「ごめんごめん。随分と待たせちゃったね。埋め合わせはするから許してよ」
デートの待ち合わせの時間に遅刻して謝るような気安さで、彼は私の前と降り立った。
決して強面ではない、幼さの残る顔立ち。にも拘わらず、その表情だけは酷く老成して見えた。
大人びている、を通り越し、人生に疲れ切った老人がするような皮肉気なくたびれた笑顔。
「ひっ……」
私の身体にしがみ付くほむらちゃんは彼を見ただけで、短く小さな悲鳴を上げた。
引きつった顔で、左右に首を振り続ける様は、私が知る中でもっとも怯えた仕草だった。
私と最初に出会ったほむらちゃんでさえ、ここまで自分を取り繕えずに恐怖する事はなかった。
「ああ、お前が残っていたね、黒髪。どうする? 大好きなピンクを守るために再度、僕に挑んで来る? 勇ましく、格好付けて有終の美を飾りたい?」
距離が一メートルを切ったところで、ほむらちゃんに今気づいたとばかりに顔を覗き込む。
彼女の枯れた喉から悲痛な叫びが迸った。
「来ないで……! もう、許して! まどかにも酷い事をしないでよぉ……」
泣いていた。
気丈な彼女が、涙を溢して懇願していた。
堪らなくって、私はゴンべえ君の前に手のひらを突き出す。
「ほむらちゃんじゃなくて、私が目的なんでしょ。だったら、ほむらちゃんを虐めないで」
「まどか……」
ぼんやりした焦点の合っていない視線を私に向けたほむらちゃんは、私の名前を小さく呼んだ。
「……そうだね。僕だって弱い者虐めがしたい訳じゃない。ただ、お前らに理解してほしいだけだよ。自分たちの愚かさをね」
そう言って彼は、ほむらちゃんをぐいっと足で
「う……」
お腹を押されて転がる彼女には抗う余力もない。波打ち際に打ち上げられた流木のように転がってから、やがて緩やかに動きを止めた。
人をモノのように扱う彼の態度に私は怒りが込み上げてくるのを感じた。
「止めて! 私の友達を……そんなモノみたいに扱わないで!」
「はあ。それを
こめかみを押さえて、ゴンべえ君は不愉快げに私を見つめた。
綺麗に掃除した部屋で酷く汚れた染みを見つけような、生理的嫌悪の含まれた苛立ち。
彼の口にした言葉の意味が、表情から滲む嫌悪を向けられる理由が私には何一つ思い当たらなかった。
「何を、言ってるの……?」
「その台詞をそっくり返してあげたいね。ねえ、お前はこいつが何でこんな大規模な『偽の見滝原市』なんてものを作り上げたか疑問に思わなかった? なぜ鹿目の家族やお前ら魔法少女に縁のある人間が取り込まれていたか考えたことはない?」
偽の見滝原市……ママたちや仁美ちゃんが連れて来られた理由……。
「それは……ほむらちゃんが無意識で、自分の記憶を元に結界を作った結果じゃ……」
「ほら、これだ。お前は他人の気持ちをまるで
私の答えにつまらなそうに首を振ってから、地面に横たわるほむらちゃんにそう声を掛けた。
彼にしては珍しく、同情するような台詞だった。
ほむらちゃんはその言葉に思うところがあるのか、目を逸らし、汚れた地べたに視線を這わせた。
そんな彼女を見ながらゴンべえ君は口を開く。
「この黒髪は、お前にただの一人の魔法少女として、この偽物の街で穏やかに過ごしてほしかったんだよ。だから、労力を割いてまで規模と形を整え、配役まで招き入れた。ナイトメアなんて都合の良い敵役まで作り出したのは、差し詰め魔法少女としての活動以外、お前たちと接点を作る方法が見つからなかったってところかな?」
合っているか確認を兼ねて、ゴンべえ君はほむらちゃんへ視線を流した。
彼女は何も答えなかったけれど、その沈黙こそが何よりの肯定の証だった。
「ほむらちゃん……私は」
そんな事を考えたこともなかった。
そこにほむらちゃんの本心があったなんて思ってもみなかった。
