魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第百二十話 私たちの希望

~キリカ視点~

 

 

「はてさて、どうしたものだろうね」

 

 持ち上げていた両腕をだらりと垂らし、厚い雲で覆われた空を仰ぐ。

 政夫の手前、かっこ付けたけど、身体の方は結構ガタが来ていた。

 手足が重い。血を流し過ぎたせいか気分も気怠(けだる)い。速度低下の魔法の連発で魔力もそんなに残っていない。相方は自己再生だけが取り柄の馬鹿さやか。

 なのに、口元に浮かぶのは笑みだった。

 政夫が、愛する人が自分に助けを求めてきた。そして、それに応えるための力が自分にはある。

 昔のおどおどしていた頃の私には到底不可能な事だった。

 何もできない。誰も信用できない。そんな自分が嫌だったから、私は魔法少女になったんだ。

 

「……不思議だよ。ふらふらなのに気分がいい」

 

「それはきっと呉さんが『恋する権利』を得たからですよ」

 

 得意げな顔で聞いてもいない事を答えたさやかが何かムカついたので、私は無言で鳩尾(みぞおち)に膝蹴りを入れた。

 うぐっと小さく悲鳴を上げて、身体をくの字型に折り曲げて悶えているさやか。とてもいい感じに打撃が入ったらしく、ぷるぷると震える足は生まれたての小鹿のようだった。

 

「何するんですか……」

 

「いや、訳知り顔が腹立たしかったのでつい」

 

 私は悪くない。悪いのはこいつ。うん、多分それで間違いない。

 

「で、何だって?」

 

「あれ、覚えてませんか。私と呉さんが前に戦った時に……」

 

「そんな下らない事、覚えてる訳ないだろう。私の記憶は政夫の事以外はすべて必要ないから」

 

 本当は覚えているけれど、それを正直に言うのは何となく(しゃく)だったので否定した。

 こっちの内心を知ってか知らずか、さやかは続ける。

 

「今の呉さんは政夫の事を考えて戦おうとしているじゃないですか。あいつの気持ちが自分に向いていないのも分かった上で」

 

 理解していたけれど、こうやって他人からその事実を聞かされると胸がじくりと痛んだ。

 知っている。政夫がまどかを選んだ事くらい、私にだって解っている。

 昔の私なら喚き散らしてでも認めなかっただろう事が、今の私にはどこかすんなりと受け入れられているのが不思議でしょうがない。

 

「……それが政夫にとって一番幸せな事だって思ったんですよね? 私も同じ気持ちです」

 

「訳知り顔で言ってくれるね。お喋りするほど余裕なのかい? ……子供(・・)じゃないんだ。無駄口ばっか叩かずに目の前の敵に集中しなよ」

 

 私の台詞にさやかは気付いた様子で僅かに驚いた後、少しだけ笑った。

 

「なんだ。やっぱり覚えてるんじゃないですか」

 

「うるさい、馬鹿」

 

 私はそれだけ言うと崩れたビルの群れを足場にして、正面に浮かぶドでかい魔女へと向かって跳ねた。

 さやかもまた同じように飛びあがってくるのが見なくても音と気配だけで分かる。

 瓦礫の破片を矢のように飛ばして来る魔女だが、私は速度低下の魔法を周囲に展開し、その瓦礫すら踏み台にして魔女の元まで進んでいく。

 疲労度はさっきよりも上なのに、魔法の効き目が前よりも遥かにいい。胸の内から力が湧き出してくるような錯覚を覚える。

 空を切り裂き、

 天露を吹き飛ばし、

 砕けた瓦礫の粉すら蹴散らして、私は飛ぶ。

 

「はああああああああああああああああああああああっ!」

 

 腕を振り上げて大きな歯車状の部分に袖口から飛び出した鉤爪を突き立てる。目一杯の速度低下の魔法を打ち込んだ。

 狙ったのは一番大きな歯車。

 激しく回っていた歯車が比べものにならないほど遅くなる。

 

