こちらでは本編よりもハードモードなっておりますので「死亡」するキャラが出るかもしれません。ご了承下さい☆
本編の九十六話からの分岐した感じになっております。
第九十七話 意味が分かるよ
~ニュゥべえ視点~
ボクはマミたちに同行して魔女退治へ向かい、改めて魔女の存在を分析し、魔法少女へと戻せるのか調べていた。
魔女の方はやはり魔力は怒りや嘆きといった負の感情エネルギーで構成されているようだった。エネルギーとしての還元なら可能だけれど、これほど変質してしまった存在を再び魔法少女に戻すことは不可能だろう。
ただ、魔女の魔力が感情エネルギーに変換して使用することはボクならできると思う。これが政夫の計画していた『ワルプルギスの夜攻略法』に大きく役立てられる。
ボクが思考に没頭していると、魔法少女の格好から元の見滝原中学校の制服に戻っていたマミが話しかけてくる。
「ニュゥべえ。私たちはもう家に帰るけど、あなたはどうするの?」
「どうするって言うのはどういう事だい?」
「ニュゥべえは……前のインキュベーターとは違うってよく分かったから、仲良くなりたいの。良ければ今日は私の家に泊まっていってくれないかしら?」
マミはどうやらボクの事を好意的に受け入れてくれたようだ。
かつてはマスケット銃を片手に追い回してきたほどボクの事を目の敵にしていた彼女だが、今ではボクと再び親しくなろうと言ってくれるほど心を開いてくれている。
一度はインキュベーターに徹底的に裏切られた彼女がもう一度同じ姿のボクと仲良くなろうとするのは勇気が要るはずだ。
本当にマミは強くなった。まだインキュベーターだった頃の記憶の中の泣き虫で臆病な彼女とは比べ物にならないほど成長していた。
「嬉しいお誘いだけど今日は政夫の家に戻るよ。心配しているかもしれないからね」
マミの家に泊まって交友を深めるのも悪くなかったが、それよりも政夫の顔が見たかったのでボクは誘いを断った。
「そう? それは残念ね」
マミは本当に残念そうな顔をしていたが、それ以上ボクを引き止めるつもりもないらしく、杏子やキリカと一緒に帰っていた。
ボクは彼女たちと別れると夜の街を歩きながら政夫の家まで向かった。
そして、その途中――。
「あれは……ほむら?」
政夫の家へと向かうほむらの姿を見つけた。
夜の街灯に照らされた彼女の表情はどこか空ろでまるで何かを求めているかのように瞳だけが鈍く輝いて見えた。
それがボクには酷く危険なものに映った。
故に足を速めて駆け寄り、ボクは声を掛けた。
「ほむら」
「政夫のインキュベーター……何の用?」
ほむらは焦点の合っていないような
その目はいつもとは違い、濁った不快感の沸き立つようなものだった。
「君こそ、こんな夜更けに政夫の家に何の用だい?」
今のほむらを政夫に近付けてはいけない。直感的なボクの中の感情がそう訴える。
「お前には関係ないわ。私は政夫に会いに来たのよ」
底冷えのするような声で言う彼女にボクは確信した。ほむらは政夫によくない影響を及ぼすと。
ようやく、まどかによって政夫の心が救われたのにそれがほむらの行動によって台無しにされてしまう。
「悪いけど、今の君は政夫に近付けさせる訳にはいかないよ」
「お前に許可なんか求めるつもりはないわ」
魔法少女の格好になったほむらはボクに銃口を突き付けた。もはや、その姿にはいつものような冷静さはなく、負の感情に支配された浅ましい少女が一人居るだけだった。
「そうかい。君がそういうつもりなら……ボクも容赦しない」
ふっと自分の中の意識を集中させると、ボクも魔法少女の姿に変身する。
「なっ……その姿は一体!?」
「魔法少女だよ。見て分からないかい?」
長く伸びたツインテールの髪をボクは払った。そのポーズはほむらがよくやる仕草で、それをすることにより挑発する。
政夫には皆には隠すよう言われていたが、今の暴走気味のほむらを野放しにするよりは遥かにいいと思う。
ボクの変身に目を奪われていた隙に伸ばしていたマミのリボンの再現した『白いリボン』でほむらの足に巻きつけた。
「これはマミの魔法と同じ……っ」
「場所を移そうか、ほむら」
リボンをほむらの足に巻きつけたまま、ボクは大きく跳び上がり、近くの噴水のある公園までほむらを引っ張って向かって行く。
「くっ……」
弾丸でリボンを引きちぎろうとするほむらだったが、ボクは杏子の幻影の魔法を模倣してリボンを透明に変えた。
仕方なくほむらはリボンを切るのを諦めて、ボク本体を狙い、銃口を向けた。