「まあ、こいつもこいつで自分自身の願望と向き合えなかった結果でもあるから一概にこの結界内がこいつの心情を完璧に表しているとも言い難い。でも、傍にいた癖に何一つ考えて来なかったお前は言い訳が利かないけどね」
大股で歩きながら、ゴンべえ君は私の胸倉を片手で掴み上げて、冷めた瞳で
首元が締め付けられ、息が詰まりそうになる。こんな苦しみはいつ以来だろう。
「お前はもはや他人をモノ扱いしている……コミュニケーションに必要な共感と理解を行なおうともしない。それでちゃんと相手のことを思いやっているつもりでいるから始末が悪い。神様って奴は本当に人のことを何とも思ってないんだねぇ?」
「……ちが、う。私は……」
私はあなたを想っていた。解ろうともしていた。
悲しむ顔が見たくなくて。
喜ぶ顔が見たくて。
自分に何ができるのか、何をしてあげればいいのか考えていた。
「私は、あなたの事をずっと……」
「そう。それはありがとう。でも、不思議だね? そんなに僕のことを考えてくれたのに、お前の口から『記憶喪失で孤独になった僕』の心情を配慮した言葉は一度だって出なかった」
……言葉が出なかった。胸倉を掴まれて吊し上げられているからじゃない。
自分の想定すらしていなかった心の死角を直接殴られたように、私は呆然としてしまった。
ガラスでできた作り物のような彼の瞳は、もう軽蔑も浮かんでは来ない。淡々とした抑揚の声とともに事務的に私を捉えているだけのように見えた。
「お前が本当に僕のことを考えていたなら、慰めや応援の台詞が一度も出ないなんて訳ない。どんな感情を懐いているのか気にならないはずがないからね。少なくとも『僕の好きな人』なら、僕の家族や親類を探すために奔走してくれただろう。——お前は結局、誰の心も知ろうとはしなかった」
……その通りだ。反論できない。
私は、何も聞かなかった。尋ねようとする事さえ思いつかなかった。
一人で勝手に考えて、一人で勝手に納得していた。
ほむらちゃんの事もそう。彼女の心を解ろうともしていなかった。
「あぐッ……」
罪悪感と後悔に沈む思考を断ち切ったのは握り締められたゴンべえ君の拳だった。
胸倉を掴んだまま、彼は私の腹部を殴りつける。
痛みで呼吸が止まる。嫌な汗が全身から噴き出す。
その奥で私の意識はどこか他人事のように判断を下す。……これは加減された打撃だ。相手は自分を弄っているのだ、と。
「黒髪のことだけじゃない。何より、お前によって永遠にモノにされた哀れな奴らが居ただろう? アレらについては何か思うところはないのか? それともそんな考えさえ頭に過らなかった?」
「モノにされた……?」
「青髪と白髪のことだよ。僕はアレらを観察し、いくらか言葉を交えた。分かったのは、円環の理の一部された奴らにも人間としての価値観や感性が残っていたこと。お前よりはよほど人間らしかったよ?」
さやかちゃんと、なぎさちゃん……。そうだ、私はあの子たちが居た。
私が導いた魔法少女。私と共に戦ってくれた人たち。
彼女たちのことを一瞬でも忘れていた自分が酷く恥知らずな存在に思えた。
「アレらには永遠は無理だ。中身が人とさして変わっていないのなら永い時を重ねる内に壊れる。確実に破綻する。……そうなった時にお前はアレらに何をしてやれる? 永遠に消えることすら叶わない
私を無表情で見つめる彼の瞳が僅かに悲しみと怒りの光が瞬いた気がした。
ほんの一瞬だけの時間。けれど確かに私は見た。まるでそれは彼女たちの身を心から案じているような、悲しい眼差し。
彼は目を瞑り、その面もちを仮面のように剥ぎ取って、笑みの形を作り上げる。
何度も見せられた嘲笑と侮蔑に満ちた表情。濁った満月の瞳孔。