「さやかあぁっ!」

 

「はい!」

 

 余計な言葉は要らない。

 私もこいつも頭で考えて戦うタイプの魔法少女じゃない。心の思うがままに身体を動かして戦う魔法少女だ。

 何より、きっと今の私ならこいつと同じ気持ちを共有しているから。

 だから。

 分かる。信じられる。

 目の端に映るさやかが空中で背中のマントを(なび)かせた。

 その内側から大量の剣を生み出して、歯車同士の隙間へと次々に投げ込んでいく。

 

「たあああああああああああ!」

 

 魔女の歪な笑い声すらも、どこか苦し気に聞こえるほどに、隙間と言う隙間に剣の刃で埋め尽くす。

 これで少しは動きを封じる事ができたはず。そう思ったその時、逆さまの魔女の顔から玉虫色の炎が噴き上がった。

 

「……あ」

 

 宙に浮かんだ状態のさやかは避ける事もできない。

 目を見開いたまま落下し、迫り来る炎を眺めているだけだ。

 本当に馬鹿だな。――私は。

 突き立てた鉤爪を即座に引き抜き、玉虫色の炎の中へとダイブした。

 速度低下の魔法を炎の中で使えば、さやか届くのを防げる。

 その代わりに私は魔女の炎で焼かれて死ぬだろう。

 馬鹿のために命を落とす。昔なら絶対に、それこそ死んでも選ばない選択肢。

 だっていうのに今は嫌じゃなかった。

 炎が私を焼き焦がす。そう思ったその前に私の身体は下から押し上げられたような感覚に襲われた。

 

「何が起きたのかって顔してるね。キリカ」

 

 声が聞こえた先に目を向ければそこに居たのはさっき政夫が乗っていた大きな……。

 

「しろまる!?」

 

「ニュゥべえだよ」

 

 名前は正直どうでもよかったのだけれど、今こいつは確か政夫を乗せて運んでる最中のはずだ。

 何でここに居るんだと聞く前にしろまるは言う。

 

「僕は意識は繋がっているけど、さっき政夫を乗せていたオリジナルとは別の個体……まあ、詳しい事は言っても理解できないだろうから端的に言うけど、今もちゃんと別の僕が政夫を乗せて飛んでるから安心して」

 

「そうなんだ……あ。そうだ、さやかは!?」

 

 炎に巻かれて落下したのかと下を見るが、そこにはさやかの姿は見えなかった。

 

「さやかは? さやかはどうなったっ!?」

 

 私を乗せて魔女から距離を取るように飛ぶ大きなしろまるに叫ぶ。

 事と次第によっては許さない。

 

「落ち着いてよ、キリカ。もっと周りを見てから言って欲しいね」

 

 怒りを露わに問い詰めると、しろまるは淡々とした様子で、右を向くように促してきた。

 それにつられて、そっちの方を向くとそこにはバツが悪そうに笑うさやかが私と同じようにしろまるに乗って浮いていた。

 

「あー……心配してもらってすみません。でも、なんとか助かりました。私の事、命懸けで助けてくれようとしてくれたんですよね?」

 

 さやかの顔を見て一瞬だけほっと安心した後、自分の狼狽振りを思い出し、強烈な恥ずかしさが込み上げて来る。

 こいつ、私が今心配していたのを見てたのか! この馬鹿が……この馬鹿を! 私が!

