魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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ショウさん登場編
番外編 ホストと紅い魔法少女


俺は女が嫌いだ。

泣く。(わめ)く。甲高い声を出すしか能のねぇ馬鹿どもだ。

殴ろうが、蹴ろうが心なんざ痛みやしねぇ。

だから、俺のようなホストがナンバー1なんてやってんだろう。俺が間違ってるなら、世界が俺を罰するはずだ。でも俺は何の責め苦もなく、毎日を平然と生きている。

つまり、俺、魅月(みつき)ショウは何一つ間違った事はしちゃいない。

 

そう、俺は間違ってなんかいない。

なのに、何で俺は今『こんな訳の分かんねぇ場所』にいる!?

 

俺が今、絵の具でマーブル模様に塗ったくったようなイカれた空間にいた。

何がどうなってんのか、さっぱり分かんねぇ。俺は普通に町角を曲がっただけなのにいつの間にかこんな場所に立っていた。

 

「fdjmrfoskmdsndosdskfklsmsrjkvmdksd???」

 

突然、意味不明な言語とも、動物の鳴き声とも取れない音が聞こえてきた。

 

「な、何だ?一体……」

 

思わず、うろたえた声が出ちまう。

周りの空間が歪み始めて、そこから、『毛糸で作った巨大な手袋のようなヒトデ』としか言い表せない化け物が次々に現れた。

そして、その『手袋のヒトデ』どもの後ろに、さらに大きな『ニット帽とセーターを組み合わせて作ったチョウチンアンコウ』のようなヤツが公然と鎮座(ちんざ)している。

 

「うわああああああああああああああああああ!!」

 

何だこれはなんだこれはナンダコレハ。

震えが止まらない。気持ちが悪い。真っ直ぐ立っていられない。

逃げたいと心の底から思うのに、身体は沈み込むように蹲(うずくま)ってしまう。

せめて顔だけでも上げようして、『眼』が合った。

 

毛糸のような質感のくせに人間よりも生々しいチョウチンアンコウの『眼』。

俺は、なぜか今まで貢がせて捨てた女の恨みのこもったあの目を思い出していた。

好意から憎しみに感情が逆転した時の目。

それがチョウチンアンコウの『眼』と重なった。

 

殺される。

それが俺が唯一理解できるこの場の全てだった。

チョウチンアンコウの手下の手袋ヒトデが俺に一気に群がる。

駄目だ。もう助からない。目をつむって、身体を丸める。

 

「おお。久しぶりの大物の魔女じゃねーか。こりゃツイてるな」

 

次の瞬間、俺に届いたのは痛みや衝撃でもなく、女の子の声だった。

 

「あれ?一般人もいんのかよ。ま、いいか。おい、アンタ。助かりたかったらじっとしてな」

 

俺が声のする方を向くと、真っ赤な髪をポニーテールのように束ねた少女がそこにいた。

髪と同じ紅い衣装と、少女の身体とは不釣合いな巨大な槍。

身に纏(まと)っているのは、とても少女とは思えない歴戦の戦士を思わせる雰囲気。

 

「なん、なんだ?お嬢ちゃんは」

 

俺の疑問に答えずにに少女は、周囲にいた手袋ヒトデを槍で凪(な)いで一掃していく。

それはあまりにも一方的で、まるでヒトデたちは彼女に倒されるためだけに存在していたなどと思わせるほどだった。

 

「さ~て、雑魚は片付いたし、そろそろメインディッシュと行こうか」

 

ぺろりと紅い少女は舌なめずりをした。

よほど余裕なのだろう。紅い少女にとっては勝って当たり前の戦い。いや、どんな勝ち方をすれば、自分がより楽しめるかを考えてしまっているようだった。

それほどまでに彼女は強かった。

だが、その強さが逆に仇(あだ)になった。

紅い少女の死角から手袋ヒトデが現れる。少女はそれに気がつかない。

 

「避けろ!後ろだ!」

 

「え?ッしまっ!」

 

俺の叫びも空しく、紅い少女は避けることができず、手袋ヒトデに絡(から)み付かれる。

だが、少女も自分に組み付いた手袋ヒトデを引き剥(は)がすために、槍を振ろうとするが、

 

「なっ!こっちもかよ!」

 

槍を握る腕ごともう一体の手袋ヒトデに組み付かれていた。そのせいで紅い少女は身動きが取れない。

・・・いや、『もう一体』どころの話じゃねぇ。

マーブル模様の空間が歪み、次から次へと少女に組み付くように手袋ヒトデが現れていく。

やべぇ、紅い少女を数で圧殺する気だ。

だが、俺にできることは手袋ヒトデに向かって、大声で叫ぶくらいしかない。

 

「止めろ!お前ら、今すぐその子から離れろ!」

 

そう俺が叫ぶと、手袋ヒトデは一斉に少女から離れた。まるで俺の言うことを素直に聞いたかのに。

まさか、俺も素直に聞くとは思ってなかったので、思わずポカンとしてしまった。

いや、呆けてる場合じゃねぇ。あの紅い子は無事なのか?

