魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第百十六話 それぞれの想い

~ほむら視点~

 

 

 何もない。私にはもう何もない。

 空っぽになってしまった私は当てもなく街を彷徨(さまよ)っていた。

 どれくらいの時間、そうやって過ごしただろう。気が付けば、雨粒の付いた携帯のディスプレイの表示は二日を(また)いでいた。

 雨と風が頬を打つ。短くなった髪が濡れてうなじに貼り付いて、不快な感触がした。

 頭の中で響くのは政夫と交わした最後の会話。

 

 ――僕たち、出会わなければよかったね。

 

 彼は振り返りすらしなかった。私はあの時、完全に彼の中から排除されてしまったのだ。

 悲しさよりも虚無感の方が強かった。暁美ほむらという存在を構成している、中心部を丸ごと抉り取られてしまったような感覚があれからずっと続いている。

 私は歩く。また歩く。当てもなく、意味もなく。足を止めてしまえば、きっともうその場に蹲ってしまうから。

 

「こんなところに居たの? 探したわよ、暁美さん」

 

 不意に声を掛けられ、私は首だけ僅かに動かしてそちらを見た。

 立っていたのは傘を差したマミと美国織莉子の二人だった。

 

「……何の用?」

 

「何の用、じゃないでしょう? あと数時間でワルプルギスの夜がやって来るのよ?」

 

 私を(たしな)めるようにいうマミに、忘れかけていたその事実を思い出す。

 『ワルプルギスの夜』。最強にして最悪の、舞台装置の魔女。

 上を見上げればその前兆たる嵐のような暗雲が立ち込めていた。

 そういえば、そんな事もあった。もう、私にはどうでもいい事だったので記憶の片隅に追いやっていた。

 

「そう、だったわね。……それで?」

 

「それでって……あなたも一緒にワルプルギスの夜とこの街を守るために戦うのよ」

 

 マミの言葉に私は笑った。嘲るような、冷めた笑いが口の端から零れ落ちる。

 守る? この街を? 何故?

 何故、そんな事をしなければいけないの?

 何の価値もないこの街を、彼の居ないこの街を守れと?

 冗談じゃない。

 

「お断りよ。私はそんな事に助力する気はないわ」

 

「暁美さん、あなた……」

 

 激昂しかけたマミを隣に居た美国織莉子が肩に手を置き、抑えるように止めた。

 それから、酷く冷たい眼差しを私に向ける。

 

「勝手になさい。今の貴女に助力を求めるほど落ちぶれてはいないわ。行きましょう、巴さん」

 

「でも、美国さん……」

 

 マミは美国織莉子に何かを問うように見つめたが、彼女は無言でマミを見返す。

 そこで会話は終わり、マミは一度だけ諦めたような視線を私に向けると、美国織莉子と共に去って行く。

 それでいいと思う。あれ以上、話しても平行線のままだ。

 もはや、私にワルプルギスの夜と戦う理由はない。勝ち目のない勝負に出る必要などなかった。

 彼女たち、『まともな魔法少女』はあれと戦い、そして命を落とすだろう。

 けれど、私には関係のない事だ。

 彼女たちを別れた後も、歩き続ける。街頭だけ道を照らす薄暗い夜の道を、ひたすら歩く。

 こうして、歩いていれば、もしかしたら彼が迎えに来てくれるかもしれない。

 あり得ない妄想が疲れた頭の中で湧き出る。

 彼のあの、少し呆れたような優しげな笑顔を浮かべて、小言と文句を引き連れて、現れてくれるかもしれない。

 

『ああ、もうこんなに雨で濡れちゃって』

 

 彼の声すら脳内では容易に再生できた。

 どれほど彼を欲しているのか、自分でも把握できないほど恋い焦がれている。

 

「暁美さん、探したよ」

 

「政夫!?」

 

 男の子の声に名前を呼ばれ振り返った先に居たのは恋い焦がれた彼ではなかった。

 思えば、彼は私を苗字では呼ばない。私の名を美しいと言ってくれたあの日から、彼は私を下の名で呼んでくれるようになったのだ。

 傘を差して、私を見ている少年は上条恭介君だった。

 さやかが魔法少女になった原因を作った男の子で、私を好きだと言ってくれた少年。

 失望が顔に浮かんだのだろう。上条君は申し訳なさそうに頬を掻いて、持っていた傘を私に傾けた。

 

「夕田君じゃなくて、ごめんね……」

 

「……別に貴方が謝る必要なんかないわ」

 

 政夫が私の元の戻ってきてくれる訳がない。彼はまどかを選んで、この街を出たのだ。

 ありもしない希望を追いかけて、何を期待していたのだろう、私は。

 

「暁美さん、外に居るのは危ないよ。凄い嵐が来るみたいだから」

 

「知っているわ」

 

「でも……」

 