 色々と感情が噴き出しそうになるのをぐっと堪え、それを胸の中に収めた。

 ……私は子供じゃない。そんなに喚かないんだ、うん。

 

「……さやか」

 

「えー、はい」

 

「忘れろ」

 

「えっ?」

 

「いいから今の忘れろ! いいな!」

 

「……はい。でも、ほんとありがとうございます」

 

「ふん!」

 

 ムカつくのでそっぽを向いていると、下の方で使い魔の行列とその背に乗る魔法少女と男の姿が見えた。

 杏子とかいう魔法少女とたしか……ホストの--。

 

 

 

~魅月ショウ視点~

 

 

 お願いしますなんて頼まれちまったら、格好付けねぇといけないよな。

 年長者として、そこまで言わせたなら答えてやるのが男ってもんだ。さやかたちもいい感じにチャンスを作ってくれた。

 -―お次は俺らの番だ。

 

「行くぜ。使い魔ども! ぶちかましてやれ」

 

 ぞろぞろと列を成して行進する使い魔どもに俺は号令をかける。今までは囮と牽制をやっていたために思う存分暴れられなかったが、今は別だ。守りに入るのは俺の性に合わねぇ。

 俺の声に応じて軍勢は速度を上げて駆け出していく。

 ちょうど倒れて斜めに倒れたビルをスキー場のジャンプ台のようにして、使い魔どもは自分の生みの親へと突進を決める。

 軽そうなプードルはもちろん、鈍重そうな象の使い魔までが次々に華麗な放物線を描き、派手にタックルをかまいた。

 歯車の隙間にしこたま剣をぶっ刺したおかげでどうにも動きが鈍くなっているらしく、かわすどころかお得意のビル投げもできずに直撃を受け続けている。

 

「仕上げだ、杏子! 串刺しにしてやれ」

 

「言われなくともやってるよ!」

 

 怒涛の突進撃で浮いていた巨体のバランスが崩れたのを機に俺のすぐ前に居る杏子は両の手の指先を絡めるように合わせる。

 普段は粗暴な癖に教会のシスターのような清廉な仕草が妙に似合っていた。杏子は黙って目を瞑って祈るような動作を続ける。

 すると、それに呼応すようように突如ワルプルギスの夜の真下から巨大な赤い槍が三本ほど、生まれて、よろけていた奴の身体に突き刺さった。

 

「どんなもんだい、ショウ!」

 

 両目を見開いた杏子は振り返って、俺に自信満々で言ってくる。

 大した奴だ。俺なんぞよりもずっと活躍してやがる。

 それが嬉しくて、誇らしくて俺はついぽろりと言葉が出た。

 

「ああ。お前は本当に可愛くて、頼りになる妹だよ」

 

「はっ、あったりまえだろ? でも、流石に魔力を使い過ぎたみてーだ」

 

 立ち眩みでもしたかのようにふらっとよろめく。

 

「……おい。大丈夫かよ?」

 

 危うく、使い魔の上から転げ落ちそうになった杏子を抱き留めると、珍しく照れたようにはにかんだ。

 魔力を使い過ぎたって平気なのかと心配して顔を覗き込むと、人差し指で生意気にも俺の額を突く。

 

「心配すんな。アンタを残して魔女なんかにならねーよ。ま、後はマミたちに任せるさ」

 

 

~マミ視点~

 

 

 美樹さんや杏子さんたちはうまくやってくれた。後は私たちだけだ。

 私の最大火力でもワルプルギスの夜は倒せない。けれど、夕田君ならあの最大最悪の魔女を倒してくれる。

 そのために私は少しでも彼の秘策を行ないやすいように場を整えておくだけ。

 けれど、先ほど大半の魔力を籠めてティロ・フィナーレを撃ったせいか、もう魔力消費の大きな技を使う事はできない。

 希望が見えてきたからこそ、一抹の不安が私の胸に(よぎ)る。

 

「大丈夫よ、巴さん。まー君ならきっとやってくれるわ」

 

 隣に立つ美国さんは微笑を湛え、安心させるように私の肩に手を乗せた。こういう何気ない仕草は夕田君に似ている。

 いや、多分、彼が美国さんを参考にしたのだろう。

 

「随分、落ち着いているのね。ひょっとして……私たちがワルプルギスの夜を倒す未来が見えたの」

 

 期待を込めた視線で彼女を見ると、残念そうな顔で首を横に振った。

 

「いいえ。でも、勝算はあるわ」

 

「どうしてそう言い切れるの?」

 