 

「な、何だぁ?アンタ、なんかしたのか?」

 

無事のようだ。膝をついて息をしているが、深刻そうなダメージは負っていない。

俺に今起こった事について聞いてくるが、答えてる暇はなかった。

再び、手袋ヒトデどもが紅い少女を圧殺するために群がり始めたからだ。

俺はイチかバチかで試してみる。

 

「おい!手袋ヒトデども!その子に手を出すのは止めろ!襲うなら、あの馬鹿でかいチョウチンアンコウにしろ!」

 

俺の叫びに答えるように、手袋ヒトデどもは少女を狙いから(はず)し、自分達の親玉(俺はそう思った)に襲い掛かる。

 

「jsgfjkskedksrjlvksem!!!?」

 

ニット帽をチョウチンのようにぶる提(さ)げていた、セーターで作られた巨大なアンコウは、手下が急に裏切った事に驚いて、なにやら喚(わめ)く。

紅い少女はそれを見て、驚いた顔で声を絞り出した。

 

「嘘だろ……使い魔が、魔女を襲ってやがる」

 

使い魔?魔女?あのヒトデとチョウチンアンコウのことか?

どこら辺が魔『女』なんだ?いや、でもアンコウって確かメスの方がオスより何倍もでかいんだったけ?

まあ、そんなのどうでもいいか。よし、もし俺の命令が聞くのなら……。

 

「おい!チョウチンアンコウ!お前、自害しろ!」

 

もしかして、チョウチンアンコウの方にも、俺の命令が聞くかと思ったが駄目らしい。

チョウチンアンコウは俺の声に何の反応もせず、手袋ヒトデと戦っている。

チッ。やっぱ無理か。

 

「なあ、お嬢ちゃん。あんたもあれを倒すために、ここに来たんだろ?だったら、手を貸しちゃくれねえか?」

 

「それはいいけど。……アンタ、ほんと何物だい?使い魔を操る人間なんて聞いたことないよ?」

 

紅い少女は俺に怪訝(けげん)そうな表情を向けるが、俺がマジで頼んでる事が伝わったようで、取り合えず協力してもらえた。

 

「手袋ヒトデども!そのチョウチンアンコウに組み付いて押さえつけろ!」

 

俺が命令を下すと、アンコウとの戦いで半分くらいの数に減ってしまった手袋ヒトデどもだが、ちゃんと言うことを聞いてアンコウを押さえ込む。

 

「今だ!嬢ちゃん!」

 

「あたしにまで命令すんな!」

 

少女は怒鳴るものの、俺の言うことには一応聞いてくれたらしく、その大きな槍でアンコウをズタズタに切り裂いた。手袋ヒトデも巻き込まれて、刻まれていた。

断末魔の叫びを上げる間もなく、アンコウは刻まれて、消えた。

 

アンコウが消えると、途端に空間が変わり、元の町角に戻った。

 

「さて。じゃあ、アンタのことを聞かせてもらえる?あ、あと」

 

紅い少女は俺にお菓子を差し出した。

 

「食うかい?」

 

「そんじゃ、まずは自己紹介としようか。俺の名前は魅月ショウ。お嬢ちゃんは?」

 

「あたしは佐倉杏子だ。あとお嬢ちゃんて言うな。なんか馬鹿にされてるみてーだ」

 

俺と、紅い少女こと佐倉杏子は近くにあった喫茶店にいた。

俺が立ち話もなんだからと思って座って落ち着ける場所を考えた結果、中学生くらいの女の子を連れていてもヤバくない場所がここぐらいしか思い浮かばなかった。

 

「んじゃ、俺の質問からでいいか?」

 

「構わないよ。それよりケーキ頼んでいい?」

 

・・・それは俺に(おご)れっつーことか?なかなかちゃっかりしてやがる。

 

「良いぞ。好きなモン頼め。生憎(あいにく)と金には苦労してねぇしな」

 

仮にも俺はナンバー1ホスト。給料もそこらのリーマンとは段違いだ。

それに必要なら、いくらでも金を出してくれる女を何人もキープしてる。

 

「チッ!嫌味なヤツ。じゃ、遠慮なく頼むよ。あ、すいませーん。このデラックスパフェ3つとこれとこれとこのケーキお願い」

 

好きに頼めとは言ったが、よく頼むなー。一人で食えんのか?

ま、んなことはどうでもいい。肝心の話を聞かせてもらわねぇと。

 

「まず、あの魔女と使い魔だっけ?アレいったい何なんだ?」

 

杏子は水の入ったグラスを傾けつつ、答えた。

 

「簡単に言っちまえば、あたしら魔法少女の敵さ。あの変な空間、『結界』の中に人間を連れ込んで餌にしてんの。使い魔は、その魔女の手下」

 

「魔法少女?」

 

さっきの杏子がなっていたアレか?でも魔法少女つーより、武装少女って感じだったぞ。槍とか持ってたし。

いや、でも昔やってたセーラー〇ーンも設定上、結構物騒(ぶっそう)だったような気がする。

俺がそんなことを考えていると、今度は杏子の方から質問してきた。

 

「それよりもショウ。何物なんだ?アンタ。使い魔を操る人間なんて聞いたこともないぞ」

 