 上条君は何故ここまで私に構うのだろうか。自分を振った女にそれほど未練があるのだろうか。

 私を探していたと言っていた彼はよく見れば、雨水と泥で酷く汚れていた。

 そうなるほどに一生懸命探してくれていたのかと思うと、多少なりとも罪悪感が湧く。

 

「私は平気よ。大丈夫、気にしないで」

 

「それでも、やっぱり今の暁美さんを放っておく事なんてできないよ」

 

 なおも食い下がる上条君に私は溜息を吐く。小奇麗な顔に似合わず意外としつこい男だ。

 

「だったら、貴方の家にでも連れて行ってくれるの?」

 

 突き放すための言葉だったが、彼はそうとは受け取らなかった。

 

「うん。いいよ。じゃあ、行こうか」

 

 台詞を額面通りに理解したようで私の手を引いて、傘の中に無理やり入れた。

 驚く間もなく、彼は照れたように微笑んだ。

 

「女の子を家に招くなんて、さやか以外では初めてだよ」

 

「…………」

 

 今更、断る事もできず、行く当てのなかった私は黙ってされるがまま、彼に着いて行く。

 ……どうせ、もうこの街は終わりだ。そして、私も。

 だったら、少なくても私に優しくしてくれた彼に付き合ってあげても構わないだろう。

 

 

~杏子視点~

 

 

 そろそろ、来るのか。ワルプルギスの夜が見滝原市に……。

 窓の外を見れば、見た事もないほど真っ黒な雲が浮かんでいる。

 隣の街の事なのにアタシたちが住む風見野の方までも風も強くなってきていて、カタカタと窓ガラスにぶつかって揺れていた。

 ショウはそわそわと始終落ち着かない様子で、家の中で座ったり立ったりを繰り返している。

 

「どうした、ショウ? ひょっとして今更ビビッてんのかよ?」

 

「当たり前だろ。今までとは比べものにならないような魔女と戦うんだ、そりゃビビるさ」

 

 アタシの顔を見て真剣な表情で言うその姿には自分の命への恐怖でなはく、きっとアタシの事を心配している様子だった。

 心配性だな、こいつは……。

 ただ、嫌という訳ではない。むしろ、嬉しいとさえ思う。今までアタシの事をそういう風に心配なんてする奴は居なかった。

 

「ショウ。覚えてるか? アタシがアンタのところに転がり込んだ時の事」

 

「なんだ? いきなり、昔話なんて縁起でもねぇ……」

 

 眉根を寄せるショウに構わず、アタシは勝手に話し始める。

 この家に初めて来た時の、アタシはまだショウの事を完全信用してはいなかった。

 よく分からない変わった奴。それがショウの印象だった。

 それが変わったのは、ある日街の商店街でアタシが前に万引きした店の店主に咎められた時。

 ショウは、アタシの代わりに代金を払って、頭を下げて怒られて……。

 

『俺の妹が大変ご迷惑掛けました。申し訳ありません』

 

 それを見た時に無性に、泣きたくなった。自分のやった事の責任を誰かが代わりに謝るのがとても申し訳なく感じた。

 散々文句を言われた後、何とか許してもらったショウはアタシに向かってこう言った。

 

『他にも盗んだ店あるか? まあ、全部は無理かもしれねぇができる限りは謝りに行くぞ』

 

 何で、そんな事をするのかとアタシが聞くと、ショウは当たり前のように返した。

 

『お前が大手を振って、この街で過ごしていくのには必要だろ。つまんねぇ過去で負い目なんか感じてほしくないしな』

 

 アタシはそれを見て、心の底からショウを信じようと思った。信頼できると確信した。

 小遣いやるからもう盗みなんてすんなよとショウは軽く笑ってアタシの頭を叩いたが、それ以来盗みは一度もやっていない。そんなもの見せられてやれる訳がない。

 語り終えると、まだあれから半年も経っていないのに凄く昔の事のように感じた。

 恥かしそうにショウは視線を逸らして襟足を弄る。

 

「ああ、まあ、そんな事あったな……」

 

「このくらいで照れんなよ、ホスト。店ではもっと恥ずかしい事、客に言ってんだろ?」

 

「素で言うのと、商売でやるのは別なんだよ」

 

 誤魔化すようにアタシの頭を乱暴に撫でて、髪をくしゃくしゃにしてくる。年上ながら、こういうところは可愛いと思う。

 店で一番人気なのもこういう素の部分が見え隠れするからなんじゃない?