 そう尋ねるといつになくお茶目な様子で、逆に問い返すように私に返した。

 

「まー君は今、私たちの、この街の魔法少女の希望になっているわ。魔法少女が『希望』を信じなくてどうするの? あの子に前に言ったらしいわね。魔法少女は希望を振り撒く存在だと」

 

 懐かしい。彼や鹿目さんたちと出会った時に私は彼にそんな風に魔法少女を説明をした。

 本当は怖くて怖くて、心の奥では震えていた癖に格好付けて、誤魔化していた。

 あの頃はそう思うしか、自分を奮い立たせる事ができなかった。

 でも、今は--。

 

「そうね。私たちは魔法少女なんだから希望を信じない理由はないわ」

 

 誤魔化しでも、欺瞞でもなく、胸を張って魔法少女を名乗れるのはあなたのおかげよ。夕田君。

 だからこそ、彼を信じてやれる事をやるだけ。

 魔力をどうにか練り合わせて、リボンを創り、それを砲台の形に形成していく。

 想いを籠めて、祈りを籠めて、希望を籠めて、魔法を編み込む。

 けれど、それでもまだ足りない。弾丸になる部分の魔力までは補填しきれない。

 

「くっ……魔力が足りない。グリーフシードももうないのに……」

 

「あと足りないのは弾だけなのでしょう? だったら」

 

 美国さんは片手を天にかざして、大きな水晶球を宙に創り上げる。

 

「これで、私も未来を予知する分の魔力も尽きたわ。でも、これなら代わりの弾丸にはなるでしょう」

 

 疲労の色を見せ、額の汗を拭って彼女はそう言った。

 自分の仕事だけに集中していたから気が回らなかったけど、未来を予知しながら戦況を全員に知らせていた彼女の負担は私以上のはずだ。

 常に最悪の未来を見ながら、それを回避する方法を進言してくれたから私たちは一人も欠ける事なく戦えていたのだ。

 そんな彼女へ労いの言葉が浮かぶ。でも、今は労いよりも力強く肯定する言葉の方が先。

 

「ええ。十分過ぎるくらいにね」

 

 彼女の魔法(いのり)と私の魔法(いのり)。その二つを合わせた今、最高の射撃の準備は整った。

 美国さんの水晶球が砲身へと吸い込まれ、ワルプルギスの夜へと向けられる。

 

「行くわよ、美国さん」

 

「ええ。いつでもいいわ」

 

 二つの祈りを織り込んだ砲台は希望を守るために、夜を穿つ一撃に変わる。

 

「ティロ……フィナーレ!」

 

 今度こそ、最後の射撃を撃ち鳴らす。

 絶望の最後を砕き、希望の始まりを告げる弾丸。

 砲弾から発射された白い水晶球は身動きも取れず、地面に縫い付けられたワルプルギスの夜へと激突する。

 魔力の奔流が着弾とともに舞台装置の魔女の表面を覆い尽し、歯車に差し込まれた大量の剣や真下から貫いている三本の巨大な槍の魔力と反応し、激しく爆発。

 真っ白い煙を上げた逆さまの巨体は地面へと叩き付けられた。

 間違いなく、戦いの中で最大のダメージを与えた手応えがあった。

 

「やっ……」

 

 万感の思いを籠めた一撃の凄さに歓喜の声を上げかけたその次の瞬間、煙の中から浮かび上がった巨体には、僅かに焼け焦げた跡が点々と見られるだけだった。

 あれだけやってもこの程度。

 絶望的なほどの頑強さ。

 でも、私には希望が残っている。

 

「夕田君。後は……頼んだ、わよ」

 

 力が抜けて、その場に崩れ落ちながら希望を託し、空を見上げた。

 旋回しながらタイミングを(うかが)っていたニュゥべえはワルプルギスの夜のすぐ真上まで来ていた。

 




今回、大分急いで書いたので誤字が多いかもしれません。
次で終わらせようと思い、主要キャラの見せ場っぽいものを今回で書きました。


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