「呼び捨てかよ。まあいい。・・・・そう言われてもな、俺にもワケが分かんねぇんだよ。取り合えず、言ってみたら言う事聞いたみたいな」

 

「ハア?なんだよ、それ」

 

杏子は俺の説明に納得いかないらしく、ちょっと不機嫌になった。だが、そんなの俺に言われても困る。

頑張ったら、できたとしか言いようがないんだから。

 

『その質問にはボクが答えよう』

 

足元から突然声がしたかと思うと、テーブルの上に何か白い生き物が飛び乗った。

若干、驚いたものの、俺はそれをじっくり見る。

何か、ウサギと猫を合体させたような生き物だった。

 

「キュゥべえじゃん。どうしたんだ。グリーフシードならまだ穢れは全然溜まってねーぞ?」

 

どうやら、杏子の知り合いらしく、平然とその生き物に話しかけていた。

だが、その生き物、キュゥべえとやらは杏子ではなく、俺の方に顔を向けていた。

 

『やあ。魅月ショウ。直接話しかけるのは初めてだね』

 

「俺のことを知ってんのか?」

 

『まあね。君の妹、魅月カレンが魔法少女になった時、その願い事が君についてのものだったからね』

 

「魔法少女ってあいつがか!?いや、それよりもカレンの事を知ってんのか?あいつは今、どこに居るんだ?!」

 

俺の妹、魅月カレン。あいつは六年前から、行方不明になっていた。

警察もまったく手がかりが掴めず、事件は迷宮入りになり、カレンの捜索は打ち切られた。

俺はあいつに会いたい。高校中退して、ホストとして働き始めたのもカレンと一緒に生活するためだった。

ほんの少しの希望を持って聞いた俺の問いに、キュゥべえはあっさりと残酷に言い放った。

 

『彼女ならもう居ないよ。ちょうど今から、六年ほど前かな?魔女と戦って、魔法少女としての使命を全うしたんだ』

 

俺はその言葉に脱力した。

今まで本当に、もしかしたら、どこかでカレンが生きてるんじゃないかと思いながら生きてきた。その薄い希望が今、完全に断ち切られた。

 

「……そいつの願い事ってのは?」

 

今まで黙って俺とキュゥべえのやり取りを聞いていた杏子が、突然低い声を出した。

 

『ああ、そうだったね。話がそれてしまったよ。まあ、ショウにも分かるように簡単に説明すると、魔法少女は魔女と戦う代わりにボクらが一つだけ願いを叶えてあげるんだ。そして魅月カレンが願った事は……兄の魅月ショウが必要とした時に女性が何でも言うことを聞く、というものだったんだ。その願いのお陰で君は使い魔を操れたんだ。まあ、願ったカレンが並みの魔法少女だったから、魔法少女や魔女にはその力は効かないみたいだけど』

 

な……何だ、それは。

じゃあ、すると、俺がナンバー1ホストになれたのはカレンのおかげだったのか?

いや、そんな事はどうだっていい。重要なのはあいつが死んだのが俺のせいってことだ。

何でだよ……。俺はお前と一緒に生きていくためにホストなんかになったのに。それじゃ意味ないじゃねぇか!

 

「……っ馬鹿野郎」

 

俺はそうつぶやいた。そしてその瞬間、思い切り襟首を掴まれ、テーブル上に上半身を乗せるはめになった。

 

「てめー……、それが命差し出してまで、願い事を自分に使ってくれた妹に対する言葉か!!」

 

杏子は俺の胸倉を掴みながら凄む。

細腕にも関わらず、かなりの怪力だ。きっと俺の首くらい簡単にへし折れるだろう。

だが、俺は自分の言った言葉を撤回するつもりは、まったくなかった。

 

「ああ、そうだよ。俺の妹は……カレンは大馬鹿野郎だ!」

 

「てめぇー!!」

 

「ナンバー1なんか成れなくてよかった。金なんてなくてもよかった。あいつが居てくれるだけで……そばに居てくれるだけで、俺は幸せだったのに。何でそんな下らねぇ願いなんかで命差し出しちまうんだよ!」

 

俺は泣いていた。

ぼろぼろと零(こぼ)れ落ちる。見っとも無いとか、恥ずかしいとか、そんなことは気にも留めなかった。まるで言葉にならない俺の感情が涙腺を通して、(あふ)れ出たようだった。

 

「……悪かった」

 

杏子は俺の胸倉から手を話した。

俺は何も言わなかった。いや、涙のせいで何も言えなかった。

しばらく、無言でいると杏子の注文したケーキとパフェが届いた。杏子は何も言わずにそれに手をつける。

 

「なあ、杏子。俺にも魔女退治手伝わせてくれねぇか?」

 

俺は杏子にそう言った。

もう二度と妹と同じ境遇に苦しんでいるヤツがいるなら、手伝いたい。傲慢かもしれないが、それが俺の心からの本心だった。

 

 




いきなり、番外編が入って申し訳ありませんが、そうじゃないと話の都合上杏子が登場しなくなってしまうので、ご容赦ください。

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