放たれる魔力の付加された弾丸。
これがただの魔法少女であれば容易く、柔らかな肌を抉る威力は秘めているだろう。
しかし、ボクの身体はそもそも人間とは材質が違う。ある意味においてボクの肉体そのものが魔力で変化させられたものだ。
ツインテールの髪を硬質化させて、飛んでくる弾丸を弾く。
普段のほむらであればもう少しマシな戦法を思いつくのかもしれないが、今の状態ではボクに傷一つ付けることさえ不可能だ。
空中で引き寄せられるようにして、ボクによって公園まで連れて来られたほむらは鋭い刃のような視線を向けてくる。
「政夫のインキュベーター……どういう原理かは知らないけれど、マミや杏子の魔法を使えるみたいね」
「そんな事は今はどうでもいいよ。ボクは君が政夫に何をしようとしていた方が気になるよ」
「……お前には関係ないわ」
「関係あるさ。ボクは政夫の幸せを誰よりも想っている。それを邪魔するなら、ほむらでも容赦しないよ」
ただのインキュベーターの一端末に過ぎなかったボクに感情を、愛を、教えてくれた政夫。
その彼の幸福を邪魔しようというのならボクは、持てる全てを持って障害を滅ぼし尽くす。
ほむらはそんなボクが気に入らないようで
「私の幸せを
「インキュベーターだった時はまだ『このボク』の意思は生まれていなかったから、そう言われても困るよ」
彼女の憎しみも悲しみも今では理解できるし、共感もできるが、それはほむらの行動を許す理由にはならない。
ほむらは激昂してボクに向かって叫ぶ。
「私は政夫の傍に居たいだけよ! それのどこが悪いというの!?」
「……政夫の隣にはもうまどかが居る。君の居場所はそこにはないんだ」
「先に政夫と一緒に居たのは私よ! まどかじゃないわ!! あの子はずっと……守られていただけじゃない!」
今まで溜め込んでいた思いを勢いのまま、言葉としてほむらは吐き出す。
「支えてくれたのに、助けてくれたのに、信じさせてくれたのに! 今更、私じゃなくてまどかを選ぶなんて勝手過ぎる!!」
それは政夫へのほむらの想い。身勝手で
けれど、ボクはそれを許せない。
「ほむら。やっぱり君じゃ政夫を幸せにできないよ。そこで自分の事しか出ないから、まどかに先を行かれたんだよ」
「お前に何が分かるの!?」
ほむらは拳銃ではボクを倒せないと考えたのか、手の甲に付いている円形の楯からサブマシンガンを取り出す。
そして、その楯をかちりと回した。
その瞬間視界に映る街灯の光や噴水に付いた色取り取りのライトまでもがモノトーンのカラーに変わった。
夜空に浮かぶ雲も落ちようとしていた木の葉さえその場で縫い付けられたかのように止まっている。
これが政夫から聞いたほむらの時間停止の魔法。インキュベーターの端末だった頃にされた不可思議な攻撃がよくやく肌を通して理解できた。
複雑な魔力の構造で時間そのものを固定化して留めている。
だが、不可視のリボンで繋がれている以上はほむらに接触しているボクも停止した時間の中を動ける。加えて、魔力で付加しただけの銃弾ではボクを殺し切れない。
圧倒的に有利さがボクにはあった。
けれど、そう高を括ったのは
ほむらはボクではなく、自分の足元へサブマシンガンの銃弾をばら撒いた。不可視のリボンを引きちぎるためだ。
……しまった。
すぐさま、杏子の槍を作り出して、ほむらに投げるが遅かった。
油断していたせいで
銃弾の一つが透明なリボンを捉え、引きちぎられた瞬間にリボンの色が見えるようになる。
そして、投げた白い槍はほむらの眼前で止まり――。
「ごほっ……」
次の瞬間にはボクは喉奥から赤い体液を吐き出していた。
いつの間にか身体には複数の銃弾が撃ち込まれていて、立っていることもできなくなり、公園の地面に前のめりに倒れ込む。
冷たい地面が出血により体温の上がっていた身体に僅かに心地よく感じた。
けれど、それも一瞬で痛みが身体に迸る。
「うぐっ……」
すぐに痛覚をシャットダウンして、状況を確認するべく、顔を動かした。
前方にはほむらの姿は見えない。もうどこかへ行ってしまったのか。
その時、後頭部に何かが当たる。
「これで終わりよ」
ほむらの声が後ろから聞こえた。
そして、後頭部に触れているものが銃口であることに気が付く。
「……わざわざ、時間停止を何故解いたんだい?」
さっきの時間停止の理由は周囲に発砲音を聞かせないためだ。こんな住宅街にも近い公園でサブマシンガンなんて使おうものならすぐに警察に通報されるだろう。
ならば、どうしてほむらはわざわざ時間停止外でこんな事をしている?