「ああ。そういえば、お前は何でこんなことをするのか僕に聞いてたね? 教えてあげるよ。それはね、——お前の存在が害悪だからだ」
彼の悪意が私の中に接続されたかのように、言葉の暴力が雪崩れ込む。
聞きたくないのに、耳を閉ざす事はできない。蛇に絡み取られた獲物みたいに身動きができない。
――お前は自分の行動がどういった結果を招くのか何も考えていない。お前は自分の触れていいものとそうではないものの違いが分からない。自分の事を制御することもできない。
詰られる度に、心のどこかが頷いてしまう。納得してしまう。
――それなのに、理不尽なまでに強大な力を持ち過ぎた。
否定される。否定される。否定される。
私の中身をとろかすように彼は熱された鉛のような文言を流し込んでくる。
――お前は危険だ。いつ暴発してもおかしくない危険物。魔法少女を永遠の檻に閉じ込める牢獄。女神のつもりの魔女。
――希望の魔女。それがお前だ。
「私は………私は魔女じゃ、ない。願いから産まれるのが魔法少女……魔女は呪いから産まれる。だから私は……」
――まだそんなことを言っているの? なら、聞くけど願いと呪いの違いって何? 両者を隔てる境目はどこにある?
「正しい想いを叶えようとするのが願い、間違った想いを叶えようとするのが呪い……」
――それは誰が判断する?
「え…?」
――その正しさは一体どこのどいつが判断するの?
「それは……」
――じゃあ、想像してみてよ。一人の少女が願う姿を。
暗闇を一点に集めて創ったような黒い瞳に吸い込まれるかのように、私の思考は彼の声に従って、脳裏に一人の少女の像を浮かばせた。
彼女は両手を組んで目を瞑り、願いを込めて祈っている。
――その少女はお父さんやあるいはお母さんを幼い頃に亡くしています。そして最近、仲良しの友人を事故で亡くしました。大切な人が死んでいく世界を嘆き、悲しみ、彼女は願います。『この世界でもう誰も死にませんように』。果たして、これは願い? それとも呪い?
想像した少女は人の死が世界から無くなる事を願って、天を仰いだ。
そんなの決まってる。それは正しい想いだ。清らかで優しい、願い。
大切な人の死を消そうとする彼女の願いは純粋なのだから。
「『願い』。『願い』だよ……それが呪いであるはずない」
呆れたように彼は鼻で笑った。
――そうか。ではその『願い』が叶ったとしよう。するとどうなると思う?
「……どうって世界から死ぬ人が居なくなって幸せに……」
――まず起きるのが食料問題。貧しい者が飢えることになる。死ぬこともなく、飢餓に苛まれるだろう。
「そんな……」
――それだけじゃない。医療関係者は職を失うし、増え続けるだけの人類が満足に住居を得ることも難しいだろう。さらに考え続ければもっと多くの悲劇を容易に想像できる。
――そうして、悲劇に見舞われた人々は少女の願いをどう思うだろうか?
「……それは……」
祈る少女の像の傍で飢えてやせ細り蹲る子供たちの像が、白衣を着て頭を抱える男や膝を着く看護師の像が生まれた。
祈りを捧げる少女は目を瞑り、周りを見ない。自分の願いが正しいものだと確信しているから、その想いで苦しむ人の声が聞こえない。その願いが起こした悲劇に気付かない。
少女の像は祈り続ける。
その結果、世界が幸せになると疑う事もなく……。
―—では、次の例を挙げようか。また想像して、一人の少女が願う姿を。
また私の頭の中で、少女の像が浮かび上がる。
――その少女は通う学校で酷い虐めを受けています。彼女を虐めているグループのリーダーは意地の悪い女の子。その子が命令を下し、周りの女の子は少女を毎日虐めます。少女は憎み、願います。『あの子が苦しみながら死んで居なくなりますように』。果たして、これは願い? それとも呪い?
