

この世界の『まどか』を守ると。もう二度と逃げないと決めた。

 

『だったらできる限り協力するよ。これから一緒に頑張ろう』

 

政夫はそう言って、私の手を優しく握り締めてくれた。その(ぬく)もりは私がずっと求めていたものだった。

 

 

ソウルジェムの秘密を、魅月ショウやまどかに実演する時、ソウルジェムを預ける事を渋った私は政夫に逆の立場なら、信用できるのかと聞いた。

政夫は平然と信用できると答えた。

 

『だって逆の立場ってことは、僕が君に命を預けるってことだろう?それなら信用できる。君は理由もなく僕の命を奪うようなことは絶対にしない』

 

誰にも信用されてこなかった私を当たり前のように信じてくれた。

今までそんな事を言ってくれた人なんかいなかった。

人に信用されるのがどれだけ嬉しい事なのか教えてくれた。

 

あの時に、私は――。

 

 

「私は……」

 

「言わなくてもいいよ」

 

「…え?」

 

戸惑う私に上条恭介は寂しそうに笑った。

 

「気付いてなかったかもしれないけど、暁美さん、今すごく幸せそうな顔してたよ」

 

幸せそうな顔?私が?

私は自分の顔に手を添える。特に変わりない。

いつも通りの顔をしていたつもりだったが、上条恭介にはそう見えたらしい。

 

「夕田君の事を考えてたんじゃないかな?」

 

その言葉は尋ねるようだったが、確信がこもっているように聞こえた。

私は何も言えずに黙り込む。

顔を紅くしないようにすることで精一杯だった。

 

「僕には多分、暁美さんをそんな顔にできないだろうね……」

 

彼の笑顔が私の心を痛める。きっと政夫に会う前の、ただひたすら『まどか』を助けようと世界を巻き戻し続けていた私だったら、気にも留めなかっただろう。

 

「最後に一つだけ聞かせてもらっていいかな?」

 

「……何かしら」

 

「もしも……もしも夕田君より先に僕が君に出会えていたら何か変わったかな?」

 

「何も……変わらなかったと思うわ」

 

ここで奇麗事を述べれば、私も上条恭介も傷つかずに済んだかもしれない。

でも、嘘は吐きたくなかった。そんないい加減な答えを私を好きになってくれた人に言いたくはなかった。

 

「そうか、僕じゃ駄目だったのか……。でも、今日のデートだけは最後まで付き合ってくれない?」

 

「ええ。最後まで付き合せてもらうわ」

 

私達は同じコーヒー注文して飲んだ。私の人生の中で一番苦いコーヒーだった。

上条恭介の方はどんな味だったのか、私にはわからない。

 

 




騙されないで、ほむほむ!
政夫、それほど君のことを信頼してないよ!

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