――決まっている。迷っているからだ。
「自分が正しくないって理解しているから、時間停止を解いてこんな真似をしているんだろう?」
「っ……黙りなさい」
銃口がなおさら強く押し当てられる。
ほむらが苛立った表情をしているのが後ろを見なくても容易に想像できた。
「『お前に何が分かるの』……ほむらはそう言ったよね? ボクには分かるよ、君の気持ちが」
「ふざけないで!」
「ふざけてはいないよ。ボクもほむらと同じで政夫の事を愛してる」
感情が生まれて、そして、『心』が生まれてからずっと彼の事だけを想い続けている。
誰かを想い慕う事がどれほど幸せで、同時にこんなにも切ないなんて知らなかった。こんなにも複雑な精神活動があるとは思ってもみなかった。
「インキュベーターが愛を語らないで! 感情エネルギーを集めるだけのお前たちが!」
「君の言う通り、ボクらはずっと『そういう感情』を訳が分からないと一蹴していたよ。でも、教えてもらったんだ、政夫に」
「…………」
押し黙ったほむらにボクは血で汚れていく地面を見ながら話を続ける。
「最初は自我の消滅が恐ろしくて政夫に
『ニュゥべえ』というボクに名前をくれた。頭を優しく撫でてくれた。お風呂に一緒に入って、身体を洗ってくれた。傍に居てたくさん可愛がってくれた。
インキュベーターとしてではなく、ニュゥべえとしての存在を尊重してくれた。
「政夫は優しいよ。優しすぎて自分だけのために生きる事ができないほどに。傷付いて損してばかりなのに彼は文句を言いながらもずっと君ら魔法少女のために頑張って来た」
誰にも見返りを求めないのに他人には可能な限りのものを与える彼の所業はとても愚かで、とても哀れで、そして……とても愛しく思えるようになった。
「だから、ようやく自分のために生きようとしてくれた事が嬉しい。政夫が与えてもらえる側になった事が」
「それは自分でなくとも……構わないの?」
黙っていたほむらはやっと一言ぽつりと漏らした。
言葉足らずだが、ボクには彼女のその台詞に込められた意味が分かった。
「最初はその役目が自分でなかった事が悔しかったよ。でも、政夫が幸せになってくれればボクはそれで十分だ。ボクはボクできる方法で政夫に与える。だから、ボクにできないものはまどかにお願いするよ」
「それが貴女の……」
「うん。ボクの愛だよ」
その答えを口に出した後、後ろでまたかちりと音が聞こえた気がした。
それと同時にボクの後頭部からは銃口の感触が消えていた。
振り返った時にはもうほむらの姿はそこになかった。
「ほむら……君は政夫に何を与えるつもりなんだい?」
夜の公園は何も答えてくれない。街灯はただボクを照らすだけだった。
今回のお話は、本編でニュゥべえがほむらの政夫宅への襲撃を防いだ場合の話でした。
いやー、暴走するほむらはどこへ行くのでしょうか?
最悪の展開にならないといいのですが、それは政夫の頑張り次第ですね。