「それは……『呪い』、だよ」
誰を傷付ける事を、害する事を祈るなら、それは呪いだ。
どんなに辛くても、どんなに苦しくてもやってはいけない事がある。
人の死を望む行為は呪いだ。正しいはずがない。
退屈そうに彼は頷いた。
――そうか。ではその『呪い』が叶ったとしよう。するとどうなると思う?
「……虐めていた子のママたちや友達が悲しむと思う」
――うん、そうだね。どんな人間も大切に思ってくれているだろう。でも、呪った少女は虐めの苦しみから逃れる。少女を惰性で虐めても前ほどの目的意識はもう持てないだろう。ひょっとすると虐めをしていたのはリーダーの女の子の一存で、本当は取り巻きは虐めなんて望んでなかったのかもしれない。何より、呪った少女の復讐心は満たされる。虐げられた少女の心は救われる。
少女の像の傍に倒れた虐めっ子の像が生まれた。その周りで彼女を大切に思う人たちが顔を押さえて涙を流す像がある。けれど、呪った少女の像は嬉しそうに両手を広げている。
それは自分の願望が叶った喜びを表しているようだった。
「……あなたは逆だって言うの? 人の死を無くそうとした少女の想いが『呪い』で、人の死を望んだ少女の想いが『願い』だって、そう言いたいの!?」
思わず荒げた声を彼はそよ風のように受け流した。
――いいや? 死が消えたことで喜ぶ人も居ただろう。虐めっ子が死んだことで悲しむ人も居ただろう。その人たちに置いてはお前の言う通り、正しい『願い』で、間違った『呪い』だっただろうよ。
「じゃあ、あなたは何を言おうとしているの?」
――ここまで言ってもまだ分からない? 『願い』も『呪い』も同じものなんだよ。どちらも個人の
――いいかい? 結局のところ、誰も傷付けない『願い』なんてないし、誰も救わない『呪い』なんてない。
――なぜならそれは同じものを違うか角度で眺めただけに過ぎないのだから。
滑らかな口調と落ち着いた声音は私の内側へと流れ込み、柔らかな部分を引き裂き、固い部分を粉々にしていく。
自分の中に確かにあった価値観に亀裂が入り、この壊れゆく結界内の見滝原市のように削げ落ちる。
誰も傷付けない願いも、誰も救わない呪いもない。それらは同じもの……。
考えたこともなかった。
……なら。
それなら、私の願いは……?
「すべての魔女を生まれる前に消し去りたいという私の願いは……呪いでもあるの?」
――当然だろう? その結果、お前は永久に死ぬ事もできない概念に成り下がった。共に苦しむ奴隷を捕まえながら、ね。
――地獄を消したつもりで別の地獄を作っただけ。終わりがあるだけ前の方がマシかもしれないね。
――恐ろしいのは自覚がないこと。だから再現なく苦しみの輪を広げる。死ぬこともできずに円環の理として在り続けるのは辛かったんじゃないの? それを他人にも強要している……どう? そろそろ自分が救いようのない害悪だと理解できた?
強烈に湧き上がる自分への嫌悪。自分がしてきた行いへの後悔。
じゃあ、私のしてきた事は全部間違っていたの?