 撫で回されるのも悪い気はしないから、しばらくされるがままに撫でられていると、ショウは手を止めて顔を引き締めた。

 

「……本当な、お前だけ連れて逃げちまおうかと考えてた」

 

「おい、それ本当かよ!?」

 

 とんでもない事さらっとしやがって。

 非難の一つもしてやろうかと思ったが、過去形で語っているので許してやる。

 

「もう二度と妹を失いたくないって思ってな……」

 

 ショウの妹の事を出されるとアタシも少し心が痛む。カレンと言う名前の今はもう居ない風見野の魔法少女。結果的にショウに使い魔を操る力を与えてしまった優しい妹。

 だけど、アタシは……。

 

「でも、それは違うよな。大切な友達が居る街見捨てて、逃げたって杏子はそれじゃ幸せになれねぇよな……だって、お前は――正義の魔法少女なんだから」

 

 ああ。もう、よく分かってんじゃねーか。

 

「たりめーだよ。今更、分かったのか。高校中退馬鹿ホスト」

 

「ハッ、万引き食い逃げ少女が言うようになったじゃねぇか」

 

 二人して罵りあって、笑う。こいつはどこまでもアタシと一緒に来てくれるんだろう。

 ……大好きだ、ショウ。

 

「そろそろ、電車も止まっちまいそうだし……行くか」

 

「じゃあ、一丁やってやろうぜ」

 

 アタシはショウと居れば最強だ。ワルプルギスの夜なんか怖くない。

 けちょんけちょんにして、それで明後日もその次の日も、楽しい毎日を続けてやる!

 そう胸に誓って、アタシとショウは風見野を出て、見滝原に向かった。

 

 

~織莉子視点~

 

 

 雨が一層を強くなり、暴風は街に落ちている雑誌や空き缶のようなゴミを転がした。

 本来ならば、日が昇り明るくなっていてもおかしくない時間にも関わらず、辺りは一向に暗い夜空が終わらない。

 いや、きっと夜は『これから来る』のだ。

 この見滝原市を壊し、人々を容易く死に追いやる最悪の夜が。

 既に災害警報が出て、街のほとんどの住民は避難所へと移動している。

 だから、ここに居るのは魔法少女と例外たる人間のみ。

 

「集まってもらった理由は既にご存知だと思います」

 

 キリカ、巴さん、美樹さん、魅月杏子さん、魅月ショウさんの五名に私は言った。

 

「これよりこの街に最悪の魔女、『ワルプルギスの夜』がやって来ます。それを私たちで倒さなければ、この街に居る多くの人たちが命を落とす事になるでしょう」

 

 深々と頭を下げて、懇願する。

 これ以上にないほどの低姿勢で私は彼らに頼まなければならない。

 命を()した、勝ち目の薄い戦いを。

 

「どうか、お願いします。私に力を貸してください」

 

「ねえ、織莉子。それに私たちはなんて答えればいい?」

 

「え?」

 

 顔を見上げればキリカの呆れた目が私を捉えた。

 

「今更だよ。それに嫌だって答えるようなら、そもそもこんなところに集まってないと思わない」

 

 確かにキリカの言う通りだ。それを理解してもなお、言わなくてはいけない事だ。

 これは私の我がままなのだから。皆には選ぶ権利がある。

 そう口にしようとした時、巴さんが私の唇を人差し指で押えた。

 

「もしも、水臭い事を言おうとしてるなら、それは言いっこなしよ。美国さん」

 

 彼女に追随するように美樹さんが快活に笑った。

 

「そうですよ、美国さん。私たち、もう仲間なんですよ?」

 

 魅月兄妹も顔を見合わせ、それに頷いてくれた。

 

「まあ、俺は魔法少女じゃねぇがな」

 

「アホが空気読めない事言ってるけど、無視しろ。織莉子、アタシもここに命賭けに来たんだ。今更、そんな事言われても反応に困るって」

 

 温かかな言葉を掛けてくれる皆に自分の思い上がりを恥じた。

 何様のつもりだったのだ、私は。傲慢な己を心底自嘲する。

 彼らに掛ける言葉はそうではないだろう。

 

「皆さん、私と一緒に今日を乗り越えて明日を目指しましょう!」

 

「なんか、選挙活動みたいな台詞だね」

 

 キリカの言葉にくすりと笑みが零れた。選挙と聞いて議員だった御父様を思い出す。

 きっと御父様も、天国で今の私たちを応援して下さるだろう。

 そして……今はこの街には居ない彼の事を思い浮かべた。

 満さんから聞いた話では鹿目さんと一緒にこの街から出て行ったという話だ。それでいいと思う。

 今まで彼は何の力もないのに関わり過ぎていたのだ。すべてが終わった後にこの街にでも帰って来てくれればいい。

 まーくん。貴方はゆっくりと心の傷を癒せばいい。何もかもが解決した後で元気な顔を見せて。

 そのためにもワルプルギスの夜などにこの街は蹂躙させない。

 

 




今回は政夫は出てきませんでしたが、ほむらルートでは書けなかったキャラの心情を描きました。
次回はいつになるか分かりませんが、マミさん視点で描きたいかなと考えています。

最期に『魔法少女かずみ?ナノカ~the Badendstory~』も良かったらご覧ください。政夫の人生に影響与えた彼が主人公の邪悪な物語が繰り広げられています。

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