どうすればよかった? 私はただ助けたかっただけなのに……救いたかっただけなのに……。
それが誰かを苦しめる結果に繋がるなら、何の意味もない。
「私は……消えるべき、なの?」
「そうだよ。お前は消え去るべきだ。お前の願いは『すべての魔女を生まれる前に消し去りたい』なんだろう? それならお前という最後の魔女を消し去ることで叶う。よかったね、これでお前の願い事は完遂される」
そうか……そうなんだ。
これが私の願い。これが私の呪い。
だから、これが正しい事なんだ。きっとこれが報いなんだ。
不思議な事に少しだけ、心が楽になった。今まで抱えていた重い荷物を降ろしたような気分だ。
「じゃあ、あなたが代わりに魔法少女を救ってくれる? 絶望しかない皆を助けてくれる?」
心残りはそれだけ。私が消えた後に魔女になって苦しむ女の子が居なくなるのなら、私は消えたっていい。
彼が一言、引き受けたと言ってくれれば、私は喜んで彼の言う通りに消滅しよう。
だから、お願い。
私に返答をください。
彼は薄っすらを口の端を引き上げると、私を掴み上げていた手をゆっくりと降ろし、微笑んだ。
そして、一緒に暮らしていた時のように優しい声音で答えた。
「い や だ よ」
その声音とは裏腹に強烈な拒絶が含まれた言葉。
「どう、して?」
「忘れちゃった? 僕は魔法少女の敵なんだよ。お前らを救う訳ないだろうが。馬鹿か」
「だって、それは私を消すのが目的だからって……」
「いいや。お前を消すだけなら、それこそ出会った瞬間にできてる。でも、それだけじゃ
今までの彼の言葉や行動から感じていた悪意を殊更膨張させた、極大の悪意。
肌を焼くような感覚さえさせる熱意を携え、彼は語った。
――お前を心の底から絶望させたかった。
「でも、お前ら魔法少女は現実逃避が上手だからねぇ。特にその親玉ともなれば、完全に都合の良いようにしか世界を認識しない。それじゃあ、力で押し潰すだけでは絶望までは届かない。だから、丁寧に下地を作ったんだ。お前が自分を否定して、僕に神様としての矜持さえも差し出させて、それを目の前で踏み躙るために」
頬から涙が
心が痛い。胸が苦しい。
私の構成するすべてを今、ぐちゃぐちゃに踏み
吐き気がする。頭が割れそうなほど耳鳴りがする。
空気が吸えない。唾が出ない。瞳が滲む。
酸素を全て猛毒に置き換えられたような、地面を鉄板にすり返られたような、周りにあるすべてが私を苛む拷問器具なったかのような感覚。
……私は今、何をしてしまった。
願いを。
あれだけ大事にした願いを差し出して。
それを無下に捨て去られた。
「あ……ああ……」
「ちょっとは絶望してもらえたかな? 役目を投げ出した
彼のその呼び名で沸き立つ寸前だった感情が、沸点を越えて内側から競り上がる。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
誰かが叫び声を上げている。
うるさい。
凄くうるさい。
黙って。
お願いだから叫ぶのを止めて。
本当に黙ってよ。
お願いだから……。
お願い、だから。
もう黙って、私……。
無様な叫び声は止まない。喉が潰れそうなほど痛いのに。まだ響き続けている。
サイレンの音に響き渡るそれを止めたのは自分の意志ではなかった。
彼が私のお腹を蹴り上げた。
ぷつりと風船の紐が切れたように、留まっていた感情はふわりと離れていく。
「……もういいや。終わりにしようか」
白い見滝原市の男子制服が黒く変色し、典型的な手品師の衣装へと早変わりする。
振り上げられたその手には黒いステッキが握られていた。
あ――私、死ぬんだ……。
恐怖はなかった。驚くほど他人事のような感想しか思い浮かばない。
でも、もういい。私はもう投げ出しちゃったから……。
大人しく目を瞑る。
もう何も感じたくない。ああ、今、思い出した。
きっとこれが絶望するって事なんだ。
私は待つ。自分の終わりを。
私は待つ。下される痛みを。
けれど、どれだけ待っても私を襲う一撃は訪れなかった。
「……へえ。お前が立つのか」
感心したような、呆れたような彼の声が聞こえた。
薄っすらと瞼を開けると彼の後ろの、少し離れた場所で誰かが立っていた。
なんで。
なんであなたが立つの……?
私はもう諦めたのに。それなのに……。
「あたしの友達から、離れろ!」
くしゃくしゃになった青い髪が僅かに揺れた。
もうちょっと先まで進むつもりだったのですが、思ったより分量が出そうなのでここで切り上げて投稿しました。